城下町はルフィにとって初めて見る場所だった。
「すげェ! 店がいっぱいあるんだな!」
軒を連ねる出店にルフィの興奮も冷めない。
「興奮しすぎだろ……まァ確かにここら辺りでは一番でかい市場だからな。驚くのも無理ないか」
ゾロの言葉も耳をすり抜けて行っているのかルフィは辺りを見回すばかりだ。
話に聞くだけ、絵で見るだけの世界ではない。
ふいにエースの言葉を思い出し、ルフィは慌ててフードをかぶった。
「どうした?」
「おれのいた村から出稼ぎに来て、野菜や果物を売ってる奴がいるんだ…見つかるわけにはいかねェ」
フードを目深にかぶりルフィは内緒話をするようにゾロに話した。
「お前も訳ありか。まァ大丈夫だとは思うがな。これだけ人が行き交っている。一人の人間に注目することは少ねェ」
「そんなもんか?」
「あァ」
少しだけ安心したようにルフィは笑った。
家の中にずっと閉じ込められていたのだ。誰も自分の顔をはっきり覚えていないかもしれない。
改めて辺りを見回し、そしてルフィは目を見張った。
「なんだ……あれ」
「ん? なんか見つけたのか?」
無言のままルフィは裏通りへと続く道を凝視している。
ゾロも見てみるが特に変わったものは見えない。
ルフィは頭からフードが外れないように、ぎゅっと押さえた。
「あ! おいッ」
突然、走り出したルフィにゾロは声をかけたが止まることなく裏通りへ走っていった。
ゾロも慌てて、後を追い掛ける。
***
「サンジ〜どうかしたのォ?」
「いや、頭痛がな。最近ひどい…まァそんな気にすることじゃねェだろ」
「え〜心配だもん」
腕に絡みつく名前も知らない女にサンジは作った笑顔を向ける。
(心配なんて欠片もしてねェくせによく言う…はァ、マジで痛ェ)
ズキズキと止まない頭の痛みにサンジは顔をしかめる。
裏通りに入ると後ろから走る足音が聞こえてきた。
通り過ぎるかと思ったが自分の後ろで立ち止まったので、サンジは不審に思い振り返る。
「なんだ、てめェ?」
「だ、大丈夫か!? あんた…その…すげェな」
「はァ?」
目の前に現れた少年はフードを目深にかぶっていて表情はよく見えない。
しかし、サンジは自分の後ろに隠れた女よりも目の前の少年の方が自分を心配しているのが伝わった。
「お前……帰れ」
「う、うん」
後ろの女を邪魔だと思い、サンジは帰す。女も面倒なことはごめんだというように、さっさと消え去った。
「お前、フード取れよ。失礼だろ?」
「そ、そうなのか? フードは失礼……」
「いや、なんかお前、勘違いしてねェか? フード自体は失礼じゃねェよ。ただ、見知らぬ人間に顔も見せないのは刺客でもない限り失礼だろって言ってんだよ」
「あァ、なるほど! お前、頭いいな」
にこにこと笑いながら目の前の少年はフードを取った。太陽みたいな笑顔に驚く。
こんな笑顔で自分に笑いかける奴なんていない。
「じゃなくて! その……大丈夫か?」
「さっきも言ってたな…何がだ?」
「え!? えーっと…え〜」
言うかどうかひどく迷っているようだ。
黒髪の少年は決心したように顔をあげ、サンジの肩を念入りに、はらった。
「なんだ?」
「か、肩に…えっと…ご、ゴミ? ……そう! ゴミがついてたぞ?」
「嘘つけ」
こんなにも嘘が下手な奴をサンジは初めて見た。
思わず笑う。
「ルフィ!」
「あ、ゾロ…悪ィ」
ルフィと呼ばれた少年が来た道とは逆の道からゾロは走ってきた。
「いや、いい。何かあったんだろ? すぐ追ったんだがな」
「…それにしては遅かったな。来る道も違うし…迷った?」
「……」
沈黙が面白い、変な二人だ。
「その年で迷子か」
「あァ? なんだと、てめェ」
「あはは、やっぱり迷子じゃん! あは…もが」
サンジの言葉にゾロは額に青筋を浮かべる。
すぐに口をゾロの手で塞がれたが、怖がりもせずルフィは大笑いした。
「おいおい、笑わせてやれよ? 笑われる様なことしたのはお前なんだからな」
鼻で笑いながらサンジはゾロを見た。
「お前とは…気が合わねェだろうなァ」
ゾロの口の端はピクピクと歪んでいる。
バシバシと口を押さえる手をルフィは叩いた。
「あァ…悪い悪い」
ルフィの言いたいことを感じ取り、ゾロは押さえつけていた手を外した。
「ぷはー! も〜本気で押さえすぎだ…息できねェだろ」
「で、さっきのはなんだったんだ?」
「えっ! えっと…なんだっけ?」
話を遮り、サンジはルフィを見た。
何のことかわからずにルフィはきょとんとした。
「ゴミがついてたって話だよ」
「そうそう! でけェゴミがついてたんだよ。あはは」
「嘘だろ?」
確信を持った目で言われ、ルフィはたじろぐ。
「あはは〜そんなことねェって……」
ルフィはジリジリと後ろに下がり、ゾロの腕を掴んだ。
「じゃあな!」
二人はその場から脱兎のごとく逃げ出した。
「えっ? おい……いねェな…なんだったんだ?」
驚き固まっている間にサンジは二人の姿を見失ってしまった。
ふと頭痛がなくなっていることに気づく。
「あいつ……か?」
二人が消えたであろう通りを見ながらサンジはルフィと呼ばれた少年にまた会いたいと思った。
***
「あ〜焦った〜」
裏通りからかなり離れた場所でルフィは走るのを止め、ゾロを放した。
「結局なんの騒ぎだったんだ?」
「黒いモヤモヤを見たんだよ〜しかも、めちゃくちゃたくさん」
「黒いモヤ? あァ、おれにもついてたってヤツか。あの男にもついてたのか?」
コクコクと頷いて、ルフィは難しい顔をする。
「黒いモヤモヤは良くないモノなんだ。恨みとか妬みとか負の感情が原因のモノ。でも、ずっとついてるわけじゃなくて普通に生活してると取れていくんだ…だけど、さっきの人のは誰かがつけたんだと思う」
ゾロは黙ってルフィの話を真剣に聞く。
「おれ、あんなにたくさんの黒いモヤモヤは初めて見た…びっくりして思わず追い掛けて、祓ったけど説明が苦手だし、自分のチカラは秘密にしたいんだ。だから変に思われたかも」
「あ〜あれは疑われてるだろうな」
「やっぱりか〜でも、なんであんなのつけられてんだろ? まァもう大丈夫だと思うし、変に思われてもいいよな。会わないだろうし」
困ったように笑いながらルフィはゾロを見た。
ゾロは曖昧な顔で頷く。なぜなら再び出会う気がしていたからだ。
「……あいつ、この国の第二王子かもしれねェ」
「えェ! ホントか?」
「たぶんな。聞いていた容姿と似てる。王族なら誰かに呪術をかけられるのもおかしくないからな」
ルフィは驚き固まる。
「…王族は呪術をかけられるような人たちなのか?」
「さァな、一般人にはわからない考え方をする奴もいるってことだ。権力者の醜い争いだろ」
「王子なのに…ひどい話だな。……あのままだったら死んだかもしれねェんだぞ」
実際、あの状況で生きている方がルフィには不思議だったし、緊急性を感じたから何も説明することなく祓ったのだ。
怒りも露にルフィは憤慨した。
「……おれは王族が嫌いだ。だが、卑怯な手を使い、アホ王子を抹殺しようとするのも気に入らねェ」
「だよな! 今度見かけたら教えておこうな! あ…でも、今日のこと聞かれたら困るなァ。まァ話しても大丈夫かな」
なんとなく信用できる気がしたから。
ニコニコとルフィは笑った。
「そこら辺の判断はお前に任せる」
「うん、変に疑われたら冗談ってことにするから大丈夫」
自分のチカラについては隠せと、ナミとエースにも何度も言われていた話だが、なかなか上手くいかない。
ゾロは狼だと思っていたから使ってしまったし、王子にも危機を感じ使ってしまった。
今後はできるだけ気をつけようと決心した。
「はァ、できれば会いたくねェな」
「あはは、ゾロと王子は仲良しになれそうに見えたけどな」
「お前の目は節穴だ」
不機嫌そうに言われ、ルフィは思わず笑ってしまう。
「そういや〜王子の顔、あんまり見てねェな。モヤモヤばかり見てた。でも髪の色がキレイだったな」
「……宿に行くぞ。仲間を待つんだろ?」
ゾロは、なんとなくルフィが王子を思い出すのが気に入らず話を変えるため、さっさと歩きだす。
「もちろん! ……でも、逆方向だぞ?」
ゾロはピタリと立ち止まった。
「なんで、わかる?」
「さっき走って来るときに宿を見たから」
「……」
ゾロは無言でルフィの横まで戻って来た。
「方向音痴って病気なのかなァ……いでッ」
ボソッと呟いた言葉が聞こえていたらしくルフィはゾロに殴られた。
「陽が暮れる前に宿に行くぞ」
「殴るなよな〜。ん? 陽が暮れる前? あ〜、狼になっちゃうのか」
「そういうことだ」
ゾロとしてはさっさと宿に泊まり、陽が昇るまで部屋で待機したいのだ。
「狼もカッコイイと思うけどな〜あっ! 狼になったら頭撫でさせて! おれ、犬好き」
「…………好きにしろ」
「やったァ!」
普段のゾロなら断固拒否な内容だがルフィの期待に満ちた目を見ると断れない。
無邪気に喜ぶ姿を見ると狼の姿に変わるのも悪くない、なんてことをゾロは思ってしまった。
「宿に泊まるの初めてだから楽しみだ! どんなトコかなァ〜」
「珍しい奴だな。宿は面白い場所じゃねェ」
「おれが楽しみなんだからいいの! ナミとエースに自慢しよっと〜狼男と王子に会ったって言ったら驚くかなァ」
微笑ましい気持ちで楽しそうなルフィを見ていたが『狼男』が自分のことだと気づきルフィを睨んだ。
「に、睨むなよ〜いい意味で言ってんだぞ? 狼になんてなりたくてもなれねェんだから」
「なりたかったわけじゃねェよ……はァ、お前といると悩んでんのがバカらしくなる」
ゾロは呆れた顔をしていたが楽しそうなルフィにつられて笑いだした。
「じゃあ宿行こ〜! こっちの道だぞ? 向こうは違うぞ?」
「…はいはい。お前について行けばいいんだろ」
苦笑しながらもゾロは先行くルフィの横に並ぶために歩きだした。
*続く*
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