ルフィとゾロが宿に向かう途中に人垣ができていた。走って逃げる人もいる。
「何かあったのか?」
ルフィは近くにいる男に状況を聞いてみた。
「よくわからないが賊が出たらしいんだよ。なんでも一人の男を殺そうとしているらしい」
「賊? ……うーん、ちょっと見てみたいかも。ゾロ、行ってみるか」
「お前、野次馬根性あるんだな…賊か、今夜の宿代になるぐらいの賞金首がいればいいけどな」
怖がる様子もなく二人は逃げ惑う人々と人垣を掻き分け、騒ぎの中心まで急いだ。
人通りが多いはずの道に不自然に途切れた人々。
辿り着くと煌めく金髪がルフィの目に見えた。
「あっ!」
ルフィは思わず叫んだ。
騒ぎの中心にいたのはさっきの王子だったからだ。
賊の一人に鮮やかな蹴りを決めた後にサンジはルフィを振り返った。
「お前…さっきの」
「へェ〜王子って強いんだな」
倒れた賊たちを見てからルフィはサンジにニカッと笑った。
「あ? おれのこと知ってるのか?」
「ゾロに聞いたんだ〜あれ? ゾロ……いない」
ルフィは振り返ってもゾロはいなかった。
「えー……今の間に迷ったのか…あいつ、天才だな」
辺りを見回しても緑の頭は見当たらない。ルフィは感心した。
「おい、よそ見してんな。仲間と思われてるから殺されるぞ」
「あ、そっか。顔を隠してるから失礼な奴らだな! よし! 負けねェぞ」
「あれは賊だから失礼でも仕方ねェの。それよりお前、戦えんのか?」
さりげなくルフィを背中に庇い、サンジはまだ大勢いる賊と向き合う。
「バカにすんなよ! おれは強ェぞ」
ルフィはサンジと背中合わせになり、構える。
剣を振り上げた賊の一人がルフィに向かって走って来た。しかし、焦ることなくルフィは剣を交わし相手の鳩尾に拳を沈めた。
賊はドサッと地面に倒れた。気を失ったのだろう。
「なかなかやるじゃねェか」
ルフィの勇姿にニヤリと笑い、サンジは前を向いた。
これだけ強いなら庇わなくても大丈夫だろうとサンジは自分の前にいる敵だけに集中した。
いつの間にか来ていたゾロも加え、三人はあっという間にその場にいた大勢の賊たちを倒した。周りには気絶した賊が転がっている。
「準備運動にもならねェ連中だな」
剣を収め、ゾロはつまらなそうに言った。
「ゾロも強ェんだな〜」
「まァな。お前もなかなか強いじゃねェか」
ニヤッと笑ってゾロはルフィを見た。
「えへへ、当たり前だ。でも、これぐらいなら王子一人で平気だったな〜」
「まァ、それもそうだが予定より早く済んだ。サンキュー。あと『王子』って呼ばれるのは嫌いなんでね。名前で呼べ」
サンジは足元にいる賊を足で避けながらルフィに近づく。
「ん? そうだったのか。悪いことしたな〜でも、名前知らねェぞ? あっ、ちなみにおれはルフィだ。あれはゾロ」
「サンジだ。庶民派王子だからお前の口調や無礼な態度も気にならない」
サンジは笑いながらルフィの額をド突いた。
「いて! 気にしてるじゃねェか」
「アホ王子、結局なんの騒ぎだったんだ?」
額をさするルフィとサンジの間に立ち、ゾロは気になっていたことを聞いた。
「おい、今、なんつった?」
「アホ王子」
「おれは王子って呼ばれるのが嫌いっつったよな? しかもアホじゃねェよ! どんだけ失礼なんだ、てめェ」
ケンカが始まりそうな雰囲気を察し、ルフィはサンジとゾロの間に割って入った。
「お、落ち着けよ! アホでも王子なんだぞ? いいじゃねェか」
「良くねェよ…お前、フォローも下手くそだな」
「……うっ」
呻き声が聞こえ、三人は視線を下に落とす。賊の一人が意識を取り戻したようだ。
「タイミングいいじゃねェか」
賊の横にしゃがみ込みサンジは賊の頬を叩いた。
「おい、誰の差し金だ。どうせ頼まれたんだろ? ……大臣か?」
「ひっ……」
「…はァ、図星か。大臣もしつけェな…おれは国王になりたくねェって言ってんのに」
賊は必要以上にサンジに怯えている。
その様子に気づき、サンジは冷えきった笑みを向けた。
「別に殺したりしねェよ…それよりも今回の刺客は弱い奴ばっかだったな…手抜きか?」
「い、いや…今の王子は弱っているはずだから大丈夫だと……」
その言葉を聞き、ゾロがルフィを肘で軽く突いた。
ルフィは分かっていると言うように頷いた。
「おれが最近、体調悪いの知ってたのか? ……いや、違うだろうなァ。頭痛の原因も大臣の差し金ってとこだな」
「術士を雇ったと…」
「へェ? 随分、口が軽いな。大臣の手下が迎えに来るだろ? それまで寝てな」
サンジは手刀を賊の首に叩き込む。すると再び地面に沈んだ。
「内輪揉めか? 面倒な話だな」
「まァな。大臣もなかなか尻尾を出さねェから処分に困る。……今回が一番危なかったかもなァ」
もしも、頭痛がある状態で先ほどの様に刺客と戦うことになればサンジも軽傷ではすまなかっただろう。最悪、死んでいた。
つまり、目の前で何やら悩んでいる少年に出会わなかったら自分はもう死んでいたかもしれない、とサンジはルフィを見た。
「サンジ、お前寝る場所って決まってるか?」
ルフィがサンジを真剣な顔で見つめた。
「……あァ、自分の部屋で寝てる。それがどうかしたか?」
「最近…いや、ちょっと前になんか貰わなかったか?」
サンジはしばらく思案する。
「あるだろうな。貰い物は侍女が適当に部屋に置いていくしな」
「そうかァ……うーん、おれがサンジの部屋に入るってできるか?」
ルフィの申し出にサンジは驚く。ゾロも突拍子のない発言に驚いているようだ。
「どういう意味だ?」
「え〜っと……ここでは話しにくいかも」
「確かにのんびり話す雰囲気じゃねェな」
騒めく人々と倒れている賊たち。とても落ち着いて話せる雰囲気ではない。
三人は人気の少ない裏通りに移動した。
ルフィはサンジに自分の能力を簡単に説明した。
「へェ? じゃあさっきまでおれについてたのはゴミじゃなくて負の念ってわけか」
「うん。……疑わないのか?」
恐る恐る見上げてくるルフィの頭をサンジは優しく撫でる。
「実際、頭痛もなくなったしな。そもそもお前は嘘が下手すぎる。今の話では嘘吐いてる素振りはなかったしな」
「あ、ありがと…信じてくれて」
そして、それを知って態度を変えないでくれて。
にっこりと笑ってルフィはサンジに礼を言った。
「それでサンジに黒いモヤモヤをつけた奴が近くにいると思うんだ。そいつをどうにかしないとまたモヤモヤつけられちゃうかもだ」
「モヤモヤって言われると緊張感ないな」
ゾロは呆れたようにため息を吐いた。
「呼び方なんて他にあるのかァ? モヤモヤしてんだから仕方ないだろ〜」
「おれにもまだついてるんだろ?」
「うん。ゾロのはついてるっていうか巻きついてるって感じだな」
ジーッとゾロを見て、ルフィは困ったような顔をする。
「あ? 取れなかったの気にしてんのか?」
「……うん」
「お前のせいじゃねェだろ? それにもうすぐ取れる予定だしな。気にするな」
「ん、了解だ」
ゾロは笑いながらルフィの頭をポンポンと軽く叩いた。
「……」
「どうした?」
ルフィを撫でた手を無言でじっと見ているサンジにゾロは問い掛ける。
「いや…なんでもねェ」
「変な奴だな」
ゾロはチラリとサンジを見てからルフィに視線を戻す。
サンジは自分の行動に戸惑っていた。女の頭を撫でたことはあるがそれは意識してのこと。
ルフィの頭を撫でたのは無意識だった。これはどうしたものかとサンジは内心焦っていた。
「……それで、なんでおれの部屋に入りたいんだ?」
内心の想いを振り払うようにサンジは気になっていたことを聞いた。
「たぶんだけど、サンジについてる黒いモヤモヤはゆっくりとつけられたんだ。だから原因となるモノが近くにあると思う。寝てるときがつきやすいから寝室が怪しいんだ」
「なるほど。お前、ただのアホじゃなかったんだな」
「む、失敬だな。この手の知識はおれの方が詳しいっていう自信があるぞ!」
むくれるルフィにサンジは笑う。
「ははは、変な奴」
「むー、とにかく見れば、すぐにわかるから寝室に行きたいんだよ」
「お前、おれとは今日会ったばかりだろ? 助ける義理はないはずだ。なんか褒美でも欲しいのか?」
ルフィはサンジのひねくれた言葉にきょとんとした。
「確かにサンジとは会って間もないけど、サンジはいい奴だから死んで欲しくない。褒美も別にいらねェ。でも、なんかくれるなら貰うぞ」
にしし、と笑ってルフィはサンジを見た。
「いい奴って…会ったばかりだろ…やっぱり変な奴」
サンジは少し照れたように笑い、ルフィの頭を撫でた。
「頭撫でるのクセなのか? エースみたいだな」
「エース?」
「おれの兄ちゃんだ。よくおれの頭、撫でる」
少し寂しそうにルフィは笑った。
サンジはルフィの口から他人の名前が出たことに少しムカッとしたが自分の気持ちには気づかないフリをした。
「おい……どうするんだ? 早く決めろ、陽が暮れる」
黙り込んで成り行きを見守っていたゾロは少し焦ったように口を挟んだ。
「何か問題でもあるのか?」
「…お前には関係ねェ」
お互い不機嫌に言い合うので話は進まない。
陽が暮れそうなのは事実なのでルフィは話をつけようとゾロを見てからサンジを見た。
「ゾロは夜になると狼になっちゃうんだ」
「……どういう意味でだ?」
「はァ? そのまんまの意味に決まってんだろ! 王子はバカなのか?」
なんとなくサンジの言葉を理解し、ゾロは激昂する。
「だってお前、狼だぜ? 男はみんな狼だって言うだろ。しかも、夜に狼になるって言われたら……なァ?」
「……なんだよ?」
腰の剣に手を掛けてゾロはニヤニヤするサンジを睨む。
「てっきり二人きりになりたいから消えろって言ってんのかと思ったぜ」
「アホ王子……死ぬ覚悟はできたか?」
「またアホ王子って言いやがったな……」
サンジとゾロは互いに睨み合う。殺気が辺りを満たした。
「さっきから二人とも何言ってんだ? 男はみんな狼? どういう意味? 呪いか?」
心底わかりませんという顔のルフィに二人の殺気も消えていく。
「まだ知らなくていい」
「お子さまには刺激が強い話だったな」
「な、なんだよ〜気になるじゃねェか〜」
ゾロとサンジに口々に言われ、ルフィはムッとした。
「まァこの話はさて置き、部屋を見てくれるなら助かる」
「うん、早く見つけた方がいいからな。ゾロはどうする?」
「……狼の姿でうろつくのは気が向かねェ。明日、合流しよう。陽が昇ってからこの場所にまた来てくれ。時間は適当でいい」
少し悩んでからゾロはルフィに、そう告げた。
「わかった。じゃあまた明日な」
「……気をつけろよ?」
「ん? 何に?」
ゾロはチラリとサンジを見た。
「……いろいろ、だ」
「いろいろ? うん、わかった。ゾロも気をつけろよ」
ルフィが手を振るとゾロはサンジを睨んでから手を軽く挙げ、表通りに消えていった。
「牽制のつもりか? 余計、手出したくなるっつーの」
「ん? 何に?」
「こっちの話だ。気にするな」
わずかに芽生えたサンジのルフィに対する気持ちにゾロは気づいているのだろう。
それに気づくということはゾロも似たような感情をルフィに抱いているわけだ。
「気が合わねェ奴だが趣味は合うのか……なんか嫌だな」
「んー? さっきからよくわかんねェぞ!」
「はァ……なんでこんなガキに」
サンジのため息にルフィは首をかしげる。
気を取り直してサンジは歩きだした。
「ほら、行くぞ」
「おれ、城に入ってみたかったんだァ」
「結構広いからな、迷うなよ?」
「ゾロじゃねェし迷子にはならねェよ! でも迷うほど広いのか〜探検したい!」
「…暇があればな」
無邪気に笑うルフィを見ているとサンジは心が軽くなるのを感じた。一緒にいると素直に楽しいと思える。
サンジは城に帰るのが好きではない。でもルフィと一緒なら楽しめそうな気がした。
*続く*
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