「お頭〜今回の獲物は、やめときましょうよ。捕まったら死刑もありえるし…」
「お頭って言うな。変な敬語もやめろ。怪しまれる。はァ、おれが捕まると思ってんのか?」
「思ってねェけど〜サンジは捕まらないかもしれないけどおれが捕まるかもしれない」
「相変わらずウソップはネガティブだな」

サンジは鼻で笑いながら今夜、盗みに忍び込む屋敷を見上げた。

事の発端は三日前。
サンジ達がこの町に辿り着いた日に遡る。



***



こんな夜更けに開いている店なんてバーぐらいしかなく、サンジと一部の部下はバーで食事をしていた。

「昨日の盗みは簡単過ぎて拍子抜けだったな」
「今頃、宝石がなくて慌てんじゃねーか?」
「こんな堂々としてたら誰もおれ達が盗賊だなんて思わねェよな」

酒も入り、テンションの上がっているメンバーは少し口が軽くなっているようだ。

「お前ら話題には気をつけろよ」

カウンターからのサンジの一喝に部下達はおとなしく食事を続けた。
バーのマスターは話の分かるタイプらしく何食わぬ顔でコップを拭いている。

「お頭は今夜どうするんですか?」
「あ? そうだな」

ウソップは宿を探しに行こうとしているらしくサンジの予定を聞きに来た。

もうほとんどのメンバーが食事を終えているので後は寝るだけだろう。
前回の盗みの後、すぐにこの町へ移動してきただけに部下達からは疲れが伺えた。

サンジはカウンターの隅に座る女性に目をやってからウソップを見た。

「おれはいい。お前らは先に休んでろ。あと、変な敬語やめろ。敬語遣われるとむず痒い」
「すまん、クセだ……了解、いつもどおりな。女遊びもほどほどにしとけよ」
「了解」

ウソップを先頭に部下達はぞろぞろと酒場から出て行く。

サンジは先ほどからこちらへ熱視線を送る女性の横へ席を移動した。

「うふふ、あなた達って盗賊なのね」

艶やかな衣裳に強めの香水、顔も悪くない。
明らかに娼婦とわかる出で立ちに、笑いながらサンジは女性の腰を引き寄せた。

「まァな。秘密にしといてくれ」
「私を買ってくれたら黙ってるわ」
「了解」
「うふふ、あなたが盗賊の中で一番タイプだったの。安くしとくわ」
「自分を安売りすることはない。あなたほど美しい方なら高くても一夜を伴にしたい輩もいるのでは?」

サンジのセリフに、まんざらでも顔で女性は笑った。

「上手ね。さ、行きましょ」
「ああ。金、ここに置いとくぜ」

サンジは盗賊であることの口止めも兼ねて店主に多めに硬貨を置いて、女性と酒場を出た。

女性行きつけの宿屋に案内される。
サンジは女性をベッドへ押し倒し、聞きたかったことを尋ねた。

「この町で高価なモノってあるか?」
「う〜ん、そうね。私でも欲しいモノがあるわよ」
「なんだ?」

首筋に口付けながらサンジは続きを促す。

「ふふ、盗賊ですものね。私の身体よりそっちの話の方が興味あるかしら?」
「意地悪な質問だな」
「冗談よ。ほら、こっち」

女性は起き上がり、苦笑いするサンジを窓際に引っ張った。

「大きなお屋敷が見えるでしょ? あそこはお宝がたくさんあるわよ」
「確かにデカイな」

楽しそうに笑う女性の声を聞きながらサンジは闇の中へ目を凝らす。
恐らく、この町で一番大きな屋敷だろう。

「領主の家だから当然よ。警備も多いわよ? 兵士が二十四時間体制でうろついてるもの」
「それは大変そうだな」

そう言いながらもサンジはすでにあの屋敷に入るシミュレーションを考えていた。

「高価なモノはたくさんあるでしょうけど、この町の女性が憧れるのは代々受け継がれる首飾りね」
「首飾り?」
「ええ、今では希少な石もはめ込まれているらしいわ。一般人は目にすることもできないわよ。いつもは地下に厳重に保管されているもの」

女性は目を輝かせて屋敷を見つめている。

「へェ?」
「もうすぐ、お嬢様の手に渡るわ。盛大なパーティーの後に授与されるのね」
「お嬢様?」
「領主様のたった一人の娘。母親は若くに亡くなってるの。もうすぐ隣町の御曹司と結婚するんですって。誕生日パーティーのあとすぐに隣町へ行くんじゃなかったかしら? 首飾りも持って行くんでしょうね。顔をはっきり見たことはないけど式典で見かける限りでは可愛らしい感じのお嬢様よ」

話を聞く限りでは盗むなら誕生日パーティーが一番盗みやすいだろう。

「誕生日パーティーっていつ?」
「明後日だったかしら。お偉いさんしか招待されていないから招待客として忍び込んでもすぐにバレちゃうわよ。それに領主様は娘以外には冷たい方よ? 冷酷な噂もあるわ」
「冷酷ね。ま、そこらは上手くやる。視察が必要だな」
「悪巧みしてる顔ね。ふふ、知ってることは後で全部しゃべってあげる。私もお金を貰う限りは仕事だからご奉仕させてね」

ベッドへ導かれ、サンジは屋敷が気になったが誘うように笑う女性の相手をすることにした。

その後、見張りが手薄な時間と屋敷の構造を簡単に教わるのだった。



***



「盗みの前に捕まるなよ?」
「ハイハイ。後でな」

逃走ルートの確認のため、サンジはリスク覚悟で一度、屋敷に忍び込むことを決めたのだ。
盗みの準備をしていたためパーティー当日の確認になってしまったが仕方がない。

娼婦に聞いた見張り交代の時間へ屋敷に忍び込む。
屋敷へ入ってしまえば隠れる場所はそれなりにありそうな気がした。

(広い庭だな……逃げ切る前に捕まらないようにしねェとな)

木陰に隠れ、辺りを見渡す。
自分が今どこにいるのか、屋敷の構造と頭の中で比べる。

(屋敷の中も見たい……が危ないか)

まるで入れと言わんばかりに見回りの兵士もいない。
サンジはどうしようか迷いながらも屋敷へ入り込んだ。

見張りがいないのでサンジはついつい屋敷の奥まで入り込んでしまった。
豪華な装飾、高そうな花瓶、絵画。
領主の屋敷に相応しい品々があちこちに飾ってあった。

(高価そうなモノがこんな場所に飾ってあるってことは厳重に保管されてる首飾りはかなり期待できるな)

盗賊をしているだけにサンジは自分の目に自信があった。
偽物は一つもないと確信し、思わずニヤける。

(見せかけだけの領主様じゃないみたいだな)

昔、偽物だらけの屋敷に忍び込み落胆したことがあった。
それを思うとサンジは領主の見る目の高さに喜びを隠せない。

「誰だ!」

油断していたせいかサンジは一人の兵士の存在に気づかず、見つかってしまった。
サンジは踵を返して元来た廊下を全力で走る。
角を曲がったところで立ち止まった。

「げっ」

まだこちらに気づいていない兵士がサンジのいる方向へ歩いて来ている。
後ろからも兵士の足音が近づいていた。

「どうするかな」

万事休すかと思いきや、目の前の扉がガチャリと開いた。

扉の内側から一人の少女が覗いて来た。
サンジの存在に驚いて目を丸くしている。



***



「あ、おいっ。変な奴見なかったか?」
「不審者か? いや、見てない」

息を切らした兵士は見回りをしている兵士に話し掛けながら辺りを見渡す。

「クソ、逃げ足の早い」
「まだ近くにいるかもしれないな…仲間に知らせてくる」
「どうかしたの?」

不思議そうな声に二人の兵士は声の方へ顔を向けた。

「お、お、お嬢様! あの、その、怪しい者を見かけませんでしたか? 金髪の不審者です」

顔だけ部屋から覗かせて、少女は首をかしげる。
長い黒髪がサラリと揺れた。

「怪しい者? いいえ、見ていませんよ」
「そ、そうですか。危険ですから部屋に鍵をかけて、しばらく出ないようにしておいてください」

赤い顔で兵士は慌てながら部屋へ鍵をかけるように促す。

「わかりました。あなた方も気をつけてくださいね」
「「あ、ありがとうございます!」」

ふわりと笑った少女に二人の兵士はこれまでにないぐらい顔を赤くして敬礼した。
そして、走り去っていく兵士達を見送ってから少女は部屋の中へ頭を引っ込めた。

扉を閉め、鍵をかける。
振り返るとすぐ近くにサンジがいて、少女は息を呑んだ。

「お嬢様は世間知らずなのか?」
「え?」
「金髪の不審者…もとい盗賊を部屋へ招き入れるなんてとんだ尻軽女なのか?」
「盗賊さん? わっ、ヤダ」

突っぱねようとする手を掴み、サンジは少女に笑いかける。

「あ、あの…」
「ご期待通り、不審者らしくしようかな」
「ちょっ!」

動揺している少女を抱き上げ、少女のベッドへ下ろした。
逃げようとする少女をベッドへ己の手で縫い止める。

「いろいろ聞きたいことがある」
「な、なに?」
「してからでいいよな」
「……何を?」
「この体勢でその質問は愚問だろ」

言っている意味がわからないのかキョトンとした顔で少女はサンジを見つめる。

「意味わかんないって顔だな……婚前でも未来の旦那とはやることはやってんだろ?」

ワンピースの中にサンジが手を差し入れたとたんに少女は今までにないほど暴れだした。

「ま、待って!」
「イヤだ」
「ギャー! バカ! 放せ! おれは男だ!」

真っ赤な顔で暴れる少女のセリフに、さすがのサンジも体を触る手を止めた。

「は?」

少女は真っ赤な顔で涙を蓄めた目でサンジを睨む。

「嘘……だろ?」

どう見ても女だ。しかも、極上の。
これで男ならあまりの可愛いさに出さなくていい手を出してしまったサンジの立場がない。

「ウソじゃねェよ…ほら、カツラ」

長い髪のカツラを外し、サンジに訴えかける。
しかし、カツラを取ったぐらいではまだ信用できなかった。

「ギャー!」
「……男だ」
「どこ触ってんだ! 変態!」

男である証をサンジにしっかりと触られ、少女のような少年は叫んだ。

「マジかよ……はァ」

サンジは少年から離れ、ベッドに腰を掛け、俯いた。

「なに落ち込んでんだ! 落ち込みたいのはこっちだ!」
「盗賊歴長いのに…男と女を間違えるなんて…偽物を見分ける自信がなくなってきた」
「何をブツブツ言ってんだよ」

お嬢様のフリをしていた時と口調が変わっている。これが本来の話し方なのだろう。

「なーんでもねェよ…お前、名前は?」
「……ルフィ」

ベッドへ仰向けに転がり、サンジは乱れた服を整えている少年に目を向けた。
こうやって見ても女性にしか見えない。

「……お前、なんで女装してるんだ?」
「え? おれは…お嬢様の影だから」
「影?」

ルフィは整ったワンピースに満足して、カツラを被った。そして、サンジの横に腰掛ける。

「おれは捨て子なんだ。屋敷の前に捨てられた。十年ぐらい前かな、領主様に拾われた。拾った理由はおれがお嬢様に瓜二つだったから」
「……なるほど」
「おれが拾われる少し前にお嬢様が誘拐される事件があったんだ。大事には至らなかったけど顔に傷をつけられた」

ルフィは自分の左目の下を指差して、寝転がっているサンジを見た。

「本物のお嬢様にもその傷があるのか」
「うん、似てなきゃ影の意味ないもん。お嬢様も女のコだから気丈なフリをしてても傷痕のことずっと気にしてた。御曹司がいい医者を見つけたって言ってたからきっと傷痕も消してもらえる」
「良かったな」

サンジのセリフにルフィは嬉しそうにニッコリと笑う。

「話戻すけどその当時、お嬢様はひどく怯えてて、領主様は同じことが二度と起こらないように式典や要人と会うとき、おれをお嬢様に見立てて連れて歩くようにしたんだよ」
「それで影ってわけか」
「うん。おれの存在は屋敷の中でも一部の人間しか知らないから。盗賊さんを追いかけてた兵士とかはおれをお嬢様だと思ってる」

見えてはいなかったが恥ずかしそうにしていた兵士達の声音を思い出し、サンジは苦笑した。
今まで守って来た少女が実は少年だと分かれば、さぞやショックだろう。

「本物のお嬢様は不審者が入れるような場所にはいないよ」
「そりゃそうだろうな。隣町の御曹司の家とか?」
「うわ、よくわかったな。明日の朝には帰って来るよ」

ルフィは感心したようにサンジを見つめた。

「誕生日パーティーには、お前が出るのか?」
「うん、意外と危険だからな。でも、影をする役目も今日の誕生日パーティーで終わりなんだ」

ルフィの笑顔に陰りのようなものを感じてサンジは起き上がった。

「何で?」
「な、なんでって…おれ、男だからお嬢様との体格に差が出てくるだろ? 影としてそろそろ限界。それにお嬢様は隣町で暮らすから、もう影は必要ない」

まだ影としていけそうな気もするが本物のお嬢様が隣町で暮らすなら確かに影をする必要はもうなくなるだろう。

「そうか、よかったじゃねェか。女装しなくてよくなるんだろ?」
「……うん、そうだな。でも、おれだって毎回女装してるわけじゃないぞ? 使用人として働いてるときだってあるんだからな」

拗ねたような口調にサンジは笑ってしまう。
しかし、話を逸らされたような気も少しだけした。

「そうなのか?」
「……そりゃまァ、お嬢様のフリしてるときの方が多いけどさ」

使用人としてはあまり働いたことがないのかルフィはサンジから目を逸らした。

「使用人のときはカツラを取ってるってことか」
「うん、影だってバレないようにな。傷痕は絆創膏で隠すんだ。そういえば、盗賊さんは何しに来たんだ?」
「何って盗みの下準備だな」

サンジのセリフにルフィは驚く。

「本気? 何を盗むの?」
「本気。噂の首飾りを貰おうかと思ってる」

じっと見つめてくるルフィにサンジは笑顔で答えた。

「……難しいと思うけどなァ」
「そう思うなら攻略のヒントをくれ」
「うーん、そうだな〜」

誕生日パーティーは警備する兵士も増える。
ルフィは真剣に悩んでから我に返った。

「な、なんで盗賊さんにヒントやらなきゃいけねェんだよ!」
「お前、可愛い奴だな。ま、ヒントなんて期待してねェから気にすんな」

可愛いという発言にサンジを睨みつけてからルフィはベッドから立ち上がった。

「……明日の朝」
「は?」
「明日の朝、お嬢様が首飾りを取りに帰って来る。きっとお嬢様は首飾りを身につけて隣町に戻るから…そのときの方が警備も少ない。誕生日パーティーで盗むのはやめた方がいいと思う」

突然のアドバイスにサンジは考え込む。
窓から外を見ているのでルフィの表情は見えない。だが、嘘を吐いているようにも思えなかった。

「…どういう意図でそれを盗賊に教えるんだ?」
「わかんない。ただ、盗賊さんが捕まるトコは見たくない。きっと酷いことされる。殺されちゃうかも…しれない」
「……」

悲しそうな後ろ姿。
それほど警備は手厚いのだろうか。
そもそも、何故この少年は自分の身を案じてくれるのだろうか。
サンジは不思議な感情が心に渦巻いた。

「この窓から出て、ずっと真っ直ぐ行けば裏庭がある。その奥に外へ通じる隠し扉があるから探してみてくれよ。たぶん、これが一番安全に外へ出られる方法だ」

ルフィはニッコリと笑顔で振り返った。
なんとなく違和感を覚え、サンジはルフィに近寄る。
窓を開けようとするルフィの手を掴んだ。

「一つ、質問していいか?」
「なに?」

手を掴まれ驚くルフィをサンジは見つめて、口を開いた。

「お嬢様の影をやめたら、お前はどうするんだ」

肩がビクッと震えた。
明らかに動揺する瞳。
やはり、さっきは故意に話を逸らしたのだ。
サンジの視線から逃れようとするが手を掴まれているので動けない。

「ど、どうって?」
「使用人になるのか?」
「あ、うん。そうだよ」
「嘘だな」

必死に動揺を隠そうとしているが本来から嘘が苦手な性格なのか全く隠せていない。

「う、ウソなんかじゃな……」
「嘘だろ?」
「………」

サンジの言葉を否定出来ずにルフィは俯いてしまった。
言おうかどうか、ひどく迷っているようにも見える。

「行きずりの盗賊だろ? 気にせず話せよ」
「…影は…消されるんだ」
「っ…そうか」

予想はしていたが本人から聞かされると衝撃が強かった。
要人との会談や式典などルフィは領主の裏の顔を知りすぎている。情報が漏れるリスクを考えると消してしまった方が領主にとって都合がいいのだろう。

「この屋敷も代々受け継がれた領主様の手腕もキレイな方法だけで築き上げたものじゃない。おれはこの屋敷のこといろいろ知りすぎてるから…」
「口封じってことか…逃げないのか?」
「うん。拾われなかったらもっと早くに、なくなってた命だから」

恨み辛みもなくルフィは領主に感謝しているように見えた。

「他の奴とか…お嬢様は何も言わないのか?」
「みんな、おれは遠い町へ行くと思ってる。お嬢様の結婚式に出られないことはもう謝ったんだ。すごく怒られたけど…遠い町に着いてから祝いの手紙を書くなら許してくれるって。もう手紙も書いてるんだ…領主様に渡してある」
「……そうか」

遣り切れない気持ちにサンジは舌打ちをした。

「お嬢様は何も知らない。領主様のしてきたことも、おれがどうなるかも。そんなこと知らなくていい、知る必要ない。……心から笑える場所で笑ってるのがいい」
「お嬢様が好きなのか?」
「もちろん! 捨て子のおれを家族みたいに優しく接してくれた。大好きに決まってる。あっ、首飾り盗むときお嬢様に変なことしたら許さないからな!」

恋愛感情というより家族愛に近い感覚なのだろう。
サンジを睨む姿は大好きな姉を守ろうとする幼い弟に見えた。

「了解。出さねェよ。……大好きなお嬢様の持ち物をおれが盗んでもいいのか?」
「なんか盗賊さんって盗むまで諦めなさそうだもん。お嬢様が危険な目に何度も遭うよりは盗まれた方がいいかなって……でも、本当は覚えてて欲しいのかも」
「ん?」

何が言いたいのか分からずサンジは聞き返した。

「首飾りを見るとおれを思い出してくれるかなって…ホントは怖いんだ。おれは影だから消えても、きっと誰も気がつかない。それがすごく怖い。盗賊さんはホントのおれを知ってるから…あはは、迷惑な話だよな」

困ったように笑うルフィをサンジは思わず抱きしめる。

「わ、盗賊…さん?」
「……サンジだ」
「サンジ……サンジがいつかおれを思い出してくれるって考えると消えるのも、少しは怖くなくなる」

ルフィはサンジに強く抱きついた。

「……消えるなよ」
「あはは、無理だよ。イヤだな…サンジの前だと弱気になりそうだ。早く帰って…明日の準備しろよ」

ルフィはサンジの心地好い腕の中から抜け出した。
そして、ギュッと目を瞑り心を落ち着ける。

領主には拾われた日から、ずっと言われ続けて来たことだ。
影は必要なくなったとき消えなければいけない。
これは領主とルフィの二人の秘密だ。

サンジといると長年の決心が揺らぐ。
消えたくないなど考えてはいけないのに。

逃げ出せばルフィを影だと知っている人が消しに来るだろう。
それだけはイヤだ。影の自分に優しくしてくれた人達にそんな嫌な仕事をさせたくない。

領主様の秘密は話すつもりなんてない。でも、領主様が不安なら、歴代の領主がしてきたように冷酷になるしかないなら仕方ない。
お嬢様は結婚して幸せに暮らす。
優しい御曹司様が大事にしてくれる。守ってくれる。
何よりサンジがおれを思い出してくれるはずだ。

それなら怖くない。
ほら、おれが消えても大丈夫。

ルフィは安堵のため息を吐いてから、そっと目を開いた。
何か言いたそうなサンジと目が合う。

「……あんまりのんびりしてると兵士が来るかもよ」
「そうだな」
「ん、気をつけて帰れよ」
「もう見つからねェよ」

ニカッと笑ってルフィは窓を開けた。
サンジは何も言わずに窓から外へ出る。

「明日の朝も気をつけろよ? お嬢様も護身術習ってるから強いぞ」
「………あァ」
「……じゃあな」

これで最後と思うとなぜか悲しかった。
初めて会った、しかも盗賊との別れを惜しむとはルフィは考えてもみなかった。
なかなか立ち去らないサンジにルフィは首をかしげる。

「どうした? なんか忘れ物とか?」
「そうだな。下見とはいえ盗賊が何も盗まないのは盗賊らしくねェな」
「うわ……っ!」

ルフィは窓枠に置いている手を掴まれ、急に引き寄せられた。
バランスを崩したと思うとサンジに唇を塞がれる。
すぐに唇は解放されたがルフィの顔は尋常じゃないほど赤くなっていた。

「っ……な、な、なに…おれ、男」
「触って確認したから知ってる」
「うっ…じゃあ、なんで…」

後退ろうとするが手を掴まれているので逃げられない。
触れたのは唇だけなのに全身が熱かった。
ルフィは今だにバクバクと脈打つ心臓を落ち着けるために深呼吸をする。

「何してんだよ?」
「うるさい! 早く帰れよ!」

ニヤニヤしているサンジをルフィは赤い顔で睨む。

「言われなくても帰るっつーの。準備があるからな」
「う〜、変なからかい方すんな」
「からかってねェよ」

サンジの真剣な声音にルフィが驚いているとサンジは腰まであるルフィの髪を優しく掴み、それに口づけてきた。

「……またな」

ルフィが赤くなるのを見届けてからサンジは素早くルフィに言われた逃走経路を走って行った。

「な、なんだよ……はァ、熱い…」

へなへなとルフィはその場に、へたり込む。

全身が熱い。
口づけされた髪まで熱を持っている気がした。

「またな…か。もう会えないのに変なサンジ」

落ち込んでいるように見えたから励ましてくれたのだろうと解釈してルフィは微笑んだ。
キスしたのも盗賊なりの励まし方なのかもしれない。

「今日はいい日だな」

ふと、そんな言葉が口から漏れていた。
ルフィは自分の言葉に驚いていたが確かに人生最後の日にしては最高な日に思えた。

サンジと出会えた。
影じゃない本当の自分を知る数少ない人が増えた。

誕生日パーティーが終わったら、毒を飲んで、影の役目はおしまい。
亡骸は領主様が片付けてくれると言っていた。
お墓も作ってくれると言っていた。
花も供えてくれると言っていた。
あの冷酷非道な領主様が。

「…不器用で優しい人だな」

ルフィは立ち上がり、ベッドへ仰向けに転がる。
考え方を少し変えれば、見えにくい優しさと領主という立場の重さが見えてくる。

目を瞑り、過去の思い出に触れていく。
泣いたり、怒ったり、苦しかったり、寂しかったり、いいことばかりじゃなかった。
でも、その何倍も笑ったし、お嬢様も屋敷もみんな好きだった。
様々な感情が通りすぎていく中で最後に残った感情を口に出す。

「うん、楽しかったな。……おれは、しあわせだ」

さっき会ったばかりの変な盗賊を思い出し、ルフィは笑う。
警備の厳しい屋敷に入って来た人に初めて会った。
あんなハプニングは生まれて初めてだった。
だから、話をしてみたいと思った。
襲われかけたり、本物の自分を見せたり、キスされたり、サンジは初めての感情ばかりをくれた。
最後に出会えて良かった。

そんなことを考えているとルフィは眠くなってきた。
最近はうなされる日が続き、上手く眠れなかった。寝れたとしても怖い夢ばかり。
でも、今はとても眠い。それに幸せな夢を見られる気がした。



***



ルフィに言われた通り、隠し扉を見つけてサンジは屋敷の外へ出た。
屋敷の正門まで歩くとウソップがうろついているのが見えた。

「あ、サンジ! 遅すぎ! 心配するだろうが」
「お前、怪しすぎ……まァ遅くなって悪かったな」
「危ない目に遭ったんだろ〜今回の盗みは、やめとけって言う神のお告げだ! 別の町に行こう! そうしよう!」

宿へ戻ろうと歩くサンジにウソップはギャーギャーと喚く。

「神のお告げ? なかなかいいこと言うじゃねェか」
「お? 諦めるのか」

次の町へ向かうのかと顔を輝かせるウソップにサンジはニヤリと笑った。

「いや、欲しいモノが増えた」
「は?」
「盗めっていう神のお告げだろ。作戦練り直しだ。失敗は不可。お前はいつもどおり援護を頼むな」
「……りょーかい」

ウソップは説得は無理だと悟り、ガックリと肩を落とした。



***



コンコンとノックの音が聞こえ、ルフィは目を醒ます。
空高くあった太陽は夕陽に変わっていた。

「はーい。ふわぁ〜」
「失礼しま……あら?」

ガチャガチャとノブを回す音が聞こえ、ルフィは寝呆けた頭で扉が開かない理由を考える。

「あ、そっか。鍵かけてたんだっけ。ごめんなさい。今、開けます」
「失礼します、お嬢様。今晩のパーティーに着る、お召し物を持って参りました」
「わ、ナミか〜」
「せめて、扉を閉めてから口調を戻しなさいよ」

侍女のナミは苦笑しながら、ドレスを持って部屋に入って来た。

身の回りの世話をする者の中にはルフィの存在を知っている必要があった。
ナミは影の正体を知る数少ない一人だ。

「今回のドレスは一段と豪華よ。見た目はシンプルだけどね。気合い入れて可愛いくしてあげるわ」
「気合いは入れなくていいけどさ」

白いドレスを渡され、ルフィはモソモソと着替える。

「……あんたの着付けできるのは今日が最後でしょ? 好きなようにさせて」
「ナミ…うん。よろしく」
「…ほら、髪あげて」

ナミはルフィの後ろに立ち、ドレスのファスナーをあげた。
絹で出来ているのか触り心地の良いドレスを身にまとい、ルフィはナミの方へ向き直る。

「うん、似合うわね。シンプルなウエディングドレスみたい」
「結婚式、お嬢様はもっと豪華なドレスを着るのかな? 見たかったなァ」

残念そうに言うルフィにナミは困ったように笑った。

「……もう少し、ゆっくり旅立てば見られるのに。誕生日パーティーが終わってすぐ行くんじゃ見られないわね」
「うん、おれの分もナミが見といてよ」
「ええ、隣町の豪邸も物色して来るわ」
「頼んだ。ん? あの紙袋、なに?」

ドレスに気をとられて気がつかなかったがベッドの上に紙袋が置いてあった。

「ふふ、開けてみて」

ドレスの長さを調整しながらナミは笑った。
ルフィは紙袋を開けて中身を取り出す。

「これって……」
「町の名前は教えてくれなかったけど寒い町に行くって言ってたでしょ?」

調整を終えて立ち上がるナミの顔が、ぼやけて見えた。

「あ、こら! 泣かないでよ。泣かすために作ったんじゃないんだから」
「う〜、ありが…と、ナミ」
「どういたしまして。風邪、引かないようにしなさいよ?」

手作りのマフラーと手袋を抱きしめて、ルフィは泣きながら笑った。
どこの町に行くか聞かれたとき、苦し紛れに寒い町と言ったのをナミは覚えていてくれたのだ。

領主様に頼んで絶対、絶対にお墓へ一緒に入れてもらおう。

嬉しくて泣いているとノックの音が部屋に響く。
涙を拭き、返事をすると見慣れた兵士が部屋に入って来た。

「……失礼します」
「ゾロ〜! どうしたんだ、こんな時間に?」
「誕生日パーティーの警護はおれの担当じゃないから会いに来た」
「……そっか〜」

ルフィは笑ってゾロを見上げた。

兵士のゾロもルフィの存在を知る数少ない人物だ。
一人ぐらい兵士の中にも知ってる奴がいた方がいいと領主、自らがルフィのことをゾロに話したのだ。
警護隊長でもあるゾロは口も堅く、領主の信頼を得ている。

「素直に会いたいから来たって言えばいいのに」
「……うるせェ」

ナミに、からかわれゾロは仏頂面になった。
その様子にルフィは笑う。

「…これ、やるよ」
「うわ、なに?」

急に胸元に大きな紙袋を突き出され、ルフィは驚いてしまった。
とりあえず開けてみる。

「……コート?」

フードのついた長めのコートが入っていた。
止まっていたはずの涙が再び溢れ出す。

「また泣く〜」
「うっ、泣くな!」
「うえっ…ありがとう」

ナミに頭を優しく撫でられルフィは更に涙が溢れた。

「私達は誕生日パーティーに出られないし、あんたは黙って屋敷を出て行く。領主様にも見送りは禁止されてるし、ルフィとはきっとこれでお別れでしょ? だからプレゼントを渡したかったの」
「うん…っく…」
「もう会えないでしょうけど私達のこと忘れないでね。幸せに暮らすのよ?」

返事も出来ず、ルフィはコクコクと頷いた。

「ちなみにゾロがあげたコートは私が選んだから、センスいいでしょ?」
「…ナミが?」
「何、渡すか悩んでたから…下手すると腹巻きとか贈りそうな勢いだったのよ。確かに寒い町なら使うかもしれないけど……なんかプレゼントが腹巻きってイヤじゃない?」
「てめェ…それは言わなくていいことだろ!」

恥ずかしいのか少し赤い顔でゾロはナミを睨みつける。
ナミは気にせず、ニッコリと笑った。

「無理よ。こんな面白いこと黙ってられないわ。お金を払ったのはゾロだから一応ゾロからのプレゼントだけど私からだと思っていいわよ」
「よくねェよ!」
「あははは!」

二人のやり取りにルフィは笑いを隠し切れず大笑いした。

「てめェ…ふん、勝手に笑ってろ。……お前は笑顔の方が」
「可愛いとでも言うつもり? キザね〜」

ナミはタオルを濡らしながらゾロを鼻で笑う。
ゾロは今までにないほど顔を引きつらせた。

「はい、目を冷やしなさい。パーティーで目が腫れてちゃ変でしょ」
「はーい」

ルフィはナミに渡されたタオルを目に当てた。
冷たくて気持ちいい。

「今日は例の首飾りをつけるから宝石もいらないわね」
「あはは、そうだな」
「笑うトコじゃないと思うけど」

ルフィはサンジのことを思い出して笑ってしまったのだがナミはそんなこと知る由もない。
ナミの不思議そうな声に幸せな気分になる。

「なんでもないって」

秘密の出来事はなんだか楽しい。
本当は盗みを止めた方がいいのだろうが最後のイタズラということで許してもらおう。

「変なの。あ、そうだ。今日は化粧しなきゃね」
「あ〜そっか。パーティーだもんなァ」

ルフィは鏡を見て、ため息を吐いた。
普段はしていないがパーティーや要人に会うときは左目の下の傷を隠すために化粧をしている。
化粧を出して、嫌そうな顔をした。
やはり、化粧は苦手なのだ。

「化粧も私にさせて」
「……うん」

自分でもできるのだが今日はナミにしてもらうことにした。
目を瞑り、ナミに化粧を任せる。

お嬢様が誘拐されたとき、捕まる直前の犯人に目の下へ痕が残るほどの傷を付けられてしまった。
影であるルフィはもちろん同じ傷を領主につけられた。
影だから当たり前だ、と口ではキツイことを言っていたが、ナイフを握る領主様はつらそうな顔をしていたので耐えられた。
それに昔の傷なのでもう痛くはない。

傷を隠すための化粧をナミに教わったことを思い出す。
慣れるまでかなり大変だった。

「昔を思えば上達したわよ」

ルフィの考えていたことがわかったのかナミは笑った。

「そうかな? まァ化粧なんて上手くても意味ないけどな」
「役に立つかもしれないぜ?」
「そんなわけねェだろ」

ゾロのセリフにルフィは頬を膨らませて拗ねる。

「拗ねても可愛いわね。はい、出来たわよ」
「ありがとう、ナミ。やっぱりナミの方がうまいなァ」

鏡を見ると厚化粧にしているわけではないがキレイに傷が隠れていた。

「そりゃルフィより化粧する機会、多いもの」
「それもそうか〜」
「男の中ではお前が一番うまいかもな」
「……自慢にはならねェな」

ゾロのセリフにルフィはわざとらしく肩を落とす。
その仕草にナミとゾロは笑った。

三人は、しばらく他愛ない話を尽きることなく話す。
まだ話し足りないが時間は刻々と過ぎ、パーティーの時間が近づいてきた。

「そろそろ時間だな」

壁にある時計に目をやり、ゾロはルフィを見る。

「……そっか〜。えへへ、二人ともいろいろありがとな」
「こちらこそ。屋敷に来てくれてありがとう。いつも楽しかったわ」
「おれは屋敷外の警護だから、そばにはいられないけど気をつけろよ。……元気でな」

しんみりしそうになる空気を振り払うように三人は笑った。

「プレゼントはベッドにまとめて置いておくわね」
「ありがと。……じゃあな」
「……ルフィ」

扉を開けるとナミに静かに声を掛けられる。

「なに?」
「……遠くの町に行くだけよね?」
「うん、もちろん。町の名前は領主様の意向で言えないけどな」

ルフィはニッコリと笑顔で振り返った。
その笑顔にナミも笑顔で応える。

「そう。ホント、気をつけてね」
「うん。プレゼント、大事に使うから。ナミ、ゾロ、元気でな」
「ルフィもね」

ニッコリと笑ってルフィは手を振り、部屋から出て行った。
扉が閉まり、部屋の中はナミとゾロだけになる。

「私、笑えてた?」
「ああ。上出来じゃねェの?」
「あんたは口数少なすぎでしょ」
「…反省してる」

ナミは手袋とマフラー、コートをキレイに畳んで、ベッドに置いた。

「遠い町に行くってホントだと思う?」
「……わからねェ。いつも嘘が下手なくせに今日は見分けがつかなかった」
「私も。…ルフィ、信じていいのよね?」

ここにはいないルフィにナミは問いかける。

領主の性格を知っているつもりだがナミもゾロも裏の顔を詳しく知らない。
だから、ルフィの言葉と態度で見抜くしかなかった。

「……警備、行く」
「ええ。あんた、結局告白できなかったわね」
「あの状況で言えねェだろ。それにお前こそ何も言ってなかったじゃねェか」
「あんたと一緒。言えないわよ。きっと困って笑うでしょ。こんな日に困らせたくないの」

ナミと同感なのかゾロはため息を吐いた。
ゾロの肩を叩いて、ナミはにノブに手を掛ける。

「私も食事の手伝いしなきゃ」
「ああ、じゃあな」

二人は一抹の不安を抱えながらも自分達の持ち場に向かった。



***



婚前最後の誕生日パーティーということで規模は盛大だった。

「お嬢様、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「一段と美しくなられて…旦那になる男が憎らしいほどです」
「ふふ、お上手ですね」
「本当のことですから」

ルフィはテーブルを挨拶して周る。
長年しているお嬢様の演技は完璧で本人に自覚はないが多くの男を赤面させていた。

(はァ、ちょっと疲れたな)

笑顔を崩すことはないがルフィは疲れを感じ始めていた。

「お嬢様、こちらへ」
「はい」

一人の兵士に呼ばれ、ルフィは会場の中に、ぽっかりと空いた空間に案内される。
その空間の中心には領主がいた。
手には首飾りを持っている。
ルフィが領主の前に着くと辺りは、しんと静まり返った。

「誕生日、おめでとう。よくここまで健康に、そして美しく成長してくれた。お前は私の誇りだよ」
「お父様……ありがとうございます」
「これはもうお前の物だよ。大事にしなさい」
「はい、お父様」

領主自らが首飾りをルフィにつけた。
会場内から歓声があがる。

「似合っているよ」
「ありがとうございます。大切にしますね」
「みんなにも見せてやりなさい」
「はい」

古さを感じさせない美しい装飾。
ちりばめられた宝石が輝きを放っている。
まるでルフィのために作られたようにとてもよく似合っていた。
再びテーブルを回って歩こうすると突然、窓ガラスが割れる音がした。
女性の甲高い悲鳴とどよめきが辺りに広がる。

「な、なに?」

ルフィも驚いていると一人の兵士が近づいてきた。

「お嬢様、盗賊が現れたようです。危険ですのでこちらへ」
「え、ええ」

盗賊と聞いて思い出すのは昼間に会ったサンジだった。
鼓動が早くなる。
明日の方がいいと言ったのに今日、来てしまったのだろうか。
どうか、捕まりませんように。

「灯りが…」

ガラスが割れる音が再びしたと思うと急に灯りが消えた。
前が見えず、ルフィは立ち止まる。

「お嬢様、失礼します」
「え? わっ」

突然、身体が宙に浮いた。
ルフィは驚いて、兵士の首に掴まる。

「申し訳ありません。安全な場所へ行くまでこのまま運ばせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」

こんな暗闇の中、しかも兜をしていて、兵士はよく前が見えると感心しながらルフィはおとなしく横抱き、いわゆるお姫様抱っこをされたままでいた。

喧騒から遠ざかる。
お嬢様はどこだ、という声が聞こえた気がした。
一体、この兵士はどこまで行くつもりなのだろう。
不思議に思っていると暗闇に目が慣れてきた。

「あの…」
「何でしょうか?」
「もう見えますから、降ろして下さい」
「嫌です」
「えっ?」

まさかそんなことを言われるとは思わず、兵士の顔を見る。

兜を被っているので顔は見えない。
何を考えているのか、わからなかった。

「せっかく捕まえた獲物に逃げられたくありません」
「え? あ、あの」

訳のわからない兵士にルフィは動揺してしまう。

「ぷ、あはははっ」
「な、なんですか? 降ろして下さい」

突然、笑いだした兵士の兜をルフィは思い切って取った。
窓から差し込む月明かりに反射する金色。

「あ……えっ? さ、サンジ? なんで?」
「あなたを盗みに参りました」
「は?」

驚くルフィをサンジはそっと降ろした。

驚き過ぎてサンジの言葉が上手く理解できない。

「気づくの遅ェよ」
「だ、だって明日来るかと思ってたから……」
「へェ? 化粧してんのか。してても、してなくてもいいな」
「は? じゃなくて! なんでサンジがいるの?」

辺りを見るとルフィは自分の部屋の前にいた。

「おれは盗賊だからな。明日じゃ欲しいモノが手に入らなくなるんだよ」
「欲しいモノ? あ、首飾りか……待って、今外す」
「待て待て待て」

首飾りを外そうとするルフィをサンジは止める。
訳がわからず、ルフィは首をかしげた。

「え? いらないの?」
「盗むモノが一緒にあった方がいいだろ」
「……ん、よくわかんない」

困った顔でルフィはサンジを見上げる。
サンジは呆れ顔でルフィを見つめた。

「首飾りとお前を盗みに来たんだよ」
「……お、おれ? 誘拐? 身代金は本物のお嬢様じゃなきゃ領主様は出してくれないと思うぞ?」
「アホみたいに鈍いな! お嬢様じゃなくてルフィを盗みに来たっつってんだよ!」

サンジの大声にルフィはポカンとしてしまう。
少し赤い顔でサンジは頭を掻いた。

「おれ……でも」
「拒否権はねェからな。盗んだ時点でおれのモノだ。つか、部屋入れ。こんな場所で見つかったらマヌケだろ」
「う、うん」

まるで夢の中にいるみたいにふわふわした気分だった。
まさか自分を盗みに来るなんて、まだ信じられない。

「最小限の荷物だけ用意しろよ? 服はあとで貸してやる」
「うん。……本当にいいのかなァ」
「いいんだよ。文句言うな」

急展開にルフィの頭はまだついて来ない感じがした。

「夢みたい。夢かな?」
「夢じゃない」
「そう…かな?」

ナミとゾロに貰ったプレゼントをボンヤリしながらカバンに詰めた。

「ドレス、似合うな」
「……ありがとうございます。サンジも兵士姿、似合うんじゃないか?」

冗談を言われたのかと思い、ルフィは口を尖らせてサンジを見た。
するとサンジは兵士の服を脱いでいた。

「そりゃどーも」
「着替えるのか?」
「こんな格好で屋敷外に出たら目立ちまくりだろ」
「それもそっか。そういや、兵士として潜り込んで来たんだな」

先ほどのことを思い出し、盗みの手際の良さにルフィは感心した。

「警備が多くなるってことは兵士も増えるってことだろ? 兵士に化けた方が怪しまれにくいしな。服は仲間に作らせた。ま、兜は拝借したがな。窓ガラスは外から割った。狙撃の上手い奴が仲間にいるから撹乱と援護を任せてる」
「へェ〜なんかスゴイな」
「なるべく争わず、迅速かつ華麗に盗むのがおれ達のポリシーだからな」

得意気なサンジにルフィは笑う。そして、カバンをサンジに見せた。

「用意できた」
「よし、行くか」
「うん」

サンジが窓から先に出る。
ルフィは部屋を見回してからサンジのあとを追った。

「隠し扉から出るのか?」
「あァ。仲間に別の場所で暴れてもらってるからこっちは、がら空きだ」
「そうなのか。それにしてもサンジは夜目が利くなァ」

月明かりがあるとはいえ、暗いものは暗い。
前がよく見えないのにサンジは迷うことなく進んで行く。

「特技の一つだな。仕事に役立つ」
「あ〜、仕事な。盗賊って仕事って言っていいのか?」
「はは、さァな」

サンジは危なっかしく歩くルフィの手を取る。

「これなら大丈夫だろ?」
「えへへ、うん」

誰一人とも出会わず、サンジとルフィは順調に隠し扉へ向かった。
隠し扉手前でサンジが急に立ち止まる。
後ろを歩いていたルフィはサンジの背中にぶつかってしまった。

「わぷっ、何?」
「……誰かいる」
「え? ……あっ」

そこにはルフィのよく知った人物が立っていた。
その人物はもう二人に気づいているようだ。

「こんな夜更けに出掛けるのか?」
「……領主様。はい、もう帰って来ないと思います」
「そうか」

背中に庇ってくれているサンジにルフィは大丈夫と言い、前に出た。
サンジは黙って見守る。
領主はポケットからガラスの小瓶を取り出した。
ルフィが飲むはずだった即効性のある毒が入っている小瓶だ。

「それは…」
「もう必要ない」
「っ……領主様?」

領主は小瓶を地面に落とし、割った。
液体が土に染み込む。
領主の意図がわからず、ルフィは、じっと領主を見つめた。

「大きくなったな」
「……」
「初めて君を見たときはあまりに娘に似ていて驚いたものだ。あれから十二年か…本当に大きくなった」
「…はい」

何故だか涙が溢れそうになり、ルフィは我慢する。
領主はそんなルフィを見ながら静かに語った。

「私は君を…本当の子供のように思い始めていた。しかし、領主という立場がある。多くの秘密を知る君をどうしていいか分からなかった。昔から君に言っていた言葉は私自身に言い聞かせていた言葉でもあったんだよ」

影は消えるのが運命だと、領主も自分に言い聞かせていたのか。
ずっと悩んでいたのだ。もしかしたらルフィ以上に。
そう思うとルフィは胸が苦しくなってきた。

「領主様……私、ううん、おれは」
「君と過ごすうちに影が消えるのが怖くなった。しかし、一度言ったことを曲げられなかった。変なプライドのせいで大切な人を失うところだった。決断力のない領主だ。自分が恥ずかしい。……これを持って行きなさい」

大きめのカバンを手渡されルフィは驚く。
恐る恐る中を開けると男性用の服がたくさん入っていた。

「これ…」
「少し小さい物もあるかもしれない。実は前から買っていたんだよ。……いつか着れたらと思ってね。渡すのが遅くなった」
「領主様!」

ルフィは領主に思い切り抱きついた。
領主もしっかりとルフィを抱き留めた。

「……過酷な運命を強いて、すまなかった。影は消えなければいけないなどと言われ続けて怖かっただろう?」

涙が止まらず返事が出来ない。
ルフィは抱きついたまま首を横に何度も振った。

「好きに生きなさい。これから君は自由だ。……でも、この町へは二度と近づいてはいけないよ?」
「っ……うん…おれ、領主様のこと大好きです。みんなのことも忘れません」
「ありがとう。私も忘れないよ。この首飾りは持って行きなさい。好きに使うといい。金に困れば売ればいい」

優しく頭を撫でられルフィは涙を流しながら領主に笑い掛けた。

「ありがとうございます。お嬢様の影で幸せでした。どうか、いつまでもお元気で」
「ああ、ルフィも。ほら、涙を拭いて。悲しい別れではないはずだ。さァ、そろそろ出発の時間だよ」

ルフィは涙を拭いて、サンジの横に立つ。
領主はサンジに頭を下げた。

「…ルフィを、我が子をよろしく頼む」
「……お父様」
「言われなくてもわかってる。つか、盗賊に掛ける言葉じゃねェだろ。ほら、先に出てろ」

名残惜しそうなルフィをサンジは外へ押し出した。
自分も出ようとしてから振り返る。

「冷酷非道な領主様も子供達には甘いんだな」
「もし、あの子に酷い真似をしたら私の全財産を使ってでも盗賊団を潰すだろうな。楽に死ねると思うなよ?」
「はっ、怖い怖い。裏の顔が出てるぜ」

笑っているが瞳の奥の冷酷さは隠しきれていない。
そんな領主に怯えることなく、サンジはニヤリと笑った。
そして急に真剣な顔になる。

「あんたさ…ルフィのこと」
「……なんだ?」

領主の表情を見て、サンジは確信する。
何となく感じた領主の想いは勘違いではないようだ。
領主はルフィに親子以上の感情を抱いている。
サンジは舌打ちしたい気分を隠して、笑顔で領主を見た。

「いや、なんでもない。おれ達は新聞も賑わす有名な盗賊集団だからな。ま、息子のことが気になったら新聞でも見ろよ」
「そうさせてもらおう」

領主は笑い、屋敷に向かって歩きだす。
サンジはそれを見てから何も言わずに扉を潜った。

「サンジ〜微妙に遅い」
「悪かったな」
「あれ? なんか…機嫌悪い?」

ルフィはサンジの機嫌を察知し、困った顔になる。

「機嫌悪いに決まってんだろ。いろいろ分かって最悪だ。しかも、好きな相手とオッサンとの抱擁シーンを黙って見なきゃいけねェ屈辱…よく耐えたもんだ」
「へェ、好きな…………えっ?」

だいぶ遅れてルフィから反応があった。

「勘違いする前に言っておくが、好きな相手ってのはお前のことだからな? しかも、恋人にしたいって意味だからな」
「…えっ、そんな…お、おれ」
「返事は待ってやるよ。気長に待てることじゃねェけどな」

サンジは驚いているルフィから重そうな荷物を奪い取る。

「わ…荷物」
「持ってやる。行くぞ」

ルフィの手を引き、サンジは歩きだす。
前を歩くサンジの耳は赤く染まっているような気がした。
でも、自分はもっと真っ赤になっているはずだから何も言えない。

一歩進む度に屋敷から遠ざかる。
何だか、寂しくてたまらなかった。
そんなルフィの気持ちに気づいたのかサンジは繋いだ手をギュッと強く握りしめてくれた。

「おれの仲間は賑やかな奴らばかりだからな。寂しがってる暇なんてないだろ」
「サンジ…うん、おれは大丈夫だよ。ありがとう」

ルフィもサンジの手をギュッと握り返した。
その反応に驚いて振り返ったサンジにルフィは花のような笑顔を向ける。

新しい環境に、新しい仲間。
きっと楽しい毎日が待っているに違いない。
早くサンジの仲間に会いたくなった。

「あんまり可愛い顔して油断してると襲うからな…」
「ええっ? 可愛い顔ってどんな顔だよ……襲わないでください」
「理性がもてばいいけどな…努力はする。お前は早くおれを好きになれ」
「あはは、なんだそれ」

サンジのことを好きかどうかまだわからないが新しい生活で、自分の隣にはサンジがいて欲しいとなんとなく思う。

よく考えればおれはサンジのモノだから好きにしていいのにとルフィは思った。
でも、そんなことを言えば確実に襲われそうな気がしてルフィは黙っていることにする。

「何、笑ってんだ?」
「えへへ、別に。なんでもない」
「変な奴だな」

なぜ、笑っているのかよくわからないがルフィにつられて、サンジも笑った。


その後、他の盗賊達と合流し、盗賊達は女が仲間になると大盛り上がりしたがルフィが男と知り、度肝を抜かれるのだった。

























*END*

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