誰かが近くにいる気配で眠りから醒めようと意識が浮上してくる。
ルフィはいつもの眠りと違うと思った。
額にヒヤリと冷たい物を乗せられルフィは飛び起きた。
「冷たっ!」
「きゃっ! ご、ごめんなさい」
状況が分からずにルフィはきょとんとして目の前で慌てている青く長い髪の女性を見た。
どうやら水で濡らしたタオルをルフィの額に乗せてくれたらしい。
「……ここ、どこだ?」
ベッドの上に座って辺りを見渡す。
一見すれば普通の部屋にいるように見えたが出入口の扉が鉄格子になっていた。
「ここは黒の王が暮らす城の地下よ」
「そうなんだ……あ、そっか! おれ、捕まっちゃったんだ」
中庭でのことを思い出し、ルフィはしょんぼりとした。
「だ、大丈夫! 一緒に逃げましょう!」
ルフィを安心させるようにニッコリと笑って目の前の女性は応えた。
「うん! そうだな! ……えっと、誰?」
勢いよく応えたものの相手が何者か分からずにルフィは困った顔になった。
「私、魔法士のビビ」
「おれはルフィだ。ビビも捕まっちゃったのか?」
「ええ…何度か脱走しただけど結局、連れ戻されて見張りも増えてしまって……」
ビビは苦笑してルフィが座るベッドに腰掛けた。
「そうなんだ。困ったなァ…みんな心配するよな〜早く出なきゃ。そもそも、なんでおれ捕まったんだろ?」
「きっとルフィさんが魔女の家を見つけられる可能性があるからだと思うの」
ビビの言葉にルフィは首をかしげた。
「ロビンには会ったけど……関係あんのか?」
「やっぱり…今だに魔女は見つかっていないの。彼女の術が強力で並みの術士では結界を見破れない。ルフィさんに魔女の居場所へ案内させる気なのよ」
「えー! やだよ。命を狙ってるのにロビンには会わせられねェ」
ルフィは断固拒否というように両腕を交差させ、バツ印を作った。
「もちろんよ。身勝手な理由で命を奪うなんてしてはいけない」
ウンウンと頷いてからルフィはビビをじっと見た。
「ビビはなんで捕まってるんだ?」
「それは私が魔法士だから」
「んん?」
ビビは少し考えてから、口を開いた。
「魔法士と術士の違いは知っているかしら?」
「えーっと…精霊にチカラを借りるのが術士で、自分の中にある精霊みたいなチカラを使うのが魔法士」
ルフィはサンジが前に説明してくれたことを思い出しながら話す。
「そうなの。これはあまり言うべきではないかもしれないけど……魔女の心臓はそのまま食べても不老不死にならない」
「え!? 不老不死になれるのか?」
不老不死になるなどバカげた話だと思っていたルフィは素直に驚いた。
「ええ…一部の限られた魔法士にはその方法が伝えられているの。私はそれを知っているから」
「だからビビは捕まっちゃったのか」
ルフィとビビはお互いに困った顔になる。
「もちろん、知識として知っているだけで使う気はないの。王を不老不死にするつもりは全くないわ」
ビビは毅然としてルフィを見つめた。
そんなビビを見てルフィはふわりと笑った。
「うん! やっぱり逃げよう。利用されるなんてイヤだ」
「……ええ。二人ならきっとなんとかなる」
ビビも笑って、ルフィに応えた。
一人のときの寂しさや暗い気持ちが消えていく。
ビビは目の前にいる少年に深く感謝したい気分になった。
「ありがとう、ルフィさん」
「え? なにが?」
なぜ、礼を言われたのかわからずにルフィは首をかしげる。
「ふふ、なんでもないの。それより問題はどうやって逃げ出すかよね」
ビビは悩む。
今まで何度か脱走しようとした。結局は失敗して連れ戻されてしまっていた。
だが、そのせいで見張りが増え、脱走の難しい状況になっているのだ。
「う〜ん……サンジ達に連絡できたらいいんだけどなァ」
誰かに知恵を借りたくてルフィはポツリと呟いた。
独り言が聞こえたのかビビがルフィを覗き込んだ。
「できるかもしれない。一緒にいた人達の中に、誰かルフィさんの持ち物を持ってる人はいないかしら?」
「うー……あっ、お守りのナイフを落としたから誰か拾ってるかも」
自分がナイフを身につけていないことに気づきルフィはビビを見る。
「なんとかなるかも」
ビビは自信を持った目でルフィを見た。
***
会議室の中はピリピリとした空気が周りを漂っている。
ルフィがさらわれたことをナミが知っていたのは黒の王の使者がシャンクスの部屋に手紙を置いて行ったからだった。
手紙の内容を知ったナミは急いでサンジに知らせに行ったのだ。
「……なるほど、ルフィを城へ招待したってわけか」
手紙を読み終えたサンジはイライラとした口調でドカッと近くにあるイスに座った。
術を見破ったルフィに賞賛の意を示し、城へ招待したという内容が書かれている。
「ルフィ……」
ナミは顔を歪めて無事を祈る。
「で? どうするつもりなんだ?」
すぐに黒の国へ向かおうとしたがナミに止められ、エースは不機嫌そうに周りの人達を見る。
「すまない、変な輩が城へ侵入していたのはおれの力不足だ」
シャンクスはみんなに頭を下げた。
王様が軽々しく頭を下げるとは思わず、エースを目を見張る。
「……別にあんたのせいじゃない。ルフィが無事ならいいんだよ」
「危害を加えるつもりはないだろうな。魔女の居場所が知りたいんだろ」
黒の王の目的を考えるとサンジにはそれ以外、考えられなかった。
「助け出さなきゃ…ルフィはそんなこと協力したりしない。協力しないなら無理強いさせられてしまうかもしれない」
ナミはすぐに助け出すことを考え始めた。
「……王国、潰すか」
「え!? さ、さすがにマズイんじゃないか?」
シャンクスの呟きにエースは顔を引きつらす。
「大丈夫だ。おれが手を出さなくても自滅する国だ。それが遅いか早いかって話だよ。この話、他の兵士達にも伝えておけ」
シャンクスは扉の前に立っている兵士に命令した。
「かしこまりました。反逆者も多いですからね。黒の王は力でねじ伏せてますがそろそろ限界でしょう。それでは伝えて参ります」
兵士は一礼をしてから会議室から出て行った。
「具体的にはどうするつもりなんだ?」
兵士を見送ってからサンジはシャンクスに尋ねる。
「早い方がいいだろうな。黒の王もバカじゃねェ。こっちがどうする気かなんて見当つくだろ。便乗してこの国になんかしてくるだろうから街の奴らを城へ避難させなきゃな」
「明日中にそれはどうにかなるのか?」
「なる。おれの国の団結力はすごいからな」
ニヤリと自信満々にシャンクスは笑った。
「明日の夜には決行して欲しいもんだな」
「そうね。ルフィを長い時間不安にさせたくないもの」
「間に合わせる。反逆者達にも連絡をしておく。そうすりゃ必ず城の守りに隙ができる。そこが狙い目だな」
兵士達が廊下を走る音が活発になっている。
シャンクスの意思が伝わったのだろう。
慌ただしく準備をしているに違いない。
サンジはルフィのチカラを利用したい、と黒の王が考えることをなぜ予測しなかったのかと自分に怒りを感じていた。
「……」
「サンジ君、大丈夫?」
余程ひどい顔をしていたのかナミが心配そうにサンジを覗き込んだ。
「大丈夫です……ただ、不甲斐なくて」
「それはみんな、同じ気持ちよ。きっとルフィもね。負けず嫌いなところがあるから悔しいはずよ」
「そうでしょうね」
おとなしく捕まっているとは思えず、苦笑しながらサンジは先ほど拾ったルフィのナイフをテーブルの上に出した。
「あら…お守りを落としたのね」
「マヌケなとこがありますからね」
「そうね」
落ち込みがちな気分を吹き飛ばそうとサンジとナミは笑い合った。
『えー? これで本当に通じてんの? おーい、サンジ〜、エース〜、ナミ〜、シャンクス〜、誰か〜』
「ルフィ!?」
サンジは慌てて立ち上がり、辺りを見渡すがルフィの姿は見えない。
『お〜、その声はサンジか! ビビ、通じてるぞ』
捕らわれの身の上とは思えない明るさでルフィは話す。
「……ナイフからか」
サンジはナイフに触れる。
ナミとエースも急いでルフィのナイフに触った。
「ルフィ! 大丈夫なの?」
『ナミか〜、平気だぞ? 鉄格子と見張りが邪魔ですぐに脱出できねェんだ』
元気そうな声にエースは安堵のため息を吐く。
「心配させるなよ…」
『エース…ごめんな? おれは大丈夫だから。ん? あ、悪い。ナイフに触るのは誰か一人にして欲しいって』
ルフィの困った声が聞こえて三人は同時に顔を見合わせる。
ナミはサンジを見てからエースの腕を掴んだ。
「サンジ君、話をしといて? 私とエースは王様と話してるから」
「チッ、仕方ねェな」
心配そうなサンジに気を遣ったのかナミとエースは王様の元へ行った。
「ビビって誰だよ、男? 女?」
こんな状況なのに嫉妬してしまう自分が嫌になる、とサンジは苦笑した。
『魔法士の女だ。ビビも捕まっちゃってるから一緒に脱出するつもりなんだ』
「やっぱり逃げ出すつもりだったか」
『あったり前だろ! 勝手に拉致されるなんて悔しいじゃん』
ルフィの怒っている口調にサンジは笑う。
「あはは、お前らしいな。ところで脱出計画はできてるのか?」
『それが…まだ。どうしよう?』
「明日の夜に騒ぎがある。それに便乗して逃げろ。見張りも減るはずだ」
『お〜、サンジ達も何か考えてたんだな』
ルフィは感心しているようだ。
「当たり前だ。あんまり無理するなよ?」
『うん! サンジも無理するなよ? ビビが疲れたみたいだからお話は終了だ。またあとでな〜』
明るい声を最後にプツリと声が聞こえなくなった。
「……お前が捕まってんだから無理するっつーの」
ルフィには聞こえていないであろう言葉をサンジはため息を吐いて呟いた。
***
「うわ、ビビ! 大丈夫か?」
ルフィが別れの言葉を口にした瞬間、ビビはベッドへ大の字に倒れ込んだ。
「ええ、久々に…チカラを使ったから…少し…疲れただけ」
荒い呼吸を整えようとビビは深呼吸をした。
「おれの肩に触ってるだけでナイフ持ってるサンジと会話できるんだもんな〜ビビはすげェよ! どうやったんだ?」
素直に感嘆され、ビビの顔はほころぶ。
「ふふ、ルフィさんの気配を辿って声を繋いだの」
「あはは、よくわかんない」
「言葉で説明するのはとても難しいわ」
ビビは困った顔でルフィを見た。
「それもそうかもな〜。なァ、チカラを使うと毎回そんなに疲れるのか?」
「あまり使わない術だったから。訓練すればもっと長い時間、大人数と会話できるわ。でも、どんな術もそれなりに疲れるの」
「魔法士も大変なんだな」
便利なチカラだとは思うがぐったりするビビを見ると苦労も多いように感じられた。
「でも、慣れたわ。生まれつきあった能力だもの」
明るく笑うビビにルフィも笑った。
「明日の夜か〜。鉄格子が問題だな」
「うん…術もいくつかかけられているみたいだから脱出する上で一番大変でしょうね」
見張りがいるので今から壊そうとするわけにはいかない。鉄格子を壊すのは騒ぎが起こってからだろう。
「ふわぁ…なんか眠くなってきた」
ルフィはあくびをして目を擦る。
自分ではあまり意識していないがルフィは今の状況に不安があった。しかし、サンジの声を聞いて安心し、眠くなったのだ。
「明日の夜まで時間があるから今日は寝ましょうか」
ビビは笑って起き上がった。
「うん。ベッドはビビが使ったらいいよ〜おれはソファーで寝る〜」
「ありがとう、ルフィさん。作戦は明日考えましょう。おやすみなさい」
「おやすみ〜」
ボフッとソファーに倒れこみルフィはそのまま眠りについた。
ビビは微笑みながら、眠るルフィに毛布をかけた。
*続く*
・15 計画と準備を読む?