城の隠し扉にあたる場所にサンジはルフィを連れて行った。

「正面から入らないのか?」
「説明するの面倒だろうが…ルフィ、フードかぶれ。おれの部屋に着くまで声、出すなよ?」
「お、おう」

ルフィは柄にもなく少し緊張しているようだ。
サンジに言われた通り、フードを目深にかぶる。


コンコンコン


「おれだ」
「どうぞ、お入りください」

サンジが素早く三回ノックすると中から男の低い声がし、扉が空いた。
姿から兵士だとわかる。

「そちらの方は?」
「気にするな、一日おれの部屋に泊まらせる」
「…サンジ様のお部屋にですか?」

兵士は驚いたようにルフィを見た。自分の背にルフィを隠し、サンジは笑う。

「何か問題でもあるのか?」
「い、いえ! すぐに食事を用意させます」

焦ってルフィから目を逸らし、兵士はサンジを見た。

「ん、部屋の前に置いておけばいいから」
「かしこまりました」

兵士は通りかかった他の兵士に事情を説明し、持ち場に戻った。
説明しているときに他の兵士も驚いたように見えたがルフィの気のせいだろうか。

「ほら、行くぞ?」

サンジが先を歩いていくのでルフィは慌てて、サンジの服の袖を掴んだ。

「……これなら迷子にならねェな」

ルフィの可愛らしい態度に苦笑しながらもサンジは袖を掴む手を振り払うこともせず歩き出した。



***



「もう喋っていいぜ」
「すげェ広いな! おもしろかった!」

興奮したようにルフィはサンジを見上げた。
サンジの部屋に着くまでの道程はルフィにとって迷路のようで楽しかった。

「仮にも城だからな。狭くちゃ変だろ?」
「うんうん! みんなサンジに頭下げるのもおもしろかった! ホントに王子だったんだな」
「おもしろい…ねェ? 発想の転換ってやつか。まァそう考えると楽しいかもな」

ニコニコ笑うルフィにサンジも笑った。

「あ、そういえば気になったんだけど門のトコにいた兵士はなんで驚いてたんだ?」
「あ〜あれな。あれはおれが自分の部屋に他人を泊めるって言ったから」
「それで驚くのか? 変な奴らだな」

これは決してルフィの言うような変なことではない。
サンジは今まで数多の女を城に連れ込んだことがあったが自分の部屋に入れたことは一度もなかったのだ。
兵士が驚くのも変ではない。

「で、黒いモヤはあるのか?」
「ん、ちょっと待って」

真剣な顔になり、ルフィは辺りを見渡す。
黒い粒子のようなモノが部屋に満ちているのを感じていた。

「あれ…あのランプだと思う」

ルフィはランプを指差し、サンジを見た。
装飾はあるが何の変哲もない普通のランプ。

「…結構、前からあるんだがな。なるほど、確かにあんなもんが原因で頭痛がしてるとは思わねェな」

敵ながら巧い手を使うとサンジは関心した。

「う…ひでェ」
「どうした?」

ランプを手にしたルフィは表情を曇らせた。

「妖精を術で縛りつけてんだ…逃げられないように、怒りに捕われるように」

怒りに染まった妖精は人が出す負の念よりも強いモノを出し、周りを蝕む。
捕らえられ、術の道具として利用されてしまったのだろう。

「……逃がせるか?」
「やってみる」

サンジには目を凝らしても何も見えない。しかし、ルフィを見ていると悔しさが伝わってくる。
自分を苦しめた存在だが、誰かの意志で縛りつけられていたなら解放してやりたいとサンジは思った。

「……………」

ルフィは無言でランプを触り、祓い、真剣にランプの底を開け、火種に火を点けた。
サンジも真剣にその様子を見つめた。

「っ! ……ぅ…」
「おい!」

炎に怯むことなく触れ、ルフィはその火を素手で消した。
サンジは驚き、止めさせようとしたがルフィに視線で止められた。

「……うん、もう大丈夫だ」
「アホ! お前が大丈夫じゃねェだろ!」

ニカッと笑うルフィにサンジは怒りを露にしたまま火傷をしている手を掴んだ。

「だ、大丈夫だって〜ほら」
「あ?」

ルフィが己の手を開いて、サンジに見せた。
痛々しい手のひらは、みるみるうちに治っていった。

「火傷、治してくれたんだ。サンジにも悪かったって言ってるみたいだぞ? サンジの周りを飛んでるもん」
「そうか、気にするな。死んだわけじゃねェしな。しかし、驚いたな。この妖精は治癒もできるのか」

キレイに完治した手をサンジはまじまじと見つめた。

「おれも初めて治癒された」
「……お前、知ってたんじゃねェのか?」
「ううん、知らない。どうかしたのか?」

ルフィは首を横に振り、次に首をかしげた。
不機嫌そうなサンジの理由がわからないのだろう。

「危ない真似するな…治ったからいいけどな」
「だって〜火が点いてるときじゃねェと逃がしてやれなかったんだよ〜もしかして心配してくれたのか?」
「……」

サンジはムッツリと黙り込んだ。

「あはは、やっぱりサンジはいい奴だな」
「うるせェ」

照れ隠しにサンジはルフィを軽く叩いた。

コンコン

「お食事をお持ちしました」
「置いといてくれ」
「かしこまりました、それでは失礼します」

女性の声の主は部屋に入らず、どこかへ行ったようだ。

「部屋に入らないんだなァ」
「おれがいるときは入らせない。他人が自分の部屋にいるのはなんだか気にくわねェからな」
「へェ〜そんなもんか」

自分が例外だとは少しも気づかず、ルフィはうなずいていた。

「飯、食うか?」
「いいの? やったァ!」

満面の笑みのルフィを見て、サンジもつられて笑った。
城での食事を初めて楽しく食べれそうだとサンジは心の中で思った。



***



「部屋、広いよな〜」

食事を終え、ソファーでくつろいでいるルフィは辺りを見回し、改めて思った。
大きなベッド、大きなソファー、大きな机、暖炉や贈り物の山もある。

「一般よりは広いかもな」
「おれの家ぐらいありそうだぞ?」
「そんなに広くはねェだろ」

実際ルフィの家は狭く、この部屋と同じぐらいの大きさだった。
少しだけ監禁時代を思い出し、表情が曇る。

「どうした?」

ルフィの横に腰掛けているサンジは素早く、その表情の変化に気づいた。

「いや、こんな広くて寂しくねェのかなって…思って…」

寂しかったのはルフィ自身だが、なぜかそんな言葉が出てきた。

「寂しい…? さァどうだろうな…」

笑われるかと思ったが意外にもその言葉はサンジにとって笑えないものだったようだ。

「サンジ……」
「寂しかったのかもな」

いつもなら軽くかわすサンジだが城の連中との上辺だけの付き合いに疲れていたのかもしれない。

「おれは妾の子供だからな」
「めかけ?」
「本妻じゃない、他の女の子供ってこと」

意味のわからなそうなルフィにサンジは意味を教える。
サンジ自身もなぜ、こんな話をしようと思ったのか自分でもわからない。

「あ〜愛人の子供ってことか!」
「……そういうことだ」

意味がわかり、ルフィはニカッと笑って答えた。
あまりにもハッキリ言われてサンジは苦笑した。

「王様は他に女がいたんだな〜」
「今は死んだからいないがな」

サンジは普通に城下町で育った。
母親の死後、急に兵士が家にやってきて幼いサンジを城に連れて行ったのだ。
まさに青天の霹靂。
自分が王族だなんて初めは信じられるわけなかった。
しかし、周りの態度の変化で自分が王族、しかも第二王子だと実感していったのだった。

「母親いないのは一緒だな〜おれもたぶん両親いないんだ」

暗い話なのだがルフィの態度のせいか雰囲気は明るい。

「たぶんってなんだよ」
「会ったことねェからな〜よくわかんねェ。でもおれには兄ちゃんとナミがいるからな」

両親は死んだとエースが言っていたので多分間違いないはずだ。
物心ついた頃からルフィにはエースとナミがいたので両親の不在はあまり関係なかった。
ただ、たまに窓から見える外で楽しそうに遊ぶ親子を見ると寂しかった。

「なるほど、お前のアホみたいに明るい性格はその二人が形成したのか」
「失礼な奴だな〜人生の荒波を越えたらこんな性格になったんだ」
「あはは! 意味わかんねェ」

真剣に言ったのに大笑いされ、ルフィは口を尖らせる。

「も〜、なんだよ〜。楽しく生きたほうがおもしれェじゃんか〜」
「確かにお前の言うことも一理あるな」
「そうだろ〜」

得意気に胸を張るルフィにサンジは笑った。

「そうだ、サンジにモヤモヤつけた奴って城にいるのか?」
「ん? 大臣か? そりゃいるぜ」
「だいじん…大臣って何する人?」

ルフィは素朴な疑問を口にした。
サンジはどう説明するか少し悩んだ。

「王様の政治を手伝う人……って言ったらわかるか?」
「あ〜なんとなく。なんで大臣がサンジの命を狙うんだ?」
「大臣は本妻の血筋だからな。おれが次期国王になると大臣の座を外されるとでも思ってるんだろ。おれは国王になるつもりがないから取り越し苦労ってやつなんだがな」

不必要な心配でしつこく命を狙わないで欲しいとうんざりしたようにサンジはため息を吐いた。

「そうなのか…イヤな奴だな」

ルフィは顔をしかめた。

「今回はおれが情けなかったな。いつもの刺客や毒殺じゃないから油断した」
「情けなくなんてねェって! ものすごくたくさんのモヤモヤがついてたのにサンジは生きてたじゃねェか」
「どういう意味だ?」

ルフィの言いたいことがわからずにサンジは疑問の視線を送る。

「えっと〜モヤモヤがたくさんついてると精神が壊されるとか不慮の事故に遭うとかイヤなことが起こるんだ。サンジは精神面でも強いから死ななかったんだ。サンジはすごいぞ? 情けないわけない!」

必死に弁解するルフィにサンジは心が温かくなるのを感じた。

「ありがとな、お前は温かい」
「?」

偽りではない本当の気持ちだからきっとサンジの心に触れるのだろう。
抱きしめたい衝動をサンジはなんとか押さえる。
サンジはルフィの頭を撫で、頬の傷にそっと触れる。

「痛そうだな」
「昔の傷だ、自分でやったし……今は痛くねェぞ? 平気だ」
「そうか」

ニカッと笑う顔に陰りは見えない。
自分で自分を傷つけた、過去の傷。ルフィの心に残る傷も痛みがなければいいとサンジは思った。

「う〜ん……なんか悔しくねェか?」
「何が?」

しばし考えていた様子のルフィは思いついたようにサンジを見た。
サンジは頬を撫でるのを止める。

「仕返ししよう!」
「…大臣か?」
「うん!」
「あはは、そりゃいい考えだな」

サンジは突飛な考えに笑った。確かに、やられっぱなしは趣味じゃない。ならばこちらから仕掛けるのもありかもしれない。

「だろ! 仕返し〜」

にしし、と笑うルフィはイタズラをする前の子供のようだ。

「まァ今晩が狙い目だろうな。失敗した原因を探りに来るか刺客を送ってくるだろう。そこで仕掛けるか」
「大臣はどうすれば困るかなァ」
「そうだな〜やっぱり王様の前で悪事をバラされることじゃねェか?単独犯だろうからな」

サンジもニヤリと笑い、今までの鬱憤を晴らしてやろうと作戦を練るのだった。
王を父親などと思ったことはないが今回は役に立ってもらおうとほくそ笑んだ。

やがて何パターンかの作戦が出来上がった。

あとは実行を待つのみ。
二人はわくわくしながら刺客の訪れを待つのだった。























*続く*


6 仕返し大作戦を読む?