耳を澄まさなければ聞こえないような微かな足音たち。
音を立てないようにそっと回されるドアノブ。
数人の覆面をした輩が薄暗い部屋に入って来る。
その中の一人が静かに刀をベッドの膨らみに突き立てる。

「おいおい、お気に入りの枕に穴をあけるなよ」
「!」

サンジの声と共に灯りがついた。
声の主を探すとソファーに座ったまま、笑っている。
ルフィも横に座り、様子を伺っている。
なぜかルフィは軽く右手をあげた。

「何をしている? 捕まえろ!」

大臣の声に覆面の男達は硬直から動きだした。
ルフィが声のした方を見ると一人だけ覆面をしていない三十歳後半ぐらいの男が指示を出していた。
あれが大臣なのだろう。
サンジは向かって来る男を難なく交わす。

「今日は本人のお出ましか」
「今日こそ永遠の眠りについていただきます」
「嫌だね」

サンジは使い慣れた剣を構えた。
覆面の男達が怯む。
剣の名手と呼び声が高いサンジの隙のない構えに全員動けない。
しばらく、睨み合いを続けていると背中合わせのルフィが軽くサンジにぶつかった。
その途端、サンジが顔を歪めて剣を落とした。

「……っ」

頭を押さえて片膝をついた。
その隙に一番近くにいた覆面の男がサンジを取り押さえ、懐から取り出した縄で後ろ手に縛る。

「サンジ! こらっ、放せよ!」

ルフィも覆面の男に取り押さえられ、後ろ手に縛られた後、サンジの近くに投げ飛ばされた。

「いで! 乱暴だなァ…」

ルフィは顔をしかめてからサンジを覗き込む。

「……大丈夫か?」
「………あァ」

ルフィの口の端が僅かに歪んだがそれはサンジにしか見えていなかった。

「呪術、ちゃんと効いているようですね」
「それならば、なぜ夕刻の刺客は仕留め損ねたのだ?」

口元だけ布で隠した男が部屋の中を見渡す。

「王子、あそこにあったランプはどうされたのですか?」
「……落として割れたから捨てたよ」
「なるほど、少し不手際があっただけのようですね。呪術が少なかったようです。しかし、夕刻に助かったのは運が良かっただけでしょう。王子の他に二人ほど手強い助っ人がいたと聞いています」

術士はルフィの前に歩み寄った。

「こちらの少年はいかがいたしますか?」
「ふん、こんなところを見られては生かしておけまい」
「ならば私が貰い受けてもよろしいですか?」
「……好きにしろ」

首をかしげ、術士を見上げるルフィの顎を掴み、術士は笑った。

「呪術の実験体になってもらいますね」
「げっ! 嫌だよ、ヤダ」
「ふふふ、我が儘は良くないよ」

手から逃れるようにルフィはサンジの後ろに隠れた。
サンジが睨み上げると術士は笑いながら後ろに下がった。

「……なんでおれの命を狙う」
「あなたは頭の良い方だ。わかっているでしょう?」
「端的に言えば邪魔だからだろうけど?」

サンジを見下すように大臣は笑う。

「その通りです。あなたに王になってもらっては困るんですよ」
「おれは王になる気はない」
「信じられませんよ」

話にならないとサンジはため息を吐いた。

「何度も何度も始末しようとしましたがあなたはしぶとかった。でも今宵やっと終わりますね」
「………」

無言のサンジに大臣は背を向ける。

「冥土の土産はこのぐらいでいいですか? 誰かに気づかれる前に始末したい」
「勝手な言い分だな」
「なんとでも言ってください。はァ、あなたさえ城に来なければ…王も何を考えているのやら」

大臣は嘆かわしいといいながら覆面の男の肩を叩いた。
それが合図のようで覆面の男は刀を取り出し、構えた。

「切れ味の良い刀ですから楽に死ねますよ。それでは、王子さようなら」

大臣の言葉とともに刃が振り下ろされる。

キィン

刃を刃で止める音が辺りに響く。
部屋を出ようとしていた大臣は驚いて振り返る。

「そんな…バカな」

サンジがニヤリと笑い、愛用の剣で刀を受け止めていた。
確かに縄で縛ったはずの二人が自由に両手を動かしている。
その場にいた全員が茫然としていた。

「ルフィ〜途中で笑うなよな。おれまで吹き出すトコだっただろ?」
「わ、悪ィ。頭痛のフリ、うまいなァって思ったらなんかおもしろくなってきて」
「まァ作戦が台無しにならなくてよかったな」

笑いながら刀を振り払い、サンジは大臣に向かって剣を向ける。

「一体……何が?」

訳が分からないと大臣達は動揺する。

「王様、すべて聞いていただけましたか?」
「!!」
「あァ。すべて聞かせてもらったよ」

部屋の扉が開き、そこには国王が立ち塞がっていた。

「お、王様! こ、これにはわけが……」
「見苦しいぞ、大臣!」

国王に一喝され、大臣はその場に崩れ落ちた。
後ろから護衛が現れ、覆面の男達を捕まえる。
覆面の男達も何が起きたのかわからず大した抵抗もないままサンジの部屋から連れ出された。

「大臣、おれが王にならなくても終わりがあることを覚えておくんだな」
「……一体、何が」

茫然自失のまま大臣はサンジを見上げた。

「種明かしが欲しいのか? 仕方ねェな」



***



コンコン

軽いノックの音に国王は時計を見る。
誰かが訪ねてくるには珍しい時間だ。

「誰だ?」
「おれです」
「…サンジか? 入りなさい」

珍しいこともあると国王は驚きを隠せずにいた。
サンジには嫌われていると思っていただけに突然の訪問に驚いたのだ。

「失礼します」
「何か用事か?」

サンジは片手にロウソクを持っていた。

「まァ用事はもうちょい後になると思う」
「よく意味がわからんな」

口の悪さだけは直らないと国王は苦笑した。
国王に向かってこんな口調で喋るのはサンジだけだった。

「このロウソクに青い炎が点いたらおれの部屋に来てほしい。そして、おれが呼んでから部屋に入って来てほしい」
「青い炎? …わかった」
「サンキュー、親父」

真剣な眼差しに国王は理由も聞かずに頷いた。
その様子に安心したようにサンジは笑った。

「詳しくは後で話してくれるのだろう?」
「もちろん。じゃあ作戦の途中なんで、これで失礼します」

サンジは国王の部屋から出ると急ぎ足で自分の部屋に向かった。

部屋に戻るとルフィがソファーに座り、何やらぶつぶつと独り言を言っていた。

「お? サンジ、早かったな〜父ちゃん来てくれるって?」
「あァ、すんなり了承してくれた。そんで、お前の方は大丈夫なのか?」

国王を父ちゃん呼ばわりするルフィに苦笑しながら、サンジはルフィの横に腰掛ける。

「大丈夫! 手伝ってくれるってさ。やっぱり利用されたのに腹立ってるみたいだ」
「よし! これで大体準備は大丈夫だな」
「うん! あのランプも隠したし、布団に枕、突っ込んだ」

ベッドを見ると布団が膨れていて部屋の主が寝ているように見える。

「よしよし。じゃあ、おさらいだな。刺客達が来るなら夜中だ。今回は大臣と術士とやらも来るかもな。とりあえず灯りを消して油断させる」
「部屋に入って来て、何か行動したら灯りを点ける」

ルフィはランプのスイッチをパチパチと押した。

「相手が驚いているうちにお前が妖精に合図を送る。合図は決めたか?」
「おう! 悩んだけど右手を上げるにした」

ニカッと笑ってルフィは妖精の方を見る。
サンジには見えないが、くるくると二人の近くを舞っているのだ。

「妖精がロウソクに火を点けて親父が来るまで余裕のフリで時間稼ぎ」
「王様が来たら妖精が教えてくれるから、そしたらサンジは頭痛がするフリをする」
「ん? おれ、妖精見えねェな」

困ったようにサンジはルフィに笑いかけた。

「そっか〜じゃあおれがちょっとぶつかるのを合図にしよ!」
「そうだな。あとは大臣が自滅するのを待つだけだな」
「でも、捕まったらどうすんだ?」

素朴な疑問にサンジは顔をしかめる。

「確かに縄で縛るぐらいはやりそうだな」
「あ〜縄ぐらいなら妖精が切ってくれるってさ」
「そりゃ助かる。あとは術士が大したことないのを祈るばかりだな」

ソファーにもたれかかり、サンジはため息を吐いた。

「それは大丈夫!」
「あァ?」
「へなちょこらしいぞ? 黒いモヤモヤも見えない野郎だってさ」

ニコニコ笑ってルフィはサンジを見る。

「お前、妖精と話ができるのか?」
「妖精にも寄るけどな〜こいつはなんとなく何言いたいかわかるぐらいだな」
「素晴らしい特技だな」

よしよしとサンジが頭を撫でるとルフィは嬉しそうに笑った。

「術士に姿を見えないようにするから妖精の動きも相手にはバレねェぞ」
「そんなことできるのか?」
「チカラが弱い人なら誤魔化せるみたいだぞ? おれはチカラが強いから妖精側が自分を隠そうとしても見えちゃうんだけどな」

少し困ったように笑うルフィはどこか辛そうに見えた。
サンジは思わず抱きしめてしまった。

「わわ、な、何?」
「……なんとなく」
「???」

疑問符いっぱいのルフィから目を逸らし、サンジは立ち上がる。
そしてソファーの後ろに愛用の剣を立て掛けた。

「サンジは剣を使うのか〜夕方は手ぶらなのに強かったぞ?」
「武術、剣術、弓に薙刀、その他諸々使いこなせるぜ? 一応王子だからな」
「へェ〜すげェな!」

素直に関心するルフィにサンジはくすぐったい気持ちになる。

「さてと、あとは刺客を待ちますか」
「あはは、作戦待機だな〜」

ニコニコ笑うルフィには緊張感がない。

「おれはお前が演技できるかだけが不安だ……なるべく喋るなよ」
「はーい」

ウソが苦手な自分の性格をわかっているのかルフィはおとなしくしておこうと思った。



***



「まァ簡単に言うとおれ達の作戦勝ちってトコだな」
「大臣、詳しくは明日聞かせてもらおう。偽りを言わないことだな」

国王の言葉にうなだれたまま大臣は護衛に連れて行かれた。
パタンとドアが閉まり、部屋にはサンジとルフィ、国王の三人だけになった。

「キレイな青い炎が点いたときには驚いた」
「へェ? そりゃおれも見てみたかったな」
「ん? いいよってさ」

ルフィの言葉と同時に部屋のランプに青い炎が灯った。
幻想的な炎に、しばし見惚れる。

「君は……術士なのかな?」
「え? 違う……と思うけど……?」
「自分でもわかってねェんだな」

呆れたようにサンジはルフィを見る。
青い炎は消え、いつも通りの見慣れた灯りに戻った。

「気にしたことなかったからな〜」

国王は何か思案しているのか黙ってルフィを見ている。

「なんだ? じゃなくて〜なんですか?」
「いや、言葉遣いは気にしないでくれ。今日はありがとう。君のおかげですべて上手くいったのだろう」

国王がサンジを見るとサンジは頷いて見せた。

「あはは、でもサンジがいなきゃ作戦自体できなかったって! 二人の勝利なんだ」

イタズラが成功したようなルフィの笑いに国王もつられて笑う。

「大臣たちには然るべき罰を受けさせよう」
「おう! 頼んだ」
「サンジ、お前も大変だったようだな…今度似たようなことがあればすぐに私に言って欲しい」

サンジは話を振られ、驚いたが苦笑して頷いた。

「夜も遅い。もう寝なさい。詳しくは明日ということでな」
「了解」
「サンジ」

小声で国王に呼ばれサンジは耳を寄せる。

「女遊びはほどほどにしなさい」
「はは、もうしねェよ」

チラリとルフィを見て、サンジは笑った。

「そうなのか? 城内でも有名なんだぞ? まァしないというならもうよいか」
「世継は無理だろうが女性問題については安心してくれ」
「うむ、不安の種が増える解答だな。そうだ…あのルフィという少年に頼みたいことがある。明日、私の部屋に連れて来てくれ」

二人の会話を聞くでもなくルフィはソファーでゴロゴロと寝転がっている。

「ルフィに? ……わかった。明日でいいんだよな?」
「あァ、では頼んだぞ? 良い夢を」

部屋を出ていく国王を見送ってからサンジはルフィの横に腰掛ける。

「王様と仲良しじゃん」
「初めて会話した気分だがな。毛嫌いするほど嫌な奴でもなかったな」

話せば意外と話が合いそうな気すらしたサンジだった。

「親父、お前に話があるってよ」
「えっ! ……怒られるのかな」

不安そうなルフィの顔を見てサンジは吹き出す。

「あはは、バーカ、違うよ。頼みたいことがあるんだってよ」
「頼み? ますます予想つかねェな〜」
「同感。なーに考えんだかな。まァ明日になりゃわかるか」

サンジは背伸びをした。

「ふわァ〜おれ、眠い」

ルフィはアクビをしながら目をこする。
とても眠そうだ。

「おれもだ。今日はいろんなことありすぎたな。作戦終了! っつーことで寝るぞ」
「うん…おやすみィ…」
「おい、ソファーで寝るな。風邪引く……ダメだ、寝てるな」

あっという間に夢の中に入っていったルフィは突いたぐらいでは全然起きない。
サンジは笑ってからルフィを抱き上げ、自分のベッドに寝かせた。
布団や枕に穴が開いているが今は気にすることもない。

「今日はお疲れさん。お前が現れてから楽しいことばかりだな」

軽い寝息を立てているルフィの髪を撫でながらサンジは話しかける。

「おやすみ、ルフィ」

ルフィの髪にそっと口づけをし、サンジは布団に潜り込んだ。
国王がルフィに何を頼むつもりかは予想できないがとりあえず明日にわかるので今は眠ることにした。
温かい気持ちのまま睡魔に身を任せる。

今日は良い日だ。
面倒だった大臣とのことも解決し、国王との仲も良好なものになった。
何よりルフィに出会うことができた。
神を信じるような信仰深い男ではないがルフィとの出会いだけは感謝してもいいな、と想いながらサンジは温かな眠りについた。





















*続く*


7 王様の依頼を読む?