「それは…困った話だ」

ロビンの状況を説明すると王様は悩みながら腕を組んだ。

「どうにかならねェ?」
「あまり仲の良い国ではないからね…諍いから戦争になっては国民が困るだろう?」
「う〜ん…」

サンジと国王は互いに首を捻る。
好戦的な国なので小さな諍いを原因に戦争を仕掛けてこないとも言いきれない。

「いさかいって?」

サンジの袖を引っ張り、ルフィは首をかしげた。

「あァ、諍いな。言い争いのことだ。口喧嘩ともいう」
「口喧嘩から戦争になっちゃうのか?」
「口喧嘩は建前で領土を広げたいんだよ。だから、何か文句を言いに行くと喜んで戦争を仕掛けて来るって寸法だな。まァ、互いの主張が食い違えば戦争なんて簡単に起こるもんなんだよ。起こしたくないから悩んでるわけだな」

なるほど、とルフィも悩み始める。

「……赤の王に助言を願おうか」

真剣に悩む二人へ国王はボソッと呟いた。

「赤の王?」
「ここから東北にある国の王様だな。ちなみにロビンの命を狙ってる国は東にある国で黒の王って呼ばれてる」
「へ〜、サンジの父ちゃんは?」

ルフィはふと気になったことを聞いてみた。

「青の王だ。水が豊かな土地だからな、イメージで青」
「王様を色で区別してるんだな」

ルフィは感心して、サンジを見た。

「知らなかったか?」
「うん、初耳だ」
「まァそれはさて置き、赤の王は黒の王とそれなりに交友があるらしい。少なくとも青の王よりはだけどな」

サンジの言葉に国王は苦笑いをした。

「どうするんだ?」
「黒の王にロビンちゃんを諦めてもらうための最善策を赤の王に相談する。交友があるなら上手に諦めてもらえる方法を知ってるかもしれないからな」
「そっか! じゃあ赤の王に会いに行こう」

サンジは勢いのまま部屋を飛び出そうとするルフィの首根っこを掴む。

「まァ待て。親父に手紙を書いてもらうから。王様っつーのは手軽に会えるもんじゃねェの」
「そうなのか? 今、手軽に会ってるけど……」
「……それもそうだな」

二人して、じっと国王を見た。

「…赤の王にも手軽に会えると思う。あの方もサンジのように町中をうろうろしているようだからな。まァ一応、封書を書いておこう。明日、出発したまえ」
「はーい」
「じゃあ旅の準備をし直すかな。親父、ありがとう」

軽く頭を下げてからルフィを引っ張り、サンジは部屋を出ていった。

「ずいぶん仲良しだな」

微笑ましい気持ちとは裏腹に一抹の不安を感じる国王だった。



***



旅支度のために二人は買い出しに城下町へ来た。
夕刻のせいか多くの買い物客で賑わっていた。

「チョッパーは忙しそうだったから、おれ達だけの旅になるかもな」
「そうなるか。まァ赤の王がいいアドバイスをしてくれるかは正直わかんねェけどな」
「う〜ん…聞いてみないとわからないってことだよな……う、わっ」

背中に衝撃がありルフィは転けそうになるが、ぶつかって来たモノに支えられた。

「ルフィ!」
「な、ナミ!エースも」
「お前、この町に帰って来てたなら連絡しろよ…心配しただろ」
「ご、ごめんなさい」

ルフィにぶつかって来たのはナミだった。
エースは笑って、ルフィの頭を撫でる。

「なんか久しぶりって気分ね」
「そうだな! 二人とも無事だったんだ」

ルフィはニカッと笑って、久しぶりの再会を喜んだ。

「当たり前だろ? 盗賊に会ったりもしたけど返り討ちにしたしな」
「結構、持ってたからもらって来たわよ」

エースとナミは二人して、ニヤリと笑った。

「盗賊から盗んだのか〜ナミは極悪だな」
「当然の結果よ。人から物を盗ろうって思うなら、逆に盗られる覚悟も必要なの」

なるほど、とルフィは頷く。

「で、そっちの金髪男は何者? うちの弟とどういう関係?」

エースに指差され、サンジは苦笑いした。



***



簡単には説明しにくい話だったのでサンジ達はナミ達の泊まっている宿で話をした。

「まさか王子様だとはね。複雑な関係だわ」
「面倒なことに巻き込まれてるんだとは思ってたけどな」

一通りサンジから説明をうけると、ナミとエースはため息を吐いた。

「おれがやりたいからしてるんだぞ?」
「わかってるわよ。ただ、黒の王は良い噂を聞かないから会わせたくないだけ」
「……そうだよなァ。サンジ、おれ達も一緒に仲間に加わっても構わないか?」

エースの申し出にサンジは頷いた。

「もちろん、構わねェ。もし、赤の王から助言がなかったら強行突破になるかもしれねェからな。人手は多少欲しい」
「あら、野蛮ね〜。気が合いそうだわ」

ナミはおもしろそうに笑った。
サンジもナミに笑いかける。

「最終的にロビンちゃんの命を狙うのを止めさせればいいわけだからな」
「青の王子様がそんなんでいいのか? なんかやらかして身分がバレたらヤバイんじゃないか?」

エースが多少、心配そうな顔で聞いた。
年長者だけにいろいろと深い考えがあるのかもしれない。

「……バレなきゃいいんだよ」

サンジは自信ありげに、ニヤリと笑った。

「あはは、サンジはおもしろい奴なんだ」
「納得した。ずっと王室育ちなら、そんな考えしねェだろうな」
「庶民派で安心よね。高飛車だったら鬱陶しいだけだもの」

サンジはエースとナミに好印象を与えたようだ。

「弟借りるぞ?」

話が一段落したのでエースはルフィを引っ張り、部屋を出ようとした。

「早く返してね」
「ちょっと露店を見るだけだ。ルフィ、行くぞ」
「うん、行ってきます」

ルフィは引っ張られながら笑顔で部屋に残る二人へ手を振った。

「サンジ君」
「は、はい?」

急に真剣な眼差しで見られ、サンジは動揺してしまった。

「私達、ルフィが大切なの」
「……はい」
「だから、サンジ君もルフィを大切にしてね?」
「もちろんです、ナミさん」
「暴走しないでねって言いたいのよ。…あのコ、恋愛ってしたことないから」

エースとナミに会ってから特にルフィに接したわけではないが、ナミにはサンジの気持ちがバレていたようだ。

「あ〜、やっぱりわかりました?」
「ふふっ、女の勘よ」

にっこりとナミは笑う。

「……女性は侮れないですね」
「サンジ君って女遊びが激しいって噂だったけど本命には、なかなか手を出せないタイプだったのね」
「あはは……」

噂も現状も図星なだけにサンジは笑うしかない。

「……反対はしないんですか?」
「反対しても止まるもんじゃないし、恋人選びはルフィ自身に任せるわ」
「そうですか…ありがとうございます」

まるでルフィの母親に交際を許可された気分にサンジはなった。

「う〜ん…これからが大変だと思うわよ? 鈍いし、可愛いし、モテるし」
「それは……ここ数日で感じました」
「あ〜、やっぱり?」

ナミはサンジの苦労を感じ取り、苦笑いした。

「攻略のヒントとかあります?」
「ルフィ、サンジ君のこと気に入ってると思うわよ? 恋愛に発展するかは非常に答えにくいけど」
「そうですか」

嬉しいやら悲しいやらでサンジは曖昧に笑った。

「頑張れとしか言い様がないわね。ルフィが『好き』の違いを理解できれば攻略も成功に近づくんじゃない? 難関だけどね」
「貴重なヒント、ありがとうございます」
「ルフィを泣かせたら殴るからね」
「……了解です」

ナミなら本気で殴るだろうことが予想でき、サンジは肝に銘じておいた。



***



陽も暮れて、ルフィとサンジはぶらぶらと歩いていた。

「おれだけ城に泊まってもいいのかな」
「ナミさん達が遠慮するって言ったからな。お前こそ、おれと来てよかったのか?」

四人で夕食をしてから解散になった。
ナミとエースにも城へ招待したが今回は止めておく、と辞退された。
しかし、ルフィだけはサンジについて行くことになった。

「チョッパーの様子も気になるしな。ナミ達には明日も会える」
「そうか……まァお前がいいならいいか」

理由はどうあれ一緒にいられるのでサンジは満足だった。

「それにサンジと一緒にいたかったし……」
「ん? なんだ?」

小声で呟くように言われたのでサンジはルフィが何を言ったか聞こえなかった。

「えへへ、なんでもないって」
「変な奴だな。ほら、帰るぞ」

恥ずかしそうに笑うルフィの頭を撫でながら、サンジは笑った。

「もう帰るのか? どっか行きたい」
「あ? どっか行きたいのか?」
「おれ、この町あんまり見てない」

このまま帰るのが嫌なのかルフィは立ち止まる。

「バタバタしてたからな〜。しょうがない、わがままな姫君をエスコート致しましょう」
「なんか…バカにされてる気がするなァ」

サンジの言い方にルフィは拗ねたように口を尖らせた。

「いやいや、そんなわけないだろ? 思ってもいなかったデートだからな。嬉しいんだよ」
「でーと? サンジは難しい単語をいっぱい知ってるんだな」
「感心されてもな……まァいいか。こっちだ」

サンジは裏路地を抜けていく。

「迷いそうだな」
「慣れなきゃ迷うだろうな。裏路地は地元の奴しか使わねェ」

右へ左へといくつかの通りを曲がって、二人は目的地についた。

「うわ〜! なんていうんだっけこれ? とにかくすげェ!」
「噴水だ。水が売りの町だからな。噴水はあちこちにたくさんある。けど、この噴水が一番キレイだし穴場だな」

穴場というだけあって人影はサンジとルフィしか見当たらない。
月明かりをキラキラと反射させながら水が舞っている。
その光景を二人はしばらく黙って見つめた。

「すごいな〜! ありがと、サンジ」
「気に入ったならよかった」

楽しそうに笑うルフィにサンジもつられて笑顔になる。

「水は飲むだけじゃないんだな」
「目で楽しむこともできるってことだな」
「うん! あっ、妖精だ。サンジ、ちょっと待ってろよ!」

何か思いついたのかルフィはサンジにニカッと笑ってから噴水に近づいた。
きっと近くに妖精がいるのだろう。

「何をするつもりだか」

何かを話している様子だがサンジにはよく聞こえない。
待ってろと言われたので、とりあえず近くにあったベンチに腰掛けてルフィを待った。
しばらくするとルフィがサンジの元へと走って来た。

「お待たせ! 噴水、見てろよ?」
「はいはい」

ルフィは笑いながらサンジの横に座った。
妖精に何か頼んだのだろうかと考えていると噴水の水に変化があった。

「……へェ? すごいじゃねェか」
「キレイだな! おれもびっくりだ」

七色に輝く噴水にサンジもルフィも感嘆の声を上げた。
絵の具を垂らしたような濁った色ではなくステンドグラスのような透明な輝きを放つ色の水。
風が吹き、水を巻き上げる。
水と風の戯れに見とれていると、いつの間にか噴水の中には色とりどりの花々が浮かんでいた。
ルフィが妖精に手を振ると水は元の透明に戻り、花々だけが残された。

「どういう原理?」
「……よくわかんない。この花はプレゼントだってさ」
「この地方じゃ見ない花だな」

二人して噴水に近づく。
跳ねる水しぶきが涼やかだ。

「そうなんだ? 片付けなきゃダメかな?」
「あァ、キレイだからこのままでいいんじゃねェか」
「そうだな!」

ルフィはニコニコと笑いながら水に浮かぶ花を見ている。

「当たり前だろうけど妖精がしたんだよな?」
「うん、楽しいことが好きだからおもしろそうなことには協力的なんだ」
「お前の才能でもあると思うけどな」

ルフィは知らないかもしれないが契約もなしに妖精が人間にチカラを貸すのは、例え遊びでも稀だ。

「サンジ」
「なんだ?冷たっ! ……てめェ」

サンジがぼんやりとルフィの能力のことを考えているとルフィに水を掛けられた。

「あはは! うわ、冷た」

ルフィがしたのとは比べものにならないほどの、大量の水をサンジに掛けられた。

「仕返しだ……」
「……あはは、やりすぎじゃないか?」
「お前…ちょ、待て! ……ぶっ」

ルフィに抱きつくように体当たりされ、サンジは噴水の中へ落とされる。

「あはは! びしょびしょだな」
「……お前も落ちたら意味なくねェか?」
「仕方ないって。仕返しだもん」

サンジに抱きつくような形のままルフィは笑っている。
楽しそうに笑うルフィに怒る気にはさらさらなれず、サンジも笑う。

「ほんとムチャクチャな奴だな」

サンジはルフィの頭についた花びらを取る。
優しい笑顔とその態度になぜかルフィは驚く。

「なんだよ?」
「え!? べ、別に…なんか、びっくりしただけ」

赤くなった顔をサンジから隠すようにルフィは立ち上がった。

「わけわからん奴だ。さすがに、このままじゃ風邪引くな。帰るか」

ルフィを追って、サンジも噴水から出る。

「そうだな〜。あっ、サンジ」
「なん…っ!」

ルフィは背伸びして、サンジの前髪についた花びらを取った。

「サンジにも花びらついてるぞ?」

にっこりと笑ってルフィは取った花びらをサンジに見せた。

「……襲いたい気分だ」
「へ?」
「いや、帰ろう。おれの理性があるうちに、今すぐ」
「お、おう」

サンジに腕を引っ張られてルフィは小走りについていく。

ルフィはさっきの気持ちがなんなのか考える。

今までにない気持ちだった。
サンジに掴まれている右腕が熱い。
なんだか心臓がドキドキした。

ルフィはチラッとサンジの後ろ姿を見る。
不思議な気持ちだ。
どうしたのか、どうしたいのか自分でもわからない。
答えがわからないのでルフィはとりあえず考えるのをやめて、城へと急いだ。


その後、城に帰った二人はびしょ濡れのままでチョッパーに見つかり、怒られるのだった。



























*続く*


13 赤の王を読む?