夜も更けた頃、盗んだ物品の整理が終わり、サンジは背伸びをする。
そして、先に眠っているルフィを起こさないように自分もベッドに入ろうと邪魔な上着に手をかけた。

「あれ?」

サンジは上着のポケットに何か入っていることに気づき、首を傾げる。

(なんか入れてたっけ?)

違和感の正体を取り出すとそれは指輪だった。
銀色のシンプルなデザインの指輪。
それは随分前に盗んだ物だったので、すっかり忘れていた。
確か古ぼけた洋館に入ったとき、あまりにもめぼしい物がなかったのでこの指輪だけを盗んだのだ。
換金袋に入れておこうと立ち上がり、ふとルフィの左手が目に入る。毛布の上に投げ出された手を見て不思議な感覚に捕われた。

(なんか…ルフィにつけてて欲しい)

熱に浮かされたように眠るルフィにふらふらと近づき、左手の薬指に指輪をはめる。
あつらえたようにピッタリとはまった。
妙な満足感にサンジは一人頷いて、自分も眠りについた。



***



「おはよーサンジー」
「おはよう。めずらしく起きるの早いな」

先に起きていたサンジはルフィが布団の中から声をかけてきたので僅かに驚く。

「んー、変な夢見てさ」
「まだ寝るか?」
「ううん、起きる。目、覚めてきたし」

もぞもぞと動きながら、ルフィは起き上がろうとしているようだ。

「そうか? 今日は何も予定ないから眠くなったら昼寝でもしてろよ」
「うん。うん? …あれ? ……ぎゃー!!」
「ど、どうした?」
「か、身体が…っ」

青醒めたルフィは布団を跳ね除け、急いで等身大が写る鏡に駆け寄る。

「なんっ…な、なに…」

わなわなと震えながらルフィは自分の髪や身体をあちこち触った。

「何してんだ? あれ、お前カツラしたまま寝てたっけ?」

挙動不審なルフィを見てサンジは怪訝な顔をする。
お嬢様の格好をするときルフィはいつも腰まである黒髪のカツラを被っている。だから、今も被っているのかと思ったが、髪は肩より少し長いくらいでいつものカツラより短い気がする。
カツラを切ったのだろうかとか確か昨日女装はしていなかったはずだとか思っているとルフィはへなへなとその場に座り込んだ。

「……カツラ、してない」
「はァ?」
「これ、自分の髪だ…それに…身体が」
「身体? な、なんだそれ!?」

サンジはルフィの胸に膨らみを見て度肝を抜かれる。
ルフィが寝るときに着ていた服はラフで薄手の物だ。そのシャツの胸の部分が明らかに膨らみを持っている。

「な、なんだろ? あはは、夢かな」
「ちょっと…失礼します」

現実逃避して笑っているルフィにそっと近づき、恐る恐る胸を触った。
むにむにとした感触にサンジは気持ちいいな、などと場違いな感想が頭を過ぎる。

「ぎにゃー!! なに、すんだ!?」

奇声を発してルフィは我に返った。そして、サンジから距離を取り、睨んだ。

「本物だ…え? お前、女だったっけ?」
「そんなわけないだろ! 昨日まで男だったよ!」
「だよな〜。お前の身体は隅々まで確認済みだしな」
「っ! 恥ずかしいこと言うなバカ!」

あまりにも恥ずかしいセリフにルフィは真っ赤になってサンジを睨んだ。

「そう照れるなよ、いちいち可愛い奴だな」
「そういうことは言わなくてもいいの! そ、それよりも、どうしよう」
「なァ」
「ん? どうした?」

サンジの真剣な表情にルフィの表情も真剣になる。

「下はどうなってんの?」
「へ?」

予想外の問い掛けにルフィは間抜けな声音になってしまった。

「下も女になってんの?」
「なに、言って…」

なんだか嫌な予感がしてルフィは後ずさりする。

「ちょっと確認させろ」
「な、ないない! 下も女になってます! 確認の必要ゼロだよ!」
「おれは自分で確認しなきゃ気が済まない」
「ぎゃー! やだァ!!」

ルフィは呆気なく後ろから羽交い締めにされ、きちんと確認される。

「ないな」
「だから、そう言ってんだろ! 放せよ!」
「……なんか変な気分になってきた」

股間を確認していたサンジの手が胸を触りはじめ、ルフィは真っ赤になって暴れた。

「信じらんない! おれが大変なことになってんのにまず、それ!? 性欲魔人! やっぱりサンジは女の方がいいんだァ! わーん!!」
「違うぞ、ルフィ! お前なら男だろうが女だろうが別に構わない! どっちでも欲情できるっていう話だろうが!」
「嬉しくない〜! どっちでもいいなら、そういうことはおれの身体が元に戻ってからにしようよ!」
「悪い、止まらん」

首筋に顔を埋めたまま話すサンジにルフィは焦りで泣きそうになってしまう。

「うぅ、ナメんなよ…おれだって本気になれば…」
「お前ら、うるさいぞ!!」

怒号と共にバタンとドアが乱暴に開かれた。
隣の部屋に泊まっていたスモーカーが朝からうるさい二人に怒鳴り込んで来たのだ。それを合図にルフィはサンジの拘束から素早く抜け出した。しかし、動揺していたためかよろけてしまう。

「危ない!」

条件反射でスモーカーはルフィを抱き留めた。

「あ、ありがとうございます」
「いや、ケガがなければ……うん?」

自分の右手が柔らかいモノを触っていて、それが何か思い至り、スモーカーはビシリと固まる。

「コラー!! 何、ルフィの胸、触ってんだ!」
「ち、ちがっ」

スモーカーは不可抗力だとばかりに両手を挙げて首を高速に左右へ振った。しかし、その顔は赤い。

「す、すまん!!」
「え? 別に大丈夫ですよって、もういない」

謝りながら猛ダッシュで自室へ戻ってしまったようでルフィが体勢を整えた頃にスモーカーの姿はもう見当たらなかった。

「エロ記者め」
「サンジは人の事言えないと思うぞ…スモーカーも泊まってたんだな」
「昨日の夜、お前が寝てからだったからな。今回は盗賊関連の取材じゃないから鉢合わせたのは偶然だったんだよ」
「そうだったんだ。誰かさんと一緒にいるよりスモーカーと一緒にいる方が安全かなァ」

じとりと睨まれサンジは苦笑した。

「悪かったよ。もう変なことしないって誓う」
「ホントかなァ」

ルフィは扉を閉めたあと、半信半疑のままサンジに近づいた。

「しかし、何が起きてんだ? 痛いトコとかあるか?」

心配そうに尋ねられ、ルフィは首を横に振る。

「ううん、平気。ただ、身体が女になっただけ……ん? なんだこれ」

ルフィは自分の左手薬指に指輪がはめられていることに気づき、首を傾げた。

「あれ? う〜」

とりあえず、外そうとしたが外れない。その様子を見てサンジは首を傾げた。

「何だっけ…その指輪…見たことあるようなないような…あっ、そうか」

昨日の夜、寝ているルフィに自分がはめたことを思い出してサンジは頷く。

「おれがはめたんだよ」
「そ、そうなの? うーん…これ、全然外れないんだけど」
「はめるときは簡単だったけどなァ。ちょっと見せてみろ」

ルフィはサンジに左手を差し出した。サンジは指輪を掴んで回転させてみる。すると何の引っ掛かりもなく、くるくると回った。
サイズが合わず、きつくて外れないというわけでもないようだ。
すぐに外れそうに見えるが、なぜだか外せない。

「これは石けんや糸を使っても取れる気がしねェな」
「……身体の異変、これが原因としか考えらんないよ」
「んなアホなって言いたいトコだが…否定できないな」

朝起きると髪が伸びて、性転換してましたなんて冗談みたいな話だが実際に起きている。
そして、昨日のルフィと今のルフィの違いは指輪くらいだ。

「うん、絶対これだ」

別段、変なモノを食べた覚えもないルフィは指輪が原因だと確信しているようだ。

「わ、悪いな」
「え?何が?」
「それ、おれがはめたからさ」

申し訳なさそうなサンジを見て、ルフィは笑った。

「別にいいよ〜外せば問題ナシだろ。でも、なんではめたの? というか、この指輪は何?」
「お前に会うよりも、ずーっと前に盗んだ指輪なんだけど昨日上着のポケットから出てきたんだよ。なんではめたか…? なんでだろうな」

ひどく真剣に悩み始めたサンジをルフィは不思議そうな顔で見上げる。

「無意識?」
「いや、なんかそうしなきゃいけない気になって」
「なんだそりゃ」

変な回答にルフィも困惑した。
突然ノックの音がして、二人は驚く。

「あの〜すみませ〜ん」

聞き覚えのある声にルフィは笑顔でドアを開けた。

「たしぎも来てたんだな! おはよう!」
「おはようございます、ルフィさん。これ、どうぞ」
「なに? お菓子?」

差し出されたお菓子の箱をルフィは首を傾げながら受け取る。

「先程、スモーカーさんが何か失礼をしたみたいで…内容までは教えてくれませんでしたけど。お詫びの品だそうです」
「え〜? 別にいいのに。でも、くれるなら貰おうっと! うまそ〜、ありがとな」
「たしぎちゃん、わざわざありがとう」
「いえいえ。それにしてもルフィさん、今日は盗みの予定でもあるんですか? 朝から女装だなんて。あれ? 髪の長さ変えました? その長さも似合ってますよ」

にっこり笑うたしぎの顔を見てから、ルフィとサンジは顔を合わせて頷いた。

「ちょっと話が!」
「え?」
「悪い! スモーカーには相談できない話なんだ! あいつには刺激が強すぎる!」
「ええ? うわっ!」

ぐいぐいとたしぎを部屋へ連れ込み、ルフィは扉を閉める。

「ど、どうかしたんですか?」
「なんて説明したらいいんだか…とりあえず座って?」
「はい」

サンジは紅茶を淹れながら説明に迷った。
立ち話も何なので三人はイスに腰掛けて話を始める。

「この指輪、見たことない?」
「指輪ですか? ちょっと失礼しますね」

ルフィはたしぎの前へ左手を差し出した。
たしぎはメガネを少し上げて、裸眼で指輪を凝視する。

「うーん、残念ながらよくわからないですね」
「そっか…」

幾分がっかりしたようにルフィは呟いた。たしぎは申し訳なさそうに笑う。

「すみません…有名な品物なんですか?」
「いや、よくわからないんだ……実はな」

サンジは事の顛末をたしぎに説明した。驚きつつも、たしぎは真剣に聞いてくれた。

「ということは…ルフィさん、今は女性の身体なんですか?」
「うん…そうなんだ」

じっと見つめてくるたしぎをルフィは苦笑いで見つめ返す。しかし、なんとなく気まずくてルフィはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲んだ。

「はァ、スモーカーはルフィが男だって疑いもしないだろうからな」
「それで私の出番ですか。お役に立てず、すみません」

しょんぼりと肩を落とすたしぎにルフィは笑いかけた。

「ううん! 気にすんなって! でも、どうしようか」
「私も手伝います! 宝石商か図書館にでも行ってみます? 何かわかるかもしれない」
「そうするか……おれはウソップ達が何か知らないか、それとなく聞いてみる」
「よし、早く元に戻るぞ! って着替えなきゃダメだな。ちょっと待ってて」

さすがに薄着のままでは外へ出れない。ルフィはお嬢様用の衣装を漁った。

「スモーカー、大丈夫か?」
「た、たぶん。真っ赤な顔で謝って来いって言われたんで何があったのかと思ってたんですけどルフィさんの胸に触ったんですね」

この件で完全に女性だと認識しただろう。いっそのことルフィの性別が男だとは一生言わない方がスモーカーのためな気がしてきたたしぎだった。



***



サンジと別行動でルフィとたしぎはとりあえず宝石商でも訪ねようかとしていた。しかし、たしぎは仕事を思い出して困ったようにルフィを見る。

「あの、先に取材に寄ってもいいですか?」
「ん? いいよ」
「すみません。ルフィさんが大変なときに」
「気にしなくていいって! どっか痛いわけじゃないからさ。どこに行くの?」

ルフィの返答にたしぎは安心して、目的の場所へと歩き出した。

「実は女性読者を意識して新聞で占い特集をすることになりまして。まだ企画の段階なんですけどね。でも、スモーカーさんがそんな記事書くわけないんで私が担当することになったんです」
「そうなんだ〜。スゲーな!」

尊敬の眼差しで見つめられ、たしぎは本気で照れてしまう。

「ありがとうございます。今回、協力してもらうのは旅をしている占い師さんでよく当たると評判なんですよ。今はこの町に滞在しているので今のうちに取材しておかないと次の町に移動してしまうかもしれないんです」
「だったら急がなきゃだな。どこにいるんだ?」
「確かこの辺りで占いをしていると伺ってたんですけど〜」

人気のない路地に入り、二人はきょろきょろと辺りを見回した。

「あなた、呪われてるわ」
「ひっ! び、びっくりした……の、のろい?」

突然、背後から声を掛けられ、ルフィは文字通り飛び上がって驚く。

「いらっしゃい。新聞記者の方と呪われたお嬢さん」
「うう、不吉なこと言われた」

ルフィとたしぎが振り返ると黒髪の女性が笑顔で立っていた。

「ふふ、ごめんなさいね。でも、本当のことだもの。ここでは話にくいから私の隠れ家へ行きましょう」
「え? ちょっと待ってくださ〜い」

先に歩き出した占い師のあとをたしぎは落ち込むルフィを引っ張って追いかけた。



***



占い師の隠れ家は先程いた路地の近くにあった。それほど広くはないが隠れ家ならば十分な広さだろう。
全体的に薄暗い部屋の中にある向かい合わせのソファーに促されるまま二人は腰をかけた。

「お腹すいてない? 昨日焼いたパンがあるの。よかったら食べて」
「いただきます!」

そういえば朝から何も食べていなかった。身体の異変のせいで大好きな食事のことも忘れていたようだ。
ルフィは遠慮をすることなくテーブルに並べられた大量のパンを食べた。

「えーっと、たしぎです。こちらはルフィさん」
「ふふ、初めまして。私はロビンよ」
「あの、呪いってどういうことですか?」

たしぎが代わりに質問し、ルフィはパンを食べながらロビンを見る。するとパンを持っている左手を指差された。

「それ。その指輪、すごく嫌な感じがするのよ」
「外れないんです。えーっと、身体に変化もあって…どうしても外したいんですけど、どうしたらいいんでしょうか?」
「おれ、実は男なんだ。すごく困ってる」

脅威のスピードで大量のパンを食べ終えたルフィは差し出されたオレンジジュースを飲みながらロビンを困ったように見つめる。

「ふふ、それは変な呪いね。でも、ルフィ、あなたは呪いの手掛かりを夢で見ているはずよ」
「も〜、笑い事じゃないんだって! って、夢?」

そういえば変な夢を見たから今日は早く起きたんだった。ルフィは納得して頷く。

「どんな夢を見たんですか?」
「ずっと誰かを待ってる夢。でも、苦しくて急に真っ暗になって目が覚めたんだ」

たしぎの質問にルフィは夢の内容を思い出しつつ話した。

「指輪の持ち主の記憶ね」
「記憶?」
「指輪、見せて」

ロビンの言葉に頷き、ルフィは左手を差し出されたロビンの手に乗せる。

「この指輪の持ち主は女性。これは恋人にプレゼントされたものよ。ずっとずっと恋人を待っていたけど会いに来てはくれなかったみたい。彼女は病を患っていて、亡くなっているわ。結局、彼は会いに来なかった。彼への想いは呪いになり、最後には怨んでしまったみたいね」
「……ひどい話ですね。でも、なぜルフィさんが?」
「その呪いは幸せな恋人同士が怨みの対象になっているみたい。完全なる嫉みよ」

何とも言えない気分になり、ルフィは肩を落とした。そして、いじけた様に口を尖らせる。

「でも、性別が変わるなんて変だよ〜どんな呪いなんだよ〜」
「もちろん、幸せを壊すためよ。あなたの恋人は揺るがなかったみたいだけど、普通恋人の性別が突然変わったら驚き戸惑い、もしかしたら傷つけるような発言をしてしまうかもしれないわ」
「ううーん、確かに原因もよくわからなかったら別れ話になってしまうかもしれないですね」

たしぎは難しい顔でロビンの話に頷いた。

「サンジは男でも女でもいいって…っ」

ルフィは呟いてから顔が熱くなる。これは惚気のようではないか。
ひどく恥ずかしい気分になり、真っ赤になって黙ってしまった。
そんなルフィを微笑ましい気持ちで見てから、たしぎはロビンを見る。

「呪いを解く方法は?」
「簡単といえば簡単だけど…難しいかもしれないわね」
「その方法は?」

ルフィの言葉に初めてロビンは表情を曇らせ、言いにくそうに口を開いた。



***



「随分、昔の話だなァ。盗む物も別になかった屋敷だよな〜?」
「そこだ。なんか憶えてねェか?」
「何かって言われてもな〜」

サンジに昔の話を急に聞かれ、ウソップは首を捻りながらも記憶の糸を手繰り寄せた。

「あっ、幽霊屋敷って呼ばれてたみたいだぜ?」
「幽霊屋敷?」
「思い出してきたきた。サンジはさっさと町の女の家に行ったから聞いてないだろうけど、おれ達は酒飲んでただろ? そのとき店のオヤジに聞いたんだよ〜あとから聞いてよかったぜ〜そんな話し聞いたあとに盗みに入るの絶対イヤだからな」

ルフィと出会う前は宿に泊まらず、適当な女の家に泊まっていたことをサンジは思い出す。今となっては懐かしい話だ。

「どんな話だ?」
「屋敷に住んでる身体の弱いお嬢様と町に住む働き者の青年の悲恋話。立派な屋敷だけど町から結構離れた場所にあっただろ? 町に住んでる男が時間を見つけて屋敷に会いに行ってたんだって。お嬢様の家族には内緒の仲だったみたいだな」
「身分違いの恋ってやつか」
「ああ、そうなんだよ。二人は本当に仲良くて、身分違いの恋だったけど町の人達は密かに応援してたんだ。でも、ある日、男が不慮の事故に遭ってしまうんだ。意識不明の重傷だからお嬢様に自分の状態を伝えることもできなかった。そんなとき、お嬢様の容態が急変して亡くなっちゃうんだ。男もお嬢様が亡くなった数日後、意識が戻らないまま死んじまうんだけどな。男は何も言わずお嬢様を待たせ続けただろ? だから、男はお嬢様を探して今も屋敷を彷徨ってるって話だ。怖いっつーより悲しいって感じだけどな」

ウソップは悲しそうなため息を吐いた。

「そうか…っつーことは、その女の指輪だったのか」
「ん? なんで今さらこんな話?」
「いや、何でもない。助かった」
「お、おう」

サンジは礼を言ったあと、詮索されないために自室に戻る。ルフィの身体の変化はなんとなく他の盗賊仲間に知られたくなかった。
話を整理しようとサンジはベッドに転がる。

あの指輪がその女性の物だとして、なぜルフィが女になるのか理解できない。
そもそも、なぜ自分はあの指輪をルフィにしたいと思ったのだろうか。
不思議な力が働いていたとしか思えない。

ノックの音がしてサンジは起き上がった。

「ただいま帰りました」
「たしぎちゃん? なんかわかった?」
「……はい」

たしぎは神妙な面持ちで部屋に入ってくる。ルフィも微妙な表情で入ってきた。

「原因は指輪の呪いでした」
「呪い?」
「詳しい内容はあとで話すよ。外し方も聞いてきたんだ」
「どうやったら外れるんだ?」
「そ、れは……」

ルフィは言いにくそうに口を噤んだ。

「私は席を外した方がいいですよね…では、これで」
「たしぎ、ありがと」
「いえ! それじゃあ、また」

たしぎが出て行き、部屋に静寂が訪れる。サンジもなぜか緊張してしまう。そんなに難しい外し方なのだろうか。

「これは…恋人同士にしか効かない呪いなんだって。それで…外し方は」
「外し方は?」
「さ、サンジが…おれのこと嫌いとか別れたいって言えば大丈夫なんだ!」

ルフィは俯いたまま早口に捲くし立てた。こんな内容、ゆっくり話していたら気分が沈んでしまう。今も十分に沈んでいるのだが。

「……なんだそれ」
「幸せを壊すのが目的の呪いだから恋人同士じゃなくなれば外すことができるって。そこまで強い呪いでもないから別れたいって言葉が嘘でも大丈夫だろうって」

ロビンから聞いたことをルフィは顔を上げることができず、そのまま話す。

「あはは、思ったより外す方法、簡単だったな! さっさと外して買い物でも行こうよ」
「………」

何も言わないサンジが怖いけど、顔を上げることもできない。
ルフィは言うなら早くしてくれないと泣いてしまうと思いながらも、聞きたくない言葉を待った。

「……サンジ?」
「……」

何か言おうとする気配を感じてルフィは俯いたまま、ぎゅっと目を瞑った。

(やばい…泣きそう)

耳を塞ぎたいが、それでは意味がない。
この呪いが自分を傷つけるためのものなら大成功だろう。嘘だとわかっていてもサンジの言葉が怖い。

「…言えるかよ」
「えっ?」

予想外の言葉にルフィは驚いて顔を上げた。

「そんなこと…嘘でも冗談でも言えねェよ」

ひどく苦しそうなサンジの表情を見て、ルフィは視界がぼやける。

「全然、簡単なことじゃない…おれは絶対に言いたくない。呪いだかなんだか知らねェけど、ルフィが傷つくようなこと言いたくない」
「サンジ…」
「ははっ、ホントはおれが言えないだけなんだけどな。それだけは無理だ。悪いけどその身体でもう少し我慢してくれ。別の方法で外そう」
「サンジぃ〜」

ルフィに抱きつかれ、サンジは優しく背中をさすった。

「泣くなよ。ごめんな、すぐに戻れないなんて嫌だよな…」
「うぅ〜違う…おれは嬉しくて泣いて、んだ」

ぐりぐりと頭をサンジの胸に押しつけながら、ルフィはたどたどしく話す。

「嘘でも、そんなこと、言われたくなかったから」
「ルフィ…」
「おれ、しばらく女のままでもいいよ」

泣き笑いの表情でルフィはサンジを見上げた。
もし、サンジが別れようと言っていたら抜けない棘のようにその言葉は心に残り続けるだろう。
サンジのお陰でそんな思いをしなくて済むのだから、呪いなんて解けなくても問題ないように思えた。
ルフィがもう一度、サンジに抱きつくとガチャリとドアが開く。

「ルフィ、いる? あら、お邪魔だったかしら」
「ろ、ロビン!? なんでここに」

あわあわとしながらルフィはサンジから離れた。その顔は言うまでもなく赤い。
その様子を見て、おかしそうに笑いながらロビンはルフィに手を差し出した。

「ふふっ、これ」

首を傾げながらルフィはロビンの差し出した掌を覗く。

「指輪?」
「あれ? ルフィがしてるのと似てるな」

サンジもルフィ同様、ロビンの手の上の物を不思議そうに見ていた。

「その通り。これは男の恋人の指輪よ」

同じデザインで、ルフィがしている物よりもサイズが大きい。
ルフィはその指輪を手に取り、まじまじと眺めた。

「なんで、ロビンが持ってるの?」
「私、宝石とかについている呪いを解き放つ仕事もしているの。依頼品の中に交ざっていたのよ。彼の思念は強いわ。彼女の指輪が近づいただけで想いを伝えようと必死だもの」
「そうだったんだ〜。でも、こっちは気づいてないみたいだけど」

自分の左手にはまっている指輪を見て、ルフィは苦笑いをする。

「ルフィは思念を読み取る素質があるわね」
「そうなの? まァいいや。それよりどうするの?」
「大丈夫。彼女に彼の声が聞こえればいいんだから」

不思議そうな顔をするルフィとは対象的に、なるほどと言いながらサンジはルフィの手の上にある指輪を掴んだ。

「んん? サンジには意味がわかったのか?」
「まァ、たぶんだけどな」

サンジの視線にロビンは笑って応える。

「ええ、盗賊さんの正解よ」
「…そっか。ルフィ、左手を貸せ」
「うん」

言われるがままにルフィは左手を差し出した。するとサンジはルフィの薬指に自分の持っている指輪をはめる。

「あつっ……な、なんだ?」

二つの指輪が重なり合ったとき、急に熱を持ちルフィは恐る恐る自分の左手を見つめた。

「さて、話はついたかしらね。ルフィ、指輪を外してみて?」
「あっ、外れた」

今まで外れなかったことが嘘だったように、二つの指輪は何の苦もなくルフィの薬指から外れる。

「その二つは預かるわ」
「うん、よろしく。あれ? でも身体が元に戻ってないんだけど」
「安心して? 明日には元に戻っているはずだから」

ロビンの言葉にルフィは、ほっと安堵のため息を吐いた。

「えーっと、ロビンちゃんだっけ? ありがとう」
「いいのよ。私も一つ仕事が片付いて助かったわ」

二人を見つめて、ロビンは笑う。
そういえば、ロビンのことを説明してなかったとルフィはサンジを見た。

「ロビンは凄腕の占い師なんだ。たしぎと一緒に取材に行ったときに会ったんだ」
「へェ、凄腕の占い師か。ついでに二人の相性でも占ってもらうか?」
「ええ? い、いいよ〜なんか恥ずかしいし」

サンジの言葉にルフィは赤くなって首を横に振る。

「ふふ、困難もあるでしょうけど二人なら大丈夫よ。それに自信を持っていいと思うわ。盗賊さんが呪いに導かれて指輪をルフィにはめたということは幸せな恋人同士として認められたということなんだから」
「呪い公認の仲ってことか。なんか、嬉しいな」
「でも、こんな呪いはヤダよ〜。女装しても、おれは男なんだから」

ルフィは嫌そうな顔でため息を吐いた。その様子にロビンとサンジは笑う。

「本当にお疲れ様。それじゃあ私はこれで。またどこかで出会うかもしれないわね」
「うん、また会えたらいいな」
「ええ、それじゃあね」

笑って手を振るルフィとサンジに楽しそうに笑い返してロビンは二人の部屋を出て行った。

「……ホントに凄腕なんだな」
「ん?」

ロビンが出て行った扉を見つめながらサンジはぼそりと呟く。ルフィは首を傾げてサンジを見た。

「ロビンちゃん、おれのこと『盗賊さん』って呼んだだろ? おれ達が盗賊だなんて一言も言ってないのに」
「あっ、そっか〜。じゃあ、さっきの占い当たるかな」
「それは素で嬉しいかも。でも、もし別れるって言われてたら信じるか?」

サンジの言葉にルフィは当然のように首を横に振る。

「まさか〜。凄腕でも占いを外すことがあるんだなって思うだけだぞ」
「だよな」

即答するルフィにサンジは嬉しそうに笑った。

「今日はどうしようか〜。まだ夕方くらいだけど…う〜ん、身体が元に戻ってないから部屋にいようかな」
「そうだな。晩飯はおれが買ってきてやるよ」
「ありがと! じゃあ、のんびりしようっと」
「買い物の前に、もう一回ぐらい触っていいか?」
「え?」
「胸」
「い、いいわけないだろ…なんか変な感じがしてイヤなんだよ。じっと見るなよ!」

じ−っと胸を見つめられ、ルフィは両腕をクロスさせて自分の胸をサンジの視線から隠す。

「せっかくの女体記念だぞ?」
「どんな記念だよ! ヤダヤダ! それにせっかくってなんだ!」
「だって、もう二度とこんな体験できないぞ? もっと楽しもうぜ。明日には元に戻るんだろ?」

にこりと爽やかに笑われて、ルフィは顔を引きつらせる。
サンジの言うことも理解できないわけではないが簡単に頷いてはいけない気がするのは何故だろう。

「ルフィは女の身体に興味がないのか?」
「……なくはないけど」

ルフィだって年頃の男の子、女性の身体に全く興味ないというわけではない。

「今まさに女性の身体を手に入れてるんだぞ? 見放題、触り放題だぞ? 自分の身体なんだから誰かに気兼ねすることもないだろ」
「例え自分の身体でも居た堪れないんだよ! そ、それにおれが自分の胸触っても仕方ないだろ!」

真っ赤になってルフィはサンジを睨んだ。

「別にお前が自分の胸を揉むトコを観賞してもおれは興奮するけど」
「へ、変態だ…っていうか、おれは別にサンジを興奮させたいわけじゃないって」
「男はみんな、そういうモンだって」
「ええ? なんか納得したくないなァ」

くだらないやり取りの末、結局サンジの口車に乗せられて触られるはめになるルフィだった。



***



色んなことがあったのと騒いだせいで疲れてしまったルフィとサンジは早いうちから眠りについていた。

「っ!」

飛び起き、半身だけ起こした体勢でルフィが驚いていると隣から声が聞こえてくる。

「どうした?」
「あっ、ごめん。起こしたよな」
「いや、気にするな。それより、どうかしたのか?」
「夢、見た。ちゃんと二人は会えたよ。変な呪いをかけて、ごめんなさいってさ」

ルフィは夢の内容を思い出し、嬉しそうに笑った。サンジも半身だけ身体を起こし、ルフィを見て笑った。

「そっか、そりゃよかった。ん? 髪、元に戻ってるみたいだな」

サンジはベッドの脇にあった明かりを点けてルフィの髪に触れる。ルフィも慌てて自分の髪の毛に触れた。

「ホントだ! じゃあ身体も元に戻って…うわっ」

自分の身体を確認しようとした手を強引に掴まれ、ベッドに押し倒される。
驚いている間にサンジはルフィの両腕を片手で掴み、ルフィの頭上に縫いつけた。

「おれが触って確認してやるよ」
「え、遠慮します! 自分で触るって! というか、絶対、元に戻ってるから確認する必要ないったら!」

上から圧し掛かられて、上手く抵抗できない。ルフィの焦りは募るばかりだ。

「ふーん? でも、遠慮はいらないからな」
「っ! 〜っ!」
「上も下も、ちゃんと元に戻ってるな」

にっこり笑われてルフィは情けない気分になる。

「うう、わかったんならどいてよ〜」
「ヤダよ」
「ええ!? なんで!? ……んっ」

サンジの情欲を煽るような触り方にルフィの息が詰まる。恥ずかしくて泣きそうだ。

「お前、言ってただろ」
「な、なにを?」
「『そういうことはおれの身体が元に戻ってからにしようよ』ってさ」

サンジにニヤーっと笑われてルフィはそれが自分の言い放ったセリフだと気づく。
とっさに言った言葉を憶えているとは、なんという記憶力だろう。さっさと忘れていてくれてればいいのに。
何を言っていいかわからずルフィはサンジから目を逸らした。

「思い出したかな?」
「……忘れた」

わかりやすい嘘にサンジは笑いながら、ルフィの頬を撫でる。

「嘘つきは泥棒の始まりだぞ」
「おれ、盗賊だもん…う〜、どいて?」

押さえつけられている腕は思ったよりも力強く、自力での脱出は無理そうだ。

「だから、イヤだって。おれが朝からどれだけ我慢してると思ってんだ。聞き訳がないとお仕置きするぞ?」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「いつまでも我慢できないんだよ。お前が可愛いのが悪い」

そんなバカなというルフィのセリフはサンジの口に塞がれて、音になることはなかった。























*END*


8 何でも屋と落とし穴を読む?