夕方、太陽が沈むには少し早い時間にサンジとルフィは人気のない道を歩いていた。
とある画家に盗みの依頼を受けたので話を聞くために、その画家の家に向かっているのだ。
「よく考えたら今日は話し聞くだけだな。ルフィはどうする?」
以前、依頼の話を聞く最中にルフィが寝そうになったことを思い出したのかサンジは笑いながら訊ねる。
ルフィは苦笑いで応えた。
「ん〜、ここら辺を散歩してる。寝たらダメだもんな」
「ん、わかった。ちょっと遅くなるかもしれねェけど、あんまり遠くに行くなよ?」
「はーい」
笑顔でサンジを見送ったあと、ルフィは近場をうろうろと散歩する。
少し歩くと森を抜け、小高い丘が見えた。
(お〜、登ってみようかな〜。でも、ちょっと遠いか。サンジが戻ったら一緒に行ってみよう)
丘の上から見る景色はキレイに違いない。
ルフィは引き返そうとして、何やら声が聞こえた気がして立ち止まった。
「ん?」
耳を澄ますと微かに誰かの声が聞こえてくる。
声のする丘の方へ歩みを進めた。
「おーい! 誰かいないかー?」
誰かの声が今度はハッキリと聞こえ、ルフィは首を傾げる。
声の主の姿が見えないからだ。
「いますよ〜」
歩きつつ、少し大きな声で返事をした。辺りを見回すが姿はない。
「誰かいるのか!?」
確実に声の主に近づいているはずなのだが、どこにいるかわからなかった。
「いますよ。どこにいるんだ?」
「下だ、下! 気をつけろよ?」
「下? …うわっ」
一歩踏み出した先に地面はなかった。重力に逆らうことなくルフィの身体は落ちる。
「〜っ!?」
驚きのあまり、あとは声にならなかった。咄嗟に身体を庇おうと身構える。しかし、予想した衝撃はなく、下にいた人物に抱き留められたようだ。
「っと! 大丈夫か?」
「は、はァ。ありがとうございます」
「え? お、女のコだったのか」
慌てて離れる男性にルフィは頭を掻いた。
「あは、あはは」
違うとも言い難くルフィは曖昧に笑う。
今日は買い出しがあったので朝から女装をしていた。
下手に男だと訂正すると女装癖があると勘違いされそうだ。
説明も面倒だし、ルフィはお嬢様として、目の前の男と接することを心に決めた。
そして、気を取り直して上を見る。思っているより、ずっと高くに光射す穴がポッカリ空いていた。
あそこから落ちたのだ。抱き留められなかったら無傷では済まなかっただろう。
きっと生い茂っていた草で落とし穴の存在に気がつかなかったのだ。
「…落とし穴?」
「そうなんだ。登ろうにも穴自体が球体の形で、壁を使って登れねェんだよ」
「それで助けを呼んでたんですか」
ルフィは壁に手を当て、出口まで視線を辿らせる。確かにこれではよじ登ることは出来ないだろう。
「まさか落ちて来るとは思わなかった」
「落とし穴に落ちたならそう言ってくださいよ!」
そうすれば、もっと慎重に声の主を捜したはずなのに。
「わ、悪かった。ここって人が通ること少ないんだよ。そんで、やっと反応あったから焦ってて…もっと早くから足元に気をつけろぐらい言ってればよかったよな」
真摯に反省されるとルフィの性格上、怒れない。
「…ケガもなかったし、仕方ないです。えっと、私の連れがいるので気づいてくれますよ」
「そうなのか?」
「はい、絶対に気づいてくれます。無理に登ろうとするより助けを待つ方が安全です」
「そっか。信頼してるんだな」
「は、はい。でも、私たちを見つけるまで少し時間が掛かるかも…」
「あはは、あてもなく待ってるより気が楽だって。待ち時間ヒマだし、座って話でもする?」
「そうですね」
落とし穴の中で無言というのも気まずいし、目の前の男は人当たりも良さそうだ。
ルフィ自体、人見知りをしないタイプなので相手が無口でも特に問題はないのだが。
「こっちへ座りなよ。そっちはぬかるんでるから服が汚れる」
「はい」
ルフィは男の左横に少し離れて腰を降ろした。そして、ちらりと男の様子を伺う。
変な話だが見知らぬ男と二人きりなのに危機感が全くない。
サンジが見つけてくれるという信頼もある。でも、それだけじゃない安心感があった。
出会ったばかりなのに、この男は信用できると肌で感じるのだ。
じっと見つめるルフィの視線に気づき、男は首を傾げた。
「ん? どうかしたか?」
「い、いえ。なんで、こんな場所にいるのかと思いまして」
あなたといると安心するなどと言えるはずもなく、ルフィは慌てて話題を出した。
「あー…丘の向こうに偏屈だけど有名な画家がいるんだよ。その取材帰りに落ちてな」
「記者なんですか?」
「いや、迷いネコを捜したり、浮気調査したり」
「探偵さんですか?」
「コックをしたり、土木工事したり、靴みがきしたり」
「?」
することがバラバラで例える職業も思いつかず、ルフィは首を傾げる。
「警察の手伝いしたり、煙突掃除したり……果たして、その実態は! 何でも屋だよ」
「何でも屋さん?」
「『何でも』っていってもおれが出来ること限定だけどな。金額も適当に決めてるし」
「そうなんですか〜。私も依頼していいですか?」
「もちろん! これも何かの縁だろうし、無料でいいぜ」
にっこりと笑う男を見て、ルフィも笑顔で応えた。
「じゃあ、落とし穴からの脱出を依頼したいです」
「……出来ること限定でお願いします」
ルフィの言葉に男は顔を引き攣らせる。
「ふふ、冗談ですよ。何か食べ物持ってないですか? お腹空いちゃって…この依頼はダメですか?」
きゅるるると鳴るお腹を押さえて、ルフィは恥ずかしそうに笑った。
男はキョトンとした表情のあと、心底おかしそうに笑う。
「あはは! 食べ物を依頼されたのは初めてだ。ちょっと待ってろ」
ルフィは手ぶらで落ちたが、男は自前のカバンごと落ちたのだろう。
少し大きめのカバンを漁り、ルフィに紙袋を差し出した。
遠慮気味に受け取り、中身を確認すると美味しそうなサンドイッチが入っている。
「え〜っと、本当に貰ってもいいんですか?」
「もちろん。おれはさっき食ったし。これで依頼完了だな。この町で一番美味いパン屋で買ってきたから味は保証する。なんか、依頼としては簡単すぎて申し訳ないくらいだ。また別の依頼があったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。また困ったら依頼しますね。いただきます!」
サンドイッチに笑顔でかぶりつくルフィを笑いながら男は見ていた。
ルフィが食べ終わった頃、男は少し俯く。
「…おれは旅をしているんだ。何でも屋は旅の資金集めに始めたんだけど意外と儲かってる。旅を始めた頃は全然ダメだったけど、今はお得意さんもいるからな」
「そうだったんですか。この町の人ではないんですね」
「ああ、生まれはもっと遠くの町だ。まァ同じ町を訪れることもあるけどな。おれは、人を…弟を捜してるんだ」
ふいに真面目な顔をした男の横顔をルフィは、じっと見つめる。
「あんたは兄弟がいるのか?」
「いいえ、いないです。兄や姉のような存在はいますけど、血の繋がった兄弟はいません」
ルフィは首を横に振り、ゾロとナミを思い出した。
元気にしているだろうか。楽しい毎日の中でも、ふいに会いたくなることがある。
それでも今は感傷に浸るべきではないと、少し悲しそうな男のことに集中した。
「そうか。弟とは小さい頃に別れたきりだから顔もよく覚えてないんだけどな。どうしても、見つけたい」
「仲がよかったんですね」
「いいや、一度も構ってやったことない。おれの家は貧乏でさ。何でもいいから仕事をくれって、朝早くから夜遅くまで毎日のように町へ行って安い金で雑用してた。今思えば、それが何でも屋の原点だな」
真剣な話にルフィも黙って頷く。
「珍しく住み込みの仕事を貰えてさ…二年近く帰らなかった。まとまった金が手に入って、久々に家に帰ると弟はいなかった」
「いない?」
「両親は生活苦が激しくなり施設に預けたと言っていた…すぐに嘘だとわかった。きっと幼い弟をどこかへ置いてきたんだと…すぐに捜しに行ったけど見つからなかった」
「…そう、ですか」
「見つからなくて当然だ。おれが住み込みを始めて、すぐに…捨てられたんだからな。もしかしたら…もう」
男は唇を噛み、辛そうな表情で言い淀んだ。そして、決心して続きを話す。
「もう…この世にいないかもしれない」
「……それでも捜すんですか?」
「ああ、おれが諦めるまで。弟が捨てられたと知った日に両親には稼いだ金を叩きつけて決別してきた。いつかは…まともになると信じたのが過ちだった」
ろくに働かない両親。金を稼ぎ始めるとその金を頼りにするようになった。育てる気がないのなら、なぜ産んだのだと文句の一つも言いたくなる。それでも、いつかは変わると信じていた。
こんなことになるなら、弟を連れてあの家から出て行けばよかった。
悔やんで何かが変わるわけではないけれど、あの日から何度も後悔している。男はため息を噛み殺して、黙っているルフィを見た。
「悪い…こんな話するつもりなかったんだけどな。弟も生きてれば、あんたと同じくらいのはずなんだ」
懐かしむように見つめられ、ルフィは静かに口を開く。
「私、小さい頃に両親に捨てられたんです」
「え?」
「でも、こうして生きてます。誰が何と言おうと幸せです。捨てられてよかったって…今は思えます」
驚いている男にルフィは微笑んだ。
「だから、弟さんもきっとどこかで生きていますよ」
「……そう、だよな」
「はい、きっとそうですよ。どこかで生きているなんて無責任な発言かもしれませんけど…あなたは諦める方が辛いみたいだから」
諦めないこと、諦めること、少なくとも二つの自由が彼にはある。きっと何年も捜している。それでも、目の前の男は見つかると信じている。それなら、自分だって信じたい。
無責任な希望は相手を傷つけるだけだとしても、ときには絶望の方が優しいとしても。
「ああ、諦めたくない。幸せに暮らしているなら顔を見るだけでいい。とにかく見つけたいんだ」
「…なぜ旅を? 捜すのなら捨てられた場所を捜した方がいいような気もするんですが」
「もちろん捜した。でも、捨てられた場所近辺にはいなかった。子供の死体があったっていう話もなかった。だから、奴隷商にでも捕まっちまったかと思って…もしくは誰かに拾われたか。あの町にいないなら別の町を捜すしかないからな。どんな形でもいいんだ、会えるなら」
顔もよく憶えていない弟を捜すなど、あてもなく途方もない話だ。まるで砂漠の中に落とした一粒の砂を見つけるような、途方もない話。
それでも、目の前の男は弟を見つけたいようだ。何だか、泣きそうになってしまった。
それを隠すようにルフィは笑って、男を見る。
「弟さんが見つかるように祈っています」
「ありがとう」
「いえ。あっ、そういえば名前を伺ってませんでした」
名前を呼ぼうとして、ルフィは自己紹介していないことに気がついた。
男もそのことに今気がついたのか、頭を掻いて笑う。
「あ〜、そうだな。おれはエースっていうんだ」
「エースさんですね」
「エースでいいよ」
「はい、わかりました。私は…」
ルフィが名乗ろうとすると、聞き覚えのある声が呼んでいるのに気がついた。
「おーい! ルフィ〜どこ行ったんだ!」
「サンジ!! こっちこっち! 落とし穴に落ちたんだ!」
立ち上がり、上を向いて叫ぶ。
ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえ、ルフィはさらにサンジを呼んだ。
「足元、気をつけろよ! こっちだぞ!」
「……ルフィ、何やってんだよ」
ものすごく呆れた声と共に落とし穴を覗き込まれて、ルフィは拗ねたように口を尖らせる。
「好きで落ちたんじゃないもん。もう一人いるんだ! 引っ張り上げるロープ持って来て」
「この穴、たぶん狩り用の落とし穴だぞ? 人間が二人も落ちてんのかよ」
「う、うるさい! 早く持って来て…」
「わかった。もうちょっと待ってろ」
笑いながらサンジは立ち去った。これで大丈夫だろう。
安心してエースを見ると、驚いた顔でルフィを見ていた。
「ど、どうかしました?」
「いや…名前…」
「え? ああ、ルフィっていうんです」
にこりと笑ってルフィはエースを見つめる。
「…そう、なのか」
「?」
変な名前だろうか。自分では結構気に入っているのだけど。
あまりに驚いているエースをルフィは不思議そうな顔で見た。
「いや、何でもない。彼氏か? 随分、くだけた話し方だったな」
「うっ…まァ、その……そう、です」
サンジが来てくれた安堵でお嬢様のフリをするのを忘れていた。咄嗟のときでもお嬢様のままでいる自信があったのに、昔では考えられない失敗だ。
恥ずかしいやら、少し悔しいやらでルフィは赤い顔で笑った。
「そうか。残念」
「え?」
「こういう恋人が欲しかったから」
「なっ……じょ、冗談ですよね?」
突然の行動に真っ赤になって照れて狼狽していると、髪の毛を一筋掴まれ、それに口づけられる。
「本気。いたっ!!」
「おい、コラ!! 誰か知らねェけど、おれのルフィを勝手に口説くな」
上から思い切りロープの端をぶつけられ、エースはむくれながら頭を擦った。
「ひどい男だな。タンコブが出来たらどうするんだ」
「知るか!」
憤慨しているサンジを見て、ルフィは首を傾げる。町に下りて来たにしては早かったからだ。
「早かったな〜」
「例の画家に借りてきた。こっちのロープの端は木にくくりつけてあるから、ゆっくり登って来い」
「了解!」
「バカ! お前は後だ」
ルフィがロープを掴むとサンジに怒られてしまった。
「な、なんで?」
「お前、スカートだろうが!! そっちの男が見上げてきたら最悪だろうが!!」
「そ、そんなこと…エースはしないですよね?」
まさか、と思いながら引き攣った笑顔でルフィはエースを見つめる。
「………うん」
「変な間がある! ルフィは後、そっちの欲望に忠実な男が先!!」
「欲望に忠実だったら、もっと色々してるって」
「うるせェ!」
何だか仲良さそうだなと思い、ルフィは二人のやり取りを和やかな気持ちになった。
「それじゃあ、先に上がらせてもらう」
「どうぞどうぞ」
ルフィが笑顔で送り出すとエースは軽々と登っていく。重そうな荷物を持っているのに。
感心して見上げていると、あっという間にエースは落とし穴から脱出した。
自分も登ろうとロープを掴むとサンジが覗き込んでくる。
「よし、しっかり掴まってろよ。引っ張り上げてやる」
「わっ! 面白いかも」
ロープに掴まっているだけで、するすると勝手に上に向かって登っていくのは面白かった。
「到着! 楽しかった! サンジ、ありがとう」
「どういたしまして」
「ルフィは筋力があるんだな」
「ええっ?」
エースに予想外のことを言われ、動揺してしまう。何か、変なところがあっただろうか。
どうも、今回はお嬢様の格好をしているのを忘れがちだ。
「いや、ロープに掴まって引き上げられるのにも結構筋肉使うからな。鍛えてるのか?」
「えへへ、それなりに。あ〜、お腹空いてきたかも」
「そうだな。暗くなってきたし、帰るぞ」
サンジの言葉にルフィは頷く。
「うん。それでは」
「ああ、また…会えるか?」
「ん? もしかしたら会えるかもしれないですね。私達も旅をしていますから」
ルフィは笑って、エースを見上げた。エースも安心したように笑う。
「そうか、それじゃあまた。ああ、おれには敬語、使わなくていいからな」
「そっか。エース、それじゃあまたな」
手を振って、その場からサンジとルフィは離れて行く。
二人の後ろ姿が見えなくなるまで、エースはその場に立ち尽くしていた。
「……ルフィか」
弟と同じ名前。しかも、両親に捨てられたと言っていた。でも、女のコだ。兄弟もいないとい言っていた。ただの、偶然だろうか。
(もしかしたら、女装してんのかも)
髪の毛に触れてみたが、よくわからなかった。
そもそも女装する理由もよくわからない。自分をずっと射殺すような目で睨んでいたサンジという男の趣味だろうか。そういう風には見えなかった。
兄弟はいないと言っていたのも気になる。
でも、エース自身もルフィの顔をよく憶えていない。寝顔を何度か見たくらいだ。
ルフィの物心がつく前は面倒を見ていたが、ろくに会話もしていない。
自分の存在をルフィが知らなくても不思議ないのではないだろうか。
もし、弟だったら。
心が騒ぐ。
この感情は恋にひどく似ている。
また会いたいと気持ちが揺れている。
「…ヤバイな」
恋人にしたいと思った気持ちにウソはない。
血の繋がりで惹かれたのだろうか。でも、違うかもしれない。
触って確かめてもいいが、本当に女性だった場合が怖い。嫌われたくない。
「また会えますように」
焦ることはないと思った。ゆっくりと確認すればいい。
何年も捜している弟が見つかったかもしれないと思うと、心が一杯だ。
もしも、弟だとしても自分を兄だと思わなくていい。
ただ、困った時に頼られる存在になりたい。
例え嫌われても、エースにとっては無償で守る相手だ。
「さて、帰るか」
本当は今すぐにルフィを追いかけて、サンジを押し退けて、抱きしめたい。
これは弟を想う感情なのだろうか。
自分の感情に苦悩しつつ、エースは帰路についた。
***
手を繋いでのんびりと帰っているのだが、どうもサンジの様子がおかしい。
「なんか、機嫌悪いのか?」
「…そうかもな」
「え〜、落とし穴に落ちてたから?」
「いや、それ自体は面白かったけど」
「ひっでェ!」
ルフィは頬を膨らませてサンジを冗談交じりの視線で睨む。
サンジもそれがわかるのか、笑ってルフィの頭を撫でた。
「冗談だ。ケガがなくてよかった」
「うん。エースが抱き留めてくれたからな」
「………ああ、そう。誰彼構わずモテると心配なんだけど」
機嫌が急降下して、ルフィは焦った。
「あれは社交辞令だろ?」
「それはどうかな……で、そういう経緯があったんだ?」
ルフィの恋人は自分なのだから、あまり不安に思うのもルフィを信用していないようでイヤだ。しかし、鈍いので不安にもなる。
ここは自分が周りの連中からルフィを守るしかないと毎度のことながら心の中でこっそり誓った。
モテると言っても本人は全く気がついていないので論議しても無駄だと思い、サンジは気になっていた経緯を尋ねる。
「ええーっと、エースが落とし穴に落ちてて、助けを呼んでたんだけど、おれも間違えて落ちちゃって、サンジを待ってたんだ」
「なるほど。エースとかいう奴が先に落ちてたのか…なかなかのマヌケだな」
呆れたようにサンジはため息を吐く。
「でも、あの場所は落ちるよ…地面、草で見えないんだもん」
「看板、見なかったのか?」
「えっ?」
「『獣用に落とし穴の罠があります』ってヤツ」
道なき道をうろうろとしていたせいで、見ていなかったのだろう。
「み、見てないや…そうか、草が生い茂ってたのもわざとだったのか」
「そういうことだ。まァ、夕暮れ時で見落としたのかもしれねェけど」
「あはは、そうだなァ。あとな、エースは弟を捜して旅をしてるんだって」
「弟? そうなのか」
「うん。早く見つかればいいんだけど。だから、またどこかで出会うかもしれないよな」
嬉しそうなルフィの横顔を見て、サンジは複雑な気分になる。そんなサンジに気がつかず、ルフィはにこにこしながら話を続けた。
「おれもあんな兄ちゃんが欲しいな。すごく弟想いだ」
「…おれじゃあ兄貴の代わりはできないのか?」
「さ、サンジは兄ちゃんだと困るよ!」
思いも寄らぬところで強く否定され、サンジは首を傾げてルフィを見る。
ルフィは真っ赤になっていて、さらに首を傾げた。
「ん?」
「こ、恋人なの! だから、兄ちゃんとは違うの!」
「…ルフィ。そうだな。兄弟だと、こういうことしにくいもんな」
「こういう?…っ」
突然、口づけられてルフィは真っ赤になって固まる。
「いつまで経っても初々しい奴だなァ。これよりスゴイこといっぱいしてんのに」
「ぎゃー!! 恥ずかしいこと言うな! そんなこと言う奴とは…しばらく、しない」
「えっ!? ご、ごめんなさい!!」
慌てて謝るサンジを見て、ルフィは笑った。
「あはは、必死だ」
「そりゃ、必死にもなりますって。なァ、お前は兄弟いないんだよな?」
「うん、いないよ。記憶にないもん」
「…そうか」
何か思案しているようなサンジにルフィは首を傾げる。
「どうかした?」
「いいや、おれの勘違いだろうな」
サンジはルフィとエース、二人がどことなく似ている気がしたのだ。二人の話が合致している部分もある。
もしかして、エースはルフィの兄なのではないかとサンジは思ったのだ。しかし、兄弟がいないというなら気のせいだろう。
「そっか〜」
「そういや、さっきの話はお許しが出たのか? せっかく宿に泊まってんだし、野宿じゃ絶対させてくれないもんなァ」
「できるわけないだろ! みんながすぐ傍にいるのに!」
真っ赤になって怒るルフィを見て、サンジは再びからかいたくなってしまった。
「確かに。お前、声出ちゃうもんな」
「っ! ……今日は、しないもん」
「えー!? 悪かったって!」
サンジが本気になれば流されてしまうのだから、こういうときぐらい反論したい。
そういうことを恥ずかしげもなく、よく言えると感嘆してしまいそうだ。
それとも恥ずかしいと思うから恥ずかしいのだろうか。
たまには自分から抱いてと言ってみようか。
「無理だ!!」
想像しただけで顔が熱い。サンジはルフィの様子に困った顔になった。
「な、何だよ急に…そんなにおれに抱かれるのがイヤなのか? お前がイヤなら指一本触らない」
次は悲しそうな顔をされて、ルフィはよりいっそう慌ててしまう。
「そ、そうじゃなくて!」
「無理すんなよ。おれはルフィに無理させたいわけじゃねェんだから」
どこまでも勘違いしたサンジは繋いでいた手を離してしまった。
ルフィは慌てて、サンジの手を掴み直す。
「そうじゃないんだって! 恥ずかしいだけで! イヤじゃなくて! えっと、あの!」
「なんだよ?」
「だ、抱いて?」
ルフィはいつの間にか顔を赤らめ、上目遣いの涙目でサンジにお願いしていた。
固まったサンジを見て、自分の発言のおかしさにルフィは気がつく。
(う、わー! 何言ってんだァ!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…あ〜、言うつもりなかったのにィ…)
あまりの動揺に先程考えていた言葉を口走ってしまった。
時間を戻せるなら戻したい。
視線を大きくさ迷わせたあと、ルフィはサンジを見上げた。
「う〜……さ、サンジ? んっ…〜っ!?」
再び口づけられ、呼吸を忘れる。しかも、先程とは比べものにならないほどの深い口づけに頭がくらくらしてきた。ルフィは酸欠になりそうでサンジの腕に縋る。
「も〜、お前はホントに可愛いな! 今すぐ押し倒してやりたい…あ〜、我慢できなくなったらどうするんだ!」
やっと解放されたと思うと強く抱きしめられた。
ルフィは深呼吸をしてから、サンジの背中に手を回す。
「い、言うつもりなかったの! サンジが動揺させるから…うぅ、まだ恥ずかしい。とりあえず我慢してください」
「ご希望通り、今夜抱いて差し上げますよ」
耳元で囁くように言われて、ルフィは恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すようにサンジの胸に顔を埋めた。
「もー! 恥ずかしい言い方すんな!」
「朝まで寝させねェから覚悟しろよ?」
「えっ!? ヤダヤダ! 明日、何もできなくなるって!」
不穏な言葉に慌てて顔を上げると、いっそ爽やかだといっていい様な顔でサンジは笑っている。
「明日は画家の依頼を終わらせるぐらいだからベッドで一日寝てろよ。簡単な依頼でよかった」
「お、おれも一緒に行きたい〜」
「じゃあ、もう一回ベッドの上で『抱いて?』って言えたら一緒に盗みに行こうか」
「ひ、卑怯だぞ!」
もう一度、あの極限まで恥ずかしい想いをしなければいけないと思うと言えない。でも、言わなければ朝までコースだ。どっちにしろ恥ずかしい。
「まァ、夜までに考えとけよ」
「うぅー」
とりあえず悔し紛れにサンジの背中を抓っておいたが、その顔はひたすらに嬉しそうで全く堪えていないようだった。
*END*