暗い暗い森の中を一人進み行く。どのくらい歩いたかはよくわからない。
『迷いの森』と呼ばれ、この森を通る人はほとんどいない。
外に出たことがなくエースやナミから長い時間離れたことがないルフィは独りに慣れていない。
ルフィの心に不安が宿った。
思わず立ち止まるとルフィの周りにふわふわとした白く輝くモノが舞う。
意志を持ってルフィの周りを飛んでいる。
そしてルフィの肩に止まった。

「あっ! 悪いけど、道教えてくれねェか? 王国まで行きたいんだ」

そう言うと、くるくるとルフィの目の前を舞い、ゆっくりと先に進みだした。どうやら道案内をしてくれるようだ。

この輝くモノがルフィのように不思議な目を持つ人にしか見えない存在だ。
妖精や精霊と呼ばれる類で悪いモノではない。

しばらく進むと妖精は止まった。
これ以上は明るくなってから進んだ方がいいと伝えているようだ。

「ここから先は陽が昇ってから進むか〜ありがと、今日はここで休むな」

妖精の意志を感じ取り、ルフィはここで休むことにした。

近くに落ちている枝を集め重るが火を点ける物がないと気づく。
ルフィが困っていると妖精が枝の上を飛び、火を点けてくれた。

「サンキュ」

陽の光のような明るい笑顔でルフィは妖精に礼を言った。
そしてルフィが手を振るとふわふわと森の奥へ消えて行った。

(朝まで火を点けてなきゃダメってナミが言ってたよな)

獣は火を怖がるから絶やさない方が安全だと。

ガサガサ

そんなことをルフィが考えていると草を踏み分ける音が聞こえてきた。
人か獣か……
ルフィは息を殺し、辺りを伺う。しかし、殺気を感じない。

「誰かいるのか?」

不思議に思い、声を掛けてみた。すると、ルフィの真正面にある木が揺れ、白い獣が現れた。

「犬…にしては、でけェか……なんだこれ」

綺麗な白銀の毛を持つ獣は焚き火越しにルフィを見つめる。
本の中以外で実際見たことがある動物といえば鳥と犬ぐらいのルフィにはよくわからなかった。

「ん〜、なんだっけ? おおかみ? ……あっ! 狼かもな」

特に襲って来るわけでもなく、少しも火を恐れず、その場に伏せた狼をルフィはじろじろと眺めた。

「あれ? お前、呪われてねェか? モヤモヤがついてるぞ」

狼の周りに黒いモヤのようなモノがルフィには見えた。
黒いモヤがついて見える人には大抵、嫉みや恨みの対象になっている。濃さや量の大きさによって恨みの深さも変わって見える。
しかし、ルフィには狼についているのが単純な恨みや妬みのモヤには見えなかった。

その発言を聞いた瞬間、狼は顔を跳ね上げた。

「お? なんだ? もしかしておれの言葉がわかるのかな。動物も呪われたりするんだな」

不思議に思っていると狼がルフィの近くまで歩いてきた。
ルフィは遠慮がちに狼に触れ、とりあえず黒いモヤを祓ってみたがすべて祓うことはできなかった。

「あれ? ……全部は取れないなァ。こういうのは呪いをかけた本人じゃなきゃ取れないかも。悪ィな」

申し訳なさそうにルフィが謝ると狼はルフィの隣に伏せた。
意志疎通は取れないが感謝しているようにルフィは感じた。

「狼ってふわふわしてんだな。えへへ、気持ちいい」

狼が嫌がらないのをいいことにルフィはしばらく初めて触る動物の毛並みを楽しんだ。
狼を触るのことに充分に満足してから、焚き火に枝をくべて、ルフィは眠ることにした。
明日のこと、村のこと、ナミのこと、エースのこと……二人と早く会えることを願いながらルフィは眠りについた。



***



鳥たちの歌声と爽やかな朝の陽射しでルフィは目を醒ました。
すると目の前に見たことない男がいた。

「えっ? 誰だ、お前?」

目をこすり、アクビをしながらルフィは目の前の男に尋ねた。

「昨日の……狼だ」
「へ〜……えェ! ホントか……え〜?」

半信半疑で緑色の髪の男をじろじろ見ていたルフィは納得したように頷いた。

「あ〜ホントだ。昨日、祓いきれなかったモヤが残ってるな」

念のため、もう一度肩の辺りを叩くが祓えない。

「やっぱ祓えねェな」
「お前には見えるのか? …呪いの元みたいなモノが」
「うん。でも、これはおれじゃ取れねェよ。こういう強力な呪術は祓ったことないんだ。悪ィな」

何かを悩むようにその男は腕を組み、唸った。

「おれはルフィっていうんだ。お前は?」
「ゾロだ。礼を言ってなかったな。ありがとう」
「別に構わねェよ〜結局、祓えてねェし」

ルフィたちはとりあえず食事を取りながら話をすることにした。



***



「えっ! じゃあ迷子になってるときに見知らぬ女に呪いをかけられたのか?」
「迷子って…言うな」
「いでで……だって…」

ゾロは賞金稼ぎで各地を周り、魔物や獣を倒していた。その日も魔物を倒し、依頼人のいる街に戻ろうとした。しかし、森で迷った。
そのときに話しかけようとした女に呪術をかけられ気絶。

目を醒ますと白銀の狼に身体が変化していたということらしい。そして狼の姿で辺りを彷徨っていたようだ。

「ゾロは顔が怖いから盗賊と勘違いされたんじゃないか?」
「うるせェよ。まァお前のおかげで陽が昇っている間は元に戻れるみたいだからな。助かった」
「あはは、よかったな〜でも完全に元に戻るためには魔女を見つけねェとダメみたいだな」

朝ご飯を食べ終え、ルフィは立ち上がった。

「……お前はこれからどうするんだ?」
「王国に向かうんだ! 大事な仲間をそこで待つ予定だぞ」

晴れやかなルフィの笑顔を眩しげに見上げてからゾロも立ち上がる。

「おれも王国へ行く。呪いの礼に警護をしてやる」
「えっ? いいのか? でも、おれは強いから気にしなくていいぞ」
「おれの気が済まない。お前に会わなけりゃ、おれは一生狼だったかもしれないんだからな」

ゾロに強く言われ先を歩きだしたのでルフィも納得した。

「でもそっちは王国に向かう方向と違うぞ」
「……なんでわかる?」

昨日の妖精が道案内のために戻ってきていたのだがゾロと正反対の方で飛んでいる。

「おれは妖精も見えるから。道案内を頼んでんだ。そっちは逆方向だぞ」
「……そうか。ルフィ、ひとつ聞いていいか?」
「ん〜なんだ?」

ルフィの横に並び、ゾロは問うような視線を向けた。

「結界も見えるのか?」
「結界…どうだろう? でも多分わかると思うぞ」
「そうか……」

しばらく思案すると思い切ったようにルフィの両肩を掴んだ。

「うお!? なんだ?」
「魔女探し、手伝ってくれねェか?」
「え? な、なんでだ?」

ルフィはわけがわからず首をかしげる。

「おれは呪術をかけられてから、ずっとあの魔女を探していた。でも見つからない……多分、結界を張られているから見つけられねェんだと思う」
「お、おう」
「お前じゃないと見つけられねェ。おれは完全に元に戻りたい。礼はする、頼む」

深く頭を下げられてルフィは動揺する。ゾロは頭を下げるタイプの男には見えない。つまり、それほど切羽詰まっているのだろう。

「えーっと…別にいいんだけど……うーん」
「何か問題があるのか?」

ルフィは困惑顔でゾロを見上げた。

「エースとナミと合流してからでもいいか? 待ち合わせをしてるんだ。二、三日かかるかもしれないけど」
「そういうことか。大丈夫だ、今までの狼生活に比べれば断然短い。助かる」

ゾロは安心したように笑い、ルフィを見た。

「そっか。でもナミはすごくお金を請求してくると思うから気をつけた方がいいぞ」
「どんな奴なんだか」
「スリが得意な美女だって本人は言ってたぞ。ちなみに交渉上手だ」

ゾロは呆れた顔でため息を吐いた。
ルフィはいろいろ思い出しているのか明るい笑顔でゾロを見ている。

「わかった…水増し請求覚悟でお前に依頼する」
「依頼かァ〜そういわれるとなんかカッコいいなァ」

他愛無い話をしながら王国に向けて二人は歩く。

「そういや〜今、向かってんのはどんな国なんだ?」
「何も知らずに行ってんのか…まァおれも詳しくは知らねェけど立派な王様とやらが納めている国だな」
「王様か〜会ってみてェなァ」

目をキラキラと輝かせているルフィにゾロは苦笑した。

「忙しいから会えねェだろ……でも、第二王子なら会えるかもな」
「なんで?」
「第一王子は次の王になるから忙しいみたいだが第二王子は城下町によく遊びに行ってるらしいからな。でも姿形を知らねェから会ってもわからねェか」
「そうなのか? 城の中が見たかったし話してみたかったなァ」

残念そうにルフィは口を尖らせる。
ゾロはそんなルフィを呆れたように見つめる。

「女好きで有名らしいからな…会えなくてもなんの問題もないような男だろ…」
「ん? ゾロは王子がキライなのか?」

ルフィは首をかしげた。

「予感だ。絶対、性格が合わない…」
「あはは、変なの〜会ったことないのに。噂と違うかもしれねェぞ?」
「それもそうだな」

ニコニコ笑うルフィにつられてゾロも笑う。

後に、この予感が的中することをゾロは身を持って体感することになる。

王国の話をしながら歩いていると急に森がなくなった。
高台になっており、そこから見下ろすと大きな街が見えた。

「わっ…もしかして王国ってあれか? でけェな」
「あァ、早く着いたな」

ゾロは太陽の位置を見上げた。昼過ぎぐらいだろう。

「ありがとな」

ゾロがルフィを見ると森の方に向かって満面の笑みで手を振っている。
自分には見えないが妖精とやらがいるのだろう
森を王国に向かって直進したから早く感じたのだろうがそれ以上にルフィと共にいたから時間が断つのが早かった気がする。

そんなことを考える自分にゾロは僅かに頬を朱に染める。

「ん? どした?」
「……いや、別に」

賞金稼ぎのゾロと言えばわりと悪名高いイメージが付きまとっている。しかし、ルフィは気にした様子もない。
不思議な少年だ。

「よし! じゃあ行こうぜ、ゾロ」
「そうだな」

ゾロはルフィに手を引かれ、明るい笑顔を向けられる。まるで新しいおもちゃを前にした子供のようだ。
一人の方が気楽だと思っていたが今は二人もいいなと思っていた。

そして二人は城下町への道を下り始めた。


















*続く*


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