寒い朝、ルフィは珍しく早くに目が覚め、町を散歩してみることにした。

「さっむー」

白い息を吐いてルフィはナミに貰った手袋とマフラー、ゾロに貰ったコートを着て町の中を散歩する。
住人達もちらほらと町の中を闊歩している。
この町には昨日着いたばかりで盗むものもまだ決まっていない。
今は領主がくれた服を着ているが、聞き込みをするためにまた女装をすることになるだろう。
町をのんびりと一周し、宿屋に戻ると玄関の前に見知った顔がいた。

「あ、サンジだ」

疲れて寝ているだろうと起こさなかったが、どうやら起きたようだ。
サンジもルフィに気づき、こちらに向かって片手を上げた。
ルフィは思わず笑って、手を振りサンジの方に駆け出す。
すると目の前を歩いていた髪の長い小柄な少女が石に蹴つまずいて転んだ。
ルフィは慌てて立ち止まり、少女に向かって手を差し出す。

「だ、大丈夫か?」
「は、はい。あはは、大丈夫です。ありがとうござい…ま……す」

差し出された手を掴み、起き上がった少女はルフィの顔を見て頬を赤く染めた。

「あ、あの!」
「は、はい」

差し出した右手を少女に両手で掴まれる。
何事かとルフィはどもってしまった。

「一目惚れって信じますか?」
「はい?」

勢い良く訊ねられ、しかも予想外の質問でルフィは首を傾げてしまう。
少女は赤い顔のままルフィの手をぎゅっと掴んだ。

「私、あなたを一目見て恋に落ちてしまいました!」
「こい………恋? ええっ!?」

意味が脳に浸透した瞬間、ルフィは動揺して少女の手を振り払ってしまう。
しかし、少女は気にすることなくルフィに笑いかけた。

「ウソでも冗談でもないですよ? あの、その、この宿に泊まっているんですか?」
「う、うん」

少女が指差した先を見て、ルフィはぎこちなく頷く。

「私、ちょっと用事があるので、また後で改めて愛の告白に来ます!」
「え、あの…」
「それでは、また!」

少女はぶんぶんと大きく手を振り、走り去った。
ルフィは何も言えず、ぽかんと少女の消え去った方向を見つめる。

「なんだ…あれは」

一部始終を見ていたサンジは顔を引きつらせながらルフィに近寄った。

「わ、わかんない」
「……何? その反応」
「えっ?」
「……顔が赤い」
「だ、だって! おれ、女のコに告白されたの初めてなんだもん」

知らず知らずのうちに赤面していたらしい。
こんな状況は初めてでどうしていいかわからず、ルフィはサンジを見た。

「こわっ! なんだよ…その顔…」

一目で不機嫌とわかる顔でサンジは少女が走り去った方向を見ている。

「告白されてんじゃねェよ」
「えー…今のはどうしようもなくないか? というか、どうしよう…」
「断ればいい」
「そ、それはそうなんだけど…なんか不機嫌だなァ」
「…………」

サンジは黙ったまま、じっとルフィを見つめた。

「な、なに…かな」
「わからねェか?」
「え?」
「おれが不機嫌な理由、わからねェか?」

徒ならぬサンジの迫力に負けてルフィは後退りする。
すると、背中がドンッと宿屋の煉瓦塀にぶつかった。

「えーっと…」
「わからないって言うなら、わかるようなことしてやろうか?」
「ちょ、ちょっと!」

塀に押さえつけられて耳元で囁かれる。
ここは外だとか、誰か見ているかもしれないとか文句はいろいろあるがサンジの威圧感に何も言えない。
その場から離れて逃げようとするがサンジに追い詰められ、動けなかった。

「好きな奴がよくわからん奴に告白されて、可愛く顔赤らめてたら嫌に決まってんだろ?」

低い声で囁かれ、ルフィはビクッと肩をすくめる。
顔の両側に手をつかれ、閉じ込められているので身動きが取れず、ルフィは赤面するしかない。
どう応えたものかと悩んでいると突然サンジに引き寄せられ、背中に庇われた。

「わっ! なに? ってギャー!」

ルフィの顔のすぐ横に短剣が煉瓦の隙間に突き刺さっている。
それを見てルフィは思わず叫んでしまった。

「……誰だァ? こいつに当たったらどうするつもりだ」

怒りを含んだ声音で相手を威圧する。
しかし、相手は怯むことなくサンジを睨んでいるようだ。

「お前にしか当たらないようにしたんだよ。…てめェこそ誰だよ」
「えっ?」

聞き覚えのある声にルフィはまさかと思いつつ、サンジの後ろから顔を出す。

「えーっ! ゾロ!」
「よう、ルフィ。元気だったか?」

屋敷を出てから一ヶ月ぐらいは経っただろうか、懐かしい顔にルフィは思わず、喜びの余り抱きつこうと駆け寄る。
すると赤面したゾロが視界から消えた。

「ルフィ!」
「ナミ!」

先ほどまでゾロがいた場所にナミが両手を広げて待ち構えていた。
走り出した勢いのままルフィが抱きつくとナミにぎゅっと抱きしめられる。

「こんなところにいたのね。会いたかったわ、ルフィ!」
「な、なんで二人がここに?」

ルフィはふと思った疑問をぶつけてみた。
抱擁を止めて、満面の笑顔でナミはルフィの頭を撫でる。

「領主様に長いお休みを頂いたのよ。ルフィのことをお世話したご褒美なの」
「それでゾロと旅行?」

ルフィはナミに突き飛ばされ、不機嫌そうなゾロを見る。

「……行き先が一緒だっただけよ。目的が一緒だったから」
「目的?」
「寒い町を巡ってたの。あんたに会えないかなって思って」
「ナミ……」

ずっと自分を探してくれていたのだと思うとルフィは感激して、泣きそうになってしまった。

「ありがと、サンジ」

近くに来ていたサンジの袖を引っ張って、ルフィはこっそりとサンジにお礼を言う。
サンジがいなければ、自分は今ここにいるはずはないのだから。
二人にまた会えて、元気な姿を見せることが出来たのはサンジのお陰だ。

「気にするな」
「えへへ」

ルフィの言いたいことがわかり、サンジは優しく笑ってルフィの頭を撫でた。

嬉しそうに笑うルフィを見つつ、ゾロとナミは一度顔を合わせてからサンジを見る。

「で、ルフィ。どちらさま?」
「あ〜、そっか。知ってるわけないか」

そういえば、この三人は初対面だと気づき、ルフィはポンッと手を打つ。

「ここで立ち話もなんですし、宿で話しますか」

サンジの提案に三人は頷いた。



※※※



宿屋の一階にあるラウンジで三人は軽く自己紹介を始めた。
さすがに盗賊をしているなどとは言えず、サンジが機転を利かせて旅行生活をしていることにしたのだ。
一通り説明が終わり、お互いのルフィとの関係がわかり三人はそれぞれ納得した。
そして、サンジは二人がルフィのことが好きなのだとも理解する。
何より、二人はルフィへの好意を隠すつもりがない。しかし、サンジも隠すつもりがないのでお互い様というものだ。

「ふーん、じゃあルフィも旅行をしていたの。ここで会えたのは奇跡かもしれないわね」
「うん、屋敷時代が長かったからサンジにいろいろ案内してもらってるんだ」
「そうだったの。ふふ、プレゼント、ちゃんとしてくれてたのね。すごく嬉しいわ」
「うん、あったかいぞ」

サンジはじっと睨んでくるゾロの視線を無視しつつ、ナミを見た。
すると、ナミがサンジを見て立ち上がり、手招きをした。

「ちょっといいかしら」
「はい、何ですか?」

ルフィとゾロに声が聞こえないくらい距離を取り、ナミはサンジを見る。

「単刀直入に聞くけど、あなた盗賊なの?」
「答えづらい質問ですね」

直球すぎる質問にサンジは笑った。

「その回答だけで十分よ」
「何故そう思ったんですか?」
「……あのねェ、お嬢様の誕生日パーティーの後始末、誰がやったと思ってんのよ。領主様が上手く立ち回ってくれたから会場の来賓客に混乱はなかったけど内部の私達はさすがに誤魔化せないわよ」

あのときの慌ただしさを思い出し、ナミは深くため息を吐いた。

パーティー会場が突然暗闇に包まれ、会場が大いに混乱した。
その後、非常灯がついたときに領主とお嬢様に扮していたルフィは姿を消していた。
屋敷内の兵士達が捜索を開始しようとしたところ領主が会場に戻って来たのだ。
娘は驚き、気を病んでしまったので安全のために部屋に連れて行ったと領主は説明した。
盗賊集団は会場内の人達に危害を加えることなく、非常灯が灯る頃には影も形もなくなっていた。
一体何をしに来たのかと皆、疑問に思ったが怪我人がいなかったことを心底喜び、主役がいないパーティーはそこで終了。
ゾロは見回りを強化するために奔走し、ナミは割れた窓ガラスの片付けなどに時間を追われた。
片付けが終わり、ナミはルフィがいるはずの部屋が空っぽであることに茫然としているところ領主にルフィは旅立ったと聞かされたのだ。

サンジはナミの態度に苦笑する。

「それもそうですね。ご迷惑かけました」
「ホントに反省しなさいよね。でも、ルフィのことは感謝してるわ。ルフィは言わなかったけど、きっと隠していたことがあったはずだから」

領主の態度からルフィは無事なのだと肌で感じた。そして、危険な立場にいたのだともナミは同時に深く理解した。
だから、連れ出してくれたサンジにナミは感謝しているのだ。
ゾロと話しながら楽しそうに笑っているルフィの姿を見つめて、ナミはしあわせそうに笑う。
少し話しているだけでも三人の関係がなんとなく垣間見れる。
ルフィは一人だったわけではないのだとわかり、サンジは安堵した。

「ルフィが盗賊と一緒にいるんじゃないかって思ったのは領主様がこっそり新聞を集めていたからよ」
「へェ?」
「隠しているつもりかもしれないけど、小間使いの目は誤魔化せないわ。だって、月影盗賊団の記事ばかりよ? 今まで気にもしなかったのに。何かあると思うじゃない」

おかしそうにナミは笑った。
この場合、ナミが鋭いのか領主が案外抜けているのか悩むところだとサンジは考えてしまう。
しかし、ナミの態度を見ると領主のルフィへの想いは気づいていないのだろう。
無理に教えることも無いかとサンジは黙っていることにした。

「詳しくは言えないですけど考察通りだと思いますよ」
「そう」
「いいんですか? ルフィが盗賊でも」

あっさりとしたナミの反応にサンジは内心驚く。

「いいんじゃない? 楽しそうだし、笑ってるし。あんなにしあわせそうな顔は屋敷の中じゃ見られないわ。ま、あんまり危険なことはさせないでね。出来れば、手を出さないで欲しいし」
「……後者は無理ですね」
「ああ、やっぱりサンジ君も惹かれちゃった? ルフィ、可愛いものね。でも、私達だって諦めたわけじゃないんだから油断しないほうがいいわよ」

小悪魔のように笑うナミにサンジは脱帽する想いだ。
きっと手強いライバルのまま存在し続けるのだろうと簡単に予想がつき、身の引き締まる思いがした。

「ライバルってことですね。全力で気をつけます……ん?」
「どうかした?」

ライバルと口に出して、何か思い当たる節があった。
なんだったかなと考えてすぐに答えに行き着く。

「あっ! 思い出した! ナミさん、こんなことしてる場合じゃないですよ」
「な、何よ?」

サンジの様子にナミは僅かながらに動揺する。
急いでさっきの告白騒動をサンジはナミに説明するのだった。



※※※



「ナミの奴どうしたんだろうな?」
「さァ? なんか気になることでもあるんじゃねェか?」

取り残されたルフィとゾロは向こうで何やら話している二人を遠目に見る。

「そうなのかな」
「どうなんだ?」
「え?」
「屋敷の外は楽しいか?」

ゾロの質問にルフィは、ぱあっと表情を輝かせた。

「もちろん! すっごく楽しいぞ」
「そりゃあよかった」
「うん、サンジに感謝だ」

サンジの名前が出て、ゾロはあからさまに顔をしかめる。
その様子にルフィは首をかしげた。

「どうした?」
「いや、別に。あの男とは仲が良いのか?」
「……うん」

普通の質問のはずなのに、なぜか顔が熱くなる。
ルフィは一人動揺しながら、サンジを盗み見た。
その様子にゾロは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……そうか。それは要注意だな」
「ん?」
「こっちの話だ。お前が楽しいならいいんだよ、何をしていてもな」
「うん、ありがとう」

ゾロは自分が盗賊をしていること知っているんじゃないかと思ったがルフィは聞かないことにした。
きっと言わなくてもいいことなんだとルフィは思う。

こうしてゾロと二人でいると屋敷時代を思い出す。
ほとんどがお嬢様の格好で出会っていた気がするので、この姿で会うのは新鮮だ。
なんとなく気恥ずかしくてルフィは笑った。
それを見てゾロは不思議そうな顔をする。

「どうした?」
「ううん、なんかこの格好で会うのって珍しいなって思っただけ」
「それもそうだな。初めて会ったときもお嬢様の格好してたし」
「そうだったかな? よく覚えてるな」
「ま、まァな」

ルフィのセリフに盛大に顔を赤く染めてゾロはそっぽを向いた。
はっきり言ってゾロはルフィとの出会いを一欠けらも忘れていない。

領主に説明されるまでルフィがまさか男だとは思わなかった。でも、性別が男だとしても自分の気持ちが変わることはなかった。
兵士という立場もあり、自分の想いを誰にも気づかれないようにしていたがナミには片想いだと気づかれてしまった。しかし、同類だと気づき、何かとルフィのことについて話をするようになった。
ナミにバレたことによって精神面でいくらか気が楽になったのも事実だ。

お互いに別れの日に告白できなかったのが多少心残りだったが再びこうして出会うことができた。
自分の想いを伝えるつもりは今さら無いが、軽薄そうな変な男に取られそうなのが我慢ならない。

「ゾロ?」
「あ、ああ、なんだ?」
「いや、なんか変な顔してたから」
「してねェよ」
「あはは」

ゾロに小突かれて、ルフィは面白そうに笑った。

「ルフィ!」
「わっ! びっくりした…ナミ、なに?」

あまりの剣幕に余計に驚いてしまう。
先ほどまで少し離れた場所にいたはずのナミがすぐ傍まで来ていた。

「……告白されたって本当?」
「え……えー! そうだった! ど、どうしよう…そもそも、なんでナミが知ってんだ?」

ナミとゾロに再会したことで、すっかり忘れていた出来事を思い出し、ルフィは動揺してしまう。

「そんなことはどうでもいいのよ! こうしちゃいられないわね。対策を練らないと…とりあえず、この宿に泊まる手続きしてくるからここで待ってなさい。ほら、ゾロも行くわよ」
「へいへい…詳しく話せよ?」
「当たり前よ」

ナミはさっきサンジから聞いた告白騒動をゾロに話しながら、カウンターに向かった。

「もー、サンジが話したのか?」
「悪い悪い。女性の意見も聞きたくてな」
「まァ、別にいいけどさ」

少しだけむくれてからルフィは笑い、カウンターで手続きする二人を見る。

「おれ、あの二人は付き合ってると思うんだ」
「…………そうか」

余りにも憐れな勘違いにサンジは驚愕で他に言葉が出なかった。
鈍いという次元を超えているような気さえしてくる。

「仲良いし、今だって一緒に旅行してるし。屋敷にいたときも、よく二人で話してたんだ。やっぱり付き合ってると思うなァ。聞いても違うって言うのはきっと照れてるんだな」

無論、二人で話していたのはルフィのことについてなのだが、ルフィ本人が気づくことはない。
にっこりと可愛い笑顔で見上げてくるルフィにサンジは引きつった顔で頷いた。
ライバルをここまで不憫に思ったことが今だかつてあっただろうか。
サンジにとっては嬉しい勘違いだが二人の立場を思うと心底不憫だ。

「はっきり好きだって伝えて良かった…」

ぽつりと呟いたサンジの言葉にルフィは首をかしげるのだった。



※※※



「断るのよね?」

手続きを終えたナミは腰を掛けて、威圧感のある笑顔でルフィに訊ねる。
ルフィはぎこちなく頷いた。

「う、うん。よく知らないし、付き合うつもりないからな」
「いい心掛けだな」

遅れてゾロもナミの横に腰を下ろす。

「でも、いきなり告白してくるようなコよ? 簡単に諦めるかしら」
「そうなんですよ。それが問題だ」

何故だか自分よりも他の三人の方が真剣に考えている。
しかし、どうしたらいいのかよくわからないルフィは三人に任せることにした。

「やっぱり練習しとくしかないわ。押し切られる可能性があるもの。相手が必要ね。誰にする?」
「え? えーっと」

ルフィはナミを見たが背筋が寒くなるような笑顔を向けられたので断念する。
次に隣にいるサンジを見る。
ルフィは自分の中に不思議な感情が芽生え、サンジに頼むのは止めた。
しかし、女のコがいつ来るかわからないのでこの感情を考えるのは後回しにする。
結果、相手は消去法でゾロになってしまった。

「じゃあゾロ」
「……おれかよ」
「ご、ごめんな」

普通に落ち込むゾロにルフィは思わず謝る。

「はいはい。時間もないし、さっさとするわよ」
「はーい」
「……わかった」

練習とはいえ告白するとなると緊張してしまう。
緊張を和らげるためにゾロは深呼吸し、ルフィを見た。

「好きだ」
「ごめんなさい」
「………」

申し訳なさそうに頭を下げられ、ゾロはショックで倒れそうになる。
しかし、練習だと自分に言い聞かせなんとか耐えた。

「ごめんなさいだけじゃダメかもしれないわね。断る理由があれば諦める要因になるかも」
「……ナミ」
「なに?」

消え入りそうな小さな声で名前を呼ばれ、ナミは怪訝な顔でゾロを見る。

「……もう無理」
「頑張んなさいよ。どこの馬の骨とも知らない女にルフィを取られたいわけ?」
「じゃあ、お前代われよ!」
「嫌よ。例え練習でもルフィに断られたら心が折れちゃう」
「おれはいいのか!」
「何よ〜応援してるでしょ? ルフィ直々にフラれ役に選ばれたんだから役目は真っ当しなさいよ」
「……今日、夢に見そう」
「それは悪夢ね。まァ気持ちは察するわ。はい、練習練習」

ナミに口で勝てるわけもなく、交代なしでゾロの試練は続く。

「えへへ、仲良いよな」
「……そうだな」

ルフィは目の前で言い合っている二人を横目にサンジにだけ聞こえる声で嬉しそうに囁いた。
にこりと微笑んでサンジは頷く。
話の内容が聞こえていればそんなことは言わないのだろうが、傍から見ていれば付き合っているように見えなくもなかった。
憐れな勘違いだが訂正することは一生ないだろうなとサンジは内心ほくそ笑む。

ルフィはアドバイスを受けつつ、断りの訓練はしばらく続いた。



※※※



過酷な試練に生ける屍のようになってしまったゾロをほっといてサンジとナミは壁に隠れ、ルフィと一目惚れ女の様子を盗み見る。

丁度、練習に一区切りついた昼前頃に少女はタイミングよくやって来たのだ。
自分達がいたのでは邪魔してしまい話しにならにので、とりあえずルフィと少女を二人きりにした。
サンジの目から見て、少女は朝に見たときよりも可愛く見える。
精一杯のおしゃれをして来たのだろう。
少女は顔を赤くして何事か一生懸命ルフィに話している。
健気な姿に応援してやりたいところだ、相手がルフィでなければ。
サンジとナミは強引にでも断らせる気は満々なのだから相手が悪かったというものだろう。
ルフィの顔が赤いのが気に入らないが女性に告白されたのは初めてらしいのでサンジは我慢することにした。

「ここからじゃ何話してるか聞こえないわね」
「…そうですね。あれ、ほっといていいんですか?」

全く動かないゾロを指差して一応、聞いてみる。
ナミは一瞥して、すぐにルフィに視線を戻した。

「大丈夫。心って脆いけど、ときに強靭なモノよ。嫌なことは忘れるわ」
「そう…ですか」
「ホントに慣れてるから心配いらないわよ。ルフィに心配そうにされたら復活するから無視して平気」

呆れたように応えるナミの声にサンジはよくあることなのだろうと納得する。
サンジはゾロの存在を忘れることにした。
視線をルフィに戻すと頭を下げて断っているところだった。
練習の成果が感じられ、サンジはゾロを褒めてやりたい心境になる。

「断ったみたいですね」
「んー、あんな無理して笑うトコ見せられると、ちょっと同情しちゃうわね」
「あっ、どっか行くみたいですよ?」
「はァ!? 欠片でも同情するんじゃなかったわ…追うわよ」

ルフィの手を取り、少女は寒空の中、宿屋を出て行った。
二人は慌てて後を追う。



※※※



少女と二人きりにされ、ルフィは緊張してしまう。
相手は自分に好意を持っている、照れるなという方が無理だろう。
少女ももじもじとしているが意を決したようにルフィを見上げてきた。

「あの…お名前はなんていうんですか? 私はノノです。さ、さっきは焦ってしまって名乗らず失礼でしたよね」
「いや、別に…。おれはルフィ…です」
「えっと、やっぱり、付き合ったりするのはダメですか?」

赤い顔で上目遣いに尋ねられ、ルフィまで赤くなってしまう。
しかし、付き合う気はないのできちんと断ろうとさっきの練習を思い出す。

「ごめん。おれ、この町には長くいないし、好きな人がいるんだ」

ルフィはノノに申し訳なさそうに頭を下げた。
好きな人がいると言えば大抵諦めるとナミにアドバイスを受けて言ってみたのだが、なぜかサンジが思い浮かび、余計に赤面してしまう。

「そう…ですか。とてつもなく残念です」

無理して笑う姿に少し心が痛む。でも、自分の気持ちに嘘をついても仕方が無い。
話も終わり、なんだか気まずいのでみんなの元に戻ろうかと思うと右手を掴まれた。

「あの! やっぱり簡単には諦められません! 私とこれからデートしてくれませんか? それできっぱり諦めます!」
「え? え…っと、うん」

この展開は練習になかった。せいぜい好きな人は誰か聞かれるくらいまでしか練習していない。
ルフィは動揺のまま頷いてしまった。

「あ、ありがとうございます! さ、行きましょう! ランチの美味しいレストランを知ってるんです」
「えっ! わっ」

掴まれたままの右手をノノに引っ張られ、ルフィは寒空の中に走り出す。
小柄な少女だが意外と力が強い。
嬉しそうなノノを見て、表情を曇らせているばかりではつまらないかとルフィはとりあえずデートとやらを楽しむことにした。

「こっちです! 安くて量も結構あるんですよ〜」
「そっか〜それは楽しみかも」
「はい! 実は私が勤めているレストランなんです。だから、お代はいらないですよ」
「えー、悪いよ……って財布持ってないけど」

ルフィは左手でコートのポケットを探るが何も入っていない。

「あっ、急に連れ出しすぎましたね。嬉しくてつい…」
「ん? 気にすんなよ〜あとで取りに行ってもいいし」
「えーっと、引き返す時間がもったいないんで…お金のかからないデートしましょう。露店を冷やかすだけでも結構楽しいですよ」

本当に楽しそうなノノの表情にルフィの顔も綻んだ。
きっと良いコなんだろうなと思う。
もしも、好きな人がいなければ付き合ってもいいなと思ったかもしれない。

「ここですよ〜昼時はちょっと混みますけど今はそんなにいないですね」
「そうなんだ。なんか腹減ってきた」
「あはは、じゃあ中入りましょうか…わわっ! すみません」

ノノはルフィの手を握っていたことに今さらながら気がつき慌てて放した。
困ったように笑ってルフィは気にしてないと言う。
照れ笑いをしながらノノはレストランの扉を開けた。



※※※



「なんなのかしらね…この展開」
「……ものすごく不服です」
「同感。ちゃっかりデートしてるし、楽しそうだこと」

サンジとナミは走り出していった二人を追いかけてレストランに入った。
バレないように二人に気づかれない場所に座り、様子を伺う。
ランチを注文し、食事をしつつ二人を見守っているのだが正直、いい雰囲気で邪魔したくて仕方ない。

「大方、デートしたら諦めるとでも言ったんでしょうけどね」
「そうでしょうね。今すぐ次の町に移動したい」

こんな町に立ち寄るんじゃなかったとサンジが心底思っているとルフィ達が立ち上がった。

「なんか気が滅入るわね〜ま、そんなこと言っててもしょうがないか…よし、行きましょう」
「了解」

店を出ると二人は特に目的もなく露店を見て回っているようだ。
辺りは夕闇に包まれようとしていた。
楽しそうなルフィ達とは違い、サンジとナミのテンションは低い。

「つまらないことこの上ないわね…帰ろうかしら」
「そうですね…あっ、移動するみたいですよ」
「はァ、ここまで来たら最後までついて行きましょうか」

ため息を吐きつつ、サンジ達は二人の後を追う。



※※※



「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「そっか。それならよかった」

公園のベンチに座り、ノノは今日のことを思い出してしあわせそうに笑った。
ルフィもつられて笑う。

「名残惜しいですけど…約束しましたから、これで諦めます」
「……うん」
「あはは、謝らないでくださいね。私、ルフィさんを好きになってよかった」

照れたように笑ってノノは立ち上がった。
ルフィもつられて立ち上がる。

「あはは、しばらくは好きでいさせてくださいね。あ、そうだ」
「……えっ? ……っ」
「このぐらいは許されますよね。それじゃあ、これで!」

走って行くノノの後姿を見つめつつ、ルフィは右の頬に手を当てた。

「何されてんだ! ぼんやりしすぎだろ!」
「あのアマ…油断してたわ」
「わっ……二人とも…いたのか」

振り返るとルフィにとっては予想外の二人がいた。
サンジとナミに片腕ずつ掴まれ、ルフィは引きずられる。

「さっさと宿に戻るぞ」
「頬にキスするなんて許せないわ…手を繋ぐのだって我慢して見てたのに」
「え? 二人とも付いて来てたのか?」

二人はピタリと歩くのを止めて、ルフィを見た。

「やっぱり、気づいてなかったのね」
「ホントに鈍いな、お前。とりあえず、明日この町は出発するから用意するぞ」
「そうなんだ〜二人とも、一人でも歩けるって。それに一人でも断れたぞ」

少し得意げなルフィにナミは頬笑ましい気分で頭を撫でる。

「偉い偉い。よくできました」
「練習にはないこと言われた」
「そういう応用は苦手なんだな。まァ、お前は直感の方が良さそうだけどな」

しょんぼりするルフィに今度はサンジが頭を撫でた。

「そういえばゾロは?」

そういえば見当たらないゾロを探して、ルフィは辺りを見回す。

「私達には起こせないのよ。瀕死だけどルフィがいれば大丈夫よ。なーんかモヤモヤするし帰ったら、やけ酒でもしようかしらね〜お酒買って帰りましょう」
「賛成! 飲んでないとやってられない」
「そ、そうなの?」

ナミとサンジが何に腹を立てているのかイマイチわからず、ルフィは首をかしげた。

「ルフィに会えた記念も含めてね。明日には出発しないと休みの期日内に帰れないから飲み明かすのは無理ね」
「……そうなんだ。また会えるかな」
「もちろんよ。会いに行くわ」
「えへへ、よかった」

三人は大量の酒とジュースを買って宿屋に戻った。
ゾロは出て行ったときと同じ格好で、まだ落ち込んでいるのだった。



※※※



やけ酒の会が終了したあと、サンジとルフィの宿泊している部屋は酒瓶だらけになった。
ルフィは酒に弱いのでジュースを飲んだ。
他の三人は酒に強く大量に飲んでも、あまり変わらなかった。

ナミとゾロが部屋に戻り、サンジはトイレに行っている。
ルフィは部屋の中を見回した。
捨てるのは明日にして、とりあえず端に寄せて片づけているとテーブルに目が留まる。

「あれ? ジュースまだ残ってる」

もったいないとルフィは一気に飲み干した。

サンジがトイレから戻ってきて、ベッドに座る。
ルフィは無言でサンジの前に立ち尽くした。

「酒で理性があんまないから近づくなよ」
「うん」
「……全然、わかってないじゃねェか」

普段のルフィでは考えられないほど近くに寄り添うように座られ、サンジは顔を引きつらせる。
腰掛けているのはベッドで、しかも部屋には二人しかいなくて、男としてナメられているのかと思ってしまう。

「告白するって大変なんだなって思って」
「ん?」
「今日、思った。女のコはすごいな」
「お前によく告白してるおれはどうなんだ?」
「なんか、サンジは慣れてる気がして」
「真剣に告白したのはお前が初めてだっつーの」
「真剣じゃない告白ってなんだよ〜これだからサンジはイヤなんだ…嘘でも告白できちゃうんだ」

頬を膨らませてむくれるルフィにサンジは怪訝な顔をした。

「なんか、お前、いつもと違うな」
「そんなことはどうでもいいの! おれ、今日ノノのこと可愛いなって思ったんだ」
「はァ? ま、いいや。続けろよ」

ノノとは少女の名前だろうと予測し、サンジはルフィの話を促した。

「一緒にいて楽しかったし、やっぱり女のコは可愛いし」
「へェ?」
「でも」

押し倒してやろうかと思ったところで話は続いていた。

「なんか違うと思ったんだ。サンジには言えなかったし」
「はい?」

話が繋がっていない。もう、眠いのだろうか。
ちぐはぐな言葉を理解しようと試みるが今日のルフィは特に難しい。
ルフィは俯いて、言葉を続けた。

「告白断る練習のとき、おれ、イヤだって思ったんだ」
「何が?」
「サンジを相手にするの。練習でも、サンジにごめんなさいって言うのイヤだなって思ったんだ」

思いがけないセリフにサンジは驚く。
なんとなくゾロを選んだのだと思っていたが、ルフィはちゃんと考えていたのだ。

「ノノとデートしてるときも、サンジはいっつもこんなことしてんのかと思ったら、すごくイヤだった。ノノといるのに、おれ、サンジのことばっかりで。女のコと初めてデートしてんのに、サンジのこと考えたくないのに、イヤなのに頭から離れてくれないし」

ルフィは困ったようにサンジを見上げる。
その顔は赤く、目は潤んでいた。

「おれ、サンジのこと好きなのかな? これが好きってことなの? 恋はこんなに苦しいものなのか?」
「……ルフィ」
「なんかよくわからなくなった。苦しいのヤダ」
「苦しいだけじゃないだろ?」
「うん……だから、よくわからない」

サンジが思っているよりも、ずっと真剣にルフィはサンジのことを考えている。
そのことに感動して、正直胸が高鳴った。

「あ〜、領主様を想うのに少し似てるかも」
「……」
「今はそうでもないけど。屋敷時代の領主様を想うのとサンジを想うのは近い…気がする……んぅ」

突然、軽く口づけられてルフィは思わず黙った。
サンジに顎を掴まれているのでルフィは顔を逸らすことが出来ない。
ただ、ぼんやりとサンジを見つめた。

「余計なことは考えるな。思い出すな。今、目の前にいるのは誰だ?」
「サンジ」
「お前を盗み出したのは?」
「サンジ」
「今、好きなのは?」
「……サンジ、かな」
「上等」

心底しあわせそうなサンジの顔を見た後、気づくと視線の先は天井になっていた。
なんでかな、とルフィが考えているとサンジに再び口づけされる。

「……いいのか?」

抵抗しないルフィにサンジは少し緊張しながら尋ねた。

「わかんない」
「なんだソレ」
「試してもいい?」
「っ…お前」

ルフィは首をかしげるサンジに軽く口づけをする。
そして、やはり嫌じゃないなと思った。
少し赤くなっているサンジの顔を見て、ルフィはふにゃりと笑う。

「あはは、いつもと逆だ〜」
「そんなこと言えなくしてやるよ」
「っふ……ぅ…」

初めての深い口づけにルフィの頭は混乱した。
それでもサンジを嫌だと思わない。きっと何をされても嫌いにはなれない。
自分で思っている以上にサンジのことが好きなのかもしれない。
そんなことを思っていると頭がふわふわとして意識が遠くなるのを感じた。

「……お前、酒飲んだ?」

ルフィの口の中に残るアルコールに、サンジはベッドに押さえつけたままのルフィを見る。

「あれ? ……あー、こんなことだろうと思ってたけどな」

反応のないルフィをよく見ると、すでに夢の世界に旅立っていた。
予想はしていたオチだが少しだけ泣きたい気分になる。
すやすやと眠るルフィに布団を掛けて、サンジもその横に入った。

「明日、問いただそう。せっかく両想いになったのに寝てんなよ」

ぶつぶつと文句を言うがルフィが起きる気配は全くない。
しかし、文句を言いつつもサンジの表情は嬉しそうだ。
急な展開に驚いたがサンジが見ていないときに酒を飲んでしまったのだろう。
酔っ払いの戯言にしては、しっかりと話していたし、あれは本心だと予測できる。
酒の力で恥ずかしさのタガが外れたのだろうとサンジはルフィの頭を撫でながら思った。

「……まさか明日、覚えてないってことはねェよな」

嫌な予感が頭を過ぎり、サンジは思わず呟く。

「いやいや、いくら酒の効果があったとしても全部忘れるってことはないって」

自分に言い聞かせるように囁き、祈るようにルフィに口づけてサンジも眠りについた。
しかし、一抹の不安は消えることはなく朝になってしまう。


そして翌日、サンジが予想した通り、ルフィは何も覚えていないのだった。


























※END※


・4 伯爵と影 前編を読む?