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とりあえず着替えとけとサンジに言われたルフィは昨日着いたばかりの宿でお嬢様の格好に着替えた。
寒い場所ではないので厚着する必要もないかとルフィは適当に選んだ簡易の白いワンピースドレスに着替える。
ルフィは宿の外で待っていたサンジを見つけ、首を傾げて見た。

「お待たせ! で、これからどこ行くんだ?」
「相変わらず可愛いな~よしよし。とりあえず喫茶店かな。町の入り口の方にあったやつ。そこの二階に情報屋がいるんだよ」
「情報屋? そんなんいるんだ~」

ルフィの頭を撫でた後、サンジは話しながら歩き出す。
その横をルフィも歩いた。

「まァな、そいつスモーカーとも繋がりがあるから。何か新しい情報が入ってないか聞いて、それから街の中でお宝情報の聞き込みもするか」
「了解! 情報屋か~会うの楽しみだな~」

わくわくとしているルフィを見て、サンジは申し訳なさそうな顔になる。

「悪いな、ルフィ…お前は会えない。顔が大勢に知られるわけにはいかねェんだ。企業秘密ってヤツだな」
「そうなの? つまんねェな~」

口を尖らせて、つまらなそうにルフィはサンジを見た。
サンジは笑って、ルフィの頭を撫でる。

「喫茶店でなんか食って待ってろよ。話しなんてすぐに終わるから」
「うん、そうする! 時間的におやつだな~」

何かと話しているとサンジが言っていた喫茶店に到着した。
店内は多少の賑わいを見せている。
ルフィは空いている席を窓際に見つけ、指を差してサンジを見た。

「あそこで待ってるな!」
「わかった。出来るだけ急ぐから好きなもん頼んで待ってろよ」
「うん! めっちゃ食う」

にこにこと笑うルフィにサンジはため息を吐く。

「自分の格好忘れてんのか? たくさん食べる女性は魅力的かもしれねェけどな」
「あー…じゃあケーキだけにして晩ご飯をいっぱい食べようかなァ」

あまり大量に食べては目立ってしまい、聞き込みに支障が出てしまう気がしてルフィは困ったように笑った。
屋敷時代はお嬢様の格好をしているときの食事会では女性の平均くらいしか食べていない。
食べ盛りの男の子にはつらい話だがナミの差し入れなどで空腹を満たしていた。
今は遠慮せずに食べられるので嬉しい限りだが、さすがに女装をしているときは気をつけようかとルフィは反省する。

「はは、冗談だよ。あんまり気にすんな」
「そうかな~。まァ、適当に頼んで食べてるな」
「おとなしく待ってろよ」

サンジはルフィのおでこに軽く口づけてから店主に声を掛け、二階に上がる階段に向かった。

「うっ…もう、バカ」

恥ずかしそうなルフィの呟きに軽く手を振って、サンジは二階に上がっていった。
ルフィはまだ熱い頬を冷ますために冷たい飲み物でも頼もうと心に決める。
窓際の席に着き、メニューを手に取ろうとして、ふと窓の外に視線が向いた。そして、メニューを取ることなく固まる。

「っ!」

あまりの光景に驚き、目を見開く。気づけば身体が勝手に動いていた。
そして、ルフィは思わず店内から飛び出した。
このとき、サンジに声を掛けなかったことをルフィは後悔することになる。



※※※



「あれ? ……ルフィ?」

しばらくして、一階に戻ってきたサンジは店内を見回す。
ルフィが待っていると言った場所には誰もいなかったからだ。
違う席に座っているかと思ったが、店内のどこにもいない。

「おれと一緒に来たコ、どこに行ったか知ってるか?」

店主に訊ねるとコップを拭きながら店主は応えた。

「あなたが二階へ行ったすぐ後に、慌てた様子で店を出て行きましたよ」
「出て行った?」

何か用事でも思い出したのだろうかとサンジは考えてみる。
何も注文せず、何も言わず、出て行ってしまうような用事。
しかし、これといって思いつかない。
自分が二階に上がっていたのは長く見積もっても十五分程度だ。
その時間も待てないほど重要な用事など盗みの内容も決まっていない今日はないはず。
嫌な予感がして、サンジは急いで宿に戻ることにした。

腹の立つ話だがルフィとウソップは気が合うらしく、よく一緒にいる。
もしかしたら、一緒にいるかもしれないと思いながら宿に戻り、ウソップの泊まっている部屋へノックもせずに入った。そして、ルフィのことを聞いてみる。

「……帰ってない、だと?」
「お、おう。さっきまでロビーで他の奴らと話してたから間違いない。この宿には戻ってきてないぜ」

部屋でくつろいでいたウソップはサンジの慌てた様子に驚きながら応えた。

「………」
「何かあったのか?」
「情報屋と会ってる間に消えた」

サンジの言葉にウソップは驚く。そして、素早く立ち上がった。

「……穏やかじゃねェな。よし、他の奴らにも聞いて来る!」
「頼んだ。おれは街の中を捜してみる」
「おれも後で行く。つーか、他の奴らも行くと思う」
「わかった!」

子供のようなところがあるので興味があることに突っ走って行くこともある。
もしかしたら喫茶店から見えた何かが気になり、街に出て、そのまま街の露店で何か食べているかもしれない。
だが、なぜだかそんな気がしなかった。
焦燥感が募る。
手がかりがあるとすれば喫茶店だ。サンジは急いで喫茶店に向かった。

「はァ…はァ…」

全力で走ったためか息が切れる。息を整える時間も惜しいとサンジはそのまま店内に入った。
先ほど来た時より客が減っている。サンジは窓際の席に座り、外を見てみた。
大通りを行き交う人々、店じまいをしそうな露店、涼やかな噴水、気ままに歩く野良猫。
ここから見える景色だけでルフィがサンジを待たず、ここを飛び出していくとは思えなかった。

「……クソッ」

落ち着かない気持ちを持て余していると窓の外にウソップの姿が見える。
サンジが急いで外へ出るとウロップも全力で走っていたのか荒い息でサンジを見た。

「い、いたか?」
「…いねェ」
「そう…か。他の奴らもサンジと出て行ってからルフィは見てねェって…みんな、手分けして捜してる」

イライラしている場合ではない、サンジは様々な可能性を考える。

「……ここか」

丁度、自分が喫茶店の窓から見える場所にいることに気づき、サンジは辺りを見渡した。

「どうした?」
「ここで…あいつは何かを見たはずなんだよ」

窓の外を見て、ルフィが喫茶店を出て行ったという確証はどこにもない。
しかし、考えられる可能性は今のところそれだけだった。

「特にルフィが気にしそうなもんはねェな」

ウソップも辺りを見渡す。
先ほどと変わらない、この街の日常が流れている。

「……」
「サンジは何か覚えてねェか? 情報屋に会う直前、もしくは会ってるときに変わった物音とかなかったか?」

サンジは自分が二階に居た時のことを思い出す。
何か異変はなかっただろうか。
今とは違う、何かが。

「喧騒…とは違うが少し騒ぎがあった気がする。声までは聞こえなかったがな」

情報屋と会った部屋は元々、音を遮断するように作られたものだったので気のせいかもしれない。
しかし、異変といえばそのくらいしか思いつかなかった。

「そのときに何かがあったんだろうな……それで巻き込まれた」

ウソップは自分の言葉にひどく動揺してしまう。
大事な仲間に何かあったかもしれないと思うと居ても立ってもいられなかった。

「街の奴らに聞いてみるぞ?何か見てるかもしれねェ」
「お、おう!」

サンジの言葉にウソップは力強く頷く。
夕闇の迫る中、盗賊団総出のルフィ捜索は休むことなく続いた。



※※※



初めに感じたのは、むせ返るような花の匂い。そして、頭痛。
意識が朦朧としていて、上手く身体が動かせなかった。
ルフィは霞掛かっている脳内で何が遭ったかを必死に考える。


喫茶店を飛び出したあと、ルフィは震えている人物を庇うように立ちはだかった。
そして、目の前にいる男を睨むように見上げる。

「やめなさい! 使用人といえ女性をムチで打つなど…あなた、それでも男ですか?」

帽子を目深に被っていて表情までは分からないが、ひどく驚いているように感じられた。

街の大通りで女性がムチで打たれようとしている光景に驚き、ルフィは喫茶店を飛び出したのだ。
街の中は関わりを避けるように女性を無視していた。
しかし、ルフィが割り込んだところで少しだけ騒がしくなる。
そのことに違和感を覚えつつもルフィは女性を放っておくことはできなかった。

「…申し訳ありません。以後、このようなことは決してしないと誓います」
「わ、わかってもらえたのなら…いいのですけど」

男性は帽子を取り、深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
ムチを振り上げていたときとの、あまりの変貌ぶりにルフィの方が驚いてしまった。

「ありがとうございます。少々、お待ちいただけますか?」
「は、はい」

そして、男は踵を返し、馬車に向かう。
ルフィはムチをしまいに行くのだろうと気には止めなかった。
それよりも目の前で震えている少女の方が気に掛かる。

「あの、大丈夫ですか?」

ルフィはうずくまっている女性に手を差し出した。
まだ震えている少女はゆっくりと顔を上げる。

「…は、い……っ」

青い髪の少女はルフィの後ろの方を見て、息を呑んだ。
どうしたのかと振り返ろうとすると、突然口に布を押し当てられる。
強く甘い芳香に危険を感じ、思わず息を止める。抵抗しようとすると腕を掴まれた。
振り払う間もなく、腕に痛みが走り意識が混濁してくる。

「っ…!?」
「……やっと見つけた。さあ、家へ帰ろう」

視界の端に注射器が見え、何かを投与されたのだと気づいたときにはもう動くことは出来なくなっていた。


あとは何も覚えていない。
馬車に乗せられたような気もするが感覚として覚えているだけで自信はなかった。

(一体、何が……)

手を緩く動かしてみると、上質の布の手触りを感じる。どうやらベッドに寝かされているようだ。
状況が上手く理解できない。しかし、分かることもある。それは自分の意志に反して、この場所にいることだ。
それだけ分かれば十分だ、早く逃げなければ。
人の動く気配を感じ、ルフィはうっすらと目を開ける。
先程よりはマシだが、まだ頭痛がしていた。
一度、思い切り目を瞑る。そして、目を開き、上半身だけ起き上がった。

「うっ……」

意識せずに呻き声が漏れる。
それに気づいたのか部屋の中にいた人物がルフィに笑顔で振り返った。

「おはよう、僕の眠り姫」

銀髪の男は手に持っている白いバラの花びらを床に撒く。
ルフィは声も出せず、目を見張った。
部屋中の絨毯が見えないほど白いバラの花びらが床に敷き詰められている。
男はゆっくりと近づく。その仕草は優雅といっていいだろう。

「ご機嫌いかがかな?」
「……!?」

最悪だと言おうとして、男を見上げる。その顔にルフィは驚きを隠せなかった。
先ほど会ったときは帽子を目深に被っていたせいで気づかなかったが、その顔はサンジにそっくりだったのだ。
違いといえば金髪ではなく、銀髪というくらいではないだろうか。
自分の心音が煩いぐらいに聞こえる。

(顔が似てるだけだ…落ち着け、サンジは関係ない)

以前、ふとしたきっかけで家族の話をサンジとしたことがあった。
確か、そのとき親族はいないと話していた。他人の空似というやつだろう。

「そのドレス、よく似合っているよ」

ルフィの髪をそっと一筋掴み、うっとりとした表情で男は呟く。
男の視線を追い、自分の服装を見て、ルフィは再び驚き動揺する。
美しい赤のドレス、サイズもぴったりと合っていた。
しかも、あつらえた様にルフィに似合っている。
寝ている間に、このドレスに着替えさせられていたのだろう。

「安心してね。着替えさせたのはメイドだから」

にっこりと笑っている男にルフィは首を傾げたくなった。
着替えさせたのだから自分が男であることはメイドから聞いているはず。それとも、聞いていないのだろうか。もしかして、男だとわかっていて今の態度なのだろうか。
疑問がぐるぐると頭を回る。
でも、無事にここから脱出するためには迂闊なことは言えない。
女だと思っているなら、その方が好都合だ。

「君は天使みたいだね」

ルフィが何も応えなくても、一向に気にせず男は笑顔でルフィを見た。
そして、話しながら寝台の上の花瓶から白バラを一本掴む。

「それとも鳥かな? 自由に飛び回られたら守りたいのに守れない。それでね、どうしたらいいか考えたんだ」

男は白バラをルフィの前に差し出し、あどけなく笑った。

「羽根をもいじゃえば、逃げられない」

まるで羽根をむしり取るように男はルフィの目の前で花びらを千切り、手のひらを床に向けてゆっくりと開く。
はらりはらりと舞い落ちる白い花びら。
男は落ちたばかりの花びらを踏みつけた。そして、ルフィの左腕を指差す。

「ほら、これで君を守れるよ」

視線を落とすと左腕には手枷がはめられていた。
手枷についている長い鎖の端を目で追うと柱にがっちりと固定されてある。簡単には外せないだろう。
ご丁寧にも質のいい布が腕と手枷の間に巻いてあり、ルフィの肌が傷つかないようになっている。

「そういえば、まだ名前を言ってなかったね。僕はグレイ。君の名前は? まさか、アンナではないよね。ん? 寒いのかな? 今、毛布を取ってくるよ」

心配そうな表情をしてから、グレイは慌てて部屋を出て行った。

結局、一言も話せないままだ。そして、グレイという男から何を言われたのか脳が考えるのを拒否している。

「寒い……? ああ、おれ震えてんのか」

別に寒くなんかなかったが、身体が震えていた。
ルフィは自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
得体の知れない男に拘束されているという恐怖から来る震えだろう。

「……お嬢様を知ってるのか?」

先ほどの言葉を思い出し、ルフィは困惑する。
アンナとはルフィが長年、影を勤めたお嬢様の名前だった。
まさか、こんな場所で聞くことになるとは思いもしない。
しかも、グレイはお嬢様と自分が別人だと知っているような口ぶりだった。

(何なんだ、あの男は)

自分は天使でもなければ、鳥でもない。
ルフィは手枷を睨みつける。
羽根をもがれたぐらいで、逃げ出すことを諦めたりしない。
しかし、お嬢様のことを知っているなら迂闊には動けない。
離れていてもルフィにとってお嬢様は守るべき存在で、害意あるものから守ることは当たり前の行為なのだ。
今回の標的は自分のようだが、もしかしたら、お嬢様も捕らえられてしまう可能性がある。
あの男から詳しい話を聞かなければ逃げ出すことさえ出来ない。

(くそっ、手枷なんか要らないじゃんか)

ルフィを動けなくさせるのは、恐怖でも手枷でもなくグレイの言葉だ。
例え、手枷がなくともグレイの言葉に縛られ、逃げ出すことはしなかっただろう。
窓の外を見ると辺りは夕闇に包まれていた。
景色から推察すると、この場所は二階のようだ。
立ち上がり、窓に近づこうとするが窓枠にギリギリ触れられない位置までしか行くことは出来なかった。
振り向くと鎖が伸びきっている。これ以上、窓に近づくのは手枷を外さないと無理だ。
そこからなんとか外を覗いてみるが、昨日街に来たばかりで景色をはっきりと覚えていないルフィは自分が今どこにいるのかよくわからなかい。

(この手枷もどうにかしないと…鍵がついてるのか)

手枷に鍵穴を見つけ、とりあえず外そうとするがビクともしなかった。
相手がルフィに害意を与えようとしている様子はないが怖いものは怖い。
ルフィはバシバシと自分の頬を叩く。

(しっかりしろ! 怖がってる場合じゃない…状況を把握しなきゃ。動けないなら考えなきゃダメだ)

そもそも、予定外の拘束なのでサンジに何も言っていない。
心配しているかもしれない。
そう思うと胸が苦しい。無事だし、心配ないと伝えたい。
逃げ出せないなら、せめて居場所をサンジ達にどうにか伝えなくてはいけなかった。
頭を使うことはあまり得意ではないが、相手から自分の居場所を聞き出さなければいけない。

「よしっ!」

気合を入れ直すとノックの音が聞こえ、ルフィは思わず身構える。

「失礼します」

メイドが一人、毛布を持って部屋の中へ入って来た。
グレイではなかったことに少しだけ安堵する。

「毛布をお持ち致しました。食事もお持ちしております」
「……あなたは?」
「伯爵様の家に仕えるメイドです。以後、お見知りおきを」

メイドはルフィに深々と頭を下げた。
そして、食事を丁寧にテーブルへと乗せた。

「以後?」
「はい、伯爵様はあなたを一生守ると仰っていますので」
「…一生?」

ゾッとする台詞にルフィは顔を引きつらせた。

「伯爵様とやらに守られる義理はありません。今すぐ話をさせてください」
「申し訳ございません。伯爵様は夜会に出ておられます」
「遅くなっても構いません。その旨を伝えてください」
「分かりました。それでは失礼します」
「あの…灯りを消してもらえませんか?」
「かしこまりました。それでは失礼します」

メイドは灯りを消し、頭を下げて部屋から出て行った。
ルフィは安堵のため息を吐いて、ベッドに仰向けに倒れこんだ。
倒れた勢いでバラの花びらが舞う。
その花びらを一枚掴み、ルフィはぼんやりと見つめた。
床一面に敷き詰めるのは、あの男の趣味なのだろうか。
初めはこの光景を驚き、異質に感じてしまった。しかし、慣れると月明かりに照らされる花びらはとてもキレイだ。

(月明かり? ああ、もう夜になっちゃったか)

考えごとをするには薄暗いくらいが丁度いいかと思い、メイドに灯りを消すよう頼んだのだは正解だった。
なんとなく落ち着く。そして、灯りがないと随分と暗くなっていることに気づいた。
しかし、今日は月明かりが輝いているので灯りを消しても周りが見える。
優しい光の中でルフィは考え込んだ。

(グレイって男が伯爵ってことは、この街の領主か…それなら、どこかのパーティーで会っているかも)

残念ながら顔を覚えていない。それに、グレイの顔を知っていればサンジに出会った時に言っている。
話の種に顔が似ている人間がいたら双子かどうかぐらい聞いているはずだ。

(あなたにそっくりな方を見ましたよ~ぐらいは我ながら言いそうだなァ。んー、それなら誕生日パーティーで会ったとか?)

そうだとすれば、今度は逆にグレイにサンジのことを聞いているだろう。
つまり、ルフィに面識はないと断言していい。

(じゃあ、なんで会ったこともないような奴を守るんだよ~)

わけが分からず、ルフィはうつ伏せに転がる。
そして、再び仰向けになり視線を真上に上げると真ん丸な月が見えた。

(……今頃、何してんのかな)

無論、想うのはサンジや仲間のことだ。
先ほどから掴んでいた花びらで透かして満月を見る。
ぼんやりとした優しい光が花びら越しに見えた。
今は眩しすぎて直接、月を見ることが出来ない。
下手をしたら泣いてしまいそうだ。こんな場所で絶対に泣きたくない。

(そういや、バラの花言葉ってあったな)

屋敷に居た頃はお嬢さまとして、たくさんの花々をプレゼントされたものだ。
貰った花を花瓶に生けながら、ナミが花言葉について話していた。
色によってバラの花言葉は意味が違うのだとナミに聞いた気がする。

(『愛情』だっけ…いや、それは赤いバラの花言葉か。んー)

ルフィは少しの間、考え込む。
別に今考える必要はないのだが気晴らしは必要だった。

(あっ! 思い出した…白バラの花言葉は『私はあなたにふさわしい』だ)

それに意味があるのかないのかは分からない。
確か『尊敬』という意味もあった気がするが、こちらの方を先に思い出してしまった。

(……私はあなたにふさわしい)

まるでグレイにそう言われている様でルフィの表情が曇る。
ルフィは花びらを手放し、直接月を見上げた。
少しだけ眩しくて、少しだけ涙が出そうになる。
でも、泣かない。サンジに会うまで我慢しようとルフィは心に誓った。



※※※



「これだけ探していないなら…やっぱり、ただの迷子じゃないみたいだな」

ウソップは沈んでしまった太陽の方向がある場所を見つつ、サンジに話しかける。

「……そうだろうな。でも、妙じゃないか?」
「ん?」
「その似顔絵を見せても、誰もルフィを知らない、見たことないって言うのが妙だって言ってんだよ」

サンジは街灯の傍にある塀にもたれて、ウソップの書いたルフィの似顔絵を見た。

「妙か…そういや、変かもな」

我ながら、よく似た似顔絵が書けたとウソップは思っている。
正直、男だとわかっていてもルフィは可愛い。しかも、行方が分からなくなったときは女装をしていたのだ。
こんなコを街で見かけたら誰か一人くらいは見たことあるという気がした。

「例え見かけていても喋りたくない、もしくは喋れない理由がある」
「うーん、なんだそりゃ?」

サンジのセリフにウソップは首を傾げる。

「権力のある奴が口止めしてるってのと、街中の連中が関わりたくない人間ってのが今のところ、おれの中で有力」
「はァ? どんだけ権力あるんだよ…それとも街中の全員が関わりたくないほどの奴?」
「もしくは両方とかな」
「両方…」

権力があり、街中の人が関わりたくないと思う人物。
それなら、例えルフィを見ていても知らないフリをするかもしれない。

「そこら辺を調べるか」
「でも、おれ達ってさっきの聞き込みで顔が知れてるから、このことに関しては誰も話してくれないんじゃないか?」
「そんなこともあろうかと助っ人を要請してみた。そろそろ来るんじゃないか?」

本当は情報屋に聞こうかと思ったが、もう次の街に移動してしまった今となっては無理な話だ。
この件に関しては情報屋より信頼できる人物を呼んだつもりだ。

「な、なんだ?」

暗闇の中を大きなモノがこちらに向かってすごい勢いで走ってくる。
ウソップはあまりの恐怖にサンジの後ろに隠れた。

「……見つかったのか?」
「まだ…見つかってない」

地味に息を切らせながら現れた大きなモノは新聞記者のスモーカーだった。
サンジの後ろに隠れていたウソップはサンジを見る。

「助っ人?」
「そう。意外と信頼してるからな」
「どうやって呼んだんだ?」
「電話。緊急時に掛ける番号聞いてたからな」

種が分かれば、スモーカーが突然現れても怖くはない。
ウソップはサンジの後ろから出て、巨体を見上げた。

「あれ? 助手は?」
「……あそこだ」

スモーカーは振り返り、指差す。
遙か後ろにこちらに向かって走ってくる影が見えた。

「いくらこの街に近い場所にいたからって到着するの早かったな」
「……まァな」

まさかルフィが気になって物凄く急いできたとは恥ずかしくて言えず、スモーカーはサンジから顔を逸らして応える。

「ま、ま、待ってくださいよ~速すぎですよ」
「お前が遅いんだよ」

肩で息をしながら助手のたしぎは、なんとかスモーカーに追いつく。

「こんな場所じゃ話にくいな…宿に行くか」

三人はサンジの言葉にうなずき、宿に向かった。



※※※



念のため、部屋に鍵を掛けて四人はそれぞれ自由に座る。
サンジはルフィがいなくなったときの状況をスモーカーとたしぎに詳しく話した。

「それは…心配ですね」

たしぎは心配そうに顔を歪める。
口には出さないがスモーカーも心配そうな雰囲気を出していた。

「それで、見当はついてんのか?」
「微妙なトコだな。目撃情報がないから手掛かりがないんだよ」

ウソップはスモーカーに肩を落として話す。

「まァ、目撃情報がないのが手掛かりっていってもいいのかもな」
「攫われたと仮定して権力者ってことか」

スモーカーもサンジと同じ考えに至ったのか、いろいろと思案しているようだ。

「うーん、地位の高い人ってこの街にどのくらいいましたっけ?」
「……街の連中を黙らせることが出来るのは五人くらいだろうな」

たしぎの質問にスモーカーは記憶の糸を辿りながら答えた。

「五人くらいなら明日中に見つけられるかもしれねェな」
「明日でいいんですか?」
「今から行っても怪しいし、警戒されてからじゃ助けにくい。脅迫状も届いてないし、ルフィに危害を加えるつもりはないはずだ」

なるほどと、たしぎはうなずく。

「私に出来ること何かありますか?」
「たしぎちゃんには明日、街で聞き込みをして欲しい。友達を捜してるって言えば、誰か同情して話してくれるかもしれないからな」

人を警戒させない雰囲気を持つたしぎが聞き込みをする方が何か情報が手に入る気がした。

「了解しました! たくさんの人に聞いてみますね」
「一応、これやるよ」

ウソップは気合いを入れているたしぎにルフィの似顔絵を渡す。
そして、たしぎの前のイスに腰掛け、テーブルの上に街の地図を出して自分が聞き込みをした場所を説明した。

「予想ではこの大通りで行方不明になった。だから、この周辺の聞き込みを仲間総出でしたんだが成果はない。で、この建物はパン屋。これは…おれが勝手に感じたことだけど、この店の店主たぶん何か目撃してると思う」
「なんでそう思うんですか?」
「この似顔絵を見せた瞬間、顔色が変わったんだよ。何か知ってるのかって聞いても、知らないって繰り返すだけだし。しかも、そのあと店の奥に引っ込んじまったから何も収穫はなかった」

自分はどうやって聞き込もうかと難しい顔でたしぎは考える。

「いっそのこと、似顔絵は見せずに聞いてみましょうか?」
「その方がいいかもしれねェ」

たしぎ達の話を聞きつつ、サンジはスモーカーに権力者の居場所を聞く。

「簡単にルフィの居場所を確認できそうか?」
「どうだろうな…少し時間がかかるかもしれんが確実に絞り込むべきだろ。忍び込む屋敷を間違えるのは危険だ」
「本当にルフィがいる場所の警備が厳重になるだろうな…下調べが重要だな。あんたも協力してくれるんだろ?」

断られる気は毛頭ないのだが念のためにサンジは確認しておいた。
スモーカーはルフィに少なからず好意を持っていることが、サンジにバレたくないのか理由を探して少なからず沈黙する。
サンジはスモーカーの想いに気づいているのだがスモーカー本人は気づかれていることに気づいていない。

「……女性を危険な目に遭わせる様な輩は新聞記者としても一人の人間としても許せん。もちろん協力する」
「……そう、だな」

一瞬、部屋の中になんとも言えない微妙な空気が流れた。
たしぎもウソップもスモーカーを凝視してから、急いで視線を逸らす。
サンジはそういえばまだルフィが男だと言っていなかったことを思い出し、ぎこちなく頷いた。

「なんだ?」
「いや、なんでもねェ。どっちがどの屋敷に探りを入れるか決めよう」

訝しげな顔をしたスモーカーに乾いた笑みを見せてから、サンジは地図に視線を落とす。
サンジにとってスモーカーの好意は煩わしくもあり、利用しがいもある。
ルフィのことを真剣に心配してくれる一人に代わりはないので、今はスモーカーの想いを邪魔するつもりはない。
そう、今は。
もしも、今後ルフィに手を出そうとしてくるなら邪魔をするどころの話ではない。
しかし、スモーカーは奥手なのかルフィをどうこうしようという気はないように見える。
それなら、少し嫌だが放置するつもりだ。

「結構、広い屋敷が多いな……調べるのも骨が折れそうだ」

心中を欠片も出さず、サンジは真剣に呟いた。

「調べるしかないだろうな」
「ああ、早く取り戻さねェと」

今、ルフィは何をしているんだろうか。
泣いているかもしれない、そう思うといても経ってもいられない。
しかし、闇雲に動いてもルフィに近づける気はしなかった。
ここは焦りを消して、落ち着いて行動をしなくてはいけない。
サンジが窓の外を見上げると満月が空に浮かんでいた。

「ウソップ、他の奴らに各自、適当なトコで寝るように言っとけよ」
「いいのか?」
「今から張り切ってると、いざ助ける時に寝不足でフラフラしてたら助かるもんも助けらんねェだろうが」

ウソップはサンジの言葉に納得して、立ち上がる。

「了解! そんじゃ、たしぎ達も休めよ? ここまで急いできて疲れてんだろ」
「はい、それじゃあまた、明日」
「おう、どうせ早朝から行動すると思うぜ? ルフィが心配でみんな、大して寝られないだろうからな」
「そうですね。私も頑張ります! ルフィさんに早く会いたいですから」

ウソップのセリフに、たしぎは笑って応えた。
そして、少しサンジと話した後、スモーカーと一緒に部屋を出て行った。
一人になったサンジはベッドに寝転がり、深いため息を吐く。

「……何やってんだ、おれ」

自分を罵り、再びため息を吐いた。
一番盗まれてはいけないモノを盗まれてしまうなんて盗賊失格だ。
しかし、仲間の前で落ち込むわけにはいかない。
自分はあくまでも盗賊の頭領であり、動揺したところを見せるわけにはいかないのだ。
不安は仲間に伝染してしまう。
そんな状況では成功する盗みも失敗してしまうという話だ。
盗られたなら盗り返せばいい、例え相手が誰であっても。

いつもより白銀に輝く月を見て、サンジは目を閉じた。
ルフィが自分のことを月のようだと言ったことを思い出す。
たぶん、自分の髪色のせいだろう。
だから、サンジはルフィのことを太陽のようだと言ってやった。
そのときの嬉しそうな笑顔を思い出し、サンジは目を開く。
そして、淡く輝く月を見た。

(あのときに言ってやればよかった)

月は太陽が無ければ輝くことすら出来ないのだと。
だから、いつも傍にいてくれ。見つけたら、そう言ってやろう。
照れるだろうが言わなければ気がすまない。
早く会いたい。

眠くも無いがサンジは少しだけ眠ることにした。
もう別の街にいるかもしれない。
不安の種は消えないけれど、嘆いても何も変わらない。
身体を休めて、明日全力で捜すしかない。
全てはどこにいるのかも分からないルフィを助け出すためだ。




















※続く※


後編を読む?