サンジは頭がひどく痛んだ。しかし、そんなことは問題ではない。
老朽化の進んだボロボロの宿。次の町に行く途中に休める宿はここしか見当たらなかった。
野宿よりマシかと思ったが、野宿の方が断然マシだったと今なら思う。
後悔先に立たず。そんな言葉が頭を過ぎった。

「いてて……ルフィ、大丈夫か?」

話掛けても返事がない。脈を測り、ぐったりしているルフィの頭を触るとタンコブがあった。どうやら頭を打って気絶しているようだ。そういえば落下する途中にゴツンとすごい音がしたような気がする。
足を踏み外したわけではなく、木造建築の老朽化が進んだ階段が人間の体重に耐え切れず崩壊したのだ。
先を歩いていたルフィを咄嗟に支えたが、二人ともほぼ二階という高さから無防備に落ちたのだから、あちこち痛む。
まさか階段が腐っていたなんて、宿屋としてどうなのだろう。

「ありゃ〜、壊れちまいましたか〜」

能天気な宿屋のじいさんのセリフに殴ってやろうかと思ったが、ルフィを抱きかかえたままでは無理だ。殴るのはあとにしよう、そう思ってサンジはルフィをゆっくりと床に寝かせた。

「一階も掃除をすれば使えるし、大丈夫大丈夫。でも、自分達でしてくれ」
「……おい」
「宿代はいらんから」
「当たり前だ!」

どうやら話を聞くと、老朽化が進みすぎているため宿を建て直す準備をしていたらしい。
しかし、取り壊すにしても宿に愛着があるし、どうしたものかと思っていたがここまで壊れたら決心がついたと礼を言われた。
この話を聞いている間に宿屋の主人を殴らなかった自分を褒め称えたい気分でサンジはため息を吐く。
客の一人が気を失っているにも関わらず能天気な宿屋の主人に毒気が抜けた。こういうタイプは問い詰めても懲りないので苛立ちを抑え込んだ方がいい。

「おれ達が掃除しとくから」
「…頼んだ」
「任せろ!」

ウソップ達が気合いを入れて部屋の掃除に向かった。
意外と掃除好きなメンバーに感謝しつつ、サンジは今も目を覚まさないルフィの近くに座る。
そして、崩壊した階段をぼんやりと見つめながらサンジはもう一度ため息を吐いた。



***



「うぅ…」
「ルフィ? 大丈夫か?」

うめき声が聞こえて、サンジはベッドに駆け寄る。
焦点の合わない目でルフィは辺りを緩く見回した。

「お前、階段から落ちたんだよ。まァ、宿の主人が全部悪いんだけどな」
「……」

何も言わずにサンジを見るルフィに不安になる。どこか怯えたような視線にサンジは訝しげに見つめ返した。

「おいおい、大丈夫か?」
「……だれ? ここ、どこ?」
「は? ……まさか、お前…」

眩暈がする。ルフィはこういうときに冗談を言える性格ではない。不安そうに怯えている姿は演技では無理だ。それに、この状況で演じる必要もない。
この症状は聞いたことがあった。頭の打ち所が悪かったのだろう。もしかしたら、記憶を失ってしまったのかもしれない。
緊張で喉が渇く。それでも聞かなければいけない。

サンジは聞きたくはない質問を不安そうなルフィに投げかけた。

「……自分の名前、わかるか?」
「……わからない、です」
「ホントに?」
「う、ウソじゃない…です」

毛布の端をぎゅっと握り締め、泣きそうな顔でルフィはサンジを見つめた。
サンジは自分の失言に舌打ちしたい気分になる。
ルフィは何もわからなくて不安なのに、自分が動揺してどうするというのだ。

「悪い。お前を信じてないわけじゃない」
「お、れの方こそ…ごめんなさい。えっと…おれ! ……えっと」

何を聞けばいいのか、わからなくなってルフィは黙ってしまった。

「焦らなくていいから。わからないことは全部聞けばいい。何が聞きたい? おれから話そうか?」
「……お願いします」

少しだけ安心した表情でルフィは微笑する。



***



ルフィはサンジからいろいろと話を聞いた。自分の名前とか旅をしているのだとか。けれど、何も思い出さなかった。
どこか他人の物語のように聞こえる話に知らず知らずのうちに心が軋んだ。
他の旅仲間やウソップという人からもいろいろ話を聞いた。
ウソップは旅の途中にあった出来事を面白おかしく話してくれて、ひどく心が落ち着いたけれど、何も思い出せないということに罪悪感でいっぱいになる。
話し終わったあと、何か思い出したかと遠慮がちに問われ、ルフィが首を横に振るとサンジもウソップも笑って気にするなと言った。

「……ありがとうございます」

それでも、表情の変化を見逃すことはなかった。
こんな状況だからこそ人の顔色が気になる。二人が浮かべた、一瞬の落胆の表情が頭から離れない。
彼らが必要なのは今の自分じゃなくて、記憶を持った自分なのだ。
違う。記憶がある自分と記憶のない自分を切り離して考える時点で違う。
何が違うのかもわからないまま、ルフィは困惑の中にいた。

「あの、少し休んでもいい? おれ、疲れたかも」
「ん? そうか。じゃあ、ゆっくり休めよ。晩メシの頃に起こすから」
「うん。おやすみ」

敬語で話せばいいのか、それとも馴れ馴れしく話せばいいのか。
悩んだ末、ルフィは敬語を止めた。
一緒に旅をする仲だ。敬語で話し合う関係よりは深いのではないだろうか。そう思った。それさえも思い出せないから、思い込みでしかないのだけれど。

毛布に潜り込み、目を瞑る。
二人が部屋から出て行く気配を感じて、ルフィは起き出した。
何か書くものを探して、ルフィは見つけた紙に『しばらくしたら戻って来ます』と書き残す。
無意識に自分の文字をじっと見つめた。

(おれはこんな字を書くのか)

文字は誰から教えてもらったんだろうとか自分は右利きだったんだとか思って、苦笑した。
些細なことが新鮮といえば新鮮だ。でも、それは胸に痛みを伴う新鮮さだ。
当たり前がわからない。普段は意識もしないようなことが新鮮だなんて、自分がわからない証拠のようで気分が沈む。

ルフィは申し訳なく思いながらも、窓から宿を抜け出した。



***



人のいないところを探して、森に入る。

誰にも会いたくなかった。
周りにいる人達はみんな、『自分』を知っているのに自分だけが『自分』を知らない。
この感覚をなんと呼ぶのだろうか。
とにかく一人きりになって、『自分』と向き合いたかった。

しばらく歩き回っていると、いつの間にか湖の前にいた。
しゃがみ込み、そっと湖を覗いて見る。知らない少年がそこにいた。

「いやいや、自分だって」

自分の考えに苦笑しながらルフィはじっと自分を見つめる。そして、自分の頬に触れてみた。
痛みのない傷痕にも触れてみる。この傷は何が原因でここにあるのだろう。わからない。
触れているという感触はある。
湖に映る少年も同じ動きをしているのに、そこに映る人物が自分だという実感が湧かない。
今度は湖に映る自分に触れてみた。
水面は揺らぎ、そこに映る自分も揺らいだ。不確かな自分に不安が波紋のように広がる。

『自分』を形作るモノは何なんだろう。
もし、個人を形成するモノが記憶だとしたら、自分はルフィではない全くの別人ということにならないだろうか。
誕生日も年齢も好きな食べ物も何一つ知らない。
名前だってわからなかった。自分のことなのに。
『ルフィ』ではなく違う『誰か』だと言われても、自分は信じるだろう。
何もないのだから、信じるしかない。

冷たい水から手を出すと次第に波紋はなくなり、泣きそうな表情の少年が映った。

「そっか。おれが泣きそうなのか。でも、泣いてる場合じゃないって」

ルフィは自分の頬を両側から引っ張り、自分の姿に無理矢理、笑う。
しばらく、湖に映る自分を見てから、思いついたように靴を脱いだ。そして、ズボンの裾を上げて、湖に両脚をつけて寝転がった。

目を瞑って、深呼吸をする。
小鳥のさえずりと風の通り抜ける音が聞こえた。木洩れ日は優しくルフィを包む。
優しく木々の間を抜ける風の音は心が落ち着いた。

記憶を失う前の自分もこの感覚が好きだっただろうか。温かく優しい、この感覚が。
きっと好きだった。
そう思うだけで、少し安心できた。

両脚を湖から上げて、風が乾かすのを寝転がったまま、ゆっくりと待つ。

「記憶か……戻るかなァ」

嫌でも考えてしまうのが、ずっと記憶が戻らなかったときのことだ。
日常生活に支障はないだろう。言葉も憶えているし、文字も書けた。不自由なのは思い出がないことぐらいだろう。
そのことに、また不安が広がる。
記憶のない今の自分は一体なんなのだろう。

ガサガサと草木を踏み走る音が遠くから聞こえて、ルフィは目を開けた。

「ルフィ!!」

それは『自分』の名前だから返事をしなくてはいけない。
ひどく切羽詰ったような声音にルフィは急いで起き上がった。

「サンジ! っ!?」

自分の声に驚く、誰かの名前を呼ぶつもりなんてなかったのに。
近くの背の低い木々が揺れ、金髪の男が息を切らせながら現れた。

「ルフィ!? よかった……こんなトコにいたのか」
「ごめん……サンジ。一人になりたかったんだ」
「いや、見つかったからいいよ」

安心したように笑われて、ルフィは泣きそうになる。

この人が必死に『自分』を捜す姿をどこかで必ず見ている。
大丈夫。空っぽに思えた自分にも『自分』が残っている。
でも、怖い。まだ怖い。自分を形作るモノが圧倒的に足りない。

「よくここがわかったな。というか、勝手にいなくなってホントにごめん」
「お前の行きそうなトコは何となくわかるんだよ。それに、一人になりたかったんだろうってのもわかってた……でも、一人にしたくなかった。おれの方こそ、ごめん」
「あはは、じゃあお互い様だな」

ルフィは笑って、サンジを見た。そして、視線を彷徨わせたあと困ったようにサンジを見上げた。

「どうした?」
「えっとさ…おれはルフィなのかな?」

その質問にサンジは言葉の続きを促すようにルフィを見つめる。

「だって、何もないんだ。みんなから聞いた思い出、なんにも持ってなかった。おれは誰なんだろう」
「ルフィ…」
「しゃべってても自分の声じゃないみたい…手も足も身体も、自分のだっていう実感がない。おれはホントにルフィなのかな?」

本当は一人で考えたかった悩みだけど、サンジがいると甘えてしまった。

「思い出がないって、すごく怖い。おれがおれじゃないんだ。だから、みんなの傍にいられないって思った。みんな優しいから、記憶をなくしたおれに落胆して欲しくない」
「……ちょっと来い」
「え?」

サンジは両腕を広げて、来いとルフィにジェスチャーを送る。ルフィは訳がわからずに首を傾げた。

「いいから来いって」
「わ、わかった」

ルフィは恐る恐るサンジに近づく。目の前に来たところで、突然強く抱きしめられた。

「お前の記憶、本当に欠片もなかったのか?」
「えっ?」

抱きしめられたことに動揺して上手く思考が回らない。鼓動も速い。それでも、落ち着くような不思議な感覚がした。

「いや、なくても構わない。それでもおれにはお前が必要なんだ。頼むから、おれの傍にいてくれ」
「…サンジ」
「お前はお前だから。そんなに心配するなよ。性格変わったっていいだろ? 誰だって変わっていくんだから。それに、どんなに変わったつもりでも変わらない部分は必ずある」
「そういうもんかな? うん、そういうもんだな」

違うかもしれないけれど、今はそう思いたい。
ルフィはサンジから少し離れて、背伸びをした。

「よし! 原点に帰る! 昔話、聞かせて? おれ達が出会ったときくらいからさ」
「そうだなァ。ウソップ達がいない方が話しやすいか」

どちらからともなく二人は大木の根元に腰を下ろす。

「出会いはお前の屋敷だ」
「屋敷? おれ、金持ちだったのか? 何となく違う気がする」
「ああ、厳密には違うかな。捨て子だったって言ってたし。でも、おれと出会ったときはその土地で一番の金持ちだった。領主がいて、その一人娘の影をしてたんだ」
「領主…様とお嬢様」

意識しているのかわからないがルフィは二人を『様』付けで呼んでいた。
思い出してきているのだろうかと思いつつ、サンジは話を続ける。

「えーっと、さっきは言わなかったが…おれ達はただの旅人じゃない」
「ん?」
「盗賊なんだよ」
「盗賊!? なんで、お嬢様の影から盗賊になるんだ?」

驚きどころが少しおかしい気もするが気にしてはいけないだろう。

「盗賊だから領主の屋敷で一番の首飾りを盗むことにしたんだ。一人で屋敷に忍び込んだんだけど、ヘマして視察中に見張りの兵士に見つかってな」
「うん」
「そのときにお前が助けてくれたんだよ。お嬢様の格好してたから女と勘違いした」
「あはは! 盗賊なのに見る目ないんじゃないの〜? いたっ」

サンジは、おかしそうに笑うルフィの頭を軽く小突いた。そのとき自分の見る目を疑ったことは内緒にしておこう。

「そうは言うけど、完璧な変装だったぞ? そのあと、色々あって男だってわかる」
「な、なに…色々って」

先程とは打って変わって不安そうな表情でサンジを見上げてくる。

「無難に押し倒して触った」
「無難じゃない! 悪いよ! 初対面の奴に何してんだ…」
「あはは、おれも動揺してたからな」

ルフィはじとりとした目でサンジを睨んでから、話を促した。

「影は消えなきゃいけないってルフィが言ってたから、その日に首飾りとお前を盗んだ」
「急展開だなァ」
「一目惚れって奴かな」
「は、恥ずかしいこと言うな。え? も、もしかして……おれ達、付き合ってるのか?」
「そうだよ。まァすぐには恋人になれなかったけど今は恋人同士だ」

自慢げに言われてルフィは驚く。

「そ、そうだったんだ。だからかな? さっき抱きしめられたときドキドキしたけど、安心したんだ」
「へェ? 憶えてるんじゃないか。残念ながら身体の関係はまだない」
「うっ…そんなこと言われても…」

拗ねたように見つめられ、ルフィは本気で何を言っていいかわからなくなった。
それに、自分がサンジと付き合っていると言われても少しもイヤだと感じなかった。
相手は男なのに、不思議と納得した。
それは当たり前のことだったから、どこかが憶えていたからの納得だったのだろう。

「嫌なわけじゃなくて、恥ずかしいだけだからさ。ええっと、少々強引でもいいと思うぞ?」
「……あとでキライになったとか言うなよ?」
「う〜ん、言わないと思うけどなァ。サンジをキライになるって発想がないもん」

自分の中に隠れている自分を捜す。きっと、こう思っているだろうと確信があった。
どこか自分の中で『ルフィ』は眠っているのだろう。なかなか起きられないのだ。でも、それは仕方ない。だって、かなりの強さで頭を打ったのだから。
それでも『ルフィ』がずっと目を覚まさなかったら、みんなが、サンジが心配するから自分が目を覚ましたのだろう。
そう考えると、楽しくなってくる。奥手で恥ずかしがり屋の自分のために何かしてやりたい。
だから、心の内に考えている想いをサンジに代わりに伝えよう。
自分のしたことをルフィは絶対に怒らない。

「それはものすごく嬉しい」
「余裕なくなるくらい追い詰めてよ。じゃないと一生無理だと思う」
「……そう、なのか?」

幾分、艶っぽく笑われてサンジは今すぐ押し倒したくなって仕方ない。

「うん。たぶんだけど、おれはそういう色事の経験は皆無だと思うんだよ。だから、自分がどうなっちゃうかわからなくて、怖いの。それに失態見せて嫌われたくないのかも。うん、絶対そうだ」
「いろいろ考えてたんだなァ」
「えへへ、でも全部思い出したらだからな! 今はダメ」

ルフィは自分の尻を触ろうとするサンジの手を笑顔で抓った。

「いたた……冷たいな」
「今のこと覚えてなかったらゴメンな」
「ああ、別にいいよ。それでも襲うから」
「怒ると思うぞ?」
「でも、キライにならないんだろ?」
「……うん。なんか、自分に申し訳ない気分になった」

泣くかもしれない。真っ赤になって確実に怒るし、殴って逃げようとするかもしれない。
そう思い至り、ルフィは笑った。

「なーんだ、ちゃんと残ってる。おれは『自分』がどんな奴か知ってるよ」
「ルフィ?」
「ちょっと寝てもいい?」
「ああ、そのうち起こす」

サンジにもたれ掛かり、ルフィは目を瞑る。
大丈夫。ひどく安堵していた。
次に目を覚ますときには必ず全てを思い出しているだろう。



***



「ん〜」
「ルフィ、起きたのか?」
「ふへ? サンジ? なんで、おんぶされてんだっけ?」
「え?」
「宿に着いたんじゃなかったっけ? あれ? 湖の近くで話してたっけ?」

ルフィは首を捻りながら、サンジの背中から降りた。

「お前、記憶が戻ったんだな」
「記憶? そう、だっけ。何だろ、変な感じ。ただいま、サンジ」
「お帰り。記憶ない間のことも微妙に憶えてんのかな」

背伸びをしてからルフィは自分の後頭部にあるタンコブをそろそろと触る。

「う〜、めちゃくちゃ痛い……記憶ないとき? なんか、心細かった気がする。でも、大丈夫だと思ってたよ。サンジがいるもん」
「いきなり嬉しいこと言うなよ」
「にしし、そういうもんだって! さっきまでのこと、はっきりは憶えてないけどさ」

満面の笑みでルフィはサンジを見上げてから、サンジの手を掴んだ。

「そっか。じゃあさっき言ってたことは実行してもいいのか」
「……何その顔」

ニヤニヤしているサンジを見て、ルフィは嫌そうな顔をした。

「でも、この宿じゃあ気を遣うし、次の大きな宿に泊まったときにしような」
「……………」
「憶えてないの?」

ルフィは立ち止まり、視線を彷徨わせてからサンジを見上げる。

「憶えてます」
「マジで? そうか〜じゃあ決心はついてるよな。決定しちゃうけどいいよな」
「…………いいよ」

俯いてしまったルフィから消え入りそうな了承の言葉が聞こえてサンジは驚いた。

「本当に!? 途中で嫌がっても止めないぜ?」
「お、男に二言はねェ!」
「……ルフィ」

サンジに、ぎゅっと抱きしめられてルフィは真っ赤になりながらもサンジの背中に腕を回す。

「すげェ嬉しい…優しくするからな」
「そういうこと言うなって! ホントに恥ずかしいんだ…覚悟しても恥ずかしさが変わるわけじゃなんだからな〜」
「だって、嬉しいんだよ〜今まで我慢した自分を褒め称えたい」

サンジが喜べば喜ぶほど恥ずかしい。それが愛を確かめ合う行為だとしてもルフィには恥ずかしさの限界を超えているのだから、世間一般の恋人同士は偉大だ。
ルフィは何を言っていいかわからず、黙ってしまった。

(も〜自分のくせに勝手なことばっかり言って。おれが憶えてなかったら襲われてたんだぞ! ……でも、ありがとな)

照れながらも礼を言うと、自分の中で誰か笑った気がした。
今回のことがなければ、踏ん切りなどいつまで経ってもつかない。
自分にお礼を言う日が来るとは思わなかったが、感謝している。
あのときの自分は消えたのではなく、自分と溶け合ったのだと、そう思う。
だから、寂しくなんかなくて。むしろ、心強く温かい。
なんだか嬉しくて笑っていると、サンジがルフィを覗き込んできた。

「何、笑ってんの?」
「えへへ、内緒」
「ふ〜ん? ま、いいけどな。さて、帰るか〜みんな、心配してるだろうからな」
「…うん!」

当たり前のように手を繋いで、当たり前のようにみんなの待つ場所へ帰る。
普段では気がつかない、当たり前のしあわせに心が安らいだ。

ルフィはサンジの手をぎゅっと強く握ると、強く握り返された。

「襲われたいの?」
「な、何でそうなるかなァ…おれが記憶ないときの方が紳士だったぞ」
「そりゃお前、あんなに不安がってるのに襲えるわけないだろ…ルフィには優しくしたいんだよ、一応」
「一応?」
「泣かせてみたくなるのも男心なんです」
「し、信じらんない」

悪気の一欠けらもないサンジの笑顔を見て、ルフィは呟く。

「あはは、お前も男なんだからわかるだろ」
「わかんないって! 普通、好きな奴には笑ってて欲しいだろ!」
「う〜ん、この心理はお子様には難しいかな」

バカにしたような視線にルフィは悔しくなり、サンジの足を踏んだ。

「いたっ! 踏むなよ」
「知らない!」
「仕返しは後日ベッドの中でしてやるよ」
「や、やらしい言い方! …………お手柔らかにお願いします」
「うわっ! 可愛い! ツボった!」

突如、キスをされたと思ったら、ぎゅうっと抱きしめられて上手く息が出来ない。
茹でダコのように今の自分の顔が赤いのがルフィは顔を見なくてもわかった。
サンジのしあわせそうな表情を見て、これは絶対に覚悟しておかなければと、ルフィは心に誓った。



後日、覚悟したものの大きな町に着く手前でルフィの歩みが驚くほど遅くなる。
そして、痺れを切らしたサンジに抵抗虚しく担がれ、宿に連行されるのだった。























*END*


7 呪いと占い師を読む?