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「お前のこと好きになるんじゃなかった」
目の前が真っ暗になる。
なんで急に…そんなこと言うんだ?
ルフィは背後で波の音を聞いた気がした。
サンジが自分の名前を叫んだ気もしたけど…きっと気のせいだ。
ずっと変わらないと思ってた。
この気持ちは当たり前で必然で運命だと思ってた。
相手がいつも同じ気持ちだと、なんで信じていたんだろう。
…何を信じていたんだろう。
こんな想いをするなら…
あなたを苦しめる想いなら…
こんな気持ち…
***
ルフィが目を開けるとチョッパーの後ろ姿が目に入った。
「う…チョッパー?」
「る、ルフィ~! うえーよかったよォ!」
すごい勢いで振り返り、涙を流して喜ぶ。
「ん? …おれ、どうかしたのか?」
「高波にさらわれて海に落ちたんだ…サンジがすぐに助けたんだけど」
「……サンジが?」
ズキリと痛む胸を押さえてルフィはチョッパーを見る。
「でもルフィを助ける途中に頭を打って気を失ったんだ…結局ゾロが二人を助けたんだぞ?」
「そうだったのか。後で礼を言わなきゃな」
ルフィの笑顔を見てチョッパーの顔が曇る。
「なんか元気ないぞ? まだ力でないのか?」
「…そうかも」
「今日はゆっくりしたらいいぞ? 無理しちゃダメだ。みんなには近づかないように言っておくから」
「うん、サンキュ。もうちょい寝てる」
「わかったぞ。おれ、サンジを見てくるな。命に別状はないんだけどまだ目を覚まさないから」
「そう…か」
サンジに言われた言葉が頭から離れない。
会いたいと思う反面、また同じことを言われたらと思うとルフィはサンジに会えなかった。
部屋を出ていく前にチョッパーは振り返った。
「あっ、サンジな。気を失ってもルフィのこと離さなかったんだぞ?すげェよな!」
カッコいいよなと言ってからチョッパーは部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まるとルフィの頬に涙が零れていた。
「なんで…サンジ」
苦しかった。大切に想われていると勘違いしてしまう。
「おれ、嫌われちゃったのかな…」
ルフィは頬を伝う涙を拭いもせず泣き続ける。
(サンジは優しいから言えなかったのかも…イヤだな…サンジがおれのそばからいなくなるの)
ルフィの涙腺は壊れたように涙を流し続けた。
(でも、おれのそばにいてサンジが苦しむ方がイヤだ。絶対イヤだ…)
ルフィは涙を拭い、深呼吸をした。
(嫌いな相手と付き合っていくなんて無理だ。気持ちは変わるんだ)
目を瞑り、自分に言い聞かせるようにルフィは何度も何度も胸の内で繰り返す。
痛む胸を無視して、流れそうな涙を堪えて。
(大丈夫。サンジの前でも笑える。絶対泣かない、笑え。助けてくれた、離さないでくれた…それだけで…もういい)
ルフィが気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返しているとバタバタと走る音が聞こえた。
「た、大変だァー! サンジが!」
ガチャッと勢いよく扉が開けられウソップが部屋を覗き込んできた。
「ど、どしたんだ?」
あまりの勢いのよさにルフィは驚いてしまう。
「さ、サンジが記憶喪失になっちまった!」
突然の思いもよらない言葉に思考が凍る。
ウソップが何を言っているのかルフィはうまく理解できなかった。
「えっ…ホントか?」
「こんなことでウソつくかよ! 今はチョッパーが診察してる。とりあえず会議室に来てくれ!」
「わ、わかった」
ウソップの足音が遠ざかる。
ルフィは考えるより先に身体が動いていた。
急いでマストを上り甲板にでた。
扉に手をかけ、一瞬ためらう。
しかし怯える自分を叱咤し扉を開けた。
「ルフィ! もう大丈夫なの?」
「ナミ、そんな顔すんなよ。もう平気だ」
心配そうな顔で駆け寄るナミにルフィは笑顔で答える。
「ちょっとこっち来て」
「ん? でもサンジは?」
「後でも平気よ」
ルフィはナミに腕を引かれ甲板に連れ出されてしまった。
「正直に言うわよ? サンジ君、ホントに何も覚えてないの。頭痛がするって言うから詳しい話はもう少ししてからってことになったの」
「そ…うか。何も覚えてないってどんくらいなんだ?」
「自分がコックだってことも覚えてないってチョッパーは言ってたわ」
驚愕のあまりにルフィは押し黙った。
「生活に必要な記憶はあるの。…でも、私たちのことも覚えてないわ」
辛そうな表情でナミはルフィから目を逸らす。
「記憶…戻るのか?」
「わからない。今日戻るかもしれないし、一生戻らないかもしれない」
「…そうか」
無表情なルフィを心配そうにナミは見つめた。
「少しずつ今まであったこと話していくつもり。ルフィ、あんたのせいじゃないんだから落ち込んじゃダメよ?」
優しいナミの言葉に涙が出そうになる。でもルフィは我慢した。
「何も覚えてねェなら自己紹介からしなきゃだな!」
ニカッと笑いルフィはナミを見た。
「…そうね。うん、そうよね!」
ルフィの笑顔につられるようにナミも笑顔になった。
「何も覚えてねェサンジが一番不安だろ? だからおれ達まで不安がってちゃダメだ」
「了解よ。あんた、たまにすごいこと言うわよね~さすが船長って感じだわ」
不安そうな表情は消え、安心したような顔でナミは笑っている。
「そうか? ししし、ナミが金に汚いこと言わなきゃダメだな」
「失礼ね、お金が好きなだけよ」
ナミと話ながらルフィはどこか安堵している自分に気づいていた。
記憶がないということは今のサンジは自分のことを覚えてないかわりに嫌ってもいない。
嫌われるのことがこんなにも恐くて痛いことだとは思わなかった。
…それなら今のままがいい。
ずるい考えかもしれないがルフィは何よりサンジにそんな感情を抱かせた自分が許せなかった。
せめてサンジが記憶を取り戻すまでは自分の気持ちを隠し通そう。
ウソが苦手なルフィの精一杯の決意だった。
「じゃあ自己紹介しに行くか?」
「そうね」
二人は騒つく会議室に戻っていった。
ルフィと話をしたお陰でナミは冷静さを取り戻し、落ち着いた態度でサンジに接することができた。
「ということはおれは海賊でこの船のコックだったわけか」
大方はナミが説明し、他のクルーはその場で黙って成り行きを見守っていた。
「ええ。急には覚えられないと思うから少しずつ話していくわね」
「あなたみたいな美女との思い出がなくなっているなんて…嘆かわしい!」
「………」
一瞬にして辺りが沈黙に包まれた。
「サンジは記憶がなくなってもサンジなんだな」
「基本、うっとうしい」
「なんか安心したな」
チョッパー、ゾロ、ウソップはボソボソと囁き合った。
「おい! そこのマリモヘッド聞こえてんぞ!」
「あァ?」
「記憶なくても仲悪いのね」
「サンジ君はサンジ君ってトコかしらね」
ロビンとナミは安心したように笑い合った。
その後、簡単に自己紹介をし、自由行動に戻った。
「おい、船長」
「え! な、なんだ?」
部屋をすぐに出ようとしたルフィをサンジが呼び止めた。
「いや、お前ホントに船長なのかと思ってな」
「そうだぞ」
他のメンバーは部屋から出て行き、二人きりになった。
じろじろと見られてルフィは後退る。
「な、なんだよ」
「…見えねェな、全然。細いしガキじゃねェか。正直おれはあのマリモが船長かと思ってたわけだ」
「む、ゾロか?違うぞ、船長はおれだ。海賊王になるんだからな!」
ポカンとサンジはルフィを見た。そして、おかしそうに笑った。
「へェ? そうなのか」
「む、信じてねェな、コノヤロー。ん?もしかして海賊王のことも忘れてんのか?」
ルフィはとりあえず部屋を出るのを止めた。
「いーや、覚えてる。信じてないわけじゃねェ。ただお前をおもしれェ奴だと思っただけだよ」
「ふーん、まァどっちでもいいよ。おれは海賊王になるんだからな」
サンジに近づこうとしたがルフィはハッとしてその場に立ち止まった。
「ん? どうした?」
「い、いや別になんでもねェ。気になることあるならあとは他の奴に聞けよな!」
バタバタと走ってルフィは部屋から出て行った。
「なんだァ? あいつ」
わけがわからないという顔でサンジは一人立ち尽くした。
***
(おれのアホ! サンジに近づいたらダメじゃねェか。普通に話せてたのに…)
ウソつけない自分の性格をわかっているルフィが気持ちを隠すために考えた作戦はサンジにあまり近寄らないことだった。
「ルフィ、何してんだ?」
ルフィが特等席に座り、一人反省をしているとゾロが話しかけてきた。
「お~ゾロ~反省中だ。気にすんな」
「…コックにケガさせたこと気にしてんのか? あいつは元からアホだから頭打とうが記憶なくなろうが大丈夫だ。記憶なんてそのうち戻るだろ」
ゾロの心配そうな物言いに驚いてルフィは反省を中断し、仏頂面を凝視した。
「…ありがと、ゾロ。でも大丈夫だ!おれが反省してたのは違うことだからな」
ルフィはニカッと笑って言った。
「…そうか、それならよかった」
安心したようにゾロはニヤリと笑った。
「忘れるトコだった! もう一個ありがとうだ」
「あ?」
「溺れたの助けてくれたんだろ? だからありがとう」
「お前が無事ならそれでいい。そもそも助けたのはコックだ」
「えっ! …あ、あァ」
ルフィの驚きようにゾロも驚く。
「なんだよ? …コックと話すのが嫌なのか?」
「違うって! …どっちかというと逆で困る」
シュンとしたルフィにゾロも困ってしまった。
「話したいなら話せばいいだろ?」
「バカ! できないから困ってんだ!」
「わけわかんねェ。人をバカ呼ばわりすんな」
ゾロは少しだけムッとした顔でルフィを見る。
「…うん、悪ィ。バカはおれかも。でもサンジには近寄らないぞ。我慢するんだ」
「…何なんだ、お前は。はァ、好きにしろよ。てめェは頑固だからな。相談ぐらいならいつでも乗ってやる」
ため息を吐き、片手をヒラヒラと振ってゾロはその場を離れていった。
「ゾロはやっぱいい奴だな」
どうしようもないぐらい辛くなったら相談しようかとルフィは思った。
「ルフィ~ご飯だぞ」
チョッパーがゾロと入れ替わるようにルフィの元へ駆け寄ってきた。
「誰が作ったんだ?」
「サンジだ。なんかキッチンに立ったら手が勝手に動いたらしいぞ!」
「そりゃすげェな~」
ルフィは記憶がなくても料理人なサンジに感心した。
「きっと身体は覚えてるんだ! 記憶もすぐ戻るかも。だからルフィが気にすることないぞ?」
ルフィは思わず微笑んでしまった。
「どした?」
「ナミとゾロにも気にするなって言われた」
「うえ! そうなのか?」
チョッパーは恥ずかしそうに笑った。
「ありがとな、チョッパー!」
その後、クルー全員でいつも通りサンジが作ったおいしい夕食を食べた。
その日寝るまでにウソップとロビンにも気にするなと言われルフィは少しだけ泣きそうになった。
(みんな、大好きだ)
そう思いながらルフィは眠りについた。
***
次の日からルフィは何かと理由をつけてサンジと二人きりになるのを避けまくった。
そんな日々が約一週間も続いた頃、船は買い出しを兼ねて近くの島に立ち寄ることになった。
「この街にはしばらく滞在するわ。久々に街に泊まろうかしらね」
「じゃあおれが船番するぞ」
「いいの? 一人じゃ暇だと思うわよ?」
意外そうな顔をしてナミはルフィを見る。
宿屋の空き部屋にもよるが大体、三部屋を予約する。
男一人が船番をするので宿に泊まるほうがサンジと二人きりになる可能性が高い。
だからルフィは船番を申し出たのだ。
「…ナミさん、おれも船番します」
「え!?」
なぜかサンジも船番に立候補した。
「じゃあよろしくね、二人とも」
ルフィの驚く声は無視されて話は進む。
それじゃあ意味ないと慌てたルフィはナミの腕を引っ張り端に連れて行った。
「何?」
「お、おれ…宿にする」
「…ダメよ。ちゃんと話し合いなさい。サンジ君あんたの態度、不審がってるわよ」
ビクリとルフィの肩が揺れた。
「あんたが何考えてんのか知らないけど…今のままじゃダメよ、絶対」
「でも…おれ…」
「逃げちゃダメよ? しっかり話し合ってそれでもあんたの決意が変わらないならサンジ君を避ければいいわ」
ナミの真剣な瞳にルフィは言葉を詰まらせる。
「…私達はただ無理してるあんたを見たくないだけなの」
「…バレてたか、無理してんの」
「当たり前。ウソ下手すぎなのよ。でも、どうしても二人きりがキツくなったら宿に来なさい」
「ありがとな、ナミ。おれ、がんばってみる」
逃げるだけじゃ駄目だとルフィもどこかわかっていた。
想いが伝わるのを恐れてサンジから逃げていただけなのかもしれない。
話し合うきっかけをくれたナミの叱咤激励にルフィは心から感謝した。
少しだけ心配そうにルフィを見てからナミは船を降りた。
去っていく仲間達を見送りながらルフィが横をチラリと見るとサンジは満面の笑みでナミとロビンに手を振っていた。
いろんな想いがルフィの心を駆け巡る。
自分の想いを隠し通せるのか。
なぜサンジは船に残ったのか。
それから少しだけ二人きりを喜んでいる自分もいた。
全員の姿が見えなくなってからサンジはルフィを見た。
黙って、じっとルフィを見つめる。
ルフィは逃げ腰になりながらもなんとかその場から離れなかった。
近くにいると胸がドキドキする。
あァ、やっぱりおれはサンジが好きだなァ。
どうか、おれの想いに気づかないで。
……サンジがおれを嫌ってもそばに居られるとしあわせだと思ってしまうから。
今だってサンジと二人っきりでホントは嬉しいんだ。
大好きだ。
サンジがおれを嫌いになっても。
だから、精一杯ウソつくぞ。
…頼むから騙されてくれよ?
でも、サンジはたまにイジワルだから騙されてくれないかもな。
黙り込んでいたサンジがふいに近づき、ルフィの腕を掴んだ。
逃がさないと言うように強く。
「さァて船長、話し合いをしようか?」
*溢れる想いへ続く*