おれは海賊でコックらしい。
海賊のメンバーは美女が二人におまけが四人。
少ないな。
まァ美女がいるなら別に自分が海賊だろうとかまわない。

料理の作り方も身体が覚えてた。
料理は楽しい。海賊も悪くねェ。
生活に困らない程度の記憶もある。

でも、なんか足りねェ。




「サンジ君、何してるの?」

記憶を失って三日目、サンジがボーッとみかん畑を見ているとナミが話しかけてきた。

「ナミさん! 立派なみかんだと思いまして」

サンジはデレッと笑顔になる。

「ありがと、私が船に持ってきたのよ。あなたが毎日外敵から守ってくれてたのよ」

みかん畑を見ながらナミは笑った。

「外敵ですか?」
「フフ、主にルフィね」
「あァ〜船長ですか」
「最近は近寄ってないみたいだけどね」

甲板にいるルフィをナミは見た。その口調はどこか残念そうに聞こえた。

「外敵が来なくていいんじゃないですか?」

不思議に思い、サンジは首をかしげる。

「あなた達のやり取りが好きだったのよ。フフ、サンジ君ったら最後には私に黙ってコッソリとルフィにみかんあげてるんだもの。甘いわよね〜今度から餌付けは私にさせてね」

笑いながらナミは少しだけサンジを睨んだ。

「…おれと船長は仲良かったんですか?」
「妬けるぐらいいいわよ? 最近はサンジ君に近寄ってないけど…気にしてんのかしらね」

はァ、とため息を吐いてチョッパーとじゃれるルフィにもう一度視線を向ける。

「あー…おれが記憶なくしたのは船長を助けたからでしたっけ」
「そうよ。あなたは気を失ってもルフィを放さなかったの。でも、それが理由じゃない気がする」
「おれに近寄らない理由がですか?」
「ええ。原因まではわからないけどね」

うーん、とナミは唸る。

「そう…ですか」

サンジもナミの横に並び複雑そうな顔でルフィを見た。

「近寄らないのも気になるんですけどおれはあいつが船長なのがまだ信じられませんね」
「見た目はね。でもサンジ君、ルフィが船長じゃなかったら私はここにいなかった。他のみんなもそうね。私は海賊、大嫌いだったもの」
「…なんか意外です。みんな楽しそうですから」
「ルフィがいなきゃここにいないメンバーばかりよ。もちろんサンジ君もね?」

驚いてサンジはナミを見る。

「おれも?」
「詳しくは知らないわ。私はそのときいなかったから」
「そう…ですか」
「記憶が戻ったらルフィがあなたを避けてる理由、わかるかもしれないわよ。それとルフィが気になる理由も」

ナミはサンジを見た。

「気になる理由…」
「ヒントは気を失ってもルフィを放さなかったこと。身体は覚えてるかもね?」

そう言い残しナミはその場を離れていった。

「おれを避ける理由か」

サンジが理由を聞きだそうにも避けられているので聞き出せない。
それよりも男に避けられる事を気にしている自分が信じられなかった。

「いったい何なんだ」

イライラが募り、サンジはタバコを吹かした。



***



避けられ続けて一週間、サンジは我慢の限界だった。
だから宿に泊まらないとルフィが言ったとき自分も船に残ることに決めた。
本人に聞くのが一番早いと思ったのだ。

チラリとこちらを伺うルフィに気づかないフリしてサンジはナミとロビンが見えなくなるまで手を振る。

(こいつ、ナミさんに何言ってたんだ…まァどうせ宿に泊まるとでも言ってたんだろうけど)

自分の考えにサンジはイライラしてしまう。
じっとルフィを見つめて何を話そうか思案する。

(なにビクついてんだ? そんなにおれと一緒が嫌かよ)

そんな考えにイラつく自分にサンジは内心驚いた。

「さァて船長、話し合いをしようか?」

サンジは無意識にルフィの腕を掴んでいた。
ルフィはビクッとしたがそれでも逃がさない。

「な、なんだよ」
「それはこっちのセリフだ。なんで避ける?」
「さ、避けてなんか…」

目を逸らすルフィをサンジは睨んだ。

「お前、ウソ下手だな。いいから言えよ。記憶なくなる前におれがなんかしたのか?」
「違う!」

ルフィはサンジの目を見て勢いよく否定した。
あまりの勢いにサンジも驚く。

「えと…きっと何かしたのはおれなんだ」
「お前が?」

ルフィはまたオドオドとサンジから目を逸らした。

「たぶん…だから近寄っちゃダメなんだ」

掴まれた手から逃げようとルフィは腕を振る。
だが、放してもらえなかった。

「別に近寄ればいい。おれは気にしてない」
「ダメだ! 今のサンジに言われても聞けない」
「記憶がないからか?」

一瞬泣きそうな顔でルフィはサンジを見た。
そして精一杯の笑顔になる。

「…記憶が戻ったらサンジはおれに近寄らない。だから今は…練習だな」

手がゆるんだ隙にルフィはサンジから離れた。

「…おい」
「おれ! トイレ行ってくる!」

ルフィは走ってその場から逃げてしまった。


サンジは自分がしようとした行動に動揺してルフィを掴む手の力をゆるめてしまったのだ。

(野郎を抱きしめようとしたなんて…おれはどうしちまったんだ)

記憶がなくても自分が女好きなのはわかった。
だから今の自分の感情を持て余しているのだ。

ルフィが泣きそうな顔をしたときサンジは今まで感じたことがないぐらいの焦りを感じた。

(おれは…あいつが好きなのか?)

それですべて自分の感情に納得いく気がした。


ルフィがトイレから出てくるのを気配を消して待つ。
キョロキョロと辺りを見回してからキッチンに向かうルフィの腕を引き、壁に押しつける。

「わっ! …サンジ?」
「今度は逃がさねェ」

サンジは顔の両側に手をつけて、その中にルフィを閉じ込める。

「随分、長いトイレだったな、ルフィ?」
「うえ! あ、あァ…手、どけてくれよ」
「嫌だね」

怯えて自分を見上げるルフィの顔にサンジは背中がゾクゾクした。

「お、怒ってんのか? だったらおれ、ゾロと同じ部屋に泊めてもらうからさ…」

サンジはゾロという名前がルフィの口から出てきたことに異様にイラついた。

今、お前の前にいるのはおれだろ?

「なァ、ルフィ。おれはお前を好きだったんじゃねェか?」
「…そんなわけ、ないだろ」

これはウソではない。
なぜなら記憶を失う前にサンジは好きになるんじゃなかったとルフィに言ったからだ。

「へェ? でも信じられねェな。おれがお前を好きだとしたらイラつく理由が全部解消されるからな」

逃がさないように油断はせず、サンジはそっとルフィの頬に触れた。

「い、イラつくならおれのこと…き、嫌いなんだよ!」

顔を逸らすこともできないルフィは、ぎゅっと目を瞑ってサンジの視線から逃げた。

「あァ? そんなわけねェだろ。近くに来ない、おれを避ける、他の奴と笑顔でいる。嫌いな奴にはそんなことでイラつかねェんだよ」

ルフィはサンジに耳元で囁かれ心臓がドクドクと脈打った。

「お前さ、記憶なくなる前のおれに危なっかしいって言われなかったか?」

驚いて目を開けたルフィの目の前にはサンジの顔があった。
何を言う暇もなく唇を塞がれる。

「好きだって言ってる相手を前に目を瞑るなんていい度胸だな」
「あ、…ヤダ」

真っ赤な顔でサンジを押し退けようとするが逃げられない。
押し退けようとする両手を頭上でまとめられ片手で押さえつけられてしまった。

「理由を言え。言わないならここで犯す」

低い声で言われルフィはビクッと震えた。
恐る恐るサンジの顔を見上げる。
その目は冗談を言っている目ではなかった。

「…言わないのか?」

上着の裾から手を差し入れられ脇腹を撫でられる。

「や…ま、待って! 言う…から…っ」

慌てたルフィは泣きそうになりながらも制止の声をあげた。

「…悪かったな。ほら、もう何もしねェよ」

手を放されルフィは壁に保たれたままズルズルその場にへたりこんだ。
呼吸を整えてから静かに話し始めた。

「サンジが…」
「あ?」

俯いたまま喋るのでよく聞こえなかった。
サンジもその場にしゃがみこむ。

「サンジがおれを助けてくれる前におれのこと好きになるんじゃなかったって言ったんだ」
「…それで?」

頭痛がしたけれどサンジはそれを無視して話を促した。

「だから…おれ、サンジが記憶取り戻すまで近寄らないって決めたんだ」

ルフィと話しているとズキズキと頭痛がひどくなる。

「なんで…近寄らないんだ?」
「だっておれ、サンジに嫌われたくねェもん」

泣きそうに震える声、抱きしめてやりたいとサンジは思ったが頭痛のあまり頭を抑えてうずくまる。

「さ、サンジっ! 大丈夫か! チョッパー…」

立ち上がろうとするルフィの腕を掴んでサンジは引き止める。

「…大丈夫だ」
「でも!」
「どこにも…行くな」

そう言った後、サンジはひどくなる頭痛に倒れてしまった。



***



「う…」
「サンジ! 大丈夫か!」

頭痛がするときはあまり動かさない方がいいとチョッパーに言われたのを思い出し、ルフィはサンジをキッチンに運んだ。
チョッパーを呼びに行こうとしたが服を掴まれていたのでサンジのそばを離れられなかった。

三十分ほど、うなされていたがサンジはゆっくりと目を開けた。
そこにいたのは涙を浮かべたルフィだった。

「…ルフィ? お前こそ平気なのか?」
「え? おれは別に何もねェけど」
「そんなことはねェだろ…イタタ」

微妙に話が噛み合わなくてルフィは首をかしげ、サンジを見る。

「あっ…記憶が戻ったのか?」
「記憶? …あァ、戻った」

起き上がりながらサンジは困ったように笑った。

「っ! じゃあな! …いてェ! 何すんだ」

サンジは勢いよく逃げ去ろうとしたルフィの足を払い、床に転んだところへ馬乗りになる。

「まァ待てよ。おれの話を聞けって」

どうやらサンジは記憶がなかった頃も覚えているようだ。

「う…聞くからどいてくれ」
「嫌だね」

記憶があってもなくてもサンジはおれの言うことを聞かないとルフィは困った顔になる。

「…おれのことイヤじゃないのか?」
「当たり前だろ。それは勘違いだ。お前が変なタイミングで高波にさらわれるから…まァ変なこと言ったおれが全面的に悪いな…悪かった」

ルフィの頭を撫でてサンジは謝る。

「おれの勘違い?」
「お前のこと好きすぎて苦しい…誰かをこんなに好きになったことねェから好きになるんじゃなかったなんてアホなこと言った…嫉妬ばっかしちまう自分が情けなかったしな」
「うえ? 嫉妬? おれが好きなのはサンジだけだぞ」

脱力したようにサンジはルフィの上に突っ伏する。

「やっぱりお前はすげェな」
「苦しいぞ…でもよかった。おれの勘違いでよかった」

ぎゅっとサンジの背中に手を回す。

「ホント悪かった。不安にさせたな」
「サンジがいるなら平気だ」

抱きついてきたルフィを優しく撫でながらサンジの口元がニヤリと笑う。

「なんかエロい体制だと思わねェ?」
「思わない!」

即効で言い返し、ルフィは逃げようとする。

「記憶がないときお前のこと犯すって言ったな。未遂でよかった。初めてが強姦ってのはちょっとなァ?」
「はーなーせー!」
「なんでそんなに嫌がるんだ?」

呆れたようにサンジはルフィを見る。
何度かそういう雰囲気になったことはある。
しかし邪魔が入るかルフィに逃げられるかで結局二人はキス止まりだった。

「イヤじゃない! は、恥ずかしいからに決まってんだろ!」

真っ赤になって叫ぶルフィを見て、今日は止まらないなとサンジは心の中で思った。


記憶がなくても身体がお前を覚えていて、お前がいつも気になってた。
記憶がなくてもお前に恋することがわかって安心した。
つまり溢れる想いは正直だったわけだ。

初めてが床の上で悪いな。
おれも余裕ねェし。
そんな顔してこっち見るなよ…手加減できねェだろ。お前には優しくしてェんだよ。


ルフィ、愛してる






















*END*