「海って広いな! しょっぱいし!」
「楽しそうで何よりだ」
「おう! 楽しいぞ」
ニコニコと笑いながらルフィは甲板から海を眺めている。
ルフィのテンションとは対照的にサンジの表情はどこか低めだ。
「この船…沈みそうだな」
「そ、そんなこと…ないと思うわ」
サンジの不吉な呟きにビビは曖昧に否定した。
確かに、この船は小さくボロボロで全力では否定しづらい。
「ま、仕方ねェか。あっちの大陸に行く船がこれしかなかったからな」
「まさか紛争が始まっているなんて…」
「もう終わるだろうって話だが危険な場所にわざわざ行きたがる奴はいないよな」
本来ならば船長の計らいに喜ぶべきなのだろうが今にも壊れそうな船にサンジとビビは絶句するしかなかった。
「船ぐらいで文句を言ってる場合じゃねェか」
思えばここに来るまでの道のりも大変だった。
まず城でビビの旅について行くと説明する時点でかなりのエネルギーを消費した。主にエースに。
エースも一緒に行くと駄々をこねられた。
別に同行してもらっても構わなかったのだが弟離れのためにナミに却下された。
エースもナミには適わないらしい。
ゾロはルフィにロビンの警護を頼まれ、旅について行くのは断念したようだ。
経過報告を書いた封書をチョッパーに青の王様へ渡して貰うのを頼んだりもした。
ナミとエースは魔女に会ってみたいとも言っていた。
結果、残りのメンバーは一度青の城へ行き、ロビンの元へ行くことになったのだ。
そして、サンジ達は朝方に城を出て、港に来たものの紛争の関係で出航してくれる船がいなかった。
やっと見つけたのがこのボロ船。
ため息が思わず、サンジの口を吐いていた。
「サンジ、どうした?」
「あ〜、いろいろあったなァと」
「あはは、そうだな〜」
苦笑いのサンジを見て、ルフィは楽しそうに笑った。
「………なんか、船止まってないか」
「…波に揺られてるって感じね」
先ほどから見える島の大きさがほとんど変わっていない。
「仮に故障だとして魔法でどうにかなるものなのか?」
「風を使えば運べると思うけど……この船は壊れるかも」
ビビは微妙な表情で船を見つめた。
魔法を使えば海の藻屑と消えてしまうかもしれない。
「……んー、妖精は見当たらないから無理かな」
サンジの問うような視線にルフィは苦笑いで応えた。
エンジンから出ているであろう黒い煙を見つめたあと、三人は顔を見合わせ、とりあえず笑った。
***
「おれ、海の中に王国があるなんて初めて知った」
「丁度、王国の真上辺りを漂っていたみたいね」
あのあと船長から土下座され、無線で連絡して助けを呼んだ。
港に戻って修理するより海底の国で修理する方が早い。
ということで、ほどなくして来た応援の船に引っ張られて、船は修理のために海底の国へ向かっているところだ。
「遭難を免れただけマシなのか」
「そうね。サンジさんは海底の国に行ったことあるの?」
「二、三回ぐらいかな。最近は行ってねェな」
ビビの質問にサンジは頭を掻きながら応えた。
海底にあるためか、あまり国交はない。
しかし、友好的な間柄だったように思う。
「海の中って息できるんだな」
「いやいや、できねェよ」
ルフィの呟きが聞こえ、サンジは素早く否定する。
「できてるじゃんか」
現にルフィ達は故障中の船の甲板にいるが普通に呼吸できている。
ルフィが勘違いしても仕方ない。
「今は空気の塊の中にいるんだよ」
「はァ?」
「海底の国も同じ原理で息ができるんだけど…どう説明しようか」
やはり、よくわかっていない様子のルフィにサンジは悩む。
「地上にいるときと同じ空間をこの船の周りに丸く包み込むように作っているのよ」
ビビが助け船を出す。
「地上と一緒?」
「服が濡れてないだろ? 要はシャボン玉の中にいるようなもんだな」
「へ〜、普通はできないのか」
ルフィが、じっと目を凝らせば海と船の中の空間の境に薄く透明な膜のようなモノが見えた。
「大昔に海で溺れた人が偶然、海底で息ができる場所があることに気づいたの。息ができる場所は広く、そこに住んでみようとその人は考えたのね」
「そこから家を作り、仲間を呼び、町になり、国ができたってわけだな。海底にある貝が呼吸できる環境を作ってるらしいぜ」
「その貝を応用して船を呼吸できる環境にしているのよ」
「貝がな〜。なんか、すげェな! 海底の国も楽しみだ」
ルフィは目に見えて楽しそうに笑った。
「そうだな。修理の間は暇だろうし、町をうろうろするか」
「うん! ビビも来るだろ?」
「えっ!? わ、私はちょっと用事が…二人で遊んで来てね」
気を遣っているのがバレバレなビビにサンジはすまなさそうに笑った。
「えー? そうなのか〜」
「ビビちゃんの厚意に甘えようかな」
「ええ、宿で落ち合いましょう。ルフィさん、もう着くわよ」
残念そうなルフィにビビは海底に着いたことを教える。
「修理はしばらく掛かるだろうから自由にしていてくれ。修理完了したら連絡するよ」
船長と分かれ、町の中に入る。
町の中は地上にある町とさほど変わらない。
しかし、見上げた景色が空ではなく海なので不思議な感じがした。
「魚が降って来ることもあるらしいわ。きっとここを海中だと勘違いしちゃうのね」
「ホントか!? あはは、変な町だな〜」
「ふふ、あの宿で待ち合わせしましょうか」
ビビが指差した宿を見ると一人の女性がこちらを凝視していた。
三人は顔を見合わせる。
「なんか…ナミに似た女だなァ」
「こっちに来るみたいね」
「待てよ。あれって…」
サンジは悩む。
どうやら、心当たりがあるようだ。
「知り合い?」
「あ〜、思い出した」
サンジが思い出すと目の前まで女性は歩み寄っていた。
そして、女性はサンジの両手を掴む。
「サンジ様、私と結婚してください!」
「「えー!?」」
驚くビビとルフィの声が辺りに響き渡った。
***
動揺したまま三人は女性に連れられ海底の国の城へと案内された。
「ご、ごめんなさい…あれでは誤解してしまいますよね」
いきなりプロポーズしてきた女性は部屋に入るなり、深々と頭を下げた。
「い、いや、理由があるんだろ?」
「本当にナミに似てるな〜微妙に違うけど」
ルフィはじろじろと観察してしまう。
頭を上げた女性はナミと瓜二つだった。
違いは腰まである髪の長さと口調ぐらいだろうか。
「あ、私はミナと申します。突然の無礼をお許しください」
「名前まで似てるな〜」
ルフィは次にナミに会ったら教えようと思った。
「そんなかしこまらなくてもいいって。どうかしたのか?」
「あ、はい。実は明日、お祭りがあるんです」
ミナの話によると明日は豊作と平和を祈願する五年に一度祭りが行われるらしい。
その祭りの開始に平和と繁栄の象徴として儀式的な結婚式も行われる。
「本当に結婚していたのは昔の話で今は形だけ結婚式を行っているんです。お兄様と私でする予定だったんですがお兄様の体調が優れないので…代わりにサンジ様に結婚相手をして欲しいんです」
泣きそうな顔でミナはサンジを見つめる。
どうやら本当に困っているようだ。
「さ、サンジ! どうせ足止めされてんだし…してやれよ」
ナミに似た風貌で涙ぐまれルフィはひどく動揺していた。
自分の服の袖を引っ張るルフィを見て、サンジはため息を吐く。
「……仕方ねェな」
「あ、ありがとうございます! みんなに伝えて来ますね!」
サンジのセリフにミナは部屋を掛け出て行った。
「サンジさん、よかったの?」
「困ってる女性は無視できないだろ…ルフィの頼みだし」
ボソッと呟いた本音が聞こえ、ビビは気の毒そうな表情になる。
サンジはそんなビビに苦笑した。
「そう…ね。私も手伝いをするわ。きっと準備で忙しいでしょうから」
バタバタと騒がしい城内。
明日に迫った祭りの準備に右往左往しているようだ。
しばらくすると勢いよく扉が開き、ミナが部屋に入ってきた。
「お待たせしました! 早速で悪いんですけど準備と段取りを説明しますね」
「了解」
ミナが説明を始めようとするとルフィが静かに立ち上がった。
サンジは驚いて、ルフィを見る。
「どうした、ルフィ?」
「……おれは邪魔しちゃいそうだから城の中を散歩してくるな。ミナ、いいかな?」
「はい、迷ったら近くにいる者に尋ねてくださいね」
「おう! じゃあな〜」
不思議そうなサンジとビビに笑顔で手を振り、ルフィは部屋を出て行ってしまった。
***
「……はァ」
ルフィはうろうろと城内を適当に歩く。
よく考えれば行く町すべての城へ入っている気がした。
どの城も豪華だが、どこか作りが違う。
しかし、今は豪華な内装にも目が向かなかった。
「なんだろ…なんかおれ、変だな」
なんとなく、あの場にいたくなくてルフィは適当に理由をつけて部屋を出たのだ。
(……何がイヤだったんだろ)
自分の行動が自分で理解できずにルフィは困り果ててしまう。
(結婚か…サンジもいつかするんだろうな)
その考えに至ったとき、心が騒ついた気がした。
「?」
よくわからずルフィは、ひたすら困惑する。
困惑するルフィの腕を引っ張るモノがいた。
ルフィは視線を下へずらす。
「あ、妖精だ。海の中にもいるんだな〜」
何やら連れて行きたいところがあるらしく、妖精はグイグイとルフィを引っ張り続ける。
「なに? どこ行くんだ?」
ルフィはとりあえず妖精が案内する方へ歩きだす。
少しすると、とある一室の前で妖精は消えてしまった。
「あれ? 部屋に入ったのかな?」
ルフィは首をかしげながら扉を開けて、中に入った。
「いらっしゃい」
人がいるとは思っていなかったルフィは驚いてしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「待って」
慌てて出て行こうとすると呼び止められてしまった。
ルフィは出て行くのをやめて、中の様子を見る。
オレンジ色の髪の青年が一人、布団を足にだけ掛け、ベッドの中に座っていた。
顔色が悪く、どことなく覇気がない。
「暇なんだ。良かったら話し相手になってくれないかな?」
「え? いいけど……いや、いいのか?」
「僕がお願いしてるんだからいいに決まってるだろう。こっちまで来てくれる?」
青年は明らかに不審者なルフィを手招きで呼ぶ。
ルフィは不思議に思いながらも青年のベッドに腰掛けた。
ニコニコ笑っている青年を見ると誰かに似ている。
「もしかしてミナの兄ちゃん?」
「正解。初めまして、僕はナギ。呼び捨てでかまわないよ」
「初めまして〜、おれはルフィ……って体調悪いんだろ? 話してて大丈夫なのか?」
ミナの話を思い出して、ルフィは心配そうにナギを見つめた。
「寝続けるのも大変なんだよ。気が滅入るし、話をしている方が楽だ。ルフィは優しいね」
「へ? 普通だろ」
「いいコだなァ。…君は妖精が見えるんだ?」
「え!?」
突然の予期せぬ質問にルフィは思いきり動揺してしまった。
するとナギがクスクスと笑いだす。
「嘘が吐けない性格なんだね。僕も妖精が見えるんだよ。だから、暇そうな人をこの部屋に連れてきてもらったんだ」
「そうだったのか〜」
友達のような気さくな立場で自分と同じように妖精が見える人間とは初めて出会ったかもしれない。
ルフィはじわじわと嬉しさが込み上げる。
「はっきりは見えないけどね。なんとなく、どこにいるかは分かる」
「おれ、自分以外で妖精見れる奴と初めて会った」
「そうなんだ? 仲間がいるっていうのは嬉しいものだよね」
ナギの言葉に頷いてからルフィは笑った。
***
「……はァ」
明日の式に着る服の採寸を終えてサンジは誰もいない部屋でため息を吐いた。
(全然帰って来ないし、どこ行ったんだか…)
無論、サンジが想うのはルフィのことだ。
探しに行きたいがまだ準備は終わらない。
「サンジ様、疲れましたか?」
「え? いや、大丈夫。あれ、ビビちゃんは?」
「式場の飾り付けを手伝っているようです…旅の途中なのに本当にありがとうございます」
「気にしなくていいよ。どうせ、足止めされてたしな」
サンジの笑顔にミナは赤くなる。
「や、優しいんですね。あの…昔会ったこと覚えてますか?」
「んー…少しだけな」
実際、あまり記憶になくサンジは申し訳なさそうに応えた。
「私は兄の後ろに隠れていましたから、あまり覚えていないかもしれないですね…わ、私…あの頃から」
「ん?」
サンジはミナに目を向けて、ギクリとした。
赤く上気した頬。
潤んだ瞳。
この状況には何度か遭遇したことがある。
「わ、私…サンジ様のこと…好きなんです」
「ごめん! ……おれ、好きな奴がいるんだ」
「っ! ……あはは、そう…ですよね……迷惑ですよね…ごめんなさい」
うつむき、自分の拳を痛いほど握り締めている姿は抱きしめてやりたくなるほど儚く、か弱い。
だが、サンジは何も言わず立ち尽くしていた。
何を言っても彼女を傷つける言葉になってしまいそうだったから。
「っ…すみません」
ミナは謝り、その場を走り去ってしまった。
サンジは後ろ姿を見送ってから近くのソファーに座り込む。
「何やってんだ…おれ」
ミナを泣かせて傷つけてしまった。
可愛いと思うし、嫌いなタイプではない。むしろ、好みのタイプだ。
ルフィに出会う前なら喜んで付き合っただろう。
もしかしたら、いつか結婚したかもしれない。
でも、今の自分には無理だった。
今さら他の人間は考えられない。
「あ〜、会いてェな」
無性にルフィに会いたかった。
*続く*
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