旅の話を聞きたいというので自分が経験したことをルフィはナギに話していた。
「なんか元気ないね?」
「え? そう…かな」
「この町に入ったぐらいの話から」
「え? べ、別にこの町がイヤなわけじゃないぞ」
ルフィは慌てて、弁解する。
ナギは笑って頷いた。
「わかってるよ。ルフィはどの町も楽しんでる。何かイヤなことでもあった?」
「イヤなこと……ない、と思う」
自分でもよくわからないのに他人に説明できるわけもなく、ルフィは曖昧に否定した。
「……ナギは結婚するのか?」
「急だね。世継も必要だし、近々すると思うよ」
急な質問にも嫌な顔一つせず、ナギは応えてくれた。
「結婚相手いるの?」
「婚約者のことかな? いるよ。隣の国のお姫様」
「……政略結婚? 嫌じゃないのか?」
複雑な表情のルフィにナギは穏やかに笑ってみせた。
「そうなるかな。初めは戸惑ったけど今は愛しい存在だよ。出会いは決められたモノだったけど感情は自分で決めたいからね。彼女を愛せなかったら断るつもりだったよ」
「そっか〜。それならよかった」
ルフィはニッコリと笑う、そして再び複雑な表情になった。
「王子様はお姫様と結婚するものなのか?」
「ん〜、どうだろうね。生涯独身の王もいたし、町娘と結婚したっていうのも聞いたことあるから最近の傾向は王子自身が好きな相手を選ぶ事が多いんじゃないかな」
「そう…なんだ」
ルフィは、なぜだかホッとした気持ちになった。
安心したように笑うルフィをナギは優しく見つめる。
「悩み、解決したみたいだね」
「え? うーん、わかんないけど…なんかスッキリした。ありがとう、ナギ」
「力になれてよかった。…っ」
急にゴホゴホと咳き込み出したナギを見て、ルフィは慌てて背中をさすった。
「だ、大丈夫か?」
「はァ…大丈夫。ありがとう、楽になったよ。僕は気管支が少し弱いんだ。空気がキレイな場所では咳も出ないんだけどね。あはは、調子に乗って喋りすぎたかな」
笑っているナギを見て、ルフィは胸を撫で下ろす。
「笑い事じゃねェよ…もう、心配するだろ。そうだ、チョッパーに看てもらえよ! きっと、いい薬を作ってくれる」
「魔女の助手だったかな? じゃあ今度海底の王国に行くようお願いしといて」
「任せろ!」
ルフィがニカッと笑うとノックの音が聞こえた。
「あ〜、話をしてたのがバレたら怒られてしまうなァ。ルフィが怒られるのは嫌だからね」
「えーっと、どうしよう?」
ルフィは小声で尋ねた。
ナギは申し訳なさそうな顔でルフィを見る。
「悪いけど窓から帰ってもらえるかな?」
「うん、わかった。じゃあな、ちゃんと休めよ」
再びノックの音が聞こえ、ルフィは急いで窓から部屋を出ようとする。
「ルフィ」
呼び止められて、ルフィは振り返る。
「また会いに来てくれる?」
「おう! まだ旅は出発できないからまた来るな」
「よかった。気をつけてね」
ルフィは笑顔でナギに手を振りながら部屋を出て行った。
出て行くと同時にノックをしていた侍女が中に入って来る。
「ナギ様……誰かいたんですか?」
開きっぱなしになっている窓を見て、侍女は訝しげな顔でナギを見た。
「まさか。空気の入れ換えだよ」
「そうですか? 最近、体調が悪いんですから無理しないでくださいよ」
「ハイハイ。それじゃあ、しばらく寝ているよ」
機嫌良さそうにベッドに潜り込む。
ナギにとっても新しい友人との出会いはかなり嬉しいもののようだ。
***
(……何に安心したんだろ)
ナギと別れたあと、中庭らしき場所でルフィは寝転がっていた。
真上に見える海を見ながらルフィは考え込む。
よくわからない。
「ルフィさん」
「あ、ビビだ」
ビビに覗き込まれてルフィは笑った。
「何してるの?」
「うーん…考えごとかなァ」
「考え事?」
ビビは寝転がるルフィの横に座る。
「この町に来てから…おれ、ちょっと変なんだ」
「大丈夫? 原因はわかったの?」
「うー…よくわかんない。…サンジに聞いてみようかな」
なんとなくだがサンジに聞けば解決する気がした。
「そうね。一人で悩んで解決しないときは相談した方がいいわ」
「あっ、この辺りで空気をキレイにするモノって知ってる?」
「空気を? うーん、海底に咲く花が空気をキレイにするって聞いたことあるわ」
ビビは少し考えてから海底の花の存在を教えてくれた。
「そっか〜、ありがとな。とりあえずサンジに会って来る」
笑顔で立ち上がったルフィを見て、ビビも笑いながら立ち上がる。
「いってらっしゃい。私はまだ祭りの準備を手伝うからまたあとでね」
「うん! またな」
ビビに手を振り、ルフィは走って城内に戻る。
(えーっと…ここから曲がって来たから)
サンジが出て行ったときと同じ部屋にいるとは限らないので適当に探すことにした。
「サンジ〜…いないか」
二、三部屋覗いてみたが祭りの準備をする人がいるだけでサンジはいなかった。
「ん〜、どこにいるんだろ? ここかな」
ガチャリと適当な扉を開けて中を見ると今度は誰も見当たらない。
「あれ〜? ここは誰もいない…」
ルフィが首をかしげて、扉を閉めようとすると部屋の中から声がしたような気がした。
「ん?」
「ルフィ…こっちだ」
カーテンの陰から手招きが見えて、ルフィはカーテンに近寄る。
「…サンジか? うわ!」
「しーっ! ちょっと黙ってろ」
カーテンの陰に引っ張り込まれ、片手で口を押さえられ、片腕で抱きしめられた。
「サンジ様? ここにもいらっしゃらない…一体どこへ行ったのかしら。あら、テーブルが…」
侍女らしき人がテーブルの上に出しっぱなしになっていたカップを片付けている。
どうやらサンジを探しているようだがルフィはそれどころではなかった。
サンジは気づかれないように身を潜めていて、気づいていないようだがルフィは心臓が脈打って仕方なかった。
(な、なんだ…これ)
今までになかった感覚にルフィは動揺を隠せない。
サンジに突然抱きしめられたことは過去にもあったがこんな風になったことがなかった。
「よし、行ったな。急に悪かったな。今は見つかりたくなかったんだよ」
侍女がいなくなったのを見計らってサンジはカーテンから出る。
しかし、ルフィだけカーテンに包まったまま出てこなかった。
「ルフィ? どうかしたのか?」
「うー…なんでもない!」
ルフィは意を決して、勢い良く飛び出た。
あまりの勢いにサンジは驚く。
「な、なんだ…大丈夫か?」
「大丈夫、なんかちょっと変だっただけだ」
「それならいいけど。変な奴だな」
ルフィは深呼吸してからサンジを見た。
小首を傾げるサンジに思いきり抱きつく。
「っ!」
「……やっぱり、気のせいかな」
先ほどのように全身が脈打つような感覚にはならず、ルフィは首をかしげながらサンジから離れた。
「…………お前」
「サンジ、暇か?」
「……そうでもないが暇だ」
ルフィの行動に不覚にも赤くなった顔を片手で隠し、見せないようにサンジは応えた。
「どっち? ま、いいか。じゃあ一緒に花を取りに行こう」
サンジの異変には気づかずルフィはにっこりと笑う。
そんなルフィを見つめ、サンジは気づかれないよう軽くため息を吐くのだった。
***
「それで花摘みってわけか」
「うん、気管支が弱いならキレイな空気がいるって言ってたからな」
城内を出ながらルフィは今までの経緯を話すと嫌な顔をしながらサンジは納得した。
「他の男のためってのが面白くねェが頼ってくれたのは嬉しいから手伝う」
「ん? うん、ありがとう」
サンジの言葉の意味をほとんど理解せず、ルフィは笑って礼を言った。
「…海の中にあるっつーのが面倒だな」
「どんな花かわかるのか?」
「見れば、な。陽の当たらない岩陰に生えてる白い花だ」
博識あるサンジにルフィは感心する。
「サンジはなんでも知ってるな〜」
「知識なんてあって困るモノじゃねェからな」
「それもそっか〜。まァ、おれには無理そうだけどな。頭使うことはサンジに任せる」
明るい笑顔でルフィはサンジを見た。
サンジは呆れながらも嬉しそうに笑う。
「で、門に着いたけどどうするんだ?まさか、泳いで行くつもりか」
「……考えてなかった」
「やっぱりな」
門は開いているが一歩外へ出れば海の中だ。
泳いで探すには息が続かない。
「どうしようかな〜…あ、ちょっといいか?」
「ん? 妖精でもいたか?」
誰もいない方向を見つめて話し掛けるルフィにサンジは問い掛ける。
「うん。サンジ、ちょっと待っててくれ」
「了解」
何人か門から外へ出ていく人はいるが皆、魚を捕りに行く格好をしている。
サンジはどうしたものかと考えているとルフィがこちらへ来た。
「話ついたぞ! 空気の膜を周りに張ってくれるってさ」
「…お前ってものすごく役に立つな」
「えへへ」
褒められて嬉しいのかルフィはニコッと笑う。
そんなルフィの頭を撫でてからサンジも笑った。
「海底を歩けるのか?」
「えーっと、すごく薄い空気の膜を張るだけだから水の中と一緒だって。あと服は濡れないってさ。泳がなきゃダメってことかな。おれ、泳げるかなァ」
「仕方ねェな。引っ張ってやるよ」
サンジは笑って、ルフィの手を取る。
突然、手を握られ、ルフィは心臓が跳ねた気がした。
「…うーん?」
「どうした?」
「なんでもないぞ! もう海の中に入っても大丈夫だから引っ張ってください」
ルフィは慌ててサンジに応えた。
「なんで敬語? まぁいいか。さっさと摘んで来ようぜ」
なんだかドキドキする。
でも、決してそれが嫌なわけではない。
苦しいような嬉しいような恥ずかしいような…一言では表せない。
ルフィは不思議な感覚に戸惑いながらもギュッとサンジの手を握りしめた。
***
「誰かな?」
自室の窓をノックされて、ナギは不思議に思いながらも声を掛けた。
「おれだよ〜。今、大丈夫か?」
「ルフィ、来てくれたんだね。今は誰もいないよ」
「よかった! この部屋って花瓶ある?」
ルフィは窓から部屋の中へよじ登って入る。
「あったと思うよ。そこの棚に入ってないかな?」
「ここかな〜。あったあった」
棚の中から見つけた花瓶をルフィは取り出した。
「もしかして花でも貰えるのかな?」
「うん! サンジ〜花花」
窓の外にいたサンジからルフィは十本近くある花を受け取り、花瓶に入れる準備をする。
「サンジ…久しぶりだね」
窓から入ってきたサンジの姿にナギは驚いたように声を掛けた。
「そうだな。お前は相変わらずだな」
「あはは、相変わらず病弱だよ」
二人は数回会ったことがあるぐらいであまり会話をしたことがない。
しかし、通じるものがあるのかお互い悪い印象はなかった。
「さっき妹が来ていたんだ」
「あー…なんか悪かったな」
ナギが何を言いたいか分かり、サンジは気まずそうに頭を掻く。
「いや、想い人がいるなら仕方ないよ。それにミナは気丈な女性だからね。平気ではないだろうけど明日には笑顔でいるよ」
「……女性は強いな。おれも明日は平常心でいるように心掛けるかな」
「そうしてもらえると助かるよ。この話は終了。ところで、あれは僕へのプレゼントなのかな?」
一生懸命に花を用意しているルフィを微笑ましく見つめながらナギはサンジに尋ねた。
「……結構、苦労して摘んで来たんだから大事にしろよ」
「ありがとう。キレイな花だね」
「できた!」
ルフィは笑って、サンジとナギに近づく。
満足そうな表情に二人の顔も綻んだ。
「この花は海水じゃなきゃダメだからな。普通の水だと枯れちゃうからな」
「変わった花だね。間違えて水を替えしないように侍女にも言っておくよ。素敵なプレゼントをありがとう」
「あはは、気にすんなって」
にこにこと笑い合う二人の間にサンジは笑顔で割り込む。
「じゃあ、おれ達は忙しいから」
「え? そうなのか?」
驚くルフィの背中を押してサンジは部屋を出ようとする。
「そうなんだよ。それじゃあ、またな」
「お、押すなよ〜。じゃあな、ナギ〜」
「うん、じゃあね」
サンジに押されながらもルフィはナギに手を振り、部屋を出て行った。
「サンジの想い人は身近にいるんだなァ」
二人が出て行った扉を見ながらナギは笑いながら呟く。
ノックの音がして、ナギが返事をすると侍女がルフィ達と入れ違いで部屋に入ってきた。
「失礼します。あら、お花が」
「友人が持ってきてくれたんだよ。水替えは海水を入れて欲しいって言っていたよ」
「海水…じゃあ、やっぱり」
侍女の言葉にナギは問うような視線を向ける。
「あ、はい。この花は海底の見つけにくい岩陰に咲いているモノなんです。清浄で美しい空気を放出する珍しい花ですよ。市場にも売っていませんし、きっとナギ様のために摘んできてくださったのですね」
「……そうだったのか。こんなに心の籠もったプレゼントは初めてかもしれない。また後でお礼を言いたいな」
相当、苦労して摘んで来たであろう花を見返りも求めず置いて行った二人にナギの心は温かいモノで満たされる。
花々を見つめて、嬉しそうにナギは微笑んだ。
***
「どこまで押すんだよ〜。ちゃんと歩くってば」
ナギの部屋から離れても、しばらく押され続けたルフィは困ったように振り返った。
「あの場から早く離したくて…つい、な」
「どういう意味だよ」
「言っていいのか?」
ふと真剣な視線を向けられ、ルフィは思わず口をつぐみ立ち止まる。
何か言えば今の関係が崩れそうな、そんな漠然とした不安に表情は意識せずに曇った。
「……そんな顔するな。困らせたいわけじゃねェよ」
ポンッと軽く頭を叩いて、サンジはルフィの横をすり抜けて歩き出す。
そんなサンジにルフィは早足で追いつき、ちらりと視線を向けた。
「……困った顔してんのはサンジもだぞ」
「あ〜、そうかもな。暴走しそうな自分に困っただけだからお前は気にするなよ」
「…うん。気にするなって言うから今は気にしない」
ルフィの言葉に今度はサンジが立ち止まる。
「…今は?」
「うん、今は気にしない。でも、サンジのことは気になるから……うー、上手く言えねェけど、さっきの言葉の意味もいつか聞きたい…かも? うーん」
言葉を選びながら話すが自分の気持ちを上手く伝えられず、もどかしい。
ルフィは悩みながら歩き続けていると、後ろから突然サンジに抱きしめられ考えていた言葉達が吹き飛んだ。
「いつか、必ず言う。だから今はあんまり可愛いこと言うな。止まらなくなったらどうするんだ?」
耳元で囁かれルフィは真っ赤になって固まる。
サンジはそんなルフィの様子を見て、嬉しそうに笑った。
「……どうもしないもん。耳元でしゃべるなよ、バカ。くすぐったいだろ」
「ははっ、お前は可愛いな」
「なーんかサンジってズルイよなァ」
笑っているサンジを見てルフィは、むくれる。
サンジから距離を取り、大事なことを思い出したようにサンジを見上げた。
「どうした?」
「サンジって結婚するのか?」
急な質問にサンジは心底、驚いた。
「はァ? しないしない。兄貴がもう結婚してるから、世継の心配もないし。王族にしては楽な位置にいるな」
「そっか……えへへ」
ルフィから自然と笑みが零れる。
「もしかして、おれが結婚するの嫌だったのか?」
「……うーん、どうなんだろ」
「なんだよ、その返事」
僅かにだが甘い返答を期待していただけにサンジはガックリと肩を落とす。
「うん、やっぱり結婚しないのは嬉しいかな」
「深い意味はない…んだよな? 期待しない方がいいのか? わからん」
ニカッと笑って言うルフィにサンジは微妙な表情を向けた。
「あはは、おれもよくわかってない」
にこやかに笑うルフィ。
自分に恋愛感情を抱き始めているのだろうかとサンジは期待しないつもりでいるが多少なりと胸が高鳴った。
しかし、僅かな不安も宿る。
「……ここから先に進むのに苦労しそうだな」
「?」
思わず呟いたサンジの言葉にルフィは不思議そうに首をかしげるのだった。
*続く*
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