疲れのせいか三人は無言になりつつ、ビビの村を目指して険しい山道を登っていた。
海底の国を出発して半日ほど経っただろうか。
ルフィとサンジが贈った花のおかげで、ナギの体調が改善したので儀式的な結婚式は当初の予定通り、ミナとナギですることになった。
名残惜しいが三人は祭を見る間もなく、ビビの村に向かうことにしたのだ。
ルフィはナギに絶対また来ると約束し、サンジの機嫌が少し悪くなったりもした。
ビビは無理矢理さらわれたということで無断に近い状態で何日も家へ帰っていない。
父親と何度か物質を通して会話はしているもののやはり、無事な姿を見せたかった。
それに最近は会話をしようにも気配を繋ぐことが出来ず、ビビは人知れず不安になっている。
「ビビの村は海から結構遠いな〜」
少し疲れたのかルフィはぐったりして、先を歩くビビを見た。
山道は旅に慣れていないルフィには辛い。
海底の国から、今いる山の中まで遠く三人に疲労の色は濃かった。
「魔法士という存在はチカラを欲する人達にとっては利用したいものなの。だから、私達は素性を話さず暮らしているか、あまり人目につかない場所に住んでいることが多いのよ」
「それで山の中なんだな」
サンジもさすがに疲れたのか口数は少なめだ。
さりげなくルフィを支えながら、ビビのあとをついて行く。
「ええ。でも、魔法士の一族はバラバラに住んでることも多いから私達のいる村が一番、魔法士の数が多いかもしれない。強大なチカラは破滅をもたらすから気をつけないといけないの」
「そうなんだ〜。魔法士も大変なんだな」
「もうすぐだから頑張って……何? あの煙…」
ビビは立ち止まり、目を見張った。自分の目指す先から煙が上がっている。
確か、あの煙が上がっている場所は自分の村があるはず。
「サンジ、ビビ、行くぞ!」
「ああ! ビビちゃん、急ごう!」
「え、ええ」
いち早く状況を判断したルフィは煙の上がる場所を目指して走り出した。
呆けているビビにサンジは鋭く声を掛けると、その声で我に返り、ビビも走り出す。
一体、何があったのだろう。動悸が激しくなる。しかし、考えている暇はなかった。
※※※
燃える家屋。逃げ惑う人々や消火活動をする人々。
村は変わり果てた姿でビビの目の前にある。
動揺しそうになる自分を戒めて、ビビは水の魔法を使った。
燃えている家屋は一気に消火される。
「ビビ様!」
突然の強力な魔法に驚いた村人達は魔法を使った人物を見て、歓喜の声を上げた。
「みんな! 大丈夫?」
「はい! 怪我をしている者もいますが皆、無事です」
「そう…よかった」
死人がいなかったことの安堵して、ビビはため息を吐く。
しかし、これはどういうことだろう。
ほとんどの家が燃えている。焼け崩れた家屋を見て、ビビは眉根を寄せた。
この村の存在自体があまり一般人には知られていない。どこかの誰かに攻撃される可能性は低いはずだ。
「ビビ、よく帰って来たな。お帰り」
「パパ! 一体何があったの?」
ひどく疲れた表情でビビの父親は笑った。火を消すために多大な魔法を使ったのだろう。
「それがよくわからんのだ。突然、炎に包まれて…精霊や妖精が関係しているはずなのだが」
「そんなはずない…彼らとは仲良くしていたじゃない」
「うむ…」
「ビビー!」
難しい顔で二人が押し黙っていると少し離れた場所からルフィとサンジが走って来た。
「ルフィさん! サンジさん!」
「話を聞いてやってくれ。おれが通訳するから」
「妖精がいるの?」
何かを包み込むように持っているルフィの手の中を覗き込むが、ビビには何も見えなかった。
「うん…何度も謝ってる。チカラが暴走して制御が効かない。自分達のチカラを抑える石を盗賊に盗まれた…自然のチカラを凝縮した七色に輝く宝珠。その宝珠がここら一帯の……っ」
説明の途中にルフィは息を呑み辛そうな表情で自分の両手を見つめる。
「どうした?」
「消えちゃった…チカラを使いすぎて姿を維持できなくなったんだ。でも、大丈夫。消滅したわけじゃない。地のチカラを吸収していれば、また形を成すことができるよ」
少し辛そうに笑うルフィの頭を何も言わずサンジは撫でる。
それに元気付けられたのかルフィは、にかっと笑った。
「ありがと、サンジ。おれは平気だ。思念は受け取ったから、何があったのか説明する」
「ええ、お願い」
ビビは真剣な顔でルフィを見る。それを見てルフィは頷き、説明を始めた。
ここら一帯は自然のエネルギーが強く、チカラの弱い妖精だと大きすぎるエネルギーに許容量を超えて暴走してしまう。
今まで妖精の暴走がなかったのはエネルギーをコントロールする宝珠が昔から洞窟に安置されていたからだ。
その宝珠はチカラを溜めて、辺りへエネルギーを分散させる媒介になっていたのだ。
しかし、宝珠が山賊に盗まれてしまった。チカラの弱い妖精は助けを求めるためにこの村へ来たのだが辿り着く前に許容量を超え、暴走してしまったのだ。
「っていうことだったんだ」
難しい説明はサンジが補足してくれたので、ルフィは無事に説明し終えることができた。
「なァ結局どういう意味だったんだ?」
やはり、説明していた本人が理解しきれていなかったようで困った表情のままルフィはサンジを見てきた。
「要するに盗まれた宝珠を取り戻せば、万事解決ってことだな」
「なるほど! サンジは頭いいなァ」
感心されてサンジは笑うしかない。
「初めまして。君達のことはビビから聞いているよ。私はビビの父、コブラだ。この村の長でもある」
「初めまして。ってビビちゃんから聞いてるなら自己紹介は省くぞ。緊急事態だしな」
「ビビの父ちゃんはなんか知らないのか?」
「洞窟に安置された宝珠…」
「パパ、知ってるの?」
ルフィの問い掛けに何かを思案するコブラをビビは見つめる。
「私はその宝珠を見たことがあるんだよ。まさかあんな神聖なモノを盗む輩がいるとはな…あれは自然のチカラが結晶化したもので代わりになるモノが他にない。しかし、魔法のチカラで近いモノを精製しよう」
「そんなことできんのか?」
驚くルフィにコブラは微笑して頷いた。
「ああ、長くは保てないだろうがな。早く本物の宝珠を取り返す方法を考えた方がいい」
「私が行きます」
「それなら私達も!」
四人の話を聞いていた村人達がビビの前に出で来る。
村人の言葉にビビは首を横へ振った。
「いいえ。みんなは村を復興していて」
「でも!」
心配そうな村人達にビビは自信ありげに笑う。
「大丈夫。私には頼りになる仲間がいるから」
ビビはサンジとルフィを振り返り、頭を下げた。
「お願い、宝珠を取り返す手助けをして欲しいの」
「えっ? 当たり前だろ」
「頼まれなくてもおれ達は勝手について行くぜ?」
「……ルフィさん、サンジさん、ありがとう」
ルフィとサンジにとって、手伝うことは当たり前で頼まれる必要もない。
二人の頼もしい笑顔にビビは胸が熱くなる。
突然、誘拐されて監禁までされた。黒の王国には嫌な思い出しかない。しかし、一つだけ感謝するならば、この二人に出会えたことだろう。
「私達、三人で宝珠を取り返して来るわ。だから、みんなは村の復興をお願い」
「任せてください、ビビ様!」
ビビの言葉に士気を高めた村人達は復興作業に取り掛かった。
「宝珠を取り返したら結界を張っといた方がいいかもな〜山賊に盗られるなんて普通に置いてただけなんじゃねェかな」
「……面目ない」
どうやらルフィの予想通りだったらしく、コブラは申し訳なさそうに苦笑する。
「まァそこら辺の対策は取り返してから考えようぜ」
「ええ。山賊はどこにいるのかしら?」
少し考えてからコブラは口を開く。
「この山の頂付近に山賊達のアジトがあるはずだ」
「なるほど。そうとわかれば出発だな! 妖精がまた暴走しちゃう前に取り返さなきゃ」
ルフィの言葉にサンジとビビは頷いた。
「くれぐれも無理はしないように。私はすぐにでも宝珠の代わりを精製して来よう」
「ええ、それじゃあ行ってきます」
再会を祝い合う暇もなく三人は山頂へと向かう道を歩き始めた。
***
「山賊なんて簡単に見つかるかしら」
山の頂上辺りへ着いて、ビビは不安そうに呟いた。
「あっ、いた」
ビビの心配をよそに、いかにもな風貌の男達を見つけてルフィは思わず指差してしまう。
「話が早くて助かるな」
サンジとビビは戦闘態勢に入るが、ルフィはまだ指差したままだ。
「なんだ、てめェら…つーか、指差してんじゃねェよ!」
こちらに気づいた山賊の一人が警戒しながら声を掛けてきた。
「えへへ、山賊って初めて見たからさ」
「そうか、よかったな」
楽しそうなルフィの頭をサンジはほほ笑ましい気持ちで撫でる。
「ほのぼのしてんなよ! おい、獲物が来たぞ!」
バカにされたと勘違いした山賊は怒りも露に仲間を大声で呼んだ。
その呼び掛けに応えるように大勢の山賊がどこからともなく現れる。
「なァ、洞窟から盗んだ宝珠を返してくれよ」
「なんのことだか?」
明らかに知っている声音で山賊はルフィの言葉を鼻で笑った。
「それは思い出してもらうしかねェな。さて、親分はどれだろうな」
「あはは、全部倒しちゃえばいいんじゃないか?」
「ふふ、そうね」
三人は笑いながら、背を合わせ構える。
「生意気なガキどもだ…やっちまえ!」
山賊の号令で全員が戦闘を開始した。
※※※
「え? もう売っちゃったの?」
「うぅ…さっきから何度も言ってるだろ…」
あっという間に倒されてしまった山賊達の親分が地面に俯せに倒れたまま、力無く答える。
何度も途中でギブアップを申し入れたが、三人は山賊全員が地に平伏すまで戦いを止めなかったのだ。
戦闘音で親分の声が聞こえなかったのも原因の一つだろう。
「タイミング悪かったみたいね」
「じゃあこいつの言う、山のふもとにある町まで行くしかないんだな」
「ぐえ!」
サンジに背中を踏まれ、山賊は苦しそうに呻いた。
「サンジ〜これ以上痛めつけるのは、さすがに可哀相だって」
「お前は優しいなァ」
ルフィの言葉にサンジは感心して足をどける。
しゃがみ込み、ルフィは親分に笑いかけた。
「おっさん、大丈夫? 世の中は不公平だらけで、たまに因果応報なんだってさ。おれにはよくわからないけど、結構当たってるんじゃないかな」
「……」
「それに悪いことするより良いことした方が楽しいと思うぞ」
「……悪かったな」
蔑まれることの多い山賊にとって、ルフィの純粋な笑顔は眩しい。
にかっとルフィに笑われて何か伝わるモノがあったのか、親分は風に掻き消されそうなほど小さな声で謝った。
「うん。それじゃあな」
「簡単には取り返せねェと思うぜ」
「ん? どういう意味?」
首を傾げるルフィに親分は苦笑する。
「…説明するより町に行って直接見た方が早い。せいぜい気をつけるんだな」
「そっか、ありがとな。サンジ、ビビ、行こう!」
「ああ、こっちが近道だ」
ルフィが親分と話しているうちにサンジとビビは町への道を聞いていたのだ。
「急ぎましょう」
ビビの言葉にルフィとサンジは頷く。
いつまた妖精達のチカラが暴走するかわからない以上、急ぐに越したことはないだろう。三人はふもと町まで急いだ。
※続く※