サンジが目を覚ますと、すでに陽が昇っていた。
寝過ごしたと思いながらゾロを蹴落とすためにベッドを出ようとして、思い止まる。
なぜなら同じベッドにルフィが寝ていたからだ。
「………」
サンジは無言で見つめるが間違いなく横で寝ているのはルフィだった。
起きる気配もなくスヤスヤと寝息を立てている。
隣のベッドを見ると人間に戻っているゾロが寝ていた。
「意味分からん…おーい、起きろ。そういや、昨日も似たようなことあったな」
「うー」
昨日も朝起きれば横にルフィがいた。
嬉しいハプニングだが意識がなければ何もできない。
「起きろ、朝メシだぞ」
「メシ〜」
「幸せそうな顔で寝るな、起きろ」
「う〜」
寝呆け気味に起きたルフィはサンジを見て首をかしげた。
「なんでサンジが横にいるんだ?」
「こっちのセリフだ。まァアホ狼がいなかったらお前のベッドに潜り込んでるだろうけどな」
サンジのセリフも頭に入っていない様子でルフィは辺りをキョロキョロと見回した。
「あれ? おれがベッド間違えたのかな」
「そうなんじゃねェのか?」
「あ、思い出した。おれ、昨日の夜中にトイレ行ったんだ」
ルフィの言葉にサンジは気が抜けた。
「つまり、ベッドを間違えたんだな」
「うん。悪ィ…狭かったよな?」
申し訳なさそうにルフィはサンジを上目遣いに見た。
「いや、全然悪くねェ。むしろ、おれが起きてるときに来い」
「え?」
「あ〜それはそれで寝れなくなるか」
「ん?」
「あんまりにも油断してたら襲いそうだしなァ…かといって寄りつかなくなられたら理性がなくなりそうだし…適度に気をつけろよ?」
「へ? う、うん」
ほとんど理解していない様子だがルフィはコクリと頷いた。
二人が騒いでいるとコンコンとノックの音が聞こえ、チョッパーが声を掛けてきた。
「おはよう。もう起きてるか? 朝ご飯の準備が出来たぞ」
「おはようチョッパー! 着替えたら行く」
「分かった〜」
お腹が空いているのかルフィは急いで着替えている。
サンジはそんな様子を見て笑いながら自分も身仕度をした。
「わっ、ゾロまだ寝てるぞ?」
「賑やかにしたつもりだがな」
「起こすか〜おい、ゾロ〜朝だぞ? メシだぞ?」
ルフィは今だに眠りこけているゾロをゆさゆさと揺する。
ゾロはうっすらと目を開け、視界にルフィを捕らえる。
「…ルフィ?」
「起きたか? うわっ」
寝呆けたゾロに抱きしめられてルフィはベッドへと沈み込む。
気づけばルフィは仰向けで、ゾロにベッドへ押さえつけられていた。
「てめェ! 何してんだ!」
「あ? ぐるぐる…」
「失礼なことを抜かすな、アホが! さっさと退けろ」
次第に意識がはっきりしてきたのかゾロはサンジの言葉に眉をひそめる。
「ゾロ〜退いてくれよ〜起きれねェ」
「ルフィ? ………っ!」
「退くの早いな〜おれ、先に行ってるからな」
素早くルフィから退けて壁ぎわまで離れる。
真っ赤になったままゾロは固まってしまった。
無意識にした自分の行動に驚きが隠せないのだろう。
ルフィは特に気にした様子もなくゾロの態度に首をかしげながら部屋を出て行った。
「ただのヘタレかと思いきや、お前、寝呆けてる方が恐い野郎だな」
「大きなお世話だ。てめェもヘタレだろ」
「……うるせェよ」
ルフィのことに関しては確かに奥手になっている自覚があるのでサンジは仏頂面になる。
「…今後は気をつけねェとな。朝は自分で起きろよ? ルフィは近づかせないからな」
「…そうしてくれ」
無意識の行動で嫌われたくないゾロは不本意だがサンジの提案に従うことにした。
***
朝食を食べ終えた五人は今後の話をした。
「じゃあゾロがここに残って、チョッパーがおれ達と一緒に行くんだな」
ルフィの言葉にロビンは頷く。
「ロビンの代わりがおれに勤まるかなァ」
「大丈夫よ。自信を持って」
不安そうなチョッパーにロビンは優しく笑いかける。
「うん…ロビン、おれ、頑張るぞ!」
その笑顔に勇気づけられたのかチョッパーはやる気になった。
「ゾロはロビンの聖水作りを手伝うんだよな?」
ルフィがゾロを見ると嫌そうに頷く。
「あァ、呪いが解けたら合流する予定だ」
「少し時間が掛かるかもしれないけれどお手伝いさんもいるし頑張るわね」
「わかった。じゃあそろそろ行くか〜王妃様も気になるしな」
ルフィの言葉にサンジは立ち上がる。
「ロビンちゃんのことは親父に話してみるよ」
「お願いするわ。フフッ、無理はしなくていいからね。隣国とはあまり交流がないんでしょう?」
ロビンのセリフにサンジは苦笑いをした。
隣国とはいえ、森を挟んでいるせいか交流はあまりない。
そもそも、隣国の悪政にも嫌悪しているのでこちらから交流をもとうという気が起きないのだ。
「上手いこと言ってみるよ」
「ええ」
ロビンも王様にはあまり期待していないようだ。
「チョッパーは準備してるのか?」
「昨日の晩にしたから大丈夫だぞ」
「よし、じゃあ行こう」
ゾロとロビンに別れを告げて三人は森へ入っていった。
***
「近道があったんだな」
「王妃様の薬のことで定期的にお城には行ってたからな。ロビンが作ったんだ」
薄暗い洞窟の中を迷いもせずに歩くチョッパーに感心しながらサンジは後について歩く。
半日ほどで王国まで辿り着ける近道があると、この洞窟に連れられて来られたのだ。
「近道って作れるものなのか?」
「ロビンはすごい魔女だからな。何歳かは知らないけど長生きだし、術士の才能もあるし」
「へェ〜すげェな!」
ニコニコと笑いながら、ルフィはチョッパーを見る。
自分が褒められたようにチョッパーは照れて喜んだ。
「ロビンは年寄りなのかな?」
「女性に年齢は聞かないことだな。というか年寄りは言いすぎだ」
失礼な物言いにサンジはルフィの頭を軽く叩く。
「不死ってわけじゃないけど…昔、新薬の実験で失敗したんだって。そのときから不老らしいぞ」
「新薬の失敗か〜研究熱心だな」
「結界の張り方とか呪術とかの勉強もしてるぞ」
「術士の才能もあるから、いろいろと出来るんだな」
サンジの感心をよそにルフィは黙り込み、首をかしげた。
そして思い切ったようにサンジを見上げる。
「ずっと疑問だったんだけど『魔女』ってなんだ?」
「…………えーっと、お前に分かりやすく教えるにはどうしたらいいもんかな」
閉じ込められていた期間が長い分、ルフィの知識には偏りがあるし、疎い部分も多い。
ナミとエース、あとは二人が持ってくる本ぐらいしか知識を吸収するものがなかったからだ。
「術士は精霊に力を借りられる人だろ?」
「ものすごく簡単にいうとそうだな」
詳しく説明するとまたややこしくなるのでサンジはあえて黙っておいた。
「魔女って絵本でしか見たことねェからさ」
「絵本に出て来るような魔女と現実の魔女はちょっと違うかなァ」
チョッパーもどう伝えようか悩んでいるようだ。
「魔法士とは違うんだろ? あれ? 術士と魔法士は何が違うんだ?」
新たな疑問が浮かびルフィは首をかしげた。
「違う疑問を出して来るなよ…とりあえず魔女のことだけ考えろ」
「はーい」
「魔女っていうのは知識が豊富なんだ。困ったら魔女に聞けみたいな感じかな?」
チョッパーは不安そうにサンジを見上げる。
あとは任せろと、サンジはチョッパーの頭を撫でた。
「昔ながらの知識を持ってる。簡単にいうと辞書みたいな感じだな」
「うーん?」
よく分かっていないのかルフィは首をかしげた。
「例えばお前、転けてケガをするだろ? どうする?」
「えーっと…薬草をつけるかな。当たり前すぎるか?」
「いや、普通はそうするよな。その当たり前の知識は魔女が伝えたものなんだ」
丁度、ポケットに入っていた薬草をサンジはルフィに渡す。
「術士は精霊や妖精の力を借りて治癒する。魔法士は自分の能力で治癒する。でも術士や魔法士は多くはいない。だからおれ達は自分達で出来る治癒の方法を魔女に聞くんだ」
「ほえ〜、なるほど。一般的な医療技術は魔女が伝承してるのか」
「医療技術……ちゃんと難しい言葉も知ってるんだな」
サンジは、よしよしとルフィを撫でた。
ルフィは照れたように笑った。
「『魔法に代わる方法を伝える女性』ってことで魔女だな。新しい伝承を残すために研究して新薬を開発したりしてるわけだな」
「サンジは物知りだな! よく分かったぞ」
なんとかルフィに魔女というものが何かを伝えることができ安心したようにサンジは笑った。
「学者とか賢人とか、そう呼ぶ人もい…もがっ」
「アホ!」
「……サンジ」
サンジは急いで、しゃがみチョッパーの口を押さえたが間に合わなかった。
恐る恐る見上げるとルフィが屈託のない笑顔でサンジを見ていた。
「賢人ってなんだ?」
***
しばらく似たような、やり取りを繰り返して三人は洞窟を抜けた。
心なしかサンジはげっそりしているように見える。
「ほ、ほら! サンジ、もうすぐ城だぞ?」
チョッパーは責任を感じているのか妙に明るくサンジの袖を引っ張った。
「……今すぐ休みたい気分だ」
「そんなに疲れる道のりだったか? おれは楽しかったぞ?」
「お前な……ま、楽しかったならいいか」
「?」
苦笑しながらもサンジはルフィの頭を撫でる。
サンジは改めて周りを見る。
「ここって…城の敷地内じゃねェか。こんなトコに近道があるとはな。間違えて入る奴いるんじゃねェのか?」
いくら城の敷地内とはいえ使用人の一人や二人迷い込みそうに見えた。
「普段は術が掛けてあるから見えない。だから、大丈夫だぞ」
「へ〜、ロビンの家の辺りにある結界と似た感じだな」
「あ〜、おれにはサッパリ分からねェな」
振り返るとそこにはもう洞窟は見当たらない。
自分だけではこの場所からロビンの元へ行くのは無理だとサンジは思った。
***
旅の荷物をサンジの部屋に置き、ルフィ達は王様のいる部屋へと向かう。
「なーんか、みんな異様にチョッパーを見てるよな」
「獣人は人前に姿を出さないから仕方ないよ」
人間の言葉を話せる獣は珍しい。
奇異の眼差しで見られても仕方ないとチョッパーは困ったように笑う。
「そういうもんなのか」
「おれは平気だぞ。ルフィやサンジみたいに普通に接してくれる人もいるからな」
今度は明るく嬉しそうにチョッパーは笑った。
サンジは微笑ましく思いながらノックをした。
コンコン
「失礼します」
「入れ」
中に入ると王は書類の整理をしていた。
「早かったな。ロビン殿は?」
「そのことで話がある。ロビンちゃんの代わりはコイツだ」
サンジは王の前に隠れているチョッパーを抱き上げて見せた。
「これは…随分可愛らしい代理人だね」
「チョッパーっていうんだ。ロビンの助手で、信頼されてるぞ」
黙るチョッパーの代わりにルフィが笑顔で紹介する。
「初めまして、チョッパー君。妻を頼むよ」
「お、おれが看てもいいのか?」
獣人であることに負い目があるのかチョッパーは申し訳なさそうに王を見た。
「もちろんだよ。彼女が信頼して君を寄越したんだからね。何も心配していない。お願いするよ」
「わ、わかった。おれ、頑張るよ」
簡単に認めてもらえたことが嬉しいのかチョッパーは照れたように王を見た。
「早速、看てもらいたい。こちらに来てくれ。サンジ、お前達はここで待っていなさい」
王はチョッパーを連れて部屋を出て行った。
「チョッパー、嬉しそうだったな」
「人に慣れてないだけなんだろうな。周りも可愛がるんじゃねェか?」
「モコモコしてるもんなァ」
「……そうだな。ま、座って待とうぜ」
サンジは手近にあるソファーへ腰かけて、ルフィを手招きする。
ルフィもソファーに座った。
「なんか近くないか?」
広いソファーなのだがサンジとの距離が近くてルフィは首をかしげる。
「気のせいだろ。さて、ロビンちゃんのことはどう説明するかな」
「気のせい…なのかなァ。まァ、いっか。ロビンのことの方が大事だもんな」
「そうそう。早期解決したいけど…ちょっと難しいかもな」
サンジはさり気なくルフィの腰に手を回す。
「あはは! くすぐったいって」
「感度いいな。今後の期待大だな。ちなみにスキンシップだ。我慢しろ」
「なんだそれ? あはは! やめ…」
サンジは別にくすぐっている訳ではないのだが反応が非常に良い。
「あんまりいい反応されると普通にくすぐりたくなるな…」
「ぎゃー! やめて…あははは!」
サンジは身を捩って嫌がるルフィをソファーに転がし、馬乗りになって思いきりくすぐる。
「何…してるんだい?」
王は状況が掴めず、ポカンと二人を見ていた。
ルフィの大笑いのせいで聞こえなかったがいつの間にか戻って来ていたのだ。
サンジは誤魔化すように笑いながらルフィから退いた。
笑いすぎて涙目のルフィに頭を叩かれたがサンジはそれさえも楽しかった。
王は一人、首をかしげるのだった。
*続く*
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