ルフィは生まれてから五年間ずっと自分の家を出たことがない。
監禁されている理由は人の悪意、幽霊、聖霊など普通は見えないモノが見えるから。
そのようなモノが見える目をこの村では『呪われた目』と呼んでいた。

この村では『呪われた目を持つ者は村から出してはいけない』という古い風習がある。
殺すことを考えた村人もいたが呪われた子を殺すと何が起こるか分からないと怖れ、監禁することにしたらしい。
伝承を盲信する村人たちのせいでルフィは村どころか家からさえ出ることは許されなかった。

物言わぬ見張り、頑丈な南京錠がある限りここからは逃げられないと実感させられる。
家の中に入って来れるのは兄のエースと捨て子のナミだけだった。


窓から見える景色と食事を運んで来てくれるナミ、話相手になってくれる兄のエースと過ごす時間だけがルフィにとっての楽しみだった。


「なあ、エース…おれって勉強する意味あるのか?」

ルフィに近づく大人は誰もいない。だから勉強はエースが教えていた。
そして勉強中にルフィは、ぽつりと呟いた。

「急に何言ってんだ?」
「字を覚えても使わないなら意味ねェじゃん。おれはここから一生……出られないんだぞ?」
「…そんなことねェよ。今は無理だけど絶対、兄ちゃんがここから出してやる」

エースは強い眼差しで弟の目を見た。

「…そうだといいなァ」

しかし、弱々しく笑うことしかルフィにはできなかった。
村の大人たちの自分に対する態度を見る限り、ここから出るなど不可能に思えたからだ。

「ルフィ! エース! ご飯よ〜…早く開けてよね」

何か言おうとエースが口を開くと、背後でガチャガチャと鍵を開ける音がし、見張りに文句を言いながらナミが入ってきた。

「勉強は中断して、ご飯先に食べましょうよ」
「やったァ! エース、飯食おうぜ」
「…そうだな」

結局、エースは何も言えず、せめて楽しく談笑しながら食事をするしかできなかった。



***



ある夜、窓から見える満月をぼんやり眺めていたルフィの耳に微かな話し声が聞こえてきた。

「はァ、見張りも楽じゃねェっつーの。気味悪ぃよな」
「村長の命令なんだから仕方ねェよ…ま、面倒だけどな」

いつもは彫像のように何も言わない見張りがその日は珍しく会話をしていた。
ルフィは思わず聞き耳を立てる。

「百年ぐらいは『呪われた目』も生まれてなかったって村長も言ってたぜ? 一体何が見えてるんだかな」

口調からも自分への嫌悪を感じ、ルフィは耳を塞ぎたい気持ちになった。

「エースも気の毒だよな〜あいつの兄貴ってだけで苦労倍増だしな」
「それを言うならナミもだろ〜村長に拾われたのは良かったけど呪われた奴の面倒を見なくちゃいけねェんだから」

勝手なことばかり言う見張りたちにルフィは怒りより先に悲しみが込み上げてくる。

「好きで見えてるわけじゃない…」

聞こえないとわかっていて呟く。
なんだか頭の中が真っ白になる感覚がした。
ルフィは無意識にナイフへ手を伸ばす。
先月エースがルフィにくれたものだ。お守りとしていつも持っていた。
そして静かにそれを握りしめる。

なぜ、自分はここから出られないのか…外に出てみたい…せめて窓がなければそんな欲求なんて持たなかった! 何も見えなければ誰も自分を気味悪がることはない。


――こんな目、いらないのに! ――


両手でナイフを握り、左目に向け、刃先を下ろす

「ルフィ!」

悲鳴にも似た声でナミは叫ぶと同時にルフィの手を叩く。
しかし、ナイフをその手から叩き落とすことはできず刃先はルフィの目の下に刺さった。

「何してるのよ! バカッ!」

ナミは震えながら必死に鮮血の溢れでる傷口を押さえる。

「どうした! ルフィ!?」

血だらけのルフィを見てエースは青ざめる。

「エース! お願い! 医者を呼んで来て!」

ナミの声を聞き、エースは冷静さを取り戻した。

「わかった! 嫌がっても絶対に連れて来る!」

ナミはこんな状況になってもルフィに近づこうとしない見張りに怒りを覚えた。
素早く走り去るエースを見て、ナミは再びルフィを見た。

「ルフィ、左目…見える?」

ルフィはナミの声が聞こえないのかぼんやりと座り込み、動かない。

「ルフィ?」

虚ろな目をしていたルフィはゆっくりとナミを見た。
だんだんと目に生気が戻りナミをはっきりと見つめた。

「ナミ…見える。……まだ見えてる」
「よかった! それでいいのよ!」
「…うん」

ルフィは困ったように笑った。

「私のかわいい顔が見えなくなったらあんた絶対、後悔するわよ! もう…こんなバカな真似しないで」

泣きそうに歪んだ顔でナミはルフィを見る。

「別に見えたっていいじゃない……私には見えないけど……でも、私とあんたに違いなんてないって私は思ってる。私はあんたが大好きなの……こんな悲しいことしないで」
「うん……ごめんな? おれ、どうかしてたみたいだ」

ナミの目からは涙が溢れていた。
そんなナミの頭をルフィは優しく撫でる。

ルフィは自分が一人ではないと強く感じることができた。



***



ルフィの治療中、エースとナミは二人きりになれる場所で今後の話し合いをすることにした。

「この村からルフィを逃がそう」
「うん、だってルフィ最近困ったようにしか笑わない……私、ルフィには笑顔でいて欲しいの」

ルフィのしあわせを誰よりも願う。二人の願いはいつも一緒だった。

「自分の目を潰そうとするなんて……そんなに追い詰められてるなんて私、気づけなかった」
「限界……だったんだろうな。今まで平気なフリしてたんだ」
「ルフィは優しいから……私に変なモノが憑いてたらさりげなく祓ってくれるし。でも、ウソがヘタだから全然さりげなくないんだけどね。すぐわかるの」

クスクスと笑ってからナミは泣きそうな顔でエースを見た。

「エース、ルフィを絶対、逃がそうね」
「もちろんだ。確実に逃がせる日を考えるぞ? 失敗すると見張りも増えるだろうし……今回の件でしばらくは見張りが増えそうだな」
「今すぐは無理ね……悔しいけど私たちはまだ子供だもの。ルフィが一人でも確実に逃げられる日…いつがいいかな」

二人は明け方近くまで真剣に話し合った。



***



翌朝、二人は話し合った結果をルフィへ伝えに行くと入口付近に医者がいた。

「目の下にできた傷は残るだろうな」

なげやりに言い、その場を離れて行った。

「…案外、いい奴なのかもな。こんな時間までルフィを看てくれたんだから」
「そうね。全員がルフィを邪険にしてるんじゃないのね」

二人は顔を見合せ、見張りに鍵を開けさせた。
そして見張りに聞こえないように小声で話し始めた。

「いい、ルフィ? 脱出計画を言うわよ」
「えっ! 急に何言っ…もがっ」

驚いて大声をあげるルフィの口をエースが押さえた。

「決行は十年後の新月の夜。ルフィは森の中を、私たちは明るくなってから普通の道を。そして王国で落ち合うの。闇の中でもあなたなら逃げられるでしょ?」

エースから解放され、ルフィはうなずく。

「精霊が道を教えてくれると思う……一緒には行かないのか?」
「ウソの情報を流したり足止めしたりするからダメよ。ルフィさえ逃げられれば後はどうにでもなるの」

心配そうな顔をするルフィの頭をエースが撫でる。

「まだ時間はある。ちゃんと計画して練習もするさ。お前も覚えることがたくさんあるからな?」
「そうよ。決行日までに各自あらゆる物事を学ぶこと」

安心させるようにナミは笑った。

「それまではおとなしく従順なフリをするわよ? 油断してる方が作戦成功率もあがるからね」
「でも……」

戸惑うルフィにエースも笑いかける。

「この村を出たらいろんな場所へ行こうな。ルフィと一緒なら、きっとどこへ行っても楽しい」
「……うん、おれも頑張る」

ルフィは笑顔で二人に抱きついた。

ナミは鍵の保管場所や見張りの順番など脱出に有利になりそうなことはなんでも調べた。
エースは剣術を学び、ルフィには体術を教えた。

三人はそれぞれにできることを努力して日々を過ごした。




十年後



「ついに今日の夜ね。もう一度、作戦を確認しておくわよ?」
「おう」

すっかり成長した三人はこれからイタズラでもするように楽しそうに笑い合う。

「まず、エースがボヤ騒ぎを起こすからそのときに私がこのスペアの鍵でここを開けるわ」

つい先日、盗みだした鍵をナミは自慢気に取り出す。

「そしたらルフィは森へ行って。私は逆方向に逃げたって村のみんなを撹乱するから。あ、これ渡しとくわね」

ルフィの手に金の入った袋をナミは置いた。

「どこで稼いだんだ?」
「村人からスったのよ」

エースの問いにニヤリと笑いナミは答えた。

「こんな扱い受けてきたんだから当然の結果よ」
「ナミはすげェな!」

ルフィは感嘆の声をあげる。

「このお金で宿に泊まって待ってて。私たちが急いでも普通に道を歩くと三日はかかると思うの」
「お前は一日か二日、森の中で野宿しなきゃいけなくなるはずだ。獣や盗賊に気をつけろよ」
「わかった」

何度も何度も話し合って来たことだ。頭には入っている。あとは実行に移すだけ。

「もしも、宿にいる間に何かあったら書き置きをして出掛けなさいね? 城下は広くて雑多な感じだったから迷子にならないように気をつけて」

うなずくルフィの頭をエースが撫でた。

「じゃあちょっとボヤでも起こして来るか。ルフィ、あとでな」
「エース! ……気をつけろよ」
「安心しろ。上手いことやるさ」

ヒラヒラと手を振りながら家から出ていく。続いてナミも部屋から出ようと立ち上がった。

「お互い、危ない橋を渡るんだものね。不安もあるでしょうけど乗り切りましょう。……私ね、捨て子でよかったわよ? あんたに会えたからね」
「ナミ……ありがとう」
「ふふっ、囚われのお姫様を助けにまたすぐ来るわ」

さながら勇敢な騎士のようにナミは颯爽と立ち去った。

ルフィはカバンの中を入念にチェックし、ボヤ騒ぎを待つ。
閉じ込められ続けた家だが愛着もそれなりにある。家の中にはナミとエースと過ごした暖かい思い出が詰まっているから。それだけは忘れないようにしようとルフィは頬の傷を触りながら、そう思った。

しばらく思い出に浸っていると辺りが騒がしくなった。

「人手が足りないの! あんたたちも行って!」

見張りの離れる足音。そして鍵を開ける音が聞こえた。

「助けに来たわよ。お姫様」
「ナミ! 姫じゃねェよ〜さっき言うの忘れてた」
「あら? 囚われのお姫様って感じじゃない? ピッタリだと思ったんだけど」

クスクス笑いながらナミはルフィの頭を撫でた。

「そんなわけねェだろ〜何それ?」
「一応顔を見られないようにコートよ。森を抜けるまではフードを被ってなさい」
「わかった」

ルフィはナミが持ってきたコートに身を包んだ。

「あとこれも」
「あ、ナイフ……」

ルフィが目を刺し潰そうとした日からこの家の刃物はすべて村長に没収されていた。同じ過ちを繰り返さぬように。無論、エースにもらったナイフもだ。

「処分されそうだったのをエースが隠して持ってたのよ。出掛ける前に渡せって言われたの」
「ありがとう……もうあんなことはしない。大切なお守りだ」
「今のあんたなら大丈夫だと思ったのよ。さあ、早く。見張りが戻って来ちゃうわ」

初めて出る、外の世界に感動する暇もなくルフィは周りにバレないようにナミに連れられ村の端まで歩いた。

「ここからは一人よ……また絶対会うんだから」
「うん」

そのときバタバタと走る足音が聞こえ、二人は硬直する。

「ルフィ、ナミ」
「な、何よ〜エース、脅かさないでよ! こっちに来て大丈夫なの?」
「悪い、どうしても気になって…ボヤどころか大火事になったから、しばらくは大丈夫だろ。もちろん燃やしたのは廃屋だぞ」

三人は顔を見合わせた。

「絶対また会うぞ。それまでは一人で逃げ切れ。お前は強い、大丈夫だ」
「おォ! 獣にも盗賊にも負けねェよ!」
「城下ではパーッと騒ぎたいわね。ふふ、もう少し村人から財布をスって追い掛けるわ」

笑い合いながらも三人の胸には少しだけ淋しさが込み上げる。

「また、あとでな……」

力強く、うなずく二人をじっと見つめる。
名残惜しいがルフィは歩きだした。
見送る二人を一度だけ振り返り、そして走り去った。


闇に包まれた森の中をルフィは駆け抜ける。
今のうちにできるだけ進んでおかなくてはいけない。

お守りを握り締め、また二人に出会えることを心に描いて前に進む。


目指すは王国にある城下町。

















*続く*


2 迷いの森の中でを読む?