黒の国への入口が見える場所に身を潜めるサンジ達と赤の王の軍勢。
独特の緊張感の中、出陣する前にサンジは最後の確認をする。
「準備はいいか?」
「大丈夫だ。作戦通り、おれ達は南の門から町に入る」
サンジの問いかけにエースは笑って応える。
「私達は王様の指示に従うわ。サンジ君とチョッパーは騒ぎがあってからコッソリ入ってね……ってチョッパーは?」
「準備があるらしい。すぐ来るだろ」
「おーい! 準備できたから、もう城へ向かっても大丈夫だぞ」
チョッパーは一本の黄色い花を持ち、ニコニコしながら三人の元へ走って来た。
「お疲れ。見つかって良かったな」
「うん! これで鉄格子を開けられる」
チョッパーは大事そうに花をショルダーバッグにしまった。
「それはそうと黒の王達はお前がロビンちゃんの助手なのを知ってるんじゃないか?」
「え!? う〜ん……知ってるかも」
サンジの発言に驚いてからチョッパーは不安そうな表情で頷いた。
「言われればそうね…チョッパーがいれば魔女の居場所が分かるもの。チョッパーが捕まったらルフィを助けても意味ないわね」
「城へ行くのは危険かもな。なんか変装とかできねェの?」
エースは不安そうなチョッパーを安心させるように笑った。
「え〜っと……あ、できる! 大丈夫! 鉄格子を開けられるのはおれしかいないからおれが行く」
しばらく考えた後、変装方法を思い出したチョッパーは決意の眼差しで三人を見渡した。
「よし、決意も固いみたいだし予定通りに行こう。王様も準備できたみたいだし変装は今のうちにしとけよ、チョッパー」
「うん!」
返事と共にチョッパーの姿が変わり、三人は絶句した。
***
「なんだか城内が騒がしくなってきたわね」
ビビは髪を一つにくくり、いつでも出られるように準備をした。
「ビビ」
「どうしたの?」
ルフィに小声で名を呼ばれ、ビビも自然と小声で尋ねた。
「……いつもと違う足音だ」
兵士達とは違う靴音が近づいていることにルフィはいち早く気づき、ビビに伝える。
「…とりあえず様子を見ましょう」
ビビのセリフにルフィは頷いた。
二人はソファーの後ろに姿を隠し、様子を伺う。
キョロキョロとしながら一人の若い男が鉄格子の前にやってきた。
この城の者ではない服装に二人は顔を見合わせる。
「ビビの兄弟…とか?」
青年の肩より少し長い髪の色がビビの髪と同じ色だったのでルフィは聞いてみた。
「いいえ、私に兄弟はいないわ……ルフィさんも知らない人なの?」
「うん、知らない」
ルフィがどうしようかとソファーから少し顔を出すと青年とバッチリ目が合ってしまった。
「ルフィ!!」
「へ?」
ルフィが何か言うより早く青年がルフィの名前を呼んだ。
見知らぬ男に名前を呼ばれルフィは間抜けな声を上げた。
「知り合い?」
「知らないヤツ…のはずだけど」
ビビに尋ねられ、ルフィは困った顔でビビを見つめた。
「助けに来たんだ! よかった…無事で」
青年の心底ホッとしたというような声音にルフィは更に混乱してしまう。
「今、開けるね!」
「鍵がないと開かないぞ?」
隠れても無駄なのでルフィとビビは鉄格子の前まで行った。
「大丈夫だぞ。これがあるから」
ニコッと笑って青年はショルダーバッグの中から黄色い花を取り出した。
「花? しぼんでるぞ?」
「この花は満月の夜にしか咲かないんだ。だから今は花びらが閉じてる」
「それでこの鉄格子が開くのか?」
ちょっと待っててと言いながら青年はバッグの中からランプを取り出し、灯りを点けた。
「キレイ…まるで月明かりみたいな光ね」
ビビの言うようにランプの光は普段使う炎の灯りとは違った。
青年は花を鍵穴の上に持って行き、それをランプで照らした。
「こうすると花が満月と間違えて、花びらを広げるんだ。満月の夜に花開くと夜露に似た雫をこぼす。それは純度の高い聖水と同じ効果があるんだ」
「聞いたことあるわ…すべての術を無効化する雫。希少価値が高くて見つけるのも大変なはず」
ビビは驚いて、青年を見つめた。
「えへへ、崖の側面にあるのを頑張って採ったんだ。この雫、別名で『精霊の涙』とも呼ばれてる」
ランプに照らされ、花がゆっくりと開いた。
一滴の雫がゆっくりと鍵穴へと落ちる。
「あ、なんのチカラもなくなった」
ルフィは試しに鉄格子へ触れるとパチパチと反発する力が消えていた。
「あとは任せて」
ビビが手をかざすと突風が吹き、鉄格子は容易く切り壊された。
「ビビ、すげェ!」
「ありがとう」
ルフィの素直な賛辞にビビは少し照れた。
青年もパチパチと手を叩いている。
「…お前、誰なんだ?」
ルフィは手を叩いている青年の前に立ち、その顔を見上げた。
「う……や、やっぱり、わかんないか。サンジからおれも来たって聞いてない?」
「サンジ? ……あっ! えっ!? チョッ…むぐっ」
「しー! 名前呼ばれたら変装した意味がなくなっちゃう」
チョッパーは慌てて、ルフィの口を両手で塞ぐ。
「おれが捕まったらロビンが危なくなるってサンジが言うから変装して来たんだ。だから、名前も言わないで?」
ルフィはコクコクと頷いて、チョッパーの手を叩いた。
チョッパーは慌てて塞いでいた手を放した。
「ぶはー! 苦しいって」
「ご、ごめん」
謝るチョッパーにルフィはニコッと笑いかけた。
「ううん、助けに来てくれてありがとう。えーっと…名前が呼べないと不便だな」
「う〜んと……じゃあトニーで」
「トニー君…上はどうなってるの?」
ビビは騒がしい城内に不安そうだ。
「今はサンジが兵士達を引き付けてくれてるんだ。赤の王様達も町で黒の兵士達を鎮圧してる。だから、城の外に出たらなんとかなるってさ!」
「そっか! よし、じゃあ脱出するか〜」
「ええ」
「うん!」
チョッパーが先頭を、ビビが次に、ルフィが最後尾を歩いた。
三人はコッソリと階段を上る。
「ルフィさん、なんでトニー君の姿に驚いたの?」
ビビが振り返り、さっきから気になっていたことをルフィに、こっそりと尋ねた。
「あ〜、チョッ…じゃなくてトニーは元々、獣人のたぬきなんだ」
「トナカイ!!」
聞こえていたのかチョッパーは素早く訂正してきた。
「わわっ、でけェ声だすなよ!」
「る、ルフィさんの声もでかいわ!」
「誰だ!?」
丁度、一階に上がったところで三人の大声に兵士が気づく。
「うわ! 人数多いな」
相手をしようにも兵士の数が多く、この場所での戦闘は難しい。
「二手に別れましょう! トニー君は私と一緒に!」
「よし! おれはこっちに行くから、また後でな!」
ルフィは脱兎のごとく右側の通路を駆け抜けて行った。
「おい! 待て! な、なんだこれ…」
追いかけようとする兵士達の前に氷の壁が突如、できる。
通路への道は閉ざされてしまった。
「行きましょう、トニー君!」
驚いている兵士達の間をすり抜け、二人は出口を目指して走る。
「うん! おれ達が敵を引き付けるんだな」
「ええ、ルフィさんが一番狙われるはずだから」
魔法士よりも魔女を見つける能力の方が必要なのだ。
当然、ルフィを捕まえようとする輩が多いだろう。
二人は出来るだけ派手に動き、注意を自分達へと向ける。
ビビは走りながら追手に魔法を掛け退けるが限りがない。
「ビビ、大丈夫か?」
「ええ、なんとか…」
連続して使う魔法に疲れ、ビビは疲労が隠せなくなっていた。
しかし、心配そうなチョッパーに笑顔を見せる。
「ルフィ、大丈夫かな」
「氷の壁も長くは、もたない。ルフィさんを信じるしかないわ」
「……うん。わっ、なんだ?!」
ビビとチョッパーは倒れている兵士の数に驚く。
「気絶してるみたいね」
「きっと、サンジだ」
噂の張本人が兵士を床に沈めているところへ二人は遭遇した。
「お疲れさん。ちゃんと鍵を開けれたみたいだな……ルフィは?」
「こ、怖いってサンジ。途中で二手に別れたんだ」
サンジに凄まれてチョッパーは怯える。
「はァ…ま、強いから大丈夫だろ。とりあえず二人は外へ出ろ。狼君も来てるから表はもう安全だろ」
「狼君?」
首をかしげるチョッパーを素通りし、サンジは戸惑うビビに歩み寄った。
「ビビちゃん…だっけ? 君も疲れているみたいだから表で休んでるといい。ルフィはおれに任せろ」
「あなたがサンジさん…ルフィさんをお願いします」
「ああ、そっちも捕まらないように気をつけて」
ペコリと頭を下げたビビに微笑んでから、サンジは城内へと走り去って行った。
「外へ出ましょう」
「うん」
兵士に見つかる前に二人は外へと出た。
「うわ、外もだ」
城内と同じくらい多くの兵士が外へも倒れていた。
「……お前、チョッパーか?」
「え!?」
名前を呼ばれてチョッパーは驚く。
「アホ王子の言ってた通り面影ゼロだな」
「ゾロ! ビビ、安心して? 味方だよ。よかった、呪いは解けたんだな」
夜になっても人間のままのゾロにチョッパーは安心したように笑った。
「………まだだ。あの女、適当な解き方しやがったからな」
「そ、そうなの?」
怒り心頭のゾロにチョッパーは苦笑いする。
「まァ、この場所まで迷わず来れたから構わねェ。赤の王の軍勢ももうじき来るからそこらで休んでろ」
「ええ、ありがとう」
息の整わないビビにゾロはチラリと視線を向けてから、ちらほらと現れる黒の兵士達を片付けに行った。
***
二階へと続く階段を横目にルフィは城内をひたすら走る。
「う〜、階段は関係ねェな。どこに行けば出られるんだ?」
適当に走り回ってみるものの外へ繋がる通りには行き当たらない。
(敵が追って来ない…ビビ達がうまく逃げれてるといいけど)
「ぶっ!」
考え事をしながら走っているとルフィは壁のようなものに、ぶつかった。
ぶつかったモノと目が合いルフィは固まる。
「げっ!」
「あ! いたぞっ! うお!?」
ルフィは騒ぐ兵士に素早く足払いをし、今来た道を再び走る。
「待てェ!」
「待つわけねェだろ!」
振り返りルフィは叫ぶ。
他にもいた兵士達が数人で追いかけてきていた。
前を向いて走るスピードを上げようとして、急停止した。
「う、わっ!」
「いたぞ! 捕まえろ!」
「ど、どうしよ〜」
前方からも兵士が走って来る。
どちらか一方と戦えば後ろから来る兵士に捕まってしまうだろう。
「う〜、仕方ないっ!」
さっき見た階段をルフィは駆け上がった。
二階に着いたとたんにその場にいた兵士と目が合う。
「あは、あはは!」
「誰だ!? ……あ、待て!」
笑って誤魔化そうと思ったが無理だった。
「何なんだよ、も〜!」
二階を素通りし、三階へと上がるが兵士達も追いかけて来ている。
廊下を走り抜けるがバルコニーへと続く廊下で、運悪く行き止まりになってしまった。
引き返そうとするがすぐ近くまで兵士達がやってきていた。
「はァ、はァ…や、やっと追い詰めたぞ! 観念しろ!」
長い階段を駆け上がったことで全員の息は切れ切れだ。
ルフィは後退りしながらバルコニーへと出ていく。
「い、イヤです」
「三階から飛び降りる気か? 中庭は低い場所に造っているから三階から飛び降りるより衝撃がある。それよりはおとなしく捕まった方がいいんじゃないか?」
「……高いな〜」
ルフィはバルコニーから下を覗く。
兵士達はじわりじわりとルフィの逃げ場を塞いだ。
「う〜、心の準備させてくれよ」
ルフィはそう言いながらポケットに手を突っ込み、兵士達にバレないように何かを取り出し、それを中庭に向けて落とした。
「えっ! は、早まるな!」
「あ、危ないからそんなトコへ登るな!」
手摺りに足を掛けたルフィに兵士達は慌てふためく。
そんな兵士達に振り返り、ルフィはニカッと笑った。
「じゃあな〜」
そう言ってルフィは、騒めく兵士達の声を背中にバルコニーから飛び降りた。
***
「ったく、あのアホはどこにいるんだ」
苛立ちを隠そうともせずサンジは城内を探す。
なぜか兵士と出くわすこともなかった。
(もう外へ出たとか? いやいや、ありえねェな)
なんとなく、ルフィはまだ城の中にいる気がした。
「お、中庭か…」
急に開けた場所へ出たと思えば、そこは程よく手入れされた中庭だった。
一階よりも低い中庭へ、サンジは階段を降りて行く。
ルフィが隠れていないか念のため、辺りを探した。
ライトアップされているおかげか辺りが見えやすい。
「いてっ」
突如、頭に軽い衝撃がありサンジは地面に転がったモノを拾う。
「木の実? ……ルフィ、何してんだ…」
落ちて来た元を見上げると探して止まない張本人の姿が見えた。
手摺りに足を掛けているように見え、サンジは顔を引きつらせる。
「サンジ!」
「なっ!?」
まさかとは思っていたがルフィは勢いよく飛び降りてきた。
サンジは慌てて落下地点に行き、ルフィを抱き留める。
「ば、バカか! 危ないだろ!」
思ったほど衝撃はなかったがそれでも怒らずにはいられない。
「ご、ごめんなさい…捕まりそうだったから」
ルフィの言葉に上を見上げると兵士達がこちらを覗いていた。
すぐにこちらへ来るだろう。
「のんびりもしてられねェか」
「うん、行こ……わっ、何?」
離れようとした瞬間、強く抱きしめられルフィは戸惑った。
「…無事でよかった」
「サンジ……おれは大丈夫だぞ」
ニカッと笑ってルフィはサンジを見る。
「そうみたいだな。安心した。そんじゃ、逃げますか」
「おう! ありがとな」
ルフィは少し見上げるようにして、空中に向かって、礼を言った。
「妖精でもいたのか?」
「さっき飛び降りたときに風のチカラを借りたんだ〜軽かっただろ?」
サンジは先ほどの衝撃の軽さに納得した。
「なるほどな。妖精がいて助かったな。……妖精がいなかったら飛び降りてないよな?」
「さすがに飛び降りないって……たぶん」
ルフィはサンジから目を逸らす。妖精がいなくても確実に飛び降りていただろう。
「……ホント、目が離せない奴だな。はァ、心配かけんなよ?」
「なるべく、気をつけます」
「全力で気をつけてくれ。ほら、行くぞ」
サンジに手を引かれ、ルフィは走りだした。
「引っ張らなくても平気だって〜」
「……お前、迷いそうだからな」
「う〜ん、そうかな? あ、チョッパ…じゃなくてトニー見たか?」
ルフィは手を繋がれていることを気にするのを止めて、チョッパーのことを聞いた。
「見たぜ? みんな絶句した。あんな特技があるとは思いもしなかったからな」
「だよな! 人間の姿にもなれるなんて知らなかった」
「見つけたぞ! 止まれ!」
三人の兵士と鉢合わせ二人は立ち止まる。
後ろからも何人かの兵士が追いついてきた。
ルフィとサンジは背中合わせになり、兵士へ構える。
「意外と疲れるらしい。だから余程のことがねェとあの姿にはならないって言ってたな」
「そうなのか〜カッコイイと思うけどな」
「………お前、ああいう顔が好きなのか?」
止まれと叫んだ兵士を蹴り倒してから不機嫌そうにサンジ聞いた。
「え? 好きかどうかって言われると困るなァ……サンジはカッコイイと思わなかった?」
ルフィは悩みながら兵士の剣を持つ手を蹴る、落ちた剣を拾おうとする兵士にそのまま踵落としをする。
「思った……が、おれの前で他の男を褒めるな」
「サンジの考えることはよくわかんねェな。サンジもゾロもチョッパーも、みんなカッコイイと思うぞ?」
ルフィは片手を残りの兵士達に、かざす。
すると、どこからかツタが現れ、兵士達をぐるぐる巻きにした。
兵士達はワケもわからず身動きの取れない状況に陥った。
「そりゃどうも。……はァ、おれの言うこと、早く理解できるようになりゃいいんだがな」
「ん?」
「いや、なんでもねェ。妖精、まだいたんだな」
サンジの方もあっさり片付き、ルフィを見る。
「うん! さっきの妖精だ。心配して見に来てくれたみたい」
「三階から飛び降りるような奴は安心できねェよな。妖精に同感だ」
「あ、頷くなよ〜」
サンジの言葉に妖精も頷いているらしく、ルフィは口を尖らせ拗ねた。
「あはは、そう拗ねるなって〜。お、賑やかだな。王様達も到着したんじゃねェか?」
「ホントだ〜、行ってみよ!」
二人が出口まで走っていくと赤の兵士達が黒の兵士達を捕まえているところだった。
「お疲れさん。思ったよりも早く片付いたみたいだな」
「サンジ様! ご無事で何よりです。黒の王がすぐに降参したので早く決着がつきました」
赤の兵士は深々とお辞儀をしてから、顔を上げ微笑んだ。
「そりゃよかった。怪我人は?」
「皆、大した傷はありません。先ほどまで黒の王が喚いていたのですが王様が黙らせたようですね」
「そうなんだよ〜うっるせェのなんのって…腹に一発決めたらおとなしくなったぜ」
ダルそうにシャンクスはルフィ達に近づいてきたた。
「シャンクス様! 休んでいてください」
「有能な部下達のおかげで疲れてねェから平気だ。ま、適当に作業続けてろ」
「了解しました」
赤の兵士は再び作業に戻った。
シャンクスはルフィの頭に手を置く。
「ルフィ、無事で良かった。ケガもないみたいだな。迷惑かけてすまなかった」
「サンジも来てくれたし平気だから気にすんな」
ニコッと笑い、ルフィはシャンクスを見上げる。
そんなルフィの頭をガシガシと撫でてシャンクスは笑った。
「そういってもらえると助かる。そうだ、青い髪の魔法士は保護してるから安心しろよ」
「ビビも無事なんだな」
ルフィはホッと胸を撫で下ろす。
「全員捕まえられたのか?」
「どうだろうな…黒の王が言ってた奴がいないんだよ。術士らしいんだが魔女を狙い始めたのも術士の口車に乗せられたからだってうるさかったんだよな」
サンジの問いかけにシャンクスは難しい顔をした。
「術士って……黒いコートの?」
「知ってるのか?」
ルフィの様子に、二人は顔を合わせてからルフィを見た。
「おれを捕まえた奴だと思う。フードしてたから顔は見てないけどさ」
「そりゃあ何としてでも捕まえたい気分だが…逃げてるだろうなァ」
困り顔のルフィにサンジも困った顔になる。
「ま、注意はするべきだな。目的は魔女の命だったのかもしれないし…しばらく様子を見るしかねェだろ」
「そうだな。相手がいつ動くか分からないからな」
「……ロビンも安心できねェな」
しょんぼりするルフィの頭を撫でて、サンジは笑う。
「とりあえず、脱出できたことを祝おうぜ?」
「安心しろ! 城で宴会の準備は頼んであるからな! 大変なのはこれからだが今夜ぐらいは騒いでも問題ないだろ」
サンジの言葉にシャンクスは、いち早く反応した。
「それもそうだよな! 宴会か〜楽しそう」
「そうだルフィ、ナミとエースも大活躍だったぞ? なんなら、おれの城で働いて欲しいぐらいだった」
「えへへ〜あの二人は強いし、頭がいいからな!」
身内を褒められ、ルフィは自分のことのように喜んだ。
「今も黒の兵士達を捕まえる手伝いをしてくれてるしな。お前ら、さっさと片付けて城に帰るぞ!」
周りの兵士達に声をかけ、シャンクス自らも片付けに加わった。
早く城へ帰り、騒ぎたいのだろう。
「ルフィ!」
「ナミ! エース!」
ルフィの存在に気がついた二人は慌てて走ってきた。
「よかった! もう心配かけるのが上手すぎるわよ。そりゃ、さらった方が悪いけど気をつけなさいね?」
「ナミの言う通りだぞ? はァ、無事でよかった」
「ごめんな。今度から気をつける」
二人に、ギューっと抱きしめられルフィは嬉しそうに申し訳なさそうに謝った。
抱きつくのをやっと止めたナミはサンジに目を向ける。
「サンジ君もお疲れ様」
「いえ、ナミさんこそ。ケガはありませんか?」
「ふふ、ありがとう、平気よ。なんだか王様が張り切ってるから私達も手伝ってくるわ。サンジ君はルフィについててあげて? ほら、エース! 行くわよ! じゃあまたあとでね」
駄々をこねるエースを引きずりながらナミはルフィ達に手を振った。
「おれ達も何か手伝う?」
ナミに手を振ったあと、ルフィはサンジを見上げた。
「お前が疲れてないなら別に構わねェよ」
「ん〜、そんなには疲れてないかな」
「そんじゃ何か手伝うか」
「ルフィ!」
何か手伝おうとその場を離れようとしたとき、ルフィは後ろから名前を呼ばれた。
驚いて振り返るとトナカイ姿のチョッパーと仏頂面のゾロがいた。
「うわ、ゾロも来てたんだな〜チョッパーもお疲れさま」
「ルフィもお疲れさま! なんか祝杯をあげるぞ! って王様が盛り上がってたぞ」
笑いながらチョッパーはルフィに近づいた。
「あはは、それは楽しみだな! ゾロは呪いが解けたのか?」
気になっていたことを聞くと不機嫌そうにゾロは応える。
「まだだ。夜は平気になったが一日のうち一度は狼にならないと呪いが再発する」
「ん?」
「一日のどこかで、狼に変身しとかなきゃダメってことだな。そうしないとまた呪いで狼になる。今なら自分の意思で自分の好きなときに狼に変身できるってことだろ」
首をかしげるルフィにサンジは補足説明した。
「……考え方によれば便利なんじゃないか?」
「迷子にならないからとでも言いたそうな顔だな」
「あはっ、あはは! そ、そんなことはないけどさ」
図星を指されルフィは動揺して、精一杯誤魔化した。
「ははは、そんなことあるだろ」
「…なんだと?」
「だから迷子……ぐっ」
ルフィは大笑いするサンジの腹を肘で突いて黙らせる。
こんな場所でケンカされると困るからだ。
「あ、そういえばチョッパーは元に戻ったんだな」
きょとんとするチョッパーに話をかけ、迷子の話題から離そうとルフィは努力した。
「うん。視線がいつもと違うと落ち着かないんだ〜。獣人が入れない国とかは人間になって行くけどこっちの方が楽だな。黒の兵士も捕まったからもういいかと思って」
「そんな国もあるのか」
「黒の国もそうだったよ。でもここにしか置いてない薬草とか器具を買いに来ることもあったんだ」
「へ〜、チョッパーはすごいな」
「ほ、褒められても嬉しくねェぞ!」
ものすごく嬉しそうにチョッパーは照れる。
「あはは、照れるなよ〜。おれ、お腹すいた…メシ食いたい」
ルフィのお腹がグーっと鳴った。
「よし、赤の兵士達を手伝うかな」
サンジの言葉にそれぞれが赤の兵士達の手伝いを始めた。
***
黒の王と一部の兵士は赤の国でしばらく反省させることに、国は反乱しようとしていた町人にとりあえず任せる形になった。
そして、赤の王の城へ帰ると同時に盛大な祝杯が始まる。
祝杯から二時間ほどしてからサンジは騒ぎを抜け出し、静かな中庭で休んでいた。
「よう」
「ああ、王様か。騒ぎの中心にいなくていいのか?」
振り返ると酒瓶を持ったシャンクスがいた。
「ちょっと休憩だ。お前、女グセ悪いの直ったんだな」
「……見てたのか」
サンジは苦笑して、シャンクスを見る。
シャンクスはサンジの横に腰掛けてニヤリと笑った。
「まさか、サンジ様が女性の誘いを断る日が来るとは思わなかったぜ。美人だったのに、もったいねェな」
「いいんだよ、別に。女性からの誘いを断り続けるのも失礼だからな。誘われないようにしてんだよ」
「はっ、言うようになったじゃねェか。まァ好きにすることだな」
おかしそうに笑い、シャンクスは酒を飲む。
「おれのことはいいんだよ。黒の国はどうするつもりなんだ?」
「こんなに早く片が付くとは正直思ってなかった。王を守るのに非協力的な兵士と全面協力してくれた町人に感謝だな。町人の自主性に任せて、この国はフォローに回った方がいいだろう。もちろん青の国の援助も期待してるからな」
「復興するまでは援助を惜しまない」
サンジのセリフにシャンクスは笑った。
「それは王子としての言葉として受け取るからな。ま、あんまり迷惑かけねェようにするさ」
「いざ動くのは親父だからな。多少は惜しむかもな」
「いやいや、青の王は聡明な方だからな。お前と同じことを言っただろうよ。事態が落ち着いたら、ちゃんと挨拶に行く」
「了解。あっち、兵士達が呼んでるぜ?」
サンジが指差す方向を見ると二人の兵士がシャンクスを呼んでいた。
「王様! こんなところにいた! 大臣が悪酔いして暴れてるんですよ〜止めてください〜」
「しょうがねェ奴らだな。黒の国の話は青の王といずれ話すと思うからガキは気にするな」
「ハイハイ。王様、お疲れ様でした」
「それほどでもねェよ。お前らがいて助かった。じゃあな」
サンジは最後には真面目にシャンクスを労いの言葉をかける。
シャンクスも礼を言い、その場から離れた。
ふと視線を別の方向へ向けるとルフィが一人でうろうろしている。
サンジは、ため息を吐いてからルフィの背後に回った。
「このような場所に一人でいては怪しい輩にさらわれてしまいますよ、姫君」
「うわ、ビックリしたァ、サンジか。なに言ってんだよ〜」
びくっと肩を震わせてからルフィは頬を膨らませ、サンジを睨む。
「あなたは魅力的な方だ。一人になるのは危険すぎる。どうか私めにあなたを護衛することをお許し下さい」
「な、なに? よくわかんねェけど好きにしたらいいんじゃないか?」
何を言われたか半分も理解できず、ルフィは困った顔でサンジを見上げた。
「有り難き幸せ」
「ふえ? …え!? なっ」
サンジはルフィの片手を取って跪き、手の甲に口づけた。
「う、わ!! 何してんだよ! さっきから何がやりたいんだ!」
ルフィは真っ赤になって、サンジに掴まれている手を自分の背中の後ろに隠す。
サンジはルフィの様子に笑いながら立ち上がった。
「冗談だ。ほとんど本気だがな」
「どっちだよ! も〜、酔っ払ってんのか?」
「いや、あのぐらいじゃ酔わねェよ」
おかしそうに笑うサンジを訝しみながらルフィは見るが口調の戻ったサンジに安心してルフィも笑った。
「そういや、ナミもゾロも酒強かったな。まだ飲んでるかも」
「確かに酒豪だったな。そういや、お前一人で何してたんだ?」
「サンジを探してたんだよ」
予想外の言葉にサンジは驚き、思わず黙り込む。
「適当に騒いでたと思ったらいつの間にかいないんだもん」
「心配したのか?」
「……うん。だってまだ黒コートの男は捕まってないだろ? サンジも捕まっちゃったかと思ったんだ」
しょんぼりと俯くルフィの頭をサンジは撫でた。
「おれは大丈夫だ。大臣のおかげで修羅場には慣れてる。簡単には掴まらねェよ」
「そっか! 安心した」
ニコッと笑うルフィにサンジも頬笑む。
しかし、ルフィの表情が曇った。
「どうした?」
「ホントはさ……ちょっと怖かったんだよな。知らない奴に連れ去られて、知らない場所に閉じ込められて……ビビがいなかったらもっと怖かったんだろうなァ」
「ルフィ……」
閉じ込められるという行為は幼少期を思い出す。
明るく振る舞っていたが心のどこかで怖がっていたのだろう。
「なんでサンジにこんなこと話してんだろ。あはは、怖かったって言っても少しだけだからな…サンジ?」
困り顔で笑っているとルフィはサンジに抱きしめられた。
「おれのそばにいろよ? 絶対に守ってやるから」
「な、なんか恥ずかしいなァ。うん、でも…よろしくお願いします」
「了解。あ、これ返してなかったな」
照れ笑いをするルフィにサンジは抱きしめるのを中断し、ナイフを返す。
ルフィは受け取ってから、それをポケットに入れた。
「やっぱりサンジが持っててくれたんだな。ありがと」
「今度からは、なくすなよ。大事なものなんだろ?」
「うん、気をつける。あれ? あそこにいるのビビだ。お〜い!ビビ〜!」
せっかくの二人きりを邪魔されて、サンジは微妙な表情になる。
「ルフィさん! 探してたの。さ、サンジさん…ごめんなさい」
「いやいや、ビビちゃん気にしないで」
ビビはサンジの表情を見て、頭を下げて謝った。
サンジは苦笑する。
「ビビ、何か用事でもあったのか?」
「私、明日にはここを出ようと思って。あそこを出れたのはルフィさんのおかげだからお礼を言いたかったの。本当にありがとう」
「気にすんなって! でも、もう帰っちゃうのか〜」
ルフィは残念そうに肩を落とした。
そんなルフィの肩を叩いてサンジは慰める。
「もしかして一人で帰るつもり?」
「ええ、これ以上は迷惑かけられないから」
ビビはニコッと笑って言ったがサンジとルフィは表情を曇らせた。
「なんか……危ない気がするなァ」
「同感だ」
「え? そ、そうかしら」
黒コートの男がまだ捕まっていない。
その男の考えが分からない限り、用心に越したことはない気がした。
もしかしたら、またビビを捕らえる気かもしれない。
ルフィとサンジは同じ考えに至ったのか、顔を見合せてニヤリと笑った。
「よかったらビビちゃんの村を案内してくれないかな」
「え?」
「おれ、海見てみたい! 一緒についてってもいい?」
二人の言葉に驚きながらもビビは頷いた。
「え、ええ。じゃあ一緒に行く? 森の中にある小さな村だけど」
「うん! おれ、ナミとかに言って来る!」
ルフィはニカッと笑ってから騒ぎの場に走って行った。
「…いいのかしら?」
自分の村が見たいというのは建前で心配だという本音が伝わったのか、ビビは申し訳なさそうにサンジを見る。
「もちろん。女性の一人旅は危険ですからね」
「ふふ、ありがとう。本当は少し心細かったの」
「三人もいれば大丈夫…まァ、他にも旅仲間は増えるかもしれないが」
エースあたりは着いて来るような気がしてサンジはため息を着いた。
ルフィとの接触率が下がるので出来れば三人旅のままがサンジはいいのだ。
「サンジさんのこと、頼りにしているみたいよ」
「へ?」
マヌケな顔になったサンジに、にこりと笑ってビビは話す。
「恋愛感情かどうかはわからないけど…状況のよくわからない場所に閉じ込められて動じなかったのはサンジさんが心の支えになっていたからだと思うの」
「あ〜、ビビちゃんにもバレバレなわけか」
隠せてるとは思わなかったがこんなに普通に受け入れられるとも思わなかった。
「ごめんなさい。ルフィさんとサンジさんの物体を通しての会話を聞いたら…その、なんとなく。ルフィさんは全然気づいてないみたいだけど」
「いや、いいよ。あいつが鈍いんだよ。周りは気づくのに本人は気づかないんだ。ま、焦らず地道に頑張ろうかと思ってる。多少は支えになってるみたいだしな」
謝るビビにサンジは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「私の村の近くにとてもキレイな湖があるの。その湖の精霊に会えたら恋愛成就するって言われているわ」
「あはは、ルフィと一緒に行ってみるかな」
「ええ、うまくいくように応援してるわ」
どうやらビビは二人の関係が恋愛になるようにサポートしてくれるようだ。
ライバルと邪魔者が多いのでサンジにとってはありがたい話だった。
「みんなのトコへ戻ろうか? 明日のことも少しは話さなきゃならないだろうし」
「そうね。楽しい旅になりそう」
「ビビちゃん、ルフィとのことはあんまり気を遣わなくていいから」
「了解」
二人は笑い合ってから再び騒ぎの中へ戻っていく。
どうやら、まだ旅は続きそうなのでルフィとの仲が少しでも進展することを願うサンジだった。
*続く*
・17 海底の国 前編