いつもどおりの夕食中、サンジは思い出したように美味い酒があると言い、食卓にそれを出した。
「その酒、ニガイか?」
ルフィは肉を片手に困ったようにサンジを見上げた。
「いや、そうでもねェ。そうだな、ルフィはジュースで割ってやるよ」
「ほんとか? ありがと、サンジ」
「いいってことよ」
ニカッと笑ったルフィにサンジも機嫌が良さそうだ。
サンジはオレンジジュースのビンと人数分のコップを出し、ルフィの横に座る。
ジロッとゾロが睨んだがサンジは気にしない。
「じゃあ乾杯!」
いつの間にか、夕食は賑やかな宴会に変わっていた。
そして一時間後。
「チョッパー! あはは、寝てる!」
ルフィは床でダウンするチョッパーをバシバシと叩いた。
いつもならルフィも眠っているのだがジュースで薄めて飲んだおかげか酔っぱらっているがまだ起きて騒いでいた。
「弱いのに無理するからだな〜ラクガキでもしとくか」
「あははは!」
ウソップがマジックを懐から出したのを見届けるとルフィは笑いながらサンジの横に座った。
そして思いついたようにサンジの足の間に座り直した。
「えへへ〜サンジ、大好き〜」
その瞬間、酔っぱらいモードのクルーたち(ルフィ、チョッパーを除く)は固まった。
瞬時に元に戻ったウソップはチョッパーを抱える。
「しょうがねェな〜部屋に連れて行っとくな! あれ? なんかおれも酔ってるみたいだな〜寝るか! それじゃあな!」
ウソップはチョッパーを抱えたまま脱兎のごとく、その場から立ち去った。
バタバタというウソップの賑やかな足音が消えると嫌な沈黙が辺りを満たした。
「えっ? 何? ルフィ…私のことは?」
沈黙を破ったのはナミだった。
「もちろん好きだぞ?」
サンジの手を掴みながらルフィは不思議そうに首をかしげる。
「ゾロは?」
「好き」
「ウソップは?」
「好き」
「チョッパーは?」
「好き」
「ロビンは?」
「好き」
「……サンジ君は?」
「大好き!」
ニコニコとルフィは笑いながら答えた。
顔が赤い。酔っているのだろう。
再び、沈黙が辺りを埋め尽くす。
ゾロとナミは不機嫌そうに、ロビンは面白そうに笑っている。
サンジは夢かどうか確かめるために自分の頬をつねった。
「いてて、夢じゃねェのか」
「なんだよ〜みんな変だぞ? ゆらゆらしてる」
「お前酔ってんだよ」
ゾロは青筋を立てながらも冷静に応えた。
「そうなのかな? ま、いいや〜サンジ〜ぎゅってしてくれないのか?」
潤んだ瞳で見上げられサンジはニヤける。
「してやるよ」
「えへへ〜」
サンジがぎゅっと抱きしめるとルフィは満足そうに笑った。
「なーんか、納得いかない…なーんか、腹立つ」
ナミは立ち上がり、ルフィを引っ張る。
「ナミ〜なんだよ〜」
サンジに抱きついたままルフィは口を尖らせる。
「離そうと思って」
「えー! ヤダ」
「いいじゃない、私がぎゅってしてあげるわよ」
そういうとルフィは少し悩んで、ナミを見た。
「サンジがいい」
「ナミさん、ナイス!」
ルフィの言葉にサンジは本気で喜ぶ。
サンジはそんな素敵な言葉を引き出してくれたナミに親指を立てた。
「いやー! サンジ君に負けるなんてイヤ! あんたを喜ばすために言ったんじゃないわよォ」
ナミは嘆きながらその場に崩れて座り込む。
どうやら地味に酔っているようだ。
「剣士さん、顔が恐いわよ」
「あァ?」
「この場で暴れるとルフィに嫌われるわよ?」
「…………チッ」
舌打ちをしながらゾロは無意識に手にしていた剣を手放す。
ロビンはクスクスと笑いながら成り行きを見守っている。
「ちょっと、ゾロ! ロビン!」
「なんだ?」
「何かしら?」
立ち直ったナミがいつの間にかゾロとロビンの近くに来て二人を睨んでいた。
「何かしら? じゃないわよ! このままじゃルフィがサンジ君に汚されちゃうわよ!」
「今回は諦めるのはどうかしら?」
「なーに、バカなこと言ってんのよ! ダメだわ…ロビンはダメ。ゾロ、頑張るわよ」
ナミの出した右手をゾロは無言でガッチリと握った。
「今日は人生最良の日かもな」
「サンジ、サンジ〜」
ルフィを撫でながら感慨にふけるサンジをルフィが呼んだ。
モソモソとサンジの横に座り直して、ルフィはサンジを見上げる。
「どうした?」
「はい、あ〜ん」
まさかの展開にサンジは嬉し泣きをしそうな勢いだった。
ルフィの右手の指先にはチョコレートが摘まれていた。
サンジがルフィのために食卓に出していたものだ。
「あ〜ん」
デレッとしてサンジは口を開ける。
「うまいか? わっ」
右手を捕まれ、ルフィは不思議そうにボンヤリとサンジを見た。
「あァ、うまい」
「わわっ! ゆ、指…」
チョコレートのついた指先をペロリと舐められルフィは酔いではない理由で頬が熱くなった。
「ルフィは可愛いな〜」
「え〜? そんなことないと思うぞ?」
「いやいや、可愛い可愛い。食べちゃいたいぐらい可愛い」
「ええー! わーっ! 噛んだァ!」
サンジに指先を軽く甘噛みされルフィは驚く。
サンジが素早くルフィの手を放した。
するとルフィとサンジの間に剣が刺さっていた。
「え? えっ?」
「…外したか」
「おしい! ゾロ、おしいわ! 失敗を恐れちゃダメよ」
「ナミさん…成功したら腕がなくなりますって」
驚くルフィを背中に庇い、ゾロがサンジを睨む。
サンジとナミが言い合っているのにルフィはポカンとしている。
「ゾロ〜」
「なんだ?」
ぐいぐいと服の裾を引っ張り、ルフィはゾロを呼んだ。
「サンジがよく見えないぞ」
「……お前」
「どいて?」
潤んだ瞳で見上げられゾロはフラフラとその場を退いた。その顔は赤い。
「ナミ〜サンジ〜ケンカすんなって」
「ルフィ? ゾロ…チッ、役立たずね」
赤い顔でさっきのルフィを思い出しているゾロに向かってナミは思いきり舌打ちをした。
「サンジ…」
「ん?」
「おれ、サンジになら食べられてもいいぞ?」
サンジは鼻血が出るかと思った。
赤い顔で照れているルフィをサンジはガバッと抱きしめる。
ナミは固まったまま動かない。
「ルフィ」
「ん? ロビン?」
今まで傍観者だったロビンがルフィに話し掛けてきた。
「それはどういう意味の食べる?」
「えっ? 食べるの意味はひとつだろ?」
「やっぱり……」
サンジはルフィを抱きしめたままガックリとうなだれた。
「コックさんが少し気の毒ね。でも、うらやましいわ」
「まァな〜聞きようによれば素晴らしい愛の言葉だな」
「今回はあと一歩ってトコかしら?」
クスクス笑いながらロビンはルフィを撫でた。
「あれ? 寝てんのか?」
「ええ、可愛い寝顔よ」
騒ぎ疲れたのかルフィはサンジに抱きしめられたまま寝息を立てて眠っていた。
「後片付けはしとくからルフィを部屋に運んであげて」
「ありがとう、ロビンちゃん」
「フフッ、貸しってことでいいわよ」
サンジはルフィをお姫様抱っこして笑いながらその場を後にした。
甲板に出ると夜風が気持ちいい。
「ん〜サンジ?」
「ん、起きたのか? 降りるか?」
「ヤダ〜運んで〜」
「はいはい」
楽しそうに笑ってサンジは抱きついてくるルフィの背中を撫でた。
「サンジ」
「何かな、お姫様?」
「なんだそれ」
不思議そうにしているルフィは酔いのせいで今の姿勢がよくわかっていないのだろう。
「気にするな」
「そうかァ〜?」
首をかしげた後、ルフィはニッコリと笑ってサンジを見上げた。
「サンジ、大好き」
ちゅっとサンジの頬にキスをしてルフィは再び眠りについた。
「あー、どうしろってんだよ」
サンジはルフィを持ったまましゃがみこんだ。
不意討ちで赤くなった顔を夜風で冷ます。
「おれの方がお前のこと大好きだっつーの」
笑いながらサンジはしあわせそうに眠るルフィの唇にキスをした。
次の日、ルフィは前夜のことを何一つ覚えていなかった。
サンジはもちろんガッカリしたが、また同じ酒を今夜飲むのもありか、と思った。
*END*