「ねぇ、食べないの?」
「た、食べます! いただきます!!」
目の前には紅茶とケーキ。
正面の席には苦手な人物、雲雀。
(何でこんなことに!)
放課後、応接室に雲雀と二人きり。
夢だとしたら悪夢だ。
早く覚めないかと苦心していても一向に覚める気配はない。
ということは、今起きていることは、もれなく現実だ。
獄寺は火薬の仕入れ、山本は野球で最近では珍しく綱吉は一人で校内を歩いていた。
もちろん、家に帰るために。
その途中で偶然出くわしたのが雲雀恭弥。
今日は群れてないんだ、偉いからご褒美をあげるとかなんとか言われ無理矢理、応接室に連れ込まれたのだ。
すぐに食べて、お礼を言い、素早く退散しよう。
そう思い、紅茶で流し込む勢いで綱吉はケーキを食べ切った。
そんな綱吉を見て、雲雀は話し掛けてくる。
「…パイナップル」
「はい」
ケーキはフルーツのたくさん入ったロールケーキだった。
パイナップルも入っていた気がする。
綱吉は空になった皿を見ながら、雲雀の言葉に頷いた。
「呼び捨てだよね」
「…はい?」
顔を上げると、無言で見つめられ、物凄く居心地が悪い。
会話が理解できず、宇宙人と対話している気分になってきた。
(パイナップルを呼び捨てって何なんだよ!)
声を大にしてツッコミたいが報復が怖すぎて、何とか押し止まる。
雲雀の渾身のボケだとしても怖くてツッコミなどできない。
そもそも、綱吉は果物に敬称をつけるような呼び方をしたことない。
パイナップルさん、などと果物に敬称付けて呼ぶ人間は身近にはいないはずだ。
つまり、呼び捨てでいいのではないだろうか。
まさかパイナップルを呼び捨てにして怒られる日が来るとは夢にも思わなかった。
どこか機嫌の悪そうな雲雀に綱吉は怯えてしまう。
「ひ、ヒバリさんは呼び捨てにしないんですか?」
「…しないよ。気分が悪いから名前も呼びたくない」
「名前?」
パイナップル、というのは例えらしい。
南国フルーツに例えられるような人物が思い当たり綱吉は恐る恐る雲雀を見た。
「もしかして、骸のことですか?」
「……」
「ひぃ! ごめんなさい!」
不機嫌そうな視線に縮み上がる。
そういえば、校則に厳しいというイメージがある。
転じて、人間関係やマナーに厳しいのだろうか。
(六道さん、なんて今さら呼べないって!)
そもそも、骸とはそれほど歳は離れていないはずだ。
詳しく聞いたことはないが、せいぜい1歳か2歳ほどしか違わないと思っている。
むしろ、雲雀のディーノに対する態度を見る限り、そういう細かいことを気にするタイプには見えない。
では、何に対して不機嫌なのだろうか。
「…何で僕のことは呼び捨てじゃないの?」
「はぁ?」
「………」
「うひぃ! ごめんなさい!!」
カチャリとトンファーを構えられ、綱吉は部屋の隅へと逃げる。
(無理矢理に呼び捨てにさせられ、呼び捨てた挙げ句、生意気だと言われ殴られる気がする…理不尽だ!!)
自分の想像にガタガタと震えながら、綱吉はこの場から
今すぐにでも逃げたくなった。
「震えてるの?」
「あは、あははは! やっぱり死ぬ気な強いオレがいいですよね! ということで、普通な弱いオレは退散します!」
「何言ってんの? どっちも君でしょ」
「っ!」
いつの間にか雲雀がすぐそばまで来ていて心臓が跳ねる。
(近い近い近い! 殴られる!?)
なんでこうも追い詰められやすい場所に逃げてしまったのか、己が憎い。
無意識に逃げ場を探して視線を横に向けた。
がつんと、顔の真横、視線の先にトンファーの先が刺さる。
思わず身体を竦め、綱吉は恐る恐る雲雀を見た。
「逃げるつもり? そんなことより早く呼び捨てにしなよ」
「せ、先輩をを呼び捨てにはできません」
「パイナップルのことは呼び捨てにしてるじゃない」
「六道さんって呼べと?」
「ワオ! それはそれで腹が立つね」
もう片方のトンファーをアゴに当てられ俯くことも許されず、無理矢理上を向かされる。
「うぅ、今さら骸の呼び方は変えられません」
「だから、僕を呼び捨てにすればいいでしょ」
頭がぐるぐるしてきた。
このわけのわからないやり取りは自分が雲雀を呼び捨てにしないと終わらないような気がしてくる。
もう、殴られてもいいからこの状況を打破したい。
「…きょ」
「まさか、僕の名前知らないの?」
「め、滅相もございません! 知ってます!!
ただ緊張してしまって!!」
「緊張? へぇ?」
どこか嬉しそうに口の端を上げる雲雀の機嫌が悪くなる前に言わないと。
綱吉は脳内にある呼び慣れない単語を、なんとか音にする。
「恭弥、さん」
「…まぁ合格かな。これからはそう呼びなよ」
人前で雲雀の名前を呼ぶなど怖すぎる。
獄寺は雲雀に突っかかるだろうし、山本は威圧的な笑顔で名前で呼ぶようになった理由を聞いてくるだろう。
もしかしたら、獄寺も山本も名前で呼ぶように言ってくるかもしれない。
別に名前で呼ぶのが嫌なわけではないが、今の呼び方で慣れてしまっている。
呼び方が変わるのは雲雀だけの方がいいような気がした。
「ヒバリさん!!」
「……」
じっとりと睨まれて綱吉は内心怯える。
「じゃなくて、恭弥さん」
「なに?」
「名前で呼ぶのは二人きりのときがいいです!
二人きりのときにだけ恭弥さんの名前を呼びたいです!!」
必死さで紅潮した頬、恐怖で潤んだ瞳。
上目遣いの綱吉を見て、トンファーを持つ両手がだらりと下がった。
その表情は驚きに彩られている。
何か驚くようなことを言ってしまったかと動揺していると食い入るように綱吉を見ていた雲雀が口を開いた。
「…君にしては上出来な提案じゃない?」
「え?」
「いいよ、綱吉。そうしよう」
嬉しそうに笑う雲雀を見て、綱吉はドキリとした。
恐怖心で忘れていたが、雲雀はかっこいいのだ。
なんだか恥ずかしくなってきて、顔を逸らす。
「その代わり二人きりになる時間を作らないと咬み殺すよ」
ああ、やっぱり怖い。
でも、何やら機嫌のいい今しかこの部屋を出て行くタイミングはないのではないだろうか。
「あの! オレ、急用を思い出したので!!」
「そう?」
「はい! さようなら!!」
走り去るつもりが腕を掴まれ、阻止された。
「『さようなら』って言い方はよくないよね?」
「そ、そうでしょうか?」
「もう二度と会えないみたいじゃない。名前を付けて、言い直しなよ」
今なら宇宙人の方が理解できる、そんな気にさせられる。
雲雀恭弥という人間は綱吉にとって非常に理解し難い。
別れの挨拶なんだから間違っていないのに。
それでも心底、不快だったようで腕を掴む力は強かった。
「…また明日、恭弥さん」
「それはいいね。また明日、綱吉」
腕を放され、その流れのままアゴを掴まれ、上を向かされる。
何が起きたかわからずに、驚き目を見開くと、雲雀の顔が近づいてきた。
超直感などなくてもわかるほどの危険に綱吉は雲雀を思わず突き飛ばした。
「ご、ごめんなさい!!」
綱吉は勢いのまま全速力で応接室を後にする。
走り去る足音が聞こえなくなり、部屋の中に静寂が訪れた。
「……簡単に捕まったらつまらないか」
言葉とは裏腹に、少し不機嫌そうに雲雀はソファーに腰掛ける。
しかし、すぐに機嫌良くトンファーの手入れを始めた。
(『また明日』ってことは明日も会える)
ゆっくりと手に入れればいいか、と雲雀はアクビをするのだった。
***
(なんだったんだ今の!?)
気がつくと雲雀を突き飛ばしていた。
だって、あのままでいたら口と口がくっついてしまう。
それはいわゆるキスというものなのではないだろうか。
「だー!! そんなわけない! そんなわけない!!」
周りから奇異の視線を向けられても、綱吉の動揺は晴れなかった。
全速力で走っているせいか、心臓が異様なほどにドキドキしている。
走り疲れ、荒い呼吸のまま、立ち止まった。
先程の出来事を忘れようと、綱吉は頭を左右に振る。
すると雲雀がリボーンを気に入っていたことを思い出した。
明日はリボーンに一緒に来てもらおう。
そう決心して、綱吉は自宅へと急いだ。
部屋に戻ると早速今日会ったことをリボーンに説明した。
説明を聞き終わると、ものすごく呆れながら、リボーンはため息を吐く。
「お前は本当にダメツナのニブツナだな。まぁ手を出されなかっただけマシか」
「な、なんだよ〜」
珍しく綱吉のお願いはリボーンに聞き入れられ、明日は応接室へついて来てくれることになったのだった。
*END*
意思疎通の取れていない片想いも好きです。
なんでリボーンがついて来てくれるのかはツナは総受けだからです。
みんなに愛されているのです。
ヒバリさんってもしかしたらものすごくわかりやすいのかな、とも思う。
呼び方とか気にしていればいいのにという私の願望でした。
あ、イメージ的に黒曜編のだいぶあとくらいです(いつだよ)
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