誰もが寝静まっているであろう真夜中、ルフィは眠れずに甲板に出た。

夜空を見上げる。そこには明るく優しい月が浮かんでいた。
月を見るとあいつが頭に浮かぶ…大好きなあいつが…
あまりにキレイで触れてみたくて、ルフィは両手を月へ伸ばした。

「こんな時間に何してんだ、ルフィ?」

振り返るとそこにはサンジがいた。
ルフィは伸ばしている手をさり気なく引っ込める。

「サンジ…お前こそ何してんだ?」
「あァ?質問に質問で返すなよ。便所だよ、便所」
「じゃあ、おれも便所だ」

ルフィの返答にサンジは怪訝な顔をした。

「意味わからん。まァいつものことか。…お前、こんな時間に特等席に座るなよ?」
「なんでだ?」

サンジの言葉にルフィは首をかしげる。

「落ちても誰も気づかねェだろうが、クソゴム」
「む、おれは海に落ちたりしねェぞ」
「落ちたじゃねェか、つい最近。…まさか、このおれが助けてやったのを忘れたとかぬかすんじゃねェだろうな?」

呆れたような怒ったような声音にルフィは真っ直ぐサンジを見つめる。

「覚えてるって」

サンジがおれを助けたんだぞ?忘れるもんか。

ルフィは言葉には出さず、そんな大切な想いを心で呟く。

「…お前、もしかして眠れないのか?なんか作ってやろうか?」
「いや、いい。明日の朝いっぱい食う。サンジはもう寝ろよ。明日も朝早いだろ?」

きっぱりとした拒絶の言葉に驚いた顔でサンジはルフィを見た。
何か作ろうかと言われて断ったのが初めてだったからだろう。

「そう…か。お前もいい加減には寝ろよ?結構寒いしカゼ引くぞ」
「サンジは月みたいだな」

急な話題の変化に少し驚いてサンジはルフィをじっと見る。

「髪の色の話か?」
「それもあるけど…優しくてあったけェ」
「はは、誉めても何も出ねェぞ」
「ただ、そう思っただけだ」

見つめられてルフィは何となく目を逸らした。
恥ずかしくて、そして自分の想いが伝わりそうで。

「じゃあお前は太陽だな」

思わず恥ずかしいのも忘れ、ルフィはサンジを見てしまう。

「太陽?おれが?サンジは意味わかんねェな」

サンジが何を言いたいのか分からずに、ルフィは笑った。

「何となくだよ、クソゴム。さっさと寝ろよ?」
「お〜もうしばらくしたら寝るぞ」
「あぁ、おやすみ」

サンジは軽く手を挙げて後ろを向く。
ずっと思っていたことだ闇夜を照らす月みたいだって。それに…

「月には手が届かない」
「あ?なんか言ったか?」「なんでもねェ」

思わず口をついて出た言葉に焦ったがどうやらサンジには聞こえなかったみたいだ。
不思議そうな顔をしながらサンジは男部屋に戻って行った。

ルフィはもっと月に近づきたくてマストに向かって、その場所から手を伸ばした。
いちいち登らなくてすむからこういうときゴム人間は便利と自分でも思う。

「…っゾロ?わっ!」

誰もいないと思っていたマストにはゾロが座っていた。
ルフィは勢いのままゾロの胸に突っ込んだ。

「わりィ〜つか、なんでこんなとこにゾロがいるんだ?」

急いでゾロの上から退けて横に座る。

「見張りだ」
「あぁ、なるほどな」
「てめェこそ何やってんだよ」

ゾロの呆れたような表情にルフィは真剣な顔でゾロを見た。

「おれ?おれは月が近くで見たかったんだ」
「ふーん?まぁ好きなだけ見ていけよ」
「あぁ、サンキュー」

ルフィは空を見上げた。
月との距離はさっきとほとんど変わらず、なんだか悲しくなる。

「なぁゾロ、月に手は届かねェのかな?」

ルフィはさっきみたいに両手を空に伸ばす。
全然、届く気がしない。

「はァ?届かねんじゃねェか?今も届いてねェし」

急な問いかけに驚きながらもゾロは真面目に応えた。
ナミやロビンみたな女が大好きなサンジ、男の自分を見てくれるわけがない。
そんな想いが胸を切り裂く。

それでも月を見たままルフィは未練がましくゾロに尋ねてしまう。

「絶対に無理なのか?」
「…さァな、月もこっちに手を伸ばしたら案外届くんじゃねェか」
「月が手を?」

無理だと言われると思っていたルフィは驚きすぎて思わず、ゾロを見る。するとゾロは月を見上げていた。

「つまり絶対無理ってことはねェだろってことだ。お前は海賊王になるんだろ?」
「当たり前だっ!」

今さら何言ってんだとルフィは口を尖らせる。

「未来の海賊王にできないことはないんじゃねェか?」
「そう…かな?」
「未来の大剣豪が言ってんだから信じろ」

ゾロは月からルフィに目を移し、ニヤリと笑った。

「ししし、そうだな」

ゾロはやっぱり、すごいとルフィは思った。
自分の悩みをあっさり解決してくれるゾロは頼りになる仲間だと思う。

「おれ、ゾロを仲間にしてよかったぞ」
「当たり前だろ、船長」

ルフィに気づかれないように少しだけ表情を歪めてから、ゾロは胸を張ってルフィに応えた。

「ししし、なんか安心したら眠くなった」
「あ?じゃあ部屋に戻れ」
「んーヤダ。おれはここで寝たい…」

なんだか今日は月の見えるところで眠りたい気分だった。

「はァ?おい、ルフィ」

ゾロの声が遠くなる。
意識が緩やかに眠りの世界へ移っていくような感覚。
まとまらない考えが頭をぐるぐる回り、最近あんまり深い眠りについていなかったからだ。

「ルフィ?寝ちまいやがったか…はァ」

ゾロはため息を吐きながらルフィに毛布を掛けた。

「仲間か…それはそれで嬉しいんだがな。チッ、なんでルフィはあんな奴のこと…」

ゾロは月を睨む。能天気な船長をこれだけ悩ませるのに腹が立つ。
ルフィの頭の中を占領しているのは自分ではなくあの金髪アホコックなのだから尚更腹が立つ。

「月ばっか見てないでおれを見ろよ、ルフィ」

寝ているからこそ言えるセリフ。
ルフィの穏やかに眠る寝顔をゾロは見つめた。自然と頬がゆるむ。

「お前ばかり見てるから嫌でもお前の気持ちはよく分かってる。あのアホコックの気持ちもな」

いっそのこと気が付かなければいいのに。
女にばかり構っていればルフィだって、いつかはサンジを諦めるかもしれないのに。
我ながら女々しい考えだと思うが止められない。
前髪をさらりと撫でた。愛しさが込み上げる。
黒く暗い感情が消えていく。

「簡単には諦めてやんねェから覚悟しとけよ」

くっくっくとゾロは楽しそうに笑った。

「両想いな時点でお前の勝ちだ。だが、お前に負け続ける気はしねェ。早く気持ちを伝えねェと後悔することになるぜ?」

月を見上げゾロは不敵な顔で宣戦布告した。

ルフィはゾロの気持ちには何も気づかず、スヤスヤと眠っている。
ゾロはどこか吹っ切れたように笑った。





夢の中でも月が出ていた。
夢の中の月はなんだかとても近くて手を伸ばしたら今度は届きそうな気がした。

























*END*