ルフィがうっすらと目を開けるとそこには見たことのない天井があった。
毎朝の目醒めとは違う違和感。
手触りからベッドに寝かされているのがわかる。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見回すが薄暗く何があるのかよくわからない。

「ここ……どこだ?」

応える人は誰もいない。
目が慣れてきたが、やはり見たことない部屋だった。
知らない部屋に一人。

力が出ない。
怖い、こわい、コワイ…

ルフィは何故ここに自分がいるのか必死に思い出そうとするが霞がかったようにぼんやりした頭では思い出せない。

ジャラリ…

身体を動かすと自分の左腕に手枷があり、それからは鎖が繋がっていた。

「なん…だよ…コレ…」

ルフィは愕然として鎖を手繰り寄せる。
ベッドの端に頑丈に固定されていた。
鎖はある程度の長さがあるものの、この部屋から出られるほどの長さは無いように見える。

逃げられない。

そんな思いがルフィの心を駆け抜け、青ざめた。
人がいないことをこんなに怯えるなんて思わなかった。
意図がわからない。
なんで自分をこんな場所に? わからない……わからない!

「みんな……サンジ…」

助けて、と祈るようにルフィは助けを求める…仲間に、サンジに。

キィ…

ドアを開ける音、光が僅かに室内に入る。

「だ、誰だ?」

怯えの混じる声でルフィは入ってきた人物に問い掛ける。

「何、怖がってんだ?」
「えっ?」

耳に届いた声はルフィのよく知る人物のものだった。

「さ、サンジ! ……?」

喜んで駆け寄ろうとするが頭の中で警鐘が鳴る。
なぜサンジが?
助けに来てくれたに決まってる。
…本当に?
頭が混乱してしまう。
……なんか変だ。

疑問が頭を巡り、ルフィを立ち止まらせた。

「どうした、ルフィ?」
「えっ…どうしたって…なんか……変だぞ?」

ゆっくりと近寄って来るサンジをルフィは初めて怖いと思った。

「変? どこが?」

後退り、サンジから距離を開ける。しかし、鎖が限界まで伸び、行き場を失う。
そして、すぐに距離が縮まった。

「なんで逃げる?」
「わ、わかんない…けど、なんか…怖い」

薄暗くてサンジの表情がはっきりとわからない。
サンジが近づいたとき血の匂いがした。

「さ、サンジ…ケガしてんのか?」
「ん? あァ…おれのじゃない。心配してくれるのか?優しいな」

頬に触れる手は優しい。
いつものサンジだ。
ルフィは気が緩みかけた。しかし、再び疑問が出てくる。
でも、じゃあ、誰の血?

「チッ…まだ手についてたのか」
「こ、これ、誰の血なんだ?」

どうやら頬に血がついてしまったらしい。
不機嫌そうにサンジは自分の服の袖でルフィの頬を拭く。

「クソ剣士の血だ」
「……えっ?」

意味が理解できずにルフィは首をかしげる。

「なん…で……冗談だろ?」

理解しても、あまりに予想外のセリフでルフィは狼狽える。

「なんでって…わかりきってるだろ?」
「わからない…ケンカしたのか?」
「お前に近づくからだ。ケンカじゃない」

それなら何故ゾロの血がサンジについているのだろう。
ルフィの疑問に気づいたのかサンジは優しい笑顔で答えた。

「殺した」

コロシタ…ころした…殺した?

「う、嘘だ!」
「嘘じゃねェよ。なんなら死に方でも説明しようか?」

サンジの残酷な笑みに背筋が凍る。
これは本当に自分の知っているサンジなのだろうか。ルフィはふるふると首を横に力なく振った。

「だ、だって…ゾロは強ェぞ? サンジだって! そんなことする奴じゃない!」

縋るような瞳でサンジを見る。
冗談だと、言って、お願いだから…

「くくくっ、油断してる人間を殺すのは難しくない。例え相手があの野郎でも、な。残念だなァ、ルフィ? おれはこんな奴なんだよ」

残酷なセリフとは裏腹な優しい瞳。
ルフィの身体が勝手に震える。
立っていられない。
じゃあ、もう、ゾロは、この世に、いないの?
嘘だ、嘘だ、嘘だ!

「……みんなは? 他のみんなは!?」
「…聞かない方がいいんじゃないか?辛くなるだけだぜ?」

ルフィは声もなく、その場へうずくまる。
サンジの言葉を理解できない。したくない。
ぎゅっと目を瞑り、ひたすら願う。

「夢…だろ? これは、夢だ…夢だ!」
「可哀想なルフィ…おれに愛されたばっかりに…こんなに震えて」

早く醒めて、夢だろ?
早く、早く、早く!
こんな悪夢見たくない!
目が醒めたら、いつもみたいに甲板で寝転がってて、サンジがそばにいて、うなされてたって心配してて…ゾロもいて…みんなもいる。
泣きながら夢の内容を話すおれにそんなの夢に決まってるってみんなで大笑いするんだ。
早く、醒めろ!
だって…そうじゃないと…サンジが…仲間を殺したことになってしまう。
目を開けたら…きっと醒める…だって、これは夢なんだから…

「夢じゃない」

優しく、優しく、諭すようにルフィの耳元でサンジは囁いた。

「イヤだ! サンジ! …じゃあおれも殺すのか? 何が嫌だったんだよ…」

ポロポロと涙を流しながらルフィはサンジを見る。

「ルフィを殺すわけないだろ? あいつらと同じ場所には行かせない。お前はずっとここにいるんだ…ずっとおれのそばに」
「おれ……サンジが好きだ。好きなのに! なんで? なんでみんなを!?」
「邪魔だから」

にっこりと子供のようにあどけなくサンジは笑った。
そして、ルフィを抱きしめる。

「邪魔なんだよ、どいつもこいつも。お前は誰にも渡さない」
「みんながいたって…おれはサンジが一番好きだったのに」

残酷な言葉を呟きながら、優しく背中を撫でられ、ルフィは訳がわからなくなる。
ホントにサンジがみんなを殺シタノ?

「ありがとう、嬉しい。でも、他の奴らも好きなんだろ?」
「……うん。でも、好きの種類が違う」
「それでも『好き』なんだろ?」

強く抱きしめられ、息が詰まる。

「サ…ンジ…苦し…い」
「あァ、悪ィ。…大丈夫か?」
「うん……なァ、これ取ってくれよ?」

手枷のついた左腕を出し、恐る恐る、サンジに聞いてみる。ルフィはみんなの生存を自分の目で確かめたかった。それが絶望的な結果になろうとも。

「駄目だ。ここからは出さない」
「サンジ……」
「その手枷は海楼石でできてるからな。自分じゃ取れないだろ?」

力が出ない理由がわかりルフィは茫然とする。つまり、サンジは本気でこの場所から出さないつもりなのだ。

「ど…うして?」
「お前が好きなんだ、ルフィ。あはは、おれはもう狂ってるんだろうなァ?」

ルフィにとっては些細なこと、でもサンジにとっては許せないことで。
サンジは壊れた。
それは自分がしたこと。

「おれが…壊したんだよな?」

サンジはその問いに答えず優しく笑った。
自然と涙が流れた。
一番大好きな人を壊してしまった。


原因なんてわからない。
でも、サンジが壊れたのは自分のせいだ。
それだけは、わかる。


サンジがルフィを抱き上げベッドに寝かせ、ボタンに手を掛ける。

「サン…ジ…嫌だ」
「悪いな。お前の否定の言葉はもう聞けない、聞かない…」

力が出ない…でもそれは海楼石のせいではない。
心が痛くて動けない。
サンジを否定するなんてできない。
だって、サンジの手はこんなにも優しい。
でも、この優しい手でみんなを殺したのだ。

「う……」
「泣いてるのか?」

自分は狂うことなどできないことをルフィは実感する。
いや、こんなことになってもサンジを嫌いになれない自分は狂っているのかもしれない。

「サンジ…大好きだ」
「おれも愛してる」

嬉しそうに笑うサンジにルフィも泣きながら笑った。

もしも願いが叶うなら時間を戻して…自分の想いをたくさん伝えるから。
彼が壊れる前に想いを届けるから。
叶わないとわかっていてもルフィにはただ祈るしかできなかった。


「お前はもうおれだけのモノだ」


なんて残酷で、優しい言葉だろう。
ルフィはサンジの優しい口づけにまた涙が出そうになった。

もしも神様がいるなら、おれのしあわせはもういらないから…サンジにあげて下さい。
おれの分もしあわせに生きられるようにしてあげて下さい。
サンジの罪はおれが貰います。
だから、どうか彼にしあわせと安らぎを。
本当に優しい奴なんだ。
……大好きなんだ。


願わくはどうか彼に闇ではなく光を……




















*END*