あのアホはおれを月みたいだと言った。
じゃあお前は明るく活発でおれを釘づけにする太陽みたいだと思った。
昼飯も終わりクルー全員が自由に過ごしていた。
サンジは昼食の片付けも終え、甲板に出た。
全員の行動をなんとなく目で確かめる。
ナミとロビンは部屋で談笑しているはず。
ゾロは爆睡中、ルフィはチョッパーを膝に乗せて特等席に座っている。
ウソップは新しく釣り竿を作っていた。
そういえば、昼飯を食べてるときにルフィが前に作ってもらった釣り竿を壊したから新しいのを作ってくれと頼まれていたのをサンジは思い出す。
(おれってルフィが言っていたことはアホみたいに覚えてるよな)
どうせだからウソップに話を聞いてみようかと思った。
「よっ、ウソップ」
「お〜、サンジか。なんか相談か?」
どうやら話があるのが雰囲気でバレているらしい。
サンジは少し驚いた。
「ちょいと聞きてェことがあるんだが」
「なんでも聞いてくれ!このおれに知らないことはないぜ」
ウソップは作りかけの釣り竿を脇に置き、胸を張ってサンジの方を見た。
サンジは壁にもたれ、そのまま座り込む。
「マリモとルフィはデキてんのか?」
一瞬ポカンとしたがウソップは少し考えてから答えた。
冗談ではなく、真剣に聞いていることに気づいたのだろう。
「いや?それはないと思うぜ。ゾロは分かんねェけどルフィはゾロのこと仲間としか思ってねェよ」
「そうなのか?よく一緒にいるからおれはてっきり……」
付き合っているのかと思った、そう思ったが死んでも口にしたくないセリフにサンジは途中で黙った。
「まァ、ゾロは一番初めに仲間になったからな。やっぱりルフィの奴はゾロを一番信頼してんじゃねぇの?」
「ふーん…」
意識せず声が低くなる。
「ゾロは…うーん、なんだろうな?寝てばかりだけどいざとなったら役に立つし、安心して背中を任せてる感じだよな。ルフィの中でも無意識に特別なのかもな〜」
「…へェ?」
なんでもないようにウソップは言った。
更に声は低くなる。
サンジは苛立ちを隠したくて胸ポケットからタバコを出し、火を点ける。
しかし、タバコを吸ってもイライラは簡単に消えなかった。
眉間にシワが寄るのが自分でもわかる。
薄々、ルフィとゾロの信頼関係は理解していたことだ。だが、誰かに改めて口に出して言われると相当腹が立つ。
つまり、誰がどう見ても仲良く見えるわけだ。
心底、おもしろくない。
昨日の夜中、ルフィが部屋の中にいないと気づいてサンジは甲板に出た。
見張りをしているゾロのところに行っていたら、阻止しようと思ったからだ。
しかし、マストを見上げるまでもなくルフィは甲板を出てすぐのところにいた。
少しだけ話をした。
なんだか思い詰めているようにも見えた。
月明かりの下で見るルフィは…儚く、キレイに見えた。
…まるで消えてしまいそうなほどに。
そばにいたかったが一人になりたそうに感じたので名残惜しかったがサンジは男部屋に戻った。
しかし、問題はその後だ。
寒いだろうと思い、毛布を持ってサンジは再び甲板に出た。
しかし、目当てのルフィは見当たらなかった。
ゾロと一緒にいるんだと話し声ですぐに気づいた。
居たたまれなくなり、すぐに男部屋に戻ったが結局、朝までルフィは帰って来なかった。
「おい、サンジ。顔が恐ェよ…」
黙り込み、昨日のことを考えていたサンジにウソップが恐々と声を掛けた。
「あァ?そんなことはどうでもいいんだよ。ほんとにアイツらはデキてねェんだな?」
完全な八つ当たりだがウソップをジロリと睨んでしまう。
「お、おう。間違いねェよ!」
「チッ、そうかよ」
ビビりながらもウソップは自信満々に胸を張って答えた。
その返答にサンジは思わず舌打ちをしてしまう。
デキてねェのにあの信頼感と距離感かよ。
やってらんねェ、デキるのも時間の問題なんじゃねェのか?
あぁイライラする。
気づけばルフィの傍にいるゾロにも、ゾロに笑いかけるルフィにも、妬むだけで何もできない自分にも。
サンジは苛立ちも一緒に吐き出すように、フーッと煙を吹き、晴天の空を見上げた。
ルフィのような煌めく太陽が輝いている。
サンジは思わず、空に向かって手を伸ばした。
「あれェ?何やってんだ、サンジ?」
ルフィの膝の上に居たはずのチョッパーがウソップの隣まで来ていた。
サンジはルフィを横目で探す。
すると爆睡するゾロの傍をうろうろしていた。
とたんに、怒りの感情が自分の内で騒つく。
(暇ならおれのトコに来いよ)
視線を太陽に向け、不思議そうにサンジの手を見ているチョッパーの質問にサンジは答えた。
「太陽、掴もうと思ってな」
「えぇ!太陽ってつかめるのか?」
チョッパーはウソップに問い詰めた。
ウソップはもっともらしくチョッパーを騙す言葉をすらすらと並べている。
「おい、あんまりチョッパーにウソつくなよ」
「えぇ!ウソかよ!」
「プリンス〜言うなよ〜まぁ太陽に手が届くわけねぇよ。なんなら試せばすぐ分かる。ほら、な」
サンジのようにウソップも天に向け、手を伸ばす。
チョッパーも同じく手を伸ばしてみた。
「あぁ〜無理だ〜届かねェ」
チョッパーはしょんぼりとした。
「マストに登っても無理なのか?」
「ムリムリ、太陽までどんだけ距離があると思ってんだ」
「…そうだな、決して届かない」
ポツリと呟き、二人の会話をどこか遠くで聞きながらサンジは昨日のことを思い出していた。
甲板に出たときルフィは何をしていたっけ?
空に両手を伸ばしていた。
今のおれたちみたいに。
それからアイツはなんて言った?
おれを月みたいだと言ったんだ。
そのあとなんか言ってなかったか?
聞こえなかったはずだ。
いや、今ならわかる。あいつは「月には手が届かない」と言ったんだ。
今のおれのように!
ハッとしてサンジは伸ばしていた手をぎゅっと握った。
「どうしたんだ、サンジ?」
「掴んだぜ、太陽」
えぇ!と驚くチョッパーに不敵に笑い、その場を立ち去る。
向かうのはもちろんルフィの元だ。
後ろではウソップがチョッパーに「恋は盲目なんだ」と諭していた。
自分の気持ちなんてバレバレだったのかとサンジは苦笑する。
隠すつもりもなかったし、バレて困るような想いじゃない。
意味わかんねェと騒ぐチョッパーを誤魔化しながらウソップは再び釣り竿を作り始めたようだ。
(今はルフィのことだけ考えよう)
ルフィもサンジと同じことをしていた。
つまり、自分と同じ気持ちのはずだ。
そう考えてサンジは頭を振る。
(いや、同じじゃなくていい。今からでも好きにならせよう)
男に惚れたのが初めてだったからってグダグダ悩んでたのがバカらしい。
ゾロに先を越されるぐらいなら当たって砕けたほうがマシだ。
フラれても諦める気などさらさらないという顔でサンジは一人笑う。
いつの間にかゾロの近くから特等席に戻って、海を見ているルフィにサンジは声をかけた。
「ルフィ」
「おっ、サンジ」
呼びかけるとニッコリ笑いながらルフィは振り返る。
その顔はやっぱり太陽みたいだった。
暖かい日向を思わせる。
(あ〜、手で掴むだけじゃすまねェだろうなァ)
サンジの心の声に気づく訳もなく、ルフィは首をかしげた。
「どした?」
特等席から飛び降り、サンジの傍に駆け寄る。
あぁ、やっぱり愛しいな。
「好きだ、ルフィ」
「…っ!」
突然の告白に真っ赤になり口をパクパクさせている。
サンジは暴走しそうな自分を理性で押さえ込み、ルフィの言葉を待った。
「お、お、おれもサンジが好きだ!」
ルフィはやっとのことでサンジの想いに答えた。
真っ赤な顔のままでサンジの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「ししし、やっと月に手が届いたぞ」
照れながら、でも、嬉しそうにルフィは笑う。
そんなルフィにサンジの理性は決壊ギリギリだ。
あ〜もう、コイツは押し倒されたいのか?
昼間とか人前とか関係ねェからな。
おれの心を鷲掴みにしやがって。
そんな可愛くして今日の夜どうなるか分かってんだろうな、ルフィ?
ゾロの殺気を背中に感じたが優越感しか湧かない。
喜びが強すぎて自然と顔が綻ぶ。
今なら、どんな罵倒も笑って聞き流せる気がする。
それだけサンジは浮かれていた。
「今日は一緒に寝るか、ルフィ?」
「う、えっ?……うー」
意味が分かったのかルフィは唸りながら俯いてしまった。
せっかく想いが通じ合ったのだ。手を出すのを焦る必要もないが、我慢することもない。
サンジは幸せそうに笑う。
さぁて、真っ赤になって俯くおれだけの太陽をこの腕に捕まえようか。
*END*