「今日は帰れって言わないんだ」
「…言っても無駄じゃないか」

綱吉はため息をついて、ノックもせず無断で部屋に入ってきた白蘭を見る。

「どうかしたのか?」
「んー、勘みたいなものかな。ただ無性に君と一緒にいたかったの」

いつもなら馬鹿げた話だと無視を決め込むのに。
綱吉は万年筆を置き、今だ立ち尽くしている白蘭の前まで歩み寄った。

「…白蘭?」
「ここに来るの大好きだったんだよね」

部屋中をゆっくりと見渡す白蘭に綱吉は首をかしげる。

「お前が見張りの目を掻い潜って来るんだからボンゴレの警備の甘さ疑われるんだよ」
「僕がすごいだけだから気にしないでよ。ここの警備は上等だと思う」
「なんだよ、それ。交代時間も不規則なのに器用な奴だよ。でも、そういえば最近はよく見つかってるな」

警備や部下に見つかったとき、白蘭はここには来ない。
誰かに見張られていると寛げないからと言っていた。
だから、こうして会うのは久しぶりと言ってもいいかもしれない。

「んー、調べられることが減っちゃったからね。僕の権力を使っても見つからないのは五分五分ってとこかな。警備強化するなら3階の一番西側の窓だね。あそこからが一番侵入しやすいよ」

手品師の最後の種明かしをするような言葉に息を呑む。
侵入経路は何度聞いてものらりくらりとかわしていたのに。
これは、まるで別れの言葉のようだ。

「ねぇ、綱吉クン」
「…なに?」
「もしも、僕たちが敵同士で戦ったならどっちが勝つかな?」

これからボンゴレと敵対するつもりなのだろうか。
しかし、今が味方かと言えば、そういうわけでもない。
いつからだっただろうか、白蘭がここへ来るようになったのは。

ある日突然現れて、ミルフィオーレのボスだと名乗った。
初めはある程度警戒していたが、それも馬鹿らしくなるほどこの部屋で勝手に寛いで帰っていくだけだった。
ボス同士だがマフィアらしい付き合いではない。
綱吉からすれば相手の素性もよく知らないくらいだ。
間抜けな部下の話や近場の美味しい店、お菓子やゲームの話をする間柄。そして、無言が苦痛ではない相手。
強いていうなら古くからの友人のようで、この部屋にいても違和感のない存在だった。
この男はこちらの都合お構い無しにふらりと現れ、時には何もせず去って行く。
ただし、現れるのは綱吉がこの部屋に一人きりのときだけ。

「ずいぶんと長考だね」
「…お前の能力知らないしな」
「超直感でズバッと予想しちゃってよ」

ときどき、当たり前のようにこちらのことを知っているような発言をする。
だが、なぜ知っているのか聞けばミルフィオーレの調査力だと、はぐらかされるだろう。だから、聞かない。
それでも構わないと思ったから。言いたくないのなら、それでもいい。
目の前の男はマシュマロを渡せば満面の笑みで喜ぶのを知っている。
それだけ知っていればいいと思った。

「お前かな」
「…そっかぁ」
「底知れない感じするからな。まぁオレも簡単に負けるつもりはないけどさ」

笑顔なのに、不思議と寂しげで綱吉は困惑する。

「…じゃあさ、中学生2年生の君ならどうかな?」
「え?」
「中学生2年生の君と、今の僕」
「昔のオレとお前…?」

やけに細かい指定だ。10年前ということだろう。
変な質問続きに綱吉は頭を捻る。そして、思い当たる答えを出した。

「わからない」
「…へぇ?」
「そりゃ今のオレの方が強いよ。でも、あの頃は…うーん、なんていうか可能性があったから」

中学生に負けるわけがないとからかわれるかと思ったが、白蘭は綱吉の返答に満足そうに笑っていた。

「それは手強い中学生だね。僕も全力で戦わないと」
「あはは、中学生に全力! そこは負けられないんじゃないの?」

笑っていると白蘭はじっと綱吉の目を見つめてきた。

「さぁ、どうなんだろう。絶対に負けられないけど、君になら…と思うかもしれないね」
「ん?」
「だって、殺されるなら綱吉クンがいいよ。他の誰かだなんて虫酸が走る」
「なん…で、そんなこと……」

動揺する綱吉に白蘭はにっこりと笑った。

「やだなぁ。例えばの話だよ。まぁ本心だけどさ」

思わず腕を伸ばし、白蘭の頬を親指の腹で擦る。

「ん? 何か付いてたかな?」
「泣いてるのかと…思って」

涙なんて流してはいなかったし、笑っていた。それでも、何故か泣いているように見えた。
頬に触れる綱吉の手は何故か震えている。
驚いた表情を彩ったあと、白蘭は綱吉の震える手を握った。
想像よりもずっとあたたかな白蘭の手のひら。
もしかしたら、自分の手が冷えきっているのかもしれない。
震えが止まるように、体温が溶け合ってしまうように白蘭は綱吉の手を握りしめた。

今日は変だ。お互いに。だから、何を言ってもいいのかもしれない。

「白蘭がいなくなるなんて…嫌だよ……寂しい」
「っ! 綱吉クン…泣きそうな顔してるよ。本当に泣き虫なんだから」

心底、嬉しそうな笑顔で白蘭は綱吉がしたように親指の腹で頬を優しく撫でた。
羞恥から綱吉は視線を逸らす。

「泣き虫って…お前の前で泣いたことなんてないだろ」
「ふふ、冗談だよ。僕がいないと寂しいだなんて言われて、嬉しくて照れちゃっただけ!」

場を包む空気が変化した。
そろりと綱吉が視線を向けると、そこには僅かに頬を染め、真剣な表情の白蘭がいる。
鼓動が、跳ねた。驚き、離れようとすると手を強く握られる。びくりと身体が揺れた。
試すような視線、振りほどかれないことを確認すると綻ぶように白蘭は笑んだ。

「っ白蘭…」
「だって、僕はずっと綱吉クンのこと………」

忽然と、目の前の男が消えた。
今までそこにいたのが嘘のように、跡形もなく。
それはあまりに突然で、何が起きたかわからなかった。
虚空を呆然と見つめた。手に残る彼の温もりが消えていく。

「びゃく…らん?」

迷子の子供のような頼りない声。心が凪いだ海のように冷静になっていく。
呼んでもどこにもいないことはわかっている。わかってしまう。
彼はもうこの世界のどこにもいないのだと己の血が教えてくる。
言葉の続きを彼から聞くことはもう二度と出来ないと。
それでも、縋るように辺りを見回す。彼の痕跡を探す。

「オレだって…白蘭のこと……」

消え入りそうな声で呟いた。
それを届けたい相手はいない。頬を伝う雫を拭う相手も。
もうこの世界にいないのなら、想いも記憶も消えてしまえばいいのに。
それに反するように忘れたくないと思う。強く、そう想う。

俯き、ぼやけた視界に何か光って見えた。
床に転がるそれを拾い上げ、眺める。
翼を模った造形、あたたかなオレンジ色の石。
自分の持っていた指輪に、どこか似ている気がした。
サイズの大きい指輪を左手の小指にはめる。

もしも、どこかで出会うことがあるのなら今度こそ白蘭を支えたい。心に触れたい。
自分にはその機会は訪れることはない。わかっている。
それでも願わずにはいられなかった。
どこか別の場所でいいから、どこか別の自分でいいから。

綱吉は祈るように、白蘭の指輪へと口づけた。






















*END*






指輪をはめる指にはそれぞれ意味があるらしいです。
左手の小指、いくつか意味があったんですが今回は『願い事が叶う』を意識しました。
永遠の愛を誓う、左手の薬指でもよかったかなぁと今も悩み中。
なんというか、無限の世界があるのなら穏やかな白蘭がいてもいいかなぁと。
イメージは最後の共有能力を発揮したあとですかね。
別の世界で中学生のツナと戦うつもりの自分の死期をなんとなく
感じ取った白蘭が一緒にいたいのはツナだろうかと思うの。
夢見てて、すみません(苦笑)
あと、ジャンルが自分でも謎で…こういうのは切ない、になるんですかね。
ぬぬ、とりあえず妄想も無限大な白ツナ大好きです。流行らないかなぁ(笑)






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