「ん…寝ちゃってたか? ……う〜」

ルフィは寝ぼけたまま起き上がり、ふらふらと歩いた。
扉を開けて、洗面台で顔を洗い、近くにあったタオルで顔を拭く。

(ちょっと……待てよ)

タオルを顔に押し付けたままルフィはピタリと固まった。
自分の家と間取りが違う。洗面台の形も違う。

背筋がぞわりと冷えた。

しかも、何で自分は洗面台のある位置がわかったのか。
ゆっくりとタオルを顔面から外し、目の前の鏡を見た。

「な、なんだァ?」

自分の格好に顔が引き攣る。
肌蹴たノースリーブにハーフパンツ。やけに露出が多い。
23歳の男の服装として大丈夫だろうか。答えは否だと思いたい。
今が夏だとしたら家着として使っているかもしれないけれど別段暑いわけでもなかった。
じっと鏡を見ていると普段の自分より心無しか幼いような気がした。

「いやいや、それよりこの羞恥プレイをどうにかしないと」

似合っている似合っていないの問題ではなく精神的に恥ずかしい。
とりあえずボタンをしてから元いた部屋へ戻った。そして、辺りを見回す。
木造建築だろうか。2段ボンクにいくつかのロッカー、脱ぎ散らかした服。おそらく自分はあの脱ぎ捨てた服の上で寝ていたと予想できる。
ロッカーを見て、何かの部室かと思ったが違う様だ。
全く見覚えがない部屋に混乱してきた。
酔って誰かの家へいるのだろうか。でも、酒は飲んでいない。
記憶を辿る。
仕事が休みでサンジが学校で、あと数時間で帰って来るからソファーに寝転がっていたはずだ。
近くに低いソファーを見つけ、じっと見る。自宅にあるソファーには見えない。背もたれの部分へ掛けてある黒いスーツの上着を見つけた。
実はまだ今の格好が恥ずかしいルフィはスーツを拝借しようと手を伸ばす。手に取るとタバコの香りが鼻孔をくすぐった。

「誰のだろ? お借りしまーす」

素肌にスーツの上着は少し変な感触がしたが背に腹は変えられない。
サイズもぶかぶかだ。自分の物ではないのだろう。というか今の状況は何なんだ。見知らぬ場所に見知らぬ服装。

「あ、そうか。これは夢なんだ」

唐突にそう思いつき、安堵した。
きっとソファーで寝転がっているうちに眠くなって寝たのだ。
それなら全てに説明がつくし、何一つ驚く必要はない。
例え理解不能な状況でも、それが夢の中では当たり前だ。
夢にしては五感が冴え渡っているような気もするが気にしない。
今見えているモノ全てが脳内で起きているだけの現象のはずだ。
突拍子もなく変わっている、夢なんてそんなものだ。

「あはは、動揺して損したァ」

笑っていると洗面台がある方とは別の扉が開いた。ルフィは自然と身構える。

「ルフィ? 起きたのか?」
「え? サンジ?」

聞き覚えのある声音に驚いてしまった。夢だから身構える必要も驚く必要はないのに。
夢の中でまでサンジに会いたいと想っていたのかと思うと気恥ずかしくて顔が熱い。

「…どうしたんだ? おれの服着て」
「え!? これ、サンジの服?」
「他の奴らが着てるの見たことあるのか?」
「いや、ないけど」

他の奴すらも見たことないのだが、ここは黙っていよう。

「ん? ボタンまでして、めずらしいな」
「えー、普段からボタンしてない設定なのか」
「ん?」
「い、いや…えっと〜ほら、ちょっと寒かったから借りたんだ。悪い、返す」

急いで脱ごうとするとサンジに腕を掴まれた。

「いや、いいって。寒いんだろ? 着てろよ。お前がそんなこと言うなんて……熱か?」

心配そうにサンジの手の平がルフィのおでこへ触れる。途端に体温が上がった。
気遣わしいげな視線に心臓がうるさい。

「だー! やめろ! 余計体温上がるわ!」
「る、ルフィ? どうしたんだ? 何か変だぞ? チョッパー呼んだ方がいいか」

いつもの自分とは違う態度なのかサンジが動揺しているように見える。

(チョッパーって誰!? あーもう! 夢のくせに設定細かいんだよ! 攻略本くれ!)

叫びたい気持ちを抑えて、ルフィは部屋を出て行こうとするサンジの袖を掴んだ。
自分の夢なのに自分だけ設定を知らされていない現状を打破したい。
とりあえず状況を理解しよう。

「どこ行くんだ?」
「チョッパー呼びに行くんだから港町の宿だよ。今はこの船、おれ達しかいないだろ」

なるほどなるほど。
朧げながら状況が掴めてきた。この木造建築はどうやら船らしい。
言われてみれば地面が僅かに揺れていた。波の揺れだったのだ。そして、チョッパーという医者のような友達がいるのだろう。
サンジの口ぶりからするとチョッパー以外にも複数いる気がする。
ボンクの数からすれば港町の宿に仲間がまだ大勢いると思った方が良さそうだ。

「いや、大丈夫。寝ぼけただけだよ。チョッパーにも悪いし」
「そう、なのか? 無理すんなよ?」
「うん」

これ以上登場人物はいない方が大変好ましい。
ルフィは笑顔のまま、何を質問しようか考えた。

「サンジって何歳だっけ?」
「は? 19歳だけど」
「19…それでかァ」

ルフィの知るサンジより少し大人びて見えると思ったら3歳だけだが本当に年上だった。

「それでって?」
「いや、なんでもない! おれって何歳だっけ?」
「17歳だろ」
「17!?」
「えっ? 違うのか?」
「違いません!」
「……チョッパーを」
「よ、呼ばなくて平気だってば〜サンジは心配性だなァ! あはは!」

笑ってごまかしながらルフィは脳内で設定を整理する。

(イメージは6年前か〜17歳ってサンジと同学年じゃん。新鮮だ。しかも、夢の中だとおれの方が年下なのか)

現実だと照れが先立ち上手く甘えられないのだが自分が年下なら甘えても大丈夫だろうか。

「って、甘えねェよ! こっ恥ずかしい!」

自分の考えに赤面し、ツッコミした揚げ句サンジに訝しげな視線を向けられた。

「……やっぱりチョッパーを」
「呼ばなくていいって! これ以上混乱させんな」
「いや、混乱してんのおれだから」

どうしていいか分からないという表情のサンジを見て、ルフィは我に返る。

「なんか…ごめんな。設定理解するために色々と質問していい?」
「設定? よくわからねェけど別にいいぜ。気にするなよ」
「なんか優しくされると余計に申し訳なくなってきた。ちょっと現実世界で攻略本、探してくる」

この世界の攻略本など現実にあるのかはわからない。でも、あやふやな設定のままでは登場人物に迷惑を掛けてしまう。

再び同じ夢を見られる自信はないがこのままでは夢の中のサンジに申し訳ない。
頭を強打すれば目も覚めるはず。
夢の中だろうと現実だろうとサンジを困らせたくはないのだ。

「お、落ち着け! 何でも答えてやるから! チョッパーも呼ばねェ! とりあえずキッチン行くぞ! イスに座って、なんか飲みながら落ち着いて話そう」

壁をじっと見つめるルフィに危機感を覚えたサンジは引きずるようにしてルフィを男部屋から連れ出した。



***



夜の闇が辺りを包む中、しばふの上を歩き、階段を上った。どうやらルフィが思っている以上に、この船は大きいようだ。
キッチンに着くと無理矢理イスへ座らされた。

「ちょっと待ってろ。動くなよ」
「はーい」

不自然にならない程度に辺りを見渡す。自分の夢にしては凝った内装だ。
散々辺りを見たあと、飲み物を準備しているサンジに視線を移した。

(夢の中でもサンジは優しいなァ)

サンジを見つめながらルフィは嬉しい気分になる。

「ほら、火傷するなよ」

すぐに準備も終わり、サンジは淹れたてのミルクティーをテーブルに置いた。そして、話をしやすいようにルフィの真正面の席へ座る。

「うん、ありがとう」

ルフィがカップを持とうと身体を動かすとふわりとタバコの香りがした。そこで、はたと気づく。

(これはサンジの服…ってことは)

湯気の立ち上るミルクティーの水面を見つめてからルフィは視線を上げた。
タバコに火を点けようとするサンジが見えて思わず声を張り上げる。

「ストーップ!!」

ルフィのあまりの勢いにサンジは火を点ける姿勢で固まった。

サンジと付き合う前からルフィは、ずっとサンジが非行に走らないように見守っていたのだ。
自分の前では酒、タバコ、エロ本など年齢規制のあるものは許していない。
見えないとこは多少黙認しているが基本は禁止している。
大事な一人息子をおおっぴらには言えないような関係へ引きずり込んでしまったことをルフィなりにサンジの両親に申し訳ないと思っている。
今さら別れたくないし、離れたくないので、そうするのがせめてもの気遣いでもあった。
それが叔父である責任であり義務だと勝手にそう思っている。

「ど、どうした?」
「どうしたってお前、み…」

未成年だろうがと言いかけて、他の可能性を思いついてしまった。
タバコは二十歳を過ぎてからというのは、たまたま自分の国がそういう法律なだけだ。
この夢の中は違うかもしれない。

(飲酒していい年齢だって世界各国でバラバラなのに)

そもそも未成年という定義がこの世界にあるのだろうか。しかも、ニオイは似ているがルフィの知っているタバコとは成分が違うかもしれない。
そうなるとタバコが有害だとも限らないわけで。
ぐるぐると余計な考えが脳内を駆け巡る。
夢の中の出来事なのだから、そこまで真剣に悩むこともないのだが視覚的にダメだ。

「み? 何が言いたいんだ?」
「みー……み? えっと〜あっ! ミルクティー、冷めるぞ? タバコ吸ってたらさ。だから、後にしろよ。出来れば、おれのいない場所で」

かなり苦しい言い訳だが『み』の最初につく言葉が咄嗟に思いつかなかった。

「……わかった。お前、タバコ嫌いだったっけ?」
「あっはははー…どうだったかなァ」

サンジの態度を見る限り、夢の中の自分はタバコのことを口出ししたことはないようだ。
ミルクティーを冷ましながら口に運ぶ。
単純に美味しい。きっとサンジの淹れ方がいいのだろう。それに温かい飲み物は心が落ち着く。

「で、聞きたいことって?」
「んー、もういいかなァ」

夢の中の設定など知らなくてもいい気がしてきた。
早くサンジ帰って来ないかなと思いながら寝たからサンジと会う夢を見たのだろう。かなり恥ずかしいがそう思うことにした。

「そうか? じゃあおれが質問していいか?」
「おー、いいよ。答えられることなら何でも答えてやる」
「おれの服着てたことに他意はないんだよな?」
「鯛? ……いや、他意か。別にないよ。強いて言うなら恥ずかしかっ…」

ピタリと言葉が止まる。よく考えたらサンジの服に身を包まれている方が余程恥ずかしいのではないだろうか。

「そっか、ないのかよ。あれ? 暑くなってきたか?」
「うっ、ちょっとな…ミルクティー飲んで体温あがった」
「…そうか」

ものすごく熱い。でも、今さら脱ぐのも羞恥プレイ再開で恥ずかしい。
でも、このまま着ているとサンジに抱きしめられているような感覚がする。
たかが服一枚で飛躍してしまう自分の脳ミソに感嘆すらしてしまいそうだ。

「あ、あのさ。やっぱり質問していい?」
「何?」
「おれ達って…どういう関係?」

さっきから気になっていたことだ。別に夢の中でまで恋人同士じゃなくてもいい。でも、自分達の関係が気になる。
聞く必要などないが、すぐに目が覚めないのが悪い。

「どうって…船長とコック、仲間だろ?」
「そっか」

この船での自分のポジションがわかり、少し驚いた。

(仲間か〜。普通そうだよな〜。夢だけどリアリティあるなァ。というか船長か〜なんか、嬉しいかも)

夢の中は恋人でなかったというのは少し残念だが贅沢を言うのはよくない。
16歳のサンジは自分の恋人なのだから、目の前にいる19歳のサンジは仲間で十分だ。
夢の中でもそばにいられるだなんて幸福じゃないか。
にこにこしながらサンジを見ていると、サンジも目を逸らさずにルフィをじっと見ていた。
何だろうと思っているとサンジが口を開く。

「おれはお前と別の関係になりたい」
「へェ〜、別のかァ。は? あれ?」

笑顔のままルフィは固まった。
今のはどういう意味だろう。仲間ではなく別の関係。絶縁したいという雰囲気ではない。むしろ、熱っぽく見つめられている。

(何この急展開!?)

平常心を保つために残りのミルクティーを一気に飲み干す。
カップを置いてさりげなくサンジから目を逸らした。

「あはは、別の関係って何だろ〜親友とか?」
「違う。特別な関係だ」
「と、特別か〜よし、ちょっと待ってろ」
「どうした?」

話の流れが非常に危うい。
とりあえず流れを変えたくてルフィは立ち上がった。

「小腹が空いたから何か作る。サンジも食べるか?」
「食べるかって…おれが作るんだよな?」
「ん? いや、自分で作るからサンジは座ってていいぞ?」
「はァ!?」
「な、何?」

サンジのあまりにも驚愕したリアクションにルフィも驚いてしまう。

「お前が作る…のか?」
「うん。変か?」
「変だろ!!」

全力で言われてルフィは少々ムッとする。

「失礼だな〜おれだって…作れ…る」

一人暮らしをしていたのだからそれなりに自炊はできる。しかし、17歳の自分は自炊できるのだろうか。ちらりとサンジを確認してみた。

「………」

何とも言えない表情で無言になってしまったサンジを見て、ルフィは納得する。

(あ〜、これは絶対できなかったんだな…まァおれも17歳のときに自炊してなかったし当然なのかな)

話を反らすつもりが変な方向へ向かっている気がしないでもなかった。

「……不安なら見てろよ」
「あ、あァ」

サンジはかなり動揺している。
夢の中だからと夢の中の設定に合わせていたがルフィは開き直ることにした。
キッチンへ向かうとサンジもそろそろとついて来た。

「チャーハンでいっか〜あれ?」

材料を出そうとしたが冷蔵庫が開かない。鍵がついていた。
ルフィは困って、サンジを見上げる。

「あー、暗証番号は言えねェんだよ」
「ふうん? じゃあ適当に食材出してくれよ」
「…了解」

サンジが材料を出している間に調味料を確認した。聞いたこともないようなモノは使わないようにしよう。知っている調味料も多々あり、それをコンロの近くへ置いた。
自宅でたまに作るチャーハンと同じものが作れそうでルフィは安堵する。

(あんだけ言っといて作れないってのもイヤだしな)

最近は16歳のサンジが料理を作ることが多くなったから、しばらく作っていない。
そもそも料理が得意というほどでもなかった。でも、サンジはルフィの作るチャーハンが好きだ。調味料の量を失敗しても美味そうに全部食べてくれる。
ルフィが自分のために作ったということがサンジにとって大事らしい。

(うっ…ダメだ。思い出すだけで恥ずかしい)

嬉しそうに失敗作を食べるサンジを思い出し、赤面した。そして、無意識にサンジの好きなものを夜食に選んでいた自分が恥ずかしい。
何度も失敗作を食べさせるのも悪いと感じ、ルフィはウソップにチャーハンの作り方を伝授してもらった。だから、失敗はしないはず。

「ルフィ?」
「は、はい!」

思考の世界に行っていたルフィはサンジに名前を呼ばれて無駄に勢いよく返事をした。

「何だよ、デケー声出して。ほら、材料これでいいか?」
「うん、ありがと」

手を洗い終わると、いつの間にか包丁とまな板まで用意してあった。
ルフィは調理しながら19歳サンジのことを考える。

(特別な関係って…う〜、多分そういう意味だよなァ)

色恋沙汰には疎いとよく言われるがルフィだってたまには気づくこともある。
何せ先程の19歳サンジのルフィを見る目は16歳サンジの目と同じだった。

(おれが聞くべきじゃない気がするんだよなァ)

食材を切りながらハラハラした表情で自分の手元を見ているサンジをちらりと見る。
ルフィの知るサンジより年上とはいえ自分より年下だ。何かアドバイスできないだろうか。
今さっきの言い回しで17歳の自分がサンジの想いに気づくわけがないと思った。でも、夢の中の自分はサンジに恋をしているとも限らない。

(むー、余計なことはしない方がいいのか)

それでもサンジのことになると何とかしてやりたいと思う。
ふと目が合い、優しく笑われてルフィの心臓が跳ねた。

(こ、これは浮気にはならないよな? サンジごめんーでも、3年後のお前にときめいただけだから許せよー)

ドキドキと高鳴る心臓に何故か罪悪感が芽生え、ルフィは調理に没頭した。



***



失敗せずにできたチャーハンをお皿に盛り付ける。
先程話しをしていたテーブルに運び、イスに座った。
サンジがスプーンと水を用意して、再びルフィの正面に座る。

「はい、どうぞ」
「お前の手料理が食べられる日が来るとは思わなかった」
「今日だけ特別な」
「特別……」

その言葉にサンジはルフィをじっと見つめてきた。自分のセリフにルフィは冷や汗が流れる思いだった。

(誤魔化した意味ねェ! 何、自分からキーワード言ってんだ!)

色恋沙汰から遠ざけたつもりが、わざわざ自分から思い出させてしまって少しヘコむ。

「い、いいから食えよ。冷めるぞ?」
「ああ、いただきます」
「うん、いただきます」

少々、躊躇ってからサンジはチャーハンを口に運んだ。

「あ、うまい」
「あったりまえだ! でも、よかった」

こちらのサンジの口にも合ったようでルフィは安堵して笑う。

「……また作ってくれるのか?」
「え? んー……」

果たしてそんなことが可能なのだろうか。夢の中とはいえ、出来ない約束は躊躇われる。
何だかもう無理な気がしてルフィは曖昧に笑いながらサンジを見た。

「作り方、見てた?」
「ああ、何食わされるか怖かったからな」
「それは失礼だぞ。まァ仕方ないのかな。今度はサンジが作ってよ」
「はァ?」

食べる手を止めて、サンジはルフィを凝視する。

「それで、おれに食わせてやってよ。そんで、レシピも教えてやってくれ」
「……教えるっておかしくないか? 元々お前が作ったのに」
「あれは適当だもん。調味料も適当に入れたの。奇跡のチャーハンだから、もう二度と作れねェよ」

何か聞こうとして、サンジはため息を吐いた。きっとルフィははぐらかす、そう思い再びチャーハンを食べ始める。

「……そういうことにしてやるよ。もう作ってくれねェってことだよな」
「6年後に作る。憶えてたらだけど」
「変な奴。変なのはいつもだけどな」

ルフィは笑って、残りを食べ始めた。

食べ終わり水を飲んでいるとサンジも食べ終わったのか、じっとルフィを見ている。
どうかしたのかと首を傾げると、サンジは口を開いた。

「何か、今日のお前なら愛の告白、通じる気がするんだよ」
「ははっ、気のせいだろ」
「何してんだ?」

自分の頬っぺたを抓っているルフィを見て、サンジは首を傾げる。

「何でもないです。全然、痛くないし……さすが夢の中だな」

ぎゅうぎゅう抓っても少しも痛みを感じなかった。むしろ、どこまでも伸びそうな気がする。夢ならでは出来事なのだろうか。抓る感触ははっきりと感じられるのに。
自分の頬を抓るのを止めて、ルフィはソファーに移動した。近すぎるのはよくない。

「鈍すぎて悪意すら感じてたんだよ、毎日毎日。おれがお前のこと好きなのってそんなに信じられないか?」
「い、言い方がわかりにくいんじゃないかなァ」
「わかりやすく言ってもお前、気づかねェじゃんか」
「……おれも好きだぞ〜とか言うのかな?」
「そうだよ! てめェ、おちょくってんのか!」

サンジも立ち上がり、ドカッとルフィの真横に座った。

「いや、だって…う〜ん、よくわからないんだよ。そういうの」
「……だろうな。恋愛なんてしたことありませんって顔に書いてある」
「えへへ〜そんなこと書いてるかなァ」

ルフィは自分の頬を擦りながら、一人分の隙間を作ってサンジから離れる。

「そりゃあ、冒険にしか興味ないかもしれないけどな。おれの気持ちをもうちょっと考えてもらえると助かるんですけど」

離れた分、サンジが近づく。

「……善処します」
「大体、いつもの肌蹴た服装ってどうなの? 誘ってんの? それに今の格好はヤバイだろ……好きな奴がおれの服着てる状況って……相当、やばい」
「さ、サンジ君は女のコに興味はないのかな?」
「あるよ。当然」
「ですよね〜」

少し安心してから、再びルフィは一人分の隙間を作ってサンジから少し離れた。

「でも、それ以上にお前が気になるんだよ! この女好きのおれが! バカみたいなガキに欲情すんだよ! どうしてくれんだ」
「……お、オカズに使っていいよ」
「もう使ってる」

相当無理した発言だったのに、さらりとかわされた上に爆弾発言をされて全身が熱くなる。しかも、再び距離を詰められた。

(うぎゃあああ!! 恥ずかしい恥ずかしい〜16歳サンジはこんなこと言わない〜3年後にこんなこと言い出したら教育的指導をしてやるぅ)

ルフィは恥ずかしくて泣きそうになってしまった。俯き、どうしようかと考えを巡らせる。
夢の中の設定がどうだか知らないが19歳サンジに今の自分が好きだというのは変だ。何か間違っている気になる。公平じゃない。

「……ルフィ」
「っ!」

甘く囁かれ、肩を掴まれた。嫌でもビクついてしまう。

「おれ、お前のことが…むぐ」

ルフィは慌てて、サンジの口を両手で塞いだ。
自分が聞くべきじゃない。応えるべきじゃない。

「今のおれに言うのは卑怯だぞ」
「……じゃあ、いつ言えばいいんだよ。どう言えばいいんだよ」

両手を掴まれ、睨まれた。多少怯むがヒントぐらいあげたい。
夢の中の17歳の自分がサンジを好きかどうかなんて今は関係ない。むしろ、サンジを好きにならない自分を想像できない。

「おれに伝わる方法か……」

普通に言っても気づかないだろう。17歳の自分に効果的な告白など存在するのだろうか。
結構な難題だ。19歳サンジは結構頑張っているんじゃないかとルフィは感心した。
真剣に見つめてくるサンジの視線を感じながら、ルフィは悩む。

「うーん、冗談にしないで、突き詰められたら……追い詰められたら、さすがに気づくと思う。たぶん、だけど」
「なるほど」
「恋愛事に慣れてないから、大変だろうけど……好きなら頑張れよ」

サンジの目を見返して、ルフィも真剣に応えた。間違ってるのかどうかもわからないけど。精一杯の答えを出したつもりだ。
結局はサンジが気づかせるしかないのだから、自分は上手くいくことを祈るだけ。

「なんで好きな相手に励まされなきゃなんねェんだよ。鈍くても他に好きな奴が出来ても、諦めないからな。そこんとこは憶えとけよ」
「憶えてるかなァ。でもさ、どこで何しててもサンジのこと好きになる可能性って高いと思うんだ。だから、おれに恋を教えてくれ」
「……ずっと疑問だったんだけど。お前、おれの知ってるルフィじゃないのか?」
「どうだろ……おれはおれだから。サンジもサンジだと思うんだよな」

ルフィはサンジの頬に触れて見た。自分の知るサンジよりも少し大人っぽい表情。
違うような同じような、不思議な存在だ。

「よくわかんねェけど聞かないでいてやるよ。チャーハン、美味かった。アドバイスもありがとな」
「どういたしまして〜あれ?」

視線がいつの間にか天井を捉えていて、ルフィはきょとんとする。
押し倒されたと気づいたときには起き上がれなくなっていた。上手く押さえ込まれていて、抵抗できない。
意地の悪い表情のサンジが驚いているルフィを覗き込んできた。

「鈍いのは一緒だな。でも、おれの気持ちに気づいてるだけに押し倒し甲斐がある」
「何、これ。ちょっと、話聞いてた? なんで? どういう状況?」
「ルフィはルフィなんだろ? だったら、お前に何かしても問題ない」
「問題大ありだ! バカっ!」

真っ赤になって抵抗するルフィを見て、サンジは楽しそうに笑う。

「だって、好きなんだよ、お前のこと。あんな顔で頬を触られたら普通、押し倒すだろ」
「お前の普通は間違ってる! 全力で否定してやる! おい、コラっ、やめろ!」
「おれの知ってるルフィよりしっかりしてんだよなァ。妙に色気あるし、襲いたくなる。本当、困った奴だ」
「困ってんのはおれだ! どけろっての!」

恥ずかしいことばかり言うサンジの口を塞いで、ルフィは全力で押し返す。
サンジはあっさりとルフィから退けた。本気で何かするつもりはなかったのだろう。

「はァ、はァ……怖い奴だな。おれの知ってるサンジは無理強いなんかしないんだからな!」
「知らね。でもさ、それもおれだろ? そのうち場所とか時間とか関係なしに平気で押し倒すようになんじゃねェの?」
「そんなわけない! サンジはおれの嫌がることしないもん。ま、まァサンジがすることでイヤなことなんて…ないけどな」
「ずりィ!! なんだそれ! そんな状況のおれも存在するのか…なんか、やる気でてきた」

赤い顔で照れているルフィを見て、サンジは顔を引き攣らせた。

「えーっと、応援してます」
「今のお前を口説いてもダメなんだろ? 明日からは遠慮しないからな」
「ご、ご自由に」

17歳の自分に申し訳ないような気がするが、深く考えないようにする。
少し困ったように笑って、サンジはルフィの頭を撫でた。

「おれ、ルフィとそういう関係になれるように頑張るから、お前はもう一人のおれを大事にしてやってくれよ?」
「………っはい」

途端に体温が上がる。サンジに頭を撫でられたことなどあっただろうか。
恥ずかしいけど、温かくて優しい感触にルフィは照れたように笑った。

「どうした?」
「サンジに頭撫でられたことないから」
「そうなのか? ……おれはよく撫でるけどなァ」
「どちらかといえば、おれが撫でる方だから」

お互いの言葉を聞いて、二人はしばらく黙る。

「「羨ましいなァ」」

二人は同時に呟いていた。ハモったセリフに驚いてから、同時に笑い出す。

「じゃあ、おれも撫でてやる」

ルフィはいつもサンジにするように頭を撫でてやった。
サンジは少し照れたように笑ってから、ルフィを抱きしめる。

「ふわっ、何すんだよ」
「……包容力にやられた。なんか年上みたいだな」

自分の方が年上なのだから当然なのだが、ややこしくなるかと思ってルフィは笑うだけにした。

「ん? なんか眠くなってきた」
「結構、夜中だからな。後片付けするから、ソファーで寝てろよ。起こすか運ぶかするから」
「うん、ありがとな」

にっこりと笑うルフィを見て、サンジは優しく笑う。そして、ルフィの頬に触れた。

「ルフィ、む」

ルフィは意地悪そうに笑って、サンジの口を片手で塞ぐ。

「それは次に起きた時、言って? たぶん、サンジの知ってるおれだよ」
「……了解しました。おやすみ、ルフィ」
「おやすみ、サンジ」

ソファーに寝転がり、目を瞑った。
少し大きな上着、タバコのニオイ、食器を洗う音、微かに聞こえる自宅のチャイム、鍵を開ける音。
夢現でルフィは誰かが自分へ近づく足音を聞いた。



***



「ルフィ、風邪引くぞ」
「んー? サンジ? お帰り…そして、ただいま〜出迎えなくてごめん」
「ただいま〜。あと、お帰り。でも、なんでルフィもただいまなんだ? というか何謝ってんだ?」
「だって、お前出迎えられるの好きだって言ってたじゃん」

目を擦りながらルフィはソファーに座った。
サンジはルフィが自宅にいるとき合鍵を持っていても必ずチャイムを鳴らす。
今日だって鳴らしたはずだろう。ルフィが出迎えられて、お帰りと言われるときが堪らなく好きらしい。だから、自宅に自分がいるときぐらい出迎えたかったのだが変な夢のせいで出来なかった。

「〜っルフィ!」
「うわっ」

濃い夢だったと考えているとサンジに思いきり抱きつかれ、ルフィはソファーに倒れる。

「可愛いよ〜覚えててくれたんだ〜嬉しい」

肩に擦り寄ってくるサンジの頭を撫でながらルフィは笑う。
これだけ喜んでもらえるなら何度だって出迎えるつもりだ。

「次は出迎えるからな」
「期待してる。そのときお帰りなさいのキスはしていただけるんでしょうか?」
「調子に乗んな」
「痛っ」

デコピンしてからルフィはサンジを押し退けた。
サンジはおでこを摩りながらも嬉しそうだ。

「あとは変な夢の世界からただいまだ。お前も出てきたぞ」
「へ〜、どんなの?」
「ん〜、羞恥プレイから始まり」
「え!? 羞恥プレイ!?」
「…普段は着ないであろう服装だっただけ」
「ええ!?」
「……お前が考えてるような服装じゃないぞ」

真っ赤になっているサンジにルフィは顔を引き攣らせた。一体どんな服装を想像しているんだか。

「19歳のお前と話したり、チャーハン作ったり食ったり…告白されかけたり」
「ふーん」
「何、怒ってんだよ」

先程まで赤い顔をしていたはずのサンジが不機嫌そうにルフィを見ていた。

「夢の中の出来事でもルフィが他の奴と仲良いのイヤなんだよ! しかも、告白? ふざけんな、ルフィはおれのだ」

後ろから、ぎゅっと抱きしめられてルフィは驚いた。

「他の奴って…お前だぞ?」
「おれじゃない。おれは最近ルフィの手作りチャーハン食べてない」

拗ねたような口調にルフィは内心悶える。

(ああ、もう可愛いなァ!)

子供のようなサンジにルフィは頭を撫でてやった。

「よしよし。告白はギリギリ阻止したつもりだからな」
「あー、子供扱いだ」
「だって、お前可愛いからさ」

19歳サンジの相手をしていただけに妙に癒される。やはり、自分には16歳のサンジが丁度いい。

「お前の方が可愛いっつーの……そんなこと言えなくしてやろうか」
「っ! しなくていい」

耳元で低く囁かれ、19歳サンジの片鱗を見せられたルフィは赤面した。

「じゃあチャーハン作ってよ。おれだってルフィの手料理が食べたい」
「わ、わかったから放せ」

お腹をまさぐる手を抓って、ルフィはサンジから放れる。

「残念。ルフィはなかなか流されてくれないよなァ」
「うるせェ、おれだって思うトコが色々あんだよ」

ルフィはサンジを赤い顔で睨んでからキッチンへ向かった。
残り物や野菜を用意しながら、ルフィは色々と考えてしまう。

(たぶん、というか絶対おれが抱かれる側だもんなァ。簡単に踏ん切りつくかっつーの)

年下に組み敷かれるなぞ想像しただけで悶絶ものだ。かなり屈辱的な展開に考えただけで眩暈がする。
それでもサンジのことが好きだから耐えられだろう。というか男に抱かれるなど好きでなければ絶対に無理だ。

「おれは我慢強い方だと思うけど暴走したらごめんな」
「怖いこと言うな」
「好きな奴と同じ家にいてムラムラしないと思ってんの? おれ不能じゃねェし、若いから…風呂上がりとか見てると正気を失いそうなんだよ」
「そんな報告望んでないから。我慢強くて紳士なサンジはものすごくカッコイイぞ」
「そう言われたら嬉しいけどさ。でもな〜」

拗ねたように話すサンジをルフィは、じとりと睨んだ。

「あんまり言うと、おれの家、出入り禁止にするぞ」
「……ごめんなさい」

強引さがイマイチ足りないサンジを可愛いと思いつつ、早く決心してやりたくもある。
でも、男女では身体の作りが違うし、下品な話、突っ込む場所が違う。
痛そうだ、死ぬほど痛そう。
慣らせば平気なものなんだろうか。女性経験はサンジの方が多いだろうから任せた方がいいだろうか。自分よりも、よっぽど手慣れていそうだ。

(うわっ、慣らすとか! 我ながら恥ずかしっ! しかも、サンジが手慣れてるって思うと腹立つー)

ルフィはイライラしながらサンジを振り返る。

「お前さ」
「……え?」

出入り禁止になった場合を想像していたのかしょんぼりしていたサンジが顔を上げた。

「おれを抱きたいのか? それとも女の方がいいのか?」
「えー!? な、なに急に」

包丁を持ったまま凄まれてされる質問ではないような気がして、サンジは驚く。

「どうなんだ?」
「ルフィをものすごく抱きたいです!!」
「それならいいんだよ」
「あ、あれーそれで終わり? 続きは? 実践しないの?」

拍子抜けしたようにサンジは再び調理に取り掛かったルフィの後ろ姿を見つめた。

「しない。あんまりしつこいと土下座させるぞ」
「この際、土下座してもいいからしたいなァ」
「プライド持て」
「それより大事なことってあるだろ。まァいいんだけどさ〜そのうち襲ってやるから」
「……結構、全力で抵抗するかもしれない」
「ま、負けねェよ」

なぜか気合を入れているサンジをちらりと振り返り、ルフィは小声で呟く。

「……な」
「えっ?」
「だ、だから! そのうちな! ……あんまり我慢させすぎて他の奴に目が行ったらヤダもん」

ガターンと何かが床に落ちる音がしたと思ったら、背中に衝撃があった。

「ルフィ!! 他の奴に目が行くわけないだろ!! 可愛すぎるのも問題だ!!」
「ぎゃあ! 危ないだろアホめ!!」
「痛いっ! でも、放しません!!」

包丁を持っているのに抱きついてきたサンジを罵り、アゴへ頭突きをした。
それでも放れないので、ルフィはサンジを傷つけないように包丁の刃を反対方向へ向けて遠くに置いた。
どうやらガターンという音はサンジがイスを跳ね飛ばした音のようだ。

「も〜、落ち着けよ。何なんだよ、お前は」
「何なんだろうな…でも、めちゃくちゃしあわせです。身体の関係はいつまでも待てる気がした」
「ちょ、ちょっと言葉とは裏腹に…腰に当たるものが気になるんですけど。本当に落ち着いて」

あまりの状況に焦燥感が募ってしまう。本気になればサンジの方が力が強かったりするのだ。

「身体は正直でごめん。ほら、多感な年頃だからさ。まァ、大丈夫大丈夫。そのうち治まるだろ」
「そ、そう? でも、このままじゃ調理できないから離れてください」
「おれも手伝えたらいいのに。味付け真似てるつもりなんだけどルフィの作るのとは違うチャーハンになるんだよなァ」
「そりゃあ、隠し味が入ってますから」
「え? 何? 教えて教えて」

得意気に言ったもののサンジに簡単に教えるのはもったいない。この料理は自分だけ作れるのがいい。
何を言って誤魔化そうかと瞬時に思案して、適当に答えた。

「おれの愛情が入ってるんだよ」
「……」

無言のサンジに自分が結構恥ずかしいことを言ったことに気がつき、ルフィは固まる。

(おれは何、言ってんだ!! 本当にイタイ発言だ…サンジも呆れてんだろうなァ)

振り返るとサンジは赤い顔のまま、照れたように頬を掻いていた。

「あ、あれ? サンジ?」
「……だったら同じ味は出せないよな。あはは、このまま近くにいると襲いそう…席に戻ります」

跳ね飛ばしたイスを戻してサンジは席につく。
その表情は本当に嬉しそうで、ルフィの方が恥ずかしくて赤面してしまった。

「えっと、言えばいつだって作ってやるからな」
「うん。でも、おれの愛情たっぷり手料理も食べろよ。こう見えて図書館で料理の勉強してるんだからな」
「あ〜、それで美味しいのか」
「そういうこと! どんなリクエストにも応えられるようになってやるからな」
「あはは、楽しみにしとく」

ルフィは温かい気持ちで調理を再開する。
幸せだなと唐突に思った。
こんな日々が続いて行くのかと思うと幸せすぎて泣けてくる。
夢の中のサンジも上手くいきますようにとコッソリと心の中で願う。

色々と問題もあるけれど、主に性的なことで。
それでも自分達のペースで進んで行けたらいいなと、ルフィは嬉しそうに笑っているサンジを振り返って、幸せそうに笑った。



























*END*