「ルフィ、ほら! すごいだろ」
ルフィの自宅に入る手前でサンジは満点のテストをルフィに見せつけた。
答案用紙を確認した途端、ルフィに玄関のドアを思いきり閉められる。
「ちょ、ちょっと! 話が違うんじゃねェの!?」
鍵を閉める音まで聞こえて、サンジはドンドンとドアを叩いた。
「近所迷惑だろ。ドアを叩くな」
「じゃあ開けろよ!」
「合鍵持ってんだろ?」
「すぐそばにいるんだから開けてよ」
渋々といった様子で玄関のドアを開けたルフィが顔を出してきた。
にこにこと笑うサンジを見てから、呆れたように自宅へ招き入れられる。
「お帰り」
「うん、ただいま〜」
「今日はヤダぞ。だって、ウソップいるし」
早速、約束通りキスをしようと思っていたサンジは盛大に顔を歪めた。
「お〜サンジ、お帰り」
リビングに入るとソファーで寛ぐウソップが笑顔で挨拶してきた。今はその笑顔にも腹が立つ。
「………ただいま」
地を這うような声で挨拶をし、サンジはウソップを睨んだ。
「な、なんだよ…怖いだろ」
「あはは、気にするなって〜。ん?」
ルフィが笑って誤魔化しているとテーブルの上にある携帯が鳴り、首を傾げた。
「着信音が違う…もしもし?」
『ルフィか? 悪い、お前の携帯持って帰ってた。どっかで入れ代わったみたいだな』
「エース? そうなんだ〜届けに行くよ」
聞き覚えのある声に安心してルフィは笑う。
『いや、今お前のマンションの駐車場まで来てるんだ』
「わ、わかった! 今から持ってく!」
『え? おい…』
何か言っているエースを無視して、ルフィは携帯を切った。エースが部屋へ来る前に携帯を届けないといけない。
「悪い! エースと携帯が入れ代わってて! 駐車場まで来てるから取り替えてくる! ウソップ〜」
手招きされてウソップはルフィに近づいた。
「何だ?」
「エースとサンジはあんまり仲良くないんだ…悪いけどサンジのこと引き止めといて」
「あ、ああ」
小声で話し合い、ウソップは深く頷く。
サンジとエースが所謂、犬猿の仲だとは何度か聞いたことがあった。
「じゃあ、出来るだけすぐに戻るから!」
上着を掴んでルフィは駆け足で部屋を出て行った。部屋は沈黙に包まれる。
「おれのルフィと何してたんだ?」
「た、他愛ない会話です」
「へェ? どうせ、エースのとこへ行かないように見とけって言われたんだろ」
「よくわかったな」
「わかるっつーの。今すぐ行きたいけどルフィが困るから我慢してんだよ。大体、なんで同じ機種使ってんだよ! バカ兄貴腹立つー」
サンジは冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、苛立ちを抑えるために一口飲む。
「お前、本当にルフィのこと好きだな」
「今さらだろ」
ニヤリと笑ってサンジはウソップを見た。
「まァな〜。短大時代から色々と相談に無理矢理乗らされてるし」
「仕方ねェよ。ルフィと仲良くて下心ないなら相談相手になるだろ」
「『ルフィのこと好きなのか? 恋愛感情で』って初対面の奴に言うセリフじゃねェもんな。今では懐かしい。もし、おれがルフィのこと恋愛感情で好きだったらどうしたんだ?」
「今頃ルフィのそばにいないんじゃないかな」
サンジはミネラルウォーターを冷蔵庫にしまい、爽やかな笑顔でウソップに笑いかける。それを見て、ウソップは顔を引き攣らせた。
「さらっと怖いこと言う奴だな」
「あー早くルフィ帰って来ないかなァ。ウソップはさっさと帰らないかなァ」
サンジはコタツに入り、ルフィの帰りを待ちながら本音を言う。
「…そういうのは心の中で思ってくれ」
呆れながらもウソップは大して気にしない。いつものことなので気にしても仕方ないのだ。
「今日はルフィと大切な約束があるんだよ。テストで満点取ったらキスしていいんだよ。今まで我慢したからすぐしたかったのに」
「…ああ、そう。それは、すみません。早めに帰ります。というかキスしてなかったの? 想いが通じ合った瞬間押し倒すと予想してたけど」
「無理強いなんか出来るわけねェだろ。嫌われたくない」
「そういうトコは素直に尊敬する」
ウソップはルフィから従兄弟が変だという相談を受けないか内心ヒヤヒヤしていた。しかし、杞憂だったようだ。
正直、サンジの想いは一過性のものだと思っていた。
高校生になり、ルフィが一人暮らしをしたことで距離ができた。そのときに想いは終わると予想していたが全くその気配はなかった。
サンジに居場所を教えるなとルフィに言われていたのでウソップは必死に黙っていた。
そのときのサンジの問い詰め方は酷いものがあった。しかし、それがあったからこそサンジの想いは真摯なものだと知り、ルフィには悪いが居場所を教えてしまった。
今思えば教えてよかった。でも、ルフィもサンジが好きだとは思っていなかったので当時は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
サンジと恋人になってからルフィに土下座し、そのときのことを謝った。やはり、親友との約束を破ってしまったことは心が痛んだわけだがルフィは笑って許してくれた。
そのあと、嫉妬したサンジにルフィのいない場所で殴られたりもした。
サンジの嫉妬は怖いが自分だってルフィと一緒にいたいのだから我慢だ。
相談役なので二人の本音を聞ける唯一の存在だろう。
今はそんな役割も楽しいし、密かな誇りでもある。
「でも、最近危ない…理性の糸が切れそうになる瞬間があるんだよなァ」
「……そこは耐えろよ」
「何年我慢してると思ってんだよ。理性で捩伏せてんのも最近は負けそう」
「勝て! 勝ち続けろ! ルフィはお前と付き合えただけで嬉し過ぎて、たぶんそんな余裕まだないぞ」
「…わかってるよ〜。好きだから我慢できるけど、好きだから我慢できないんだよ」
サンジは矛盾したことを言っているがやけに説得力があった。ウソップもわからないわけではない。
「まァ、ルフィって無防備だから心配だよな。恋愛感情含む好意に鈍いし」
「そうなんだよ! 平気で『おれモテないからなァ』って言うんだよ! おれがどれだけ心配してると思ってんだっつーの」
「ルッチとかなァ。あれは恋愛感情かはビミョーだけど執着心はすごいからな」
「あーもう! ルッチ、うっぜー! ルフィが全然興味ないのがせめてもの救いだ」
「ルッチの助手も師匠のラーメン屋に来たことあんだけど珍しがってたぜ〜『あのルッチがまだ勧誘しとるとは驚きじゃ』って言ってたし」
ウソップの発言に苛立ちを隠そうともせず、サンジは不機嫌な態度でコタツにアゴを乗せた。
「よりによってルフィに執着すんなよな〜ウソップにすればいいんだよ」
「嫌だっつーの…あの威圧感をさらっと無視できるのもルフィの特権だよな。卒業する頃にはタメ口で話してたし、レポートの連続でルッチに慣れたんだろうな」
「ルフィが短大行ってたときはレポートしてばっかで面白くなかった。でも、今はおれの方がルフィと一緒にいるし、問題ないか」
気持ちを切り替えるためにサンジはため息を吐く。
「そういや〜サンジ、この前の酒飲んじまっただろ? 大丈夫だったか?」
「えっ? あ〜そんなこともあったなァ。記憶ないけど…朝起きたらソファーに居たから大丈夫だったと思う」
「よかったな。ルフィのベッドに潜り込んでなくて」
あの時の警告通りルフィが部屋に鍵を掛けたかはナゾだが、手を出していなかったようでウソップも安堵した。
「お、おう。心底、安心した。というか、あの酒はウソップが持って来たんだろ?」
「わ、悪かったよ…次に店へ来たらラーメン無料でいいよ」
「ルフィもな」
「わかった」
「ギョーザとチャーハンもつけろ」
「……わ、わかった」
「よし、許す。あ〜ルフィ、遅いな」
玄関の方を見つめてサンジはガッカリとした調子で寝転がる。まだ仲良く話をしているのかと思うとムカムカしてくる。
「ルフィの兄貴とはあんまり話をしたことねェけど兄弟仲は良いのか?」
「腹が立つくらい仲良い。まァ、エースがブラコンだからな」
「…何となくわかるかも。ホントに遅いなって帰って来たか」
ドアの開く音がして、サンジは起き上がった。
「……ただいま」
「お帰り!」
「遅かったな」
「まァな」
ウソップのセリフに微笑しつつ頷いて、満面の笑みのサンジを見つめ返し、ルフィは疲れた顔でため息を吐く。
「なんだ、その態度…」
サンジは眉根を寄せてルフィを見た。
「エースがうるさいんだよ…『何で部屋に入れてくれないんだ!』ってさ」
先程のやり取りを思い出してルフィは深いため息を吐く。
***
「エース! はい、これ」
駐車場で自分の車にもたれているエースをすぐに見つけて、ルフィは笑顔で携帯電話を差し出した。
エースも笑顔でそれを受け取り、上着のポケットにしまう。
「ん、サンキュー。悪かったな」
「いや、いいよ。というか、おれの携帯返して」
「はい」
取ろうとすると届かない高さまで持ち上げられた。早く部屋に戻りたいので少しイラついてしまうが笑顔で隠す。
「……どういうつもり?」
「なんで、おれがルフィの部屋に行ったらいけないんだ?」
「え? そ、そんなことないけど?」
「じゃあ、今から行ってもいいだろ?」
どうやら部屋に行けなかったことが不満なようで、エースは剥れた顔でルフィを見た。
「だ、ダメ! 部屋汚いし! のんびりできねェって」
「おれが片付ける。それなら文句ないだろ」
「大ありだよ! 携帯返してって!」
ジャンプするが届かない。自分の兄との身長差をこれほど恨んだことはない。
「嫌だ。部屋に入れてくれるまで返さない」
拗ねたようにエースはルフィを見たまま、決して携帯を放さなかった。
(子供か!!)
ルフィはノドまで出かかったセリフをどうにか飲み込む。
「ほら、今日はもう遅いだろ? エースとは次の休みが同じだったとき、朝から一緒に遊びたいなァって思ったんだ」
「ルフィ…そうだったのか」
「あ、当たり前だろ」
あはは、と笑いながらルフィはエースを見た。
「最近、可愛い弟が構ってくれないから兄ちゃんは寂しかったんだ…そういうことなら返す。でも、約束は守れよ」
携帯電話を受け取り、再び取られることのないように素早く自分の上着のポケットにしまう。
「そ、そんなに寂しかったんなら彼女を早く作れよ」
「……いらない。面倒だ。ルフィと一緒にいる方が楽しい」
「……ああ、そう。でも、おれはそんなに一緒にいる気はないからな」
「つ、冷たい……まさか、サンジと一緒にいるんじゃないだろうな」
ギクリとルフィの肩が揺れる。突発的に聞かれたので覚悟していなかった。もれなく動揺してしまう。
「な、なんでサンジの名前が出てくるんだ?」
「………怪しいな」
じとっとした眼差しで見つめられて、ルフィはエースから目を逸らす。
エースは昔からサンジとルフィの接触を嫌がる。理由までは聞いたことないが、今でもときどき一緒に住まないかと言ってくる。
もしかしたら、サンジがルフィの家によく遊びに来ているのを勘付いているのかもしれない。侮れない兄だ。
「怪しくない! サンジと仲良くしたらダメなのか?」
「普通に仲良くするのはいいけど……なんか、あの野郎、下心ある気がするんだよな」
「ないない! エースは考えすぎなんだよ〜心配性だ」
「そう、なのか? なんか腑に落ちない」
「気にしすぎだって! それより、今度の休みどっか連れてってくれよ! 約束だろ?」
「了解だ! 楽しいデートプランを用意しとくから期待しとけよ!」
サンジのことを考えさせないようにするには自分がエースを構えばいい。昔からの習慣だが、お陰で次の休日は確実にエースと過ごす羽目になった。
イヤではないが、サンジと一緒にいたい。そんなことは言えないのでエースとの遊びを楽しむしかないだろう。
「デートじゃないから。それじゃあまたメールして?」
「わかった! じゃあ、戸締りには気をつけろよ? あと、夜更かしもするなよ?」
「わかったわかった。じゃあな〜」
口うるさくも嬉しそうなエースに手を振り、ルフィは脱力しそうになりながら階段を上る。
そして、ウソップにどう言い訳して帰ってもらおうか考えた。
満点の約束を果たすのは早いほうがいい。決心が鈍りそうだ。
熱くなった顔を冷ますためにルフィはエレベーターを使わずに階段を上った。
***
思い出したと同時に赤面しそうになり、ルフィは軽く首を振った。
「サンジがいるからとは言えないよな」
苦笑してウソップは拗ねているサンジを見る。
「そうそう。部屋が片付いてないからっていうと『おれが片付ける』とか言ってくるし、追い返すのに疲れた」
「……お疲れ様。どうやって帰ってもらったんだ?」
「次の休みが合ったとき、おれがエースと朝から遊びに行くことで納得して帰ってもらった」
「…おれも行っていい?」
こっそりとサンジが訊ねるとルフィは首を横に振った。
「ヤダ。絶対ヤダ。お前らっておれの前だと笑顔だけどギスギスした空気感じるもん」
上着をハンガーに掛けながらルフィは本気で嫌そうな顔をする。
自覚があるだけにサンジはそれ以上何も言えず、黙り込んでコタツに突っ伏してしまった。
「あ〜っと、トイレ貸してくれ」
「ん? どうぞ〜」
変な空気にウソップは二人きりで話した方がいいかと思い、行きたくもないトイレへと向かう。
部屋は二人きりになったが、サンジは何も話さない。
「サンジ、どうしたんだよ?」
「おれの心は今、梅雨だから」
「潤ってるってこと? よかったな」
「違う! ルフィをエースの野郎に朝から取られると思ったら、じめじめすんの! 梅雨をそこまでプラスに捉えた発言初めて聞いた!」
驚愕のあまりにサンジは顔を上げて、ルフィを軽く睨んだ。
「いや〜冬は乾燥するからさ。湿度は60%がいいって言うだろ? つか、じめじめすんなよ〜除湿器買いに行く?」
「心の問題なんだよ! 実際に除湿されても何も変わらないっての……うん、梅雨発言したおれが悪いな」
全て自分が悪い気がしてサンジは謝った。
「も〜、じめじめしたままじゃんか。カビ生えるぞ?」
「……ほっといてくれ」
再び突っ伏してしまったサンジを見て、ルフィは仕方ないなと思いつつ声を掛けようとする。
「あの〜おれ、帰るわ」
しかし、トイレからウソップが戻って来たので、とりあえずそちらを優先した。
何か言い訳をする前に帰ってくれるとは空気の読める親友に心の中で感謝する。
「ん? 晩ご飯は?」
「たまにはコンビニ弁当もいいかなって」
「そっか〜じゃあ見送る」
コタツに突っ伏したまま動かないサンジをちらりと見てから、ルフィは玄関までウソップについていく。
「えーっと…おれが言うことじゃないかもしれねェけどサンジのこと多少は優しく構ってやれよ?」
「……そ、そうしたいんだけど」
「ん?」
「照れるんだよ〜異常に。今までが今までだったから…急には無理だ。でも、嫌われたらヤダなァ」
真っ赤になって言葉を紡ぐルフィを見て、ウソップは不覚にも可愛いと思ってしまった。
「ま、まァ今までのままでもいいんじゃないか? サンジもそんなお前を好きになったんだろうからさ」
「そ、そうかな?」
「昔から一緒にいるし、良いとこも悪いとこもお互い何となくわかるだろ。そう簡単に嫌われないって」
むしろ、ルフィを好きではないサンジを想像できない。変な洗脳を受けていると思いながらもウソップは話した。
「お前らなりの付き合い方ってあると思うし。変に意識しなくてもルフィは十分優しいんだからさ。サンジもわかってるって」
「そうだといいなァ。ありがと、ウソップ」
「気にすんなって! 相談ならいつでも聞いてやるからな」
嬉しそうにお礼を言うルフィにウソップも笑う。
ルフィはその言葉を聞いてから、少し声を潜めて話した。
「もしも、この先……サンジが他の人を好きになったら、朝まで自棄酒に付き合ってくれよな」
「…身を引くのか?」
「うん。そりゃあ、泣くだろうけど、しばらく使い物にならないぐらいヘコむだろうけど。別れるよ。サンジには内緒な。こういう話しすると怒るから、二度とこんな話はしないけど…ウソップにはおれの心積もりを知ってて欲しいんだ」
苦笑してルフィは驚いているウソップを見る。
「お前らは正反対だな。サンジはルフィに好きな人ができても絶対に別れない! って言ってたぞ」
「すげェ嬉しいんだけど。でも、おれはそういう状況になったら別れるだろうな。もちろんサンジのこと…えーっと、その…大好きなんだけどな」
「わかってるって〜愛し方は人それぞれだろ。正反対だけど、どっちもお互いのこと大事にしてる気がする。ま、安心しろよ、サンジはお前にベタ惚れだ。万が一、億が一にも他に好きな奴ができたら無期限で話聞いてやる」
「頼りになる親友だ〜どっちにしろ安心した。ありがとな」
「おう、また連絡する」
「うん、じゃあな〜」
ウソップに手を振り、ドアが閉まって少ししてから鍵を閉めた。
部屋に戻ると足音でわかったのかサンジが小さな声で抗議してきた。
「……本気でほっとかなくてもいいだろ」
「梅雨明けた?」
「まだまだ〜。別にいいんだぜ? おれにだけ素っ気なくても冷たくても。そういうトコ引っくるめてルフィのこと好きだから」
「……サンジ」
「何? っ」
顔を上げたサンジに軽く口づけてから、ルフィは真っ赤になって顔を逸らす。
「ま、満点おめでとう。約束は果たしたからな」
「あ…えっ? 今、おれキスされた?」
茫然としたままサンジはルフィを見つめた。
「う、うん」
「ルフィから?」
「そうだよ! なんか文句あんのか?」
「全然ないよ! めちゃくちゃ嬉しい!」
「そ、そっか」
悪かったと言われたら立ち直れない。心底嬉しそうなサンジを見てルフィは安心して笑った。
「あ〜、でも、初チューはおれからしたかったなァ」
「……お前からだよ」
「え?」
「だから! 初めにチューしてきたのは、お前だって」
「い、いつ? 気持ちが通じるまで手を出さないようにしようって我慢してたんだけど!?」
ものすごく動揺しているサンジを見て、ルフィは言うんじゃなかったかと軽く後悔する。
しかし、言ってしまったものは仕方がない。
「サンジが間違ってお酒飲んじゃったとき」
「な、何もなかったって……言ってなかったっけ?」
「い、言えるわけないだろ! キスしてきたよ〜なんて…好きな相手だぞ? 言えるか、バカ!!」
ルフィはクッションを抱きしめたまま、ソファーに膝を抱えて座った。赤い顔を隠すようにクッションに顔を埋める。
「ご、ごめん…クソ、憶えてないなんて…とてつもなくショックだ」
「……サンジ、安心しただろ。おれに何もしてなかったってわかってホッとしてた」
不機嫌そうな声音が聞こえて、サンジはものすごく焦った。
「あ、あれは! 想いも通じてないのに手を出すような最低野郎になりたくなかったんだよ!」
「イヤだったからじゃないんだ?」
「当たり前だろ! 本命には真面目なんだよ…あの頃はルフィが自分のこと好きだって知らなかったし」
「ふーん。本命以外には不真面目なのか」
「ち、違うって! 今はルフィにしか興味ない」
クッションに顔を埋めているからサンジの表情まではわからないが、焦りだけは物凄く伝わってくる。
「今は、か」
「うぅ、おれはルフィが好きなの! 他の奴はどうでもいいの!」
どんどんと墓穴を掘るサンジを可哀想に思ったルフィはこの辺りで許してやろうと顔を上げた。
優しくしたいのに上手くいかないものだ。
「あれ?」
いつの間にかサンジはソファーの隣に移動していた。ルフィは驚いて、サンジを見る。
「おれ、ちゃんとルフィのこと好きだから。一過性のものじゃないし、他に好きな奴はできない」
「は、恥ずかしいって」
「だって、ちゃんと言わないとルフィって誤解するじゃねェか」
「それはそうだけども…」
サンジの真剣な表情は心臓に悪い。男の色気のようなものを感じて、ルフィは真っ赤になって顔を逸らした。
「不安なことは全部言えよ、全部応えるから。変な方向に自己完結すんなよ?」
「わ、わかった」
「ルフィの考えてることって何となくわかってるつもりだけど、全部は無理だからさ」
「そんなのお互い様だろ? 全部わかんない方がいいよ」
「そうだな。なァ、ルフィ」
「なに? んっ……!」
顔をこちらに向けたルフィに少し長く口づけてから、サンジはルフィから離れた。
「全部わかってたら、こんな風に不意打ちできないもんな」
少し照れた顔で笑って、サンジはルフィを抱きしめる。
ルフィは動揺で何を言っていいかわからない。熱い、恥ずかしい。
そのせいで変なことを口走ってしまった。
「……今日、一緒の部屋で寝る?」
「えっ!?」
「もちろん、睡眠するだけな」
変に深読みされたくなくてルフィはすぐに言葉を足した。
「…えーっと、うーん。あ〜、非常に残念だけど、今日はやめときます」
「そっか」
安心したような残念なような不思議な感覚でルフィは困惑顔のサンジを見た。
「だってさ、絶対に寝むれない」
「そうなの?」
「そうだよ! 同じ部屋でルフィが寝てるって考えただけで緊張するし、手を出さない自信が無い」
真剣な顔ですごいことを言うサンジにルフィは顔を引き攣らせる。
「……じゃあ、まだ別々の部屋で寝ような。それがいい。おれはキスで精一杯だ」
「あ〜、自分の理性に自信があればな〜」
「そ、そうだな。サンジ、お腹すいた」
「ん? 結構遅くなってんのかな。よし、着替えたら晩メシ作る」
ルフィから離れる前にサンジはもう一度キスをした。いたずらっ子のような表情で笑い、着替えに向かう。
驚いたルフィはすぐに行動できなかった。動けるようになってからサンジにクッションを投げつけるが、上手くかわされてしまった。
(よし、次戻って来るときにぶつけ直そう)
赤い顔でルフィはもう一つあるクッションを掴んでスタンバイしておく。
不意打ちはかなり恥ずかしいのだと説教したい気分だ。でも、これからキスしますと言われてからの方が恥ずかしいだろうか。
非常に難しい問題だ。いつか慣れるものなのだろうか。慣れる必要もないかもしれないが、もう少し平常心が欲しい。
制服姿だとサンジは高校生だと強く意識してしまう。年下に翻弄されている。そう思うとどうにも恥ずかしい。
サンジも照れたりするが自分の方が圧倒的に多い気がした。
とにかく、今はクッションをぶつけることが大事だ。
この照れを消化できるのはサンジしかいない。ぶつければ多少すっきりするはずだ。
(あとでエースにサンジも一緒に遊んでいいか聞かないと)
ギスギスした空気がイヤだと言いつつも、やはり一緒にいたい気持ちの勝利だ。
もしかしたら、三人で遊ぶことにより二人が仲良くなるかもしれない。
(エース、嫌がりそう…でも、おれには甘いから大丈夫かな〜やっぱり仲良くして欲しいもんな)
三人で楽しく遊びたいといえば何とかなるだろう。
ルフィは前向きな気持ちで笑い、クッションを掴み直した。
その後、部屋に戻ってきたサンジに問答無用で投げつけたクッションは、顔面にクリーンヒットした。
*END*