「それじゃあまた明日」
「あ、あのさ!」
いつもの分かれ道、名残惜しそうに帰ろうとするサンジをルフィは慌てて引き止める。
サンジは立ち止まり、不思議そうに首を傾げた。
「どうかした?」
「はなっ…話が、あります」
「うん、どうぞ」
何で緊張しなければいけないのかと思いつつ、ルフィは首を横に振る。
「ちょっと…ここじゃあ…ヤダ」
「そう、なのか? じゃあ、おれの家に来る? ルフィの家より近い」
「うん…そうする」
外で話すには人目を引きそうな内容なので、ルフィはサンジの提案に頷いた。
そんなルフィを見て、サンジはおかしそうに笑う。
「そんなに簡単に決めていいの? 何するかわからないよ?」
「な、何かする気なら行かないぞ? 真剣な話なんだよ」
「わかった、何もしない。こっちだ」
夕焼けの中で笑うサンジはいつもと違って見えて、どこか不安になった。
それでも、今日話さないと決心が揺らぎそうなのでルフィはサンジを信じてついて行く。
実は初めてサンジの自宅に行くので、別の緊張も重なってきた。
しばらく無言で歩くと、ある場所から高く長い塀が続いた。
レンガ風の塀を横目に見ていると、サンジが立ち止まる。
「ここがおれの家」
仰々しい門構えにルフィは開いた口が塞がらないというものだ。
「家、デカっ! さっきからずっとあったこの塀の中がサンジの家? …そうか〜そういえばサンジって金持ちだったな」
「ルフィは毎回忘れるよな」
「だって、普通、友達が金持ちかどうかなんて気にならないだろ」
「そういうトコ、大好き」
「自宅の前で何言ってんだ! 阿呆め!」
楽しそうなサンジを睨むと、インターフォンらしきものにサンジが話しかけていた。
「今、帰った」
『お帰りなさいませ、坊ちゃま』
「ぶふっ…ふふ」
ルフィは慌てて口を押さえる。
様になりすぎていて噴いてしまった。
(落ち着け、お金持ちの家ということは、そういうことだろ)
と、訳の分からない理屈で笑いを引っ込める。
そして、誰も近くにいないのに門が勝手に開いた。
「何事!? 勝手に開くの?」
「うん」
「うわ…普通! サンジのリアクション的にいつものことなんだな。何か、おれ遊園地に来た気分だ」
ちょっとわくわくしてしまう自分に反省しながら、サンジのあとに続いて門を潜る。
すると、二人が入った瞬間にゆっくりと門がしまった。
「か、勝手にしまった! お〜、スゲー」
「はは、可愛いな」
「う、うるせーわ! おれのリアクションが一般的なの」
「そこまで素直に驚かれると嬉しい。ルフィは妬まないな」
「いや、次元が違うから。妬むトコないって」
辺りを見回す。
まさに、ここはどこだ状態だった。
物語の世界に入り込んでしまったのではないかと思うほどに世界観がガラリと変わった。
大体、門を潜ってすぐに家がない時点で驚くというものだ。
西洋風な造りはサンジの親の趣味だろうか。
玄関の前には執事らしき初老の男性が待ち構えていた。
「お帰りなさいませ」
「ああ」
もしや使用人や執事でもいるのかと思ったら本当にいて、ルフィは衝撃を受ける。
少しだけ帰りたくなってきた。
視線がルフィを捉え、ルフィはへらりと笑う。笑うくらいしかできない。
「…こんにちは」
「こんにちは。こちらの方は?」
「大切な人だから丁重にしろよ…いたっ」
「? かしこまりました」
見えないところでサンジの背中を抓ったので、執事らしき人物にはバレていないようだ。
「う、かしこまらなくていいですから…ただの高校生ですから…逆に構わないでくれた方が助かります」
持っているカバンを持とうとする初老の男性に、ルフィは引き攣った笑顔で首を横に振る。
「わかりました。御用の際はお呼びください」
萎縮するルフィに気を遣ったのか、初老の男性は頭を下げ、笑顔で立ち去った。
「とりあえず、おれの部屋に行くか」
「はい、早めにお願いします」
慣れない環境にどうしていいかわからなくなってくる。
走ってもいいから素早く、この場から移動したかった。
どこをどう移動したかなど、よくわからないがサンジの部屋に到着する。
サンジの部屋は思ったより広くなく、ルフィはやっと落ち着けた。
一般的な一人暮らしの部屋のようで、外装とイメージが違う。
サンジの趣味だろう。
物も少なく、目に付くといえば何やら難しい本の並ぶ本棚とテーブル、ベッドくらいだろうか。落ち着いた雰囲気だ。
「はァ、驚いた。まさか、ここまでとはな〜」
「そうか。広いだけで移動が面倒だ。祖父の趣味だから変えるのも許可がいる」
西洋風の建築は祖父の趣味らしい。
確かに、生まれたときからここに住んでいるのなら驚くところなどないのだろう。
「確かに毎日のことと思うと面倒かもな。足腰は鍛えられそうだけど」
「高校を卒業したら、ここは出る。もう、許可は取ってる」
「そうなんだ〜。ん? 座っていいの?」
「いいよ」
サンジに手招きされ、ベッドに腰掛ける。
隙間を空けて、ルフィの横にサンジも座った。
「話って?」
「うっ…それは、あの…その…」
目的を思い出し、ルフィは内心慌てる。
「なに?」
「……お、おれのこと好きっていうけど、サンジはどうしたいんだ?」
「言っていいの?」
「ちょっと、待った」
不穏な空気を感じて、ルフィはストップをかけた。
「まず、おれがどうしたいか話します」
「うん、どうぞ」
「おれはサンジのこと、友達だと思ってる。だから、これからも友達でいたい。えと…サンジに悪いと思うんだ」
「なんで?」
不思議そうなサンジの眼差しにルフィは目を逸らす。
「おれのこと好きだって言ってるうちは、他の人を好きになれないんじゃないかと…思って」
「う〜ん、その心配はしなくても平気なんだけどなァ。大体、おれが勝手にルフィのこと好きなんだからルフィが気にすることないのに」
そう言われてみればそうなのだが、将来有望すぎるサンジを見ると助言してやりたくなるものだ。
「そう…だけどさ。おれのこと好きなんて…不毛すぎる…あとあと後悔するぞ?」
「それはルフィが決めたらダメだ」
「え?」
「おれの気持ちをルフィが決めるのはいけない。おれはルフィを好きな自分が好きだから、後悔なんてしない」
真剣な眼差しに困ってしまう。
色々言ってやろうと思っていたのに、言葉に詰まる。自身を諦める気配もない。
じりじりと心が追い詰められる感覚がした。
「自分勝手なのはわかってるけど、自分を偽る方が後悔するって気づいたから。ルフィは気にしなくていいよ」
「……うん。お前は、それでいいのか?」
「あはは、一生片想いでもいいよ」
「ホント…そういうの…困っちゃうだろ」
一生想いが叶わなくてもいいなんて、楽しそうに言うセリフなわけないのに。
サンジは笑ってて、ルフィは徐々に顔が赤くなるのを自覚していた。
「ルフィの困った顔は…危ないな。おれはルフィにこういうことも、したい」
「っ!?」
いつの間にか、目の前にはサンジがいた。
視線は天井を捉えていて、そのとき初めて押し倒されたのだと気づく。
起き上がろうにもサンジが馬乗りになっていて起き上がれない。
「あはは、だって…ルフィ…ガード、甘い」
「な、なに?」
「おれの家に来ちゃうんだもん。好きだって、あんなに言ってるのに。油断しすぎ」
状況がわかり、心臓が早鐘のように鳴った。
これは結構危ない状態なのではないだろうか。
「と、友達の家に行くの…普通だろ!」
「今は友達のフリ、してもいいけどさ。止まらなくなったら、どうするの?」
「うあ…どう、って……逃げるよ」
「逃げられない、だろ?」
冷静になれない。
だって、サンジの目がいつもと違う。怖い。
「そんな顔するなよ」
「っ…どんな顔だよ…」
「内緒。なァ、ホントにおれのこと好きになれない?」
最初の頃のように強い力で押さえつけられているわけではないのに、動けなかった。
サンジを好きになる? 前から好きに決まっている。
それが恋愛感情かどうかわからないから惑っているのだ。
恋人になるか、一生の別離か。
サンジは優しいから、そんな残酷な選択肢は用意しない。
そんな選択肢なら、選ぶ方は決まってる。
(いっそ追い詰めてくれたら、何も考えずにお前だけを選べるのに!)
ぐるぐると回る思考で、ルフィは泣きそうになってしまう。
自分が何を考えているのかも、わからなくなる。
そのまま伝えよう。この態勢は、心臓がもたない。
「わかんない! サンジのこと、どう想ってるか自分でもわかんない!」
「そっか。それは仕方ないな」
「い、一生答えてやれないかもしれないぞ!?」
「それでもいいよ」
優しい笑顔でルフィは髪を撫ぜられた。
「……おれに甘すぎる」
「うん、好きだから」
「バカ…ばーか!! ちゃんと答えてやるよ!!」
この好意に甘えきるのはルフィの良心をチクチクと刺激する。
「本当? いつ?」
「………卒業までには…いや、二十歳になるまでには答える、と思うよ」
嬉しそうなサンジに言葉を濁しつつ、ルフィは応えた。
返事をするつもりはあるのだが、期限があると妙に焦る。
適当に引き伸ばしてしまうことを申し訳なく思いつつ、ルフィは目を逸らした。
「おれはいつまでも待てるよ」
「ハイハイ。ん、でも、焦って答え出さなくていいなら、ちょっと楽になった」
返事の期間はかなり先なのにサンジは嫌な顔ひとつしない。
そのことにルフィは安心した。
心の広いサンジに感謝しつつ、サンジとは離れたくないと思う。
傍には居たいけれど、関係性は友情でいいと思っている。
そこに変化は訪れるのだろうか。ありえないと思えないところが不思議だ。
笑うサンジを見て素直に思う。
告白された当初は付き合う可能性なんて考えもしなかったことなのに。
こういうことをされても嫌だと思えないのだから可能性はあると思った。
「気長に考えればいい。あ、でも約束してくれよ?」
「うん?」
笑っていたはずのサンジがいつの間にか真剣な顔をしている。
「おれに返事をせずに他の誰かと付き合うのは禁止だ。もし、そんなことしたら、そいつの目の前で犯す」
「こえー!! 犯罪のニオイしかしない!!」
ルフィもさすがにサンジを怖いと感じてしまった。
今の体制に恐怖しか感じない。
「そうならないように気をつけて」
「わ、わかったから…どけよ」
「ん…わかった」
じっと見つめられ、ルフィは息が詰まった。
何かを耐えるように、サンジはルフィの上から退ける。
「何か…されるかと思った…身の危険を、これほど感じたのは初めてだ」
ルフィはそそくさとベッドから離れた。
ドキドキしている。何にドキドキしているかはわからない。
恐怖なのか、他の何かなのか。
「うん、キスしてやろうかと思った」
「こ、こら! ……しなかったから許してやるけどさ」
「だってキスしたら、止まらなくなっちゃうって」
困ったように笑うサンジに、ルフィの方が困ってしまう。
何を言っていいかわからず、自然と顔が赤くなっていた。
二人の心の距離がどこまで近づいたかわからないけれど、話し合う前とは確実に何か変わった気がする。
それでも、もう少しはこの何とも言えない関係が続いていくようだ。
*END*