ぼんやりとルフィが見つめる視線の先にはサンジとナミ。
楽しそうに笑う二人にルフィは知らず知らずのうちに胸が痛んだ。
視線を太陽の光を反射して煌めく海に向け、船の縁に頬杖をつき、ため息を吐いた。

「何、ボーッとしてんだ? いつもみたいにアホ騒ぎしねェのか?」

振り返るとゾロが不思議そうな顔でルフィを見ていた。

「あ〜ゾロ〜。ウソップもチョッパーも買い出しでいねェんだ。ちなみにロビンもだぞ」
「なるほど、それで静かだったのか」
「……うん」

いつもと違っておとなしい反応にゾロは無言でルフィの横に腰を下ろした。

「……元気ねェのか?」
「え!? べ、別に〜ヒマなだけだぞ!」
「そうか」

不自然なほど元気にルフィは返答する。

「ゾロが構ってくれるのか?」

期待を込めた眼差しでゾロを見つめたがゾロは目を瞑っていた。

「おれは寝る」
「また!? 寝過ぎ……」
「……お前もよく寝てるじゃねェか。ヒマなら寝ろ」
「う……まァそうだけどさ〜今は眠くねェもん」

ルフィは再び頬杖をつき、海を見つめる。

「……ゾロ、寝た?」
「……」
「ちぇ〜っ、つまんねェの。……気分転換できると思ったのに」

ボソッと呟き、視線をナミ達に向ける。
するとそこにはもうナミしかいなかった。

「いない……よかった」

何が「よかった」なのか自分でも分からないが胸のモヤモヤが少し消えた気がした。

「……気になるなら会いに行け」
「うわっ! ビックリした〜まだ起きてたのかよ」

寝ていると思ったゾロが喋りだしたのでルフィは驚いた。

「もう寝た。早く行って来い」
「ワケわかんねェ! 起きてるし……目は瞑ってるけど」
「……」
「また寝たフリ? あれ? ホントに寝てるのかな。もしかして寝言? あはは、変なの」

ルフィは笑いながらゾロを起こさないようにその場を離れた。

「寝言なワケねェだろ…コックばっかり気にしやがって…アホが」

ルフィの姿が見えなくなってからゾロは不機嫌そうに呟いた。



***



「よう、ルフィ」
「さ、サンジ」

ゾロから離れると甲板にサンジがいた。
心の準備をしていなかったルフィは、なぜか動揺してしまう。

「何してたんだ?」

ルフィの態度を気にも止めず、笑いながらサンジは話し掛けてきた。

「何って……なんだろ? ん〜ゾロと話してた……かな」
「……へェ?」
「あ! ゾロはヒドイんだぞ? 寝たフリしてた! あはは、でも、もしかしたら寝言だったのかも。ゾロは変な奴だよな〜……わっ!」

黙っていたと思うとサンジは急にルフィを壁に叩きつけ、強引に唇を塞いだ。

「あの野郎の話ばっかりするんじゃねェよ」
「え……今の…何…?」

唇を片手で覆い、ルフィは愕然とする。
サンジが何か言うよりも先に視界がぼやけた。

「な、泣くな!」
「へ? ……ふえ、泣いて、ない」
「泣いてるだろ」

ごしごしと目を擦りルフィは急に出てきた涙を止めようとするが止まらない。

「なん…で? うー…」
「……そんなに嫌だったか。悪かったな……もう近寄らねェよ」

サンジは苦しそうな表情でルフィから離れた。

「待っ……サンジ…うえ…っ」

嗚咽混じりの言葉はサンジに届かずルフィは甲板に一人取り残された。
涙は先程よりも溢れ、止まることなくルフィの頬を伝う。

「……ルフィ? な、泣いてるの?」

ルフィが泣き続けていると偶然にもナミが通りかかった。
いつも元気な船長の涙に動揺しているようだ。

「ほら、こっち来て。そんなトコで泣いてたらみんなが驚くでしょ?」
「う……うん」

ナミは女部屋にルフィを招き入れた。



***



数分後、止めどなく流れていた涙もどうにか落ち着き、ルフィはナミに入れてもらった紅茶を飲んだ。

「ありがとな、ナミ」
「どういたしまして。で、何があったの?」
「……う」

気まずそうにルフィはナミから視線を外した。

「……当ててあげましょうか? 原因はサンジ君」
「えっ! な、なんで分かるんだ?」
「はァ…やっぱり。アンタの感情を一番揺さ振るのはサンジ君だもの」

ナミの言葉に首をかしげながらもルフィはナミの鋭さに驚いた。

「何かされたの?」
「べ、別に……」
「嘘下手なんだから隠さないの」
「う〜…チューされた」

ナミはガックリと肩を落とした。

「それで?」
「すげェ恐い顔でゾロの話ばっかりするなって怒られた」
「……サンジ君も切羽詰まってたのね」

ルフィはぎゅっと自分の手を握り締めてナミを見た。

「お、おれサンジのこと……好きなのに…あんなことするぐらい嫌われてるんだって思ったら……うえ……っ」
「泣かない! 泣くトコじゃないわよ? むしろ、泣きたいのはこっちよ…はァ、よしよし」

再びポロポロと涙を流し始めたルフィの頭をナミは優しく撫でた。

「サ…ンジはナミが好きなんだろ? なのにあんなことするなんて…」
「私!? あ〜違うから。サンジ君は女が好きなの。私だけを好きなわけじゃないわ。女性に尽くすのが好きなだけよ」

その言葉にルフィはしょんぼりと肩を落とした。

「でもサンジはナミに優しいだろ?う…羨ましい…」
「嫉妬…私、好きな人に嫉妬されてるのね。私から見ればルフィの方がよっぽど大事にされてるわよ」

ナミの言葉を半信半疑でルフィは頷いた。

「私のありがたい言葉を疑ってるわね」
「う……」
「いい? サンジ君はアンタを嫌ってなんかいないのよ?」
「ほ、ホン…ト……?」
「本当」

どこをどう見たら嫌われていると思ってしまうのかとルフィの発想力にナミは感嘆すらしてしまいそうだった。

「だ、だってもう近寄らないって……う〜」
「それはサンジ君がルフィに嫌われてると思ったからよ」
「そ、そんなわけない…だろ…」

ナミは腫れた目を冷やすために水で濡らしたタオルをルフィに渡す。

「だから、サンジ君はアンタに嫌われてるって勘違いをしてるのよ。そばに居たいなら誤解を解きなさい」
「……どうやって?」
「……それは自分で考えなさい。自分の言葉で誤解を解くの」
「わ、分かった」

なんで恋敵の手助けをしなければならないのかとナミは本気でヘコみそうだった。

「ありがとな、ナミ! おれ、頑張るぞ」

お日様のような笑顔でナミに笑いかけてルフィは甲板へと出て行った。

「はァ、私、やっぱり相当ルフィが好きだわ」

自分の恋心を再確認させられナミは机に突っ伏した。



***



「クソ!」

サンジは自分の行動に心底、腹を立てていた。
ルフィがゾロの話をするなんていつものことなのに今日のサンジは我慢することができなかった。

「……はァ」

気持ちを静めるためにタバコを吸う。

勢いに任せてキスまでしてしまった。
嫌われて当然だとサンジの気分は沈む一方だった。
しかも、あの場でルフィが涙を流さなかったら何をしたか自分でも分からない。
それほどまでに切羽詰まっていたとはサンジ自身も気づいていなかった。

「………はァ」
「ため息ばっかり吐くな。鬱陶しい」
「なんだいたのか。……はァ」
「……鬱陶しい奴だな」

ゾロを見ることなく、サンジはため息を吐いた。
その様子にゾロは顔を引きつらせる。
先程のルフィと同じように船の縁に頬杖をついてサンジは海を見つめた。

「悪ィがてめェを構ってやる気分じゃねェよ」
「落ち込むなら別の場所で落ち込め」
「うるせー」

どこかへ行く気もなさそうなサンジにゾロは立ち上がった。

「……てめェは言葉が足りてねェんだよ」
「あ? なんだと?」
「自分で考えろ。…泣かしたら許さねェからな」
「………」

誰のことを言われたのかを理解し、サンジは黙った。

「言葉……」

確かに足りていなかったかもしれない。
落ち込むのは自分の気持ちをはっきり伝えてからでも遅くないはずだ。
サンジはそう思うとルフィを探しにその場を離れた。



***



「傍目八目」
「……ナミか。なんだそりゃ」
「第三者の方が当事者より物事が分かるみたいな意味。私達は当事者じゃないからルフィとサンジ君がお互いを好き合ってるのが簡単に分かるってこと」
「あ〜なるほど。はァ、我ながらアホに助言するとはバカな真似をした」

ミカン畑のそばにゾロは腰を下ろした。
ナミもその近くに座る。

「同じく……はァ」
「ルフィになんか言ったのか?」
「……恋のアドバイス」
「……はァ。上手くいくと思うか?」

ゾロはため息を吐いてからナミを見た。

「あれだけ、お膳立てして何もなかったら異常よ、異常」

ナミはつまらなそうに呟いた。

「お前、よくアドバイスする気になったな」
「だって、ルフィったら泣いてるのよ!?サンジ君のために泣いてるとはいえアドバイスもしたくなるわよ! しかも泣き顔が凶悪に可愛かったわ」

ナミの言葉にゾロは鬼の形相に変わった。

「あの野郎…もう泣かしてやがったのか」
「キスもしたらしいわ」
「……」
「剣から手を放しなさいよ」

ゾロは舌打ちをしながら剣から手を放す。

「今日は飲みましょ」
「賛成だ」
「そういうと思って持って来てるのよね」
「どんだけあんだよ」

ナミはミカン畑から大量の酒瓶を持ち出し、手近にある酒をビールジョッキに注いだ。

「少ないぐらいじゃないかしら?」
「……かもな」

やけ酒をするにはナミとゾロは酒に強すぎた。

「明日から邪魔しましょ。もちろんルフィに嫌われない程度にね」
「大賛成」

ナミの提案にゾロはニヤリと笑った。

「どうせ簡単には諦められないもの」
「同感。気が合うじゃねェか。万が一、お前とルフィが付き合うことになったら邪魔しねェよ」
「じゃあ私も億が一、あんたとルフィが付き合うことになったら邪魔しないようにするわ」

顔を引きつらせながらもゾロはナミにジョッキを差し出した。

「乾杯でもするか」
「……何に?」

ナミの問いにゾロは、しばし悩む。

「……失恋?」
「あんたには似合わない発言ね。別に恋を失ったわけじゃないわよ。しかも失恋に乾杯ってバカじゃないの?」
「……………お前が考えろ」

ゾロと同じく少し悩んでからナミはニッコリと笑った。

「障害がある方が燃えるわよね?」
「あ? まァな」
「誰かの恋人を奪うってのもなかなか素敵な話よね。あはは、俄然やる気でてきたわ」

ニヤッと笑い合ってから二人はジョッキを掲げ上げた。

「それじゃ可愛いルフィと人の恋路を邪魔する日々の始まりに乾杯!」

カシャンという小気味よい音が船の上に鳴り響いた。



***



ナミとゾロがサンジにとって迷惑この上ないことで乾杯しているとは露知らずルフィを探していた。

「どこにいるんだよ……まさかまだ泣いてるんじゃねェだろうな」

自分の想像にサンジは血の気が下がる思いがし、立ち止まっていると何かが激突してきた。

「ぶ! ……さ、サンジ」
「ルフィ……」

受け止めるとそれは今まで探していたルフィだった。
鼻を擦りながらルフィはサンジを見上げた。
いざ、出会うと何から言えばいいのか分からずお互い黙り込んでしまう。

お互いが相手に嫌われているんではないかという感情が邪魔して一歩踏み出せないでいるようだ。

「………っ」

なぜだか苦しくなりルフィは涙が溢れた。

「な、なんで泣!? …………悪かったな、近寄って」
「……うぅ」

サンジがその場を離れようとすると何かに引っ掛かり動けなかった。
引っ掛かりの先を辿るとルフィが背広の裾をぎゅっと掴んでいた。

「……待っ…て…う〜」
「……そばに居てもいいのか?」

サンジの言葉にコクコクと何度もルフィは頷く。

「うえ……っ…」
「……どこにも行かねェって」
「うん……っ」

そう言いながらもルフィは袖を離すことはしなかった。
サンジは、うつむいて泣き続けるルフィを黙って見つめる。
そして、思い切って口を開いた。

「あのな、ルフィ。話があるんだ」
「……お、おれも」








この後の二人がどうなったかは翌日の上機嫌なルフィとサンジ、不機嫌なナミとゾロを見れば誰もが分かるだろう。


























*END*