「また迷子になった…サンジの屋敷は広いな」

ルフィは途方に暮れたように呟く。
散歩気分で屋敷の中をウロウロしていたら、いつものごとく迷子になってしまったのだ。
この屋敷は広いのだが、使用人や家来というものはほとんど存在しなかった。どうやら、昔は大勢いたらしいのだがサンジが家主になってからは違う仕事を見つけてやり、辞めさせてしまったようだ。
だから、現在地を訊ねようにも誰もいない。

「困ったな〜。あ! パウリー!」
「お、犬神。何してんだ? こんな場所で」

運良く発見した大工のパウリーにルフィは笑顔で駆け寄った。

「迷子だ迷子! サンジの書斎ってどこ?」
「……ここから真逆だ」
「そうなのか?」

ルフィがじっとパウリーを見つめると、顔を赤くして視線を逸らす。

「つ、連れて行ってやるからついて来い」
「ホントか? ありがと」
「べ、別に構わねェ」

にかっと笑ってルフィはパウリーを見上げた。そして、先に歩き出したパウリーの横を歩く。

「お前はこんな場所で何してたんだ?」
「お前が壊したタンスの修理」
「……あ〜、そうだったっけ」

確か、近所の飼い犬とじゃれて遊んでいたら、勢いでタンスを破壊してしまった気がする。
サンジが怒っていたのを思い出し、ルフィは身をすくめた。

「……今日は人間の格好なのか?」
「え? ああ、耳と尻尾か。うん、練習中なんだ〜。油断すると、すぐに元に戻っちゃうから。サンジにも屋敷の中は別に気にしなくていいって言われたんだけどな」
「そう…か」

幾分ガッカリしたように呟かれ、ルフィは首を傾げる。

「ん? 見たいのか?」
「そ、そういうわけじゃねェ…」
「消すの、そんな妖力使うわけじゃないけど、ずっとは疲れるからな」

ルフィはそう言うと、耳と尻尾を出した。やはり、こちらの方が楽だ。


ルフィがパウリーに初めて会ったのは二日前。
屋敷の改装のついでにサービスで庭木の手入れもしてやろうとパウリーが無断で縁側に向かったところに、耳と尻尾を出したまま昼寝をしているところを見つかったのだ。
パウリーは偶然通り掛かったサンジにド突かれるまでルフィをじっと眺めていたらしい。
そのあと、見られたからにはしょうがないということで安眠していたルフィは起こされて、寝ぼけながらパウリーに自己紹介をした。
だから、パウリーはルフィが犬神であることを知っている。今さら耳や尻尾を隠す必要もない。


じっと見つめてくるパウリーを気にせず、ルフィは角を曲がった先にサンジを見つけて手を振った。
サンジは呆れながら、手を振り返してくる。

「また迷子になってたのか」
「だって、この屋敷広いんだもん」
「ここに来て五日目だろ? そろそろ慣れろよ。はァ、パウリーそこら辺にこいつ縛っといてくれ」
「て、てめェなんてハレンチなことを言うんだ!」
「アホか! てめェの頭の中の方がハレンチだろうが!」

どんな縛り方を想像したのかサンジの言葉に過剰反応したパウリーの顔は赤い。
ルフィは首を傾げて二人のやり取りを見た。

「迷子になるからそこらに繋いどこうかっつー軽い冗談だっつーの…人のモンでエロいこと想像するなよ?」
「はァ? サンジじゃあるまいし、パウリーがそんなこと想像するわけないだろ!」

サンジの言葉にルフィは食ってかかる。無論、サンジは愛しいルフィに別の男が庇われて面白くない。

「なんだその無駄な信頼度! 男はみんな狼なんだよ!」
「おれは犬だ!」
「そういう意味じゃねェよ! まどろっこしいな〜襲った方が早いのか?」
「ぎゃー! 助けて! ……あれ? パウリー?」

まったく喋らなくなったパウリーを不審に思い、ルフィは首を傾げる。
パウリーはぎこちなくルフィを見て、茹でダコのように赤面したあと物凄い速さで走り去ってしまった。

「な、なんだァ?」
「……想像するなって言われて、余計に想像しちまったんだろうな」

憐れむようにサンジはパウリーが走り去ったあとを見つめる。

「よくわかんねェけど修理費はよかったのかな?」
「ほとぼりが冷めた頃、また取りに来るだろ」
「ふーん?」

よくわかっていないのか曖昧な顔でルフィはサンジを見た。

「お前ってさ、ニオイとかで場所わからないのか?」
「基本はヒトと一緒なんだって〜。妖力使ったりすればわからなくもないけど、あんまり使いたくないんだよ」
「何で? 疲れるのか?」
「うーん…なんでだろう。深い理由はないけど強いて言うなら慣れてないから…かな?」

自分でもよくわかってないのかルフィは不思議そうに首を傾げる。

「お前が使いたくないなら使わなくていいだろ。そんなに考え込むなよ。さ、今日はもう仕事も終了だ。都を散策して茶屋でも行くか?」
「行く!」

ルフィは嬉しそうに尻尾を振りながら、にかっと笑う。
その様子に頭を撫でてやり、サンジも笑った。そして、申し訳なさそうな顔になる。

「じゃあ、とりあえず耳隠せ。尻尾もな。お前には悪いが…驚く輩もいるからな」
「別にいいって! サンジが悪いわけじゃないんだし。妖の中にも人間が嫌いな奴もいる。その逆がいてもおかしくない。自分と違うモノを認めるのは難しいよ。だから、サンジみたいに気にしない奴、おれ好きだな」
「っ! お、お前なァ」

いきなり発せられたルフィの告白じみた言葉にサンジは顔が赤くなる。

「な、なんで赤くなるんだ? あっ、そういう意味で好きなんじゃないぞ? えーっと…友達としての好き…」

ルフィも段々と恥ずかしくなってくる。顔が熱い。

「わかってるっつーの! 手軽に好きとか言うな! ……次に軽々しく言ったら問答無用で襲うからな」
「は、はーい。以後、本気で気をつけます」

何となく気恥ずかしい空気が辺りを包んだ。
サンジも過剰反応し過ぎたかと思うが、長年片想いの相手にあんなことをいきなり言われて平常心でいられるはずがない。
どうやって話を逸らそうかと考えているとルフィの毛並みの良い尻尾が見えた。

「…前から気になってたんだけど、お前の尻尾って着物を貫通してんのか? でも、尻尾をしまっても着物に穴が空いてねェよな…どういう原理?」
「え? 原理…そんな難しいこと考えたことなかったなァ」

ルフィは自分のゆらりと揺らして尻尾を見つめ、首を傾げる。

「たぶん、神通力…かな」
「まァ、わからねェこともあるか」

呼吸や瞬きのように無意識的にしていることのようだ。
穴が空いた着物が見たい気もするがそんなことを言うと普通に引かれる気がしたのでサンジは言うのを止めた。

「……やっぱ、変態っぽいか」

じっとルフィの尻尾の付け根の辺りを見て、サンジは呟く。

「なんか言った?」
「いや、なんでもねェ。行くぞ」
「うん!」

都散策が相当楽しみなのかルフィは嬉しそうに頷いた。



***



「都って広いな〜結構、見て回ったのに全部見て回れてない」

しばらくの間、二人は楽しく店を見て回ったり、町の中を散策していたが日が傾き始めた。
そろそろ帰るのかと思い、ルフィはサンジを見上げる。

「まァ、一日で探索し終わるのも勿体ないってことで今日のところは茶屋にでも行きますか」
「賛成!」

サンジの言葉にルフィは笑顔でサンジを見た。

「ほら、あそこに見えるだろ? おれもよく行くんだ」
「そうなんだ〜賑わってるな」

少し離れた場所からも店内が賑わっているのがわかる。

「給仕の娘が可愛いからな」
「……ふーん」

ふと漏らされたサンジの言葉にルフィはじとっとした視線でサンジを見た。
その様子にサンジはなぜか焦ってしまう。

「な、なんだよ?」
「別に〜なんでもないですよ」
「なんで敬語なんだよ…あっ、もしかしてヤキモチか?」
「何それ? 大福の仲間? 変なこと言ってないで茶屋に行くんだろ! 先に行くぞ?」

どこか拗ねたように先を歩き出したルフィを見て、サンジは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。

(嫉妬してんのか…ただ単に女に軽薄だと思われてか微妙なトコだな)

なんとも言えず、サンジは先を歩くルフィを追いかけた。

「いらっしゃいませ〜」
「おっちゃん、席空いてる?」

ルフィは店内を覗きながら、人の良さそうな店主に話しかける。

「申し訳ございません…ただいま、満席でして」
「サンジ、満席だってさ」
「少し外で待つか」
「うん。ん? この気配…」

外に出ようとしたとき、憶えのある気配にルフィは店の奥を見た。

「あっ!!」

とある人物を見つけ、大声を上げたルフィに店内にいる客達から注目が集まる。

「あっ!!」

店内にいた客達同様にルフィを見た人物はルフィと同じく大声を上げた。

「な、ナミ!!」
「何であんたがここに…」
「ルフィ、知り合いなのか?」
「う、うん」

サンジがルフィの名前を口にした途端、ナミと呼ばれた給仕の女性はサンジを驚きの眼差しで見る。

「その名前…サンジ君が何で?」
「ナミさん?」

本当に心底驚いた表情でサンジを見ていたナミは頭を振って、突然の再会に驚いているルフィを見た。

「ううん、それより! ちょっと借りるわよ! サンジ君は代わりに給仕してて」
「は、はい」
「ナミ〜引っ張んなって!」

戸惑いながらも頷いたサンジを置いて、ナミはルフィを引っ張りながら店を出て行ってしまう。
訳が分からないサンジは、同じようにぽかんとしている店主を見て苦笑した。

「まだ忙しいみたいですし、ナミさんのお願いだから手伝いますよ」
「……助かります」

訳はあとでルフィから聞けばいいと思い、賑わいを取り戻し始めた店の手伝いを始めるサンジだった。



***



「どういうことよ? 『ルフィ』って…名前まで…ちゃんと説明しなさいよ!?」

人の寄り付かない神社の裏に連れて行かれて、問い詰められてルフィは戸惑う。
ナミの姿は先程の茶屋で給仕をしていたときと違い、白銀の毛色の耳と尻尾が生えていた。
動揺と怒りで変化がとけてしまっているのだ。

「な、ナミ〜落ち着けよ」
「これが落ち着いてられますかっての!」

どうにか宥めようとしているのだが、ナミの態度についつい怯えてしまう。どうしたものかとルフィが思っていると二人の頭上に影が降り注いだ。

「あれ〜? ナミじゃねェか。変化が解けて狐らしさが出てるぞ。恐喝か? って、犬神じゃん! もう起きたのか〜今回、起きるの早くないか?」
「ウソップ!」

そう呼ばれた少年はルフィとナミとの近くに舞い降りる。
ウソップはカラス天狗で散歩の途中に偶然二人を見つけたのだ。
いつもは都ではなく近くの山に住んでいるが頻繁にうろついているので都の人間がウソップを目撃することもよくある。
ナミはウソップの言葉を聞いて、自分の耳と尾を消した。

「丁度よかった! ウソップも聞いてよ! このコったら名前つけられてるのよ!」
「はァ!? それどういう意味だよ」

味方にするはずのウソップにまで詰め寄られてルフィは半泣き状態になってしまう。

「そ、それは…」
「早く説明しなさい…じゃないと凍らせるわよ?」

ナミは氷狐と呼ばれる特殊な妖狐で、氷を操ることができる。
暇潰しに人間として茶屋で働いているのだ。
手のひらの上が吹雪いて見えてルフィはぎこちなく説明を始めた。



***



「つまり、村を守ってくれた御礼にサンジ君の手伝いをするために一緒にいるのね?」
「う、うん」

適当に誤魔化しながら説明した割には上手く言えたのではないだろうかとルフィは安心したように笑った。
まさか、身体の関係まであるだなんて怖くて言えない。
庇う必要なんてないのかもしれないがサンジが悪く思われるのは、なんとなくイヤだった。

「でも、変よ。神様が人間に使役されるなんて。名前までつけさせる理由にはならないわ」
「そうだぞ? 自称とはいえ神様なんだから、さっさと契約解除させろよ」
「あんたなら無理矢理にでもできるじゃない。四の五の言う前に実行しなさいよ」
「……あのチカラは嫌いだもん。使いたくない」

拗ねたようにルフィに顔を逸らされ、ナミはため息を吐く。

「大体、古いのよ。名をつけられたからってヒトに使役される必要ないじゃない。私なんか勝手に名乗ってるし、そんな妖怪いくらでもいるわよ」
「そう、だけど…」
「なんだよ、その人間から離れ難いのか?」
「っ! そ、そんなこと…ない!」

ウソップの言葉に動揺して、ルフィは何度も首を横に振った。

「後悔するのは…お前だぞ? ちゃんと考えろよ?」
「…………うん」

ひどく迷ったあとルフィはウソップの言葉に頷く。

ルフィだってサンジといつまで一緒にいるべきなのか正直、迷っている。
いつかは村に帰らなくてはいけない。ヒトは気まぐれだ。そして、すぐにいなくなる。
そう想うと胸がちくりと痛んだ。

「ヒトと妖は相容れない存在なのよ? 人間なんて妖怪を適当に利用して捨てるのがオチよ」
「サンジはそんな悪い奴じゃない!! ナミのバカ!!」
「あっ、おい!」

ナミの言葉に憤慨してルフィは走り去ってしまった。

「ちょっと言い過ぎだぞ?」
「わかってるわよ、サンジ君が悪い奴じゃないことぐらい。私の正体に気づいてても何も言わず普通に接してくれてるもの。でも、あれくらい言っとかなきゃ…あのコの周りの奴はどいつもこいつも甘いから」
「それもそうか」

笑いながらウソップは背伸びをする。

「それに『ルフィ』だなんて…ちょっと運命感じるわよ」
「ん?」
「そっか、ウソップは知らなかったわね。あのコ、昔は『ルフィ』って名前だったのよ」
「へェ…そりゃ、なんつーかスゴイ偶然だな」

ウソップは驚いてナミを見た。ナミもまだ動揺しているのか、少し戸惑った表情だ。

「はァ、久々に会ったと思えば使役されてるし本当、驚かされるわ」
「でも、守護してた村から今まで出たこともなかったんだろ? どうやって連れ出したか知らないけど、犬神…じゃなくて『ルフィ』も相当サンジって奴のこと気に入ってんじゃないか?」
「そうなんでしょうね……ルフィが泣くことになりそうでイヤだわ」

あの態度からして本人が気づいているかはわからないが相当好意を持っているように見えた。

「サンジに捨てられるってことか?」
「それはわからないけど、逆に大切にされる方が不安」
「ああ、なるほど」

ナミの憂い顔の理由がわかり、ウソップは苦笑する。
ヒトと妖の大きな違いは寿命だ。
大事にされればされるほど永遠の別れは身を引き裂かれるような想いだろう。

「ルフィはそれでも人間とすぐに仲良くなるから、少し尊敬しちゃうんだけどね」
「それは同感。まァルフィがどんな答え出すかは知らねェけど、あいつの出した答えなら受け入れるべきだな」
「そうね。応援とまではいかないけどね。むしろ、あと二人の反応が気になるトコね」

ある二人を思い出してナミは意地悪そうに笑った。

「あ〜、面倒くせェことになりそうだな。でも、まだ寝てるんじゃないか? あの二人はルフィが起きる頃に合わせて起きてただろ」
「そうなんだけどね。うーん、サンジ君とケンカにならなきゃいいけど」
「お前は邪魔しないのか?」

ルフィに好意を持っているように思っていたので反応がなんだか意外な気がして、ウソップは不思議そうにナミを見る。

「漁夫の利を狙ってますから。それに気長に待てばヒトは勝手にいなくなるもの」

冷え冷えとする笑顔にウソップは背筋が冷える思いがした。下手に邪魔するより考え方が邪悪で困る。

「そ、そうだな」
「さて、謝りに行って来ようかしらね。この都に連れて来てくれたこと自体はサンジ君に御礼を言いたい気分だし」
「なんか、楽しくなりそうだな〜」

ウソップのセリフに楽しそうに頷いて、ナミは歩き出した。
なんだかんだ言ってもルフィが起きたことと都に来たことはナミにとって嬉しい出来事なのだ。



***



「まったくナミの奴〜」

ルフィは怒りが収まらないまま、サンジがいる茶屋まで戻ってきた。
ヒトは裏切るとか利用してくるとかそんなこといつも言われていたことだし、自身も思っていたことなのに何がそんなに腹立ったのかわからない。
自分がよくわからなくて、ルフィは立ち止まった。

「……変なの」
「ルフィ」
「サンジ!」

気がつくと目の前にサンジがいてルフィは驚く。

「遅かったな。ナミさんとは知り合いだったのか?」
「うん、話せば長くなるけど友達だ。今回は目を醒ますのが早かったから驚いたみたい。茶屋はもういいのか?」
「忙しい時間帯は終わったからな。手伝いはもういいって店主が帰してくれたんだよ」

辺りは夕闇に包まれている、茶屋で休む時間は過ぎてしまったようだ。

「ちぇっ、何も食べれなかった」
「ちゃんと団子貰ってるから安心しろよ」
「え? ホント?」

ルフィはサンジの言葉に表情を輝かせた。微笑ましく思ったのも束の間、サンジはルフィを抱きしめる。

「お、おい!」
「うえ?」
「耳と尻尾」

油断したせいで無意識に耳と尻尾が出てしまっている。
ルフィは慌てて、耳と尻尾を隠した。

「町中で抱き合うなんて随分とお熱いじゃない」
「な、ナミ!?」
「ナミさん」

ルフィとサンジは驚いて声の主を見る。
ナミは呆れたように二人を見ていた。

「サンジ君、店番ありがと。……それと、ルフィをよろしくね」
「はい、もちろんです」

真剣に頷くサンジを満足そうに見つめるナミを見て、ルフィは胸が苦しくなる。
やはり、きついことを言ってもナミはいつも自分を心配してくれているのだ。

「ナミ…さっきはごめんなさい」
「いいのよ、私も悪かったんだから。仕事で困ったら私にも声をかけてね。お手頃価格で手伝ってあげる。二人ともまたね」
「その際はよろしくお願いします」

サンジは笑って、茶屋に入るナミに頭を下げた。

「ナミと仲良いの?」
「客と茶屋娘の関係。それ以上でもそれ以下でもねェよ」
「そうなんだ」

サンジの言葉にルフィは、ほっとため息を吐く。そして、自分の反応に首を傾げた。

(あれ? 何に安心したんだ?)

別にサンジとナミが仲良くしていたっていいはずなのに。

「仕事、ナミさんが手伝ってくれるなら心強いな」
「ナミは強いぞ!」

自分の疑問を振り払うように笑ってルフィは応えた。

「ところでナミさんは何の妖怪なんだ?」
「知らないの?」
「妖力を感じるけどそれだけだな。聞くべきじゃないと思ってたし、正体まではわからん」

都の中にも多くの妖怪がいるが無害なモノは基本放置しているので、サンジもナミの詳しい正体までは知らない。

「ナミは氷を操れる妖狐なんだ。氷狐っていうんだけど聞いたことないか? 結構めずらしいらしいんだけど」
「……聞いたことある。古い文献によると確か悪行三昧をしてたような」
「あ〜、それだよ。昔のナミはえげつなかったからなァ。説得したら悪いこと止めるって言ってくれたんだ。ししし、その文献あとで見せて見せて!」

悪行三昧をしていたのは知っているが詳しくは知らないルフィは興味津々でサンジを見た。

「いいぜ、書斎にあるだろうからな。えーっと、誇張されてる部分もあるだろうから鵜呑みにすんなよ?」
「ん? うん」

村を壊滅させただの村人全員を氷漬けにしただの書いてあったのを思い出しサンジは苦笑いをする。

「北の氷狐、南の炎狐って言ったら結構有名だぞ。まさか、炎狐とも知り合いとか?」
「あは、あはは〜炎狐の方も友達なんだ。でも、大丈夫だぞ? 今は悪行三昧なんかしてないからな。炎狐も悪いことすんなって言ったらやめたもん。いい奴だよ」

どうやらサンジが思っている以上にルフィは顔が広いようだ。
神様というだけあるのか、あの悪名高い氷狐と炎狐を更生させるとは大したものではないだろうか。

「なんか、お前すごいな」

サンジに頭を撫でられてルフィは嬉しそうに笑った。

「えへへ、きっと炎狐にもすぐ会えるぞ」
「……なんか、あんまり会いたくねェな」
「えー? なんで? 優しい奴だぞ」
「そうか…それならいいんだがな」

一抹の不安を感じながらサンジは苦笑した。ルフィを気に入っているというだけで正直、仲良くなれる気がしない。

「なァ、早く帰ろう! お団子、早く食べたい!」
「そうするか」

わくわくしているルフィを見ながら、サンジは笑った。
他愛無いことを話しながら屋敷の近くまで帰って来ると見知った男が門前をうろうろしていた。

「あれ? パウリー?」
「あ〜、勘定を取りに来たんだろ。おーい、ハレンチ野郎!」
「てめェ! 変なあだ名をつけるんじゃねェよ! 仕事が減るだろうが!」

パウリーは真っ赤になって怒りながらサンジを睨んだ。
大工道具を持っていないので修理代だけを取りに来たのだろう。

「自分のあだ名だってことしっかり理解してんじゃねェか。ホントは自覚あるんだろ〜」

にやにや笑うサンジにパウリーの頬が引きつった。

「パウリー、せっかくだからお団子一緒に食べない? サンジが貰ってくれたんだァ」

にこにこ笑うルフィを見て、パウリーの苛立ちはすぐに消える。

「そんじゃあ、ご馳走になってやるかな」
「………一人当たりの団子の量が減るぞ?」
「えっ? ええ? ……うぅ」

サンジの言葉にルフィは思いっきり動揺し、悩み出した。自分の取り分が減るのはやはりイヤなのだろう。
するとパウリーはルフィの目の前に風呂敷を差し出す。

「これも食え」
「え?」

ルフィが風呂敷の中身を開いてみると中には和菓子の詰め合わせが入っていた。

「甘いモノがいっぱい!」

嬉しさを隠し切れず変化が解け、ルフィは尻尾を振ってしまう。
サンジは慌てて敷地内にルフィを押しやった。パウリーも慌てて中に入る。そして、門を閉めた。これで耳と尻尾が出ていても誰も驚かないだろう。

「も、貰っていいのか?」

キラキラとした目で和菓子を見つめているルフィにパウリーは笑って応えた。

「仕事を途中で投げ出した詫びだ」
「…ルフィで変な想像した詫びの間違いだろ」

不機嫌そうなサンジのセリフにパウリーは出来るだけ冷静を装う。サンジの言葉をいちいち真に受けていたら血管が切れてしまうと思ったからだ。

「…てめェは黙ってろ。ルフィは何も気にせず食え」
「やったァ!! 早く食べよう! サンジ、お茶淹れて」
「ハイハイ。でも、晩飯食えるだけは空けとけよ」
「誰に言ってんだ! こんなの全部食べても晩飯は余裕だ!」

なぜか誇らしげに自分の胸を叩いてルフィはサンジを見た。
ルフィの食欲を思い出し、サンジは余計なことを言ったと素で思う。

「そうだった。お前の胃袋は無限大だったな。でも、程々にしとけよ…」
「わかってるよ〜」

ルフィは、にししと笑って屋敷に入った。
二人も屋敷へと入る。すると、サンジが小声でパウリーに話しかけた。

「お前は茶を飲んだらさっさと帰れよ」
「棘のある言葉だな。そんなにおれが邪魔か」
「邪魔に決まってるだろうが」

サンジは爽やかに笑ってパウリーを見る。その様子にパウリーはため息を吐いた。
ルフィと恋仲になりたいとまで思っているわけではないが、少しぐらい一緒にいたい。
それさえもサンジは嫌なのだろう。

「そうだ! パウリー、今日は泊まれば?」
「はァ!?」

思いついたようにルフィは、あとから遅れてついて来る二人を振り返った。

「もう暗くなってきたし、どうせ屋敷も広いしさ。貢物も多いから替えの着物もあるし」
「じゃあ、そうするかな」
「うんうん。布団は川の字に敷く? なんか、こういうの楽しいな!」

嫌そうなサンジの顔が見えていないのかルフィは本当に楽しそうだ。

「パウリー、てめェが茶を淹れてろ」
「客人に対する態度か! はァ、わかったよ」

パウリーは呆れながらも茶を淹れるために台所に向かった。
改築や改装をよくしているのでパウリーはサンジの屋敷内の構造がよくわかっている。

「ん? どうした?」
「……お前さ」
「っ!」

ゆらゆらと揺れている尻尾を掴んで、サンジはルフィを笑顔で見た。

「おれと二人きりになるのがイヤなわけじゃないよな?」
「そ、そんなことない……しっぽ…ヤダ」

優しく掴まれているが、それがまたなんともくすぐったい。
ルフィは力が抜けそうになり、壁にもたれかかった。

「そうか、それならいいんだけどな。おれの気にしすぎだったんだな」
「うん…っ、サンジ、大勢いた方が寂しくないかなって思って」

屋敷の広さのせいか、二人だとひどく寂しいような気がしたのだ。
サンジが寂しかったのではないかと思っての提案だったのだが、なぜかサンジの怒りに触れてしまいルフィはわけがわからない。

「おれはお前がいれば、それだけでいい」

熱っぽく囁かれてルフィはズルズルと壁にもたれたまま、へたり込んでしまった。

「わ、わかったから…放して」
「そうだな」
「んっ」

サンジはすっかり垂れてしまっているルフィの耳を軽く噛む。

「や、やめろったら」
「ヤダ」
「…っ、んぅ」

軽く口づけされたまま、尻尾を撫でられてルフィは頭がぼんやりとしてきた。
突っぱねているルフィの手はいつの間にか縋るようにサンジの着物を掴んでいる。

「茶、淹れたぞ!!」

遠くからパウリーの声が聞こえて、サンジは軽く舌打ちした。

「ほんっとに邪魔だな」
「……はァ、おれはパウリーがいてくれて安心してます」

赤い顔でルフィはサンジを睨んだ。
流されまいと思っていても、色事に疎いルフィにはとても難しいのが現状だ。
心臓はうるさいし、顔も熱い。こんなことサンジに対してしかなったことない。病気なんではないかと思ってしまう。

「ま、パウリーが帰ってからな」
「な、なにする気?」
「さァ? ナニかなァ?」

含みある言葉にルフィは怯えてしまう。

「……しばらくパウリーに宿泊してもらおうかな」
「あんまアホなこと言ってんなよ」
「だって…なんか、ヤダ」

ルフィの困ったような上目遣いにサンジの方が内心困ってしまうというものだ。

「あー、わかったよ。しばらく手を出さないからパウリーを泊めるのは今日だけにしてくれ。それならいいだろ?」
「…うん。なァ、パウリー泊めるのそんなにイヤなのか?」
「イヤっつーか、まァたまにならいいけどな。やっぱり二人きりを楽しみたいだろ?」
「そ、そういうものなのか?」

ルフィだって別にサンジと二人になるのが嫌なわけではない。ただ、やらしいことをしてこなければ何も問題はなかった。
それと、少し苦手なのは時折見せる愛しそうな眼差しに慣れない。そわそわとして落ち着かない気分になる。今もそんな眼差しでルフィを見ていて、耳がへたりと下がった。

「ん? なんで困ってんだよ」
「サンジは自分がどんな目してるか一回、ちゃんと鏡を見た方がいい」
「はァ?」
「うー、なんでもない! お団子食べる!」
「はいはい」

呆れたような表情のあとサンジは優しくルフィの頭を撫でた。それがなぜだか嬉しくてルフィの尻尾がふわりと揺れる。

「サンジ、明日はヒマ?」
「ん? まァこれといって何もないかな」
「じゃあ一緒にウソップに会いに行こう。友達なんだ〜この近くの山に住んでるんだけど、おれ行ったことないからさ」

今日会ったことを思い出し、ルフィは訪ねてみたくてサンジを誘った。

「いいぜ。ウソップって奴がお前のこと、ちゃんと友達だって思ってるか確認したいしな」
「どういう意味? 友達だよ?」
「誰かさんが鈍いからなァ…邪な感情でみてたら大変だろ?」

真剣な表情のサンジにルフィはわけがわからず、きょとんとする。

「茶、冷めるぞ!」
「はーい! ま、いいや。サンジ、行こう」
「そうだな」

遠くから聞こえたパウリーの声に返事をしてから、ルフィはサンジの袖を引っ張って歩き出した。
きっと今は団子のことで頭がいっぱいで先程、襲われかけたことなんて忘れているだろう。
そういうところが可愛くもあり、心配なトコでもある。

ライバルも多そうだし、心労もこれから増えそうな気がした。だからといって諦められるほどの想いでもない。
パウリーは言うまでもないし、予想だがナミもルフィを想っているだろう。
そう思うとため息を吐きたくなってくる。

早く自分のことを好きにならないかなと、こっそり思うサンジだった。






















*続*