「ヒマだ〜……」
平和な船旅に飽きてきたのかルフィは甲板をゴロゴロと転がる。
「ナミ〜、島はまだなのか?」
ミカン畑のそばにいるナミに尋ねる。
「早くて一週間ぐらいかしらね」
「一週間!? う〜、海軍でも来ねェかな」
「……不吉なこと言わないで」
ナミの返答にルフィは再び寝転がる。
「島、見えてるぜ?」
ヒマそうなルフィを見かねてゾロがマストの上からナミに問い掛ける。
「え? ホントか?」
「……まだ食糧に余裕があるから行く必要ないわ。それに無人島よ」
駆け寄ってきたルフィにナミは嫌そうな顔をした。
「えー! 行こう行こう! ナミ〜」
「嫌、絶対イヤ!」
「なんでだよ〜、なァナミ〜お願い〜」
「くっ、可愛いわね。……わかったわ。その代わり私は絶対に行かないから。そして、すぐに帰って来なさいよ」
捨てられた仔犬のような目で、じっと見られナミは渋々うなずいた。
結局、船長にはかなわない。
「やったァ! ナミ、ありがとう! サンジ、弁当作って〜」
太陽に負けないぐらい明るい笑顔で礼を言い、ルフィはキッチンへ走って行った。
「島があるだなんて言わなかったじゃねェか」
マストから降りてきたゾロがナミに話し掛ける。
「言いたくなかったのよ…寄る気もなかったし、余計なこと言ってくれたわね」
「あ? ルフィが喜んだからいいじゃねェか」
ゾロの優先順位はルフィが一位なのでナミが嫌そうでも気にしない。
「……それはそうかもね。はァ、部屋から出なければ平気かしらね」
「何がそんなに嫌なんだ?」
嫌がる理由が分からずゾロはナミを見る。
「…あんたには分からない話。あの島の近くは波が凪いでるから帆を畳んで、漕いで行くわよ」
「……了解」
納得できないが聞いても仕方ないと思い、ゾロは帆を畳みに行った。
***
「着いたァ! 行って来ます!」
「ちょっと待ちなさい。適当に一時間ぐらい散策したらすぐに帰って来ること」
「はーい!」
余程嬉しいのかルフィは終始ニコニコしながら島へ降りて行った。
「はァ……帰って来なさそう」
もうルフィの姿が見えなくなった方向を見てナミはため息を吐いた。
「ルフィ一人じゃ時間通りには帰って来ないでしょうからおれも着いて行きますよ」
「サンジ君、ありがとう。お願いね……そして、気をつけて」
「は、はい。じゃあ行って来ます」
珍しくナミに心配され、サンジは驚くがルフィを見失ってはいけないので急いで船を降りた。
「ゾロが行くと迷子になるのがオチだしな、頑張れよ〜サンジ〜。さて、おれもチョッパーと薬草取りに行くかな」
「行ってらっしゃい」
「ナミは行かないんだな」
ナミはウソップをジロッと睨んだ。
「な、なんだよ。何がそんなに嫌なんだ?」
ナミの迫力にサンジは思わず、どもってしまった。
「この島、なんて呼ばれてるか知ってる?」
「し、知らねェ」
「『虫の島』よ。虫がいっぱいいるの。絶対に行かない」
ウソップはサウスバードを探してたときを思い出し、なるほどと頷いた。
「そういうことか。あれ? ……サンジも虫、嫌いじゃなかったっけ?」
「……気をつけてとは言ったもの」
「嫌がらせだろ!」
「サンジ君ばっかりがルフィにベッタリされて羨ましいのよ」
嫌がらせという言葉を否定しないナミにウソップは顔を引きつらせた。
ナミは、にっこりと笑って女部屋へと移動してしまう。
「サンジ、頑張れよ」
サンジに同情しながらウソップは島を眺めるのだった。
***
ずんずんと先へ進んでいくルフィにサンジは呆れつつ声を掛けた。
「ルフィ、あんまり奥に行くと一時間じゃ戻れなくなるぜ」
「サンジ! 来てたのか」
嬉しそうに駆け寄ってきたルフィの頭をサンジは撫でる。
「爆睡中の藻ほどじゃねェがお前も方向音痴だからな」
「そうかなァ? ま、ゾロは仕方ないよな」
「あァ、あいつは絶望的だからな」
ゾロの日頃の迷子っぷりを思い出し、二人は笑った。
しばらく笑っていたルフィが急に振り返って、辺りを見回す。
「あ、見失った!」
「何か追ってたのか?」
「おう! でっけェ蛾がいたんだ」
ニカッと笑うルフィを見て、サンジは固まる。
「…そんなもん追うな」
「チョッパーぐらいデカかったんだぞ?」
「……帰るぞ」
サンジはルフィの腕を引っ張り、元来た道を帰ろうとする。
「え〜? まだ来たばっかりだぞ?」
「暇なら船で構ってやる。次の島の方が絶対楽しい」
「そ、そうか?」
必死なサンジにルフィは少しビビる。
「あ、サンジ」
「何だ?」
「肩にデカイ蜘蛛が…」
「ギャー!!」
勢いで蜘蛛を払い落としサンジはルフィの後ろに隠れる。
「うわっ、なに?」
「この島は無理だ……」
「………」
ルフィは自分の肩にしがみつくサンジに憐れみに満ちた視線を送る。
「………そんな目でおれを見るな」
「だって……虫キライだったっけ?」
「種類によるけどな」
ルフィに、しがみついたままサンジは答える。
「虫キライなら来なきゃいいのに…この島、いっぱいいるぞ?」
「虫が多くいるなんて知らなかったんだよ……地獄だな。ナミさんの言った、気をつけての意味がやっとわかった。はァ」
普段のナミなら二人きりになる状況を快く思いはしない。
元気がなくなったサンジを見てルフィは困る。
「……帰るか?」
「大賛成」
歩こうとするがサンジが肩を掴んだままなのでルフィは立ち止まり、振り返る。
「サンジ…歩きにくい」
「お前から離れて歩くなんて今のおれには無理だ」
「そっか……苦手なら言っといてくれたらいいのに」
サンジの虫嫌いを知らなかったルフィは口を尖らせる。
ナミが知っていて自分が知らなかったのが嫌なのだろう。
「……お前の前ではカッコいいおれでいたいんだよ」
「あはは! なんだそりゃ!」
拗ねたようにサンジに言われルフィは盛大に笑った。
「笑うなよな〜」
サンジは笑顔でルフィの両頬を思いきり引っ張った。
「ら、らって! はなひぇ!」
「ハイハイ」
サンジは渋々、両手を放した。
「あはは、そんなこと気にしてるなんて思わなかったからさ」
「ったく、あんま笑うと今晩メシ抜きにするぞ」
ルフィは口を押さえて笑いを堪える。
そして睨むサンジを上目遣いに見上げ、ニッコリと笑った。
「別にサンジがカッコ悪くてもおれはいいと思うぞ?そんなサンジも好きだ」
「……あ〜、虫島じゃなかったら押し倒してやるのに」
サンジは悔しそうに呟いた。
「よし!サンジはおれが守ってやるぞ!虫、いるなら出て来い!」
「バカ!本当に出てきたらどうすんだ!……今のおれはお前を置いて逃げる自信がある」
「あはは、かっちょ悪ィ〜」
力説するサンジを見て、ルフィは楽しそうに笑った。
「はァ…なんとでも言え〜。おれは宣言通り、守ってもらうからな」
開き直ったのかサンジはルフィの肩にしがみついたままルフィを押して歩き出した。
「そういえば虫を食べる国があるってロビンが言ってたぞ?虫料理、うまいのかな〜サンジ、作ってくれよ」
良いことを思いついたという顔で振り返りルフィは笑った。
サンジはその言葉に耳を疑い、立ち止まる。
「お前…頭、大丈夫か?今までの話の流れを考えろ。ふざけてんのか?」
「食に対して、おれはいつも真剣だ!」
ルフィは胸を張って、嫌そうなサンジを見た。
「なら尚更悪い!キモイ虫は苦手だっつってんだろ!」
「コックだろ!ファイトだ、サンジ!」
「ゲテモノ料理は専門外だ!そんなに言うなら生で食え!」
「ちぇ〜、そこまで言うなら諦めるか」
拗ねるサンジにルフィは口を尖らせ、渋々諦めたようだ。
そして、ふと思う。
(なんか今日のサンジは可愛いな〜)
そう思うと温かい感情が溢れて笑えてきた。
情けないはずのサンジがなんだか愛しくて胸の辺りがポカポカと温かい。
愛しくて愛しくて少しだけ切なくなる。
理由もなく泣きそうになる。
こんな感情、サンジがいなかったら、きっと一生自分は知らないままだ。
ただ無性にサンジのことが好きだと思う。
「どうした?」
不思議に思い、サンジは急に笑いだしたルフィを覗き込んだ。その瞬間、ルフィはサンジに軽く口づける。
驚き固まるサンジの右手を掴んでルフィは歩き出した。
「あはは、帰ろう?」
「………そうだな」
勢いだけでキスしてしまったのだろう、少しだけ恥ずかしそうにサンジを振り返ってからルフィは前を向いて歩いた。
(こんな特典があるなら情けなくてもいいか)
左手で感触の残る唇を片手で押さえる。
ルフィがこっちを見ていなくてよかったとサンジは心底思った。
顔が熱い。
(あ〜、キスだけで赤くなるなんて……つくづく情けねェ)
天然ルフィの不意討ちに内心かなり動揺しているサンジは正直、虫なんてどうでもよくなっていた。
恥ずかしがりのルフィがなぜ突然キスしてきたのかもサンジにはよくわからない。
「はァ…厄介な奴だな」
「ん? サンジ、なんか言ったか?」
ポツリと呟いたセリフが中途半端に聞こえたのかルフィは振り返った。
「別に〜」
「なんだよ?」
「いやいや、本当になんでもない」
「?」
サンジは首をかしげるルフィの横に並び、同じ速度で歩く。
「やっぱり横を歩く方がいいな」
「えへへ、そうだな」
嬉しそうに笑うルフィを見てサンジも優しく笑った。
「さて、頼もしい船長さんに守ってもらいますかね」
「任せろ!」
ニカッと笑ってルフィはサンジの手をぎゅっと握った。
*END*