「う〜よく寝たなァ……んん?」

ルフィはベッドの上で伸びをしてから、首をかしげる。

「なんでおれ、女部屋で寝てるんだ?」

甲板で昼寝をしていたはずだが辺りを見渡すと、どう見ても女部屋だった。
しかし、いつもの女部屋とはどこか違って見える。
疑問に思いながら立ち上がると自分の視線がいつもより低く感じた。

「あれ? 縮んだ……うっ……いやいや、まさか」

鏡に全身が映り、自分の姿に驚く。
あり得ない姿がそこにありルフィは目を擦る。
そこには確かに自分が映し出されていたが明らかに違う部分があった。

「………」

もう一度、目を凝らして自分の姿を見る。

「ウソ〜? ……」

ルフィは恐る恐る自分の胸に手を当てた。
そして、震える手で股間を確認する。

「うっ、ギャー!!」

予想外の展開にルフィは叫びながら甲板へ急いで出る。

「ど、どうした!?」

丁度、甲板にいたサンジがルフィの声に驚いて振り返る。

「さ、サンジ! おれ、ないけどあるんだ!」
「はい?」
「手、貸せ!」

ルフィは驚くサンジの手を掴み、自分の胸に当てた。

「………」
「なっ! あるだろ? 下はないんだ! …サンジ?」

何も言わず固まってしまったサンジを不思議に思い、ルフィは覗き込む。

「………ノーブラ」
「何言ってんだ? うわっ! 揉むなよ!」

サンジの手がいやらしく動いたのでルフィはサンジから急いで離れた。

「……いやいや、当たり前だろ」
「……なにが?」

胸の感触の余韻に浸っているのかサンジは自分の手を見ながらルフィに話す。

「お前は女なんだからさ」
「はァ?」
「いや、大丈夫。まだ大きくなると思うぜ? 手伝ってやろうか?」

サンジは手をワキワキ動かしながらルフィを見た。
その顔はニヤニヤしている。

「なにが大丈夫なんだ! 胸なんかいらないよ! ってそうじゃなくて……今なんて言った?」
「手伝ってやろうか?」
「違う! その前!」

サンジは怪訝そうな顔をしてから口を開いた。

「お前は女なんだから」
「おれは女なのか?」
「そうだよ、ルフィちゃん」

サンジの返答に自分を見る。
寝る前は男だったはずだが先ほど鏡で見た通り、今の自分は女性の体型をしている。ナミほどはないが胸も存在しているし、何より下がなくなっていた。

「……いつから?」
「え? 産まれたときからじゃねェの?」

サンジの顔をじっと見るが冗談や嘘を言っているようには見えない。
冗談や嘘ではないなら、ますます意味がわからなかった。

「どうかした?」

二人の騒ぎを聞きつけてナミが甲板に集まってきた。

「あ、ナミ〜。サンジが変なこと言う……あれ? お前、なんか変わった?」
「サンジ君はいつも変だろ。……どこも変わってないと思うけど?」
「えー! 違うだろ!」

ルフィはナミに駆け寄り、ナミの胸の辺りをペシペシ叩く。

「何?」
「胸がないじゃねェか! 声もなんか低いし、背高いし!」
「……昔からないけど」
「えー! もうワケわかんねェ」

ルフィは混乱して頭を抱えて座り込む。

自分は女で、ナミは男で、でもそれが当たり前。

言葉にすると単純だが到底信じられる出来事ではなかった。

「何の騒ぎ?」
「ルフィが変なんだよ」

お前らが変なんだと文句を言おうとルフィは視線を上げる。

「ロビンも!?」
「どうかした?」

ロビンは首をかしげてルフィを覗き込む。

「男じゃん!」
「そうだけど…変?」
「いや、カッコいいんじゃないか? ……じゃなくて! えー…もう頭がダメだ…」

ルフィの発言にロビンは嬉しそうに笑ったが、ルフィは俯いたのでそれには気づかなかった。

「ルフィ、おれは?」
「ナミが『おれ』って言い出したよ」
「そうじゃないだろ。おれは?」

ナミに凄まれルフィは焦る。

「え? えーっと、カッコいいです」
「ありがとう。ルフィは可愛いよ」
「う、嬉しくない」

爽やかに笑って言われ、ルフィは困ってしまう。

実際にナミとロビンは格好良い。
サンジやゾロとは違う格好良さを持っていた。
しかし、ルフィはそれどころではないのだ。

「ルフィ、大丈夫か?」
「サンジ〜どうなってるんだ〜?」
「何が変なんだ?ちゃんと聞くから泣きそうな顔をするな。飲み物でもいれてやるから座ってゆっくり話そう」

なんだか優しいサンジに混乱しながらもルフィは頷いた。

「なんだかよくわからないけど私達も一緒に行くよ」

ロビンのセリフにナミも頷いた。


***


他のメンバーは買い出しに行っていてどうやら今、船にはルフィを含めた四人しかいないようだった。

キッチンに集まり、三人はルフィの話を聞いた。

「お前が男…で、こっちの二人が女だった?」
「そうなんだよ! 寝る前まではそうだったはずなの!」
「そう言われてもなァ……この船に女性はルフィだけだぜ?」

サンジも困っているように見えた。

「変な話だな。夢じゃないのか?」
「違うよ〜! ナミは女だったもん」

ルフィは口を尖らせて、ナミを見る。

「おれが女ね〜さぞや美人だっただろ? ルフィはおれのこと好きだった?」
「そりゃあ好きだけど」
「あはは、嬉しいけど恋愛感情じゃないのが残念。こっちのルフィと一緒か。でも、どっちみち結婚できる立場なのがいいな」

ナミの言いたいことが分からずルフィは首をかしげた。

「ナミとロビンにデレデレしてないけどサンジは変わらないかな」
「なんでおれがそこの二人にデレデレしなきゃいけねェんだよ」

サンジは嫌そうな顔でナミとロビンを見た後、ルフィを呆れ顔で見つめた。

「サンジは女が好きだからな」
「……あァ、そっか。でも、この世界でナミとロビンは男だからな。女はルフィだけ」

ルフィの言い分を思い出しサンジは納得した。

「あ〜、だからおれにちょっと優しいのかな? でも、ナミやロビンに対する態度と違う気がする」
「そっちのサンジ君はルフィに冷たいの?」
「いや、二人きりのときは優しいぞ。普段のサンジもおもしろくて好きだな」

ニカッと笑うルフィを見てからナミは冷めた目をサンジに向ける。
サンジは余裕の態度でその目を受けた。

「男でもいいんだ?」
「おれじゃないおれの話だ。まァルフィがルフィなら性別は気にしねェけどな」
「よく言うな。女が好きなら町で適当に遊んで来いよ」
「わわっ、ケンカすんなよ」

ナミとサンジが険悪という状況に慣れておらずルフィはおろおろと動揺した。
そんなルフィを見て二人は渋々、ケンカを止めた。

「…その話は後でいっか。ロビン、どう思う?」

黙って成り行きを見ていたロビンにナミが尋ねる。

「そうだな。パラレルワールドってやつじゃないかな」
「ぱられる?」
「平行世界だよ。普段は交わるはずがない別の世界。簡単に言うと『もしもの世界』。違う世界のルフィと精神だけ入れ替わったんじゃないかな」

ロビンの説明にルフィは複雑な顔をする。

「あ、そんな書物があったかも」

読んだ覚えがあるのかナミはアゴに手を当てて考え込む。

「探すか?」
「悪い、ロビン。手伝ってくれ。サンジ君、手を出すなよ?」
「ハイハイ」

ナミのセリフにサンジは適当に返事をした。

「ルフィ、なんかあったら叫べよ?すぐ助けに来る」
「ん? わかった」

分かってなさそうな顔でルフィは頷いた。
ロビンとナミが出て行ってからルフィは呟く。

「ナミと仲悪いなんて、びっくりだ」
「あ〜、女だったら態度は違うだろうけど、この世界ではあんなもんだ」
「そうなんだ? 新鮮だなァ」

ルフィはジュースを飲んでから隣に座るサンジを見た。

「みんな、おれの言うこと信じてくれるんだな」
「嘘が下手だし、お前が言うことだから無条件で信じてる」
「えへへ、ありがとう」

いつもと変わらず優しいサンジにルフィは安心して照れたように笑った。
そして、思い出したように難しい顔をする。

「パラレルってどういう…意味?」
「ん? わからなかったか…そうだな、世の中なんて小さな選択肢で出来てんだよ」
「んん?」

サンジはテーブルの端に置いてあったカードを二枚取る。
ジョーカーと白紙のトランプだ。

「どっちがジョーカーだと思う? 当たれば今夜は肉料理、間違えたら野菜料理だ」
「う〜んと、こっち!」

少し悩んでからルフィは右側のカードを勢いよく引いた。

「当たり」
「やったァ! 今夜は肉だな!」
「了解しました。じゃなくて、なんで右側を選んだ?」
「え? 勘だけど」

カードを選んだ理由など特になくルフィは首をかしげながら答える。

「左側を引く可能性もあったわけだ」
「うん、そうだな」
「もし、左側のカードを選んでいたらルフィは今夜、野菜料理を食べるはずだったんだ」

うーん、と唸ってからルフィはサンジを見つめた。

「……それがパラレルワールド?」
「お、偉い偉い。そういうことだな。違う世界のお前は左側を選んで野菜料理は嫌だと拗ねる…そんな世界も平行してあるかもしれないってことだ」

頭撫でられルフィは嬉しそうに笑った。

「考えたら世の中、選択肢だらけかな?」
「さっきの選択肢も二つだけじゃないぜ? カードゲームをしないとかカードを両方引くとかいろんな選択肢があったわけだ」
「うん」
「そういうのの積み重ねで今があるわけだな。まァ普段は選択肢なんて考えずに生活してるがな」

サンジは笑いながらルフィを見た。

「じゃあ、この世界はおれが女でナミとロビンが男の世界なんだな」
「そういうことだ。おれから言わせてもらえば、お前が男であいつらが女の世界もあるんだなっつー驚きだな」
「あはは、サンジが女の世界もあるんじゃねェか?」

ルフィは想像したのか面白そうに笑う。

「……あるかもな。つか、笑いすぎだ。失礼な奴。ま、好きな奴はどこの世界でも一緒みたいだがな」
「ふえ? 好きな奴?」

笑いすぎて目じりに涙を浮かべながらルフィはサンジを見る。

「お前がいた世界のおれは、お前に優しいんだろ?」
「うん! お願いすれば夜食も作ってくれるぞ」

嬉しそうにルフィは笑ってサンジを見上げた。

「ほらな、男に優しいなんて柄じゃねェし……おれはお前ならなんでもいいのかねェ?」
「うお?なんだ?」

座ったまま抱きしめられてルフィはきょとんとする。

「他の女性とお前への態度が違うのはお前が嫌がるからだ」
「そうなんだ?うん、ああいう態度は困るかもしれねェな」

ルフィの知るサンジなら女性に甘い。
ルフィも今は女なのだからナミやロビンのような態度を前は取られていたのだろう。
ああいう態度をされたら嫌というより心底困りそうな気がした。

「それにお前がいた世界のおれもルフィに普段から優しくしたいはずだ」
「そうなのか?」
「男に優しくするなんておれらしくないんじゃないか?」
「それもそっか。でも、サンジは優しいぞ」
「……違う世界のおれも苦労してるな〜」

お日さまのような笑顔を向けられサンジは苦笑する。

無防備で鈍感なくせに周りを引き付けて離さない。

例えルフィが男でも好きになる自信がこの世界のサンジにもあった。

「女好きなのにな…はァ、口うるさいのが帰って来るかもしれねェからこれくらいで我慢だな」
「口うるさい……それってナミのこと? ホント変な感じ」

サンジがナミのことを悪く言うのを聞いたことがないルフィは不思議な感じだった。
ぼんやりとナミのことを考えているとルフィは疑問が浮かんだ。

「そういえば、おれって普段の格好と変わらないな」
「ん?」

ルフィは自分の服を摘んだ。

「ほら、ナミとかロビンはズボンも穿くけどスカートが多いだろ? ってこのサンジは知らないか。いつもの服でよかった〜女のおれはスカート着るのか?」
「そりゃお前……普段はスカートだ」
「えっ? そうなの?」

本当は女のルフィもスカートを穿かない。
女性用の可愛らしい服を買っても恥ずかしがって着てくれないのだ。
しかし、スカート姿のルフィが見てみたいサンジはチャンスとばかりに嘘を吐いた。

「いつもの格好したら精神も元に戻るんじゃねェか?」
「そうかな? ……でも、なんか女装するみたいでイヤかも」
「試してみろよ。ルフィはルフィだけど元の世界に帰りたいだろ? もしかしたら元の世界のお前は眠ったままとかかもしれないし」
「う、うん。おれ、着るよ。タンスに入ってんのかな?」

サンジのセリフに不安になったルフィは慌てて立ち上がった。

「いや、タンスには入ってない」
「え? 普段着てるのに?」

鈍いくせにたまに鋭いことを言うルフィにサンジは内心で焦った。
しかし、表情を少しも変えず笑顔のままルフィの頭を撫でる。

「……洗濯してたからな。おれが取って来てやるよ。ちょっと待ってな」
「わかった。ありがとう、サンジ」
「どういたしまして」

サンジの必要以上に晴れやかな笑顔を不思議に思いながらもルフィはつられて笑った。

サンジと入れ違いでナミとロビンが帰ってきた。

「あれ? サンジ君は?」
「おれの服取りに行ってくれたんだ」
「服?」

ナミとロビンは二人して首をかしげた。

「普段着のスカートを持って来てくれるんだってさ」
「そっか。確かに、いつもの服を着たほうがいいかもしれないね」
「だろ?」

サンジの意図を素早く理解し、ロビンは笑って応えた。

「……おれもルフィに着せたい服があるのに」
「へ? ナミ、なんか言った?」

ボソッと呟いた言葉が聞こえずにルフィはナミを見る。

「なんでもない。ちょっと、おれもルフィの服、取って来る」
「お、おう」

ルフィはナミの勢いに思わず頷く。
ナミは急いで部屋を出て行った。

「……私も取って来ようかな」
「ロビンは『おれ』って言わないんだな」
「変?」
「ん? 別に。紳士って感じかな」

ニコニコと笑ってルフィはロビンを見上げた。

「あはは、そうかな?でも、紳士じゃないから油断しないでね」
「?」

疑問符いっぱいの顔でルフィは頷いた。

バターンと扉が開く音がして両手にたくさんの服を持ったサンジが現れた。

「ロビンが買った分も持って来たぞ!」
「ありがとう、コックさん」
「うわ、普段着にしては量がありすぎじゃないか?しかも全部洗濯してたの?」

テーブルに置かれた服の山にルフィは唖然とする。

「どれを着せようか迷うな〜」
「な、ナミも持って来たのか」

後から来たナミがさらにテーブルの上へ服を追加して、ルフィはビビる。

「ぜ、絶対こんなに着てないぞ」
「今日は天気がいいから全部洗ったんだよ。ルフィはよく服を汚すからな」
「そうそう。よく着替えてたし」

疑うルフィに、二人はすらすらと口裏を合わせる。
さっきまでの仲の悪さを全く感じさせずナミとサンジは爽やかな笑顔でルフィを見た。

「ロビン…本当?」

なんとなく二人の言うことが信じられずルフィはロビンに尋ねる。

「そうだよ? 一通り着てみたらどうかな」
「えっ? 全部!?」
「「賛成!」」

サンジとナミはカメラまで用意していた。
ニコニコしながら着替えるのを待っている。
ルフィは楽しそうな三人を見て、ため息を吐いた。

「……どれから着よう」

ルフィはとりあえず身近にあった白いワンピースを手に取る。

「ストーップ!!」

着替えようと一番上のボタンを外したところでナミに止められた。

「な、なに?」
「ここで着替えるつもり? ダメに決まってるだろ! 野獣が見てる! そういうのはおれと二人のときにしてよ」
「だーれが野獣だ!」

ナミのセリフにサンジは憤る。

「誰もサンジ君のこととは言ってないけど?」
「このミカンバカ、腹立つ!」

鼻で笑うナミにサンジは顔を引きつらせた。

「ふ、二人とも落ち着いて」
「おま、胸が見えそうなんだよ! ちゃんとボタン止めろっつーかブラしろ!」
「ご、ごめん」

ルフィはとりあえずボタンを止めた。

「なんでノーブラなの知ってんだよ?」

わりと厚手の服なので見ただけではブラジャーをしているかどうかまでは分からない。

この世界のルフィも昔はブラジャーなどしていなかった。
しかし、男だらけの船内ではあまりにも目の毒だったのでクルーで説得し、着用を認めさせたのだ。
だから、普段ノーブラなわけがない。

「触ったから」
「……ふざけんなよ」

ニヤリと笑うサンジに低い声でナミは静かに怒る。

「ルフィが触らせたんだから文句ないだろ?」
「…どういう意味?」

矛先が自分に向きルフィは慌てる。

「だ、だって女になってビックリしたから…違う世界にいるなんて知らなかったし、確認のためサンジに触らせたんだよ」
「……ふーん? ま、確かに自分の性別が変わってたら驚くか」

まだ怒っているがナミは納得してくれたらしい。ルフィは胸を撫で下ろす。

「……揉むとは思わなかったけど」

ルフィはニヤニヤしているサンジからなんとなく自分の胸を隠した。

「はァ!? 海に沈め! エロまゆげ!」
「いや〜柔らかかったなァ」

ギャーギャー騒ぐ二人を無視してロビンはルフィに視線を送る。

「昼寝してたからブラジャーは外してたんじゃない?」
「さ、さァ?」

ロビンに聞かれてもルフィはブラジャーをつけた経験などないので分からなかった。

「そうだろうな。最高のラッキーハプニングだった。甲板にいてよかったぜ」
「黙れ。永遠に黙れ」
「ひがむなよ。羨ましいんだろ?」
「てめェをブッ飛ばしたいぐらい羨ましい」

口論の続く二人を見てルフィは思う。

「サンジとナミは仲悪いんじゃなくて仲良いんだな」
「そうだね。いつもはあの中に剣士さんも混ざっているよ。私は大人の余裕で混ざっていないだけ」
「え?」
「同い年ぐらいだったら一緒に騒いでるだろうね。でも、仲裁する人がいないと大変だから」

今だに口論している二人を面白そうに見てからロビンはルフィに笑いかけた。

「サンジとゾロのケンカを止めるのはナミの役目が多いけど、こっちの世界はロビンが大活躍なんだな」

ナミの苦労を考えるとロビンを尊敬してしまうルフィだった。

「そうなんだよ。早くルフィのスカート姿が見たいからケンカ、止めるよ。知能で止めるのと、力で止めるのどっちがいい?」
「へ? 知能って?」

ケンカの止め方に種類があるとは思わずルフィはきょとんとした。

「ん? そんなこと聞かれるの初めて? こっちの世界は頻繁だよ。じゃあ知能的に止めようかな」
「うん」
「本当にノーブラなの?」
「うん?」

一瞬、ロビンに何を言われたのか分からずにルフィは笑顔のまま首をかしげた。
ロビンも笑顔のままでルフィを見る。

「触っていい?」
「え? えっ?」
「「ちょっと待て!」」

今までケンカに夢中だった二人がルフィとロビンの間に割って入る。

「あ、ケンカ止まった」
「感心するトコじゃねェぞ! ケンカ止めてなかったら本当に触られるんだからな!」
「そうだそうだ! ルフィは危機感がない!」

サンジとナミは振り向きながらルフィを叱る。
二人の隙間からルフィは今も笑っているロビンを見た。

「まさか〜ロビンはそんなことしないよな?」
「どうかな?」

ロビンの返答にルフィは顔を引きつらせた。

「……今度からは力で止めてください」
「最近は力づくで止められてたから油断してたな」

サンジはため息を吐いてルフィの安全を確かめる。

「今のルフィが知能的な止め方を知らないからわざわざ、二択にしたんだ。卑怯な奴だ。スケベ!」
「あはは」
「笑い事じゃない!」

ナミは怒っているがロビンは気にした様子もなく笑っている。

「まァそれはいいじゃないか。ケンカも休憩。全部着てもらおうと思ったら結構時間かかるだろうからね」
「それもそうだな。問題はどこで着替えるかだ」
「こんな感じでどうかな?」

ロビンはカーテンを取り、何本かの手を天井から垂らして簡易更衣室を作った。

「それロビン、疲れるんじゃねェか?」
「着替えているときにしか使わないしルフィのためなら疲れない」
「そ、そうか」

ニッコリと笑われてルフィは、なぜかどもる。

「おれはロビンが覗かねェか心配だ」
「スケベだから覗いても仕方ないよ」

サンジの呟きが聞こえたのかロビンはいい笑顔でサンジを見た。

「紳士の中の紳士だからロビンは大丈夫だな!」
「仕方ない。そういうことにしておこうかな」
「よくわかんないけど着替えてくる。あっ」

ルフィは服を掴んだまま立ち止まった。

「どうかした?」
「……ブラジャーのつけ方、わかんない。誰か手伝って?」
「手伝…痛ェ!」

サンジはナミに脛を蹴飛ばされ、痛みのあまりに悶絶して黙る。

ルフィはものすごく困った顔でナミを見た。

「勘でつけろ。大体わかるだろ? 間違ってたら直してやるから」
「分かった…おれ、がんばる!」

ナミに勇気をもらい、ルフィは気合い満々で更衣室に入った。
ロビンはちらりとナミを見る。

「ナミは真面目だね」
「誰かに触られるのが嫌だったんだよ。ご指名だったら喜んでしたけど『誰か』だったし。それに、おれは着せるよりは脱がしたい」
「なるほど。同感」

ナミの意見にロビンは頷く。

「生着替えっていいな」

サンジは二人の会話もそっちのけでモソモソと動くカーテンを見ていた。
もちろん、にやけた顔で。

「……ロビン」
「分かってる」

言われるまでもないというように頷いてロビンはサンジに目隠しをした。

「うわ、ロビン…見えねェだろ」
「見えなくしてるんだよ」

ロビンは呆れ顔で今にも騒ぎ出しそうなサンジの口も手で押さえる。
いくらでも手は出せるのでこういうとき便利だと思った。

「ロビンの能力は便利だなって、なんでおれの目まで隠すんだよ!」
「念のためかな?」

ロビンは、しれっとして答える。

「サンジ君と一緒にすんな!」
「口は押さえてない」
「うるせェ! そういう意味じゃねェよ!」
「あの〜」

騒いでいるとルフィがカーテンからコソッと顔を出した。

「着替え終わった?」
「うん、たぶん大丈夫…だけど恥ずかしい」
「似合わないわけないよ。はい、オープン」
「わわわっ」

問答無用でカーテンを持っていた手が消えて、ストンと床に落ちた。
二人の目隠しも同時に外れる。
ルフィは隠れる場所もなく赤い顔で恥ずかしそうに立ち尽くした。

「か、可愛い!」
「生足がいいな!」
「似合ってるよ」

ナミ、サンジ、ロビンの順番に褒められルフィは尚更恥ずかしそうにスカートの端を持って、モジモジとした。

「は、恥ずかしいなァ…精神も元に戻らないし、着替えなくてもよかった気がする」
「一着だけで諦めるのか? ルフィ、やってみなきゃわからないだろ?」

写真を撮りながらサンジが真剣にルフィへ言う。

「サンジ、なんで写真撮ってんだよ〜」
「記念に」
「意味わからないぞ! はァ、終わらないから着替えます」

まだまだある服の山を見つめて、ルフィはため息を吐いた。

「よし、どんどん行こう! ルフィ、次はこれ着てよ」
「そ、それはナノハナで見つけた踊り娘の衣装…ナミ、ナイス」
「いざというときのために取っておいた」

どういうときかは分からないがナミとサンジはニヤリと笑い、親指を立て合った。

「こ、こんなの普段着てるわけねェよ」
「気が向いたときに着てたよ?」
「ホントか!? ……おれは女の自分がよくわからない」

ロビンに真顔で言われてルフィは踊り娘の衣装を見つめる。

「はい、更衣室完成」
「なんか着替える意味がわからなくなってきた」

自分を置いてノリノリな三人にルフィは素直な感想を呟いた。

「おれ達には意味があるから安心しろよ」
「……はーい」

サンジの言葉に口を尖らせながらもルフィは衣装を持って更衣室へ入っていった。

「ロビン、目隠しするなよ? 今回はやることがある」
「何をするの?」
「さすがに着る服が多すぎるから厳選しようと思ってな」

カーテン越しのルフィを見てサンジは優しい笑顔で笑う。

「サンジ君ってたまに良いこと言うよね。疲れちゃうと可哀想だし、心底残念だけどあと三着選ぶか」

ナミは感心したようにサンジを見てから服の山に視線を向ける。

「一人が一着を選ぶ計算か…おれが一番ルフィに似合う服を選んでやるぜ」
「負けないよ」
「私も頑張ろうかな」

三人は顔を見合せて、挑戦的に笑い合った。



***



「疲れたァ……」
「お疲れさま。大丈夫かな?」

ロビンのセリフを聞きながら、ぐったりとルフィはテーブルに突っ伏した。♪

「もう一着だけって言葉、何回聞いたかわからない」
「あはは、ルフィが可愛すぎるから止まらなくなっちゃってさ。ごめんね?」

ナミは苦笑いでルフィに謝る。

結局あの後、三着では試着大会は終わらず、三人にお願いされ、追加で九着ほど着替えたのだ。
着慣れないものを着たのでルフィも疲れてしまったようだ。

「ん〜、平気。ちょっと疲れただけだ。肉食べたら治る」
「ルフィは可愛いだけじゃなくて優しいなァ。でも、いつもの服に戻っちゃったのが少し残念かな」

しみじみと言うナミにルフィは笑ってしまった。

「なんじゃそりゃ。なんかスカートだと落ち着かないんだもん。サンジ〜まだ〜?」
「もうちょいだ。おとなしく待ってな」
「はーい」

お腹が空いたルフィのために少し早いがサンジは夕食の準備をしていた。
辺りには美味しそうな匂いが漂っている。

「結局、精神は元に戻らなかったなァ。服、着替えたぐらいじゃ無理か」

そのセリフを聞いて、ナミとロビンが顔を合わせた。
その様子にルフィは首をかしげる。

「どうかした?」
「あ〜…元に戻る方法は見当ついてるんだ」

ナミは言いづらそうに口を開く。

「えっ? そうなの?」

ルフィは驚いて突っ伏していたテーブルから身体を起こした。
ロビンは書物を取り出し、あるページを開いてテーブルへ置いた。

「書物には偶発的出来事、または睡眠と深い関係があるんじゃないかって偉い学者先生の考察で難しく書いてあってね」
「えっ……つまり?」

ルフィは書物を見てからロビンとナミの顔を交互に見比べる。

「寝れば元に戻る…ってこと」
「……寝ればいい? ぎゃー! さっきの着替えはなんだったんだ! 無意味じゃんか!」

ルフィはイスを跳ねとばして立ち上がった。

「無意味なもんか! 素晴らしく似合ってたよ」
「そういう問題じゃねェよ! ナミのバカ! ロビンのアホ! サンジのエロ!」
「……おれだけ変じゃねェか? まァ否定はしねェけど」

サンジは出来上がった料理をテーブルに並べて、プリプリと怒っているルフィを見る。

「否定しろ!」
「なんだよ、自分で言っときながら。おれがどれほどエロいのか試してやろうか?」
「い、いらない! ……目がやらしい」

ルフィは、さっとナミの後ろに隠れた。

「信頼の差だな」

ナミはニヤリと笑って後ろに隠れたルフィの頭を撫でる。

「はっ、安全地帯の間違いだろ? 男として意識されてねェんだよ」
「……てめェは危険人物として本能で避けられてんだよ」
「「………」」

ナミとサンジが無言のまま、にこりと不自然に笑い合う。

「ルフィ、こっちへおいで」
「う、うん」

ロビンに手招きされルフィは素早く移動した。

「元気だなァ……」
「そうだね」

壮絶なケンカが始まり、ルフィは感心して二人を見た。
ロビンは周りの物が壊れないように数本の手で船を守る。

「おれ、お腹空いた…今日はいつもの倍、食いたい気分だ」

まだ少し怒っているのかルフィは拗ねたようにロビンを見る。

「先に食べちゃう?」
「なんか危なくて近寄れないって」

飛んでくるイスを交わしながらルフィは困った顔をする。

「じゃあ止めようか?」
「……力で止めるんだよな?」

さっきの出来事を思い出しルフィは恐る恐るロビンを見た。

「あはは、残念。じゃあ軽めのクラッチ」
「「いでェー!!」」

叫び声と同時に、二人は床へと倒れた。
起き上がろうと、うつ伏せになるがなかなか立ち上がれない。
慌ててルフィは二人に駆け寄る。

「二人とも大丈夫か?」
「……いつか腰が折れる気がする」
「……同感」

ルフィが二人の腰を撫でながら心配する。

「二人とも懲りないからね。あんまりルフィを困らせると二度と起き上がれないようにしちゃうよ?」
「ロビン、怖い…笑顔なのが怖い」
「そう?」

にっこり笑って怖いことをいうロビンにルフィは顔を引きつらせた。

「よし、復活!痛かったけどルフィに腰を撫でてもらったんだから役得だよな」
「そうそう。ロビンも羨ましいから怖いこと言うんだな」

ようやく立ち上がり、自慢気に二人はロビンを見る。
相当痛かったから仕返しの意味もあるのだろう。

「ルフィ、お皿用意してくれる?」
「お〜、いいぞ」

ロビンに言われ、ルフィはキッチンの奥に行く。
それを見届けた後、ロビンは二人に近づく。

「なんだよ?」
「メシにするんだろ?」

笑顔のまま近づいてきたロビンのヒヤリとするような殺気に包まれ、サンジとナミは押し黙る。

「……あんまり調子に乗んなよ」

ボソッと二人にだけ聞こえる声でロビンは呟いた。

「やっとメシだ〜! あれ? どうした?」
「なんでもないよ。ね、二人とも」

明らかに空気が変わっていることにルフィは首をかしげる。
ロビンだけは何事もなかったように笑顔で二人を振り返った。ただし、目は笑っていない。

「そ、そうそう! なんでもねェ」
「さ、冷める前に食べようぜ」
「?」

慌てる理由が分からずルフィはきょとんとしたのだった。



***



食事をしているときにゾロ達が帰って来た。
しかし、精神が入れ替わっていることは説明が面倒なので内緒ということになった。

食事も終わり、ルフィが甲板でのんびりと海を眺めていると隣にサンジがやってきた。

「長い一日だったなァ」
「貴重な体験だったんじゃないか?」
「それもそっか。おれ、自分の性別よりナミとロビンの性別にびっくりした」

にしし、と笑ってルフィはサンジを見た。

「はは、性別変わってもそんなもんか。お前はおもしろい奴だな」
「どっちのサンジも頭撫でるの好きだよな」

頭を撫でられながらルフィは思う。

「……まァな。向こうの世界に帰ったら、まずおれに抱きつけよ?」
「えっ? なんで?」
「おれからもう一人の自分へプレゼントってトコだな」

ルフィはきょとんとしてサンジを見つめる。

「それってプレゼントになるのか?」
「絶対なる。ぎゅーっと抱きつけよ」
「うん、わかった。サンジは晩飯の肉をいっぱいくれたからな! お返しする」
「よし、約束だな。……そろそろ寝るか?」

なんとなく寂しい気がしたがサンジは自分を誤魔化すように笑って尋ねた。

「ん〜、そうだな。ナミとロビンにありがとうを言ってから寝る」
「どっかその辺にいるだろ。行って来い」
「うん! サンジ、ありがとう」
「っ!」

ルフィはサンジに、ぎゅーっと抱きつく。
そして、少し恥ずかしそうに笑ってサンジを見上げた。

「こっちのサンジにもプレゼントになったかな? えへへ、感謝の気持ちだ! おやすみなさい」
「…おやすみ、ルフィ」

パタパタと走り去るルフィの後ろ姿を見つめてサンジは、なんともいえない気分になった。
元のルフィが帰って来るのだから寂しいという感情ではないと思う。
複雑な感情にため息を吐いた。

「あ〜、抱きしめ返せばよかった…向こうのおれも動揺して抱きしめ返すなんて出来ねェだろうな」

せめて、もう一人の自分にはルフィと上手くいって欲しいと思うが強力なライバルが多すぎるので簡単にはいかないだろうともサンジは思った。

「まァ、今の状況も楽しいんだけどな」

しかし、出来ることなら触れたいし、あれやこれやをしてみたい。
みんなが欲しがる船長を独り占めしてみたい。

「ちょっといい?」
「うお! ロビンか…驚かすなよ。何か用か?」

考え事をしているときに気配もなく突然声を掛けられたのでサンジは驚く。

「ルフィは精神が必ず戻るとは限らないし、戻れてもまた来るかも知れないからね」
「はァ?」
「だからおれ達でフォローすることに決定したから」

いつの間にか来ていたナミも話に加わる。

「多分、大丈夫だと思うけどね。一度繋がった精神は入れ替わりやすいらしいから」

書物の表紙を軽く叩いてロビンは困ったように笑った。
ナミも苦笑いで二人を見る。

「おれ達のルフィより危ないからな。男に対して無防備だし、人前で平気で脱ごうとするし」
「確かに。男というだけあって豪快だったもんな。可愛さに変わりはないけど」

女のルフィと違って危機感が極端に少ない気がした。
普通に考えれば当たり前だが男に襲われるという想像なんてしたことがないのかもしれない。

「変な男から守ろうねって話だよ」
「それは当然。協力して守ろうってことだろ?」

ナミはロビンを見て、訂正を加える。

「抜け駆けは?」
「そりゃあ、もちろんアリっしょ」
「抜け駆けしない意味が分からないよ」

ロビンの問い掛けにサンジとナミは不敵に笑った。

「じゃあ表面上は協力してフォローすることに決定だね」
「性別違うのは落ち着かないだろうからちゃんと戻れたらいいんだけどね」
「ま、明日にならなきゃ分からねェってことか」

今頃はぐっすりと眠っているであろうルフィをそれぞれが想う。

向こうの世界の自分達は精神が女のコなルフィにどう対応したのだろうか。
明日、ルフィが元の精神に戻っていたなら聞いてみようと思う三人だった。



























*END*