「サンジ君、欝陶しい」
飲みかけの紅茶をテーブルに置き、ナミはサンジに思っていたことを言う。
偶然、街の中でサンジを見かけ喉が渇いていたので奢らせるために声を掛けたのだが、目の前でため息ばかり吐くというあまりに欝陶しい態度にナミは本人に言ってしまった。
「す、すみません」
「何よ、さっきからため息ばっかり吐いて…何? もしかしてルフィにフラれたの?」
ものすごく嬉しそうに尋ねられ、サンジは顔を引きつらせた。
「いえ、それは絶対にないんで安心して下さい」
「チッ、そう、安心したわ」
明らかに舌打ちが聞こえたがサンジは気にしないことにした。というか、こんなことを気にしていてはルフィと付き合うなど無理だ。
「じゃあ、何? 鈍くて可愛いルフィと付き合えて、幸せ真っ只中にいるはずのサンジ君が悩んでるようなため息吐いちゃうなんて…私に対しての嫌味?」
ひやりとするような声で問われサンジは急いで首を横に振る。
笑顔で言うところが質が悪いとサンジはこっそり思った。
「まさか! そんなわけないですよ! …もうすぐ、クリスマスじゃないですか」
「そうね」
「ルフィに何かプレゼントしたくて」
ため息を吐きながらサンジはナミを見た。
ナミは顔が引きつりそうになるのを堪えて笑顔で話す。
「……すればいいじゃない。冗談抜きでサンジ君、お金持ちなんだから何でも買ってあげられるでしょ」
何言ってんだと思いつつナミは呆れたようにサンジを見た。
金持ちということを鼻に掛けたりしないが実際サンジは金持ちだ。
「まァでも、親の金ですから…自分で稼いで何かしてやりたいんです」
「へ〜?」
ナミは少なからず感心した。
サンジの金遣いはルフィと付き合うようになってから多少マシになったと思う。
それでもサンジの金の使い方は一般人より遥かにルーズだ。
親の金の使い方を見ていれば、金銭感覚もマヒしてしまうのかもしれない。
自分のお金でプレゼントをしたいと言うサンジに心の成長が見られてナミも頬笑ましい気分になる。
「そういうことなら、私がバイトを紹介してあげる」
「お願いします!」
アルバイトをするという発想まで行かないところが金持ちを匂わせる。
庶民の苦労を知れ、ボケとまでは言わないにしろ、お金を稼ぐ大変さを少しは知って欲しいナミだった。
***
「ルフィ…どうしたの? ため息なんか吐いて…」
「んー、なんか最近サンジが構ってくれないんだ」
しょんぼりとした態度でルフィは再び、ため息を吐いた。
一人でいるのもつまらないのでルフィはナミの家に遊びに来ていた。
しかし、サンジのことが気になって元気が出ないでいるのだ。
「忙しいんじゃないかしら?」
バイトのことは黙っていて欲しいとサンジに頼まれたので話すわけにはいかない。
内緒でプレゼントを買って渡すつもりなのだろう。
もし、話してしまったら自分もバイトすると言い出しそうで言えない。
「忙しい? 何に〜?」
口を尖らせ、上目遣いで愛らしく拗ねるルフィをナミは押し倒してやろうかと本気で思う。しかし、不屈の理性で思い止まる。
この態度が計算ではなく、無自覚なのが恐ろしい。
いつの間にか、すっかり思考回路が男らしくなってしまったとナミはこっそりため息を吐く。
「……ルフィだって用事があったりするでしょう?」
ナミは立ち上がり、キッチンに向かう。
そして、テーブルに頭をつけて沈んでいるルフィの前にケーキ皿とジュースを置いた。
「う〜、まァそうだけどさ。会えないのはつまんない」
「そのうち嫌ってほど会えるわよ。ほら、ケーキでも食べて元気出しなさい」
「えっ!? ケーキ? 食べる!」
顔を上げるとケーキがあり、ルフィは顔を輝かせる。
こんなこともあろうかと用意していたケーキをルフィは美味しそうに食べた。
「ナミ、うまいぞ!」
「良かったわね」
ニコニコと笑うルフィの口の横に生クリームがついている。
ケーキよりルフィの方が美味しそうだと思ってしまう自分は女として結構、アレかもしれない。
自分の思考に自嘲しながらナミもケーキを口に運ぶ。
「クリスマスには会えるかなァ」
「会えるわよ。会えないのはルフィのために頑張ってるって思ってたらいいと思うわ」
「おれのため? うーん、よくわかんねェけど…しばらくサンジに会うのはガマンってことだな」
困ったように笑うルフィを見て、ナミはもう一つケーキをルフィの皿に乗せた。
そして、自分の皿にあるケーキを見つめ、ナミは苦笑する。
(サンジ君、頑張ってるかしらね)
***
「おーい、そろそろ休憩していいぞ〜」
「はい、ここ片付けたら休憩します」
シンクにある溜まった皿を洗いながら、サンジが思うことはルフィのことばかりだ。
大量にあった食器を洗い終え、サンジは休憩に入る。
「はァー」
イスに座ると自分が疲れていることが余計に分かる。
サンジは安堵のため息を吐いた。
ナミが紹介してくれたバイトはケーキ屋だった。
喫茶スペースもあるので平日でも中々忙しい。
しかも、クリスマスが近いせいか、クリスマスケーキの予約に来る客が多かった。
店長が言うにイブと当日はもっと忙しくなるらしい。
(今頃、何してんのかな)
しばらく、まともにルフィに会えていないので物凄く会いたい。
自分がバイトをしていることはナミが上手く誤魔化してくれるらしいが、ナミもルフィのことが好きなので多少不安になる。
しかし、ナミの人間性と理性を信頼して任せることにした。
やはり、内緒でプレゼントを渡して驚き喜ぶ顔が見たい。
働くことは意外と楽しい。
初めてのバイトだが、持ち前の器用さでミスも少なく、店長にも気に入られた。
信頼してもらえるのは嬉しいがその分、任される仕事は増える。
仕事量が増えると肉体的にも精神的にもつらい。
お陰で家に帰ったら爆睡するのでルフィに電話も出来ない日々が続いていた。
(あと少しだしな。弱音吐いてならんねェか)
全ては愛しいルフィのため。
そう思うとかなりの活力になる。
しかしながら、ナミに相談するのが遅かったせいでバイト日数は少ない。目標金額まで貯まるだろうか。
計算したところギリギリ足りない気がする。
二十三日にバイトを辞めて、イブとクリスマスはルフィと一緒に過ごすつもりだった。しかし、その日に辞めたのではプレゼントが買えない。
ここまで頑張ったのにプレゼントがないというオチは避けたかった。
そして、僅かでも親の金を遣いたくない。
サンジ自身が稼いだものでプレゼントをあげたい。
そうなると、どこで妥協するべきかサンジは唸った。
「はァ…イブも働くか」
そうすれば、プレゼントの金額を確実に貯めることができる。
ルフィと過ごせないのは、かなり嫌だ。しかし、クリスマスは一緒に過ごせるということで自分を納得させた。
そうと決まれば店長に承諾を得に行く。
猫の手も借りたいほど忙しい時期だ。
店長は二つ返事でサンジはの申し出を了承した。
***
「はァ!?」
「頼む!! この通りだ」
手を合わせ頭を下げる店長にサンジは何とも言えない顔をした。
イブのバイトが終わり、やっと帰宅できるというときに店長に引き止められたのだ。
理由はクリスマスのバイトをして欲しいとのこと。
サンジの他にいたアルバイトが急用でクリスマスに来られなくなってしまったのだ。
「いや、でも…」
「分かってる…無理も承知で頼む! このままじゃ明日、店が回らないんだよ〜」
店長は半泣きになっている。
断りたい。物凄く断りたい。
でも、店長の縋るような目を見ると無下にはできない。
この忙しい日に二人もバイトが来れなくなるとは店長も予想外だったのだろう。しかも、明日だ。
新たにバイトを探す時間もないと分かる。
そうなれば、もう頼みの綱はサンジしかいないのだ。
「……わかりました」
ため息混じりに苦渋の満ちた表情でサンジは了承する。
泣いてお礼を言う店長を尻目にサンジはルフィに心の中で謝った。
***
「ヒマー……」
自室でゴロゴロしながらルフィは昨日の電話を思い出す。
一番聞いていたい声で、一番聞きたくない言葉を言われた。
まさか会えないだなんて。
「はァ」
電話の最中に泣いてしまうのではないかと思った。
でも、あまりにも申し訳なさそうに言うものだから無理して笑って、大丈夫だと言った。
「うー…」
ルフィは勢いよく立ち上がる。
家でゴロゴロしていてもヒマだし、悲しくなるばかりだと思い町に出ることにした。
適当に上着を羽織り、外へ出る。
しかし、すぐに後悔することになった。
「………」
町の中はイルミネーションで溢れて、活気があり、とてもキレイだ。
そして、クリスマスだけにカップルが異常に多い。
仲睦まじく手を繋ぎ、歩いている恋人達を見ていると悲しくなってきた。
「……はァ」
ルフィは白いため息を吐く。
こんな日に町へ出たのは間違いだったのだろうか。
(寒いし、もう帰ろうかな)
家に居たってつまらない。
でも、町にいるよりはマシに思えた。
ルフィが家に帰るために踵を返そうとしたとき、目の前をゆっくりと歩いていた老婆が行き交う人にぶつかられ荷物を地面にばらまいてしまった。
立ち止まる人間は誰もいない中、ルフィはすぐにしゃがみ込み、落ちている数冊の本を拾う。
「バーさん、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとう」
人波を避けて、道の端でルフィは拾った本を渡した。
「はい、これ。今日は人が多いから気をつけろよ。じゃあな〜」
「坊や、待って」
「ん?」
家へ帰ろうとすると老婆に呼び止められた。
ルフィは立ち止まり、再び老婆の元へ戻る。
「なに? まだなんか落としてた?」
ルフィは念のために地面を見るが特に何かが落ちているわけではなかった。
「いいえ、優しいコだねェ。そんなコに悲しい顔は似合わないよ」
「えっ?」
「ほら、これ。お礼だよ」
一冊の絵本を手渡され、ルフィは思わず受け取る。
そして表紙に目を向けた。
「『夜の魔法』?」
「会いたい人がいるんだろう?」
「え…あ、うん」
突然そんなことを言われ、思わず顔が赤くなる。
老婆にばれないようにルフィは下を向いた。
「会いたいと強く願ってごらん?クリスマスの夜には奇跡が起こるものなんだよ。坊やに奇跡を。メリークリスマス」
「へ? バーさん…あれ? いない…」
訳が分からず、絵本を返そうと顔を上げた先に不思議な老婆は既にいなかった。
辺りを見回すが人波に紛れたのか、もうどこにいるのか分からない。
ルフィは仕方なく、もう一度絵本に目を向けた。
見たことのない絵本だ。
中を見てみたが白紙だった。
老婆の言葉が気になり捨てるに捨てられない。
とりあえず、実行してみることにした。
「会いたいと強く…願うだっけ?」
そんなの簡単だ。
だって、サンジにはもうずっと会ってない。
毎日、会いたいと思っていた。
偶然でも奇跡でも何でもいいから会えるなら、今すぐ会いたい。
「うお?」
ルフィの想いに応えるように微かに絵本が光った。
恐る恐る、絵本を開くとさっきまで白紙だったページに地図が描かれている。
「ここに行けってことかなァ」
正直、地図を見るのは苦手だ。
目的地に辿り着ける自信がない。
ルフィは地図上の印が付いてある場所を撫ぞった。
ここにサンジがいるのだろうか。
「うー、行ってみるか!」
百聞は一見にしかず。
気合いを入れて一歩を踏み出した。
***
「……疲れた」
最初の一歩からどれだけ時間が経っただろう。
夕闇に染まる頃に家を出て、辺りが暗くなって随分経った。
人通りもかなり少なくなっている。
もしかして、そろそろ今日が終わるのではないだろうか。
不安になるが時計がない。
でも、目的地に近づいている気はする。
知らない場所だ。
今更、後戻りは出来ない。
むしろ、サンジがいなかった場合を考えた方がいいかもしれない。
「違う違う。おれはサンジに会うんだ!」
本当にこの地図の先にいるのかは分からなかった。
しかし、絶対いるんだという確信もある。
期待と不安が半々になったような感覚のままルフィは先に進んだ。
***
「う〜、寒い…ケーキ屋さん?」
また、しばらく歩いたあとルフィは呟いた。
空からは少し前から雪が降り出している。
せっかくのホワイトクリスマスだが今のルフィには寒いだけだった。
ルフィは地図と実物を見比べながらルフィは店の看板を見る。
地図の場所はここだった。
「あ、サンジ…」
店はもう閉まった後なのかギャルソンの格好をした数人が店内を片付けている。
その中に見知った金の髪を見つけルフィは安堵のため息を吐いた。
「もしかして…バイトしてんのかな」
『会えないのはルフィのために頑張ってるって思ってたらいいと思うわ』
以前、言っていたナミの言葉をふと思い出す。
理由は分からないが胸が苦しくなった。
いつの間にか店内の明かりは消えていた。
ルフィはどうしていいか分からずに立ち尽くす。
(なんだろ…会っていいのかな。なんて言えばいいのかな)
会いたいのに会いたくない。
不思議な感情にルフィはギュッと本を握り締めた。
会いたくないわけない。
内緒で頑張っているのを知ってしまったから会って嫌な顔をされるのが怖いのだ。
いっそのこと隠れてしまおうかと思っていると絵本が輝いた。
「ふえ?」
驚いて手元を見ると淡く輝き、そして光が消えると同時に絵本も消えてしまった。
「…ルフィ?」
「サン…ジ」
驚いているときにサンジが店の裏口から出てきたようだ。
いつもなら周りなど気にせず帰っている。
サンジは淡く不思議な光が見えた気がして立ち止まったのだ。
すると、そこには会いたくて仕方ないルフィがいた。
「…何やってんだよ」
もっともな問い掛けにサンジは苦笑しながらルフィに近寄る。
「…お前にさ、プレゼント渡したくて。自分の力で稼いで渡したかったんだけど間に合わなかったな。悪ィ、何も用意出来なかった」
サンジは自分のマフラーを外し、寒そうなルフィの首に巻く。
「バカ!」
サンジを睨むルフィの目からは涙が零れていた。
「ひ、一人にして悪かった! もうこれからは無理しねェからバイトも程よくする…プレゼントなくてっ」
謝る前にルフィが抱きつく。
驚きつつも、サンジは抱きとめる。
「プレゼントもらった」
「は? 誰から?」
「サンジから。今までで一番最高のプレゼントだ。ありがとう、サンジ」
背伸びをし、照れ隠しのように素早くサンジに軽く口づけた。
ルフィからの突然の口づけにサンジは鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
「…メリークリスマス、サンジ」
「ああ。メリークリスマス、ルフィ」
恥ずかしそうに笑うルフィにサンジも軽く口づけた。
*END?*
オマケ
「うー、寒い〜」
「お前、薄着すぎだろ」
ルフィの頭の雪を払いながらサンジは心配そうに抱き寄せる。
「いや、すぐ帰るつもりだったんだけどいろいろあって」
「そうなのか? しかし、よくここが分かったな」
ここ近辺へは来たことがないはずだとサンジは思い、ルフィを見た。
「バーさん? もしかしてサンタさん? …いや、いろいろあって」
結局あのおばあさんは何だったんだろう。
不思議なおばあさんに貰った絵本に描かれた地図を見て来て、絵本は光って消えました。
我ながらよく分からない展開だっただけに説明できない。
「ま、あとで聞く。それよりさ」
難しそうな表情のルフィにサンジは笑った。
「ん?」
「寒いよな?」
「うん」
「さっきみたいに軽いキスじゃなくて体が熱くなるようなもっと濃厚なキスはしてくれないのか?」
「………っ!」
「ぐっ…」
サンジのセリフを理解した瞬間、ニヤニヤ笑うサンジの腹を殴る。
「調子に乗んな! か、軽いのだって精一杯だったんだからな! バカ!」
うずくまるサンジをほっといてルフィは恥ずかしさと怒りでズカズカと歩き出した。
しかし、すぐに戻って来る。
「ここどこ? 早く帰ろ〜」
「あー、もう、可愛いなァ!」
不安そうに服の袖を掴まれ、サンジは殴られたことも忘れてルフィを抱きしめた。
「サンジ?」
「よし、早く帰ろう。おれの家の方がここから近いから今日は泊まれよ」
「う、うん」
サンジの勢いになんだかビビりながらルフィは頷く。
「店長からケーキ貰ったから一緒に食おうな」
「うん! おれ、腹へった」
そういえば何も食べていなかったとルフィの腹は途端に鳴り出した。
「冷蔵庫の中になんかあるだろうから好きなモンを存分に食え」
「いいのか?」
「いいぜ〜。おれも好きなモンを存分に食うから」
ニッコリと笑うサンジの言い方に引っ掛かるものを感じたがルフィは空腹のために上手く思考が回っていなかった。
「そっか〜。じゃあサンジの家に行こ」
「ああ。その前に、ほら、これ着ろ」
「え? サンジ、寒いだろ?いいよ」
「おれは平気なんだよ」
サンジはコートを脱いでルフィに着させた。
サイズが合わず、ぶかぶかだ。
それがまた可愛い。
「えへへ、ありがとう。あったけェぞ」
「どういたしまして。じゃあ帰りますか」
「うん!」
雪の降る寒い帰り道だがルフィの心は温かかった。
自分のためにサンジが頑張ってくれたという事実がルフィを嬉しくさせる。
普段は町で手なんか繋がないが今日はクリスマスだ。少し恥ずかしいがルフィはサンジの手を掴んだ。
するとサンジは強く握り返してくれる。
二人、仲良く手を繋いで帰るのだった。
*END*