月明かりが優しく照らす、真夜中。
サンジはゾロと見張りを交代し、マストを降りると眠そうなルフィに出会った。
「お、ルフィじゃねェか」
「むー…?」
「ちゃんと目、覚めてんのか?」
「はい…大丈夫です…」
目を擦りながらルフィは大丈夫じゃなさそうに応えた。
その頭にはいつも被っている麦わら帽子はない。ハンモックにでも置いているのだろう。
「大丈夫には見えねェけどなァ」
「お腹すいた…」
言葉と同時にキュルキュルとお腹が鳴る。
どうやら、お腹が空いて真夜中に起きてしまったらしい。
子供のようなルフィにサンジは笑ってしまった。
「しょうがねェな。なんか作ってやるよ」
「ほんと? ありがとーサンジ」
お礼を言いながら、サンジがいる方向とは別の方向へペコリと頭を下げる。
「そっちじゃない。こっちだ」
「お?」
「寝呆け過ぎだろ…食いながら寝るなよ?」
「おー…」
ルフィは睡眠欲と食欲が半々ぐらいなのか夢うつつという感じだ。
フラフラとしているので見ていて危ない気がする。
「はァ、キッチンまで連れてってやるか」
「やー…くすぐったい」
手を引くだけでは転けてしまいそうなので、サンジはなんとなく腰を掴かむ。ルフィはくすぐったそうに身を捩った。
「細いな…こんなんでよくアーロンを倒せたよな」
「おれは強いからな〜」
「わかってるよ。ケガはもう平気なのか?」
「おう! サンジだってボロボロになってたけど大丈夫なのか?」
やっと目が覚めたのかルフィは眠そうな雰囲気がなくなった。
「とっくに治ってる。魚から受けた傷なんてすぐ治るっつーの」
「そっか! よかったな」
ニカッと笑うルフィにサンジも笑う。
「サンジサンジ、腰くすぐったい」
「あ、あァ」
いつの間にか引き寄せていたルフィをサンジは多少動揺しながらルフィを放す。
「夜食〜コックがいるといいなァ」
「……毎日は作らないからな」
「えーっ、ケチ」
口を尖らせ、ルフィは拗ねた。
「食糧管理もおれの仕事なんだよ」
「わかってるけどお腹空くんだよ」
「釣りでもしろよ。釣ったもんは調理してやる」
ラウンジに入るとイスに座って、ルフィは嬉しそうに笑った。
「じゃあウソップに釣り道具作ってもらおっと」
「そうしろ。そういや、おれが来る前は誰が飯、作ってたんだ?」
冷蔵庫の中から余り物を出しながらサンジは気になったことを尋ねてみた。
「ナミがしてたよ〜。ウソップもたまにしてたかな」
「お前には無理そうだもんなァ」
バラティエでのルフィの雑用を思い出し、サンジは笑う。
「失礼だな〜。まァできないけどさ」
「予想通りだから気にするなって」
「はーい」
ルフィは拗ねつつ、テーブルにアゴを乗せた。
サンジはチャーハンでいいかと、適当に具材を切り、フライパンで手早く調理する。
「いい匂いだな〜余計に腹へりだ〜」
「もうすぐ出来るからおとなしく待てよ」
「うん。あはは、そういや、ナミも夜食作ってくれたんだ」
そのセリフにサンジはなんとなくムッとした。
「へェ? ナミさんはやっぱり素敵だな」
「うん、嫌そうな顔するけど結局作ってくれるんだよな〜」
にこにこと嬉しそうに笑うルフィを見て、やはりどこかムッとしてしまう。
普通に考えればナミと仲の良いルフィに対しての妬みなのだがどこか違う気がした。
「どこが?」
「は? 何が?」
「いや、なんでもねェ」
声に出ていた疑問をルフィに尋ねられ、サンジは苦笑しながら出来上がった料理をテーブルに置く。そして、ルフィの正面に座った。
「うまそー! 作るの早いなァ」
「こんな料理に時間かけねェよ」
「でも、すごい! いただきまーす!」
尊敬の眼差しで見つめられて、サンジも悪い気はしない。
おいしそうに食べるルフィを見ながら、テーブルに肘をついて先程のことを考えてみる。
(ルフィに嫉妬してたってことにしとこうぜ、自分)
そうでなければ、おかしなことになってしまう。
ナミに嫉妬したんであれば自動的にルフィが好きということになる。
「いやいや、まさか」
否定しつつ、じっくりとルフィを見てみる。食べているのでルフィは気づかない。
可愛くないこともない。
むしろ、可愛い。
「だから、落ち着けって」
自分の望むように感情がついてきてくれず、サンジは多少なりとも焦った。
「ごちそうさま! シンクに置いとくだけでいいか?……サンジ?」
「あ、あァ」
ぼんやりしていたので驚いてしまう。
不思議そうに首をかしげてからルフィは食器をシンクの中に入れる。
そんなルフィを見て、サンジは口を開く。
「夜食ってナミさん以外も作ってくれてたのか?」
「んー? うん、ウソップが作ってくれてた」
振り返り、ニカッと笑うルフィに今度は完全にカチンときた。
「うわっ…普通に腹立つなァ」
「ふえ?」
「いやいや、こっちの話だ」
要するにウソップに腹が立つということで決定になった。
「でも、男だしなァ」
「さっきから何言ってんだ〜?」
「……試してみるか」
首をかしげるルフィを手招きしてサンジは呼ぶ。
ルフィは不思議そうに、サンジへ近づいた。
「どうかしたか?」
「ま、いいから座れよ」
「うん」
「違う違う」
「うん?」
サンジの横に座ろうとすると止められた。
「ここに座れ」
「え? なんで?」
ここ、と指差されたのはサンジの足の間だ。
ルフィは訳が分からず、困惑気味にサンジを見る。
「おれもいろいろ試したいんだよ。自分がどの程度なのか」
「どの程度? サンジは不思議だなァ」
ルフィは困りながらも夜食の恩があるので、とりあえずおとなしくサンジの足の間に座った。
「お前に欲情すんのかと疑問に思っただけだよ」
「はァ!?」
さらりと発言された言葉に驚き、ルフィは飛び退こうとしたが後ろから抱きしめられ身動きが取れなくなる。
「まァ落ち着けよ。おれは無類の女好きだぜ?」
「あ、そうか」
冷静になったルフィはホッと安堵のため息を吐いて、再びおとなしくなった。
サンジは相変わらず後ろからルフィを抱きしめたままだ。
「へェ?」
「なんかわかった?」
「ま、いろいろとな」
うなじの辺りで喋られて、くすぐったいのかルフィは身を捩る。
「じゃあもう退けてもいい?」
「ああ、いいぜ」
「う…わっ」
イスから立ち上がった途端に視界に天井が映る。
突然の出来事にテーブルに押し倒されたようだと気づくのに少し時間がかかった。
「え? …なに? サンジ?」
「どうした?」
「ど、どうしたじゃなくて…」
サンジに肩口を押さえられていて起き上がれず、ルフィは動揺する。
「やっぱりなァ」
「なに?」
じっと見つめられ、ルフィは居心地悪そうにサンジを見返した。
「おれ、お前に欲情できるわ」
「よ……?!」
意味を理解した途端に逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
実行しようと暴れるが上から押さえられていると重力のせいか上手く逃げられない。
「落ち着けよ…そんな怯えた目をされたらさ、いろいろしたくなる」
「なるな! バカ!」
「それにこんな場所でエロいことするわけねェだろ。誰か来たら困るし、食事中にいろいろ思い出して大変になる」
サンジは自分の言葉に思いついたようにニヤリと笑った。
「でも、それもいいかもな。テーブル見るたびにお前赤面しそう」
「!!」
ルフィは衝撃のあまりに発言できない。
ニヤニヤとしたサンジのいやらしい笑い方にルフィは徐々に頬が熱くなる。
「あれ? 顔が赤いみたいだけど? 手を出されるの期待してるとか?」
「違う! バカ! 変態!」
「……言ってくれるじゃねェか」
「っ!」
言葉と同時に首筋を舐められルフィは叫びそうになるがなんとか堪えた。
「や、やめろって…」
「イヤだ」
「いっ……?」
鎖骨の辺りを噛み付くように吸われ、ルフィはぎゅっと目を瞑る。
しばらくして、そっと目を開けるとサンジと目が合った。
「好きだ、ルフィ。おれにしとけよ」
「……なんか…ずるい」
そんな真面目な、見たこともないくらい真剣な表情をするなんて。
そんな顔をされたら逃げられないと思ってしまう。
「ずるい。女好きのくせに…」
「そう言うなよ。自覚したのはさっきだけど好きになったのはもっと前だ」
「ウソだ〜」
なんだかからかわれたような気がして、ルフィは半泣き状態だ。
「ウソじゃない。男相手にどうこうしようと思ったのは初めてだけど…勘違いじゃなく、お前が好きだ」
「うー」
「ま、考える時間ぐらいやるって」
テーブルから下り、サンジはルフィが起き上がるのに手を貸す。
ルフィにとっては何もかもが突然過ぎて思考の許容範囲を越えていた。
考えようにも何から考えればいいのか、わからず唸る。
「むー、ありがと。…もう変なことしない?」
一応、礼を言ってからサンジとの間に距離を置いた。
「今日は、な。あれ以上すると止まらなくなりそうだし」
「止まれよ…というか、もうしちゃダメだ」
「はは、面白い冗談だな」
「どこが! じゃなくて、冗談じゃないの!」
ルフィは真剣だがサンジは全く聞いてくれない。
拗ねるルフィにサンジは笑う。
「ま、これが消える前までに返事しろよ。それ以上は待たねェから」
鎖骨をトンッと人差し指で軽く突かれ、ルフィはきょとんとした。
何かあるのか見ようにも自分では見えない。
「どれ? なんかあるのか?」
「あとで鏡見てみろって」
ニヤッとサンジに笑われて、ルフィは渋々とうなずく。そして不安そうにサンジを見上げて問いかけた。
「なァ、待たないって具体的にどうするの?」
出来ることならこんな難しい問題は考えたくない。
「お前を見るし、口説くし、手を出す。自分に正直に行動するぐらいだな」
「ぐらいって……今までと全然違うじゃねェか」
サンジとは仲間になって日も浅い。でも、ナミが好きなんだと思っていた。というか女全般が。
ルフィにしてみれば自分がサンジの恋愛対象になっていることも疑問だ。
自分に特別優しかったとは思わない。
お互い仲間として普通に接していたはずだ。
でも、サンジはルフィを好きだという。
「うー…サンジがわからない」
「ははは、わかるまで一緒にいればいいじゃねェか」
「わかる日は一生、来ない気がするぞ?」
「ああ、だからわかるまで一緒にいればいい」
「ん?」
さっきと同じことを言われて、ルフィは首をかしげる。
「一生おれと一緒にいればいいってことだ」
「は、恥ずかしいことを言うなよ」
真っ赤になったルフィの頭をサンジは満足そうに撫でた。
「印が消えたらいろいろと行動に移すからそのつもりでいろよ。消えるまでは今まで通りしてやるからな」
「……はーい」
「いい返事だな。今日のところは先に寝るか。おやすみ、ルフィ」
「おやすみ〜」
にっこりと笑ってサンジはラウンジを出て行く。
ルフィはそれを見送ってからイスに座り、テーブルに突っ伏した。
「なんでこうなったんだっけ…」
もう考える余力が残っていない。でも考えないといけないことだ、逃げずに真剣に。
「…サンジのバカ」
サンジのことがわからない。なんで押し倒されたのか、首を舐められたのか。
しかし、それを恥ずかしいだけで嫌だと思わなかった自分が一番わからない。
「あー…うー…そういや、印ってなんだ? 鏡…眠い…」
普段使わない頭を使っているだけに急激に眠くなる。
「明日で…いっか…」
起き上がることもなくルフィはそのまま寝入ってしまった。
誰もいないはずの部屋に静かな足音が響く。
先に寝たと思われたサンジだ。
すっかり眠ってしまったルフィを起こさないように抱き上げる。
「世話のかかる船長だな」
どこか楽しそうに笑いながら全く起きない腕の中のルフィを見つめた。
その鎖骨には自分がつけたキスマークがある。
まるでルフィが自分の所有物であるような感覚にサンジはゾクゾクした。
「早くおれのもんにならねェかな」
そうすればキスマークなんていくらでもつけられる。
宣言通り、今は手を出さない。据え膳状態で手を出したいけど我慢する。
「……ナミさんに脅されそうだな」
ルフィは虫刺されだと思いそうだが、ナミはそう思わないだろう。
アーロンの一件でルフィへの好感度が上がっているはずだ。
宣戦布告の意味を込めて、わざわざ見える場所につけた。
ナミの報復は怖いが引くつもりもない。懐いていて腹が立つがゾロとウソップは眼中にない。
「かわいいなァ」
すやすや眠るルフィの寝顔を見て癒される。
ウソップが寝ている男部屋に連れて行き、ルフィをハンモックに乗せて布団をかけた。
そっとルフィの髪を撫でてからサンジもハンモックに寝転がる。
意識したら気持ちを押さえられないもんだなとサンジは笑う。
明日が楽しみなサンジだった。
*END*