「ルフィ先輩」

聞き覚えのない声だったが自分の名前を呼ばれたので振り返った。
にこにこというよりはニヤニヤと笑っている男がこっちを見ている。
身長は自分よりも高いが『先輩』と呼んだからには1年生なのだろう。

「どちら様? おれ、お前のこと知らねェけど」
「初対面だから当然だ」
「はァ? よくわかんねェけど友達待たせてるから、じゃあな」

歩きだそうとすると右腕を掴まれた。ルフィは仕方なく立ち止まる。

「もー、なんだよ」
「本当に友達? 彼氏じゃなくて?」
「?」

何を聞かれたか理解できず、首を傾げた。

「おれと付き合いません?」
「………………付き合いません」

脳内に言葉の意味が浸透したところでルフィは笑顔で拒絶する。
サンジとの噂を聞いた後輩がからかっているのだ。
共学なのに何が楽しくて男と付き合いたいと思うのだろう。
すなわち後輩の発言は冗談だ。そうでなければ罰ゲームか何かだろう。

「なんで? そんなにサンジ先輩がイイの?」

何か特有の意味を含ませた言い方にルフィの頬が引き攣った。

「お前、とりあえず名乗れ」
「トラファルガー・ロー」
「トラファルガーくんは」
「ローでいい」

訂正されたのでそちらで呼ぶことにする。

「ローくんは女のコが苦手なのかな?」
「別に」
「それなら彼女を作りなさい。モテるんだろ?」
「まァな」
「否定しろ! 謙虚を知らん後輩だなァ」

当然だというように頷いたローにルフィは呆れた。

「事実だしな。結果、女には飽きたから男はどうかと思って」
「アハハ! 好奇心旺盛だな! 何事も若気の至りで済む範囲にしとけよ? おれはお断りだから、他を当たってくれ。じゃあな!」

再び腕を引っ張られ、引き止められる。

「しつこいぞ、ロー」
「男なら誰でもいいわけじゃない。この高校の中に試したい奴が他にいない。試すなら、あんたがいい」
「え〜? そんなこと大抜擢しないでくれます? おれがイヤなの。大体、サンジとは友達だから…うお!?」

突然、左腕を強い力で引っ張られ、ルフィは驚きの声を上げる。
左腕を視線で辿ると怖い表情でローを睨むサンジがいた。
遅いので迎えに来たのだろう。

「おれのルフィに何してんだ?」
「ちっげーよ! 誰がお前のだ!」
「いっ」

誤解を招く発言に、とりあえずサンジのアゴに頭突きを食らわす。
サンジは痛さで涙目になりつつ、アゴをさすりながらルフィに確認を取った。

「…『おれのになるかもしれないルフィ』っていうのは? ダメ?」
「あ〜、うーん…うー、…えー? んー…ギリ許容範囲かなァ」
「よかったァ」

許可が取れてサンジはホッと胸を撫で下ろしてから、ローを睨む。

「ということで、おれのになるかもしれないルフィに何してんだ?」
「……面白い先輩方だなァ。口説いてました」
「ふざけんなよ」

サンジの聞いたこともない不機嫌な低い声にルフィの背筋はぞわりとした。
もしかして、サンジを怒らせるとものすごく怖いのではないだろうか。
しかし、露骨にビビるのも男が廃るというものだ。
というか、両腕を各々に掴まれて非常に身動きが上手くできない。

「おい、いつまで掴んでんだ。いい加減、放せ。おれは腹減ったから帰る」
「先輩、まだ話は終わってないですって」
「そいつが放したら放す」
「サンジ先輩はただの『友達』なんだろ?」
「お前は友達ですらないだろうが」

不毛な言い合いが自分を挟んで始まった。
段々とルフィの中へ苛立ちが募る。

「あー、もー! うるせー!!」

素早く両腕を振り払い、その勢いのまま二人の鳩尾近くへと片方ずつ拳を沈めた。

「「うぐっ」」

二人は仲良く同時に呻いて片膝をつく。

「ギャーギャー言ってると誰かに見つかるだろうが! また噂が増えたらどうすんだよ!? おれは平穏な高校生活を送りてェんだよ!」
「……ルフィ、男なら波瀾万丈だろ」
「うるせー! こんな波瀾万丈なんか誰も望んでねェよ!!」
「…だ、だからって人体急所付近を狙わなくても…過激な先輩だなァ」
「ちゃんと急所は外したもん」

まさかエースの変質者対策が役に立つ日が来るなんて夢にも思わなかった。
変質者(仮)が同級生と後輩とは何とも形容しがたい感覚に陥る。
ルフィは複雑な気持ちで二人を見た。

「とにかく、おれはローとは付き合う気はないから。そういう好奇心は忘れて、ちゃんと好きなヤツ作れよ。遊び感覚は良くないぞ」

ローは立ち上がり、ルフィを見た。

「ちゃんと好きなら問題ないの?」
「は?」
「おれ、あんたのこと好きになれそうな気がする」
「気のせいだ…もしくは気の迷い! 先輩をからかう暇があるなら勉強でもしてろ! 帰るぞ、サンジ」

ローを睨むようにして立ち上がっていたサンジの腕を掴み、ルフィは足早に下駄箱へと向かう。

「ルフィ先輩!」
「ん?」
「また明日」
「あ〜、明日? あー、偶然会ったらな! じゃあな!」

出来れば避けて通りたいルフィは返事を濁しつつ、こちらを見ているローに手を振った。

「……」
「な、なんだよ」

無言のサンジに少し怯えつつ、ルフィはサンジの腕を放す。

「ルフィのこと、閉じ込めたい」
「はい?」
「あんなわけのわからない奴にルフィを触られたくない、見られたくない」

頭は殴っていないはずだ。それなのに何とも不可思議な発言をするサンジにルフィはポカンとした。

「あんな奴におれのルフィを取られたら…死にたくなる」
「アホー! 取られる前提か! つか、おれはお前のじゃねェって何度も言わせんな! あと、死にたくなるとか簡単に言うな! バカ!」

大声で一気に言ったせいか酸素を求めて大きく呼吸を繰り返す。

「おれのこと、恋愛感情で好きになれないか?」
「うっ…それは…」

好きになれないと言おうとして口が勝手に固まった。
そんなことを言うともう二度とサンジと一緒にいられなくなるかもしれない。
大きな喪失感に心が冷えた。

「おれと一緒にいるの嫌?」
「い、イヤなら一緒にいねェよ……ばか」
「…ルフィ。それなら離れない。本当は嫌がっても離れる気なんてないけど」
「お、おれの意志は関係ないのかよ」

文句を言いつつも、心の中は安心している。
嫌がってもサンジが離れないということに、これほど安堵するのは変ではないだろうか。
不思議な感覚にルフィは内心で動揺するのだった。





























*END*