「あれ? サンジは?」
食堂に顔を出すがサンジの姿が見当たらない。
「サンジ君なら食料の買い出しに行ったわよ」
食堂で新聞を読んでいたナミは顔を上げてルフィを見る。
「え〜おれも一緒に行きたかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから気を遣ったんじゃない? サンジ君に用事でもあるの?」
「別に用事はねェけど一緒にいたいじゃんか」
ルフィはニコニコと笑ってサンジが泣いて喜びそうなことを言った。
ナミは顔を引きつらせながらも笑顔で応えた。
「……あっそ。まだ食材選んでるんじゃない? 探しに行ったら?」
「おう! ありがとうな、ナミ」
バタバタと走っり去った船長の背中を見て、ナミはため息を吐く。
「サンジ君をブッ飛ばしたい気分だわ。うらやましいなァ」
もう一度、ため息を吐いてからナミは再び新聞を読み始めた。
***
「食材売り場はどこかなァ?」
船を降りてからブラブラとサンジを探して町の中を歩き回る。
「ぶっ……」
「おっと……大丈夫?」
ルフィは辺りを見渡していたせいで人にぶつかってしまった。
「悪ィ、そっちこそ大丈夫……か?」
「う〜ん……ダメかもしれないね」
二人の視線は地面で箱から出てグシャグシャになっているケーキへと注がれた。
「えー! ご、ごめん!」
「いやいや、あはは、でも、どうしようかな」
「さ、サンジに作ってもらう! 待っててくれ……ぐえっ」
ルフィは慌てて走りだそうとするが首根っこを掴まれた。
「ちょっと待って、ルフィ君」
「でも! へ? あれ? なんで、おれの名前?」
「これ見たから知ってるんだよ」
そう言って青年はチラシをルフィの前に出した。
「あ〜手配書! なんでそんなの持ってんの?」
「ケーキ屋でもらったんだ」
「ケーキ屋で? 変なケーキ屋だな。あれ? お前……」
ルフィは、じっと青年を見上げた。
「何かな?」
「ナミを男にしたような奴だな」
ナミにそっくりというわけではないが雰囲気がどこか似ている。
「……誰?」
「仲間の一人だ。髪の色が一緒だからかな」
「それは光栄だね。まァ立ち話もなんだし、お茶でもどうかな?」
「うん! ……あれ? ま、いっか」
どうして、お茶を飲むことになったのかよくわからないがルフィはとりあえず青年について行った。
***
「じゃあルフィ君達は昨日からこの港町にいるんだね」
「おう! 買い出しと休息が目的だってさ」
モグモグとケーキを食べながらルフィは青年を見た。
「もう少しのんびりするんだね」
「たぶんな〜」
「この町には海軍もいないし安心してのんびりするといいよ」
青年はニコニコと笑いながらルフィを見ている。
「なんでいないんだ?」
「頼りになる自警団がいるからね」
「じけいだん?」
ルフィは首をかしげた。
「昔、この辺りを警護していた海軍がダメ海軍でね。町のみんなで追い出して自分達で町を守ることにしたんだよ」
そのせいで海軍に信用がない代わり、海賊に寛容なのだろう。
「へェ〜、苦労してんだな。あんた…名前、聞いてなかった」
「僕はセト。一応、芸術家だよ」
「芸術家か〜。ケーキ…悪かったな」
ルフィはケーキのことを思い出し、しょんぼりした。
「作品が売れた祝いで自分のために買ったモノだったからね。そこまで気にしなくていいよ」
「そうか? でも、なんか悪ィな〜ここも奢ってくれるみたいだし……」
手ぶらで船を出てきたルフィは無一文だった。
店に入る前に気づいたのだがセトが奢ると言ってくれたのだ。
「そう? じゃあ……」
セトはニッコリと笑ってルフィの手を取った。
「身体で払ってくれたらいいよ」
「……へ?」
***
「あれ? ナミさん、ルフィは?」
買い出しから帰って来たサンジは辺りを見渡す。
ナミは呆れ顔でため息を吐く。
「……二人してお互いのことを私に聞かないでよ。会わなかった?サンジ君を探しに行ったんだけど」
「えっ!?」
すれ違ったことがショックだったのかサンジは固まった。
「…驚き過ぎ。もう暗くなるし帰って来るわよ」
「……そうですよね。うまい飯でも作って待ってます」
「はいはい」
サンジは気合いを入れて料理を始めた。
「ただいま〜サンジ、腹減った!」
「お帰り、ルフィ。もうちょっと待ってろ」
「こら、座る前に手を洗いなさい」
「はーい。あれ? 他のみんなは?」
ナミに注意され、ルフィはサンジの横で手を洗った。
「チョッパーとウソップはいるわよ。あとは宿に泊まるんじゃないかしらね?自由行動だし」
「そっか〜」
「飯まだか〜」
噂をするとチョッパーとウソップが現れ、いつもの席につく。
「あ、サンジ。ケーキ作ってくれねェかな?」
「ケーキ? 別にいいけど…急だな」
「あげるんだ〜」
サンジは思わず料理をする手を止めた。
「……………誰に?」
「えっ? セト」
「……誰?」
サンジの声が明らかに低くなり、ウソップはこの場を出て行くかどうか悩み始めた。
「芸術家だってさ。ナミを男にしたような奴だ。サンジを探してるとき、そいつにぶつかったんだ〜そのとき持ってたケーキをダメにしちゃったから」
「あ〜それでか。驚かすなよ」
ルフィはサンジに頭を撫でられた。
「ん? うん。よくわかんねェけど、ごめん」
「席着いてろ。料理、持っていくから」
「おう!」
ルフィは笑顔で席に着いた。
サンジは料理をテーブルに並べていく。
早速、料理を食べながらルフィは呟いた。
「疲れたから腹減った」
「そういえば遅かったわよね。何かしてたの?」
「お茶飲んだり働いたりしてた」
「お茶? 働く? あんた、お金持ってたっけ?」
「ん? いろいろあって身体で払ってきた」
ガシャーン
ルフィの発言でショックのあまりサンジは派手な音を立てて、その場に倒れた。
持っていた鍋が転がる。
「ギャー! サンジがショックで倒れたー!! 医者ー! おれだー!?」
「しっかりしろー!! 傷は浅いぞー!!」
チョッパーとウソップがサンジに駆け寄る。
「な、なんだ?」
「あんたが何なのよ!」
「へ? 彫刻用の木を倒したりしただけだぞ? 芸術家も大変だな〜」
のほほんとしたままのルフィは食事を続ける。
ナミはテーブルに突っ伏した。
「あァ、身体でって肉体労働のことね……ややこしい言い方するな!」
「らんれらよ! う〜、はにゃせ!」
ナミに、ぎゅーっと頬を引っ張られルフィは暴れた。
「サンジー! しっかりしろ! 聞こえただろ? ルフィは無事だぞ!」
ウソップは気を失いそうなほどショックを受けているサンジに現状を伝えた。
「精神的ダメージがひどいぞ」
「チョッパー…誰が見ても分かる」
倒れたサンジの横にウソップとチョッパーは座り込み、賑やかにしている。
しばらくして復活したサンジは驚くほど静かに食事をし始めた。
「ナミ……サンジが恐いんだけど」
「あんたのせいでしょ。沈黙が痛いわよ」
「おれェ? ……えー、どうしよう」
心底、困った顔でルフィはナミを見る。
「私達は出て行くから話し合いなさい。まったく、私みたいな男も余計なことしてくれるわね」
ナミはさっさと食べ終え、ぶつぶつと文句を言いながらウソップとチョッパーを掴んで部屋を出て行った。
嫌な沈黙が辺りを包む。
サンジは上着を脱ぎ、腕まくりをした。
「えっと…怒ってる?」
「……別に。皿、持って来い」
「お、おう」
食器を洗い始めたサンジに声を掛けられずルフィは黙々と食器を渡すしかできなかった。
すべての食器を洗い終わったあと、サンジはびくびくしているルフィの頭を撫でた。
「ふえ?」
「怒ってねェって言ってるだろ?」
呆れたように笑うサンジにルフィは安心したように笑顔になった。
「えへへ、よかった」
「明日、その男に会いに行くのか?」
無理して笑っているのかサンジの顔は引きつっている。
「うん、サンジのケーキを自慢したかったんだ〜。だってすげェうまいからさ」
「嬉しいさ…嬉しいんだがなァ」
ぎゅーっと抱きしめられてルフィは息苦しそうにモゾモゾと動く。
「ぷはっ、どした?」
「なーんかその男、下心がある気がするんだよなァ」
「したごころ? 心の下? どこ?」
ルフィはきょとんとしてサンジの腕の中で首をかしげる。
「はァ……だから心配なんだよ」
「?」
「まァいい。ケーキは作ってやる。だが、渡したらすぐに帰って来いよ? そう約束しねェと作らねェからな」
大人気ないことをサンジは仏頂面で言った。
「ん? うん、分かった」
よく分かっていなさそうにルフィは頷いた。
「よし! うまいケーキを作ってやる。もちろん、お前の分もな」
「やったァ! サンジ、大好き」
ルフィはサンジに、ぎゅーっと抱きつき返した。
「かわいい奴〜」
ルフィはアゴを掴まれ、上を向かされる。
そして、軽く口づけをされた。
「ぅ…チューされたァ」
赤い顔で再びサンジに抱きつく。
「照れるなって。さて、どうするかなァ」
「ふわ〜おれ、眠い」
ニヤニヤするサンジに気づかずにルフィはアクビをしながら目を擦った。
「…………あァ、そう。じゃあもう風呂入って寝ろ」
「うん、おやすみ〜」
当てが外れたサンジはガックリと肩を落とした。
***
「はい、これ」
「ケーキ? おいしそうだね。ありがとう」
「サンジが作ったんだから当たり前だ」
町外れにあるセトの家へルフィは昼食を食べてから訪れた。
「ルフィ君、せっかくだからお茶にして行くかい? 昨日のお礼もしたいし」
「あ〜ダメなんだ。すぐ帰る約束したからさ。なんか今日出発するらしいし、じゃあな」
ニカッと笑って立ち去ろうとするルフィの腕をセトは掴んだ。
「……今日、町を出るんだ?」
「おう、もう用事は終わったみたいだからな」
セトはチラリと視線をルフィの後ろに向けた。
「そっか……う〜ん、もうちょっと段階を踏んでからの方が理想的なんだけど時間がないね」
「ん? …っ! す、ストップ!」
急にキスをされそうになり、ルフィは慌てて相手の口を両手で押さえる。
「残念。意外と勘がいいね」
「な、何する気だよ! おれに、そういうことしていいのはサンジだけだ」
「そういうことだ」
「うわっビックリした〜サンジ」
ルフィを庇うように背中に隠し、サンジは額に青筋を浮かべて笑う。
「あはは、恐いな〜未遂なんだからそんなに怒らないでよ」
「黙れアホ! しようとしたことが問題だ!」
烈火のごとく怒るサンジをさらりとかわしてセトは背中に隠れたルフィを見る。
「ルフィ君の恋人は嫉妬深いね」
「こ、恋人」
「てめェ……おれの存在に気づいてて、わざとやりやがったな」
恋人という発言にルフィは顔を赤くする。
「バレた? ルフィ君の恋人がどんな人か見てみたかったんだよ。感想は普通かな」
「……そりゃどうも」
ニコニコと笑ってセトはサンジを見た。
「ルフィ君、さっきのは冗談だからね」
「へ? 冗談?」
ルフィはセトの言葉にサンジの後ろから顔を出した。
「んなわけあるかっ!」
「嫌だな〜疑り深い。その分、ルフィ君は素直でかわいいね」
「……お前、やっぱり」
サンジは探るような目でセトを見る。しかし、ニコニコと笑みを絶やさないので真意が今一つ読み取れない。
「ルフィ君は海賊王になりたいんだよね? だったら恋人の二人や三人いてもいいと思うけどな」
「……海賊王にはなるけど恋人はサンジだけがいい」
ルフィはサンジの服をぎゅっと掴んでセトをじっと見た。
「そう? 残念だな」
「そういうことだ」
サンジは勝ち誇ったように笑った。
そんなサンジを気にもせずセトはルフィを見て優しく笑う。
「気が変わったら、いつでも言ってね」
「………チッ、話にならん。帰るぞ」
「う、うん」
サンジはルフィの手を取り、引っ張った。
「それじゃあ、またね」
セトは、にこやかに手を振り、二人を見送った。
***
「腹立つ野郎だったな」
ある程度、セトの家から離れた場所でサンジは口を開いた。
「サンジ、おれがいる場所よく分かったな」
「……なんとなく」
「そっか〜」
まさか気になって後をつけていたとは言いづらくサンジは適当に誤魔化した。
「しかしナイスガードだったな。お前、鈍いからキスされるかと思った」
もし、されていたら今頃あの男をどうしていたか分からないなとサンジは心の中で思った。
「サンジがチューしてくるのと似てたから…で、でもサンジじゃないから嫌だったんだ」
サンジは立ち止まり、ルフィの頭を撫でる。
「よしよし。けっ、あの野郎、またねとかほざいてたが二度と会わねェっての」
ルフィは視線を彷徨わせてからサンジを見た。
「あ、会うかも」
「はァ?」
「セトは旅をしながら作品を作ってるって言ってたから」
サンジは頬を引きつらせた。
「お前、一人で出歩くの禁止な」
「……でも冗談って言ってたぞ?」
律儀にセトの言葉を信じているルフィにサンジは脱力した。
「腹黒野郎の言うことは信じなくていい」
「は、はーい! ……ちなみに腹黒ってどういう意味?」
サンジはルフィにも分かりやすく伝えるために、しばらく黙って考えてから口を開いた。
「ナミさんみたいな…」
「誰が腹黒よ!」
「わ、ナミ!」
サンジは発言と同時にどこからか現れたナミにブッ飛ばされた。
「ふ〜、いつかブッ飛ばしたいと思ってたのよ」
ナミは爽やかにルフィに笑いかけた。
「そ、そっか。なんでナミがここに…」
「私に似てるっていう男を見てやろうと思ったんだけど。早くケリがついたみたいね」
「ん?」
何を言われているのかよくわからずルフィは首をかしげた。
「気にしないで。船には、みんな帰って来たからそろそろ出発しましょ?先に行ってるからサンジ君、拾って来てね」
ナミはさっさ歩き去ってしまった。
「あいつ、サンジを殴りに来たのかな…おーい、サンジ、大丈夫か?」
「大丈夫だ…さっきのはおれの失言だしな」
ふらふらとしながらサンジは立ち上がった。
「さ、行くか」
「うん!」
サンジが差し出した手をぎゅっと握ってルフィは歩き出した。
「嫌な町だったな」
「そうか?」
「あァ、ものすごく嫌な町だった」
サンジはセトを思い出したのか心底、嫌そうな顔をした。
「おれはサンジと一緒ならどこでも楽しいぞ」
ルフィは照れ隠しに繋いだ手をブンブンと振った。
「……今日、襲うか」
そんなルフィの様子にサンジはボソッと呟いた。
「ん?」
まだ少し赤い顔のまま、ルフィはサンジを見上げた。
「いや、気にするな。今夜の話だ」
「そっか〜」
今夜襲われるなんて思ってもいないルフィは楽しそうなサンジに向かってニコニコと笑うだけだった。
*END*