「…ルフィ?」

サンジが部屋に入るとルフィの微かな寝息が聞こえてきた。
ベッドに腰掛け、ルフィの髪を撫でる。

「ん…ぅ…サンジ?」
「悪い、起こしたな」
「んー! いや〜平気……だ」

背伸びをし、ルフィはサンジに笑いかける。しかし、不自然にその笑顔が固まった。

「夢じゃない。何度も言ってるだろ?」
「う……わ、わかってるって」

ジャラ…

耳障りな金属の擦れ合う音。
左腕を見て、ルフィは自分が囚われていることを今更ながら実感する。

「毎回毎回、夢だと思って目を醒ます。そんなお前は強いんだろうな」

目が醒めたら、甲板にいる。
いつもの賑やかな仲間たちと一緒にいる。
そんなわけない、とわかっていても寝起きは無防備でルフィはいつものように起きてしまう癖が抜けない。

「強くなんかねェよ」

困ったように笑うルフィをサンジは優しく笑いながら撫でた。

「腹減ってないか?」
「減った減った! なんか作ってくれ」
「あァ、ちょっと待ってろよ」

ニカッと笑ってルフィは再びベッドに寝転がる。
サンジは立ち上がり、部屋出て行こうとした。

「これ……外して?」

サンジが扉に手を掛けたところでジャラリという音と共にルフィの囁きが聞こえた。
聞こえていなくてもいいと言うように小さな声。

「ダメだ」

はっきりとした否定の言葉。
驚いてルフィは起き上がった。聞こえていないと思っていたのだろう。

「そっか……うん、わかった」

扉を閉める隙間から見えたのはルフィの穏やかな微笑みだった。



***



キッチンで料理を作りながら他のクルーを思う。
実際、殺したかはわからない。
致命的な傷を与えたつもりだが息の根が止まるところを見たわけではない。

死んだかもしれない。
助かったかもしれない。

今となればどちらでも構わない。
ルフィは自分のそばにいるのだから。

ルフィに『殺した』と告げたのは帰る場所がないと意識させたかったから。
誰も助けに来ないと意識させたかったから。

でも、僅かに残る正気の自分は仲間に生きていて欲しいと願っていた。
そして、ルフィを自分から助け出して欲しいと。

サンジはそんな考えを持つ自分を嘲るように笑った。

今さら、遅い。
狂気に彩られた自分は今の状況に安堵している。
誰にも邪魔されない二人の時間。
邪魔などされたら今度は息の根を止めるだろう。
相手が誰でも確実に。
今さら…モウ遅イ…



***



「できたぞ」
「わーい!」

先ほど見せた儚く穏やかな微笑みではなく、今のルフィにとって精一杯の明るい笑顔。
鎖が届く範囲に用意された机にルフィは座り、食事を摂った。

その間にサンジは戸棚の中に、ある物を置いた。

「何してんだァ? 全部食っちゃうぞ?」
「今、行くっつーの」

ルフィの危機感のない声にサンジは苦笑してしまう。

何、普通に飯食ってんだよ?目の前にいるのはお前を監禁してる張本人なんだぞ?



***



一緒に食事をし、一緒に話をし、一緒に風呂に入り、一緒に眠る。

変わらなく見える日々の中で少しずつ、少しずつ変わっていく。
もうルフィの太陽みたいな笑顔をしばらく見ていない。
でも、ルフィはサンジから逃げようとしない。
そんなになってもそばに居ようとする。

「サンジ、今、しあわせか?」

前に不安そうな顔で聞かれたことがある。

「当たり前だ。お前がいるんだからしあわせに決まってる」
「そっか!」

その答えを聞き、ルフィはとても嬉しそうに笑っていた。

あの笑顔が見たい。

…これ以上、何を望む?
自分でルフィを閉じ込めくせに……ひどく傲慢で身勝手な願いだ。
わかっている。
あいつには闇の中は似合わない。
わかっている。
太陽の下で太陽より眩しく笑う方が似合ってる。
わかっている。
いつまでもこのままではいられないことぐらい。

「なァ、サンジが買い出しのとき倒れたりしたらおれってどうなんの?」
「……さァな?」
「え〜?無責任だなァ。おれは助けに行けないんだぞ! 倒れたりすんなよ?」
「…了解」

本当に太陽のような奴だと思った。
おれがいなくなればお前も死んでしまうのに…自分よりおれを心配するなんて。
おれの中の闇さえ消し去りそうな光だと…そう思った。

実際、出掛けたときに不慮の事故で自分が死んだとしても大丈夫なようにサンジは戸棚に手枷の鍵を置いていた。
もちろん、ルフィにも届く位置だ。
不安になって部屋の中を探したとき、すぐ見つかるように簡単な場所だ。

だから、もし、自分がどこかへ行っているときに鍵を見つけて、ルフィがこの場所から逃げてもサンジは追わないことに決めていた。
簡単に見つかる場所にあるのだからルフィが見つける確率も高い。


買い出しから帰ってくる度にルフィがいることに胸を痛め、そして安堵する。


お前がいるからおれは狂気だけに染まれない……いや、染まらないのかもな。
あいしてる、アイシテル、愛してる。
お前のせいでおれは狂った。
お前のせいでおれは狂いきれない。
お前のせいで憎しみを知り、愛を知った。
お前がいなきゃ今のおれには何もない。

まだ正気でいられるうちに、逃がしてやりたい。
でも、自分からルフィを逃がすなど考えられない……考えるだけで気が狂いそうだ。


なんて愚かな…モウ狂ッテイルンダロ?
逃げろ!
逃ガスモノカ…
早く!
永遠二、オレノモノダ…
違う!
誰ニモ渡サナイ…早ク鍵ヲ捨テロ…
誰が捨てるか! あれはルフィがおれから逃げられる唯一の物……
耐エラレルノカ? 近クニ居ナイコトニ? 耐エラレル訳ガ無イ…
うるさい…
ウルサイ? …クククッ…正直ニナレヨ?ドチラガ、オ前ノ正直ナ気持チカナ?
うるせェ! 消えろ!


狂気と正気がサンジを蝕む。

そばに居て欲しい…
笑っていて欲しい…
ただ、それだけだったはずなのに…

鍵を見つけてくれ…自分じゃどうしようもねェんだ。
お前を手放すなんて…デキナイ…
狂気が消えない。わかってる…狂気はおれの中にあるのだから消えるわけがない。


もしも、愚かで狂った男の僅かな願いを叶えてくれる慈悲深い神様がいるならルフィに笑顔としあわせを。



願わくはどうか彼を闇の中から光の元へ……





















*END*