ルフィは一度、エースを振り返る。すると、エースは何も言わず、じっとルフィを見ていた。
視線を彷徨わせた後、ルフィは急いで外へ出て行く。そして、あてもなく歩きはじめた。
ルフィの心はエースの『冗談』の意味がわかって、どこかスッキリしていた。
あれほど怖いと思っていたエースが今は怖くない。気持ちが落ち着いていくような不思議な感覚だ。
兄に恋愛感情を持たれていたにしては冷静な気がする。
本当はどこかでエースの想いに気づいていたのかもしれない。
「ルフィ?」
聞き覚えのある声にルフィは立ち止まった。
目の前には頼りになる先輩が心配そうにルフィを見ていた。
「サンジ!」
「どうしたんだ…その服?」
「あ〜、ちょっとエースが暴走して」
ルフィは苦笑いをしながら自分の服装を見る。はだけてしまったシャツ。ボタンを留めようにも一つも残っていなかった。
寒くはないが、少し恥ずかしく思いルフィは前を合わせる。
「やけに冷静だな」
「うん、悩みから解放されたからな」
にかっとルフィにつられてサンジも笑う。
「そうか。よかったな」
「うん。あれ? サンジはなんでここにいるんだ?」
確かここら辺はサンジの家の近所ではなかったはずだ。
「お前が気になってな。泣いてないならいいんだよ。適当にぶらついて帰るつもりだったし」
「サンジ…ありがとう」
なんて優しく頼りになる先輩だろうとルフィは感動してしまう。
「気にするなよ。下心あるしな」
「はい?」
「ルフィ〜!」
サンジの不思議な発言にルフィが首を傾げていると後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
どうやらエースはルフィを追いかけて走ってきたようだ。
「エース?」
「なんて格好で変態と話てるんだ! 襲われたらどうするんだ! これを着なさい!」
「え、ええ? これはエースがしたんだろ」
エースから渡された上着を着ながらルフィは驚きを隠せずにいる。
思えば、変な格好で外へ出てしまったのだが、エースに注意されるのはおかしな話だ。元々はエースが原因で今のような格好になっているのだから。
「ルフィ」
「なに?」
サンジに話しかけられて、ルフィはサンジを見上げた。
「おれ、お前のことが好きだ」
「え、本気?」
突然の告白にルフィは知らず知らずに赤面してしまう。
サンジは優しくルフィに笑いかけた。
「ああ、本気だ」
「コラー! おれの目の前でルフィに告白するとはどういう神経してんだ!」
「え、エース」
ルフィとサンジの間に割って入り、エースは叫ぶ。
「ルフィ、おれの方がお前のこと好きだ。ずっと前から大好きだ!」
「時間は関係ねェだろうが! おれの方がルフィを大切に想ってる!」
「ちょ、ちょっと…道端でそういう話は…どうかと」
道往く人は少ないとはいえ、通る人物全てが三人のことをチラチラ見ている。
そんなことお構いなしに、ルフィに告白してくる二人の神経を疑いたい気分だが、人目など気にならないのだろう。
今も二人はルフィを挟んで両側から睨み合っている。
「おれ、学校で宣戦布告されたんだぞ!? こいつは心が狭いに決まってる!」
「お前にだけは言われたくねェよ! ルフィ、おれとエース、どっちがいいんだ!?」
「えっと……どっちもヤダ」
ルフィの気まずそうな返答に辺りは静まり返った。
***
「ルフィから離れろよ!」
「お前が離れろ、エロまゆげ!」
「なんだと!? 変態兄貴が!」
いつものように口喧嘩が始まり、ルフィはうんざりとしてしまう。
というか自分を挟んでケンカしないで欲しい。
結局、あの日のどちらも嫌だという意見は採用されず、その日からサンジとエースによるルフィ争奪戦が始まってしまった。
エース暴走事件から数日経った今も状況は変わらず、サンジとエースはルフィを挟んでよくケンカしている。
「ここら辺の敵は強いな〜装備買い換えなくちゃダメかな〜」
いっそのこと、ゲームの世界に入り込もうと、ルフィは画面に集中した。
最初のうちは二人の会話にツッコミを入れたりしていたが、終わらない言い合いにルフィは放置することにしたのだ。
「大体、ルフィのことは諦めたんじゃねェのかよ!」
「全然諦めてませんけど? おれはあのとき一度でもルフィが振り返ったら諦めないって決めてたんだよ!」
「勝手に決めんな!」
「お前こそ、おれ達の家に居候するなんて勝手すぎる! 邪魔だ! 帰れ!」
実はあの日の翌日からルフィ宅にサンジは独断で居候している。
ルフィは別に構わないのだがエースが猛反対しているので、それもケンカの種になっていた。
「お前とルフィを二人きりになんて出来るわけねェだろ! それに荷物はもう運び込んだんで、これからお世話になります〜どうせデカイ家で部屋も余ってんだからいいだろうが」
二人は睨み合う、ルフィはひたすらテレビ画面を見入る。
ゲームのストーリー展開を考えると、もうすぐイベントシーンがあるような気がした。
レベルを上げるときは別に騒いでいても構わないのだが、イベントシーンは静かにしていて欲しい。しかし、簡単に静かになるはずもなく、テレビの音量を上げるかどうか悩むところだ。
「あ〜、薬草がもうないや。一旦、村に戻ろ〜」
ゲームに集中し、どれだけ二人の発言をツッコミせずに無視し続けるか、ある意味ルフィにとっても戦いだ。
「……話してても埒があかねェな」
「同感だ。よし、どっちがよりルフィを喜ばすことが出来るかで勝負だな」
「〜っ!」
物騒な発言と共にサンジとエース、同時に両側から太ももを直接撫で上げられ、なぜ、自分は短パンを履いていたのかと後悔してしまう。
この状態で二人を無視できるはずがなかった。
「バカー!!」
近所に響き渡るような声で叫びながらルフィは持っていたコントローラーでガツンと二人のオデコをド突いた。
ソファーから素早く立ち上がり、安全な距離までルフィは逃げる。そして、額を押さえ呻いている二人を睨んだ。
「いってェな〜触ってくださいと言わんばかりの服装はやめろよ…欲情しちゃうだろ?」
「ド突くなんて、ひどいぞ…ルフィ。まァ、ルフィが相手ならジャージを着てても欲情できるけどな」
「うるさい、変態ども! 普通、部屋着は楽なもん着るだろ!」
サンジとエースにニヤニヤしながら見つめられ、ルフィは二人を強く睨む。そして、諦めたようにため息を吐いた。
「…安心してゲームもできない」
「ゲームばっかしないで、構ってくれよ」
「ヤダ。ゲームできないなら、おれは風呂に入って寝るの」
サンジの言葉にルフィは頬を膨らませながら、ゲームのデータを残すためにセーブをする。そして、ゲーム本体とテレビの電源を切った。
「じゃあ一緒に入ろうか」
「こんなアホは放っておいて、おれと風呂に入ろう」
「却下! 絶対えっちなことしてくるもん! そんなに誰かと風呂に入りたいなら、エースとサンジで入れば?」
「「却下だ!」」
息の合った返答に少し驚いてから、ルフィは再び言い合いを始めた二人を見た。
「もしかしたら、これが仲良しっていうのかなァ」
「違うっつーの! ルフィ、お前はどっちと付き合いたいんだ?」
「お前がどっちか選んだら、もう少し静かになる…予定だ」
結局、ルフィがどちらかを選んでも、選ばれなかった片方が邪魔をする気がしないでもない。
しかし、今の半端な状況よりはマシになるだろうと二人はルフィに詰め寄った。
「おれは……」
固唾を呑んで見守る二人に、ルフィは少し照れながら本当の気持ちを話す。
「女のコと付き合いたい」
何が悲しくて、わざわざ男を選ばなくてはいけないんだろう。
別に二人を嫌悪しているわけではないが、できることなら女のコと付き合ってみたいルフィだった。
「「却下」」
「な、なんで〜?」
「おれが嫌だから」
サンジは爽やかな笑顔で単純な理由を言った。次にエースを見ると、怖い顔をしている。
「そういう場合は二人でお前の恋路を邪魔するからな」
「えー!」
「おれ達のどこが不満なんだよ」
拗ねたように見てくるサンジにルフィは困った顔をしてしまう。
「不満だらけだよ…どうして、おれなんだよ〜二人ともモテるのに」
「ルフィがいいんだ。お前がどうしても選べないっていうなら…不本意だが二人のルフィという結論になる」
「ならないよ! サンジの言ってることはおかしいぞ!」
「かなり、不本意だがな。でも、考え方一つでお互い邪魔をするか協力するか変わってくるからな」
エースの発言を聞いた途端、ルフィは背筋にゾクリと寒気を感じた。
「え? ええ?」
「ホントは不本意なんだぞ? 二人きりでイチャイチャしたいんだからな」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
明らかに部屋に流れていた空気が変わっている、ルフィの不利な方へ。
「とりあえず、仲良く三人で風呂に入ろうか」
「そうだな。おれ達が洗ってやるよ、隅々までな」
「いや、大丈夫! 一人で洗える!」
「遠慮するなよ」
いがみ合ってくれていた方が数倍安全だったことにルフィは今、気がついた。
協力体制に入った二人の息はピッタリで、ルフィが逃げられないように両側からがっしりと拘束している。
「え、遠慮じゃないよ〜放して〜」
「抵抗する姿もかわいいな〜服、おれが脱がしてもいいか?」
「いいわけないだろ! おれの服なんか脱がしても楽しくないだろ? サンジは変だぞ?」
ルフィの抵抗など簡単に抑え込まれてしまった。
サンジもエースもにこにこと笑っていて、今後の展開が余計に怖ろしい。
「じゃあルフィがおれの服脱がしてくれよ。そしたら、自分で服脱いでもいいぜ?」
「う〜…どっちもヤダ〜」
「なんか今から興奮しちゃうなァ」
ぼそりと呟いたエースの言葉にルフィは真っ赤になって睨むんだ。
「エース! 変なこと言うな!」
「だって、ルフィ…おれはお前と風呂に入るのが最近の願望だったからさ」
「変な願望持つなよ!」
真っ赤になって怒っても、笑って受け流されてしまう。
「身体洗うだけだろ? なんで、そんなにイヤがるんだ? もしかして、何か期待してんの?」
「っ! う〜、うるさい! サンジのバカ!」
「無理強いはしないから安心しろよ。おねだりするまで煽ったりはするかもしれねェけど」
「そ、そんなの聞いて安心できるわけないだろ!」
サンジの発言に眩暈がした。
騒がしいやり取りをしているうちに脱衣所まで来てしまう。もう逃げられないだろうか。
「じゃあ脱がしてやる」
「ま、待った!」
ルフィの発言にサンジは一応手を止めた。
「自分で脱ぐのか?」
「そう、です」
ただ、服を脱ぐだけのこと。抵抗するから余計に恥ずかしいのだろうか。いや、絶対に違う。二人の舐めるような視線に原因があるに違いない。
そうじゃないと、服を脱ぐだけで手が震えるなんて有り得ない。
「なァ、恥ずかしくて脱げないから…今は見ないで?」
ルフィは赤い顔のまま二人を恥ずかしそうに上目遣いで見上げた。その様子に二人は顔を赤らめて、思わず顔を逸らす。
なんだかんだといっても二人も高校生、好きなコの恥ずかしそうな姿に本気で照れてしまう。
何が起こったか理解していないが、それを見てルフィはニヤリと笑った。
「隙あり!!」
「「あっ!」」
「べー! 簡単には一緒に入ってやんないもーん!」
隙をついて脱衣所から脱出したルフィは舌を出して、二人を見る。
「風呂は先に入っていいぞ? じゃあな〜」
「あ、こら待て! ってもういねェ」
「あいつ、部屋に鍵つけやがったからなァ」
身の危険を感じたルフィが自室に鍵をつけたのは最近の話。もちろん、二人は隙を見て合鍵を作ってやろうと当然のように考えていた。
「なァ、エース。しばらく協力するか」
「…そうだな。ルフィが選べないなら、おれ達のルフィだな」
「まァ確実にケンカはするだろうが臨機応変に対応していこうな」
「うんうん、そうしよう。それにしてもさっきのルフィ、可愛かったなァ」
エースは惚けたように先程の上目遣いルフィを思い出してニヤニヤしている。
「確かに…あんな顔も出来るとは油断したなァ。それと同時に今後が楽しみ」
しばらくオカズには困らないなと声にこそ出してはいないが、二人はニヤニヤしながらそんなことを考えていた。
***
「なんか寒い…」
自室に逃げ延びたルフィは悪寒を感じて身震いをする。
「ホント、変態ばっかりで困るなァ」
しっかり鍵をかけてからルフィはベッドに仰向けに転がった。
二人のことが嫌いではないので余計に困るという話だ。しかも、どちらも同じくらい好きなのだから選べるはずがない。
それに、今の賑やかな生活を楽しいとも思っていた。もちろん、二人が自分に何もして来ないというのが前提の話だが。
女ではないが貞操の危険を感じるのは仕方ないのだろうか。
いつか逃げ切れなくなりそうで、それが恥ずかしくて、人知れずルフィは真っ赤になってしまう。
本人は気がついていないが恥ずかしいだけで行為自体は別段、嫌ではないのだ。
ルフィがこの感情に気がつくのはもう少し先の話。
「二人がケンカしてたら簡単に逃げられるかな〜」
サンジとエースが協力することをまだ知らないルフィは、かなりのん気に考えていた。
今日を機会に、協力体制のサンジとエースに翻弄される日々が始まったのだった。
*END*