「……駄目だ」
「え〜? なんで?」
「なんで? なんでだと? てめェの脳ミソはどうなってんだ…」
ルフィはバイト帰りに公園でサンジと話をしていた。
和やかなに話していたのだが、ふとしたルフィの発言でサンジの機嫌が悪くなった。
「旅行するぐらい、いいだろ〜」
「誰と?」
「ゾロと二人で」
サンジの顔が目に見えて引きつった。
「……どこに?」
「温泉」
「駄目だ」
「えー? 友達と旅行するのがなんでダメなんだよ!」
サンジだって普通の友達なら文句は言うがダメとは言わない。
ゾロの気持ちに気づいているからこそ二人っきりで、しかも温泉へ行くのは許可したくない。
「……駄目なもんは駄目だ」
「理由もないのにダメじゃ納得できねェよ」
もっともな意見にサンジはため息を吐いた。
果たしてルフィは説明したところで理解するのだろうか。
拗ねて口を尖らせるルフィにサンジは複雑な顔を向けた。
「藻は下心があるから駄目なんだよ。二人っきりで温泉?襲えとばかりなシチュエーションだろうが」
「よくわかんないけどさ……サンジはゾロのことイヤなのか?」
ルフィの怒ったような視線にサンジは黙る。
「むー、もういい! サンジのバカ!」
「……勝手にしろ」
ルフィは怒って帰ってしまった。
サンジは追いかける気になれず不機嫌なままタバコに火を点ける。
付き合ってからまだ日は浅い。
ゾロの話題はあまりしない。さっきのように口論になるからだ。
しかし、お互いのどちらも謝らず、喧嘩したまま別れたのは今回が初めてだった。
「……腹立つ」
今回は謝らねェと心に誓い、サンジはタバコをベンチの横にある灰皿に押しつけ家路についた。
にゃー
道の脇で何か鳴いた気がしてサンジは立ち止まった。
「……猫?」
サンジが立ち止まると真っ黒の猫がサンジに擦り寄ってきた。
「懐っこいな、飼い猫か?」
しゃがみ込み、首輪を探すがついていない。
迷い猫の貼り紙も見ていない。
無難に考えて野良猫だろう。
「腹でも減ってんのか。悪ィな、何も持ってねェよ」
立ち去ろうとしたときサンジは猫が足を引きずっているのに気づいた。
にゃー、と元気のない声でその猫はサンジを青い目で見上げて鳴いた。
「……仕方ねェな」
サンジは苦笑しながら猫を持ち上げた。
***
「大丈夫よ。骨を折ってるわけじゃないわ。トゲが刺さっていただけよ」
ロビンは優しく笑ってサンジを見た。
「そうですか。よかった。時間外なのに診てくれてありがとう、ロビンちゃん」
駅前にある動物病院へサンジは来ていた。
時間帯が遅いので閉まっていたが自宅も兼用している病院なのですぐに出て来てくれた。
そして、快く診察してくれたのだ。
「ふふ、構わないわ。それにしても久しぶりね。しかも、一緒に女性がいないから驚いたわ」
「あはは……」
獣医師のロビンとは何度か会ったことがある。
遊び相手の女性が飼っている犬を一緒に連れて来たことが何回かあったからだ。
「でも、どうしましょうか? 入院させるほどでもないんだけど……」
「えーっと……」
診察台におとなしく座っている猫を二人は見つめた。
「飼い主が見つかるまで、しばらく預かりましょうか?」
「いや、取り敢えずはおれが引き取るよ。ロビンちゃんも大変だろうし、そこまで頼むのは気が引ける」
「そう? 何か、困ったことがあれば連絡してね。手助けするわ。はい、これ」
ロビンは『初めての猫の飼い方』という本を笑顔でサンジに渡した。
「……ありがとうございます」
「あとは必要なものは……」
ロビンは診察室から出て行ってしまった。
***
ロビンにあれやこれやを借りたので帰りは大荷物になってしまった。
「やっと着いた……ペット可のマンションでよかったな」
適当に荷物を広げて、サンジはソファーに転がった。すると、その上に猫も乗る。
「にゃー」
「何、乗ってんだよ…なんか、お前ルフィに似てるな」
「にゃー?」
どこがと言われてもよくわからないが、しいていえば雰囲気がだ。
「てめェは鈍いんだよ。鈍感、アホ……まァそこが可愛いんだがな」
ゴロゴロとノドを鳴らす猫を撫でながらサンジはルフィを想った。
大体、学校へいる間はずっとゾロと一緒にいるのだ。
休日までルフィを取られたくないし、腹が立つ。
「同い年だったらな……はァ、やっぱり今回は謝らねェ」
サンジは苛立ったままソファーで眠りについた。
***
「なんか最近、機嫌悪いな」
「別に」
むくれたままルフィはウソップを見た。
「いやいや、怒ってんだろ…早く機嫌直せよ?」
「……はーい」
「じゃあおれは部活行くからな。スペシャルな作品が完成したらまた見せてやるよ」
「あはは、期待してる」
ルフィを気にしながらウソップは部室に行った。
「バイト行くか」
「お〜、ゾロ。そうだな〜」
ゾロとルフィも教室を出た。
「なんかあったのか?」
「あ〜、え〜っと…態度に出てたか?」
「お前は分かりやすいからな」
ゾロに笑われ、ルフィは口を尖らせた。
「ちぇっ、いいもん。……サンジとケンカしたんだよ」
「……へェ?」
「だってサンジ、旅行ダメって言うんだぞ?」
サンジの内心を理解し、ゾロは苦笑いした。
「まァ当然だろうな。襲う気はないって言っても信じねェだろうしな」
「え?」
「いや、なんでもねェ」
ゾロは寝取ろうなんて少しも考えていない。
そんなことをして苦しむのはルフィだからだ。
今は親友というポジションを大事にしようとゾロは決めている。
ルフィと温泉へ行くのに下心がないとは言えないが理性で我慢するつもりだ。
「サンジは分からず屋なんだ」
「会ってないのか?」
「……一週間、会ってない」
「会いたくねェの?」
ゾロは思っていたことが口から出ていた。
「っ! ……我慢してるんだよ!」
複雑な顔をしてルフィは先に走って行ってしまった。
「頑固だな……早く、別れねェかな」
ゾロは真剣に呟いた。
***
「……会いてェな」
床をゴロゴロと転がる黒猫を見てサンジは思わず呟いてしまった。
「いやいや、乙女かよ…自分がわからん」
自分にツッコミを入れると猫が不思議そうに寄ってくる。
ソファーに転がるサンジの顔の前に来て、首をかしげて見た。
「可愛いな〜お前。そういや、名前もつけてなったな」
ルフィの名前が浮かんだが恋人の名前を猫につける男はどうだろうと思い、止めた。
「今頃はバイトしてんのかな…あ〜アホらしい」
女遊びをする気になど欠片もなれず、ましてや猫がいるのでここ一週間はすぐに帰宅していた。
無意識にルフィのバイト先へ足が向かいそうになる。
そろそろ限界だが意地になっているせいでサンジは行動できなかった。
「お前見てると余計、会いたくなるんだよな。そういや、前に猫耳メイドの格好してたな…ってまたおれはルフィのこと考えてんのか」
サンジは自分の思考回路に笑えてきた。
「にゃ」
何か思案するように尻尾を左右に揺らし、猫は立ち上がった。
「お?どこ行くんだ?」
ドアを擦り抜けて、どこかへ行ってしまった。
サンジはなぜか放っておいてはいけない気がして、後を追いかけた。
「なっ…なんだァ?」
玄関の扉が開いている。
オートロックなので外から開くはずがない。
不思議に思いながらも猫を追いかけてサンジは家を出た。
***
バイトも終わり、ゾロと別れた後ルフィは家に帰ろうとすると、にゃーという鳴き声を聞いた。
「ふえ? 猫?」
いつの間にか足元に来ていた黒猫をルフィは、しゃがんで撫でた。
「かわいいなァ。わ、食べ物は入ってないぞ?」
ブレザーのポケットに顔を突っ込まれルフィは驚く。
「キレイな目だな。おっ、帰るのか〜じゃあな〜。ん? あれって……」
立ち去ろうとする猫が何か口に持っているのを見て、ルフィは自分のポケットを慌てて探る。
「あー!? ない! ダメだぞ! それは大事なものなんだから…返せっ」
捕まえようとするが、ひょいっと逃げられた。
「な、なんだよ…他のをやるからそれは返せよ。大事な物だって言ってるだろ?」
言葉が通じているのかいないのか、じっとルフィを見てから猫は走り出した。
「えぇ!? 待てって!」
ルフィは必死で猫を追いかけた。
距離が開くと猫は立ち止まりルフィを待った。
そして、近づくと再び走りだす。
「あ、あの猫は何がしたいんだっ」
息も切れ切れにルフィはひたすら追いかけた。
見慣れた公園に入ったところで猫を見失ってしまう。
「……サンジの家の近くだ」
辺りを見回すと、いつもサンジと話しているベンチに猫が座っている。
「「見つけた!」」
「「え?」」
気がつくと隣にサンジがいた。
見事に声がハモった。
サンジも驚いているようだ。
「わっ、さ、サンジ…」
「…ルフィ」
そわそわと目を逸らしてからルフィは思い切ったように叫んだ。
「ごめんなさい!」
「悪かった!」
二人は同時に謝った。
「あは、あはは! さっきから声が重なってばっかだな」
「……ルフィ、会いたかった」
「わぷっ…えへへ、おれも」
サンジに抱きしめられてルフィは照れたように笑う。
しばらくしてから二人は猫のいたベンチに向かった。
「あれ? 猫…いない」
ルフィは辺りを見回すが黒猫はどこにもいない。
ベンチにあるのは、ルフィが取られた物だけだった。
「……なんだこれ? ネクタイ?」
「さっきの猫に取られたんだ。ネクタイ、ポケットに入れてたんだ」
バイトが終わった後は窮屈なのでいつもネクタイはせめずにポケットに入れていた。
「あ〜、おれが前にあげたネクタイか」
偶然にもサンジはルフィが今通っている高校へ昔、通っていたのだ。
サンジの部屋でネクタイを見つけたルフィはそれを貰ったのだ。
「サンジから初めて貰った物だから、なくしたら困る」
「お前…可愛い奴だな」
「へ?」
きょとんとするルフィの頭を撫でる。
「気にするな。で、学校へ行くときはおれのネクタイをしてんのか?」
「うん、学校にいる間もサンジと一緒だ」
「……反則だ」
嬉しそうに笑うルフィにサンジは完敗した。
「……っ! …サンジ?」
突然のキスに顔を真っ赤にしてルフィはサンジを見上げた。
「嬉しくなること言い過ぎだ」
「そ、そうか? あ、猫どこ行ったんだろうな」
「………」
「サンジ?」
黙ったサンジにルフィは首をかしげる。
「いや、なんかもう会えない気がしてな」
「……ん、おれもだ。サンジに会わせてくれたから礼が言いたかったな」
「おれも。猫グッズはロビンちゃんに返すかな」
「え? サンジが飼ってたのか?」
サンジは簡単に、いきさつを話した。
話し終わるとルフィは俯いてからサンジを見た。
「…そっか。今日、サンジの家に泊まろうかな」
「え? いいのか?」
サンジは自分の耳を疑った。
「やっぱ寂しいだろ…」
「あ〜、なるほど。そういうことか」
「?」
納得してサンジは残念そうに頷いた。
ルフィは不思議そうに首をかしげる。
「寂しいだろうけど、お前がいるならそれだけでいい」
「な、なんか恥ずかしいセリフだな」
「そうか? まァ、事実だからな」
「そっか。えと…その、おれもサンジがいたらいい…かな?」
恥ずかしそうにルフィは笑った。
「かな? が余計だな」
そう言いながらもサンジは嬉しそうに笑った。
二人は念のため黒猫を探して公園付近を歩いたが結局見つからなかった。
***
その後、喧嘩の原因の温泉旅行はルフィの提案でゾロと二人ではなく、サンジも一緒に行くことになった。
もちろん、ゾロとサンジは嫌がった。しかし、二人がルフィに逆らえるわけがなかった。
「温泉、楽しみだな!」
「はァ、そうだな……次は二人で行こうな」
「え? ……うん!」
ニカッと笑うルフィを見ると、サンジは三人の温泉旅行もなんとか頑張れそうな気がした。
*END*