「飯も食ったし、風呂でも行くか〜。ゾロも一緒に行こう」
「……そう、だな」
心なしか顔の赤くなったゾロにルフィはニカッと笑う。
「ちょっと待て。常々、お前に聞きたいことがあった…いいか?」
いつの間にかルフィの背後に立っていたサンジが険しい表情でルフィを見る。
「ふえ? おれに? いいけど…わっ」
サンジの表情に動揺しつつ、イスから立ち上がろうとするとイスに押さえつけられる。
「サンジ?」
「後片付けするからそこで待ってろ」
「お、おう。あ、ゾロは先に風呂入ればいいからな〜」
「……わかった」
ルフィをサンジに取られたのは気に入らないが居座るのも変かと思い、苦い表情でゾロはルフィの言葉に頷いた。
ゾロはサンジを睨んでから部屋を出る。
ゾロがいなくなり、部屋の中はサンジとルフィだけになった。
サンジはゾロが出て行ったのを確かめてからルフィの腕を引く。
「こっち来い」
「え? 後片付けは?」
「もう終わってたんだよ」
訳のわからないままルフィはサンジに医療室へ連れて行かれた。
チョッパーは風呂に入っているだろうから不在だ。
「な、なんで医療室? おれ、ケガしてねェぞ?」
「今はケガ人もいない。チョッパーも今日はすぐに寝るだろ? つまり、誰も来ないからここを選んだわけだ」
「……そんな重大な話なのか?」
あまり難しい話をされても困ると思いつつルフィは真剣な顔でサンジを見る。
「重大だ。そこに座れ」
床を指差され、ルフィは雰囲気的に正座した。
サンジはチョッパー憧れの回るイスに座り、ルフィを見下ろす。
「な、なんだよ…」
居心地悪そうにルフィは視線をさ迷わせる。
まるで叱られる前の子供のようだ。
「お前さ、なんでおれのことは風呂に誘わねェんだ?」
「は?」
「風呂だよ、風呂。藻やウソップとかは誘うくせにおれは一度もお声が掛かったことがないんですが?」
サンジの怒りの視線にソワソワしながらルフィは見上げた。
「それが重大な聞きたかったこと?」
「そうだ。納得できる答えじゃないと何するかわからねェな」
言葉の意味はわからないがゾワッと背筋が凍るような視線にルフィは意味もなく首を横に振る。
「ち、違うって! いつもサンジ忙しそうだったから…」
「そんなことねェだろ」
「うっ…」
ピシャリと言い放たれルフィは言葉に詰まった。
「正直に言えよ。それとも何かされたいのか?」
「何かって何だよ…」
「今から実行して教えてやろうか?」
情欲の滲む目で見られ、ルフィは思わず座ったまま後退る。
「そ、そういう目で見るから、だ!」
「へェ? 説明の続きをどうぞ、船長さん?」
「うー、今まで考えたことなかったけど…風呂入ってるときにサンジがじっと見てくるから誘わなかった…んだと思いま…す」
サンジは歯切れの悪い回答の真意をイスにもたれ、考える。
「藻だって似たようなもんだろ?」
ルフィに好意を抱いているのはゾロだって同じはず。
だったらゾロも誘わないはずなのにルフィは簡単に誘う。
どう考えても自分だけ誘われないのは納得いかない。
「ゾロ? いや、別に? 一緒に入っても湯船から出ないからな」
「そりゃ出るに出られない状況になってんだろうよ」
「どんな状況だよ」
心底わからないという表情のルフィ。
同じ年頃の男とは思えないほど純粋なルフィにある意味で驚嘆してしまう。
「藻がむっつりスケベってことだ」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
ふと疑問が浮かび、サンジはルフィをじっと見つめた。
「な、なに?」
「一緒に風呂入ったのは結構、前だよな」
「うん。サニー号に乗ってすぐぐらいかな?」
確かルフィが先に入っていて、サンジが後から入ったのだ。もちろん、下心ありで。
つまり、そのときのサンジのあからさまな視線に気づいていたということだ。
「そういや、しばらく様子が変だったな」
「?」
一緒に風呂に入ったときから、避けられるというほどではないが妙に視線が合わない日が続いたように思う。
「意識されてたってことか」
「さっきから何、一人でぶつぶつ言ってんだよ〜もう行くぞ?」
一人取り残されて暇になったのかルフィは立ち上がろうとする。
「なァ、ルフィ」
「なに?」
「なんでおれがそんな目でお前を見てたか、わかるか?」
「なんで……?」
再び座り直し、ルフィはサンジの質問を考えだす。
あのときサンジの視線に気づいたとき、どうしていいか分からなかった。
あの目で見られると落ち着かない。
でも、そんな目で見られる理由なんて考えられなかった。
「降参…わかんない」
ほとほと困り果てた顔でルフィはサンジを見上げる。
「よし、教えてやるからこっち来いよ」
「…うん」
なんとなく嫌な予感はしたが逃げた方が大変なことになると本能が察知し、ルフィは立ち上がり、サンジに近づく。
「わっ!」
突然、手を引かれたためバランスを崩し、サンジの膝に座るような形になる。
「なっ…」
「動くなよ。これから答えを言うんだから」
「んっ…耳元でしゃべるなよ!」
耳元で囁かれ、意識せず体が震えた。
その事実を隠すように怒鳴るが顔が熱くてたまらない。
「耳、弱いのか? でも、聞こえないと困るだろ?」
「っ! 普通に…言えって…」
吐息を吹き込むように話され、ルフィの心臓がうるさいぐらいに脈打つ。
後ろから抱き込まれ、立ち上がることができないと悟りルフィは抵抗をやめた。
「お前が好きだからだよ」
「え? …んぅ?」
突然の告白に驚き、振り返るとルフィの唇に柔らかいものが触れる。
それがサンジの唇だと理解したときには、すでにそれは離れていた。
「な、な、な、なにして…」
「キス」
「ちがっ、そういう意味じゃなくて…うー、なんで?」
両腕の拘束がきつく、逃げたくても逃げられない。
今すぐ冷水を浴びたいほどルフィの全身が熱かった。
「ルフィが好きだから。さっき言っただろ。聞こえなかったのか?」
「聞こえ…た…けど。なんで今、言うんだよ」
気まずそうに口の中でもごもごと話すルフィにサンジは苦笑する。
「お前がおれの視線に気づいたってことは、お前もおれを見てたのかと自惚れてみたわけだよ」
ゾロだって同じ視線でルフィを見ているはずだ。それなのにルフィはサンジの視線にだけ気がついた。
その意味に自惚れるのは軽率だっただろうか。
「………」
「焦り過ぎたか。気まずいならなかったことにしてもいいぜ。おれもなかったことにするから」
これから作戦の練り直しだな、とサンジはぼんやり考える。
風呂に誘われないという嫉妬心から勢いで告白までしてしまった。
なかったことにというセリフは油断させ機会を伺おうという、ルフィを諦める気など微塵もないサンジの下心ありの気遣いだ。
しかし、両腕の拘束を緩めても、ルフィはサンジの膝から退けない。
サンジが不思議に思っているとルフィはうつむいていた顔を上げた。
「なかったことになんてしてやらねェもん!」
「な、なんだァ?」
「さ、サンジのこと自分がどう思ってるかなんてわかんねェ…けど」
ルフィは自分の腹の上にある拘束を緩めたサンジの腕を掴む。
再び俯き、段々と小声になるがサンジは聞き漏らさないように注意深くルフィの言葉を聞いた。
「サンジはからかって言っただけかも…しれねェ…けど」
離さないでというようにサンジの腕を強く握った。
「……さっきのがなかったことになるのは嫌だ」
「ルフィ…」
「何もなかったフリなんてしないで…」
なんだか泣きそうになってルフィは困る。
そして、サンジの反応がないのにルフィは焦った。
「も、もうなかったことにしたのか?」
恐る恐るルフィが振り返るとギューッと強く抱きしめられた。
動揺するルフィを抱き上げ、ベッドへ仰向けに下ろす。
「わっ……サンジ?」
驚くルフィにサンジは上から覆い被さる。
「それってさ、おれのこと好きだって言ってんのと変わらねェけどいいのか?」
真面目な顔をしようにも頬が緩む、そんな嬉しそうな表情。
隠し切れない喜びを伝えるようにサンジはルフィの頬に優しく触れる。
「えっ…そう、なの?」
なんと言っていいか分からず、ルフィは赤くなって視線を逸らす。
「そうなんだよ」
「……っ」
ちらりと視線を合わすとサンジの優しい眼差しにルフィは驚く。
そんな目で見られていたと思うと鼓動が高鳴って、どうしようもない。
「そんな目で…見るな」
「どんな目だ?」
小さく笑われ、逃げ出したいような、ずっとここにいたいような不思議な気持ちになる。
確信なんてないけどルフィは自分の気持ちを表す言葉を見つけた。
言うなら、きっと今しかない。
「好き…かも」
「っ!」
「サンジのこと好き…かも、じゃなくて…好きです」
恥ずかしさに耐えながらルフィは必死に言葉を紡ぐ。
「なんか…言って? …んぅ」
沈黙に耐えられなくなったルフィの口をサンジは軽く塞ぐ。
「すげェ嬉しい」
「そ、そっか。おれも嬉しいぞ」
本当に嬉しいそうな笑顔を見て、ルフィもつられて笑った。
そんなルフィの唇を親指でなぞってサンジは笑う。
その行動と笑顔にルフィは背筋がゾワリとした。
「もっと深いのをしてもいいか?」
「っダメ! ……ふぅ…っ」
サンジの言葉を即座に否定したにも関わらず、ルフィは強引に口づけされる。
退けようと胸を押してもびくともしない。
逃げ惑う舌を絡め取られ、未知の感覚に翻弄される。
「ん…っは…き、聞く…意味、あったのか?」
「なかったな」
名残惜しそうに唇を舐められ、ルフィは真っ赤になって睨む。
しかし、その目は潤み、迫力はない。
「もう無理…」
「なんだよ、だらしねェな」
「なんて言われても無理だ、無理! はァ、もう恥ずかし…」
穴があったら入りたいとは今の状態だとルフィは密かに思う。
「ま、最後までここでするわけにはいかないもんなァ」
「さ、最後…って何?」
「あはは、今すぐ教えてやりてェな」
顔は笑っている、でも、目が本気なのでルフィは笑えない。
「…知らなくていいや」
「遠慮するなって」
「遠慮じゃないって…さ、さっきのでいっぱいいっぱいだもん」
というか本音でいうと許容量を軽く越えていた。
出来ることなら、しばらくは軽い口づけだけで勘弁して欲しい。
「さっきのでいっぱいいっぱいか…初々しい奴だな。でも、キレイなモノは汚したくなるっつーか、なんつーか」
「なんか発言がこわい」
何やら悩んでいるサンジを見て、ルフィは訝しむ。
「おれが触ったぐらいじゃ汚せねェか。そう思うと残念だな〜」
「さっきから何言ってるかわかんねェけど、おれは風呂に入るから退いてください。ナミに怒られる」
風呂には毎日入れと怒られたばかりなので忘れないうちに入ってしまいたい。
「じゃあ一緒に入ろう」
「えっ……いいけど…変な目で見るなよ?」
「はは、無理無理」
ルフィの上から退いたサンジは爽やかに笑いながら、逃がさないようにルフィの手を取る。
「無理って…じゃあ一緒に入らない」
「それも無理。嫌に決まってるだろ?」
「し、知らないよ。じろじろ見られると恥ずかしいんだって」
「見られるより恥ずかしいことしてやるから安心しろよ」
「ど、どんなことだよ〜うぅ」
こうなれば誰か他に人がいることを期待するしかない。
「話し込んでて遅くなったから風呂、おれ達で最後だろうな」
ルフィの淡い希望を砕くようにサンジはニヤリと笑った。
なんとも言えない心細い顔をして、ルフィはサンジを見る。
「嫌なんじゃなくて恥ずかしいだけだろ?」
「そこが問題なんだよ! わかってんだろ!」
「わかってるぜ?」
頬を膨らませて怒るルフィに、さも当然というようにサンジは頷いて見せた。
「えっ? わかっててしてんのか!? 悪趣味だー…」
驚いたあとにルフィはガックリと脱力した。
「可愛いな、ルフィ。どうしてやろうかって気になる」
「なーるーなーよー…」
楽しそうなサンジに、ずるずると大浴場まで引っ張られる。
もはや、抵抗する気も失せたが心は穏やかでいられない。
「おれが洗ってやるからな、隅々まで」
「いや、大丈夫なんで放っておいてください」
冗談か本気かわからないセリフにルフィは微妙な表情で応える。
「ルフィ」
ふいに真剣な目をしたサンジにルフィは首をかしげた。
「なに?」
「好きだ」
「っ! …サンジはずるい奴だ」
不意打ちの告白に外方を向いた顔が自然と赤くなる。
恥ずかしいけれど素直に嬉しいと思う。
多少、恥ずかしいことなら我慢してみようかと思ってしまう自分は自分が想う以上にサンジが好きなんだろうな。
ルフィは引っ張られていた手を握り返し、サンジの顔を見上げた。
「おれも、大好き」
自分の言葉に大袈裟なほど喜ぶサンジを純粋に愛しいと思う。
サンジに優しく頭を撫でられ、ルフィはふにゃっと笑った。
「つまり、何してもいいってことか?」
「違う! それとこれとは別だもん。ニヤニヤすんな!」
「ちぇっ」
舌打ちしているがサンジの企むような視線にルフィは素早く風呂を出ることに全力を掛けることにするのだった。
*END*