本日の体育は外。
授業内容はサッカーだ。準備運動が終わった順に、ボールを体育倉庫へ取りに向かう。
じっくりと準備運動したせいかボールを取りに行くのが最後の方になってしまった。
慌てていたルフィは入口でつまずき、倉庫の中で派手に転んでしまう。

「…いたたた」
「お、おい、大丈夫か?」

後から来たウソップの心配そうな声音にルフィは起き上がる。

「ん、平気……あっ、膝、擦りむいた」

他にも手の平など擦りむいているが血が流れている膝が一番重傷だろう。

「…サンジが気がつく前に保健室へ行った方がいいんじゃないか?」
「え?」
「横抱き、いわゆるお姫様抱っこして保健室に連れて行かれそうじゃね?」

やけに現実味のある言葉にルフィは震えた。

「……一人で行って来る。先生に言っといてくれよ」
「わかった。でも、一人で平気か?」
「うん。歩けるし、見た目ほど痛くねェから」
「ん、気をつけて行けよ」
「了解」

サンジに見つからないように迅速に行動した。
靴を履き替え、保健室へ行く。
健康なルフィにはほとんど縁のない場所だ。
でも、あまり校内で知られていないが保健医のエースは従兄弟でルフィとは顔馴染みなのだ。
そういえば会うのは久々かもしれない。
ノックをしつつ、ルフィは笑顔になっていた。

「失礼します」
「どうぞ〜ってルフィ! どうしたんだ!? お前がこんな場所に来るなんて!! 具合悪いのか!?」
「お、落ち着いて…ただのケガだから」

あまりの慌てようにルフィの方が驚いてしまう。
とりあえず大声が外に響くのを防ぐためにドアを閉めた。

「け、ケガだと!? い、今、救急車を…」
「落ち着け! 本当に落ち着いてください…転んだだけだって…エースは心配性だなァ」
「いやいや、油断はするな! ばい菌が入ったら大変だ! 傷口を水で流して来い」

急に教師の顔になり、エースは手当ての準備を始める。

「はーい。他に生徒はいないのか?」
「ん? いないいない」
「そっか、よかった」

具合が悪くて寝込んでいた生徒が仮にいたのならエースを土下座させようかと思っていたが杞憂だったらしい。
タオルを借りて、傷口を水で洗うと付いていた砂も流れ落ちる。
少々しみるが我慢できないほどではなかった。
傷口の周りをタオルで拭いて、ルフィはエースの前にあるイスへ座る。
手際よく手当てされた。
手当てが終わるとエースは笑顔になる。

「よし、念のため今日のサッカーは見学させてもらえよ?」
「…はーい」
「ん?」
「だってサッカー好きだし、というか、体育好きだから見学はヤダなァって思っただけ」
「あはは、そっかそっか。昔から走り回るの好きだったもんな〜」

わしわしと頭を撫でられ、ルフィは笑った。

「それじゃ、また」
「あー! ルフィ!」
「ん? なに?」

立ち上がろうとすると大声で呼び止められる。

「えーっと…その…」

ひどく気まずそうに目線を逸らしていたが、エースは意を決したようにルフィを見た。

「噂、本当なのか?」
「え? あ〜、エースが知ってる噂はどういうの? 噂、勝手に脚色されて変化しててよくわからないんだ」

ものすごく真剣な眼差しにルフィの方が困惑してしまう。

「…サンジって奴と付き合ってるって」
「あー、違う違う。サンジは友達だよ」
「な、なーんだ! そうだよな〜変な噂だと思ってたんだよ! なんでそんな噂があるんだろうなァ?」

何だかとても嬉しそうに話すエースにルフィは苦笑した。

「それはサンジがおれに告白してきたからかなァ」
「えっ!?」
「でも、前と変わらず一緒にいるから『付き合ってる』って噂になるんだと思うよ〜ホントに困るよな」
「………」
「あれ? エース?」

フリーズしたまま動かなくなってしまったエースをルフィは不思議そうに見る。

「おーい、エース?」
「っ! 一緒にいるのか!? 告白されて!?」
「お、おう。友達だからな」

急に動き出したと思うとルフィはエースに両肩を掴まれ前後に揺さぶられた。

「そんなのダメだ! どこまでも付け入られて襲われるぞ!?」
「さ、サンジはそんなことしないもん」
「おれの可愛いルフィが手込めにされるよー、イヤだよー」
「て、手込め…嫌な言い方すんな!」
「兄ちゃんの教えをちゃんと覚えているか?」
「はい?」

エースの真剣な眼差しにルフィは首を傾げる。

「変質者撃退講座、実技付き」
「あー…そういえば小学生の頃にしたっけ」

実技ではリアリティが大切だと言い、エースは本物の変質者のように対応してきた。そんなエースを本気で撃退した気がする。
小学生の従兄弟を襲う大学生とはかなり危ない構図だ。もちろん、誤解されるようなことは何もなかった。
昔は遊びの一種だと思っていたが、今思えばエースはかなりの変態なのではないだろうか。
嫌な疑問が頭の中を過ぎった。

「ちゃんと使えよ? 何ならまだ練習するか?」
「しないよ! それと、サンジは変質者じゃないったら!」

ワキワキと両手を動かすエースから素早く離れ、ルフィは怒る。
サンジを悪く言うのは例え大好きな従兄弟の兄ちゃんでも何故だか許せなかった。
ふと、耳を澄ますと物凄い足音が聞こえてくる。
それは保健室の前で止まり、素早いノックのあとドアが勢い良く開いた。

「ルフィ! 無事か!?」

そこへ登場したのは予想通りサンジだ。きちんとノックするトコが優等生らしい。

「お、おお。転んだだけ。かすり傷だよ」
「……ルフィにケガさせるなんておれは最低だ」

辛そうな表情でサンジは俯く。

「いやいやいや! 勝手におれが転んだだけだから! 思い悩みすぎだろ!」
「ルフィは優しいな……責任、取るよ」

顔を上げたサンジは感動したようにルフィを見つめてきた。

「物事を重苦しくするのは、やめてください。責任感じないでください」
「遠慮するな。運動場まで運ぶ」

まさかと思ったときにはもう地面に足が着いていなかった。
サンジは茫然とするルフィを抱えたままエースにお辞儀する。

「失礼しました」

ルフィが文句を言うヒマもなく横抱きにされたまま、二人は保健室からいなくなった。
エースは突然の出来事過ぎてリアクションが一つも取れなかった。
静まり返った部屋にようやく我に返る。

「要注意人物にもほどがある…陰湿な邪魔しようっと」

相手が男だとか女だとか、そんなことはエースには関係ない。優等生でも不良でも同じこと。
ただ単に、愛する従兄弟に手を出す輩が許せないのだ。
教師という立場をフル活用して、サンジをルフィから遠ざけてやる。
エースは、そう心に誓った。

一方、サンジは下駄箱で真っ赤になったルフィに正座させられ、説教されているのだった。

























*END*