一日の講義も終了し、サンジは、この後どうしようかと考える。
とりあえず大学を出て、町で適当な女性に声を掛けることにした。
「サンジ〜暇ならリサと遊ぼ」
大学を出るまでに一人の女性に声を掛けられた。
甘ったるい香水の匂いがする女性だ。
リサは馴々しくサンジの腕に絡みついてきた。
「いいぜ? どこ、行きたい?」
「買い物したいな〜」
計算した上目遣いでサンジを見上げてくる。
どうみてもこの女は金目当てだと分かるが自分も身体目当てなので別段、気にならなかった。
「じゃあ行こうか」
「うん、行こ行こ!」
容姿がよくて、甘え上手、女にルーズなことも全く気にしないような遊びの関係。
自分の金目当ての女は何人かいるが実に気楽な関係だなとサンジは思った。
***
適当に買い物をしていると辺りはもう暗くなっていた。
荷物を持つのは面倒なので後日、リサの家へ送るように手配したので二人は手ぶらに近かった。
「ノド乾いた〜」
「喫茶店でも行くか」
サンジもノドが乾いていたのでタイミングがよかった。
何度か行ったことのある喫茶店が近場にあることを思い出し、サンジはそこへリサを誘った。
店主も可愛く、味もいい喫茶店だ。
そういえば他の女性とも来たことがあったっけ。
最近、来ていなかったとサンジは少し勿体なく思った。
喫茶店に入ると丁度、厨房から女店主が出て来るところだった。
「あら? サンジ君、久しぶり」
「お久しぶりです、ナミさん」
いつもと変わらない可愛らしい笑顔でナミはサンジを迎えてくれた。
サンジは何度か口説いたことはあるが体よくあしらわれるばかりだった。
「こんばんは〜」
リサも笑顔でナミに挨拶をした。
さっきサンジにしたのとは違う笑顔でナミは、にっこりと笑った。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
サンジ達は店の奥へと案内された。
大抵、サンジは女性と一緒に来ると店の奥に案内される。
その理由を察してサンジは苦笑する。
「ルフィ、水とおしぼり持って来て。二名様よ」
聞き馴れない名前にサンジは首をかしげる。
「新しいバイト?」
今まではそんな名前の奴はいなかったはずだ。
「ええ、まだ失敗が多いんだけどね」
楽しそうなナミの様子に気に入っているんだろうと予想でき、サンジも笑った。
「ま、男みたいだし。おれには関係ないか」
「リサがいるでしょ〜」
「ごめんごめん」
大して気にしてもいないであろう上辺だけのヤキモチにサンジは思わず笑った。
「サンジ君、ほどほどにしなさいよ?」
サンジ達の軽い関係に気づいているのかナミが小声で忠告して来た。
「ナミさんが付き合ってくれるなら」
「はァ、遠慮します。ま、ごゆっくりどうぞ」
サンジは軽口で返すが、ナミにため息を吐かれてしまう。
本気で心配してくれているのかもしれないと思うと不謹慎だが嬉しかった。
ナミがテーブルから離れるときにすれ違いで新人がお盆に水とおしぼりを乗せて歩いて来た。
。
零さないように真剣なのかゆっくりとした足取りだ。
「失礼しま……あっ」
サンジと目が合った瞬間、何故かバイトは驚いて持っていた水を落としてしまった。
「きゃっ、冷た〜い! ちょっと〜ウエイターさ〜ん」
リサが怒っているがサンジの耳にその声は入らない。
「わ、悪ィ! いたっ」
「謝り方が違う」
「も、申し訳ございません」
いつの間にか来ていたナミにルフィは謝り方を注意される。
「もう、しっかりしてよね〜」
「本当に申し訳ございません」
ナミが深々と頭を下げているところでサンジは、やっと意識がハッキリしてきた。
「ナミさん、気にしないで。おれが新しい靴買ってあげるし」
「え? 本当? ありがとう、サンジ」
「サンジ君、いいの? なんだか悪いわね」
適当に相づちを打ちながらもルフィと呼ばれた少年のことが気になり、サンジはついつい床を拭いているルフィを目で追ってしまう。
転がっていったコップを拾ったときにルフィの動きが止まった。
そして、すぐにコップを隠そうとしている。
「ルフィ〜?」
ナミもルフィの様子を見ていたのか意地の悪い顔でルフィの名前を呼んだ。
「見せなさい」
サンジは恐々とコップを差し出すルフィを可愛いと思ってしまった。
「……ひびが入っただけだから、セーフ?」
「アウト!」
「えー!? だ、ダメ?」
ルフィは異様に焦っている。何か焦る理由でもあるのだろうか。
「使い物にならなくなった時点でアウトでしょ」
ルフィは勢いよく立ち上がりナミをチラチラと見ている。
「……お、お腹痛いから明日はバイト、休む」
「嘘言わないの。明日が楽しみね〜」
あまりにも下手なウソにサンジは笑ってしまう。
「あ、明日はゾロも来るんだぞ?」
「いいじゃない。ま、ゾロに見せるのは勿体ないわね」
「う〜、ヤダ」
ルフィは可愛い顔で拗ねている。
話を聞く限りではゾロという奴に見せたくない何かが明日あるということか、とサンジは考える。
それと同時にゾロという得体の知れない奴の名前に何故か苛立ちを感じていた。
なんだ、この気持ち?
ルフィが厨房に消えていった後、サンジはナミを見た。
「……今の」
「新しいバイトのルフィよ。次に何か壊したら罰ゲームって言ってたのよ。ふふ、明日が本当に楽しみだわ」
「…そう」
なんだかサンジの気持ちは落ち着かなかった。
ナミが怪訝な顔をしてサンジを見た。
「サンジ君?」
「い、いや、なんでもない」
サンジは柄にもなく焦ってしまう。
「そう? また注文が決まった頃に来るわね」
不思議そうにナミはその場を離れた。
「どうしたの〜サンジ〜?」
「……悪いけど今日は帰ってくれないか?」
「えー? なんで〜?」
突然の申し出にリサは心底驚いているようだ。
「靴はまた明日にでも買ってあげるから、ね?」
「もう、仕方ないな〜約束だよ?」
「あァ、じゃあな」
サンジの機嫌を損ねてはいけないと思ったのかリサはあっさりと店を後にした。
サンジには考えたいことがあった。
ルフィを見たときの、あの不思議な感覚はなんだったのか。
答えは分かっていたが簡単に認めるには少し抵抗のある感情だった。
***
サンジがぼんやりとルフィのことを考えているとが張本人が注文を取りに来た。
「あれ? 女の人は?」
「帰った」
「ふーん? ご注文はお決まりですか?」
特に興味なさそうにルフィは返事をした。
とりあえず、探りを入れてみようとサンジは思った。
「持ち帰りもできるのか?」
「うん。物によってはできるぞ」
「じゃあ、お前」
「はい。…はい? ……おまえ?」
いかにも意味が分かっていなさそうにルフィは首をかしげた。
その計算のない仕草を可愛いと思ってしまうのは仕方ないことではないだろうか。
「お前を持ち帰りたいんだけど」
「ふえ? 無理だぞ? おれは料理じゃねェもん」
困り顔でルフィはサンジを見つめてきた。
きっと意味なんて分かってないんだろうなァと思うと力が抜けた。
「ガキだな…どうしたもんかな。お前、明日もバイトあるのか?」
「うん、ずっとある。明日は来たくないけどな」
拗ねたようにルフィは口を尖らせた。
ナミがさっき言っていたことを思い出す。
「罰ゲームだっけ?」
「し、知ってるのか?」
「内容までは知らねェけどな」
ソワソワと慌てるルフィにサンジは罰ゲームの内容が気になっていた。
「そ、そっか。明日は来ない方がいいぞ?」
「なんで?」
そこまで嫌がる理由が知りたくてサンジはついつい聞いてしまう。
「な、なんでも! 注文決まってないならまた後で来る」
立ち去ろうとするルフィを見て、サンジは身体が勝手に動いていた。
「待てよ、ルフィ」
「わっ、……名前? なんで?」
ルフィの腕を掴み、サンジは引き止める。
知らないはずの名前を呼ばれ、ルフィはきょとんとした。
「ナミさんに聞いた。おれはサンジだ」
「サンジ…先輩?」
呼び捨てにしていいものか悩んだのだろう、たどたどしく先輩と付けてきた。
その呼び方がかなりサンジのツボでがにやけそうな顔になるが、なんとか耐える。
「……悩むトコだがサンジでいい」
サンジ先輩と呼ばれるのも捨てがたいが毎回そんな呼ばれ方をしたら身が保たない。
「悩む? ん、じゃあサンジって呼ぶ」
不思議そうな顔でルフィは頷いた。
名前を覚えてもらえたから今日は、このぐらいでいいかとサンジは満足した。
「今日はこのぐらいにしとくかな」
「? ……手、放せよ。ナミに怒られる……じゃあな」
ルフィに掴まれた手を慌て振りほどから厨房へ走って帰ってしまった。
サンジは名残惜しくもあったが今日のところは我慢することにした。
そのあとは注文を聞きに来たのはナミだった。
「あら? 女の子がいないじゃない。珍しい」
「はは、まァね」
いつも女性と一緒のところを見られているだけにサンジは苦笑いするしかなかった。
「いつもの紅茶でいいかしら?」
「お願いします。ところでナミさん」
「なに?」
「男の口説き方を聞きたいんですけど」
ナミはしばらく黙ったあと、目を見開いた。
「イヤよ……ルフィはダメよ。あげない。サンジ君にはもったいない」
「あ〜、バレました?」
「バレバレよ! 何? さっき、様子が変だと思ってたけど…一目惚れってこと?」
不思議な感情をナミに核心的につかれ、サンジは自覚するしかなかった。
「そうみたいです」
「……サンジ君って女好きじゃないの?」
ハッキリと答えるサンジが冗談を言っていないことを悟り、ナミは内心焦った。
「女性は好きですけど今はルフィの方が気になりますね」
「…よく考えて? ルフィは男の子なのよ。気の迷いかもしれないわ」
「そんなことは……」
気の迷いで男の口説き方なんて聞くワケがない。
サンジは否定の言葉を口にしようとするがナミに押し切られてしまう。
「いいからよく考えて! 今日はテイクアウトして帰るべきよ! うん、私、用意してくるわ」
「ナミさん…あ〜素早いなァ」
ナミは厨房へ駆け込んだかと思うと、あっという間にサンジの元へ戻ってきた。
「代金はいらないわ。その代わり、よく考えて? ……軽い気持ちで手を出したら許さないから」
「了解」
今日のところは退散した方が良さそうだ。
その日はもうルフィに会えなかった。
***
サンジは家に帰ってからナミに言われた通り、ソファーに寝転がり悩んでみた。
「……勘違いじゃねェよなァ」
サンジはまさか自分が一目惚れなどするはずがないと思っていた。しかも男に。
「気になるんだからしょうがねェよな」
苦笑しながらサンジは風呂に入る準備をした。
風呂の中でもベッドの中でもルフィのことを考えてみた。
どうやらルフィ本人に自覚はないがモテるようなので男だからなどと気にしていると誰かに奪われてしまうかもしれない。
「それは断固拒否だな」
明日も喫茶店に行くことを心に決め、サンジは眠りについた。
***
次の日、講義が終わるとサンジは喫茶店へ向かうためにさっさと大学を出た。
サンジは自分がワクワクしていることに気づく。
喫茶店までの道のりが遠いと感じたのは初めてだった。
喫茶店の扉を開ける。
「…いらっしゃいませ」
「っ………何、着てるんだ」
ルフィのマニアックなメイド服に驚きすぎて、とっさに声が出なかった。
メイド服だけなら、まだしも猫耳と尻尾もあるのだ。
「サンジか……来ない方がいいって言ったのに…罰ゲームに決まってるだろ」
ルフィは力なく笑い、空いてる席へサンジを案内した。
案内するルフィの背中はどことなく落ち込んでいるように見える。
「似合うな」
「うるせェ!」
からかっているつもりはないのだがルフィは怒ってしまった。
怒った姿も可愛らしい。
「あはは、そう怒るなって」
「ちぇっ、怒るに決まってるだろ。こんな服が似合ってたまるか」
「へェ?」
やはり、服装に慣れないのか、ルフィは疲れているようにサンジには見えた。
ついでに上から下までじっくりルフィを見つめてみた。
似合ってしまうのがスゴイと思う。
ホントに可愛い。
「な、なに?」
サンジの視線に気づいたのかルフィはモジモジしながらサンジを見てきた。
なんだかイタズラしたい気分になる。
「スカートの中、何着てんだ?」
「へ? うわ、放せよ!」
スカートの裾を掴むとルフィは慌て、サンジの手を放そうとした。
「気になるのが男の性だぜ?」
サンジがニヤニヤと笑うとルフィの顔が赤くなった。
「し、知るか!」
「……冗談だ。あんまり可愛い顔するなよ? この場で襲うぞ?」
サンジは自制が効かなくなりそうなので、仕方なくスカートから手を放した。
「サンジはわけわかんねェな」
サンジの言葉を理解していないルフィは不思議そうに笑った。
「ルフィ! 料理運んで」
「はーい、じゃあな〜」
ルフィはナミに呼ばれ、サンジのそばを離れた。
「回りくどい言い方じゃルフィは気づかねェか」
サンジは、ため息を吐くよう呟いた。
他の客のルフィへ注がれる視線も気になる、出来れば自分の前だけで着てほしいものだ。
それにしても、あのテーブルの男二人組とルフィは仲が良さそうだな。
同級生だろうか、などと考えていると携帯が鳴った。
画面を見るとリサだった。
面倒だが出ないワケにはいかない。
「もしもし?」
『サンジ〜昨日、約束したじゃんか〜今、どこにいるの〜?』
靴のことを思い出しサンジは気づかれないように、ため息を吐いた。
「ごめんごめん、昨日いた喫茶店にいるんだ。リサはどこ? 迎えに行くよ」
『ん〜リサがそっちに行くから喫茶店を出て待ってて』
「了解」
サンジは携帯を切り、立ち上がる。
非常に面倒だがここらで手を切っておこうとサンジは考え、喫茶店を出た。
***
これで最後にして欲しいというとリサは渋々ながら了解してくれた。
そして最後だからと連れ回される羽目になってしまった。
散々、連れ回して満足したのかリサは家まで送らなくていいと言った。
「サンジ、いろいろありがとう。リサは楽しかったよ。じゃあね〜」
別れのセリフのあと、リサはサンジに軽くキスをした。
別れのキスということだろう。
サンジは特に深い感慨もなくリサに手を振った。
「他の女性にも別れを言っておくか」
正直、女遊びをしている時間すら今はもったいなかった。
今日のうちに全ての女性関係にケリつけておこうと、サンジは携帯を取り出した。
***
何人かの女性に明け方近くまで付き合わされたが大きな問題もなくサンジは他の女性達ともすべて別れることができた。
しかし、ほとんどの講義を睡眠として使ったので眠気はあまりなかった。
これでやっとルフィにだけ集中できるとサンジは肩の荷が降りた気分だった。
さっそく、喫茶店へと向かう。
「あ…い、いらっしゃいませ」
店に入ると表情の強ばったルフィがサンジを出迎えた。
「何、どもってんだ?」
「べ、別に…こちらへどうぞ」
「変な奴だな」
ルフィの様子が変だと思いながらサンジはどうしようかと考えていた。
なんだか思い詰めているようにも見える。
席に座り、話しかけようとサンジが口を開くとルフィの背後に見覚えのある顔が現れた。
「ルフィ」
「えっ? ゾロ〜どしたんだ? 部活は?」
昨日、ルフィと仲良さそうにしていた緑頭だとサンジは思い出した。
「してきた」
「えー、部活の後に来たのか?疲れてんだろ〜座ってろよ」
嬉しそうなルフィにサンジの顔が引きつる。
どうやらお互いの印象は悪いらしくゾロも嫌な顔をしている。
「……その席は遠慮しとく」
「は? まァ好きな席に座ればいいけど。今、空いてるし」
「そうさせてもらう」
「ちょっと待ってろよ〜水とか持って来る」
ゾロは遠くの席にわざわざ座り、サンジを睨んできた。
それだけでサンジはゾロのルフィへの想いに気づいてしまった。
「……なるほどね」
サンジは腹が立ったので余裕の表情で笑っておいた。
店内はライバルだらけだなとサンジは、ため息を吐いた。
***
今日こそは想いを伝えようとサンジはルフィのバイトを終わるのを外で待つことにした。
しばらく待っていると声を掛けられたくない人物に声を掛けられた。
「おい、アンタ」
「あ〜、お前か。何か用か?」
「てめェにルフィは似合わない……ルフィを泣かせるような真似はするなよ」
もっと喧嘩腰に話しかけてくるかと思いきやゾロはそれだけ言うと帰ってしまった。
「こっちのセリフでもあるんだがな」
さっさと帰るゾロの後ろ姿にサンジはボソリと呟いた。
喫茶店の閉店時間になり、しばらくするとルフィがため息を吐きながら店から出てきた。
「ルフィ」
「うわっ!」
サンジが声を掛けるとルフィは飛び上がらんばかりに驚いた。
「はは、びっくりしすぎだろ」
「さ、サンジ! なんで…ここに…」
なぜ自分がここにいるのかルフィはまったく分かっていないようで驚きを隠せないでいる。
当然といえば当然の反応にサンジは笑ってしまった。
「お前を待ってた」
「え? なんか用事か?」
首をかしげるルフィがなんだか嬉しそうに見え、サンジは安堵する。
この場所で告白するのは気が引けたので移動しようと歩きだす。
「ちょっと歩きながら話そう」
「う、うん」
歩きながら話そうと言ったものの何を話せばいいか分からずにサンジは黙ってしまう。
それはルフィも同じようで、びくびくしながらサンジについてきた。
しばらく歩き、近くにある公園のベンチに二人は腰掛けた。
「あの藻みたいな野郎とは仲良いのか?」
唐突かと思ったがサンジは気になったので聞いてみた。
「藻? ………ゾロのことか?」
「そんな名前だったかもな」
嫉妬しているせいかサンジの顔が引きつる。
なぜサンジが不機嫌なのか分かっていないのかルフィは不思議そうな顔で見た。
「仲良いぞ? 同じクラスだし、親友だし、よく一緒にいる」
「下心があるように見えるが?」
ルフィが気づいていないだけでゾロは確実にルフィに恋をしている。
サンジはまったく気づかないルフィに警戒をして欲しかった。
「? ……意味わかんないけどゾロのことバカにしたら許さないぞ!」
ルフィに憤慨され、サンジも困ってしまう。
ルフィにとってゾロは大切な親友なのだ。
「バカにしてねェよ。嫌なライバルだと思っただけだ」
「ん? らいばる?」
ハッキリと言わなければ気づかない様子のルフィにサンジは真剣な表情になる。
「お前のことが好きだって言ってんだよ」
「へ? ありがとうございます……?」
「……お前、意味分かってねェな」
きょとんとして何故かサンジに礼を言うルフィにサンジは力が抜けた。
まったく意味を理解していない。
サンジは立ち上がるようにルフィに言った。
「わっ?!」
ルフィが立ち上がると、すぐにサンジはルフィを抱きしめた。
「好きだ。愛してる」
「あ、愛? ……っ」
ルフィは好きの意味を理解したのか固まってしまった。
見えてはいないが、きっと真っ赤な顔をしているだろう。
「な、お、おれ…っ!」
どもって何かを言おうとするがルフィは当然に黙った。
「い、イヤだ!」
サンジはルフィに思い切り突き飛ばされ、よろめく。
泣きそうな顔でルフィはサンジを睨んできた。
「……ルフィ?」
「彼女がいるのに…おれのことからかうの止めろよ!」
「彼女? …いねェよ」
「昨日、キスしてた!」
浮気現場を見られていた気分でサンジは慌てる。
今までこんなことで慌てたことなんてなかったのに。
「見てたのか? あれは…あっちが勝手に」
「サンジは好きでもない奴とキスできんのかよ!?おれはできないし、したくもない!」
「ルフィ…」
嫌われたと思うとサンジは胸が苦しくなった。
ルフィはゆっくりと後退りしている。
サンジは思わず一歩近づいてしまう。
「近寄るな! おれはいい加減な奴、キライだ」
「……いい加減じゃなかったらいいのか?」
「へ? ……うん。だって、おれ遊ばれて捨てられるのイヤだもん」
ルフィは立ち止まり、サンジの質問に少し考えてから答えた。
遊ばれること前提でルフィが考えているのが気になるがサンジは自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「男相手に遊ぶかよ。おれは女に困ってるわけじゃない」
「ふーん」
ルフィは口を尖らせて不機嫌になる。
サンジは何か失言したかと考え、ある結論に至った。
「お前さ…おれがイヤなわけじゃないんだな?」
ルフィは一瞬で赤くなり、あたふたと慌て出す。
「え!? そ、それは……あっ、雨だ」
ルフィの言葉に空を見上げるとポツポツと雨が降り始めていた。
雨は瞬く間に激しくなり、大粒の雫を降らせ始める。
「どしゃ降りだな。おれの家、近くにあるから来るか?」
二人同時に雨宿り出来そうな場所が見当たらずサンジはルフィに問い掛ける。
「くしゅん」
ルフィは、くしゃみをしている。
こんな場所で話をしている場合ではない。
「風邪引くぞ? タオルぐらい貸してやる」
「…うん、行く」
サンジはルフィがついてくるのを確認し、家へ向かって走り出した。
***
「広い部屋だな〜マンションの入り口もオートロックだったし、最上階だし、警備員みたいなのもいた…サンジって金持ちなのか?」
ルフィはキョロキョロと部屋の中を見回す。
一人で住むには広すぎるほどだ。
「まァな。ほら、タオル。風呂も貸してやるよ」
「……いいのか? くしゅん」
ルフィは悩んでいるように見えたがサンジは気にするなと笑った。
「構わねェよ。さっさと入って来い」
「あはは、じゃあお借りします」
ポタポタと水滴を落としながらルフィはサンジが示す、風呂場へと消えた。
サンジは床に落ちた水滴を拭く。
「着替えないとおれが風邪引くなァ」
サンジは部屋に暖房を入れ、着替る。
自分の濡れた服を持って、脱衣場へ向かう。
洗濯機に濡れた服を入れ、ルフィの制服は乾燥機へ入れた。
そうなると着替えがないと思い、タンスを探る。
大きめのシャツを見つけた。
他にも着れそうな物はあるがこれぐらいのサービスがあってもいいだろうとサンジはシャツとバスタオルを脱衣場に置いた。
風呂場を覗きたい気持ちをなんとか押さえ、部屋に向かった。
***
サンジはソファーに座り、自分の気持ちを再び考えてみた。
「……勘違いじゃねェよな」
自分の家にルフィがいると思うとドキドキもするし、嬉しい。
ルフィの気持ちはどうだろうと考えてみた。
「普通は嫌だろ」
ルフィ以外の男に告白されるなんて想像するだけで気分が悪い。
しかし、ルフィの反応は本気じゃなさそうだから嫌だという感じがした。
「…脈ありか。でも鈍そうだからなァ」
サンジはニヤけそうになるが不安も大きかった。
ただ、告白という行為に恥ずかしがっていた可能性もある。
そのとき風呂場の扉が開く音がした。
サンジはホットミルクでも作ってやろうとキッチンに立った。
作り終わった頃、ルフィがこちらへ来る足音がした。
カップをソファーの前の低いテーブルに起き、サンジはソファーに腰掛ける。
「サンジ〜おれの制服、どこ?」
髪を拭きながらルフィはドアを開けた場所で制服の在処を聞いてきた。
「乾燥機に入れてる。そのうち乾くだろ」
「乾燥機……金持ちだなァ」
ルフィは感心しているように見えた。
「はいはい、金持ちだからなんでもあるんだよ。こっちの部屋に暖房してるから早く入れ。あと、ホットミルク」
「わ〜、ありがとう」
ルフィはサンジの横に座り、ホットミルクを飲んだ。
あまりの警戒心のなさにサンジは呆れる。
「警戒心ないな、お前。逆に手ェ出しにくい」
「ん? ごちそうさま。おいしかった」
「そりゃよかったな」
あまりにも可愛くルフィが笑うのでサンジはその頭を撫でた。
「サンジは風呂入らなくていいのか?」
少し心配そうにルフィはサンジに尋ねた。
「着替えたから平気。それより、お前と一緒にいたい」
「わっ、な、なんか近いぞ?」
サンジがルフィとの距離を触れ合うほど縮めると、ルフィは赤くなった。
「近づいてるからな。それより、お前の格好、そそるな」
「へ? え? ……服、着たい」
じっとこちらを見るサンジにルフィは顔を逸らした。
「まだ乾いてねェよ」
本当はそろそろ乾いている頃だろうがサンジは嘘を吐いた。
「ほ、他に服ないのかよ?」
「あるぜ?」
予想外の返答だったらしくルフィは目を丸くして驚いている。
「え? 貸してくれないのか?」
「せっかくだからな」
「……?」
意味が分かっていないのかルフィは困った顔をした。
「さて、返事を聞かせてもらおうかな」
サンジは言葉と共にルフィをソファーへと縫い付ける。
「う、わっ…あれ?」
ぽかんとするルフィにサンジは少し笑う。
「おれはいい加減な気持ちで男に好きだなんて言わない。まァ、きっかけは一目惚れだがな…ちゃんと本気でルフィのことが好きだ」
サンジは真剣に真摯に想いを伝える。
「え…えと、ちょっと体勢が…うー」
体勢が恥ずかしいのかルフィはソワソワとしながらサンジを押し戻そうとする。
しかし、サンジが肩を押さえているので起き上がれない。
「逃げるのか?」
「じゃなくて…緊張する、から…どいて?」
生まれて初めてと言っていいほどの体勢に焦っているのだろう。ずっと顔が赤い。
「イヤだね」
そんな様子を見るとついつい意地悪したくなってしまう。
「い、意地悪だな」
「体勢は気にするな。で、お前はおれのことどう想ってんだ?」
「お、おれは…」
ルフィの顔がさらに赤くなる。
気持ちを落ち着けようとしているのか深呼吸をしている。
サンジは黙って、ルフィの言葉を待つ。
「おれは、サンジが…好きだ」
「………マジ?」
散々、待っていた答えの内容にサンジは喜びより驚きが強い。
「お、おれ…サンジと違ってウソつけねェもん」
「……失礼な奴だな。お前を想う気持ちにウソはねェよ」
ついさっき服は乾いていないとウソを吐いたばかりなのでサンジは思わず黙ってしまう。
しかし、すぐに気持ちにはウソがないことを伝えた。
「そ、そっか。あはは、恥ずかしいから、どいてくれよ?」
ルフィは再び押し戻そうとするがサンジは動かない。
「せっかく相思相愛だって分かったんだからイチャイチャしようぜ?」
サンジにニヤニヤと笑われてルフィは、あたふたとする。
「おれ、サンジのこと何も知らねェからサンジのこと聞きたいな!」
サンジはルフィの必死な様子に笑いを堪える。
「おれのこと〜? 今、じゃなくていいだろ」
「ん、やっ…さ、さわるなっ」
太ももの内側を撫でるとルフィはビクリと反応した。
イイ反応にサンジの方が困ってしまう。
「可愛いな、お前」
「うー、そんなことないから…どいて」
「…キスぐらいしてもいいだろ?」
サンジは今すぐ襲いたい気持ちを押さえ、最低限の譲歩を提案した。
「ぐ、ぐらいって…おれはしたことないのに」
「ないのか…それは嬉しいな」
「サンジは……あるな」
昨日のことを思い出しているのかルフィは不機嫌そうに呟いた。
サンジは異様に焦ってしまう。
「も、もうお前以外とはしねェよ。怒るなって」
「ホントかなァ…不安だぞ?」
「信頼ねェな。絶対しない、誓う」
今までの女性関係もルフィがいれば煩わしいとしか思わない。
サンジの真剣さにルフィは照れたように笑った。
「冗談だ。サンジのこと好きだから信じてる」
「……おれの理性を試すとは恐ろしい奴だな」
「ふえ? わ……っ」
サンジは我慢できずに軽く口づけする。
ルフィは真っ赤な顔をして茫然としていた。
「あはは、真っ赤だな」
「は、恥ずかしいな…えへへ、でも嬉しいかな」
「……可愛いなァ、どうしてやうか」
サンジが襲うかどうか悩んでいるとルフィはうつらうつらとし始めた。
「…おい、寝るなよ?」
「うん」
「寝るのか?」
「うん」
「おれのこと好きか?」
「うん」
うん、としか言わなくなったルフィにサンジは脱力した。
「先に寝るならおはようのキスをしてくれよ?」
「うん」
「約束だな」
「…うん」
「代わりにおやすみのキスはおれからしてやる」
「……うん」
返事の感覚が段々と空いてきている。
ルフィはもう寝る寸前なのだろう。
「仕方ねェな〜これだからガキは」
笑いながらサンジはルフィを自分のベッドに運んだ。
そのときにはもうルフィの意識はなかった。
サンジは寝支度を整え、ルフィの眠るベッドの横へ入る。
ルフィは起きることなくスヤスヤと寝ている。
「おやすみ、ルフィ」
ルフィにチュッと軽く口づけて、サンジは電気を消す。
無論、サンジは眠れるわけもなく何度も襲ってしまおうかと考えた。
その度に少ない理性を総動員して、なんとか我慢した。
翌朝、ルフィが目覚めるとサンジは無防備すぎるのも問題だと説教をした。
そして、赤面するルフィに約束通り、おはようのキスをさせるのだった。
お互いのことはまだよく知らないが笑顔のルフィを見ていると、これからもこんな温かい気持ちのまま、ずっと一緒にいるんだろうなと思った。
*END*