部屋で一人、綱吉はベッドに寝転がりうとうとしていると階段を駆け上がる音が聞こえた。
ランボだろうかと思ったが、いつもと足音が明らかに違う。
そもそも、今この家には誰もいないのだからランボであるはずがなかった。
泥棒にしては大胆な足音に息を潜めているとバタンと部屋のドアが勢いよく開く。
「ツナ! 会いたかった!」
「でぃ、ディーノさん? な、なんでここに…」
「鍵開いてたからな!」
ベッドから跳ね起きた綱吉は驚きの表情から乾いた笑みを浮かべた。
(…ディーノさん、それって不法侵入です)
全く聞こえなかったがディーノはインターフォンを鳴らしたのだろうか。
ディーノの嬉しそうな顔を見ているとそんなことは言えない。
我が家でだけなら問題はないだろう。
にこにこと笑う姿はマフィアのボスには見えなかった。
相変わらずカッコいい人だと綱吉は心の中で思う。
「リボーンに用事ですか?」
「いいや〜、仕事の息抜きにツナに会いに来た」
「そう、だったんですか。あ、お茶淹れますから座っててください」
「ん、サンキュ」
自分に会うことが息抜きになるのなら、せめておもてなしをするべきだろうと綱吉はアクビをしながら階段を下りた。
というか、息抜きと称してディーノはよく遊びに来る気もする。
最近は日本での仕事が多いのだろうか。
マフィアのボスが暇だとは思わないがふらりと現れるので心配になってしまう。
台所に行くとテーブルに書置きと五百円玉があった。
『ツっ君へ マヨネーズ買うの忘れたので買ってきてください。
おつりで好きなもの買ってね! お母さんより』
好きなものと言われてもマヨネーズを買うとそれほど残らない気がする。
綱吉はランボ達にお菓子でも買ってやろうかと考えながら、お茶を淹れた。
ついでにディーノが食べそうなお菓子も探す。クッキーしかない。
いや、クッキーでも構わないのだが、絶対にこぼすだろうなと苦笑しながら綱吉は布巾も一緒に持って上がった。
部下が近くにいないと途端にダメになる姿は共感が持てるが、不安にもなる。
そもそも部下が近くにいない状況というのは少ないのかもしれないが、あのマヌケさを見るとダメツナと呼ばれる自分よりもひどいのではと思うことがあった。
がちゃりとドアを開けるとベッドの下を覗いているディーノがいて綱吉は驚く。
「な、なにしてるんですか!?」
「年頃の男の子だからエロ本でも隠し持ってるかなって」
「も、持ってないですよ!」
顔が熱い。爽やかな笑顔で変なことを聞かないで欲しい。
そもそも、持っていたら何だというのだ。
綱吉は少し怒りながらお茶などを乗せたお盆を机に置いた。
お茶を差し出すとディーノは綱吉にお礼を言い、クッキーへと手を伸ばす。
「恭弥は学校に仲良い奴、いるのか?」
「え? 恭弥さんですか?」
少なくとも風紀委員のメンバーとは上手くコミュニケーションが取れているのではないだろうか。
主に草壁などは雲雀を理解しているだろう。たぶん。
仲良し、と言われると疑問だが悪くはないはずだ。
もしかして、自分も仲良しと校内で誤解されているかもしれない。
有名人と一緒にいる独特の優越感のようなものが全く無かった。
むしろ、同情を浮かべる眼差しと生贄が見つかったという安堵の眼差しにさらされ切ない。
「いる、と思いますよ。恭弥さんは有名人ですから仲良くしたい人もいると思います」
ディーノと雲雀は師弟のような間柄だ。
きっと雲雀の様子が気になるのだろうと綱吉は脳内を悟られないように笑顔で質問にいい方向で応える。
理不尽に咬み殺された人々を思うと人気者です、とは言い難かった。
するとディーノはクッキーを食べる手を止め、綱吉をじっと見ていた。
首を傾げるとディーノはゆっくりと口を開く。
「……ツナは『ヒバリさん』って呼んでなかったっけ」
「っ!?」
ディーノの言葉に綱吉は真っ赤になった。
別段、照れることではないのだがものすごく自然に名前を呼んでしまったようだ。
二人きり、もしくはリボーンも交えての恐怖のお茶会。
あまり喋らない雲雀に綱吉は必死に話しかけている。沈黙が怖いから。
しかし、不機嫌になる確率も高い。何を言えば不機嫌になってしまうのか。
雲雀に対する言葉の地雷が綱吉には今もよくわかっていないのだ。
とりあえず名前を呼べば機嫌が直ることを発見した綱吉は不機嫌な雲雀に多用している。
その癖が抜けていないのかと思うと非常に恥ずかしい。
「あは、あはは、ディーノさんが『恭弥』って呼んだんで移っちゃいました。名前呼んだなんて知られたら殴られちゃうんでヒバリさんには内緒にしてくださいね!」
「…そう、なのか?」
「あははははは」
訝しがるディーノに綱吉は乾いた笑いをするしかなかった。
ふと、ディーノを見ると口の周りに食べかすが付いていて思わず持っていた布巾で拭う。
「つ、ツナ?」
「あっ! ご、ごめんなさい! クッキーが…付いてて」
ランボの世話を思い出しての条件反射に等しい行為。
しかし、相手は自分よりも年上だ。失礼この上ない行動だっただろう。
そう思うが机の上にこぼれたクッキーの欠片もついつい拭き取ってしまう。
自身で思っている以上に子守癖が浸透しているのだ。
(あー、もう! 何なんだオレの体は!! 相手はランボじゃないんだぞ!!)
悲しいかな、そのまま机をキレイにし終え、ディーノを見ると視線を逸らされた。
「なんか…お嫁さんみたいだな」
「どうして!? どこがですか!? しっかりしてください!!」
ぼんやりと、心なしか赤面しているディーノに全力でツッコミしてしまう。
口を拭いて、机を拭いただけだ。
部下がいないというだけで思考回路までおっちょこちょいになってしまったのかと綱吉は直ちに正気に戻って欲しいと切に願う。
「しっかり、してると思う」
「してないですよ! そうだ! 外の空気を吸いましょう! ついでに買い物してもいいですか?」
「ああ…デートみたいだな」
「しっかりしてぇー!!」
綱吉の大声が沢田家に響き渡った。
***
母に頼まれた買い物も終わり、綱吉は心に平穏を取り戻した。
あれからディーノはおかしな発言はしていない。
棚の商品を笑うしかないくらい落とす、ガラスのドアに激突する、迷子になる。
持っている買い物袋で人を殴る、自分の足を蹴って転ぶ。
いつもよりダメな部分はあったが許容範囲だ。
(今日、あとしてないドジってなんだろ。階段から落ちるくらいかなぁ)
様々なドジっ子現場を目撃した綱吉はそんなことを考えながら歩く。
そして、公園に差し掛かる階段。ほんの5段ほどしかない短い階段があった。
ひやり、とする。これは超直感だろうか。
「ツナ、せっかくだから公園に寄って行こうぜ」
「ちょ、待っ!!」
「う、わっ!」
予想通り足を滑らせるディーノ。宙を舞う買い物袋。
こんなことなら買い物袋は自分で持っていればよかった。
親切なディーノは弟分に荷物は持たせられないと人にぶつけたあとも頑なに買い物袋を持ち続けていたのだ。
手ぶらだった綱吉は反射的にディーノへ手を伸ばしていたが体格差の関係か支えられない。
共倒れ、そんな言葉が頭を過ぎる頃に、綱吉は後頭部を強打していた。
「いったぁ…」
「わ、悪い! 大丈夫か!? ツ、ナ」
変に区切って呼ばれ、疑問を込めてディーノを見上げる。
するとディーノがぼやけて見えた。
後頭部強打のせいで涙が滲んでいるのだ。
いくら頭が固いとはいえ、痛いものは痛い。
すぐに起き上がろうにもディーノが腹の辺りに馬乗りになっていて起き上がれない。
「ディーノさん?」
「ツナ…オレは……」
切なそうに眉根を寄せられ、綱吉は胸がドキドキしてきた。
気のせいか、最近自分の周りにいる連中は美形が多い。
真剣に見つめられたり、今みたいに見つめられたりすると
相手が男でもドキドキしても仕方ないのではないかと思ってしまう。
何かを言うことも出来ずに動揺しているとディーノの右手が綱吉の左頬に触れた。
そして、そっと輪郭を辿るように首筋へ。そのことにビクッと体が震える。
何が何だかわからないが、耳に聞こえる雑踏に焦りが募った。
自室ならまだしも、ここは野外。この体勢でいつまでもいるのは明らかにおかしい。
地面を叩く靴音が聞こえ、ディーノを押し戻そうかと思ったとき、聞き覚えのある声がした。
「ボス! 昼間の外はダメです!! というか、犯罪です!!」
「っ! ロマーリオ? …わかってるよ!!」
声の主はディーノの部下ロマーリオで、こちらに走ってきているようだ。
それに気づいたディーノは華麗な仕草で綱吉から退け、呆けている綱吉を抱き上げる。
「悪い、ツナ。ケガはないか?」
横抱き、いわゆるお姫様抱っこをされ、心配そうな表情で覗き込まれた。
そのことに羞恥以外の何を感じればいいというのか。
「だだだだだ大丈夫ですから! 下ろしてください!」
綱吉は真っ赤になっているであろうことを自覚しつつ、落とされるかもしれない恐怖でディーノの服にしがみつく。
そのことに驚きつつディーノは壊れ物を扱うように優しく、そっと地面に下ろした。
綱吉はホッと安堵した。どうやらロマーリオの出現で早々に頼れるボスになっているようだ。
ディーノへの挨拶もそこそこになぜかロマーリオが慌てて、自分とディーノの間に割って入ってきた。
そのことにツナは首を傾げてロマーリオを見る。
「ボンジョルノ、ボンゴレ10代目。その…無事、ですか?」
「こんにちは、ロマーリオさん。えーっと…ケガはない、ですよ」
自分の頭を擦ってみるがタンコブは見当たらなかった。
日頃の修業などの影響で色々と丈夫になっているのかもしれない。
「よかった…」
「人を節操無しみたいに思ってるんじゃねーよ」
「目が本気だったもので…というか、仕事残ってるんですから抜け出さないでください」
「ちぇ〜、仕方ねーなぁ。悪いけど、ここでお別れだ」
ディーノはどこかへ吹っ飛んだ買い物袋を発見し、綱吉に手渡した。
卵が入ってなくて本当によかったと思いつつ、綱吉は笑顔で受け取る。
「はい、また時間が空いたら遊びに来てくださいね」
「ああ。ツナ…オレのこと、どう思う?」
「え? かっこいいと思いますよ」
突然何を言い出すのかと思ったが真剣な眼差しだったので普段から思っていることを伝えた。
「そうか! ツナ、またデートしような」
「……今度はロマーリオさんも是非ご一緒に」
「!? お、オレは挫けないからな!! すぐ会いに行くからな!!」
「ちょ、ディーノさん!?」
ものすごくショックな表情をしたあと、ディーノは走り去ってしまった。
「な、なんだったんだ…」
走り去ったあとを見つめつつ、綱吉は呟く。
部下がいないとへなちょこで危険だからロマーリオも誘ったのだが、嫌だったのだろうか。
「ボンゴレ、そんなこと言わずに…ボスとデートしてやってください!!」
「デートって…ロマーリオさんまで……というか、顔上げてください!!」
深々と頭を下げられて綱吉の方が慌ててしまう。
むしろ、先ほどから当たり前のように使われている単語に違和感しかなかった。
(もしかして…イタリアでは友達と遊びに行くことをデートっていうのかな)
海外の文化はよく知らないのでデート発言は流すことにする。
「えーっと…でも、部下がいないと危ないのでは?」
「へなちょこなボスは……お嫌いですか?」
「いえ、そんなことは!」
もちろん、部下の前でのかっこいいディーノのことは憧れているし尊敬している。
しかし、だからといってリボーンの言う『へなちょこ』なディーノが嫌いなわけがなかった。
ボスを慕っているロマーリオには是非安心してもらいたいと綱吉は一生懸命に説明する。
「確かに、おっちょこちょいで心配なときありますけど普段とのギャップと言いますか…完璧な男の人より親近感が湧きますし」
「ボス、モテると思います?」
「はい、もちろん! 頼りない部分は守ってあげたくなるし! きっと、女性はそういうところにときめいたりすると思います。
えーっと、だから、へなちょこも魅力の一つだと思います、よ…?」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきて、最終的にはディーノの女性関連の話になっていて綱吉も混乱してきた。
「それを聞いて安心しました。ボスは最近、女性とも何も…あ、いえ、こんな話はするべきではないですね」
「は、はあ。そうだ、ロマーリオさんも明日、うちに来ます?」
「え?」
「近所の人に芋焼酎貰ったんですけど、今は父さんいないので」
「う、うれしいですけど…自宅に帰られたときに飲むのでは?」
「酔っ払った親父の世話ってものすごく面倒なんで…できれば受け取って欲しいです」
遠慮しないためにそう言ってくれるのか本当に父親に酒を自宅で飲ませるのが嫌なのか判断が付き辛いが屈託ない笑顔の綱吉を見ているとボスが惚れる理由もわかるというものだ。
マフィア相手に見返り要求も怯えもなく、普通に貰い物をくれるという綱吉に軽い感動すら覚えた。
「ありがとうございます、ボンゴレ。仲間と一緒に飲みますね」
「はい! それじゃあディーノさんにもよろしく言っておいてくださいね」
「もちろんです。明日は焼酎を頂いたら帰ることになると思います」
「………はい、家の中だとディーノさんも無事だと思います」
色々と思案してみたが家の中であるならば今日の買い物のような目には合わないかと綱吉は大丈夫だろうと頷く。
「…あなたが無事か不安です」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉が上手く聞こえず、首を傾げるとロマーリオは慌てたように首を横に振った。
「い、いえ、それではボンゴレ!」
「はい、また明日」
手を振る綱吉にお辞儀をしてからロマーリオはボスの元へと急ごうとすると手招きするディーノを木の陰に見つける。
「何してるんですか、ボス」
「おっまえは何をオレを差し置いてツナと仲良くしゃべってるんだよ!」
「す、すみません…ボンゴレが親切だったもので癒されてしまいました」
「…癒しだよな、ツナは」
のんびりと歩く綱吉の後姿を見つめつつ、ディーノはほぅっとため息を吐いた。
「……ボス」
「何だよ…オレだってな、せめてツナが高校生になるまでは我慢しようと思ってたっつーの」
「思ってた…過去形ですか」
「だって、恭弥のこといつの間にか『恭弥さん』だなんて呼んでるんだぞ!? ちょっと会わないうちに進展しすぎ! 年下に遠慮してたら高校生になる頃には誰かと付き合ってるかもしれねーだろ」
「そりゃまぁそうですが…」
相変わらず綱吉の後姿しか見ていないディーノにロマーリオは何ともいえない気分になる。
「大体、オレが手を出したら犯罪で、同年代の奴等が手を出すと恋愛になる意味がわからねーよ!! もう遠慮はしない! ロマーリオ、日本での仕事、増やしとけ」
「…了解です。でも、ボス。マフィアのボス同士だとか男同士だとか問題あると思いますよ」
「そんなのは付き合ってからの贅沢な悩みだ。今の問題は遠距離だということくらいだな」
「いや、付き合う前でも結構な悩みの種だと思いますよ、特に性別とか。ボンゴレ、常識人ですから」
「大丈夫だよ、ツナはガード甘いから。見たところ、同性同士に嫌悪もなさそうだし。 オレは欲しいモノは手に入れるんだよ…マフィアだからな」
そのときのディーノは綱吉が今まで見たことないほどの邪悪な表情で笑う。
この顔を見て、まだディーノのことを綱吉が慕ってくれるのか謎だ。
いや、あの少年は一度懐に入れてしまうとどんな人物であろうと見捨てられないだろう。
そこが変人に好かれてしまう一因ではないだろうか。
綱吉は本人の自覚なしに多くの者に好かれている。だからこそ、ディーノも焦るのだ。
もしも、ディーノが手段を選ばなくなったら、ロマーリオはそう考えてから少しだけ綱吉を気の毒に思った。
*END*
ディーノさんって私の中の立ち位置ってどうなんだろうと思いついて書いてみました。
もうわけがわからない。ヘタレさせたいのか黒くしたいのか。
いや、別にツナの前でのドジや王子様な態度も演技ではなく素なんですよ。
でも、22歳でマフィアのボスなんてしてると思うと黒い部分もあるんじゃないかなぁ
という私のイメージです、イメージ。
え? ドジが周りとツナを油断させる演技? それはそれで、もえますね!笑
ロマーリオはボスの味方だけど、思うところはある感じですかね。
さらえと命令されれば、さらいますとも。
えろ方面に関しても部下がいないとドジなのかが最大の疑問です。
部下の前でするの?…えろすぎるだろ。まぁ中出ししちゃうくらいでしょうか。
はい、最低なのはディーノさんではなく、間違いなく私です(笑)
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