「お疲れ様。ルフィ、もうバイトあがっていいわよ」
「はーい! サンジ、着替えて来るから待ってて」
「了解」

いつものバイトが終わり、ルフィは急いで裏方に入って行った。
サンジは笑顔で頷き、ルフィが見えなくなってからテーブルに突っ伏する。
そんなサンジを見て、ナミが話しかけてきた。

「あら、サンジ君。なんだか疲れ気味じゃない? 温泉旅行どうだったの?」
「楽しそうでしたよ、ルフィは。まァ結構楽しかったですけどね」

三人の予定がなかなか合わず、温泉旅行に行けたのはつい最近だった。
はしゃぐルフィに牽制しあう二人。
どうせなら二人で来たかったと何度思ったか数えきれない。
そんなことはさて置き、サンジは今悩みに悩んでいるのだ。

「サンジ君の悩み…当ててあげましょうか?」
「へ?」
「あんた達付き合って結構経つけど、まだキス止まりでしょ」

にこやかに笑うナミにサンジは顔を引きつらせた。

「遊びとは違うものねェ〜本命には手、出しにくいわよね」
「うっ」
「でも、男ですものね。やりたくて仕方ないと」
「そ、その通りですけど…女性がそんなことを言うのはちょっとどうかと」

ナミの直球なセリフにサンジは驚きながらも図星なだけに否定はできない。

「ふふ、ごめんなさいね。でも、困ってるサンジ君を助けたいなァって思ったのよ」
「どういう…意味で?」
「はい、これ」

サンジの質問には答えず、テーブルの上にナミは茶色い小瓶を出した。

「栄養ドリンク?」
「パッケージはね〜でも、中身は違うの」

やけにニコニコしながらナミはサンジを見る。
嫌な予感を感じつつもサンジはついつい尋ねてしまう。

「なんですか?」
「媚薬よ」
「び……な、なんでそんなものをナミさんが?」
「入手経路は乙女の秘密よ。ふふ、欲しいでしょ?」
「…………欲しいです」

道徳的にどうとか人道的にどうとか言ってられないほどサンジは切羽詰まっているのだ。

「はい、値段はこんなモノよ。合法な物だし、即効性だし、副作用、依存性はないから安心してね」
「……めちゃくちゃ高いですね」

値段を打ってある計算機を見て、サンジはビビる。
一般人なら払おうとも思わない値段がそこには記してあった。

「サンジ君って金持ちのくせに金銭感覚しっかりしてるわよね。じゃあ温泉旅行の写真をくれたら半額にしてあげる」
「旅行の写真を?」
「浴衣のルフィが見たいのよ」

恋人の写真を誰かにあげるなんてかなり嫌だ。
つまり、普通に頼んだら貰えないと思い、ナミは莫大な代金を初めに請求したのだろう。
目的は初めから写真だったようだ。

「わかりました。代金と写真は明日にでも持って来ます」
「はい、後払いってことで渡しておくわ。頑張って上手く飲ませてね」
「お待たせ〜帰ろう、サンジ」

小瓶を受け取り、ポケットにしまうと丁度ルフィが裏から出てきた。

「じゃあな〜ナミ、ゾロ」

いつの間にかいたゾロにも手を振り、ルフィ達は店を出て行った。

「掃除終わったならゾロも帰っていいわよ」
「どういう意図で渡したんだ?」
「見てたの? 覗き? 男としてどうかしら?」

ゾロに睨まれても、ナミはにこやかに笑ったままだった。

「冗談通じない男ね。はァ、サンジ君が元気ないでしょ? ……ルフィがそんなサンジ君を心配して元気ないでしょ」
「まァな」
「このままじゃルフィが可哀想だし、なんかもういっそのこと最悪の襲い方して幻滅されて嫌われないかなって思っただけよ」
「……恐い女だな」

ゾロは顔を引きつらせてナミを見る。
絶対に敵には回したくないとゾロは本気で思った。

「そんなこと言うならルフィの写真、あげないからね」
「ぐっ…」

温泉旅行の写真は全てサンジに奪われたので何も持っていない。
ゾロは羨ましそうに唸った。
この女に口で勝てる奴がいたら見てみたいとゾロは内心、思う。

「ま、結局のところルフィが幸せなら満足なのよね」
「……同感だな」
「さて、どうなることやらね」

上手くいってもいかなくてもモヤモヤした気分になりそうでナミとゾロは顔を見合せて、ため息を吐いた。



***



サンジとルフィは予定通りサンジの家でのんびりすることになった。

「なんかさ…」
「ん?」

楽しく話をしていたルフィが突然、心配そうな顔でサンジを見た。

「サンジ、最近元気ない…?」
「えっ? そんなことねェよ」

そんなに態度に出ていたかとサンジは内心、驚きながら笑顔で応えた。
鈍いようで鋭い。

「そう?」
「心配しすぎなんだよ。ほら、先に風呂入って来いって。もう眠いんだろ?」
「……うん」

ルフィは渋々と風呂場へ行った。
笑顔で見送ったあと、サンジはソファーにもたれた。

「はァ〜、切羽詰まってんな」

ポケットからナミに貰った小瓶を取出し、テーブルに置く。
多少、良心の呵責はあるものの、我慢し続ければ余計にひどいことをしてしまいそうで怖かった。

(合法といえ、中身が気になるな……そもそも、どうやって飲ませようか)

小瓶を開け、ニオイを嗅ぐ。
無臭で思ったより、中身は少なかった。

(変な味したら紅茶に混ぜてもバレるだろうしな。少し舐めてみるか)

味見がてら少し飲んでみることにした。
小瓶を傾ける。

「あー!!」
「ぐっ」

突然のルフィの大声に、少量を口に含むつもりが、ほぼ全部を口に含んでしまった。
吐き出すか悩む暇もなく飲み込んでしまう。

「おま、風呂は?」

動揺を押し隠し、サンジは風呂に入ったはずのルフィを見た。

「サンジが変だったから…入るの止めたんだ。やっぱ、調子悪いんだろ! 栄養ドリンク飲んでるもん。風邪?」

小瓶の中身が媚薬とは露知らず、勘違いをしてルフィはサンジに近づいた。

「あはは、実はそうなんだ。移したら悪いし、今日は帰れよ」
「別に移してもいいって! ベッド入れって。なんか顔赤いもん。熱あるのかも」

あわあわと心配するルフィが気の毒になり、サンジはおとなしく寝室のベッドに入った。
もう身体がぽかぽかとしてきた。
さすが即効性と言っていただけはある。

「大丈夫? 元気になった?」
「……おれの一部はめちゃくちゃ元気だな」
「は?」

ルフィは首をかしげてからサンジの額にペタッと右手を乗せた。

「熱があるのかな…なんか欲しいものある? 買って来るぞ?」
「ヤバイな…襲いそう…なんか飲み物…買って来てくれ」
「わ、わかった! ちょっと待ってろよ!」

欲しいのはお前だと言いだす前にサンジはルフィを部屋から出す。
バタバタとルフィは部屋を出て行く。
玄関を出て行く音を聞き、サンジは素早くトイレに入った。

「な、情けないうえに虚しい……はァ」

本気で心配してくれているルフィに申し訳ない気持ちになる。
そんなサンジの気持ちとは裏腹に元気な下半身。

「二、三回ヌきゃ大丈夫だろ」

もちろん、オカズはいとおしい恋人なのだが切なさが募る作業だった。



***



「ただいま! サンジ? あれ…なんでトイレ?」
「…お帰り、ルフィ」

買い物袋を持ったままルフィは不思議そうにサンジを見た。

「なんかさっきより元気ねェな…顔色はいいけど」
「悪いことは出来ないという現実にぶち当たったんだよ。自業自得って奴だな」
「は、はァ? よくわかんないけど、とりあえず寝たら?」
「ああ、今日はおとなしくします」

サンジはガックリと肩を落として寝室へと向かって歩く。
哀愁の漂う背中にルフィは困惑を隠せない。
冷蔵庫に飲み物をしまってからルフィはサンジのいる寝室に入った。

「うーん、なんか変なサンジだな」
「……今日は何も言い返せない」
「でも、おれも変かも」

ベッドの中に入ったサンジの横にルフィはしゃがむ。
ルフィの声音に覇気がない。

「なんか悩んでんのか?」

自分の性欲との戦いでルフィの悩みに気づけなかったことをサンジは悔やむ。

「うん……あのさ、恥ずかしいから、そのままで聞いてくれる?」
「ああ、いいぜ」

不思議に思いながらもサンジはベッドから降りることをせず、寝転がったままルフィを見つめる。

「おれって…魅力ないかな?」
「は?」
「いや、その…サンジって…おれにチューしかしないだろ? えと、男だし…気持ち悪い…かな?」

真っ赤な顔でルフィはサンジをじっと見た。
泣きそうに潤んだ瞳で見つめられ、サンジは内心鼻血を吹きそうな気分だった。

「そんなわけ…ないだろ。今すぐ抱きたい」
「……っ」

直接的な言葉に動揺しているのが手に取るように分かる。
サンジはルフィの頭を撫でた。

「そうやって恥ずかしがるから…どうしたら一番、怖くないか考えてた」
「お、おれのこと考えてくれてたんだ…嬉しいな」
「お前のことは考えてる、いつも。…抱いてもいいのか?」

軽く口づけられ、ルフィは真っ赤になって固まった。
いい雰囲気なのだがルフィはハッとしてサンジから離れる。

「だ、ダメ! だってサンジ、調子悪いから…その、元気になったら…えと、よろしくお願いします」
「あー……自分の行いをここまで悔やんだことはない。おやすみ」
「え? 寝た?」

仰向けのまま目を閉じてしまったサンジにルフィは近づく。

「おやすみ、サンジ」

頬に軽く口づけてからルフィはサンジの横に潜り込んだ。
少しするとルフィの寝息が聞こえてくる。
もちろん、サンジは眠れるわけがなかった。

「可愛いことしやがって…はァ、素直に話し合うって大事だな」

まさか、ルフィがあんなことを考えているとは思いもしなかった。
不安にさせていたのだと思うと少し心苦しいが自分のことで悩んでくれているのは悪い気はしない。

明日は土曜日、元気になったと言おう。
恥ずかしがって抵抗しても止まらないだろうなァと思い、人知れず苦笑する。
案外ルフィにはそのくらいの強引さが必要なのかもしれない。
出来るだけ優しくしたいができるだろうか。


隣で眠るルフィの頭を撫でる。
眠れない夜もこれで最後かと思うとそれはそれで楽しめるような気がした。




























*END*