「ルフィ〜起きなさい。昼ご飯よ」
「う〜…メシ!」

ガバッと起き上がりルフィは声を掛けたナミを見た。

「甲板で寝てると風邪引くわよ? そろそろ寒い地方へ行くんだから」
「あはは、気をつけるって。あれ? ナミが呼びに来るなんて珍しいな」
「そう? わりと私が呼びに来てると思うけど」

ナミは不思議そうに首をかしげた。

「いや、いつもは……」

食事ができたと呼びに来るのはいつも……あれ? 誰だっけ。
ルフィも自分の発言に首をかしげる。

「寝呆けてるの? 今日の食事当番はウソップとロビンだから期待できるわよ」
「食事当番? え? ……なんでだ?」

そのセリフにナミは呆れて、ため息を吐いた。

「本格的に寝呆けてるわね。仕方ないじゃない。この船にはコックがいないんだから」
「コックが…いない? ……そっか、そうだった…かな」

腑に落ちないという顔でルフィは悩み始めた。

「変なルフィ。顔洗ってらっしゃい。先に食べてるからね」
「……うん、後で行く」

少しだけ心配そうにルフィを見てからナミはその場を去った。

「コックがいない…?」

そんなわけない。だって×××がいる。
あれ? ×××って誰だ?

「気のせい……かな?」

今までの食事を思い出してみる。
初めはナミが作ってて、仲間が増えてから食事作りを当番制にした。
コックが仲間になるまで当番制にしようとみんなで決めたじゃないか。
料理が出来ない者もいるから二人一組で作ることだってみんなで決めた。

でも、×××がいるんだから食事当番なんていらない。

「だから……誰だっつーの」

ルフィは自分の中に浮かぶ疑問へツッコミを入れる。
名前さえ思い浮かばないのに。
なんか、頭が痛い。

「……ルフィ?」
「チョッパー……」

心配そうなチョッパーにルフィは笑いかける。

「ナミが心配してたぞ?なんか顔色悪いな…大丈夫か?食欲ある?」

どうやら、ルフィを気にしてチョッパーが見に来たようだ。

「ん、平気。メシ食おうぜ!」
「うん!」

ルフィの明るい笑顔にチョッパーもつられて笑った。

「チョッパー…変なこと聞いていいか?」
「なんだ?」
「初めてお前と会ったときって……どんなだったっけ?」
「ナミが病気だったんだよな。ルフィが一人で運んで来たんだ。二人共、ひどい状態だったから焦ったぞ」
「二人? …そうだっけ」

確かにナミを背負って一人運んだ記憶があるの。
こんなことでチョッパーがウソを言うわけない。
それなのに、腑に落ちない。

違う、だって×××もいたんだから三人だ。

記憶があるのに、自分の中の何かがそれを否定する。

「どしたんだ?」
「いや、なんでもない。メシ、食お〜」

きっと空腹と寝起きのせいで自分はおかしいんだとルフィは頭を振って気分を変え、食事に向かった。



***



賑やかに食事をした。
おいしかった。
でも、何かが違うと思った。

「何なんだよ……おれ、おかしいのか?」

ルフィは甲板に寝転がり暮れていく空を見た。

「船長、何か悩み事でもあるのか?」

ゾロがルフィを覗き込んで来た。

「お〜、ゾロ。よく…わかんねェ」
「はァ?」

ルフィは困り顔でゾロを見た。

「おれにもよくわからねェんだ」
「そりゃあ難儀な悩みだな」

ルフィのそばにドカッと座り、ゾロは難しい顔をした。

「ゾロが一番初めに仲間になったよな?」
「そうだな。コビーもいたけど海軍に入ったな」
「うん、その後はナミが仲間になったよな?」
「まァ、初めは仲間っつーか目的のために手を組むって感じだったがな。あの女は海賊が嫌いだったからな」

ルフィのここまでの記憶に別段、異変はない。

「その後はウソップだよな?」
「そうだな。船も手に入れたし…すぐナミに盗られたけどな」
「……そ、その後は?」

妙に緊張した。
ノドがカラカラだ。

なんでこんなに緊張しているのか分からないがルフィは恐々とゾロを見た。

「その後? 本当の意味で仲間になったから…ナミか」

ゾロの言葉に目の前が真っ暗になった気がした。

「そんなわけ……」

ないだろ、と言い掛けてルフィは黙る。
自分の中の記憶もゾロの言葉を肯定している。

「初めは敵として現れたが次に仲間になったのはビビだな。それからチョッパー……なんか変なこと言ったか?」
「……誰か抜けてないか?」

ルフィは半身だけ起き上がり、真剣な目でゾロを見る。

「抜けてねェよ」

ゾロも真剣に応えた。
その答えにもルフィは釈然としない気持ちになった。
ゾロがウソを言っているわけじゃない。
でも、小骨がノドに引っ掛かっているように気に掛かる。

「鷹の目と会ったよな」
「あ? あァ、海上レストラン…バラティエだっけ? ……負けたけどな。次は勝つ」
「バラティエ……コック、仲間にしたいって言ってたよな」

さっきから何が言いたいのかよくわからない。
自分がわからない。

「グランドラインに入る前に言ってたな。栄養バランスを考える奴がいるって。バラティエで仲間にするはずだったけど結局、いいコックが見つからなかったじゃねェか。だから、グランドラインに入ってから見つけることにしたんだろ?」
「そうだっけ…うん、そうだな」
「今だに見つかってねェのは誤算だな。食事当番は面倒だ」

嫌そうに顔をしかめるゾロを見て、ルフィは眩暈がした。
血の気が引いて行く。
否定したいのに否定するだけの記憶がない。

ゾロは覚えてないのか? 毎日、×××と楽しく喧嘩してたのに。

変なのに、それを否定するだけの言葉が出ない。

「どうしたんだ?」
「頭、痛い……」
「おい、大丈夫か?」
「大丈…夫」

心配そうなゾロにルフィは無理して笑う。

「嘘つけ…ベッドまで運ぼうか?」
「いや、いい。ここで…ちょっと寝る。風に当たってたいんだ。メシは気が向いたら食べるから夕食のとき起こさなくていい」

ゾロは少しだけ悩んでから立ち上がる。

「そうか……無理すんなよ」
「ゾロ、ありがと」

ひらひらと片手を振りながら、ゾロはその場を後にした。
一人になりたいルフィを気遣って、心配だがその場を離れたのだろう。

「ホントにありがとう」

ルフィはゾロの背中にもう一度、礼を言うと寝転がった。

視界がぐるぐると周り気持ちが悪い。
ルフィは目を閉じて、吐き気を紛らわす。

波の音を聴いているうちにルフィは眠りについていた。



***



「ルフィ、キッチンで寝るなよ。そんなに爆睡するんなら部屋で寝ればいいだろ?」
「ん〜? だって、ここにはサンジがいるからな」

ニカッと笑ってルフィはサンジを見た。

「……可愛いこと言う奴だな」
「あはは、意味わかんねェな」
「お前には一生わからないんだろうな。それより、うなされてたぞ?」

そう言われてルフィは夢の内容を思い出した。

「サンジがいない世界だった」
「へェ? おれがいない世界か。なんか嫌だな。でも、お前は仲間と楽しくしてそう」

ルフィの横に仏頂面でサンジは座った。

「そんなことねェよ。サンジがいないんだぞ?」
「おれがいない設定なのにお前はおれを覚えてんのか?」

意外そうな顔でサンジはルフィを見た。

「覚えてない…けどなんか足りないのはわかる。……でも、思い出せないんだ」
「それ、本当に夢か?」
「へ?」

突然、真剣な眼差しで、そう告げられルフィはポカンとした。

「本当に夢か?」
「夢…だ。だってサンジがいないんだぞ?」
「おれと会っていないのが『現実』かもしれないぜ?」

妙に冷たい手で頬を撫でられ、ルフィは思わず身体を後ろに反らす。
すると、そのままイスに押し倒された。
パサリと帽子が床に落ちる。

「サン…ジ?」
「お前はどっちが夢だと思う?」
「そん…なの、サンジがいない方に決まってる」

サンジは今まで見たことないぐらい残忍な顔で笑った。

「そうか……でもな」
「き、聞きたくない! 放せよ! 退け!」

上から跨がれていて逃げたくても逃げられない。
このサンジはおかしい。
楽しそうな顔で悲しいことを言おうとしている。

「これが『夢』だ」
「聞きたくないって…言っただろ!」

耳を塞ごうにも両手を捕らえられていて塞ぐことができない。

「だって記憶にないなんて変だろ?」
「思い出す! ×ンジのこと忘れたくないのに」

言っているそばから記憶が薄れていく。

「おれに会ったことないんだろ?」
「出会ってる! お前、黙れよ! お前なんか××ジじゃない!」
「じゃあ、おれは誰だろうな? あはは、ほら今が『夢』だろう?」
「うるさい! ×××! どこにいるんだよ……」
「どこにもいない。だって名前も思い出せていないじゃないか」

ひどく楽しそうに×××はルフィの耳元で囁く。
さっきから名前を呼んでいるはずなのに自分が何と言っているかわからない。

「うるさい! いるんだよ! お前、いい加減にしろよ!」
「本当は顔も思い出せないんだろ?」
「違う! 覚えて…る……っ!?」

目の前の×××に似た顔が急に、ぼやけた。

「ほらな? わからない」
「お前は×××じゃないんだからわからなくていいんだ。×××のフリはやめろよ!」

ルフィの必死の叫びさえ楽しそうに聞き流す。

「本当は声も覚えてないんだろ?」
「……覚えてる」
「どんな声だったかな? あははははは!」

×××とは全く違う声でルフィを嘲笑う。
ルフィは硬く目を閉じて、この不可解な時間が過ぎるのを待った。

「ルフィ…大丈夫か?」

聞き覚えのある声に目をそっと開くと、狂ったように笑っていた目の前の人物は×××に戻っていた。

「×××……?」

心配そうないつもの×××の顔にルフィは安堵した。

そのとたんに×××はニヤっと笑い、×××の姿で、×××の声で、ルフィの耳元に口を寄せて囁いた。

「×××なんて初めからいない。おれのことは忘れるんだな。まァ、思い出せないみたいだがな〜」

バカにした口調に怒りで目頭が熱くなる。

×××じゃないくせに!

「×××がいなくても仲間はみんな、お前に優しいだろ? ×××なんか気にするなよ……その世界を楽しめばいい」

優しく頭を撫でられ、ルフィは×××を睨む。
悔しくて涙が溢れた。
その涙を×××に舌ですくわれる。

「可愛い、ルフィ。元の世界に帰りな」

その言葉と共に視界がぼやけた。

「ルフィ!」



***



「………っ!」

ルフィは甲板で飛び起きた。
内容は思い出せないがひどく嫌な夢を見ていた気がする。
ルフィは自分の頬が濡れているのに気づいた。

「雨……じゃなくて泣いてんのか、おれ」

自覚はないがボロボロと涙を流していた。
何が悲しいのか思い出せない。
ため息を吐いて、その場に座り込む。

辺りは、すっかり陽が暮れていた。

夢の最後に名前を呼ばれた気がした。
大切な人に。
とても大切な人に。

「誰だっけ……」

もどかしい気持ちのままルフィは大の字に寝転んだ。
空にはキレイな月が出ていた。

「サンジ………っ!?」

ボソッと自分で呟いた名前に驚き、ルフィは再び飛び起きた。

「サンジだ……なんで、忘れてたんだろ。サンジ…サンジ!」

サンジの名前を呼ぶたびに意識がふわふわとしてきた。
頭が痛い。

「サン…ジ…」

今度は大切な人を忘れないようにとルフィは心に刻みつけてから意識を手放した。



***



「うっ……サン…ジ?」

ルフィは頭痛に耐えながら起き上がる。
どうやら自分はベッドに寝かされていたようだ。

「ルフィ!?」
「ふえ?」

サンジに抱きしめられてルフィは訳がわからず、変な声を上げてしまった。

「よかった…本当によかった!」
「わわっ…何が何やら」
「チョッパー呼んで来るからちょっと待ってろ。いいな、動くなよ!」
「は、はーい」

サンジに凄まれ、ルフィはコクコクと頷いた。

「何なんだ? ……でも、サンジがいる」

その事実にルフィは震えるほど安心した。

診察をされながらルフィはチョッパーにいろいろと話を聞かされた。
仲間も代わる代わるルフィの様子を見に来た。
心配する仲間達をチョッパーが連れ出すと、サンジが食事を持ってきた。

「じゃあ、おれ…ずっと寝てたのか」
「二日ぐらいかな。海に落ちたのを助けてから、ずっとな」

食事も食べ終わり、ルフィはサンジからも詳しい話を聞いた。

いつも通り騒いで遊んでいるうちに勢い余って海に転落。
すぐにサンジが助け出すも意識が戻らない。
いつも通りの中のいつもとは違う展開に仲間達は多いに焦った。
眠っているようだが呼んでも目を覚まさない。
チョッパーが診察をしても原因不明。
ルフィを信じて、意識が戻るのを待っていたらしい。

「なんで、目を覚まさなかったんだろ…海に落ちてからの記憶がない」
「海流の問題かもしれねェが詳しいことは原因不明だ。目を覚ましたんだ、原因なんてどうでもいいだろ」

心底、安堵しているサンジを見ているとルフィはなんだか涙が出そうだった。

「サンジ…」
「なんだ?」
「サンジ、サンジ…」

座ったまま、ぎゅっとサンジに抱きついた。

「……どうした?」

優しく頭を撫でられる。
サンジのいない世界はなんて怖くて寂しい世界なんだろう。

「怖い夢、見た」
「意識ないときか…どんな夢?」
「サンジがいないんだ。サンジと会わないまま旅を続けてる夢……」

夢の内容をできるだけ詳しくサンジに話す。
話しているうちに震えて来た。
今も現実の自分は眠っているのではないかとルフィは話していて怖くなってきた。

「それは嫌な夢だな。おれ的にもな。安心しろよ、そばにいるから。……まァ、おれが離れたくないだけなんだがな」

サンジは照れたように笑った。
そんなサンジを見て、ルフィは安心する。
いつものサンジだ。
ルフィの大好きなサンジだ。

「うん…ありがと、サンジ。おれ、夢の中でも夢を見たんだ」
「夢の中で寝たのか?」

ルフィは抱きつくのを止めて、ベッドに腰掛ける。
サンジもルフィの横に腰掛けた。

「うん。その夢にはサンジじゃないサンジがいたんだ」
「……よくわかんねェが偽者ってことか?」

わかりにくいルフィの言葉を理解しようとサンジは頭を捻る。

「そうなんだ。サンジはいないってサンジの姿で言うんだ。嫌な奴だった」
「複雑な夢だな」

サンジも複雑そうな顔でルフィを見る。

「その夢の最後に…本物のサンジに呼ばれた気がした」
「あ〜…実は呼んだ、結構大声で。それが原因かもな」
「なんで?」

ルフィはポカンとしてサンジを見た。

「お前な……心臓止まりかけてたんだよ」
「えっ……おれが?」
「そりゃあもう必死になって呼んだよ…ルフィがいなくなるなんて考えられねェ」

サンジにきつく抱きしめられ、ルフィは苦しくて眉を寄せる。
苦しいがサンジの方が苦しそうに見えたのでルフィは暴れなかった。

「死にかけてたのか…」

ルフィには自分が死にそうだったという感じはしない。
意識がなかったからかもしれない。

「脈が止まりかけたのは一回だけで後は落ち着いてたけどな。おれの心臓が止まるトコだったよ」
「サンジがおれを呼び戻してくれたんだ」

あの声を聞かなければサンジのことを思い出さなかったかもしれない。

「そうだといいんだけどな」
「……サンジのことを思い出せなかったら、おれはずっとあの世界にいたかも」
「怖いこと言うなよ…夢の中での出来事ならお前をどうやって取り戻せばいいかわからねェだろ」

サンジの手は少し震えていた。

「サンジ…」
「情けねェな。まだ手が震える」

苦笑しながらサンジはルフィに軽く口づけた。

「おれだってサンジがいない世界は怖かった。だから、情けなくない」
「そう言ってもらえると安心だな」
「あれ? サンジ…寝不足か?」

サンジの疲れたような顔にルフィは驚く。

「あのなァ…お前が生きるか死ぬかってときに寝られるわけないだろ。おれだけじゃなくクルー全員がそうだっただろうけどな」
「ご迷惑おかけしました…一緒に寝よ? おれもなんか疲れた」

深々と頭を下げてからルフィはサンジの袖を引っ張る。

「誘ってるわけじゃないのが悲しいトコだが今日はそんな元気もない。いや、ヤれないこともねェけどな」
「なんの話?」

ルフィは意味がわからないという顔で首をかしげた。

「はァ…いつも通りだな。余計に安心した。安心すると眠くなるもんだな。寝るか」
「うん! おやすみ、サンジ」

二人はほどなく眠りについた。



***



「ルフィ」

名前を呼ばれて振り返ると真っ暗な空間にサンジがいた。

「サンジ…じゃない。これ、夢だ」

ルフィは雰囲気の違いを感じ取り、サンジの姿をした誰かから距離をとった。

「思い出したんだな。残念だよ。ルフィが欲しかったのに」
「どういう意味だ?」
「あのままサンジを思い出さなかったらルフィはおれのモノになってたってこと」

説明を聞いても意味がわからない。
ルフィは不信の眼差しでサンジの偽者を見た。

「誰が渡すかよ」
「サンジ!」

いつの間にか真後ろにサンジがいた。

「二人きりのときに邪魔な男だな」
「お前が邪魔なんだよ。おれのフリはやめろ」

ルフィを背に庇うように立ち、サンジは自分と同じ姿の男を睨んだ。

「実体がないんだから誰かの姿を模すしかないだろ? 自分の姿は随分前に忘れたよ」

その男は楽しそうに笑った。

「てめェ…何者だ?」
「あの海流で死んだ不幸な商人ってトコかな。賑やかな船が近づいて来たから気になって見てたんだよ」
「幽霊?」

ルフィがサンジの後ろから顔だけ出して来た。

「そうなるかな? あ〜、悪霊に近いかもね。君が可愛いから欲しくなったんだよ」

その男はサンジの顔でサンジとは違う笑い方をした。

「なっ…ヤだよ」
「そういうと思ったから強引に手を出したんだけど失敗しちゃったな」

そのセリフにサンジの顔が怒りで歪む。

「まさか、てめェが意識不明の原因か?」
「察しがいいね。ちなみに海へ引き込んだのもおれだよ」
「お前がおれを?」

ルフィも驚いた。

「すぐに助けられちゃったから意識を奪ったんだけどね。ルフィを手に入れるには肉体が邪魔だったからさ」
「ルフィが死んだらてめェのモノってわけか」
「ご明察! でも、ダメだったね。強い絆は魂を繋ぎ止める。仲間も邪魔だったけどあんたが一番邪魔だった。だから、記憶を変えた」
「……サンジがいない世界」

サンジの服を掴んでルフィが呟いた。

「そうだよ。ずっとサンジを忘れてたら君が手に入ったんだけどな」

イタズラが見つかった子供のような笑い方で二人を見た。

「……ふざけんなよ」
「ふざけてなんかないよ。一途に想われてみたかったんだ」
「他をあたれ」

よりによってルフィを選んだことがサンジには許せなかった。
なんでもないように言っているがこの男の話を聞く限りでは相当危険な状態だったとわかる。

もし、ルフィが海に落ちたとき、すぐに助けていなかったら?
もし、ルフィがサンジを思い出さなかったら?

そう考えるだけでサンジは憎しみに捕らわれてしまいそうだった。

「ルフィがよかったんだよ。他の誰かじゃダメなんだ」
「見る目はあるな。だが、今度手を出したら許さねェ」
「安心してよ。あの海流からはあんまり離れられないんだ」

どこか寂しそうに笑う男にルフィは恐々とサンジの服を持ったまま近づいた。

「一人……なのか?」
「……うん、そうだね。長いこと一人だよ」
「だったら一緒に海賊しよう!」

ニカッと笑ってルフィは男を見上げた。
男は呆然としてから、急に大笑いし始めた。
ルフィは笑われる理由が分からずに、きょとんとしてサンジを見た。

「あ〜、説明しにくいがお前が相当、間抜けなことを言ったんだよ」
「え? ホント?」
「おれがあいつの立場でも笑うな」
「そ、そっか」

自分が変な発言をしたとは思えずルフィは困った顔をした。

「あはは! 本当に変な人だね。あ〜、久々に笑った。ライバルも多そうだし、おれは君のこと諦めるよ」
「はァ…そうしてくれ」

ため息を吐いて、サンジはルフィを撫でる。
これ以上ライバルが増えるのだけは避けたいサンジだった。

「魅力的な誘いだけど…断るよ。身体があれば一緒に旅をしたかったな」
「そっか〜」
「命を狙ってた奴を仲間にしようだなんて懐の広い船長さんだね。一緒にいられないなんて残念だよ」

本当に残念そうに男は微笑んだ。

「さて、そろそろ夢から覚める時間だよ」
「お前も帰るのか?」
「そうだね。帰らなきゃいけない場所に、やっと行けそうだよ」
「?」
「……よかったじゃねェか」

男の言葉の意味を感じ取り、サンジは笑う。

「笑ったからかな? 気持ちが軽くなったみたい。やっぱりルフィが欲しいな。連れて行ったらダメだよね?」
「当たり前だ。さっさと消えろ」

サンジは不機嫌な表情に戻り、ルフィを引き離した。

「冷たいし、独占欲の強い人だな。こんな恋人だったら苦労するんじゃないかな」
「えと……別に? 大丈夫だよな」

冷たさや独占欲の強さを特に感じたことがなくルフィは、なぜか不安そうにサンジを見た。

「普段は押さえてるからな」
「苦労してるのは鈍い恋人を持った方か〜もっと苦労したらいいなァ」
「うるせェよ」

サンジは自分に苦労しろと言われているようで顔をしかめる。

「だって陽だまりがそばにあるなんて羨ましいじゃないか」

そう言うと男はサンジの後ろに隠れているルフィの腕を引っ張った。

「わっ……」
「ルフィ、ありがとう。嬉しかったよ。……じゃあね」



***



二人は同時に目を覚まし、飛び起きた。

「あの野郎!」
「び、びっくりした…」

起きたとたんにサンジは憤りを露にした。
ルフィも驚いて自分の右頬を押さえている。

「油断した……」
「なんか寝た気がしないな〜」
「そんなことはいいんだよ」
「な、なんだよ〜チューされたけど、頬っぺただぞ?」

サンジに、ごしごしと頬を袖で拭かれてルフィは慌てる。

「頬でも許せん」
「そ、そっか。あれ? 夜かな」

ルフィは窓の外が暗くなっているのに気づいた。

「思ったより寝てないのかもしれねェな。ちょっと外に行くか」

二人は部屋から甲板に出た。

「夜風が涼しいな〜」

ルフィは背伸びをして、月の浮かぶ海を眺めた。

「最悪な夢見たな。当たり前だろうけど同じ夢を見たんだよな?」
「うん。最後はサンジのフリじゃなかったな」
「そうだったか?」

サンジが見た限りでは自分とずっと同じ姿だったように思えた。

「一瞬だけどな…消える直前、笑ってた顔がサンジの顔と違ったから。たぶん、あれがあいつのホントの顔なんだろうな。海流のある場所に戻ったのかな?」
「いや、成仏しただろ。よかったじゃねェか」
「そうだな。あいつが行くの、寂しくない場所だといいよな」

ルフィは、にっこりと笑った。

「一件落着ってトコか……疲れる相手だったな」
「今回はサンジがそばにいたから平気だぞ?」
「うわ…押し倒したくなる一言だな。実行していいか?」

サンジはニヤッと笑って、ルフィを見た。

「だ、ダメに決まってるだろ」

ルフィはサンジから赤い顔を逸らす。

「そりゃ残念。そういや、お前、よくおれのこと思い出せたな。おれがいない世界なんだから思い出すこと自体、難しそうだがな」

出会わなかった者を思い出すなんて現実では不可能だ。理由は記憶にないから。
そんな中でも思い出してもらえてサンジは嬉しかった。

「あ〜、あれ見たら思い出した」

ルフィは空に浮かぶ月を指差した。
サンジも視線を空へ向けた。

「月?」
「月を見ると、いつもサンジを思い出してた。だから、夜の見張りは月が出てるときが好きだ」
「お前……」
「ん……ぅ…」

少し照れたような笑顔のルフィに見つめられ、サンジは我慢できなくなってしまった。

深い口づけにルフィは慌てる。
抗議しようとするとタイミングよく解放された。

「な、なんだよ…急に」
「無意識なのが質悪いよなァ」
「へ?」

ルフィは困った顔でサンジを見る。

「ルフィ、好きだ」
「きゅ、急だな……おれも大好きだぞ」

モジモジしながらルフィもサンジに応えた。
サンジはしあわせそうに笑いながらルフィの退路を塞いだ。

「じゃあ今すぐこの場で押し倒されるのとベッドまで行くの、どっちがいい?」
「じゃあって……ど、どっちもダメ!」

ルフィは真っ赤になって両腕でバツ印を作る。

「じゃあ両方にしようか? この場でして、ベッドでもしよう」
「わっ、わわっ! ストップ!」

サンジは笑っているがその目には情欲が滲んでいる。
何やら本気の瞳に気づき、ルフィは焦った。

「……どうする?」
「う……」

低い声で囁かれルフィは動揺してしまう。
今さら逃げられるとは思えない。
あまり悩んでいると問答無用でこの場でされてしまうだろう。
いつ誰が来るかわからない甲板でするのだけは絶対に避けたい。

「……ルフィ?」
「べ…ットが…いい」
「了解」

嬉しそうに笑うサンジにルフィもぎこちない笑顔を返す。
選択肢があるようで実はない。
その事実に気づき、ルフィは笑うしかなかった。

「どうした?」
「あはは…選択肢なんてないじゃんか。そこがサンジらしいなァと思ってさ」
「必死だからな。ルフィが欲しくて仕方ない」

そのセリフと甘い笑顔に、ルフィは恥ずかしさで固まった。

「ははは、固まったな。今のうちに運ぶか」

サンジはルフィをひょいっと持ち上げた。

「っ! ……サンジ〜その運び方はやめろよ」
「お姫さま抱っこは女性の憧れらしいぜ?」
「知らねェよ…恥ずかしすぎる…逃げないから歩きたい」

サンジに落とされるわけないのだが念のため、落ちないようにルフィは首にしがみつく。

「逃げてもいいぜ? 捕まえるだけだしな。お姫さま抱っこはおれがしたいんだよ」
「変なの……というか逃げてもいいのか?」

ニヤリと笑ってサンジはルフィを見つめた。

「その代わり、捕まった後は大変なことになるだろうな」
「大変な…こと? ……逃げるのはやめとく」

言葉の意味を本能で感じ取り、ルフィはおとなしくした。

「そうか? 逃げるのを追いかけるのも結構、楽しいんだがな」

逃げる方の立場になって欲しいと言おう思ったが本当に楽しそうだったので言うのを止めた。

サンジが喜ぶなら少しぐらい逃げてもいいかとルフィはコッソリ思った。
























*END*