今日は昨日とは違い、無理矢理に早く起きた。とても、大切な日だから。
サンジと同じベッドで眠るというハプニングも今思えば楽しい。

「おはよう、ルフィ」
「わ、ごめん。起こしたか〜」

気をつけたつもりだが、やはりサンジも起こしてしまった。
寝起きのいい奴だなと思いながらもルフィは謝る。しかし、目が上手く開かない。まだまだ眠かった。

「まだ寝るか?」

その様子にサンジは笑って提案してくる。でも、今日はその素晴らしい提案は却下だ。

「ううん、起きる」

緩く首を横に振り、ルフィは布団の中に戻りたがる身体を心の中で叱咤しつつ、ベッドから下りた。
時間移動した日に着ていた自分の服に着替えたりと身支度をしたりと寝ぼけ眼でのろのろと整えてから、食卓に座るとサンジが朝ご飯を用意してくれていた。

(朝から素早く動けるなんて羨ましいなァ)

そうは思うが、今にも睡魔に負けそうな自分と戦うのが精一杯だ。今日だけは負けられない。
朝食を摂れば、目も覚めるはずだ。
何の気なしにいつの間にかついているテレビを見る。
鯉のぼりの映像が流れ、キャスターが今日は子供の日だと伝えた。
それを見て、ルフィはぼんやりと呟く。

「あ〜、今日、誕生日だ」

移り変わるニュースを見ながら、モグモグとご飯を食べる。
二度も同じ年齢になる誕生日とはなかなか奇妙なものだ。この場合、今日の誕生日はノーカウントするのが当然の流れだろう。
大丈夫。サンジに祝ってもらった思い出があるから。
ちらりと見るとサンジはメールをしていた。
誰に送っているのだろうか。ささやかな嫉妬心が妬ましくて苦笑する。
食べ終わる頃には自分の誕生日のことなど、すっかり忘れていた。
そして、自分の食器を持って、皿を洗い始めるとサンジが話し掛けてきた。

「家にいても暇だし、ちょっと出かけようぜ」

そう、サンジに言われて迷うことなく頷いた。



***



ルフィは何だか、うろうろと連れ回されることになる。いわゆる、観光だ。
エースの家のことを聞かれ、多少焦ったが場所までは聞かれなかったので安堵する。
実家のことまで聞かれなくてよかった。誤魔化すのも難しい。
最初は観光には車で行こうと言われたのだが、さすがに交通事故のことが頭を過ぎり、拒否した。

「車、苦手なのか?」
「ん? ん〜、少しな。酔っちゃうこと、あるから…えっと、今日は使わない方向がいいなァ」

不器用な誤魔化しにもサンジは詳しく理由を聞くことなく、車で出かけるのを止めてくれた。
電車やバスを利用して、色んな場所を回って休憩して、それの繰り返しだがとても楽しかった。それでもサンジと一緒にいられる最後の日だから、どんな些細なことでも嬉しかった。

三箇所くらい回ったとき、道の外れに寂れた神社があった。

「あ、神社」
「小さいし、参拝客は少ないけど結構、ご利益あるらしいぜ」
「へェ〜寄って行こう!」

ご利益があると聞いたなら、寄らずにはいられない。ルフィは急いで階段を上って行く。
吸い寄せられるように参拝し、願い事を心の中で真剣に祈った。
遅れてきたサンジもルフィの横に立ち、願い事をしているようだ。

(サンジが助かりますように)

暗がりでよく見えないご神体を見つめてから、ルフィは心を落ち着けた。
今日を乗り切れば大丈夫。未来から来たことはサンジにバレないようにしなければいけない。

「何、お願いしたんだ?」

こちらを見て訊ねてくるサンジにルフィは応えた。

「…すごく、大事なこと」
「家族のこと?」
「ううん。それは両親の問題だからさ。別のこと」

そうだと言ってしまえばよかったのかもしれないが、深く聞かれると墓穴を掘ることになる。
できるだけ、本当のことを伝えようとルフィは思った。

「……好きなヤツのこと?」
「えっ!? な、内緒」

サンジの思いも寄らぬ発言にルフィは慌ててしまう。思わず視線を逸らしてしまった。
どことなくサンジの雰囲気が怖い。
実際に好きな人のことで間違いないから、余計に動揺した。しかも、好きな相手本人に言われたのだから困った話だ。
一人動揺しているルフィのことをサンジは特に気にしてない様子で安心した。

「ふ〜ん? 昨日の七夕の話と同じ願い事?」

サンジの質問に首を傾げかけるが、そういえば昨日、短冊に書く願い事の話をしたことを思い出した。
そして、願い事の内容を黙っていられる話を同時に思い出した。

「うん、一緒。だから、内容は内緒な。願い事は誰かに言うと叶わないんだろ? 迷信だと思うけど、迷信でも本当だったら困るから」
「そんなに叶えたいのか?」
「……うん」

叶えたい、絶対に。そう、想いを込めてもう一度祠を見つめる。

「叶うといいな」
「うん! 叶えてみせる!!」

サンジの言葉にルフィは笑顔で応えた。
自身の力でどうにかしなければいけない問題だ。
神様が見守ってくれているなら少しは助かる確率が上がりそうでルフィは願ったのだ。

ルフィの決意を感じ取ったのかサンジが突然、頭を撫でてきた。
驚いているとサンジの手はイタズラに輪郭を辿り、頬に触れてから親指で下唇を撫でる。
あまりに突然で自然な動きに赤面してしまう。というか、突然じゃなくでも完全に赤面していただろう。

「な、な、な、なに?」

相手が不審に思うほど赤面していそうで、ひどく焦る。
じっと見つめられ、下唇を再び撫でられた。腰の辺りがぞわぞわとして困る。

「一昨日、ここ切っただろ? もう、痛くないか?」
「えっ? そ、そうだな。でも、もう平気だっ! も、もう、行こうよ! 先に下りてるからな!!」

これ以上は無理だ。サンジから逃げるようにルフィは走って階段を下りた。
心配しているだけのサンジに照れてしまうなんて、触り方がやらしいと思うなんて、どうかしているのだ。
頭を冷やさないといけない。
ぐるぐると回る思考と上がってしまった呼吸を静めるべく、ルフィは深呼吸をした。



***



「そろそろ帰るか」
「そうだな〜」

近所の公園に座り、一緒に話をしていたサンジは6時頃になると立ち上がった。
何事もなく流れる時間、あと6時間でサンジが助かる。それと同時に、一緒にいられなくなる、忘れられてしまう。
胸が痛い。でも、大丈夫。この思い出は消えない。
他愛無く過ぎていく今日がものすごく愛しかった。
結構、時間を潰した気がした。サンジは時間を気にしているようだ。
何か用事でもあるんだろうか。旅行以外なら何でもいい。
本当は傍にいられる時間が減るのがイヤなんだけど。

「なんか用事でもあるのか?」
「えっ?」

マンションの階段を上りながらルフィが訊ねると、サンジは焦ったようにルフィを見て来た。

「時間気にして、そわそわしてたから」
「なんだ〜バレてたか」

サンジはイタズラが見つかった子供のように笑うと玄関の鍵を開ける。
その様子にルフィは首を傾げた。

「んん?」
「20秒待ってから入って来いよ」
「う、うん」

わけがわからないが、サンジの言われた通りに玄関の前で20秒待つ。
先に入ってしまったサンジは何をしているのだろうか。
よくわからないまま、ルフィは玄関を開けて、防犯のため鍵を閉める。
靴を脱ぐ時、見覚えのない靴があり首を傾げた。誰か来ているんだろうか。
リビングに明かりがついているので、とりあえずそこへ行けばいいのだろう。
少し緊張しながら、ドアを開ける。

「「「誕生日、おめでとう!!」」」

クラッカーの弾ける音にルフィは驚き、目を丸くした。
降り注ぐ拍手とみんなの祝いの言葉にリアクションを忘れる。
ゾロとナミ、そしてサンジが満面の笑みでルフィを囲んできた。
誕生日、そんな言葉が聞こえたことに気がつき、ルフィはみんなを見る。

「あ…え? おれ、今日が誕生日だなんて言ったっけ?」
「サンジ君が教えてくれたのよ」
「え? サンジに言ったっけ?」
「あ〜、朝のニュースの見てるときに言ってた。独り言っぽかったけどな」

ナミの返答に振り返りサンジを見ると、少し照れくさそうに笑っていた。
そんな自分でも言ったかどうか憶えていないことをサンジは憶えて、準備してくれていたのだ。
自分に気づかれないようにナミとゾロに頼んだのだろう。
目の前がぼやけた。慌てて、目を擦る。

「みんな、ありがと」

精一杯の笑顔でお礼を言った。
こんなに嬉しい出来事が待っているとは思わなかった。
あと数時間を泣かないように過ごすことばかり考えていただろう。
神様は時に残酷なほど優しい。これは、きっと忘れたくない思い出を作るための時間だ。



***



ナミとゾロが買って来た材料をサンジが手早く料理する。
次々と運ばれてくる料理、大量の酒、ジュースもあった。
誕生日祝いという名目の飲み会のようなものだ。しかし、主役はルフィに間違いなかった。
ルフィを中心に大騒ぎする。

「主役が飲まないなんて変よ!」

かなり飲んだわりに素面に見えるナミは未成年に酒を注ごうとした。
ルフィは慌てて止める。

「わわっ、酔っちゃうのもったいないから今日はジュースでいい」
「ふふ、変な理由」
「今日のこと、忘れたくないんだ〜」

幸せそうに笑うルフィにナミも気分を害すことなく、笑った。

「急だったし、バタバタしてたから誕生日プレゼントはまだ買えてないのよ」
「えー? ここまでしてもらったのにプレゼントはもらえないよ!」
「遠慮しなくていいわよ。年上に遠慮する必要ないの」
「みんなで騒いで、美味いものたくさん食べたのが最高のプレゼントだよ」

本当に満足そうに笑うルフィを見て、ナミは呆れたように笑った。

「これだけでいいなんて、安上がりね〜。後日、勝手に用意しちゃうから受け取りなさいよ?」

優しいながら有無を言わさぬ雰囲気にルフィは嬉しそうに頷く。

「……うん、ありがと」
「おれも、ちゃんと用意する」
「ゾロも? ありがとな」

ルフィの笑顔にゾロは赤面しつつ、それを誤魔化すように酒を飲んだ。

「そんじゃ、おれからも何か贈らないとな」

新たな料理をテーブルに置いて、サンジはルフィに笑いかけた。

「ふわ、サンジまで? 今回の誕生日は豪華だァ。なんか、申し訳ないけど…すっごく嬉しい!! ありがと、サンジ。というか、みんなホントにありがとう」
「どういたしまして。よかったわね〜」
「うん!」

ナミに頭を撫でられて、ルフィは笑う。そして、一瞬だけ切なさが心を満たした。
しかし、それはほんの瞬きの間だけで、誰も気づかなかった。



***



しばらく、騒いだあと、明日の早朝からバイトがあるためナミとゾロは名残惜しそうに帰って行った。
ルフィは玄関先まで見送る。

「ナミもゾロも本当にありがとな。本気で嬉しかったし楽しかった。昨日会ったばっかりなのに…」
「気にしなくてもいいのよ。私達だってすっごく楽しかったんだから」
「でも、結構したんじゃないか? 値段的に」

大量の食材や飲み物を思うと財布には優しくない値段だったように思った。
心配そうに見るとゾロに頭を軽く小突かれる。

「高校生が細かいこと気にするな」
「そんなに年齢変わらないだろ〜」

ルフィは口を尖らせ拗ねた。その様子にゾロは困ったように視線を逸らす。

「誕生日なんだから黙って祝われてなさいよ。ふふ、ホントに可愛いわね〜」
「も〜、何なんだよ〜ゾロまで…」

二人に頭を撫で回され、髪の毛はボサボサにされてしまった。でも、イヤではないから。
自然と笑えた。姉と兄が出来たみたいだ。
腕時計を見たナミは名残惜しそうに、撫でるのをやめる。

「それじゃ、また会いましょうね。バイバイ」
「じゃあな」
「うん。二人とも、また…な」

笑って、手を振る。
ゾロとナミの笑顔を忘れないように心でシャッターを切る。
これは一生、色褪せない写真だ。大事に大事に取っておこう。
二人が帰ったあともしばらく閉じたドアを見つめていた。
ナミもゾロも、自分のことを忘れてしまうのか。
息が詰まる。上手く呼吸ができない。まだ、考えてはいけないことだったのに。
もう少し、あと少しだけ笑顔で耐え抜かなければいけない。

「ルフィ?」
「えっ!?」

背後の気配にも気がつかないほど思考に浸っていたようだ。
驚き振り返るとサンジが不思議そうに見つめている。

「どうかしたか?」
「…こういう風に祝われたの初めてだったから…余韻に浸って放心してた」

慌てたように笑うとサンジは呆れた顔になった。

「なんだそりゃ」
「あはは、残りも食べちゃおうよ」
「そうだな。残してももったいないし、明日食ってもいいけどな」
「うん。でも、今日食べたい」

サンジの言う『明日』は自分には来ないから、サンジの手料理をできるだけ食べておきたい。
お腹の調子的にも、まだまだ食べられる。大食いでよかったと今は心から思った。
何を思ったかサンジがルフィのお腹に触れてくる。

「な、なに!?」

突然のことにルフィは驚いて、飛び退く。

「あの大量の食料がどこに入るのかと思って」
「そ、そんなの胃に決まってんだろ!」
「そりゃまあ、そうなんだがな。って、そんなに驚くなよ」

おかしそうに笑うサンジを軽く睨んでからルフィはリビングに向かった。

たくさん食べて、たくさん笑って。
気がつくと時刻は10時を回っていた。楽しい時間はものすごく早く過ぎるものだ。
ルフィは改まってサンジに向き直る。

「ありがとう、サンジ」
「え? ああ、別に。気にするなよ。おれの誕生日も祝ってくれたら。3月2日だから」
「……うん」

祝えるのなら、祝いたい。
誰よりも先におめでとうを言える存在でいたい。
来年のサンジの誕生日は祝えないけれど、サンジの誕生日は訪れる。
充分だ。それだけが、ルフィの願いだった。
他の誰かに祝ってもらおう。サンジみたいに素敵な奴なら、きっとすぐに誕生日を一番に祝ってくれる存在ができるはずだ。
胸の奥がちりちりと痛むけど、未来の恋人に嫉妬してしまうけど、サンジをしあわせにしてくれる人なら構わない。
その人との恋を全力で応援するだけだ。
決意も新たにルフィは立ち上がった。

「そろそろ散歩してくる」
「今日も行くのか? 一緒に行こうか?」
「だって、日課だもん。それに女のコじゃないんだから、平気だよ」
「そう、か。物騒な世の中だし、早く帰って来いよ?」

その言葉には何も返せない。もう、帰って来ないから。
ルフィは忘れないように、じっとサンジを見つめる。

「サンジ」
「ん?」
「すごくすごく楽しかった。一生で一番しあわせな日だって言えるぐらい楽しい誕生日だった。本当に、ありがとう。この思い出があれば、おれは大丈夫だ」

驚いているサンジにルフィは満面の笑みで自分の想いを伝えた。
見送ってくれるのか、サンジも立ち上がる。

「…大げさだな。来年、お前の誕生日祝うときのハードル上がるだろ」
「あはは、そっか。じゃあな」
「っ! ルフィ」

リビングを出ようとすると腕を掴まれた。
ルフィは不思議そうな顔でサンジを見上げる。

「ん?」
「……飲み物、買って来て」

それはできないので少し困ってしまった。
散歩を終えるまで待たれると困るし、心配して捜しに出られても困る。
このあとは自宅で就寝してもらうのが理想だ。
エースの言った時間は過ぎているので気にすることもないのかもしれないけど、できれば今日は自宅にいて欲しい。

「え〜? 冷蔵庫にたくさんあったぞ? それに買い物じゃなくて、散歩に行くんだから何も買って来ないって〜。サンジ、明日は朝早いんだろ? 先に寝てろよ。戸締りもお忘れなく! 合鍵は持ってるからさ」

ポケットから合鍵を取り出し、サンジに掲げるように見せてルフィは胸を張った。

「そう、だな。気をつけて行って来いよ」
「うん! サンジこそ大げさだな〜」
「うるせー。ま、不審者に間違われるなよ」
「あはは、はーい」

おかしそうに笑うとサンジは呆れたように笑って、扉を閉めた。
心が締めつけられるように痛んだ。言うはずのなかった言葉が音になって口から漏れる。

「……サンジ、ばいばい」

寂しい、切ない、苦しい。会えてよかった。どうか周りが羨むほど、しあわせに。
あなたといられて、しあわせでした。
あなたのことが好きです。好きになれて、よかった。
それは自分の意思に反して万感の想いが込められた音になり、急いでルフィは走り出した。
聞こえていたら不審に思われる。
鍵を閉める音がしていたから、聞こえていないとは思うけど。

エースの待っている公園まで走った。何も考えなくていいように全力で。
今日のエースはベンチに座ることなく、立って待ってくれていた。
ルフィに気がつくとエースもこちらに駆け寄り、抱きしめられる。

「……お疲れさま」
「ふ、うえ…っ……まだ、終わってない」

一気に悲しみに捕らわれたが、涙は堪えた。
泣くのは5月7日に戻り、サンジの生存を確かめてからだ。
エースの服を掴み、身勝手な悲しみをやり過ごす。

「もう、戻っても大丈夫か?」
「………うん、大丈夫」
「わかった。そのまま目を閉じてろ」

ぎゅっと強く抱きしめられて、ルフィは少し驚きながらも目を閉じた。
以前にも感じた浮遊感が自分を包む。
これで、終わったのか。実感なんて、まだ湧かない。
それでも達成感はあった。

サンジに忘れられた世界へ戻ったとき、自分は何を思うんだろう。



































*続く*