もぞもぞと動く感覚にサンジは目を覚ます。
ルフィがすぐそばで起き上がっていた。
そういえば、昨日酔っ払ったフリをして一緒に寝たのだった。
手を出さなかった自分を心の中で褒めつつ、サンジはルフィに声を掛ける。

「おはよう、ルフィ」
「わ、ごめん。起こしたか〜」

どう見てもまだ眠そうにしているルフィを怪訝な表情で見てから、時計に目を向けた。
時刻は6時過ぎ。休日に起きるにしては早過ぎるくらいだ。

「まだ寝るか?」
「ううん、起きる」

ルフィはふらふらとしながらベッドから下りるとモソモソと着替え始めた。
まだ寝ても問題ないような早朝だがルフィが起きるというのだから仕方ない。たまには早く起きる休日もいいかとサンジも起きることにした。
元々寝起きはいい方なので別段苦痛もない。
むしろ、まだ眠そうにしているルフィの方が心配だ。
さっさと身支度を整えて、サンジは朝食を作る。
何か食べれば目も覚めるだろう。
目玉焼きやベーコンを焼き、手早く食卓に並べる。
ニュースでも見ようかとテレビをつけた。普段は見ない時間帯なので番組の内容が新鮮だ。
ルフィが食卓に座る頃には立派な朝食がテーブルの上に並んでいた。
ぼーっとしているルフィを微笑ましく思いながらサンジは食事を始める。ルフィもそれに続いて食べ始めた。
ふと箸を止め、ルフィはテレビを見る。

「あ〜、今日、誕生日だ」

ニュースを見ながら、ぼんやりと発せられたルフィの言葉にサンジは驚愕してしまった。
そんな話、聞いてない。
訳ありで一緒に住み始めて約3日。確かに言う暇もなかっただろうが。
しかも、別にサンジに伝えるために言ったのではなく、本当に独り言のようだった。もう気にしていないようにモグモグとご飯を眠気眼で食べている。

(好きなヤツの生まれた日は祝いたいに決まってんだろうが!)

ルフィに片想いをしている身だから、そんなことは言えないが、じとりとした目で見てしまう。
いつもより早起きしていたルフィはぼんやりしながら朝ご飯を食べていて、サンジの視線には全く気がついていなかった。
今から何かを用意するには、一緒にプレゼントを買いに行くのが精一杯だろう。しかし、それではサプライズさが足りない。
仕方なくサンジはナミと、面倒だがゾロにメールで連絡した。
とりあえず、ナミに送る。

『今日はルフィの誕生日らしいです。家を明け渡すので祝いの準備をお願いします。ルフィはおれが連れ回して、時間を潰します。鍵は開けておくので、後で閉めてください。そして、藻のことは好きに使ってください』

ゾロには本当に面倒だから一言だけ。

『ナミさんに従え』

これで大丈夫だろう。
文句のメールが返信されそうだが、無視すればナミに問うはずだ。
ルフィと昨日、会ったばかりなのに随分親しくなっている二人にヤキモチを焼かないわけではないが、ここはルフィを祝うことが先決だ。
そんなことを考えていると、すぐにナミから返信が来た。

『了解! でも、抜けられない用事があるのと、準備するとそれなりに時間かかるから午後6時くらいまで適当に連れ回しておいてね』
『わかりました。あとは頼みます』

メール返信終了。これで家の方は大丈夫だろう。
そこまで豪勢でなくてもいいけれど、家庭環境のごちゃごちゃしているルフィの気晴らしにでもなればいいと思った。
食べ終わったルフィはトロトロとした動きでシンクに食器を入れている。
そういえば、今日は何でこんなに早起きなんだろうか。
そう疑問に思ったが、たまには早く目の覚める日もあるかと思いサンジは気にするのをやめた。
そして、自分の食器を持って、皿を洗い始めたルフィに話しかけた。

「家にいても暇だし、今日はちょっと出かけようぜ」

まだ眠いのかリアクションもあまりなく、ルフィはこっくりと頷いた。



***



確か、兄のエースの家がこの近辺にあるというだけでルフィの実家は結構遠いらしい。
それならば、観光するのもいいかもしれない。
車に乗るのは何故か嫌がられ、手近なところを観光して回った。

「車、苦手なのか?」
「ん? ん〜、少しな。酔っちゃうこと、あるから…えっと、今日は使わない方向がいいなァ」

今考えて話しているような返答に少し疑問が湧くが、車でなくてもそれなりに交通機関はある。
無理して車に乗せなくても大丈夫だろう。何か嫌な思い出があるのかもしれないし。

色んな場所を回って休憩して、それの繰り返しだがルフィは嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれた。むしろ、ものすごく楽しそうで安心する。
三箇所くらい回ったとき、道の外れに寂れた神社があった。

「あ、神社」
「小さいし、参拝客は少ないけど結構、ご利益あるらしいぜ」
「へェ〜寄って行こう!」

サンジの返事を聞く間もなく、ルフィは階段を上って行く。
元気だなと思いながらサンジも後を追った。
これは神域というのだろうか。ひどく荘厳な空気を感じた。
真面目に参拝したことのない場所だが、確かにご利益はありそうだ。
先に駆け上がったルフィは、真剣に願い事をしていた。
声を掛けることすら、躊躇うような真剣な姿。
横に立ち、サンジも願い事をする。

(ルフィの願いが、叶いますように)

開かれたルフィの目は縋るような視線で祠を、一瞬見た。
それを見て、サンジは胸騒ぎがする。何を願ったのだろう。

「何、お願いしたんだ?」
「…すごく、大事なこと」
「家族のこと?」
「ううん。それは両親の問題だからさ。別のこと」
「……好きなヤツのこと?」
「えっ!? な、内緒」

露骨に視線を外して、ルフィは少し慌てている。
そう、ルフィは好きな人がいるのだ。忘れそうになるけど、確実に。
気にしてない風を装うが内心は願いの内容が気になって仕方ない。

「ふ〜ん? 昨日の七夕の話と同じ願い事?」

昨日、短冊に書く願い事の話をしたことを思い出して、サンジは聞いてみた。

「うん、一緒。だから、内容は内緒な。願い事は誰かに言うと叶わないんだろ? 迷信だと思うけど、迷信でも本当だったら困るから」
「そんなに叶えたいのか?」
「……うん」

あまりにも真剣な願い事。でも、好きな人のことを願ったのならば神様に前言撤回したい。
両想いになれるように願ったのならば、全力で阻止したかった。
仮に相反する願い事をされたとき、神様はどちらを叶えるのだろうか。
想いの強い方、それとも運だろうか。

「叶うといいな」
「うん! 叶えてみせる!!」

サンジの言葉にルフィは笑顔で応えた。
結局のところ、願いを叶えるためには自分の努力も必要なのはルフィもわかっているようだ。
それならば、自分も努力をするべきなのではないだろうか。
好きな人よりも、好きになってもらえば付き合うことに何の問題もない。

(というか、男を好きになるか疑問だよなァ。そもそも恋愛事に鈍そうなのに、好きなヤツがいるとは卑怯じゃないか?)

近所の神社付近で好きな人に出会ったという話が頭に、こびりついて離れない。
その相手は決して自分ではないと思い知らされた。当たり前だが、嫌なものは嫌だ。
とりあえず、ルフィの頭を撫でる。驚くルフィの輪郭を辿り、頬に触れてから親指で下唇を撫でた。

「な、な、な、なに?」

真っ赤になって可愛らしく動揺しているところを見ると男に嫌悪を感じるタイプではなさそうだ。
男だとか女だとか細かいことを気にしないタイプだと非常に助かる。
しかし、たとえルフィがノーマルだとしてもサンジが気にすることはなかった。
自分だって女しか愛せないと思っていたのにルフィのことを好きになったのだから、可能性は秘めているはずだ。

「一昨日、ここ切っただろ? もう、痛くないか?」
「えっ? そ、そうだな。でも、もう平気だっ! も、もう、行こうよ! 先に下りてるからな!!」

階段を駆け下りてしまったルフィを見て、苦笑する。
神様の前で何をしているんだか。
サンジは祠に会釈してから、ルフィのあとを追った。



***



うろうろと連れ回したが少し時間が余ったのでマンション近くの公園、ルフィと初めて出会った公園で話をした。
公園の時計が午後6時頃になり、サンジはベンチから立ち上がる。

「そろそろ帰るか」
「そうだな〜」

マンションの階段を上りながらも、ついつい時計を気にしてしまう。

「なんか用事でもあるのか?」
「えっ?」

当然疑問に思ったルフィが訊ねてきて、サンジは焦ってしまった。

「時間気にして、そわそわしてたから」
「なんだ〜バレてたか」

ここまで来たら大丈夫だろう。
サンジはイタズラが見つかった子供のように笑い、玄関の鍵を開けた。
その様子にルフィは首を傾げる。

「んん?」
「20秒待ってから入って来いよ」
「う、うん」

わけがわからないという顔をしているので、サプライズ誕生日会はバレていない。
おとなしく待っているであろうルフィを思うと愛しい気持ちになる。
リビングに入ると部屋は簡単にだが、パーティー仕様に替わっていた。そして、テーブルの上にケーキと、食材があった。

「作る時間なかったの…ごめん」
「いえいえ。材料があれば、おれが作りますよ」

クラッカーを手渡されながらサンジはナミに笑いかける。

「お前、ルフィの誕生日ならそうメールしろよな」
「面倒だったんだよ、心底」
「〜っ! 腹立つー」
「今日はケンカしちゃダメよ」

三人は腐れ縁とでも呼ばれる関係なので、こういうやり取りも慣れたものだ。
サンジとゾロは仲が悪いわけではなく、この距離感が普通だ。
二人ともお互いを友人と思っているが、ナミ以外は仲が悪いと勘違いしていそうだ。

「さて、主役の登場だ」
「思いっきり祝うわよ」

小声で言うナミに二人は笑顔で頷いた。
軽くだが二人にはルフィの家庭環境を説明している。きっと気晴らしには充分すぎるほど騒いでくれるはずだ。
そこまで気にしなくていいとルフィ本人に言われたが、やはり複雑なのではないかと思う。
そんな問題がなくても、きっと二人なら盛り上げてくれるだろうと信頼感もある。
腐れ縁も伊達ではないので、二人がルフィを気に入ることは想像できていた。
玄関の開く音と、鍵を閉める音が聞こえて三人はクラッカーを構える。
ドアを開いた瞬間、示し合わせたようにクラッカーが同時に弾けた。

「「「誕生日、おめでとう!!」」」

ドアを開けたままルフィは驚き、目を丸くした。
響き渡る拍手の中、呆然としているルフィにそれぞれが祝いの言葉を述べる。
本当に驚いた表情でルフィはみんなを見てきた。

「あ…え? おれ、今日が誕生日だなんて言ったっけ?」
「サンジ君が教えてくれたのよ」
「え? サンジに言ったっけ?」
「あ〜、朝のニュースの見てるときに言ってた。独り言っぽかったけどな」

ナミの返答にルフィはサンジをじっと見てきたので、少し照れてしまう。
感極まったのか、ルフィは目を擦っていた。

「みんな、ありがと」

そして、精一杯の笑顔でお礼を言う。
サプライズ成功だ。
こんなに可愛らしい笑顔が見られるなんて、本当は二人きりで祝いたかったけれどナミやゾロも誘ってよかった。



***



ナミとゾロが買って来た材料を手早く料理する。
次々と運ばれてくる料理、大量の酒、ジュースもあった。
誕生日祝いという名目の飲み会のようなものだ。しかし、主役はルフィに間違いなかった。
ルフィを中心に大騒ぎする。

「主役が飲まないなんて変よ!」

かなり飲んだわりに素面に見えるナミは未成年に酒を注ごうとした。
サンジが止める前にルフィは自分で慌てて、ナミを止める。

「わわっ、酔っちゃうのもったいないから今日はジュースでいい」
「ふふ、変な理由」
「今日のこと、忘れたくないんだ〜」

幸せそうに笑うルフィにナミも気分を害すことなく、笑った。

「急だったし、バタバタしてたから誕生日プレゼントはまだ買えてないのよ」
「えー? ここまでしてもらったのにプレゼントはもらえないよ!」
「遠慮しなくていいわよ。年上に遠慮する必要ないの」
「みんなで騒いで、美味いものたくさん食べたのが最高のプレゼントだよ」

二人の会話を聞きながら、サンジは遠慮がちなルフィの言葉に苦笑した。

「これだけでいいなんて、安上がりね〜。後日、勝手に用意しちゃうから受け取りなさいよ?」

優しいながら有無を言わさぬ雰囲気にルフィは嬉しそうに頷く。

「……うん、ありがと」
「おれも、ちゃんと用意する」
「ゾロも? ありがとな」

ルフィの笑顔にゾロは赤面しつつ、それを誤魔化すように酒を飲んだ。

「そんじゃ、おれからも何か贈らないとな」

新たな料理をテーブルに置いて、サンジはルフィに笑いかけた。

「ふわ、サンジまで? 今回の誕生日は豪華だァ。なんか、申し訳ないけど…すっごく嬉しい!! ありがと、サンジ。というか、みんなホントにありがとう」

ルフィの言葉に軽い違和感。だけど、どこに違和があったのか追求するのは難しくサンジが特に口を挟まなかった。
嬉しそうに笑っているルフィを見ていると違和感は気のせいだと思った。

「どういたしまして。よかったわね〜」
「うん!」

ナミに頭を撫でられて、ルフィは笑う。そして、一瞬だけ悲しそうな顔をした。
しかし、それはほんの瞬きの間だけで、誰も気づかなかった。

しばらく、騒いだあと、明日の早朝からバイトがあるためナミとゾロは名残惜しそうに帰って行った。
ルフィは玄関先まで見送っている。
二人が帰ったあともしばらく閉じたドアを見つめていた。
不思議に思い、サンジは声を掛ける。

「ルフィ?」
「えっ!?」
「どうかしたか?」
「…こういう風に祝われたの初めてだったから…余韻に浸って放心してた」

慌てたように笑うルフィにサンジは呆れた顔になった。

「なんだそりゃ」
「あはは、残りも食べちゃおうよ」
「そうだな。残してももったいないし、明日食ってもいいけどな」
「うん。でも、今日食べたい」

結構食べていたように見えたがルフィはまだ食べられるらしい。
サンジは感心してルフィを見た。
この細い身体のどこで消費しているんだろう。
理性より興味が勝ち、サンジはルフィのお腹に触れた。

「な、なに!?」

突然のことにルフィは驚いて、飛び退く。

「あの大量の食料がどこに入るのかと思って」
「そ、そんなの胃に決まってんだろ!」
「そりゃまあ、そうなんだがな。って、そんなに驚くなよ」

おかしそうに笑うと軽く睨んでからルフィはリビングに向かった。

たくさん食べて、たくさん笑って。
気がつくと時刻は10時を回っていた。楽しい時間はものすごく早く過ぎるものだ。
そんなことを考えていると、ルフィが改まってこちらに向き直った。

「ありがとう、サンジ」
「え? ああ、別に。気にするなよ。おれの誕生日も祝ってくれたら。3月2日だから」
「……うん」

何だかその表情が曖昧に見えて、少し動揺する。そうしている間にルフィは立ち上がった。

「そろそろ散歩してくる」
「今日も行くのか? 一緒に行こうか?」
「だって、日課だもん。それに女のコじゃないんだから、平気だよ」
「そう、か。物騒な世の中だし、早く帰って来いよ?」

ルフィはサンジをじっと見つめて来た。ひどく、心がざわざわする。

「サンジ」
「ん?」
「すごくすごく楽しかった。一生で一番しあわせな日だって言えるぐらい楽しい誕生日だった。本当に、ありがとう。この思い出があれば、おれは大丈夫だ」

一瞬、ルフィが泣いているように見えた。
驚いているとルフィは満面の笑みでサンジを見ている。気のせいだったのだろうか
見送るためにサンジも立ち上がった。いつもは見送らないけれど今日はそんな気分だ。

「…大げさだな。来年、お前の誕生日祝うときのハードル上がるだろ」
「あはは、そっか。じゃあな」
「っ! ルフィ」

思わず腕を掴む、ルフィは不思議そうな顔でサンジを見上げた。

「ん?」
「……飲み物、買って来て」

何を言っていいかわからなくなり、サンジは無難に買い物を頼んでみる。

「え〜? 冷蔵庫にたくさんあったぞ? それに買い物じゃなくて、散歩に行くんだから何も買って来ないって〜。サンジ、明日は朝早いんだろ? 先に寝てろよ。戸締りもお忘れなく! 合鍵は持ってるからさ」

ポケットから合鍵を取り出し、サンジに掲げるように見せてルフィは胸を張った。

「そう、だな。気をつけて行って来いよ」
「うん! サンジこそ大げさだな〜」
「うるせー。ま、不審者に間違われるなよ」
「あはは、はーい」

おかしそうに笑うルフィ。いつもと何ら変わりない。
それを見て、緊張が解けたサンジは呆れながら扉を閉めた。

「……サンジ、ばいばい」

鍵を閉めた瞬間に聞こえたルフィの言葉にサンジは硬直する。
その言の葉に何か深い想いが込められていると思ったのだ。
慌てて鍵を開けて、辺りを見回すがルフィはもういなかった。
散歩に行っただけだ。ルフィはよく散歩に行っていたじゃないか。今日に限って気にし過ぎだ。そういえば、明日朝早いことをルフィに言っただろうか。いや、今はそんなこと関係ない。
自分を落ち着かせるようにサンジはため息を吐いた。
それでも胸に巣食う不安が消えない。

そして、その不安は気のせいではなかった。
ルフィを一人で出かけさせたことをサンジはすぐに後悔する。
辺りを捜そうにも、入れ違いになるのが怖くて家を出られない。
午後0時が近づいてもルフィは戻って来なかった。

この日を境にルフィは姿を消した。ただの失踪ではない。
次の日には、みんなの記憶の中からルフィという存在は跡形もなくいなくなっていた。

まるで初めからいなかったように。






















*続く*